第三章


 考えてみれば、私は都会の野良ゆっくりを捕まえるノウハウを持っていないのだった。
 自然の、山や川といった場所なら結構自信はあるのだが。
 適当に町中を歩いていても、野良ゆっくりの姿を見かけることはない。
 それは当然のことで、野良犬が町中をほっつき歩いていたら、保健所の人間が捕まえにくるに決まっているのだ。
 野良ゆっくりも然りである。
 それに、最近は飼いゆっくりの確保を、自家繁殖と、余った飼いゆっくりの譲り受けと、
 ゆっくりショップ協会からの仕入れに頼ってばかりだったのだ。たまに行われるレア種の競り売りになど参加していない。
 それゆえ、うちの店には集客能力の高い特上レアはない。
 自然で培ったゆっくり捕獲技術も、勘が鈍っていると自覚しておいた方がいい。

 まあ、とりあえずは犯行現場を回ってみるか。
 私は駅へと向かった。
「えーと、最寄りの駅は……二百五十円か」
 私はそれをメモに取る。ゆっくりショップ協会から、費用の明細を出すことを条件に、調査資金の援助があるからだ。
「……面倒くせえ」
 簿記の簿の字も知らないどんぶり勘定を続けてきたツケが、こんなところで出るとは。
 そういえば、確定申告の際には税理士と税務署にこっぴどく怒られたものだ。

 第一の犯行現場は、閑静な住宅街だ。まあ、全ての犯行現場が閑静な住宅街なので、大した特徴でもない。
 もちろんアポを取っているわけではないので、外から家を眺める程度だ。
 何だか、積水ハウスとか、ミサワホームとか、そういった住宅企業が幸せなご家庭のために作り上げました、
 とアピールしたいのがいかにも良く分かるきれいな家だった。
 だが、その家が悲劇の舞台になろうとは。世の中は皮肉なものである。

 家に入り込む隙間は、すぐに見つかった。
 まず、正門のゲートの下に猫が入れる隙間がある。
 そして隣家との間にある塀には、庭に降った雨水を逃がす穴が開いている。体
 の柔らかいゆっくりなら、体をひしゃげさせたり、細長く伸ばすようにしてすり抜けられるだろう。ドスほどの大きさがあれば別だが。
 これでは、ゆっくりに入ってきてくださいと言っているようなものだ。
 確かこの家では、れいむ(四ヶ月、金)、まりさ(二ヶ月、銀)、ありす(二ヶ月半、銀)、ぱちゅりー(三ヶ月、金)と、
 通常四種を揃えて飼っていた。
 それを庭に放し飼い。雨の日は外に置いてあるゆっくり小屋に入れている。

 犯行は、まさにその、小雨がぱらつく夜だった。
 飼い主一家が、夕暮れ時に、ゆっくりたちに多めの夕食を置いて、少し遠目のフレンチレストランに車で出かけた。
 はたして、ゆっくりたちが最後の晩餐で「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー」と言ったかどうかは定かではない。
 家族が午後九時頃に帰ってきたとき、暗かったせいもあって、ゆっくりの様子は確認できなかった。
 いつも通り、静かに寝ているのだと思っていたのだろう。
 そうでないと気付いたのは翌朝のことだった。

 まりさ、ありす、ぱちゅりーは未成熟の茎を十数本生やして、虚ろな顔のまま、小さく黒ずんでいた。
 蟻の群れがたかって、遺骸を少しずつ削り取っていた。
 れいむも死んでいたのだが、例外的に彼女は、しぼんではいたものの、黒ずむほどではなく、茎も生えていなかった。
 もちろん、それで何かが慰められるわけでもないが。
 外部れいぱーありす集団の犯行だと思われる。なぜなら、飼いありすは去勢されていたのだから。
 それに、飼いゆっくり達が反抗した形跡が無かった。おそらくかなりの数のれいぱーありすに不意を突かれたのだろう。

 小屋の中には、奇妙に生臭くて甘い臭いが漂っていたらしい。精子カスタードが小屋中にまき散らされていた。
 もちろん、ゆっくり達の死骸にも。
 れいぱーありすのごく一般的な特徴だ。
 そして、目撃者はなし。おかしな騒ぎも聞こえなかったという。
 仮に何か音がしても、雨にかき消されたのだろう。
 幸いというべきか、ゆっくり小屋が庭にあるので、家の中は荒らされなかった。

 この家では、進入口をほったらかしにした不注意さがあった。
 もし、正門ゲートが地面すれすれまで閉じるものであったなら。
 もし、雨を逃がす穴に金網でも張ってあったなら。
 未然に防げた犯行かも知れなかった。
 とはいえ、れいぱーありすの第一事件だから、警戒をしていないのも仕方がない。


