呪術師

じゅじゅつし

《天道血花崩しの法もって、(あく)する悪魔、邪魔する外法(げほう)法障(ほうしょう)真血(まなち)と切り込む》

五式五色(ごしきごいろ)の血花が落ち込め、散り込め、悪魔の(たい)は、七ツに掻き割り八ツに蹴割り、
玉水魂魄(ぎょくすいこんぱく)、微塵に切って放すぞ》

《おん・あびらうんけんそわか!》



『鏖呪ノ嶼』の世界において、“呪う”という他者に対する無形の悪意を、遥か太古より形と成し操ってきた者たちへの呼称である。
蒔山太夫などの言によれば、『呪術師は宗教を信ずる者とは違い、どこまでも利己的な存在である。呪術師は信仰ではなく呪術という“技術”を扱う者であり、神仏や魔性の名を出し請願したりもするが、崇めるのではなくその威力を“利用”する存在』だとという。
現代ではインターネットによって人間の排他的な心性が過去の時代以上にはっきりと、そしてよりおぞましい形で認識されるようになった社会でも、
その普遍的な悪意を利用し、人間社会の最も暗い部分、底の底に寄生して生き永らえる一種の魔人とも言われその存在を知る者たちからは忌み嫌われている。


呪術師はそれぞれが修めた流派ごとに、人間や動物、自然から生まれる負の祈りを操る仕組を各自の理解に応じて式(術)として理論化、即座に利用できる手段として備えている。
不言名流呪術の術者の場合、現世に様々な霊障や災いの根源となる命の内の穢れの気―“すそ”(呪詛)―の流れを理解し、術者が唱える法文や呪殺を行わせる式童子の基となる御幣などを常に作成・保持している。
そして狙いが定まると、本来は土地や血縁など、限定的な範囲で結びつけられてきた人間同士の“因縁”(縁)を様々な形で歪め繋ぎ合わせ、
因縁の路を通じ、標的となる人間や怪異へ、殺意や破滅の形に呪詛(すそ)を籠めた式(術)を送り放つことで、さまざまな不幸や災いを齎す事が可能である。
特に殺意を以て放った場合は物理的な防備は意味をなさず、その対象人物の死亡は事件でなく“不幸な突然死”として社会では片づけられ、容易く完全犯罪としての殺人行為(呪殺)を行うことができてしまう。
(しかも縁を結ばせる切っ掛けは術師相手でなければ、必ずしも重大なものでなくともよく、顔を認識され、軽い喧嘩になったとか名刺等で術師の名前を記憶してしまった程度でも十分に呪殺は可能な模様。しかも場合によっては複数同時に殺害も可能
こうした容易に、しかも安全に邪魔者を抹殺できるという点が裏社会では重宝され、一部の呪術師などが極道に雇われるといった事も少なくない様子である(もっとも縁を結ぶことで雇った側もリスクを負うことにはなるが)。さらに優れた呪術師であれば、山野の空間で特定の行動を行った場合やインターネットで特定の言葉を検索した場合など、ある条件を満たした人物と特定の怨霊との間で強制的に“縁”の糸を結び付け、自分は手を下さぬまま自動的に「邪魔者」を探知・呪殺するトラップを構築することもできる。
また直接呪殺を実行する以外にも、公的に記録の残っていない人間等についても、その人物が過去関わった土地や人に絡まる因果の糸を辿り、その人物の詳細を探り当てるという芸当も可能(文鳴ルートの啾蔵の調査などがこれ)。逆にそういった他の呪術師の探知に掛からないように、拠点となる土地に特殊な仕掛けを施すことも呪術師は行える。


呪術師となるためには、本来不可視の“すそ”、すなわち万物に宿る穢れ、負の気というものを感じ視る事が出来なければならないため、
そういった穢れの気を受け続けるようなある種の「まともではない」環境に生まれた者や、後天的に殺人行為といった重大な罪を背負ったような者など
人間としての歪みが資格としてほぼ絶対的に必要となっている不二彦も作中において、二ツ栗の因縁に関わっている身でありながらも、その心根の真っ直ぐさ故に呪術を扱う素質はないと語られている)。
この人としての歪みというのは、呪術師としての才覚に大きく関わっているとされる。
吐月完の場合、四十歳頃まで全く呪術の修練に身をおいていなかったが、
様々な過程を経て屈折を繰り返し“殺人”まで犯しかけたその精神は、一年ほどの修行で呪術師としての能力を開花させるに至っている。

こうした呪術師が殺し合うに至る場合、まず相手の用いる術式を探り、呪詛の返し風を受けるリスクを最小限にするように行動する。
(呪術師の用いる術はそれぞれの“因縁”の持つ性質に合わせて整えられており(文鳴啾蔵曰く「因縁にはそれぞれ異なる“色や形”を持っている」)、ある術師の術を防げたとしても、また別の流派の術師や怪異の放つ呪詛に抗えるわけではない)
そして、己に因縁がある相手と想定される場合には、相手に自分の居場所を逆に探知されぬように備えを施しつつ、敵の精神の隙をうかがい呪詛の毒を急所に叩き込む機を窺うのである。
万一正面切って術師同士がぶつかり合う場合、それも双方が巨大な歪みを抱え巧みな術を使える場合――
それは余人には立ち入れない、不可視の破壊現象が繰り出される死闘となることは避けられない。
気力や体力の喪失やあるいは別の要因か、術式が破られればたちまち死の呪詛は急所を抉り……敗北者には、恐ろしい地獄落ちの末路が待ち受けている。




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最終更新:2025年02月22日 15:23