【影の婚礼】-前編-
(※画像がありません)
やわらかな春の日差しの下、石畳の広場に人々の笑い声と祝福の声が響く。どうやらこれから広場で婚礼が行われるらしい。ハレーの前でリーランドがふと足を止めた。
「見ていくか?」
リーランドは振り返った。興味津々といった様子だ。
「止めたって、どうせ見ていくくせに」
半ばあきれながらハレーは答える。
リーランドとハレーは特定の君主に仕えることなく大陸中を巡り、行く先々で様々な依頼を受けてはこれを解決している騎士。この辺境の小さな村もたまたま通りかかったところだ。
人垣から少し離れたところで広場を眺めやり、新郎新婦を待ちわびていると、突然背後から声をかけられた。
リーランドとハレーは特定の君主に仕えることなく大陸中を巡り、行く先々で様々な依頼を受けてはこれを解決している騎士。この辺境の小さな村もたまたま通りかかったところだ。
人垣から少し離れたところで広場を眺めやり、新郎新婦を待ちわびていると、突然背後から声をかけられた。
「ルーンの騎士さまとお見受けしますが……」
振り向けば立派に着飾った若者が真剣な表情で立っている。ハレーが頷くと、若者はいきなりその場にひざまずいた。
「お願いします! どうか、新郎新婦になってください!」
とりあえずリーランドが若者を立ち上がらせると、若者は改めて説明を始めた。自分は今日の花婿だが、この地方では昼間の儀式には本人ではなく代理人をたてる。これは影の婚礼といい、たちの悪い悪魔に花嫁を奪われないようにするための風習だ。代理人は花嫁の親戚筋が務めるのが慣例だが、魔除けということであれば騎士様ほどうってつけの方はいない。どうか協力いただけないだろうか。
魔除けとはひどい言いようだが、悪気はなさそうだ。ハレーはちらりとリーランドを見た。楽しそうな瞳をしている。この一生懸命な若者のことを気に入ったに違いなかった。リーランドは問いかけるような視線をハレーによこした。
魔除けとはひどい言いようだが、悪気はなさそうだ。ハレーはちらりとリーランドを見た。楽しそうな瞳をしている。この一生懸命な若者のことを気に入ったに違いなかった。リーランドは問いかけるような視線をハレーによこした。
「わかってるわ」
ため息をついてハレーは言った。
「よし。通りかかったのも何かの縁だ。引き受けてやるよ」
「ありがとうございます!」
ハレーたちは、会場に連れ込まれ、新郎新婦へと早変わりさせられた。
慣れない出で立ちで広場に進み出たふたりは、互いの姿を見やって苦笑した。笑いながらハレーは、リーランドの前で着飾るのは初めてではないだろうかと考えた。
ハレーはリーランドと共に長く戦いの世界に身を置いてきた。穏やかな暮らしを考えたことがないわけではない。だがそれは戦いに満ちたこの世界では夢物語だ。まして騎士である者にとっては。ハレーは覚悟していた。ふたりはいずれ戦場で共に力つき倒れるだろう。
おそらくリーランドにもそれは判っている。だから彼は、この世界でうつろいゆく生命の一瞬の輝きや、人々の暮らしの中に隠れた喜びを看過することができないのだ。
観客が見守る中、リーランドは手はず通りにハレーに歩み寄ると、赤い染料の入った小皿を差しだしてきた。ハレーは人差し指を小皿に浸し、うつむいて指を三度額に押しつけてから顔をあげた。
慣れない出で立ちで広場に進み出たふたりは、互いの姿を見やって苦笑した。笑いながらハレーは、リーランドの前で着飾るのは初めてではないだろうかと考えた。
ハレーはリーランドと共に長く戦いの世界に身を置いてきた。穏やかな暮らしを考えたことがないわけではない。だがそれは戦いに満ちたこの世界では夢物語だ。まして騎士である者にとっては。ハレーは覚悟していた。ふたりはいずれ戦場で共に力つき倒れるだろう。
おそらくリーランドにもそれは判っている。だから彼は、この世界でうつろいゆく生命の一瞬の輝きや、人々の暮らしの中に隠れた喜びを看過することができないのだ。
