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悪の不在証明

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だれでも歓迎! 編集
落ち着け、と混乱した状況の中、努めて自分に言い聞かせる。
梨花の死が濃厚な状況下で、今の自分は少々冷静さを欠いている。
もうすぐメリュジーヌが到着するかもしれないが…同時に写影という少年が言っていたフリーレンという凄腕の魔法使いも到着するやもしれない。
怪物の乱痴気騒ぎに巻き込まれた状況で、今の自分が撃つべき手とは………


「写影さん」


びくりと、写影と呼ばれた少年の身体が硬直する。
彼が緊張状態にあるのは、一目見ただけで分かった。
この少年を殺すのは、そう難しくないだろう。
見た所普通の人間であるようだし、銃で撃てば事足りる。
だが、何か強力な支給品を隠し持っている恐れがある。
無理に勝負にでるべきではないと判断。どうせ、沙都子が手を下さずとも───


「があああああああ!!!ちょこまかするなぁ!!!!」


あの太った怪物(シャーロット・リンリンが、放って置いても始末してくれるだろう。
だからここで重要なのは、演技力。


「貴方、分かっていますの?恩を仇で返すというのはこの事でしょう。
守って欲しいというなら素直におっしゃればいいのに、裏切られた気分ですわ」


腕を組み、争う気はないという所作をしながら、表情は厳しく。
不義理を成され、決裂した正義感の強い少女であるかのように振舞う。


「な……違……僕は……っ」
「何が違うと言うんですの?あんなあの大きな方をけしかけるような事を言って、
言っておきますが私、スジの通らない事は大嫌いで御座いましてよ」
「………っ!?」


気が動転しているのか、上手く言い返せず写影は口ごもる。
それを見た沙都子は心中でほくそ笑んだ。
どうやら、彼らの中でも自分が完全にクロかどうか判断しかねている様だ。
だから、糾弾されてもそれが策の上なのか、善意を裏切られ厄介ごとを押し付けられて憤っているのか判断に困っている。
それを即座に見抜いた沙都子は、心中で笑みを浮かべながら、駆け引きを開始する。


「……とは言え、桃華さんやハーマイオニーさんまで連帯責任と言うのは酷でしょう。
ですから、こうしましょう…………メリュジーヌさん!」


沙都子が名を呼び、指を鳴らす。
すると、戦闘時にも拘らずメリュジーヌは彼女の言葉をしっかりと捕えて。


「おごぉ!?」


巨大な少女のテレフォンパンチを流麗に躱し、アッパーカットを叩き込む。
当然、その程度では巨人の少女は倒れない。
だが、顎を撃ち抜かれた事で脳が揺れ、くらくらとたたらを踏んでいた。
その隙を見逃さずメリュジーヌは後退し、沙都子を優しく抱き上げる。
呆気にとられる写影達を尻目に、沙都子は余裕を伴った笑みを浮かべた。


「私達があの方を引き付けます。ですから、皆さんは御逃げ下さいな」


その言葉を受けて、写影は頭を殴られた様な感覚を覚えた。
まさか、ついさっきまで自分が殺そうとしていた少女が、自分達を庇うために囮となるとは考えていなかったからだ。



「で、でも……それでは沙都子さんが……」
「そうよ、危険じゃ……ないの?」


桃華とハーマイオニーが異論を唱える。
彼女たちもまた沙都子を疑っていた側の人間だ。動揺を隠せない。
普段なら淀みなく出ていたであろう身を案じる声も、酷く歯切れの悪い物となっていた。


「申し訳ありませんが、私は写影さんが信頼できませんし、
皆さんも……どうやら私の事を信頼しては下さっていない様なので、ここで別れましょう」


そう言って儚げに沙都子は笑った。
その演技力は、数々のカケラで培った彼女の技能(スキル)そのものだ。
疑っている写影達ですら、ずきりと心が軋む名演技であった。


「何を楽しそうにお喋りしてる……!エスターを殺したクソ野郎が………!」


その時だった。
煮えたぎる憎悪を両眼に溢れさせ、悪神が咆哮を上げる。
最早、これ以上お喋りをしている時間は無いだろう。


「では、お願いしますわ。カオスさん」
「うん、任せて。沙都子おねぇちゃん」


しっかりとカオスの首に手を回して、桃華達に聞こえない様に小さな声で囁く。
カオスもまた、絶対に沙都子を落とさぬ様にかき抱き、沙都子と同じ声量で、しかし力強く応えた。
そのまま写影達が呆然と見送るしかない中、意を決したように殺意の幼子の前に躍り出た。


「死ね!!」


殺意と共に、拳が振り下ろされる。
だが、沙都子達には掠りもしない。
そのまま拳は空を切り、地面へ吸い込まれる。
ドオッ!という轟音と共に、数メートルのクレーターができた。
恐ろしい怪力だ。沙都子だけなら一発で挽肉にされているだろう。


「さぁさぁ鬼さんこちら。手のなる方へ……ですわ」


挑発するような言葉と共に、パァンと銃声が響く。
沙都子の手には、拳銃が握られていた。
放たれた銃弾はカオスに抱えられている態勢にも関わらず、巨人の少女の瞼に狂いなく命中する。