 その後、二つの家を回った。
 まあ、大体一つめの家と同じだった。ゆっくりの入り込む隙が見つかった。
 そこで、日が暮れてきたので、帰ることにした。

「お! おかえりなさうぃっしゅ!」
「……」
 ひょっとしてずっとこの口調のまま接客応対してたんじゃあるまいな。頭が痛くなる。
「すげえっすよ! まじぱねえっすよ! ゆっくりバカ売れっすよ!」
「え?」
「えーと、まず午前中に、なんでしたっけ、ふらんってやつが売れたんすよ」
「…………まじでっ!?」
 思わず驚きが顔に出た。うちのふらんと言えば、確か……十二万円だ。ほとんど置物状態になっていたのに。
「まじでまじで! なんかやべえ服のセンスしたおばさんが買ってくれたんすよ。
 んで、次には昼過ぎに、可愛い女子高生が五人もやってきて、ちっこい処分品を一人一個買ってくれたんすよ! 
 ほらこれ一緒に携帯で撮った写真!」
「おおおおおおお!! まじぱね……?」
 ……そういえば、帰り道に、小さなゆっくりのつぶれた跡がいくつかあったような。
 ――いや! お客様の事情を詮索しないのが、ゆっくりショップの不文律だ!
 処分品でも買っていただいたのだから有り難いと思おう!
 そのうちの一人くらい、新たな飼いゆっくりの魅力に目覚めてくれるに違いない! きっとそうさ!
 しかしすごいな五代君。きっと人を惹きつける魅力があるのだろう。女性客の話しか出ないのがちょっと引っかかるが。
「そんで、すごいっすよ! さっき、店長が帰ってくるちょっと前に、今日一番の売り上げがあったんすよ!
  どんなお客さんだと思います? 財布から一万円札を何枚も出して、
 店の奥のありすってやつを持てるだけ、買っていってくれたんすよ!
 なんと小学生くらいのちっこい女の子なんすよ!マジぱねえっしょ!?」
 うんうん、最近の子供はすごいお金持ちだよね。おじさんマジでびっくりしちゃう。
「何故売ったあああああっっっ!!!」

 一気に店内が静まりかえった。全てのゆっくりたちが店内に響き渡る怒号に、口を閉ざしたのだ。
「え、え、なんかやばかったっすか?」
 五代君もさすがにうろたえた。が、そこで私は我に返る。
 あの娘にありすを売るな、と教えてなかったのは私のミスだ。まさか、断られた店にまた来るとは思ってなかったのだ。
 もう、ミスばっかり。ほんとどんぶり勘定の自分が嫌になる。
「悪いけど五代君。ちょっと残業してもらえる?」
 そう言い残して、私は店から飛び出した。

 私は店の自転車を駆って、彼女の自宅へと向かった。
 今の世の中、本当に一人きりで何かを出来る場所は、自宅くらいしかない。
 だが、彼女の家のチャイムを押しても、誰も出てこなかった。
 ありす達の声も聞こえない。
「あら、ゆっくり屋さん、うちに何かご用ですか?」
 ちょうど今、母親が買い物袋を手に提げて帰ってきたところだった。
 私は手短に用件を話す。母親はすぐに家の中に入る。それまで鍵がかかっていたので、家の中にはいないのだろう。

 考えてみれば当然のことだ。ゆっくりを潰したり、虐待したりすれば、当然跡が残る。
 食べるにしても、ゆっくりの体はでかいのだ。赤ゆならともかく、大人のゆっくりは小学生の女の子ではまず食いきれないだろう。
 だとすれば……どこだ。家族にばれる心配が無く、ゆっくりをじっくりいたぶるのに都合が良く、
 場合によってはそのままゆっくりを見捨てて逃げられる場所。
 神社だ。ショップからここまでの道とは、ちょうど反対側にある、こぢんまりとした神社。
 私は出てきた母親に行き先を告げて、自転車にまたがった。
 くそ、ゆっくりに関するあらゆる勘が鈍ってやがる。

