PAH(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon)のメモ

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PAH観測の歴史

PAH輝線が観測的に初めて確認されたのは、銀河系内のplanetary nebulaのスペクトルだと言われている (Gillett et al. 1973)。この論文内では、どの輝線かを同定できないUnidentified Infrared Bandとして紹介されている。その後、Leger & Puget (1984)やAllamandola et al. (1985)等により、芳香族系のPAHが励起され、その再放射が中間赤外線で非常に明るく輝いているのだと提案された。PAHは赤外線領域で非常に明るい輝線として検出され、銀河などでは赤外線光度のうち、最大10%を占めるという研究もある(Helou et al. 2001; Peeters et al. 2002; Smith et al. 2007)。
Tokunaga et al. (1991)は、PAH 3.3 umを観測的に初めて調べ
Genzel et al. (1998)は、近傍のstarburst (SB) 銀河, ULIRG, AGNに対してPAH 7.7 umの輝線/ 連続線 比を調べたところ、SB, ULIRG, AGNになるにつれてPAH輝線が抑制されていることを明らかにした。これは 1. AGNや激しいSBでPAHが破壊されることによって輝線が抑制されること、 2. AGN由来の熱いダスト放射による、~10 umでの連続線が卓越することによる比の減少のどちらかor 両方の効果によるものと考えられる。

銀河系内におけるPAH観測

銀河系内における赤外線放射の研究はそれこそ星の数ほどたくさんあるが、DGL (Diffuse Galactic Light) の観測から、PAHの放射が確認されている。また、このPAH輝線の強さは、ダスト放射(100um放射)と分子ガス放射と相関があることが知られており、少なくとも我々の銀河系においては、PAHは、星間ダストおよび星間ガスと空間的に非常によく混ざっていることが確認されている (Tanaka et al. 1996; Tsumura et al. 2013)。


PAHの生成

PAHは様々な過程によって生成されると考えられているが、その一つとしては、原始惑星状星雲(protoplanetary nebula; PPN) から惑星状星雲(planetary nebula; PN) へと変わる段階で生成されると言われている(Kwok et al. 2002)。

もう一つの生成方法としては、VSG (Very Small Grains) と言われる非常に小さいダストが、紫外線などの比較的高エネルギーの放射によって昇華(evaporate) することで、生成される、というものがある(Cesarsky et al. 2000)。この場合、PDRの境界付近でPAHが生成されると観測結果を最も説明しやすい(Rapacioli et al. 2005; Berne et al. 2007)。

PAHのmetallicity依存性

metallicityが大きくなるほどダストの量も増えるので、基本的にはPAH分子は多くなるはず。
Spitzer衛星の打ち上げ以降、中間赤外線分光の観測が劇的に進み、dwarf galaxyの観測などからPAH輝線強度は確かにmetallicityに強く依存する、という結果が報告されている (e.g., Engelbracht et al. 2005; Madden et al. 2006)。また、low metallicity galaxiesなどの観測も進み、Blue compact dwarf galaxies (BCD)などではPAH輝線強度は非常に弱いことがわかってきた (Hunt et al. 2000)。この観測結果からわかることは、BCDでは、PAH分子が 1) 効率的に破壊されている and/or 2) 生来少ない、ということである。実際、low metallicity環境下ではO型星から放射されるUVによって、PAH分子が効率的に破壊されることが報告されている (Plante & Sauvage 2002) だけでなく、超新星爆発の際に生まれるshockによる破壊の影響もおおきいだろう (O'Halloran et al. 2006)。

PAHの励起


PAHの輝線の起源

各PAH輝線が、どのようなPAH分子のどの部分からの放射に由来するのかというのは、PAH輝線を各tracerとして用いる時に、どのような物理状態のtraceしているかを理解する意味でも非常に大事なことである。実験室による研究結果から、3.3um輝線は、中性/陰イオン PAHからの輝線だと思われており、一方で、6.2, 7.7um輝線は陽イオン(cation) からの輝線だと考えられている(Hudgins & Allamandola 1999)。

PAHの輝線の特徴

PAHの輝線は、おおよその理解が進んでいるとはいえ、そんなに単純ではない。そのため、どのようにfittingするかは議論が絶えない。3.3 um PAH輝線に関して、Imanishi et al. (2000, 2004, 2008, 2010, 2011) では、基本的にがgaussian fittingを行なっている。一方で、Li & Draine (2001)では、Drude profileでfittingを行なっている。

PAHの破壊


PAHと星生成

PAHの各輝線光度と星生成光度には相関がある、と報告する論文は数多くあり、いくつか例を上げてみる。

L(SF) = 10^3 L(3.3PAH) (Mouri et al. 1990; Imanishi et al. 2002)

11.3um PAH輝線光度を使って、12umにおける星生成光度を見積もる事ができる。関係式は、
F(12um, SF) = 22.73F(PAH11.3um)

である(Wu et al. 2009)。

PAHとAGN

PAHが星生成のよいtracerであることは数々の研究から示唆されている。その一方で、PAHはAGNなどのhardなスペクトルを持つものが近くにある場合、破壊されてしまうことも知られている。実際、AGNが近くにあることで6.2, 7.7, 8.6 umのPAHの輝線強度が弱まっている報告がある。その一方で、11.2 um はAGNの放射に対しても強く、Spitzerの観測に寄って、AGNの近傍1kpc程度のスケールではdetection rateが高いことが確認されている(Daiamond-Stanic & Rieke 2012)。

3.3 um PAH

3.3 um emission featureは、おもに非常に小さいPAH分子由来だと思われており、そのような小さいPAH分子は熱容量が非常に小さい。そのため、UV光子によって容易に励起され、輝線をだす。つまり、3.3 um輝線は長波長側の輝線とくらべて、非常にradiation環境に敏感であると言われている。近傍宇宙では数多くの銀河で観測されており、特にLIRG, ULIRGなどでは埋もれたAGNの診断法にも使われている (e.g., Imanishi et al. 00, 06, 08, 10) ため、地上から、または日本ではAKARI衛星などを用いて精力的に観測が行われた。いっぽう、3.3 umというバンドはSpitzerのcoverageに入っていないため、Spitzerによる観測は少なく、遠方銀河に限られる (z > 0.6; Siana et al. 2009)。また、3.3 um 輝線強度と全赤外線 (8-1000 um) 光度には相関関係があることが知られており、だいたい
L(3.3um)/L_IR ~ 1e-3 (Mouri+91; Imanishi+01)
であることが知られている。この比は、high-z天体 (z~3) でもorderが変わらないことが報告されている (Siana et al. 2009) が、逆に光度依存があることが示唆されており、赤外線光度が上がるにつれて、この比は小さくなっていく (Kim+12; Yamada+13; Ichikawa+13)。これは赤外線光度が上がるにつれて、全赤外線光度にAGN光度の寄与が増える可能性があること、また、赤外線光度が上がるにつれてmerger rateが上がる (Ishida & Sanders 2004) ため、mergerによる激しい環境が3.3 um emissionのcarrierとなる小さなPAH分子を壊してしまい、そのような小さなPAH分子がそもそもULIRGなどでは少ない環境の効果もあると思われている。じっさい、ULIRGなどで激しく起きている星生成は主にO-type star由来の寿命が短い (10-100Myrていどの) 星生成であり、PAH分子が回復するのは中型星がダストを吹き出しはじめる100-1000Myr後のことであろう。
最終更新:2014年01月17日 15:59