「ぐお!?おれの目に何しやがるこの野郎ォオオオオオオオ!!!」


野郎ではありませんし、目を撃たれたんだから血の一つでも流したらどうですの?
銃を構えながら、思わず沙都子は心中で毒づいた。
全く、とんでもない怪物だ。こんな化け物に単独で出会ったらと思うとぞっとする。


「メリュジーヌさんは回避に専念してください。引き付ける役目は私で十分ですわ」
「うん、分かった」


巨人の少女の力は凄まじい物があるが、速度や身のこなしはカオスに比べれば遥かに劣る。
加えて、これまで彼女が戦ってきた相手とは違い戦闘の経験値も皆無。
となれば、速度差と小回りで沙都子を守りながら翻弄するのもそう難しい話では無かった。
回避に専念しなければならないため、挑発行為は行えないが、その代わりを沙都子が務める。
沙都子の銃の腕は、積み重ねた研鑽により凄腕のガンマンに迫るものだ。
巨人の少女が突っ込んで無防備になった瞬間を狙うのは、造作もないことだった。
何しろ的は大きいし、どうせどこに当たろうと効かないとわかっているから、当てるのはどこでもいい。



「うおおおおおおおおお!!!!!」


既に三発撃ち込まれている巨人の少女は怒り狂った。
痛痒はないものの、攻撃されているという認識が彼女の凶暴性を引き出す。
しかし、それでも沙都子たちには当たらない。
まるでひらりひらりと桃色の殺意を躱し、写影達からあっという間に引き離していく。
その華麗さは、まるで闘牛士のようだった。


やがて巨人の少女と沙都子たち二人の位置は曲がりかどに達し、写影達からは見えなくなった。


「ほらほら、頑張って。エスターさんとやらの仇を撃つんでしょう?」


そう言って、沙都子は煽るような言葉を吐きながら発砲した。
また少女の瞼に命中する。
血は出ないが、他の部位とは違い瞼に命中した時だけは痛みを感じているようだった。


「調子に乗ってんじゃ……ねぇえええええええ!!!!!」
「!?」


だが、敵手もされるがままでは終わらない。
付近にある看板や街路樹、瓦礫などを手当たり次第に沙都子たちに向かって投げつける。
その度に、爆発音のような轟音が周囲に響き渡る。
球速で言えば三百キロを超えているだろう。
そして、巨人の少女が投げているのは野球ボールではない、看板や瓦礫だ。
そんなものが数百キロの速度で投擲されれば、大砲の威力となんら遜色なかった。


「まぁ、当たりませんが」


それでも、沙都子の表情から余裕は消えない。
カオスは致死の砲弾を事も無げに躱し続ける。
シナプス最強最高のエンジェロイド『空の女王(ウラヌス・クイーン)』が発射する遠距離兵装すら回避してのける彼女にとって。
電子制御もされていない、人力の大砲程度では沙都子を抱えていても躱すのは難しくなかった。


「クソォ!!このおぉおおおおお!!!」


本気で殺すつもりの攻撃は、一発すら当たることはなく。
怪物の顔にも、憎悪以外の焦りという感情が浮かぶ。
熊さんや狼さんだってここまで素早くなかった。
エスターを殺したこのひとごろし達は、この素早さでエスターを殺したのか。
悔しい。エスターの仇を取れないのがとても悔しい。
このままでは駄目だ。それを強く認識した時、今から少し前の事を思い出した。
そうだ。エスターもまだ生きていた頃。あの眼帯の子から皆を守ったとき。
あの、相手の行くところがわかる力を使えば────!



「………ッ!!いーじす!!」
「きゃああっ!!」



ここで初めて、冷厳なメリュジーヌの表情を保っていたカオスの表情が強張り。
瞬間的に、彼女は防御兵装(イージス)を展開した。
彼女はここまで回避行動だけで敵の攻撃をいなしていた。
迂闊にイージスを展開すれば、メリュジーヌに化けた別人だとバレかねない。
バレずとも、違和感を抱かれる一助になってしまうかもしれない。
そう考えて、イージスの使用を彼女はここまで控えていた。
だが、たった今、彼女は迷うことなくその伏せていたカードを切った。



「ごおおおおおおおお!!!」


轟音と衝撃が響く。
巨人の少女の拳が、カオスたちのいる場所を正確に捉えていた。
まるで、彼女たちが進む座標を先読みしたように。
イージスを展開していなければ、カオスは兎も角沙都子は肉塊に変わっていただろう。
本当に怪獣の様な方ですわね。沙都子は再び心中で毒づき、メリュジーヌの指示を変更する。


「カオスさん。もういいですわ!ここまで引き付ければ十分です!」


先ほどまでの余裕は消え失せて。
必死さを含んだ表情で、沙都子はカオスに新たな指示を下した。
既に写影達からはだいぶん引き離した。彼らから見ても十分仕事は果たしただろう。
これ以上リスクを犯してまで無駄弾を使い、不毛な鬼ごっこに付き合うこともない。


