訓点(くんてん)
『言語学大辞典術語』
『言語学大辞典術語』
訓点とは,漢文を日本語に翻訳した結果の訓読文や各種の注を,原漢文に付随する形で文字や記号によって漢字の傍などに記載した古い時代の日本語表記の一種である.漢文の読解のためには現在も広く用いられている.点,和点などともいう.また,一般の現代語にも見られる「振りがな」(ルビ)は訓点の技法の残存である.種類としては,片仮名,平仮名,万葉仮名の文字によるもの(仮名点),句読点,返り点,ヲコト点,合符,声点,節博士,朱引などの記号によるものに大別される.訓点を記入することを加点,加点された文献を点本とよぶ.加点の方法や色によって,墨点,朱点,白点,角筆点(角点)等に分類される.中でも角筆点は,木や角などでできた角筆で紙に痕をつけることによって加点するもので,古代世界に広く行なわれていた筆記方法の残存として注目されるが,近時小林芳規(1929~)によってその存在が広く確認され,資料の収集が行なわれている.平安初期から江戸時代末期までの資料が日本全国に存在するほか,敦煌文書その他の中国の漢字文献にも存在することが分かってきている.
東アジアの漢字文化圏では,訓点に類した記述法が古くは広く行なわれていたようであるが,いずれも現在では消滅し,体系として残っているのは日本だけである.朝鮮語では,中世以降に「口訣」または「吐」とよばれる一種の訓点があり,版本や写本に加点されたものが現存しており,返り点等の記号や,略体の漢字による一種の万葉仮名的な朝鮮語表記が見られる.古い時代の資料が存在しないため,日本の訓点との関係はつまびらかにできない(→吏読)
[歴史]
中国の唐代の古写本(敦煌文書等)には,書写の順序の誤りを訂正する記号(?倒符)や句切りの記号が多く見られる.わが国でもそれに倣って奈良時代からそのような記号を書き込んだ文献や木簡が見られる.日本での独自の工夫は,日本語への翻訳に伴う返り点や仮名やヲコト点の記入であり,それがわが国の訓点の発生であったと言える.現存最古の点本は『華厳刊定記』(大東急記念文庫蔵,延暦2(783)年・7(788)年識語)で,返り点・句切り点をもつが,おそらくこの文献と同時期の奈良時代末期から訓点の記入が始まったものと思われる.仮名を含む点本として現存最古のものは『根本説一切有部毘奈耶』(聖語蔵,奈良時代末期)などがある.また,ヲコト点をもつものでは『羅摩伽経』(聖語蔵,平安初期点),『成実論』(東大寺図書館蔵,天長5(826)年点)などが古いものである.初期の訓点はすべて奈良の仏教徒の間で用いられた経典に加点されたものばかりであるが,その後,平安京の諸寺院のものや,大学の儒者が漢籍に加点したものも見られるようになった.
中国の唐代の古写本(敦煌文書等)には,書写の順序の誤りを訂正する記号(?倒符)や句切りの記号が多く見られる.わが国でもそれに倣って奈良時代からそのような記号を書き込んだ文献や木簡が見られる.日本での独自の工夫は,日本語への翻訳に伴う返り点や仮名やヲコト点の記入であり,それがわが国の訓点の発生であったと言える.現存最古の点本は『華厳刊定記』(大東急記念文庫蔵,延暦2(783)年・7(788)年識語)で,返り点・句切り点をもつが,おそらくこの文献と同時期の奈良時代末期から訓点の記入が始まったものと思われる.仮名を含む点本として現存最古のものは『根本説一切有部毘奈耶』(聖語蔵,奈良時代末期)などがある.また,ヲコト点をもつものでは『羅摩伽経』(聖語蔵,平安初期点),『成実論』(東大寺図書館蔵,天長5(826)年点)などが古いものである.初期の訓点はすべて奈良の仏教徒の間で用いられた経典に加点されたものばかりであるが,その後,平安京の諸寺院のものや,大学の儒者が漢籍に加点したものも見られるようになった.
