さらりと返された言葉の意味がよくわからなくて、思わず正面の顔を見返す。
暮れ落ちた薄闇の中、きょとんと見開かれた茶色の目が、不思議なほど明るく俺を見つめていた。
「いきなり言われたわけではないぞ。あの日の十日ほど前にお館様から、最上より参った
書状の件と婿取りの必要について、某すでに話をいただいておった」
「だから某は……え、旦那知ってたの?」
「某のことを某が知らんでどうするのだ」
そりゃそうですね。
「あのころ、佐助は任務でいなかったからな。帰ったら話そうと思っていたのだが」
ふと笑って、またうつむく。流れ落ちた髪で顔が隠れて、俺の目でも表情が読めない。
なんだ、知ってたのか。
そういえば呼び出しのあったあの晩、この人は普段に比べても興奮して、そして緊張して見えた。
「婿は取らねばならん。それは絶対だ。……だがお館様は、望む相手がいれば言えと仰って下された」
どこのどんな男でもいい。家中の誰だろうと、例え他国の領主であろうと、すでに妻がいようと。
国の一つや二つ、攻め滅ぼしてでも、必ず想う相手と添わせてやろうと。
いいそうなことだ。あの人なら。
そしてきっと実行するだろう。この人のためなら。
「ありがたく、真にもったいない話だろう。だから某は」
小さく笑って、顔が上がる。
ひとかけらの笑みもない茶色の目が、真正面から俺を見据えた。
暮れ落ちた薄闇の中、きょとんと見開かれた茶色の目が、不思議なほど明るく俺を見つめていた。
「いきなり言われたわけではないぞ。あの日の十日ほど前にお館様から、最上より参った
書状の件と婿取りの必要について、某すでに話をいただいておった」
「だから某は……え、旦那知ってたの?」
「某のことを某が知らんでどうするのだ」
そりゃそうですね。
「あのころ、佐助は任務でいなかったからな。帰ったら話そうと思っていたのだが」
ふと笑って、またうつむく。流れ落ちた髪で顔が隠れて、俺の目でも表情が読めない。
なんだ、知ってたのか。
そういえば呼び出しのあったあの晩、この人は普段に比べても興奮して、そして緊張して見えた。
「婿は取らねばならん。それは絶対だ。……だがお館様は、望む相手がいれば言えと仰って下された」
どこのどんな男でもいい。家中の誰だろうと、例え他国の領主であろうと、すでに妻がいようと。
国の一つや二つ、攻め滅ぼしてでも、必ず想う相手と添わせてやろうと。
いいそうなことだ。あの人なら。
そしてきっと実行するだろう。この人のためなら。
「ありがたく、真にもったいない話だろう。だから某は」
小さく笑って、顔が上がる。
ひとかけらの笑みもない茶色の目が、真正面から俺を見据えた。
「誰でもよいといったのだ」
夜風がびょうびょうと庭木を揺すり、吹き抜けていく。
隙間風にのって、飯の匂いが微かに漂う。厨の方角からは、相変わらずの人の気配。
部屋に近づくものは誰もいない。
「そもこの婚姻は、某が真田を継ぐためのもの。お館様の御為に今以上に働き、武田の家中に
おいて確固たる地位を得、家名を高め、ひいては真田の家臣や領民を守るためのものだ。
お館様に選んでいただけるならば重畳、それ以上に望むことなどあろうはずがない」
びょうびょうと風が鳴る。胸の奥で。
じりじりと這い上がってくる。押さえつけても押し殺そうとしても、消えることのない黒いものが。
「某の婿など、誰でもよいのだ」
何かがじわりと溢れ出した。
隙間風にのって、飯の匂いが微かに漂う。厨の方角からは、相変わらずの人の気配。
部屋に近づくものは誰もいない。
「そもこの婚姻は、某が真田を継ぐためのもの。お館様の御為に今以上に働き、武田の家中に
おいて確固たる地位を得、家名を高め、ひいては真田の家臣や領民を守るためのものだ。
お館様に選んでいただけるならば重畳、それ以上に望むことなどあろうはずがない」
びょうびょうと風が鳴る。胸の奥で。
じりじりと這い上がってくる。押さえつけても押し殺そうとしても、消えることのない黒いものが。
「某の婿など、誰でもよいのだ」
何かがじわりと溢れ出した。
触れるほどの近さにあった肩をつかみ、ぐいと押す。身を乗り出していたことで不安定に
なっていた体は、あっさり横に倒れた。
うわ、と小さな悲鳴は無視して、崩れた膝をつかんでさらに押し倒す。真っ黒な床板の上に、
花びらのように緋色が舞った。
暗闇の中、のしかかりながら片方の袖に膝を置き、動けないように固定する。そのまま
きっちり合わさった襟元に手をかけると、慌てたように手首をつかまれた。
「なにをするか!」
怒りに満ちた顔が俺を見上げる。
目が合った瞬間、その顔は驚愕と、僅かな恐怖の色へと塗りかわった。
なっていた体は、あっさり横に倒れた。
うわ、と小さな悲鳴は無視して、崩れた膝をつかんでさらに押し倒す。真っ黒な床板の上に、
花びらのように緋色が舞った。
暗闇の中、のしかかりながら片方の袖に膝を置き、動けないように固定する。そのまま
きっちり合わさった襟元に手をかけると、慌てたように手首をつかまれた。
「なにをするか!」
怒りに満ちた顔が俺を見上げる。
目が合った瞬間、その顔は驚愕と、僅かな恐怖の色へと塗りかわった。