「……うん!捕まって、おねぇちゃん!!」


メリュジーヌの演技を辞めたカオスは沙都子の指示に従順に従った。
イージスを展開し、沙都子を守りつつ、ステルスシステムで隠していた翼を広げて飛翔する。


「飛んだ!?スゲー!!」


憎悪も忘れて、巨人の少女が感嘆の声を上げた。
そうしている間にも、カオスと沙都子の二人はあっという間に、空という少女の巨躯でも手の届かぬ領域へと逃げ延びる。
直ぐに我に返り少女は地上で、“逃げるな“”降りてこい“など憤りの声を上げるが、当然それに従う義理は二人にはない。
そのままごきげんようと捨て台詞を残して、沙都子たちはその空域を離脱する。


「……ふぅ。ここから学園の方まで飛んで下さいます?カオスさん」


短く息を吐いて。
東のほうのエリアへと向かって飛翔しながら、沙都子は差し当たっての目的地を告げる。
メリュジーヌの顔をしたまま、カオスは了承するが、その表情はあまり芳しくない。
どうしたと問いかけると、僅かな間をおいて天使の少女は謝罪の言葉を述べた。


「ごめんなさい……いーじす、使っちゃった……」


最後まで上手くできなかったと、カオスは浮かない顔で謝罪する。
沙都子はメリュジーヌと入れ替わっているときは、カオスにできる限り兵装の使用を制限するように伝えていたのだ。
武装の違いで、メリュジーヌとカオスの入れ替わりに気づく者がいるかもしれないためだ。
実際はそうそう気づくものはいないだろうし、支給品だと言い張る事もできるが…
尻尾が出る余地は少ないほうがいいのは間違いなかった。
そう言う意味では、カオスは言いつけを破ったと言える。
だから沙都子の護衛を勤めあげたにも関わらず、しゅんとした顔をしている。
それが沙都子にとってどうしようもなくいじらしく、愛らしく映った。
抱きかかえられたまま彼女の首に手を回して、添えた手のひらで無言のまま、しかし愛おしげに沙都子はカオスを撫でる。


「お……おねぇちゃん……?」
「カオスさん……貴方は本当にいい子ですわね」
「………怒ってない?」


カオスのその問いかけを、すぐさま沙都子は否定する。
貴方は私を立派に守ってくれた。
確かにイージスを使ってしまったが、写影さん達に見られてはいない。
なら怒ることなど何もない。
次々にカオスを労い、きっと彼女が望んでいる言葉を与えていく。
それは雛鳥に惜しみなく餌を与える親鳥の様な情景だった。



「……ありがとう、沙都子おねぇちゃん……私、おねぇちゃんのこと、絶対守るから」


数々の労いの言葉を与えられたカオスが、華が咲いた様な笑顔を見せる。
彼女は今まで知らなかった。人に必要とされることがこんなにも満たされる事を。
貴方がいてよかった。そう一言言われるだけでどれだけ動力部が温かくなるかを。
沙都子お姉ちゃんについて行けば、この温もりをもっと与えてもらえる。


(もし…お姉ちゃんに、ますたーになって貰えたら……)


刷り込み(インプリンティング)を行い、沙都子に鳥籠(マスター)になって貰う。
それは今のカオスにとって、とても魅力的に思えて。
沙都子の専属エンジェロイドとなり、命令される自分の姿を想像してしまう程に、天使は着実に沙都子に心酔しつつあった。


────カオス、お前は廃棄処分だ。


だが、それを阻む様に、忌まわしい記憶(データ)が何度もサルベージされる。
もし、沙都子にも同じことを言われたら。
お前はもういらないと言われたら。想像するだけで、動力部が自壊しそうになる。
それに、自分は優勝しなければならないという考えだって、今もちゃんとあるのだ。
沙都子をマスターとして据えてしまえばカオスの優勝は100%なくなってしまう。
エンジェロイドは、マスターの命令が絶対なのだから。
故においそれと、言える事では無かった。
その事実を認識してしまい、思考回路が葛藤を帯びる。


「どうしましたか?カオスさん」


また表情が陰るカオスを見て、沙都子が心配そうに尋ねる。
何か不味いことを言ったか。彼女の表情からはそう言った感情が読み取れた。
誤魔化すように、カオスは話を切り替える。


「ううん、何でもない。それよりも、良かったの?
あのお兄ちゃんたちに……愛を与えてあげなくて」


おねぇちゃんのやることに、きっと間違いなんてないと思うけれど。
それでも、先ほどまでの沙都子と自分の動きは中途半端なものに思えた。
帽子のお兄ちゃん達を殺すのでも、フリーレンという子との合流まで守るでもなく。
あの大きな地蟲(ダウナー)の女の子から引き付けて逃げるだけ、だなんて。
カオスには、沙都子の真意が分からなかった。
そんな彼女に、沙都子は悪童そのもの笑みを浮かべて。


「……そうですわね。もしかしたら与えてあげる方が良かったかもしれません。
でも、あの方々が生き残っても、別段私たちに損はございませんことよ」


断定はできないものの、写影達は疑いを沙都子にかけていた。
恐らく、梨花か誰かから自分のことを聞いていたのだろう。
だがそれは、沙都子を魔女だと確定させる情報ではない。
梨花本人ですら、沙都子がどのカケラから呼ばれたのか断定はできなかったのだから。
証拠もなく、元の世界で非道を行っていたのだから、北条沙都子は殺し合いに乗っているなんて話がまかり通ればまさしく魔女裁判だ。
穴だらけの暴論など幾らでも論破できるし、疑心暗鬼を煽動することもできる。
梨花と蔓んでいたお賢そうな白髪女にも、証拠無の裁判(レスバトル)なら負ける気はしなかった。