 すでに日がとっぷりと暮れて、神社の中は暗くなっていた。
 少女が、大きな袋を重そうに抱えて境内に入る。その袋の中にはもぞもぞとうごめくものがいる。
「やっとついた……」
 少女は境内を進み、誰もいない本殿の裏側へと回る。
 境内の外の、街灯の光が辛うじて入り込む場所に、荷物を乱暴に下ろす。
「ゆべっ!」
 袋の中から声がした。袋が倒れて、転がり出てきたのは、ゆっくりありすの子供だ。
「むぐぐっ、むぐぐぐっ、ゆうっゆうっゆうっ!」
 子ありすは自分を見下ろす影に向かって精一杯怒りを表す。とはいえ、ラップで口を塞がれているので、飛び跳ねるのがせいぜいだ。
 少女は、袋を立て直して、その子ありすの髪を片手でつかんだ。
 そして、もう片方の手をポケットに入れて、取り出したのは。
 カチッ、カチッ、シュボッ――
 少女はライターの火をつけた。
 子ありすは、火と、その向こう側にある少女の顔を見た。
 体をよじって何とか逃げようとするも、体を空中で揺らすことしかできない。
 ライターの火が、足下からゆっくりと近づく。

「君みたいな可愛くて真面目な女の子がこんな時間に火遊びをするのは感心しないな」
 私は息を切らしながら、少女に言った。
 すぐに彼女に歩み寄り、子ありすを取り上げる。
「あーあー、五代君、こんなに強く巻き付けちゃ駄目じゃないか。形が変わってしまう」
 と独り言を言って、袋の中身を確認する。大小のありす達が涙目になっていた。
「どうして邪魔するのっ!」
 娘さんが金切り声を上げた。
「そいつらはわたしのまりさとぱちゅりーを殺したありすなんだよ! どうしてそんなくず饅頭の味方をするの!」
「何故なら、君のまりさとぱちゅりーが殺されたとき、このありす達はわたしの店にいたんだよ。
 つまり、このありす達には犯行は無理なんだ」
「同じだもん! 同じありすだもん! ありすがまりさとぱちゅりーを殺したんだもん!
 どこにいようが、ありすはありすでしょ! わたしのまりさとぱちゅりーを!」
 少女は泣きむせんで、次の言葉を言えなかった。
「じゃあ君は、どこか別のお宅で飼われているまりさとぱちゅりーを、わたしのまりさとぱちゅりーだ! と言ったりするのかい?」
「変なこと言わないで! わたしのまりさとぱちゅりーは別のお宅でなんか飼われてないもん!
 わたしのまりさとぱちゅりーは、一目見たらちゃんと分かるもん!」
「それなのに、悪いことをしたありすと、悪いことをしていないありすの区別もつけられないのか。
 そういうのを、人間がゆっくりをバカにする言葉で『餡子脳』というんだよ」
 言いくるめられたことに気付いた少女は、悔しげに黙りこくった。
「復讐……するんだもん。まりさと……ぱちゅりーに、約束……したんだもん」
 復讐だなどと、またずいぶんと大時代的なことを。
 何とも情緒的な子供だ。私は思わず鼻先で笑う。

 そこに、ようやく娘の母親が現れた。
「すいません! うちの娘がバカなことをしてしまいまして。あの、もう……」
「いや、大丈夫ですよ。娘さんは一匹のゆっくりも虐めていません。寸前で、ちゃんとやめたんです。大丈夫です」
 だが、娘は小さな声で、私が持っているありすに向かって「いつかまた殺してやる」と言った。
「な、どうしてそんな酷いことを言うの! すいません、娘にはちゃんと言って聞かせますから」
「ああ、お願いします。ありすはこちらで引き取ります。娘さんからいただいた代金は後で金額を確かめて返却しますので」
「いえ、どうか全額お納め下さい。娘の授業料です」
 ――このご時世に、なんて出来た母親なんだろう。私は感動するというよりも、あっけにとられていた。
 あなたもまりさとぱちゅりーを殺された怒りをもう少し露わにしてもいいのに。
 もちろん、そんなことが今の娘さんに納得できるはずもない。
「いやだ! いやだいやだいやだ! そのありすを買ったのはわたしよ! わたしが買ったものをどうしようがわたしの勝手でしょ!」
 うげ。ちょっとどきっとした。
 彼女はまるでしつけの行き届いてない胴付きれみりゃのように、だだをこねている。
 そんな彼女を母親が家へと引きずっていった

「むぐっ、ゆっふん! いいざまね! あのいなかもののぶすがき! 
 まるでいなかもののれみりゃみたいだったわ! いなかもののくせにとかいはのありすをいじめようなんて、
 ひゃくおくこうねんはやいのだわ!」
 ラップの隙間から口を開いて、子ありすが言った。
「さあ、おにいさん! ありすのゆっくりプレイスにかえりましょ! 
 そしてこわいめにあったありすに、とかいはなおかしをいっぱいちょうだいね! やさしくなぐさめてね!」
「お前は、確か銀バッジだったな」
「ゆっふん! そうよ! かぎりなくごーるどにちかいしるばーばっじのありすよ!
 にどとあんないなかものの、らんぼうなぶすがきにありすをうらないでね!」
「言葉遣いが汚い。バッジ無しからやり直しだ。一ヶ月でシルバーに戻れなければれみりゃ行き」
 そう言って私は銀バッジを引っぺがしてポケットの中に入れた。
「どぼじでえええええええっっっっ???」
 帰ったら、五代君に、サランラップの巻き方を教えなくちゃな。
 とりあえず、今日のところはこれで一件落着。

