声点(しょうてん)
『言語学大辞典術語』
『言語学大辞典術語』
I)日本語で,当該文字の声調率を標示するために,漢字・片仮名・仮名の外周に加えられた点.漢字音の声調としては,平・上・去・入の「四声*」が基本であるが,平安末期には,平声と入声とに軽重を区別する「六声」の体系も,普通に使用されている.一部には,四声のそれぞれに軽重を区別する「八声」の体系を使用した文献も知られているが,抑揚の違いよりも,漢字音の子音の範疇を示すことが目的らしい.文字を方形と見なすと,「六声」の標準位置は〈図〉のようになっている.
<図>
それぞれの声点の示す抑揚は,次のように推定されている(金田一,1951).
平声………低平調
平声軽(東)……下降調
上声………高平調
去声………上昇調
入声………低平調+入声韻尾
入声軽(徳)……平調+入声韻尾
入声韻尾は,中国原音で,内破音の[p][t][k]であったが,日本字音で[p]は[フ]になり,また[k]は[キ][ク]になった.[t]は内破音のままに保たれたので,日本語のタ行の促音を示すために入声や入声軽の声点が使用された例もある(図書寮本『類聚名義抄』).
平声………低平調
平声軽(東)……下降調
上声………高平調
去声………上昇調
入声………低平調+入声韻尾
入声軽(徳)……平調+入声韻尾
入声韻尾は,中国原音で,内破音の[p][t][k]であったが,日本字音で[p]は[フ]になり,また[k]は[キ][ク]になった.[t]は内破音のままに保たれたので,日本語のタ行の促音を示すために入声や入声軽の声点が使用された例もある(図書寮本『類聚名義抄』).
敦煌文献には破音字,すなわち,当該漢字の派生的意味での用法であることを標示する点が,漢字の中央に加えられたものが少なからずあり,それが声点の淵源であるという(Ishiduka,1983).日本では,宇多天皇筆『周易抄』(897)が,声点を加えた最古の文献とされている.初期には天台宗の僧侶によって陀羅尼の文字の声調標示に使用され,その後,中国古典文(漢文)のテキストで漢字の四声を示すために広く使用されるようになった.和訓の仮名に声点が加えられるのは,11世紀中葉以降である.
和訓の声点は,個々の片仮名の抑揚を示すが,全体としてアクセントが標示されるため,語の同定を確実にする目的で加えられている.声点はアクセント史の主要な資料である.平安末期には,語の同定をいっそう確実にするために,濁音の片仮名に声点を2つ並べて加える方式が普通になった.その結果,単点は清声点として,あるいは,清濁を判別しない声点として,また,複点は濁声点として使用されて,声調標示と清濁標示とが不可分になった.しかし,声調を標示しなくても清濁標示だけで語が同定できる場合が多かったために,濁声点から声調を捨象し,声点がほとんどさされない右肩の去声点の位置に,濁音標示専用の点として加えられるようになった.それが,現今の濁点の起源である.
以上のように,声点は,訓読文献や字書・音義などに主として使用されたが,藤原定家(1162~1241)はそれを仮名文のテキストに応用して語句を同定し,彼が意図したとおりの意味にしか理解できないように解釈を限定している.その伝統は,『古今和歌集』の注釈を中心に継承された.
なお,声点に関しては,以下の文献も参照されたい.
[参考文献]
秋永一枝(1972-91),『古今和歌集声点本の研究』(校倉書房,東京)
Ishiduka, Harumiti [石塚晴道] (1983), "The Origins of the Ssù-shêng Marks", Acta Asiatica 65 金田一春彦(1951),「日本四声古義」『国語アクセント論叢』(法政大学出版会,東京)
―――――(1974),『国語アクセントの史的研究原理と方法』(塙書房,東京)
小松英雄(1971),『日本声調史論考』(風間書房,東京)
秋永一枝(1972-91),『古今和歌集声点本の研究』(校倉書房,東京)
Ishiduka, Harumiti [石塚晴道] (1983), "The Origins of the Ssù-shêng Marks", Acta Asiatica 65 金田一春彦(1951),「日本四声古義」『国語アクセント論叢』(法政大学出版会,東京)
―――――(1974),『国語アクセントの史的研究原理と方法』(塙書房,東京)
小松英雄(1971),『日本声調史論考』(風間書房,東京)
Ⅱ)朝鮮語における用法「傍点」(パンチョム,pang-chɔm)ともいう.高低アクセント(pitch accent)をもつ中期朝鮮語の表記法において,音節の高低を示すために考案された補助的な記号.音節を単位とするハングルの左側に付けて用いられた.これらの補助記号は無点,一点,二点の3種類から構成され,□,・□,:□の形をもって表記された.たとえば,次のごとくである.
? nai「私の」(属格)
? nai「私が」(主格)
? nai「川」
朝鮮語の文字原理とその運用を定めた「訓民正音」の規定に従えば,無点は「平声」,一点は「去声」,二点は「上声」と規定された.ここにいう平声は低いlモーラの音節,去声は高い1モーラの音節,上声はそれらのモーラの結合した2モーラからなる音節と考えることができ,低十高の音節を表わすものと解釈されている.
? nai「私が」(主格)
? nai「川」
朝鮮語の文字原理とその運用を定めた「訓民正音」の規定に従えば,無点は「平声」,一点は「去声」,二点は「上声」と規定された.ここにいう平声は低いlモーラの音節,去声は高い1モーラの音節,上声はそれらのモーラの結合した2モーラからなる音節と考えることができ,低十高の音節を表わすものと解釈されている.
このような中期朝鮮語の声点は,この文字創製の15世紀中葉から15世紀末頃までの文献において使用されたが,ソウルを中心とする中央方言におけるアクセントの質的変化とその体系の消失に伴って姿を消すことになる.
近代以前に成立した文字体系がこのような言語記号における超分節的な要素を表記することは他にも類例(タイ,ヴェトナムのチュー・クォック・グーなど)がないことはないが,注目すべきことである.なお,日本の古文献にも声点が見られるが,これはその文献の語の解釈のためのもので,文字体系外の識別記号である.