問題は沙都子が殺し合いに乗っていることの証人であるシカマル達だが…恐らく写影達は彼からは話を聞いていないだろう。
沙都子が写影に憤りを見せた時、彼らの表情にはひょっとしたら冤罪をかけてしまったのではないかという戸惑いが隠せていなかった。
少なくとも、彼らと一緒にいるときの沙都子は怪しい素振りは見せていない。
むしろあらぬ疑いをかけられても、一番危険な囮役を買って出た功労者だ。
巨人の少女の誘導も、本気で行った。そこに瑕疵は何一つない。
まぁ白髪女は口が回るようだし、ある程度丸めこまれてしまうだろうけれど。
それでも、沙都子を拘束したり、あまつさえ殺そうなんて意見には賛同できる恩知らずではないはずだ。


また、シカマル達が沙都子が殺し合いに乗っているという情報を流布した場合や、
別行動を取っているメリュジーヌが殺戮をしている姿を、誰かに見られた場合でも。
沙都子がメリュジーヌと共に、写影達を庇ったという事実は活きてくる。
庇ったエリスや写影たち自身に、沙都子たちの潔白を証言してもらえばいい。
その時間は僕たちと一緒にいた。時系列が合わない……と。
この会場には様々なファンタジーやオカルトがある事から、姿を騙る能力にアタリをつけるかもしれないが。
その場合はこう主張すればいい「他の参加者の姿を騙り、襲っているマーダーがいる」と。
まぁそれは沙都子たち自身なのだが、今までの沙都子たちの凶行を、いもしない架空の殺人者になすりつけてしまえばいい。
自分達は姿を騙られた被害者であり、その証拠にエリスや写影達を助けていると、そう主張するのだ。
カオスがメリュジーヌや他の参加者に姿を変える瞬間を見られない限り、いくらでも“真実”はでっちあげられる。
それでももし周囲が拘束や沙都子の殺害に踏み切った時は……
その時は、メリュジーヌとカオスに皆殺しにしてもらう。それだけの話だった。


「………ですので、写影さん達がこの場面で生き残っても何の問題もありません」


意気揚々と語った後、それに、と付け加える。
自分とカオスがあの大きな方を引き付けたのは十分ほど。
それから引き返す時間を考えれば、写影達の足でもそれなりに距離を稼げたはずだ。
理屈の上では、既に逃げきれている筈。だが………
何時だって想定外の事が起きるのが戦場と言う物。
それに何より、巨人の少女の執念は以上だった。
あの怨念めいた執念を考えれば、もしかすればもしかするかもしれない。


「彼らが無事に逃げ切れたかは、まだ分かりませんわ」


写影達が生きていてもアリバイ工作としてよし。
もし彼らが巨人少女の復讐によって前に全滅していたとしても、疑っていた人間は減る。
結局の所、北条沙都子に負けはない勝負なのだった。
とは言え、貴重な拳銃の弾を使ったのだから、精々生き延びて下さいね?写影さんたち。
皮肉気にそう零しながら、沙都子は短いエールを少年少女に送った。


「……そっか!沙都子おねぇちゃんはやっぱり賢いね!」
「ありがとうございます。一先ず私達は、このままメリュジーヌさんと合流しましょう」
「はーい!えへへ……メリュ子おねぇちゃん、褒めてくれるかな?」
「────………」


話に納得したカオスは、再び笑みを浮かべ、もう一人の“おねぇちゃん”との合流に心を弾ませている。
きっと、彼女にとってはあの少女騎士も。自身の孤独を埋める、大切な片翼なのだろう。
それが見て取れて、沙都子は僅かにだが表情を硬くした。

メリュジーヌさんは、梨花を殺したのかもしれない。
その事実は、沙都子の脳を大いに揺さぶり──数秒ほど、祈るように瞼を閉じる。
分かっている。彼女の立場からすれば梨花はリスクでしかないだろう。
私の悪評を広めて、懐柔にも失敗した時点で、梨花は障害でしかない。
何人か殺すように頼んだのも私。彼女は立派に任務を遂行した。
彼女に非はない。あるとすれば、私の余計な感傷ぐらいだ。
梨花自身は何度も殺してきた。死自体に思うところもない。
むしろ、有象無象に殺されるよりは、彼女の手で殺されるほうがいい。
そう考えて、パチンと指を鳴らした。



「───えぇ、きっと……メリュジーヌさんは、カオスさんには優しいですから」




思考を切り替えるルーティーンを終えて。
完全に、メリュジーヌさんが梨花を殺していた場合の覚悟は決めた。
動揺は今も胸の中にあるが、そこに怒りはない。
これから私が勝ち残っていくには、カオスさんに加えて彼女の力も不可欠だ。
ここで決裂するような真似はしない。
ただ、確かなことが一つ。
これで私は、勝負を降りるわけにも、負けるわけにもいかなくなった。
例え、誰が相手であろうとも。メリュジーヌさんであっても、カオスさんであっても。
ただそれだけ。