 ではなくて、店には治療すべきゆっくりが待っていたのだった。しかも四体も。
 一応、五代君の応急処置は適切になされているので、一安心だが。
「おつかれさまっしたー。あ、ちゃんと残業代は二割五分増しにして計算してくださいねー。一時間っす」
 ……もしこんな生活が続いたら、倒産の前に過労死確実だ。
 早くれいぱーありすを捕まえなければ。そんな思いがはっきりする。


「ゆっくりしていってね! おにいさん! ゆっくりおきてね! ゆっくりのみんなにごはんちょうだいね! おなかぺこぺこだよ!」
 ベッドの中から時計を見て、脱力した。誰だ勝手に時計の針を二時間も進めたやつは。
 私はもう一度、枕に顔を埋める。
 …………
 寝坊だああああっ!

 急いで、ゆっくりたちに朝食を与え、展示棚の中を確認し、変調をきたした個体がいないか確認した。
 が、どうにも間に合わず、結局、五代君にもOJTよろしく手伝ってもらった。
「やばいっすね髪型、すっげえやばいっすよ」
「ああ、そう……じゃ、今日も店番よろしくね……いってきまう」
「まじ任せてくださいよ! なんか楽しくなってきましたし!」
「頼もしいセリフをありがたう……」

 正直、残りの家に行くのは面倒だったが、確認したいことがあったので行くことにした。
 まず、みょんを殺された家。次にれみりゃ一家が陵辱された家。そして、一メートルまりさの家。
 その家を見て、きっと残りの家も同じだろうと見当をつける。
 れいぱーありすに襲われた家の共通項。
 それは、皆建てられてからさほど時間がたっていない、ということだ。
 どの家も、築五年がせいぜいだろう。
 そういえば、あの娘さんの家もそうだった。四年前に引っ越してきたのだった。

 つまり、その家の家族はよその地域から引っ越してきた可能性が高いということだ。
 それも金や銀のバッジを付けた、高いゆっくりを飼える程度の余裕がある家ばかり。
 近所との付き合いにも、見えない壁が出来ていてもおかしくない。
 そのことに、れいぱーありす達が気付いていたら……
 いや、確実に知っているのだ。経験を積んだのか、元から知能の高いゆっくりなのか。
 どちらにせよ、あなどれない、という思いがますます強くなる。

 そして、以前からずっと気になっていた一つの謎――
 どうして、このれいぱーありす達はこんなにもふらふらとしていられるのだろう。
 今、街を野良ゆっくりが人目につくところをうろつくことはほとんど無い。
 せいぜい、自販機の下や、公園のベンチの下、河原の草むらの中、といった場所に散見される程度だ。
 そんな中、ありすが集団で動いていれば、かなり目立つはずなのだ。
 犯行現場を見れば、れいぱーありすが集団であることに疑いはない。
 が、目撃情報は全くない。犯行現場近辺はおろか、それ以外の地域でも全くないのだ。
 やり口がほぼ同じであることから、れいぱーありすが偶然に同時発生したとも考えにくい。

 そこまでで、考えが止まった。今日もそろそろ日が暮れる。
 帰ろう、と思ったが、ふと思い出した。
 そういえば一駅先に、れいむ親子が被害にあった家があったはずだ。
 ちょっと帰るのが遅れるかも知れないが、足を伸ばしてみよう。
 一言でも話が聞ければ儲けものだ。
 一連の事件中で、唯一生き残っている子れいむの様子も見てみたい。
 そう思い、駅で切符を買った。

 目的の家の前で、一人の男が折りたたみ自転車を組み立てていた。
「お? えーと、確か、あの会議に出てたよな」
 そう、あの緊急会議の出席者の一人だった。
 熊のような体躯をしている。その容姿と折りたたみ自転車とのギャップがおかしい。
「……名前、何だっけ?」
 私は、財布の中につっこんであった名刺を渡した。
 男はそれを一瞥して返した。
「悪いが、知らなかったな」
 まあ、私の名前など知らないのも無理はない。
 ゆっくりペットショップ業界紙というものがあって、そこにはレアゆっくりの生態や、
 ゆっくりの新たな治療方法、ゆっくり売り上げランキングみたいな情報が載っているのだ。
 彼は様々なランキングの常連だが、私は末席にも入っていない。どんぶり勘定で記録など提出できないのだから当然だ。

