元就が目を覚ました時、既に日は天まで昇っていた。
「何を…やっている」
目覚めた第一声はそれだった。
「昼見世はとうに始まっておろう…」
布団を引いて寝かせてやっていたのだが、眉をしかめて身を起こす。
無造作に掻き合わせて着せてやった襦袢が、乱れて白い胸元が覗く。
「あぁ、そうだな…」
気もそぞろに返事をすれば、ぎゅうと頬をつねられる。
「んなっ!?何をしやがるんだ!!」
驚いて飛び跳ねれば、不機嫌そうなその顔が目に映る。
「後悔……しておるのか」
"商品"に手を出した事。
と、元就は言った。
「別にそんな事しねぇし、お前らを物扱いした事もねーよ」
ふぅ、と溜め息を吐き言葉を続ける。
「ただ…どーしたもんかなーと思って…な」
楼主が女郎に惚れてしまった事に変わりはない。
見世の事を考えるなら、今まで通り何事もなかった様に女郎を続けさせるのが一番だ。
だが他の男に、と思うと俺自身が許せない。
客の寝床に踏み込まない、という自信はない。
そんな思案の螺旋を踏んでいると、また元就に頬をつね上げられた。
「いてっ!だから何だってんだよ!!」
手を振り払い、頬をさする。
また冷ややかな視線が送られる。
「では、我と逃げるか?」
元就が投げ掛けてきたのは、もう一つの方法。
あの大手門を、共にくぐって。誰の手も届かない場所へ。
しかし俺には、何もかも捨てて行く事なんてできない。
俺を慕う若い衆。行き場のない禿や女郎達。
全部投げ出して、逃げ出して、それであいつらの明日を保障してやる事なんてできない。
「馬鹿言え、鷹波屋はどーなるんだよ」
「そんなもの、お前の代わりなどいくらでもおるわ」
そりゃー切り盛りするだけなら、その通りだろーけど、真正面から言われると傷つくな…。
言葉に詰まっていると、最後に掛けられたは思いも寄らぬ言葉だった。
「では、我と結婚すれば良かろう」
驚きすぎて、声も出なかった。
それが出来たら苦労しねぇっつー話だってのに。
あんぐりと口を開けて固まっていると、元就はそのまま言葉を続けた。
「花魁元就は、やはり逃げたのだ。女郎職に嫌気がさして」
頭の上に、疑問符が浮かぶ。
「は?逃げたって…お前はここに、いるじゃねぇか」
「勘の鈍い男だ。ならば、首を括って死んだ事にしても良い」
溜め息を吐き、長い睫の瞳が細められる。
疑問符が、更に増える。
「花魁元就は、死んだのだ。だから目の前にいる女は、名も立場も違う、ただの女だ」
そこまで説明されて、ようやくこいつの魂胆が見えた。
肝のでかさに辟易する。
「さて、お前は、どうする?」
くつくつと、楽しそうに笑うから、もう何もかもがそれで良い気がしてくる。
「はっ!いや、勢いに押されたとは言え、俺はてめーを許しちゃいねぇんだからな!」
ここで飲み込まれては、男がすたる。
びしっと指を突きつけて、色香に騙されない様半歩ずり下がる。
「指詰めの件は、どーしたって許しちゃおけねぇ!」
喚く俺とは正反対に、元就は「あぁ、その事か…」と冷静に言い放った。
「そういえば…我の馴染みに恋慕した新造がいたな。名は忘れたが…他の姐女郎の真似をして、一人で指を詰めておったわ」
な、なんだってと言いたいのに、あまりの事に言葉が喉から出てこない。
「新造の指は受け取ってもらえぬから、我の指という事にしてはくれまいか、と…泣いて頼まれてな」
にやり、とまたあの不適な笑みを浮かべる。
「そんな事で気が晴れるなら、と…引き受けた事もあったな」
「え…だって…使ってやったって…」
差す指に力を失った俺を、ただ黙ってにこにこと見つめてくるから、俺もいい加減馬鹿らしくなった。
「どこまでが計算なんだよ、てめぇ…」
元就は、答える代わりに、嬉しそうに笑った。
まったく、こいつの"策"ってのは…やっぱりとんでもねー事しかないじゃねぇか。
「何を…やっている」
目覚めた第一声はそれだった。
「昼見世はとうに始まっておろう…」
布団を引いて寝かせてやっていたのだが、眉をしかめて身を起こす。
無造作に掻き合わせて着せてやった襦袢が、乱れて白い胸元が覗く。
「あぁ、そうだな…」