【G-6 上空/一日目/午前】

【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:疲労(小)、梨花に対する凄まじい怒り(極大)、梨花の死に対する覚悟
[装備]:FNブローニング・ハイパワー(4/13発)
[道具]:基本支給品、FNブローニング・ハイパワーのマガジン×2(13発)、葬式ごっこの薬@ドラえもん×2、イヤリング型携帯電話@名探偵コナン
[思考・状況]基本方針:優勝し、雛見沢へと帰る。
0:一旦メリュジーヌさんと合流する。
1:メリュジーヌさんを利用して、優勝を目指す。
2:使えなくなったらボロ雑巾の様に捨てる。
3:カオスさんはいい拾い物でした。使えなくなった場合はボロ雑巾の様に捨てますが。
4:願いを叶える…ですか。眉唾ですが本当なら梨花に勝つのに使ってもいいかも?
5:メリュジーヌさんを殺せる武器も探しておきたいですわね。
6:エリスをアリバイ作りに利用したい。
7:写影さんはあのバケモノができれば始末してくれているといいのですけど。
8:梨花のことは切り替えました。メリュジーヌさんに瑕疵はありません。
[備考]
※綿騙し編より参戦です。
※ループ能力は制限されています。
※梨花が別のカケラ(卒の14話)より参戦していることを認識しました。
※ルーデウス・グレイラットについて、とても詳しくなりました

【カオス@そらのおとしもの】
[状態]:全身にダメージ(中)、自己修復中、アポロン大破、アルテミス大破、イージス半壊、ヘパイトス、クリュサオル使用制限、沙都子に対する信頼(大)、メリュジーヌに変身中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品2~1
[思考・状況]基本方針:優勝して、いい子になれるよう願う。
0:沙都子おねぇちゃんを守る。メリュ子おねぇちゃんが待ってる場所に行く。
1:沙都子おねぇちゃんと、メリュ子おねぇちゃんと一緒に行く。
2:沙都子おねぇちゃんの言う事に従う。おねぇちゃんは頭がいいから。
3:殺しまわる。悟空の姿だと戦いづらいので、使い時は選ぶ。
4:沢山食べて、悟空お兄ちゃんや青いお兄ちゃんを超える力を手に入れる。
5:…帰りたい。でも…まえほどわるい子になるのはこわくない。
[備考]
原作14巻「頭脳!!」終了時より参戦です。
アポロン、アルテミスは大破しました。修復不可能です。
ヘパイトス、クリュサオルは制限により12時間使用不可能です。
ルーデウス・グレイラットについて、とても詳しくなりました。




「ねぇ、どう思う?沙都子は……本当に殺し合いに乗っていたのかしら」


小山の様な巨体の女の子から逃げ延び、身を隠してから15分ほど。
ハーマイオニー・グレンジャーは僕と桃華に、まずそう尋ねてきた。


「……分からない。取り合えず僕の目から見ても、あの子に怪しい所はなかった」


あの女の子…シャーロット・リンリンという女子が追ってきていないことから。
沙都子は本気で僕たちを逃がしてくれたんだと、後から実感が沸いてきた。
殺すつもりで接していた僕たちを、身を挺して助けてくれた彼女は、
………本当に殺し合いに乗っていたのだろうか。
暫く行動を共にすれば、スペクテッドの読心で本心が分かったかもしれないけど。
あのギリギリの状況で、そんなことをしている暇はなかった。


「……何かの間違いだったり、誤解であって欲しいですわね」
「そうね………」


桃華が呟き、ハーマイオニーが相槌を打つ。
口には出さなかったけど、僕も同じ思いだった。
できることなら、メリュジーヌ共々対主催であって欲しい。
一姫は彼女のことを邪悪の権化のように言っていたけど、この場にいる皆が、彼女がそんな非道を行っていた姿を実際に見たわけではない。
手放しで信用するのは危険でも、実際に接してみれば印象は違うように思えた。
例え殺し合いに乗っているのだとしても、できることなら説得できないものか。
そう考えてしまう所まで、彼女の計算なのだろうか。
いくら考えても、答えは出ない。きっと彼女にもう一度会う時まででないだろう。


「まぁ、今度会ったときに彼女に聞くしかないだろうね」


次の再会がどうか穏便であるように、祈る事しか今はできない。
だから沙都子のことは、今はこれで置いておく。
それよりも、多分今の僕にはもっと向き合っておかなければならない事がある。


「───マサオ、落ち着いた?落ち着いたのなら…話をして欲しいんだ」


そう言って、僕は床に直接座り込むマサオに声をかけた。
あのリンリンという子が、沙都子を追いかけていった隙に連れてきたのだ。
本人はその場から動きたくない様子だったが、置いていくわけにもいかない。
仕方なく桃華のウェザー・リポートで運んで、半ば無理やりに、やっと連れてこれた。



「……………………………」


マサオはずっと、話しかけても殆ど何も答えてはくれない。
ただ恨めしそうに僕を睨んで、黙りこくっている。
これでは彼に何があったのか聞けないし、一緒に行動するのも難しい。
僕はもう、ここから一歩も動かない。そう言っているようだった。


