吏読(りとう) 朝 ■ ('i-du)
『言語学大辞典術語』
朝鮮では,その国字ハングルの制定以前には,文字としては漢字しか知らなかった.また,日本のように漢字を馴致して日本語を表わすのに用い,さらには仮名を生み出すということもなかった.しかし,朝鮮の言語を表わすためにいろいろな努力がなされた.その一つに,吏読とよばれるものがある.
朝鮮では,その国字ハングルの制定以前には,文字としては漢字しか知らなかった.また,日本のように漢字を馴致して日本語を表わすのに用い,さらには仮名を生み出すということもなかった.しかし,朝鮮の言語を表わすためにいろいろな努力がなされた.その一つに,吏読とよばれるものがある.
吏読は,また吏道,吏吐とも書く.朝鮮では,公私の文書は漢文で書かれたが,ときに漢字で書かれた朝鮮語の語を交えることがあった.それを,吏読という.朝鮮語の語といっても,大部分,ほぼ文節に当たる段落に送られる助詞や助動詞の類の送り仮名である.朝鮮語は日本語とよく似た言語で,助詞や助動詞を必要とするので,どうしても漢文の本文の語句に,これら文法的な要素を挿入することが起こってくる.ただし,朝鮮では,日本のように漢字や漢文を訓読することはしなかったから,特に用言を含む句の後に吏読の助動詞を送るときは,h■-(する)かi-(である)という動詞に助動詞を付けた形で送った.
このような漢文の中に送り仮名を混入する方法は,我が国の宣命書きにもみられるが,朝鮮の上代の,たとえば,新羅時代の碑文の中にもみられる.そこで,このような送り仮名にも誤って吏読という術語を拡大して使うことがあるが,本来の吏読は,やはり吏の字の示すように文書に使われるものをいうのである.これに対して,経書や仏典の読みに用いられる送り仮名は,「吐(tho)」または「口訣(ku-gy■l)」とよばれる.本質的には同じものであるが,伝統的な吏読と経典の吐とは違うものが多々ある.どちらかといえば,吏読の方が古い語法を含んでいる.中には,新羅時代の語法に遡るものもあるが,また新しい様相を示すものもあって,言語体系としては等質的でない.その古い層のものは,ハングル制定時代の言語(中期朝鮮語)以前の状況を示す資料が少ない朝鮮語としては,古代朝鮮語の貴重な材料を提供する.
吏読は,伝説によれば,新羅の薛聡という人の発明に関わるとされている.李朝の名君世宗王が今日のハングルを創製したとき,一部の保守的な貴族が,吏読というものがあるから新たに文字を作ることはないと反対したことはよく知られている.なお,公文書ではハングル発明以後にも吏読は長く使われた.