人間の少女達が、幻想の光を遠くにして……
穏やかに現実に帰る道を選び。
破滅の結末に
抗い続けたシェリル達の眼前で、
裁定者の肉体は崩れ灰となり……流星のような光を放って消えてゆく。
その無数の光が、流星のように集うのはカルパチアの上空。
そして、その神秘的な変化が訪れたのは、異形の怪物に対してだけではなく……
「いいえ、違うわシェリル。……どうやら、私達もみたいよ」
共に肩を並べ戦った
銀の髪の少女の言葉に、己の身体を目を向ければ───
「………暖かい。何これ」
熱を持たないはずの
縛血者の肉体もまた、淡い輝きを放つ。
怪物に抵抗していた血族は皆、自らから生じる光の輝きに困惑の表情を浮かべる。
「抜け落ちて────ううん、離れていくの?」
「私達の心臓から、あの輝きの元へ馳せて………」
……判る。これは、
魂。自分達を縛血者たらしめていたもの、
異能と呪詛を宿した始祖の魂だと。
その御霊の輝きが天空へと吸い上げられ、自分達から離れていくと同時に驚くべき現象が彼女達に齎される。
「……うそ」「動いてる、心臓が……」
それは、人魂への回帰。
脈打つ心臓が懐かしい。血液が命の熱を帯びて、身体を駆け巡り始める。
生命を象徴する鼓動は強く、動くたびに宿主へとある事実を伝えていた。
────おまえは“生きている”のだと。
百の言葉より千の講釈よりも、何よりも雄弁に胸の内でそう告げていたから。
「あ、ぅ────やだ、ちょっと、なんで………」
「うぅ………あ、あぁぁぁ……っく、ぅ────」
……ふいに、シェリルの瞳から涙が零れた。
煌めく雫は止まらない。何度も手で拭っても、次から次に彼女の頬を濡らしている。
生きている、生きたい、生き返れた───嬉しい。
自分の心臓がやっと戻ってきた。願ってもいなかったはずなのに、
命を感じた瞬間、耐えがたい喜びとなって感情を埋め尽くす。
実感は想像できなかった救済となって、シェリルの過去を癒していった。
彼女の薔薇を、取り払った。
「トシロー……あんたなの? これは全部、あんたが何かを成せたから……?」
濡れた視界が見上げたその先。
空へと昇る無数の光の中にある、ほんの小さな光は、今や彼女にとってただ幻想的な光景に見えなかった。
これは───花だ。ここにいない彼へ捧げる、一輪の薔薇。
あの不器用な男が傷つき、涙し、頽れながらも歩み続けてきた生涯に添えられた……哀悼の証なのだと。
涙で濡れた世界で輝きは尚大きく、美しくなる。
その中に在る一つの死を、愛おしく包み込むかのように。
見て、シェリル───夜が明ける。
それは、如何なる御業であろうか。
膨れ上がる光が、雲の流れを速める。
闇を纏っていた霧が払拭された。
夜の狂騒を地平の彼方に押しやって、代わりに大地から姿を現したもの。
それは───思い出せないほど昔に、彼女を愛してくれていた最上の輝き。
ああ………
《目映いばかりの輝き》
《今までずっと、彼ら種族が見放されていたもの》
《公平に頭上で照らし出してくれる、慈愛の灯火》
《二度と浴びることのない、明日の始まりを告げてくれるそれは》
《その名は》
なんて、綺麗な───朝陽……
今、薔薇に包まれた茨の森の、夜が明ける。
暖かな太陽は、迷い子達を慰めるように輝いていて。
茜色の光が───幻想の夜におやすみと告げていた。
- 通称清々しい墓END -- 名無しさん (2022-10-10 08:21:30)
最終更新:2022年10月10日 08:21