「マサオさん……私にも、お話しては下さいませんか?」


僕から半歩ほど距離を開けた隣に桃華が座り込んで、マサオに尋ねる。
ハーマイオニーはマサオと面識がないため、後ろで見守っていた。
彼女のマサオを見る視線が若干鋭くて、怯えさせてしまうかもしれない。
ただでさえ不安定な様子のマサオにそれは不味い。
だから、それとなく身じろぎを一つ。
マサオとハーマイオニーの間に壁のようになるよう動く。
丁度、桃華とぴったり隣になるような位置に移動したその時のことだった。



「………だ」



マサオが恐らくこの家に入って初めて何かを喋った。
けど、その声は穏やかなものじゃなかった。
同時に聞き覚えがある声でもあった。
恨みの伴った、腹の底に響くような低い声。
それは僕が、以前大河内に投げかけられた声と同じものだった。


「全部全部!写影さんたちが悪いんだ!
僕を赤ちゃんと置き去りにして!二人で手をつないでどっか行っちゃって!!
それなのに今も目の前で当てつけみたいに仲良くして!僕をバカにしてるんだろ!!」



マサオは、突然キレた。



          □     □     □



しんちゃんの名前が呼ばれたとき、何だかもう全部がどうでも良くなっちゃった。
いつも僕たちカスカベ防衛隊の先頭で、何度も凄いことをやってきたしんちゃん。
そのしんちゃんが、僕に会うこともなく死んじゃった。
これでもう、僕を助けてくれる人はいなくなった。
しんちゃんが死んじゃうような場所で、僕が生き残れる訳ないじゃないか。
もう、何もしたくなかった。放っておいてほしかった。
それなのに。


「───マサオ、落ち着いた?落ち着いたのなら…話をして欲しいんだ」

「マサオさん……私にも、お話しては下さいませんか?」


何で、僕に構うんだ。
何で、そっとしておいてくれないんだ。
もう僕は疲れたんだ。きっと、死んじゃったほうが楽になれるんだ。
なのに。それなのに!


「全部全部!写影さんたちが悪いんだ!
僕を赤ちゃんと置き去りにして!二人で手をつないでどっか行っちゃって!!
それなのに今も目の前で当てつけみたいに仲良くして!僕をバカにしてるんだろ!!」」


仲良さそうに並んで僕をのぞき込んでくる二人を見て。
溜め込んでいたものが、一気に噴き出した。
二人に会った時は、リンリンに殺されてしまうから、申し訳ないと思っていたけど。
今も見せつけてくる二人を見てそんな気持ちは吹き飛んだ。
申し訳ないと思っていた分、これまでの怒りが噴き上がってくる。


「マサオ、君は………」
「……何を言ってるんですの?マサオさん………」


二人が意味が分かんないって顔で見てくる。
それが余計にイライラした。
だから、写影さんと桃華さんが僕にやったことを突き付けてやる。


「何を考えて僕と赤ちゃんだけを置き去りにしたの!二人きりになりたかったから!?
二人がそうやって仲良くしてる間に、僕はナルトの化け狐に襲われてたんだ!!」



二人がいてくれたら、あの赤ちゃんだって助かったかもしれないのに。
一番年下の僕に押し付けて、二人はのんびりしてたんだろう。
だから、今まで、僕が会いに来るまで迎えにすら来てくれなかったんだ!
それなのに、今更心配するふりをして……!
写影さんと桃華さんを見ると、ぎくりとした表情だった。


「ほらやっぱり!二人は僕と赤ちゃんの事なんてどうでも良かったんだ!
化け狐に襲われただけじゃないぞ、僕は、僕は……エスターのっ…リンリンも……」


喚き散らしている間に、涙が溢れてきた。言葉も上手く出てこない。
目の前の二人の姿がぼやけてよく見えなくなる。
その代わり名前も知らない赤ちゃんと、エスターの顔が浮かんでくる。


──マ…マサオ…皆に…伝えてくれ…最後に……俺を殺したガキの事を……!

全て、アンタが悪い子だから───


二人は、ずっとずっと恨めしそうに僕を見てくるんだ。
早く私たちを生き返らせろって、そうしないとお前はずっと悪い子だって。
もうやめて。僕にそんなことができる訳ないじゃないか。
僕はしんちゃんじゃないんだ。許して。そう何度言っても、二人は消えない。
僕にやれ。早くしろって言い続けるだけ。
もう嫌だ。本当に、本当にうんざりだ!
それもこれも、全部目の前の二人が悪いんだ!!!
いいや、目の前の二人だけじゃない。


「みんな、みんな嫌いだ………」


うずまきナルトや白い髪の男の子みたいに、僕を殺そうとする子も。
僕に無茶な頼みごとをする赤ちゃんやエスターも。
僕を食べようとして、エスターを食べた癖に、僕を守るだとか勝手な事を言うリンリンも。
僕が大変なのに助けに来てくれないパパやママ。風間君やネネちゃん。
僕を置いて行っちゃった───ボーちゃんやしんちゃんも!
みんな、みんな嫌い。僕に関わらないで欲しい。


