霧の街を粛かに、だが確かな歩みで進む男が一人。
アルフライラから得た、混沌とした夜会と独り窮地に陥ったニナの現状。
相棒と別れた
トシロー・カシマは、その苦境を打開すべく、ようやく定まった決意を胸にカルパチアに向かっていた。
去来するのは、
少年時代の彼が無垢に信じ続けた『夢』。
夢を叶えようと剣の修練に打ち込んだ日々は、罪を負った後も、人ではなくなった後も、彼の一部として深く刻み込まれてきたのだ。
そして、この街に流れ着いて――消せない夢の残滓は、銀の髪の少女との関係の中で
新たな縛りを形作ってきたことを再確認する。
……他ならぬトシロー自身が、忠に身を捧げる覚悟を固めぬままにいたという事も含め。
だが、夜警という仮の立場を失い、また主であるニナの窮地に直面し、
彼は半端な在り方も、仮初の立場に縋るのでなく……ニナ・オルロックにこそ仕えたいと誓った。
退く為の理由を頭から駆逐する、魂魄の賭け時をついに手に入れたのだから。
そして、そんなトシローの前に立ちはだかるのは、新たなる夜警となった二人の少女。
「待ちなよ、元・夜警さん。ここから先は上流階級だけの宮殿。
あんたのような、小汚い根無し草が寄り付いていい場所じゃないのよーん。ねぇ、アンヌぅ?」
「どうして……どうして来たんですか。カシマさん……。今なら間に合いますから、帰ってください。
……ここにはもう、あなたの居る場所はありません。父とあの人がいる限り……」
「アンヌ……」
光を奪われたアンヌの表情に、
隠しきれぬ痛みが彼の心を突き刺す。殺したくなるほどの自己嫌悪が湧き上がるも……
行く手を遮る意思に――“それがどうした”と、トシローは愛刀を翳し、アンヌ達の射程距離に踏み込んでいく。
「……言い訳はしない。千度頭を垂れようと、万度謝罪を重ねようと、俺が君を救えなかったことは覆らない」
「いや───違う。俺は、君を見捨てた。忠義を盾に、立場を理由に、今も」
呪ってくれて結構だ。恨みの全てを、生涯この身に浴び続けよう。
優先すべき順位を付けられなかった。白痴の餓鬼であるかの如く、八方美人に“情”と“忠”の境を彷徨っていた。
殺すべきだ、根こそぎ、この下らぬ感傷の悉くを。
月下に、抜き放たれた刀身が煌めく。
「だからこそ、恥知らずに言わせてもらおう」
「邪魔だ───そこを退け、小娘共。
貴様らに構っている余裕など、今の俺にはない」
歯を噛み鳴らし、悪鬼の如く表情を歪めて吼える。戦うつもりすらない、目的は突破。
二人の背後にあるカルパチアの門、そこから辿り着く頂上にこそあるのだ――!
「故に、押し通らせてもらう───!」
自殺にも似た決意。ここで己を捨てていい覚悟に従い、トシローは跳躍した。
最終更新:2025年03月28日 00:48