「生き残っている子れいむを見に来たんだろうけど、無駄足だったな。
 飼い主はとっくの昔にそいつを近所の駆除業者に渡したとさ。何でも夜に気色悪い笑い方をするんだそうだ。
 あ、言っておくが、営業しても無駄だぞ。すでにうちの喋らない子れいむを売る契約が出来てるんだからな」
 それなら、確かに無駄足だ。
「まあ、あんたも折角ここまで来たんだ。ここで偶然会ったのも、何かの縁だろ。どうだ? 
 れいぱーありすに関する情報交換、といかないか?」
 確かに、情報を共有することでれいぱーありす捕獲への道のりは縮まるだろう。
 私は、れいぱーありすが狙う家の共通点、そしてれいぱーありすの移動に関する疑問点を述べた。
 彼は、そこそこ興味深そうに聞いていた。
 が。
「悪いが、そんな程度の情報じゃ、俺の持っている情報には釣り合わないな」
 ぽかーん。そんなオノマトペが、頭の中で再生された。
「だが、まあ折角だからサービスで、ヒントならやれるぞ。どうだ? 聞きたいか?千円出してくれたら教えてやるが」
 私はきびすを返した。結局、無駄足が確定した。
 男も、多少気が咎めたのか、私の背中に向けて怒鳴った。
「最初の家のれいむは、犯されていないんだぞ!」

 私はショップに帰り、夕食の後、ゆっくりの治療をした。今日は治療は一体だけだった。
 昨日引き渡したばかりの胴なしふらんだった。家の中で適当に見つけたプラスチックの計量スプーン、
 通称「ればてぃん」を口にくわえたまま、壁に激突したのだ。
 ればてぃんは体を貫通した。
 マニュアルの、ふらん、れみりゃの応急手当の手引きにはこう書いてある。
「頭に当たる部分の、中身の三分の一が失われていなければまず大丈夫です。手当てしているフリをしましょう」
 五代君はそれを忠実に実践した。そして、ればてぃんは体を貫通したまま、傷口がふさがってしまったのだ。

 私は、ればてぃんをぐっと引き抜いた。傷口が広がらないよう慎重に。
「ゆっぐりじね!」
 元気だし、大丈夫だ。捕食種のこういう頑丈さは助かるなあ。
 ふらんを水槽の中に隔離して、れみりゃの部屋に置いた。
 普段はふらんに虐められている側のれみりゃが、調子づいてふらんの前で飛び回っていた。
「ゆっぐりじね! ごごがらだぜ! あぞんでやる! ゆっぐりじね!」
「う~♪ れみりゃ☆う~♪」
 ……なんでこのふらん、売れたんだろう。ふらんでなければ銅バッジ以下だぞこりゃ。
 れみりゃも、ペットというより処分品処理係みたいになってきてるし……

 私はパソコンを起動した。
 ネットで、あるアドレスを打ち込む。
 開いたのはネットチャットのページだ。
 その中の、ある部屋に、パスワードを打ち込んで入り込む。
 あらかじめ私に与えられていた名前は、№8である。つまり、末席を表す。
 中にいたのは二人。最近の愛で厨と虐め厨の諍いについてだらだらと喋っていた。私の一番嫌いな話題だ。

『№8さんが入室しました』
『№5:お、初めてのご来場ですねw』
『№2:パソコンが壊れてるんじゃないかって、噂してたところですよ』
『№8:他の人は?』
『№5:今日は来てませんよ』
『№2:野良ありすの群れを探し回ってるんじゃないですか』
『№8:こんな夜中に?』
『№2:昼にしっぽがつかめないなら、夜動いてる、と思ってるんでしょう』
『№5:まあ、ありすにしっぽは無いわなw』
『№8:何か、お二方は、ありすに関して新しく気付いたこととかありますか?』
『№5:ググれ』
『№2:www』
『№2さんが退室しました』
『№5さんが退室しました』

「……?」
 分かったことは三つ。
 このチャットはチャットとしての機能を果たしていない。
 次に、彼らはありすに関する情報交換を渋っている。
 そして、私はネットの世界でもはぶられている。

 パソコンの電源を消して、寝た。
 そっちがそう来るなら、こっちにだって切り札があるのだ。おそらく彼らが考えもつかないような切り札が。
 何だか負け惜しみっぽいな。いや、でも本当に切り札はある。明日はそれを使おう。
 目論見がうまくいけば、彼らを出し抜くことも出来るはずだ。



 後編

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最終更新:2022年05月19日 12:17