私は───己など要らなかった!

発言者:ジョージ・ゴードン・バイロンだった怪物(もの)
対象者:《伯爵》


『ノーマ・ジーン』を突如として襲撃する『裁定者』の群れ。
客として集まっていた縛血者達が次々とその爪牙の餌食となる中、ルーシーは乱入してきたバイロンにより九死に一生を得たが……

「違う……おまえたちではない……」

「マジェンタは……カーマインは……我が父……我が王……
我が最愛の───貴方は何処だアアァ!!」

その顔を酷く歪めるのは狂気。瞳は、ここではない何処かだけを求めて彷徨う。
ルーシーはその狂態に怪物とは別種の恐怖を感じ怯え竦むのみ………
今バイロンの頭蓋の内に宿る精神は、真正なる狂人の域へと達していた。

「こんなはずでは……なかった……」

数百年焦がれ続けた渇望(ゆめ)は、彼女(かれ)の求めた理想ではなかった。
辿り着いたそこは、虚ろだけが詰め込まれた空の(はこ)……中には誰もおらず(・・・・・)何も無かったのだ(・・・・・・・・)

賜力を無効化されながらも、藍血貴の持つ兇悪な爪牙で殺到する裁定者を引き裂くバイロン。
状況はバイロンの一方的な優勢でありながら、彼の口からは嘆きの言葉ばかりが零れ出る……

「なぜ……何故、届かぬ!? この手は……この叫びは……
この焦がれる想いは……なぜ、何処へも届かぬのだ!!」


そんな殲滅者と化したバイロンの前に、姿を消したマジェンタが現れ、《魅了の眸》によって強制的に隷属させようとするが、
バイロンは人型の中に《伯爵》とは別の存在を読み取り……烈しい敵愾心によって抵抗し続ける。

貴様(・・)などに……あの方を……!」

マジェンタ一体では抑えきれないと見たのか、その隣にカーマインも現れ、
同じく《魅了の眸》を重ね掛けすることによって、その抵抗力を削いでいく。

『薔薇の眷属(ともがら)よ───その血、その魂を、()へと回帰せしめよ』

『柩の娘』二体分の支配力を相手に回し、なおも抗うバイロンこそ怪物と呼ぶに相応しい魂の所有者ではあるが……
その精神の力も無限ではない。
そんなバイロンの姿に、『柩の娘』から伝わる意思の内容が変化する……
それは、バイロンの求めた無二の存在の意志を伝達する伝声機(スピーカー)の如く。

「破れた夢の残滓に縋り泣くその姿、男として実に醜い」

「幻の愛を求めて鬼となり錯乱するその姿、女として実に醜い」

――バイロンの放つ気魄と執念を、その拠り所たる《伯爵》の言葉が削ぎ挫いていく。
……そして、遂にバイロンは膝を屈した。手足はもはや、不可視の重力に絡めとられて動かない。

「ふ、ふふ……醜いと……そう仰るか……その言葉が、この数百年の褒賞……」

ただ、彼の唇だけが、余人には理解できぬ至福の笑みに歪みゆく。

「それでもいい……それでも今、貴方の目に映っているのは、紛れもない私自身なのだから……」

マジェンタとカーマイン、二体の童女の牙が首に突き立てられ、その魂に未知の力が流れ込む。
漆黒の麗人の肉体と魂を解体し、異形の裁定者(テスタメント)へと再構築してゆく。


骨肉が変形し、言葉を紡ぐ声帯や口蓋も人間の形態を失っていく。
自分以外の何かに造り替えられてゆく中───バイロンは回帰していく。
それはたった一つ残った、そしてそれ故に強固極まりない妄念。解体されたバイロンの自我が、そこへと吸い寄せられて再構成される。

眼球が裏返り、血の色に染まる。耳まで裂けた口蓋から牙が突き出し、肉食恐竜を思わせる輪郭へと肉体が膨らむ。



「ならば意のままに(・・・・・)───私は──私は───」


「私は───己など要らなかった!」


哭き声の様な、最後の人語は咆哮に溶けて……代わって誕生した異形の巨体はしかし。


「GRRRRHH……」


消滅したはずのバイロンの賜力……その名残たる漆黒の揺らめく影を、未だ纏わせているのだった……。



  • 振られバイロン卿(※但しストーカーかつ割とよくある -- 名無しさん (2020-08-05 13:33:46)
  • なんか迫害せれてた時と本質的には変わってなかったんだろうなって -- 名無しさん (2020-08-05 17:38:44)
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最終更新:2021年11月27日 00:10