気もそぞろに返事をすれば、ぎゅうと頬をつねられる。
「んなっ!?何をしやがるんだ!!」
驚いて飛び跳ねれば、不機嫌そうなその顔が目に映る。
「後悔……しておるのか」
"商品"に手を出した事。
と、元就は言った。
「別にそんな事しねぇし、お前らを物扱いした事もねーよ」
ふぅ、と溜め息を吐き言葉を続ける。
「ただ…どーしたもんかなーと思って…な」
楼主が女郎に惚れてしまった事に変わりはない。
見世の事を考えるなら、今まで通り何事もなかった様に女郎を続けさせるのが一番だ。
だが他の男に、と思うと俺自身が許せない。
客の寝床に踏み込まない、という自信はない。
そんな思案の螺旋を踏んでいると、また元就に頬をつね上げられた。
「いてっ!だから何だってんだよ!!」
手を振り払い、頬をさする。
また冷ややかな視線が送られる。
「では、我と逃げるか?」
元就が投げ掛けてきたのは、もう一つの方法。
あの大手門を、共にくぐって。誰の手も届かない場所へ。
しかし俺には、何もかも捨てて行く事なんてできない。
俺を慕う若い衆。行き場のない禿や女郎達。
全部投げ出して、逃げ出して、それであいつらの明日を保障してやる事なんてできない。
「馬鹿言え、鷹波屋はどーなるんだよ」
「そんなもの、お前の代わりなどいくらでもおるわ」
そりゃー切り盛りするだけなら、その通りだろーけど、真正面から言われると傷つくな…。
言葉に詰まっていると、最後に掛けられたは思いも寄らぬ言葉だった。
「では、我と結婚すれば良かろう」
驚きすぎて、声も出なかった。
それが出来たら苦労しねぇっつー話だってのに。
あんぐりと口を開けて固まっていると、元就はそのまま言葉を続けた。
「花魁元就は、やはり逃げたのだ。女郎職に嫌気がさして」
頭の上に、疑問符が浮かぶ。
「は?逃げたって…お前はここに、いるじゃねぇか」
「勘の鈍い男だ。ならば、首を括って死んだ事にしても良い」
溜め息を吐き、長い睫の瞳が細められる。
疑問符が、更に増える。
「花魁元就は、死んだのだ。だから目の前にいる女は、名も立場も違う、ただの女だ」
そこまで説明されて、ようやくこいつの魂胆が見えた。
肝のでかさに辟易する。
「さて、お前は、どうする?」
くつくつと、楽しそうに笑うから、もう何もかもがそれで良い気がしてくる。
「はっ!いや、勢いに押されたとは言え、俺はてめーを許しちゃいねぇんだからな!」
ここで飲み込まれては、男がすたる。
びしっと指を突きつけて、色香に騙されない様半歩ずり下がる。
「指詰めの件は、どーしたって許しちゃおけねぇ!」
喚く俺とは正反対に、元就は「あぁ、その事か…」と冷静に言い放った。
「そういえば…我の馴染みに恋慕した新造がいたな。名は忘れたが…他の姐女郎の真似をして、一人で指を詰めておったわ」
な、なんだってと言いたいのに、あまりの事に言葉が喉から出てこない。
「新造の指は受け取ってもらえぬから、我の指という事にしてはくれまいか、と…泣いて頼まれてな」
にやり、とまたあの不適な笑みを浮かべる。
「そんな事で気が晴れるなら、と…引き受けた事もあったな」
「え…だって…使ってやったって…」
差す指に力を失った俺を、ただ黙ってにこにこと見つめてくるから、俺もいい加減馬鹿らしくなった。
「どこまでが計算なんだよ、てめぇ…」
元就は、答える代わりに、嬉しそうに笑った。
まったく、こいつの"策"ってのは…やっぱりとんでもねー事しかないじゃねぇか。
以降鷹波屋楼主の傍に、男装の麗人が控えるようになる。
"男装"と言うのも推測で、男か女かも定かではない中性的な面立ちが、そう思わせていた。
様々な噂がまことしやかに囁かれたが、それもすぐに風に乗って流れていった。
二人がその後どうなったのかは分からないが、それはまた別の話である。
"男装"と言うのも推測で、男か女かも定かではない中性的な面立ちが、そう思わせていた。
様々な噂がまことしやかに囁かれたが、それもすぐに風に乗って流れていった。
二人がその後どうなったのかは分からないが、それはまた別の話である。