「もう僕の事は───放って置いてよ!!」


そう、叫んだ。写影さん達がバツの悪そうな顔で項垂れる。
いい気味だ。少しは僕のしてきた苦労を気まずく想えばいいんだ。
そう思っているところに。


「ちょっと、幾ら何でもそれはないんじゃないの」


知らない女の子が、話に割って入って来た。
波打った茶色の髪を伸ばした、気の強そうな女の子だった。
写影さん達が、ハーマイオニーって呼んでた人。


「桃華達はフリーレンって言う私達の仲間が助けて無ければ死んでたのよ?
貴方とその赤ちゃんを安全に建物の上に降ろすために」


ハーマイオニーさんの僕を見る目は、冷たかった。


「貴方は私達と比べてもずっと小さいし、こんな事を言うのは酷でしょうけど…
桃華達に責任はないわ。八つ当たりするのはやめなさい」
「ハーマイオニーさん、それは………」
「ごめんなさい。でも私、理屈の通らない事って放って置けないの。
桃華達はずっとこの子の事を心配してたじゃない。逆恨みされる謂れはないわ」



な、何だよ何だよ何だよ!
あの時いなかった人のくせに、勝手に話に割り込んできて。
知った様な顔でボクの事を虐めるのか!?
さっき、おしっこを漏らして匂ってた人のくせに!
そう考えていると、ハーマイオニーさんは僕の方に進み出て。


「貴方は小さいし、色々理不尽な目に遭ってきたのは分かるわ。だけど……
今は皆で助け合わないといけない時よ。それは貴方だって例外じゃないわ」


だから、二人を許してあげて。僕にそう言った。
でも、その言葉を僕は、


「う……うるさいうるさいうるさい!!僕は、桃華さん達と助け合いたくなんかない!!」


僕は、跳ねのけた。
僕が酷い目に遭っているときも、のんびりしてた二人を許したくないし、助け合うなんてしたくない。
この場所では簡単に人が死ぬ。しんちゃんですら、あっけなく死んでしまう。
そして、死んでいった人たちは僕のせいだという。
…………あぁ、赤ちゃんやエスターが死んだのは確かに僕のせいだよ。
それは認めるよ!認めればいいんでしょ!でも、だから、なおさらもう嫌だった。


僕のせいで、誰かが死ぬことになるのは………
───神様、僕が全部悪かったんです。助けてもらえないのももう分かりました。
一人ぼっちで死ぬしかないことも、もう分かったから。
だから。だからせめて。




「これ以上、僕を苦しませないでぇ……………」




床に蹲って、そう頼んだ。
涙でぼやけた桃華さんやハーマイオニーさんが何かを言いかけて、やめる。
もう何もかもどうでもよかった。好きにしてほしかった。
殺すなり、出ていけというなり。
もう僕は何もしたくなかった。助けてということすら、できなかった。
生きていたけど、多分死んでいた。
そんな僕に。


「マサオ」


だいぶん時間をかけて、のろのろと顔を上げる。
声をかけてきたのは、写影さんだった。
もう放っておいて。何度目か分からないけどそう言おうとしてやめる。
きっとこの人も、ハーマイオニーさんと同じで。
僕が悪いってそう言うんだろうから。無視しよう。
そう思った。


「マサオ、聞いてほしい」


そう、思っているはずなのに。
僕は、何でこの人の話を聞いているんだろう…………





          □     □     □



「写影、貴方………」


ハーマイオニーが心配したような声を上げる。
でも、僕は心配ないよ、と言って笑った。
笑顔を浮かべるのは今よりずっと小さな頃から苦手だったから。
彼女を納得させるのは無理だったけど、取り合えず僕に話させてくれる様子だった。
ハーマイオニーが、僕たちを心配してくれているのは分かってる。
彼女の言っていることは正論だ。でも、正論だと今のマサオは多分救われない。
今のマサオに必要なのは、きっと。



「────ごめん、マサオ」



そして、美山写影は、佐藤マサオにそう言った。
これが正解なのかはわからない。
筋道や解法のない問いは、今の僕には難しい。とても。
だから、手探りで。こう伝える事がマサオにとって一番いい方法なのかは分からないけど。
それでもマサオをまっすぐ見て、はっきりと伝える。



「僕が、君たちの手をちゃんと掴んでいれば、きっと君は辛くて怖い思いをせずに済んだ」



いくら仕方の無い事だったと言い張っても、それは変わらない。
そこに対して、目を瞑って、見ないふりをするわけにはいかない。



「だから、悪いのは僕だ。桃華は悪くない」



桃華に責任はない。
そもそも彼女がいなければ、僕たち全員、あの映画館から生きては出られなかっただろう。
その言葉に、桃華が何か言おうとする。
でも、今度は彼女の隣にいたハーマイオニーが彼女の口を押えた。
ありがとう、一瞥して視線でそれを伝えてから、僕は続ける。
一番重要なことを、マサオに告げる。



「君もだ、マサオ。君は悪くない」
「………ッ!ぇ、あ…………」



例え、他の話を一切聞いてもらえなくても。
これだけは、彼に伝えたかった。そして、その言葉に意味はあった。
伝え終わってから数十秒ほど間をおいて、マサオがのろのろと顔を起こす。
上手くいくか不安だったけれど、どうやら見立ては外れてはいなかったみたいだ。
さっきマサオが僕たちに対して当たり散らしたのは。
きっと、見捨ててほしかったんだと思う。それぐらい、追い詰められていたんだ。
助けてって、そう言えないくらいに。
ペロを助けてって、風紀委員に告げられなかった僕みたいに。
でも、それは違う。マサオは助けてって、言っていいんだ。


