そうか、ならば───あいつは、俺が貰っていいな?



ニナ√……血親であるバイロン導かれるまま配下となったアンヌ。
待機を命じられた先のクラブで、再会したのは『友人』だったケイトリン
ケイトリンがアンヌの弟を巻き込んだ事がきっかけとなり、決裂していた二人の少女は、紆余曲折を経て同じ暗闇(ボトム)へとその身を墜としていた。

だが、別れた時とは決定的に異なる要素が一つ……昏い表情を張り付け、内側に感情を籠らせてしまったアンヌの姿である。
かつて手痛い反撃を被ったケイトリンは、鬱陶しかった少女の変化が滑稽で堪らず、無遠慮に言葉をぶつける。

「やだやだ、どうしたのさ?なーんかいつにも増して暗くなってんじゃん、唯一の取り得もなくなってお人形になっちゃったぁ?」

「いやぁ、あれだよね。あんたが来るって聞いた時は、またお守りさせられるのかってイラッと来ちゃってたんだけど」

いい感じの目だよ。もうあたし、あんたに興味ないや

「……そう」


そのまま、ケイトリンは軽薄な笑いを浮かべてクラブを立ち去り……
一方のアンヌも、そんなケイトリンの対応に何ら感情を揺さぶられることもなかった。

『自由』を求める娘は動けずにいるアンヌに完全に愛想を尽かし“勝手に死ね”と無関心を貫く。
そして、代えの利かない家族(居場所)奪われた少女は、絶対に崩れない血親(バイロン)に依存する事でしか安心できないのだと、自分に言い聞かせるばかりだった。

『臭いか、お嬢ちゃん……そうさ、掃き溜めはこんなものだ。汚物だらけだ、腐臭に溢れている』

俯くだけのアンヌに、クラブの奥から声がかかる。
それは変声機で声を変え、覆面で顔を隠した不気味な男のものだった。


『俺達は墓場から這い出した歩く死体(リビングデッド)、蛆と蝿から逃れられはしない。
何をせずとも腐り落ちていく(・・・・・・・)。……力が増大するためか、気づく存在は少ないがな。
君もまた、外気に触れた──肉と骨が崩れる音をこれから聞くだろう』


彼の話し方に、アンヌは覚えがあった。まるで、教師が生徒に言い聞かせるようなそんな場面を想起させられる。
そのまま少女の想像は、剥ぎ取られた仮面の先の素顔と合致した。
……ただし、その人物はかつて見た笑顔とは異質の、獰猛な獣の牙を剥き出しにしてはいたが

街を騒がす三本指の怪人――アイザック・フォレストが、そこにいた。
笑みを浮かべたままアイザックは、かつて手にかけた犠牲者達にもそうしてきたように……
沈痛な表情を浮かべたままのアンヌ・ポートマンに、教えを施してやる。


「さあ、渇望しよう。疾走の時だ、加速器(ブースター)を取り付けろ」

人形(ドール)じゃ駄目だ。何か(・・)に成ろう。さもなくば俺達は、それこそ日常に潜む影でしかない」

「追い求めようぜ、迷える子羊(ストレイシープ)。もう少しだけ、不幸に向かって噛みついてみな」


だが、アンヌはアイザックのようには成れないと、力無く頭を振る。

「いいんです。わたしは、これで……」

「産みの親に寄りかかってないと、もう……歩くことさえ、辛いから」

トシローの与える些細な厳しささえも耐えられず、逃げ出して辿り着いたのが今の場所なのだから。
今更、そんなことできるはずもない……

だから、俯く彼女は目の前の魔人が続けた次の言葉に、どれだけの喜悦を籠めたのかも気づきはしない。


「そうか、ならば──あいつは、俺が貰っていいな?」


頷く泣き顔のアンヌと、待ち受ける未来に歪んだ笑顔を浮かべるアイザック。
対極的な二人の縛血者は、共に掃き溜めの暗闇の中で、やはり正反対の未来図を求め彷徨っていた……




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最終更新:2023年11月16日 23:17