初期の訓点はメモ的なものであり,目立たないように白点や角筆点で加点されることが多かったが,平安中期以降は,訓点自体が師説として重要となり,特定の流派の中で伝承される傾向が生じた.この場合は,本文の書写と併せて訓点も写されることになるが,これを移点と称する.これにより訓点の固定化,訓読言語の文語化が進行した.院政期までの加点本の総数は現在知られているだけでも数千点以上にのぼり,膨大な言語資料を提供している.代表的な訓点資料としては,『金光明最勝王経』(西大寺蔵,平安初期点),『法華経』(龍光院蔵,平安後期点),『大日経疏』(高山寺蔵,永保3(1083)年点),『大慈恩寺三蔵法師伝』(興福寺蔵,承徳3(1099)年点),『大唐西域記』(石山寺蔵,長寛元(1163)年点),『史記呂后本紀』(毛利報公会蔵,延久5(1073)年点),『白氏文集』(神田本,天永4(1113)年点)などがある.
[種類]
以下に,訓点の主なものについて解説する.
以下に,訓点の主なものについて解説する.
1)ヲコト点(別項も参照) 訓点の体系のうち,もっとも重要なものは,ヲコト点である.ヲコト点は漢字の四隅に小さな点(星点)をひとつ付するものを基本とするが,この星点それぞれに助詞・助動詞等を割り当てる.たとえば,博士家点(紀伝点)といわれる中世以降博士家で用いられた訓点では,最初の正方形(壷)の星点の配置が,字の左下から時計回りにテニヲハとなることから,のちの付属語の総称の「てにをは」という用語が生まれ,また,右上から「ヲコト」となることから「ヲコト点」の名称が生まれた(「ヲコト点」の項の〈図〉を参照).ヲコト点は平安初期に発生したものであるが,江戸時代まで用いられた.ただし,近世に入り,訓点が版本として付刻されるようになってからは,版本に適さないヲコト点はだんだんと廃れていった.
ヲコト点は中田祝夫(1915~)により第1群点から第8群点までの8種類に分類された.その中で代表的なものは,西墓点(第1群点),喜多院点(第2群点),東大寺点(第3群点),円堂点(第5群点),博士家(紀伝)点(第5群点),宝幢院点(第7群点)などである.
2)句切り点・返り点 原漢文を日本語として読む際の句読や語順の入れ替えを指定するための記号である.「一二三」「上下」などの文字によるもの,漢字の下隅の点によるもの,「レ」のような形の記号(雁点))よるものなどがある.
3)合符 「がっぷ」とも読む.2字以上の漢字熟語の読み方を指定するために,字と字の間に入れる縦の線による記号.連続符とも.音で読むことを指定する音合符と,訓を指定する訓合符とがあり,記号が置かれる場所によって区別する.
4)声点(別項も参照) 「せいてん」とも読む.漢字のアクセント(四声)を示すための記号で,その起源は中国にある.漢字の四隅のいずれかに「。」のような記号(圏点)を付すものが多い.9世紀頃からの点本に見られる.体系としては,平・上・去・入の四声を区別するものが多いが,それに平声の軽・入声の軽を加えた六声のものなどもある.平安後期からは,日本語のアクセントを記述するために仮名に付された声点も出現した.また,漢字の清濁を区別するために「濁」には特殊な記号を用いる場合が多く,それが,中世以降に仮名の濁点へと発達した.
5)節博士 声明などの音楽性を持つ文献について,その旋律を記述するための特殊な記号.墨譜ともよばれる.声点の変形したものと考えられている.
6)朱引 中世以降に生じたもので,漢字熟語について,人名・所名・官名などの別によって朱書による各種の形状の線を引いてそれらを区別するものである.
[参考文献]
中田祝夫(1954),『古点本の国語学的研究』(講談社)
築島裕(1986),『平安時代訓点本論考 ヲコト点図・ 仮名字体表』(汲古書院)
小林芳規(1987),『角筆文献の国語学的研究』(汲古書院)
中田祝夫(1954),『古点本の国語学的研究』(講談社)
築島裕(1986),『平安時代訓点本論考 ヲコト点図・ 仮名字体表』(汲古書院)
小林芳規(1987),『角筆文献の国語学的研究』(汲古書院)