「悪いのは僕だ。本当に……ごめん。
その上で、二つ我儘を言わせてほしい」
「ワガ、ママ……?」



疲れ切った顔で、マサオが僕の言葉を復唱する。
話は聞いてくれているらしい。もしかしたら、怒るかもしれないと思っていたけど。
これなら、遮る物なく彼に頼むことができる。僕の我儘を。


「一つは桃華を許してあげて欲しい。彼女に、責任はないよ」


僕の事は恨んでくれていい。
でも、桃華はずっとマサオの事で苦しんでいた。
その桃華が恨まれたままじゃ、余りにも彼女が報われないから。
だからどうか、彼女を許してあげて欲しい。
僕はそう言って頭を下げた。それから暫くして、顔を上げる。
マサオは、もう当たり散らしたりはしなかった。
ただじっと、僕を見ていた。それを確認してから少し間をおいて、僕は続けた。


「……もう一つ。僕達にこれまでの埋め合わせをする機会をくれないか」


その言葉は、マサオには少し難しかったみたいで。
少しキョトンとした表情で、埋め合わせ……?と呟いていた。


「うん…あの後、僕なんかよりずっと頼りになる人たちと出会えたんだ。
だから、今度は映画館であったみたいな事にはならない。だから………」


その言葉は、情けない位に他力本願な物だったけれど。
事実としてガッシュやフリーレンと合流すれば、あの時より取れる選択肢はずっと増える。
今度こそ、皆で協力してこのゲームに抗える。
だから、やり直すチャンスをくれないか。
それが、僕がマサオに乞う我儘だった。


「……………っ」


マサオは、暫くの間無言だった。
時折何かを言いかけて、しかし押し黙る。
桃華も、ハーマイオニーも口を挟まない。
ただ黙って、この会話の行先を見守っている。
そんな中で、桃華は祈るように手と手を重ね合わせていた。


「………どうして?」


三分程経った後。
呆然と、マサオは僕に尋ねてくる。


「どうして、写影さんは僕にそう言ってくれるの?
………僕、写影さんに一杯一杯酷いことを言ったのに」


そう尋ねられて。そう言えば、どうしてだろうと考える。
僕とマサオはこの場で初めて出会った。彼を守る義理も義務もない。
彼のせいで、危ない目にも遭った。以前の僕なら、助けようと思ったか分からない。
そんな僕が助けようと思ったのは────



─────貴方、私に似ていますもの。



考えを巡らせて浮かんできたのは、正義の味方の、彼女の顔だった。
ペロを助けてから暫くして、そよ風の吹く日に、彼女は僕にそう言った。
………あぁ、多分。僕が、マサオを放って置けなかったのは、



「僕、英雄(ヒーロー)に憧れてるんだ」


うん、多分、そう言う事なんだと思う。
僕の力はちっぽけで、彼女みたいにはなれない。そう思っているけど。
でも、叶うなら彼女みたいになりたい、とも思っている。
風紀委員(ジャッジメント)、本物の英雄(ヒーロー)である、彼女に。


「だから、マサオの助けになってあげたいって、そう思うんだよ」


きっと、彼女も同じ選択をするだろうから。
彼女の生き方をなぞる事しかできない、ちっぽけな僕でも。
自分よりずっと小さな、泣いている子供に泣かなくていいよ、と。
そう言うくらいは、してあげたかった。



          □     □     □



君は悪くない。
写影さんの、その言葉を聞いた時。
僕の口から出たのは、恨みの言葉じゃなかった。



「────いいの?」



許してもらっても、いいの?
お助けしてほしいって言っても、いいの?
皆と一緒に行っても、いいの?
僕は、気が付いたら写影さんにそう言っていた。


「うん……桃華達がよければ、だけど」


写影さんはそう答えて、桃華さん達の方を向く。
すると二人は、僕達に優しく笑って。


「……えぇ、勿論です。写影さん、マサオさん」
「ま、私はほとんど関係ないし、二人がそれでいいならそれでいいわ」


それを聞いた時、ずるいと思ってしまった。
二人にそんな事を言われたら、もう恨み続けるのは無理だ。
僕自身、どうでも良くなってた、どうしようもないと思ってた僕を。
写影さんと桃華さんは、それでもお助けしてくれるって、そう言ってくれたから。


「ぇ……ううっ、うぇ…………っ」


不思議だった。
本当は、誰かに助けてって、そう言いたかった。
でも、僕にはそんな資格はないって、そう思ってた。
しんちゃんが死んじゃって、もう何もかもどうでも良くなった筈だった。
きっと、死んじゃったほうが楽だと、そう思ってた。
なのに、それなのに。今はこんなに。


「ありがどう……ありがどう、じゃえいざん……ももがざん………っ」


もう一度、生きたいって。そう思ってる。
僕は桃華さんと写影さんに飛びついて、そして泣いた。
涙と鼻水と涎で服が汚れるのも構わずに、二人はただ、君はよく頑張った。
そう言ってくれた。二人は、慈しかった。


それから少しの間、僕は泣き虫おにぎりから戻れなかった。


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