彼女のことを支えてあげて。男の子なんだから。そして教えてあげてほしいの、あなたはいつだって一人なんかじゃないってこと……

発言者:カレン・キリシマ
対象者:秋月 凌駕


夢の中――しかし同時に不思議と現実感のある再会。
アポルオンとの激闘を経て、意識を闇に落とした凌駕は、大切な人だったカレンと再び言葉を交わしていた。
彼女らしい大胆な発言から始まり、やがて話の中心はジュンの影装覚醒……それに伴う傷の重さ深さへと移る。
凌駕との接触、内的存在となったカレンとの同調深化をきっかけに、ジュンは新たな位階へと昇った、が。

「今、ジュンの心にはその反動で大きな傷が生じている……
本来、こんな簡単に次の段階へ到達できる器じゃないのよ。彼女も、そして私も」

礼の苦しみ様を見たでしょ? 君やジュンよりかなり早く刻鋼人機と化していた彼でさえ、
その入り口に立つだけで制御に神経を削られていた。
あれが普通で……いいえ、それでもきっとまだ早いんでしょうね」

「実際、到達方法を知った今でも、私は自分が影装を制御できるとは思えない。
ジュンも本来ならそうなのよ。真に独力で影装の制御を成し遂げたのは、間違いなく敵味方まとめて凌駕君一人しかいないわ

───君が抱えていた、無意識の不安通りに

熱相転移、終滅の魔拳。俺と共に生きられる者など誰もおらず、故に触れられる存在など何もないという不安の具現。
それを手に入れられたのは、そういう異端異物であるという闇あっての事だった。
……改めて自分のどうしようもなさに自嘲する。

それでも凌駕は、目の前の心配そうなカレンを悲しませたくなく……何でもないよう表情を取り繕う。

「……ごめんね、責めたかったわけじゃないの。
ただ、本来なら僅か数日でそれだけ強くなるってことは困難過ぎるっていうことを、ちゃんと認識してほしかったから」

「私が言いたかったのはたった一つ。ねえ凌駕くん、それを踏まえた上でジュンが覚醒した事実を鑑みてちょうだい」


―――影装に達することに必要な日数、そして本来なら不可能な早過ぎる覚醒。
―――当然ならば、得たものあれば失うものあり……というのが世の真実。
ならば、間違いなくジュンはあの死闘を切り抜ける代償に何かを支払っている、という解に行き着くのは当然の流れで……

「……だから今も心が痛んでいると? 早熟な俺と繋がったせいで、影装に引っ張られたことの異常事態(イレギュラー)が発生した?」

「私が背を押しちゃったせいでもあるけどね。君が秒針の譜面(リズム)担当、私が出力(エネルギー)の向上担当、ってところだけど」

「その手助けのせいで、あの子は今覚醒に引き摺られているわ。手綱を握りきれていないのに、乗り回せる状態にまで達している」

神妙な表情でカレンが告げたその事実に、
凌駕もあの快活な少女に待ち受ける未来が決して明るいものではない事が想像できてしまい……

「皮肉にも、マレーネのお兄さんって問題があったからね。
自分より弱っている少女を助けてあげたいって思えたこと、相手が純粋に強くて余裕がなかったこと。
この二つがジュンの不安を後回しにしてくれた。けど、一度緊張が解けて落ち着ける時間が出来てしまったら……」

速さを追求した結果、全ての過程(努力)を飛ばしてしまえる瞬間移動に目覚めてしまった己の影を。
傷付いた身体を癒しながら、その心の毒を真正面から受け止めるしかなくなってしまうと――――

目覚めた後……それを見つけて、己はジュンを支えてやるべきなのだろうと考えこむ凌駕の横顔に、
カレンは眩し気な視線を向ける。そうしてくれてありがとうと、告げるように。

「で、お姉さんとしましては、そんな一足飛びに強くなったもう一人の男の子を心配しておりましたが……」

「御覧の通り、あっさりしてるんだよねえ。たまには年上ぶらせてほしいなぁ、と思うんだけど」

「……それくらいでいいのかもね。もう少しで、こういう会話もできなくなると思うから」

軽口の中に入り込んだ、寂しげな微笑みを前に、凌駕は思わず訝しむ。
そんな顔は見たことがないと。知っている限りの彼女からは想像できない、
夢幻のはずのカレンが今浮かべているのは、本当にただ寂しいという、初めて見る表情だった。
これが――捉えどころのない風ではなく、隠すもののないカレン・キリシマの素顔だと伝えるかのように。
切なくこぼし、微笑んでいた。


「あくまで私はあの子の一部になった身だから。
永久機関に残ってはいるけど、それは少しずつ欠片となって溶けていっているようなもの」

「最後まで進行すると……そうね、ほんの少しだけ大胆になる(・・・・・)ってくらいかな?
こうして言葉を交わしたり、想いを告げたりすることはもう無理で」

「だからね、凌駕くん───」


そのまま向けられた笑みは何故か、一瞬ジュンと重なるように見えて……


「彼女のことを支えてあげて。男の子なんだから。
そして教えてあげてほしいの、あなたはいつだって一人なんかじゃないってこと……」

「たとえこれから先、どんな困難が待ち構えていても……私は、ずっと同じ命を歩んでいくって」


瞬間、「夢」から引き戻されようとする凌駕には、もう彼女が己の想像した幻だとは思えない、思いたくはなくて。


「忘れないで、私はずっと二人を傍で見守ってるから」


その優しい風が吹き抜けると共に、彼ら二人の不思議で、素敵な邂逅は終わりを告げたのだった―――




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最終更新:2021年02月10日 09:32