交わした情けの分だけ、激しく……今度は殺し合いましょう、凌駕



甘い、甘い、男女の睦み合いの時間―――
だがそれは、ネイムレスの再起動と、機兵により閉ざされた地下に脱出口(・・・)が穿たれた事で終わりを告げた。

まるで、舞台装置の書割(はりぼて)が突然倒れ、劇に見入っていた観客が一瞬にして興醒めしてしまったかのように……
これまで閉ざされていた二人だけの理想郷は、現実の一穴により呆気なくも破壊されていた。
外へと出てしまえば、後は元の関係性に戻るしかない――殺し殺され合う敵同士という関係に


「―――お別れね、凌駕」


切り開かれた夜空に、蒼く輝く月の光の下で、エリザベータは静かに少年へ別れを告げる。
彼女の表情は、ただ仕方がないのだと、そう物語っていた。
その突きつけられた現実(・・)に対し、凌駕は心地よかったあの時間が奪い去られることに、必死に抗おうとする――

「行くなよリーザ……本当に嫌なら、そう言っていいはずだ。
“ずっとこのままならいいのに”って、さっきそう思っていたはずだろ?
それが真実なら、そういう仮面を作ればいい」

「──知ってるわ。それを、教えてくれようとしたんでしょう?
もう本音を語ることができないなら、まずは本音を言える形に仮面を作り上げようって……」


彼女の根が善人であることは短い時間の中でも十分に分かった。
そして過去の過酷な戦場経験から、自ら二面性を演じ心を保ってきたという歴史も理解できた。
―――それを頭ごなしに否定できはしなかったが、それでも……彼女が悲しそうだったから。

全てを演じるのなら、せめてエリザベータ・イシュトヴァーンを自分自身で演じていけばいいのではと……
好きに笑い、泣き、生きていける――そんな彼女の姿を見たかった。いや、例え俺がいなくてもそう在ってほしかった。
心が泣いたまま、これからも争いで磨り減っていく日々を送らせたくなかった。――救いたかったんだ。
たった一人でも、君の素顔を見て、君の温もりに甘えて、それで癒されるような奴が居るんだと知ってほしかったんだ。

そして、そんな想いと同じくらいに――


「進んで我侭言ったり、子供っぽいところばかり見せてくれたのは……私に合わせてくれたから?」

「あれも俺の一部だよ……それぐらい、こっちも全力だったんだ」


――エリザベータという女性(ひと)と別れたくないという強い感情がある。
何処でもいいから幸せになってほしいという想いと共に、願わくば自分もそれを近くで見てみたいと思っている。
だから、この瞬間が訪れるのを何よりも恐れていたのだろう。

「元に戻った……戻ってしまったわね」

優しく触れ合う事の許されない、冷たい現実に引き戻されるこの時を。


「ふふ……やっぱり、所詮は朝と夜のすれ違い……黄昏の夕映えでしかないのね。私とあなたの逢瀬は」

「夕映えは美しい夢と同じ。決して長くは続かない時間。
だから、誰もが魅入られずにはいられない……なるほど、確かに道理ね」

「―――綺麗な夢を見られたわ。ありがとう、凌駕」


そう言って儚くも優しい笑みを浮かべる女性を前に、凌駕は表情を歪めるばかり。

――そんな風に優しく笑わないでくれ。綺麗な夢だなんて言わないでくれ。
そんな笑みを見たいわけじゃないんだ。不器用に甘えて見せて、
求めて、言葉を交わしたのは、本気だったのは……寂しく笑んでほしいからじゃない。

だが、切ない少年の想いは言葉にならず、その場に彼の身体を佇ませるのみ。
彼女の現状認識こそが正しいと。己の憤激こそ滑稽なのだと……少年の理性が足を縫い留めるが。
それでも消せない想いは、絞り出すような声となって宙に舞う――


「俺は……君に、何かをしてあげたかった……」


寂しげな影を纏ったままで、エリザベータは凌駕に答える


「もう十分だわ、あなたのおかげ。本当に、本当にありがとう……」

「だからせめて、このままあなたと過ごした時間を真実にしたいから」


この日の夢を、嘘にしないため───


「交わした情けの分だけ、激しく……今度は殺し合いましょう、凌駕


その言葉を最後に、褐色の背中は天蓋から差し込む月影に溶け……その後ろ姿は、地上へと消えていった。


彼女を止める言葉も理由も、見つけ出せずにいる凌駕だったが、
その胸にはただ救いたいと、彼女の幸せを取り戻してやりたいという根源の見えない、烈しい衝動が渦を巻いていた―――。



  • この辺からどんどんバグっていくブッダ系主人公 どっちかっつーと、バグが少し直って常人寄りに軌道修正してるだけなんだが -- 名無しさん (2020-04-11 06:45:51)
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最終更新:2020年09月18日 23:44