――その子供は、誰だ?

発言者:文鳴啾蔵


《槐の死後、心を殺し世の全てを呪うように生きてきた文鳴啾蔵》

《今ここに、彼が知ろうとしてこなかった血の真相が明かされる》


を殺し、黝ヶ淵の結界を破壊した不言名流を操る謎の呪術師――
その正体かもしれない菊乃の娘……二ツ栗流子を探すべく、内地へ赴いた啾蔵。


しかし、女が流れ着いたかもしれない漁村に情報を求め訊ね歩く彼の心は、言い知れぬ不安に包まれていた。
二ツ栗流子の正体がもしも、もしも自分にとって大事なあの女性だったとしたら……
今まで考えることすらしなかった槐の素性に触れることに、抜き身の刃のように研ぎ澄ましてきた彼の心の内の何かが、
怖れを感じているのかもしれなかった。

「あの娘が何処の誰か、知っていなさるんか?」

縁から縁を辿り……とある民家で出会った漁師上がりの老人の口から、
かつて岬から身を投げ消息を絶った少女……流子との縁がついに語られはじめる。

「じゃあ……あんたが海で拾った娘は、死なずに生きていたんだな?」

「生きていたとも。母子ともになあ」

流子は生きていた。そして……彼女が母親から宛がわれた、恋人役の男との間にできた子供(・・)もまた生きていた。
情報としては知っていたはずなのに、今の今まで意識の外にあった、いや無意識に目を背けていた子供の存在(・・・・・)
……老人の言葉を聞いた瞬間、啾蔵は血が凍り付くような感覚を覚えていた。

「……子供は、産まれた……のか?」

かろうじて絞り出したその問いに対する答えは―――

「おお。母親の胎ん中で死ぬような目に遭ったってのに、元気に産まれたともよ」
「この家に来て半年……いやもっとか。町の女たちがこの家に集まって、取り上げて……男の子だったな」

逃げられない、因果の糸が全身を絡めとる。
眩暈が止まらない。その先の一切の思考を拒否するように血の気が引いていく。
明らかに尋常ではない様子の啾蔵を気遣う老人の声も遠く、彼の脳裏にはただ一つの言葉が響き続ける――


――その子供は誰だ?
――その子供は誰だ?
――その子供は誰だ?


やがて、全身を包む震えに堪えかね……縁側に腰を下ろした彼の眼に映ったのは、
民家の裏手の雑木林に見える一本の大木だった。
静かに、魅入られたようにその木を見上げる啾蔵に、過去の日々を懐かしむ老人が語りかける。

「あの娘さんも、この縁側でずっとそうやってあの木を見上げていたもんだ。
小さな頃に育った家の裏に、同じ木があったそうでな」

「身元を知られたくなかったんだろうなあ。最後まで名前も知らんままだったが、
何と呼んだらいいか困るって言ったら、じゃああの木の名前で呼んでくれと言われたっけ」


そして……文鳴啾蔵は、真相の全てとなるその名を聞いた。


(えんじゅ)──となあ」




  • 啾蔵兄さんフルボッコタイム -- 名無しさん (2025-03-01 06:12:36)
  • ここのシーンとかストーリー読み進めて背景知ると文鳴さんって結構まともだよね -- 名無しさん (2025-03-01 08:00:23)
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最終更新:2025年03月01日 08:00