観客が見守る中、リーランドは手はず通りにハレーに歩み寄ると、赤い染料の入った小皿を差しだしてきた。ハレーは人差し指を小皿に浸し、うつむいて指を三度額に押しつけてから顔をあげた。
「ほう」
リーランドが驚いたような声を漏らした。彼の瞳の中に額にくっきりと赤い花を咲かせた自分の姿が映っている。ハレーはどうにも居心地が悪くなり、目を伏せた。リーランドはしばらくハレーを見つめていたが、傍らで進行役が咳払いをすると、慌てて次の手順に進んだ。
腰に捧げた守り刀を引き抜き、ハレーに差し出す。ハレーは両手でそれを受け取った。
これで儀式は終了だ。歓声とともに一斉に投げられた祝福の白い花びらが雪のように舞い散り、ふたりの姿を覆った。
腰に捧げた守り刀を引き抜き、ハレーに差し出す。ハレーは両手でそれを受け取った。
これで儀式は終了だ。歓声とともに一斉に投げられた祝福の白い花びらが雪のように舞い散り、ふたりの姿を覆った。
「私たち、まるで飾り物の人形ね」
役目を終えたハレーはほっとして囁いた。
「魔除けだからな」
リーランドはおどけて答えた。
(あれからもう一年か……)
そう思った。
「目が覚めたか?」
リーランドがのぞき込むようにして尋ねてきた。
「ええ」
生返事をしながらぼんやりとした頭で視線を巡らせる。周囲には禍々しい紋様の彫り込まれた壁があり、壁はいかなる力によるものかぼんやりと光っている。
ハレーは思い出した。ここは、どことも知れぬ迷宮の行き止まり。一方にさっき登ってきた幅の広い坂があり、他方は断崖絶壁。轟くような音からして、崖下は地下水流になっているのだろう。
一週間前、あの村の人々が行方不明になったという知らせを受けた。ふたりは早速独自の調査に乗り出した。結果から言えば、事件の核心へと足を踏み入れたと言える。あるいは引き込まれたと言った方が妥当かも知れない。古城の地下を調べているはずがいつの間にかこの迷宮にいたのだ。
迷宮の奥まった一室に村人たちはいた。ところが、助け出すはずの村人たちはあろうことかふたりに襲いかかってきた。予期せぬ出来事にふたりは撤退を余儀なくされ、今に至る。
ハレーは思い出した。ここは、どことも知れぬ迷宮の行き止まり。一方にさっき登ってきた幅の広い坂があり、他方は断崖絶壁。轟くような音からして、崖下は地下水流になっているのだろう。
一週間前、あの村の人々が行方不明になったという知らせを受けた。ふたりは早速独自の調査に乗り出した。結果から言えば、事件の核心へと足を踏み入れたと言える。あるいは引き込まれたと言った方が妥当かも知れない。古城の地下を調べているはずがいつの間にかこの迷宮にいたのだ。
迷宮の奥まった一室に村人たちはいた。ところが、助け出すはずの村人たちはあろうことかふたりに襲いかかってきた。予期せぬ出来事にふたりは撤退を余儀なくされ、今に至る。
「騎士でもないのにあの身のこなし……あの魔道士の術かしら」
ハレーは村人たちの戦いぶりを思い返す。彼らの動きはただの村人とは思えなかった。そして、村人たちと共にいた魔道士ブロノイル。正体不明のあの男こそがこの事件の中心人物であることは間違いない。
「多分な。だが、わかっていれば俺たちなら勝てないことはない。あとは……」
リーランドが視線を動かす。視線の先、崖の近くに若者が膝を抱えていた。あの日、花婿だった若者だ。不気味な祭壇に寝かされていたところを助け出したのだ。もうひとつの祭壇では、花嫁が冷たくなっていた。
若者は闇を見つめてじっとしている。
若者は闇を見つめてじっとしている。
「彼のことは、私にまかせて」
ハレーは立ち上がった。若者に近づき、予備の剣を渡す。
「一応、これを渡して置くわ。でも抜いてはダメ。私があなたを守ります」
若者はうつろな瞳のままハレーを見上げた。
「よし、行くか」
リーランドの言葉にハレーは軽くうなずいた。しかし。
「その必要はない」
突如、ふたりの背後で声がした。振り返ると、そこにはいつのまにか闇色の長衣に濃い紅の外套を羽織った男が村人たちを引き連れて立っていた。魔道士ブロノイルだった。