ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・マヤコフスキー(1893年7月19日〈ユリウス暦7月7日〉 - 1930年4月14日)は、ロシア未来派を代表する詩人・劇作家。革命前夜からソビエト初期にかけて活動し、20世紀ロシア詩の革新者として位置づけられる。
グルジア(現ジョージア)のバグダティに生まれ、若くして革命運動に関与し投獄を経験した。モスクワ絵画彫刻建築学校で学ぶなかで未来派運動に参加し、既成文学の否定と都市文明の賛美を掲げる急進的な詩作を開始する。1912年の未来派宣言「大衆趣味への平手打ち」に名を連ね、挑発的な朗読や演出によって名声を確立した。
代表作『ズボンをはいた雲』(1915)は、恋愛の激情と革命的情熱を融合させた長編詩であり、伝統的韻律を破壊した階段状の詩行配置と口語的リズムによって詩の形式を刷新した。1917年のロシア革命後はボルシェヴィキ政権を支持し、ポスターや宣伝詩、演劇など多方面で活動する。風刺劇『南京虫』(1929)や『風呂』(1930)では、革命後社会の官僚主義や堕落を批判した。
その詩は、強烈な自我の表出、都市的イメージ、誇張とアイロニーを特徴とし、政治的プロパガンダと個人的抒情を同時に内包する独特の緊張を持つ。革命の公式詩人と見なされる一方で、体制との距離や芸術の自律性をめぐる葛藤も抱えていた。
1930年、モスクワで自殺。死後、スターリンにより「ソビエト時代の最良かつ最も才能ある詩人」と公式に評価され、その名声は国家的に確立された。現在では、革命詩人としてだけでなく、言語実験と前衛芸術の担い手として再評価されている。