概要
弱者の演説は、1716年2月10日、枢密院設置勅令(通称大回廊の勅令)が貴族会の承認を経て成立し、枢密院(コンシー・エン・サンテネリ)が創設された際に、グロワス13世が行った演説である。
背景
王は、旧来の王家中心の統治体制(国王顧問会)を解体し、アキアヌ公やガイユール公といった大諸侯も閣僚として参加する「枢密院(コンシー・エン・サンテネリ)」を設立することで、国家の意思決定を近代化しようとした。この改革を定めたのが「大回廊の勅令」である。しかし、この勅令は、既得権益の喪失や外様諸侯の台頭を恐れた譜代諸侯らによって、貴族会で承諾を拒否されるという前代未聞の事態に陥った。
目的
この演説の唯一の目的は、反発する貴族たちを説得し、「大回廊の勅令」を承認させることであった。しかし、王は権威で彼らを屈服させるのではなく、彼らの内面に訴えかけ、自発的な賛同を引き出すという極めて高度な手法を選んだ。
この演説は絶大な効果を発揮した。王が自らの弱さ、そして貴族たちの弱さを認め、共に団結して国を救うことを呼びかけたことで、貴族たちの反発は霧散した。結果として、「大回廊の勅令」は貴族会で正式に承認され、枢密院体制が発足。サンテネリ王国は、旧来の「ルロワ家の所有物」から、真の「国家」へと変貌を遂げる第一歩を踏み出したのである。
この演説は絶大な効果を発揮した。王が自らの弱さ、そして貴族たちの弱さを認め、共に団結して国を救うことを呼びかけたことで、貴族たちの反発は霧散した。結果として、「大回廊の勅令」は貴族会で正式に承認され、枢密院体制が発足。サンテネリ王国は、旧来の「ルロワ家の所有物」から、真の「国家」へと変貌を遂げる第一歩を踏み出したのである。
この「弱者の演説」は、王が単なる権威の象徴ではなく、人心を掌握し、国の進むべき方向性を示す卓越した政治家であることを、サンテネリの支配層に深く刻み込む出来事となった。
演説全文
遠路シュトロワに集われた忠義の者達へ、サンテネリ国王グロワスより心からの挨拶を贈る
先ほど我が国の柱石たるアキアヌ公爵が過分の言葉を私に寄越してくれた。感謝する
我が父祖の偉業はここで繰り返すまい。皆がそれを知っている。そして、私が大王達と比肩し得ぬであろうことは、私がそれを知っている
アキアヌ公は私の治世に生きることを誇りと称した。この上ない賛辞だ。だが正確には、私が思うところ、それはある種の苦行であろう。——皆も理解されるように、我が国は今、明白な危機の中にあるからだ
多年の戦乱を経て国庫は枯渇し、新大陸の動脈は断たれ、新たな産業は生まれない。アキアヌ公がいみじくも述べた明日。我ら貴族が容易に思い浮かべることができる”明日”をすら思い描けぬ者達の数は日々増加の一途だ
我々が今、こうして旧市に集うのには歴史的な意味があるだろう。我々は今、我々が捨て去り、目を覆った汚濁の中にいる。ここは明日をも知れぬ者達の住処。——これが私、グロワス13世の治世だ
かくして我がサンテネリ、”世界の中心”と渾名された我が国は日没のときを迎える。夕暮れが迫っている
かつて大陸を席巻した軍は今や見る影もない。昔版図に収めたレムル半島は遙か彼方だ。我々は帝国やプロザンやアングランの顔色を伺い、ひっそりと息を潜めて暗闇を佇む。我々は”針鼠(臆病者)”だ
私は旭日の王国をグロワス12世陛下から引き継ぎ、その日没を招こうとしている
さて、この事態は誰の責任であろうか。問うまでもないな。王たる私の責任だ。この四年間、私は何も出来なかった。だが…
だが諸君!一つだけ、この暗愚な王を讃えてほしい。たった一つ、諸君の王は美点を持つ。——それは、諸君に助けを求める心根だ
諸君にこの愚王への憐れみなど求めない。私は諸君を招く。私のところへ招く。私は諸君に傍観を許さない。よくよく考えられよ。この旧市の城で酒を酌み交わしながら隣町を脅かす算段をしていた時代はもう終わった。300人の騎士が華々しく地をかける時代は終わった。いいか、騎士の末裔達よ。我々は3000万の人々に責任を持たねばならない。300ではない。3000万だ!
針鼠(臆病者)は常に恐れおののいている。だが、いみじくも我が国の栄光ある軍がその名を襲うように、針鼠スールは強くもなる。それはなぜか?自身の弱さを知るからだ。弱さを直視する針鼠たちは、それを克服するために群れることを選択した。そうだな、デルロワズ殿。我が国の”黒針鼠”連隊はそうして生まれたのだな。獰猛で圧倒的、誇り高く、おごり高ぶった騎士たちを打ち倒すために平民が槍を握り密集した。鎧の煌めきも高価な突撃槍も、弱点を知り、一所に固まり、一丸となった針鼠を打ち破ることは叶わない。そうだな、デルロワズ公!
(その通りです。陛下!我らの兵は強く結び合うがゆえに無敵です)
ありがとう。軍務卿殿。その通りだ。では、例えば商業はどうだ。我々は長年積上げ、今では誰一人全貌を理解し得ぬ、芸術的に複雑な税制を持つ。効率は悪く、不正は多く、汚職に溢れている。その上我が国内には事実上の独立国があり、あたかも右足と左足が別々の意志のもと動かされているかのようだ。右の足はあちらに、左の足はこちらに行きたがる。諸君、分かるか。試されるがよい。その者は一歩たりとも前に進めないだろう
なんと幸せなことだろう!諸君、我々は理解しているぞ!そして直視できる。我がサンテネリをおいて、他のどこの国がこれほどの知恵と勇気を持つだろうか?ヴェノンの宮殿で皇帝はこのような話を臣下に出来るだろうか。アングランの首相は王にこのような上奏をなし得るか。プロザンのフライシュ王はその名高い率直さを自国の罅ひびに向けられようか
ガイユール殿、貴殿はサンテネリ王国の財務卿となられる。貴殿はリーユの繁栄を第一とするか?
(いいえ、陛下。サンテネリの繁栄を。ここに誓いましょう!)
アキアヌ殿はこの国の舵取りをなさる。大船の主たる貴殿は、緊急避難用に誂えられた小舟を後生大事に磨くかな?どちらの舵を取られる
(むろん、大船の!)
さて諸君。百年後のサンテネリには再び日が昇る。それは偉大な王の力ゆえではない。諸君の力によってだ。この大陸のどこを見渡してもそれを成せる国はなかろう。それに耐えうる王はなかろう。——弱さを自覚することは怖い。さらけ出すのはなお危険だ。しかし私は敢えて為す。私が既にルロワの主ぬしたる意識を捨てたように、諸君もまた各家の主ぬしたることを止め、このサンテネリ王国の主ぬしたることを欲すると信じるからだ!
王は諸君に忠誠を求めない。王は諸君に愛を求めない。ただ一つ、サンテネリへの忠誠と愛を求めたい
——よって本貴族会において、王の勅令に対する承認を求める