コンペロリショタバトルロワイアル@ ウィキ

神を継ぐ男

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だれでも歓迎! 編集
鬼舞辻無惨と合流してから、同行者達を一旦民家に押し込み。
玄関から数歩出た先で、僕は、キャプテン・ネモは今後の動きに頭を悩ませていた。
何故なら。


「キャプテン。ネモ・シリーズの代表として意見具申しますがー……
今この状況でカルデアに向かう事は、私としては絶対に賛同できませんー」
「……分かってる」


プロフェッサーの淡々とした意見が、耳に痛い。
確かに、今の段階でカルデアに向かう事は危険窮まる。
ただでさえ藤木茂のお陰で、この近辺にはマーダーがうろついていてもおかしくないのだ。
その上悟空と逸れてしまった今、僕の周囲に信頼できる人材が殆どいない。
無惨は会ったばかりで、まだ信頼できるかどうか微妙な段階。
しおと藤木はこのゲームに乗っている上に、藤木は特に能力的に危険な存在だ。
唯一味方と言えるのはフラン位だが、彼女も危うい所が無いと言えばウソになる。
こんな状況下でニンフが遺したデータの解析など、不可能だと判断するしかない。


『やっぱり、どうにもならないか』
『なりませんー…幹部とは言え端末の私と、キャプテンではスペックが違いますからー
私がエーテライトで解析作業を行えば数倍時間が必要になりますしー、
失敗した場合、同期を切っていてもキャプテンに影響が出る可能性が高いですー』


この時だけ肉声による会話ではなく、ネモシリーズとの同期による脳内会話に切り替える。
カルデアの中央制御室に設置されているであろうカルデアのメインシステム。
それをエーテライトで一時的に自分の霊基と接続し、ニンフが遺したデータの解析を行う。
カルデアの最新鋭の電子設備と接続すれば、大幅な処理能力の向上が見込めるためだ。
時間の短縮だけでなく、乃亜の目を誤魔化すための工作も並行して可能だろう。
だが、問題が一つある。神経接続の都合上、解析している間は無防備になる。
分身体であるネモ・シリーズでは解析をこなすには能力が足りない以上。
必然的に僕が行うしかないが、この状況で僕が無防備になるのは不安要素が多すぎる。
フカの群れの中に、甲羅を放棄したウミガメを放り投げるような物だ。


「悟空が此方に来るまでカルデアではなく、温泉まで移動して待つか」
「それがよろしいかとー、藤木氏の能力を鑑みれば……
彼はカルデアに足を踏み入れてほしくありませんからー」


悟空の到着前にマーダーが襲撃して来れば、そのままカルデアで本土決戦が始まる。
更に、藤木が血迷った真似をすれば彼の電撃能力で電子設備が破壊されかねない。
となれば、悟空と合流するまでデータの解析は諦め、近場で彼の到着を待つしかない。
それを行うにも藤木茂と言う少年の存在はどうしようもない重荷となる。


「キャプテン、フラン氏、しお氏の三人で戦車で先行して…
無惨氏に藤木氏を連れてきてもらうのが、まぁ一番ベターですかねー」


しおと藤木の二人だけなら戦車に収容できたし、見張ってもおけたが。
今はフランに無惨もいる。こうなると、幾ら子供だけとは言え御者台も手狭だ。
そして、そんな御者台に体を雷に変化させられる藤木を乗せるのはリスクが高すぎる。
リーゼロッテから逃げるときはやむを得ず乗せた物の。
僕に限らず誰だって、此方の命を狙う者を助手席に乗せたいと思う運転手はいないだろう。
それにもし藤木にそのつもりが無くとも、フランが何かのきっかけで彼を敵と見なせば。
戦車の上で殺し合いが始まりかねない。他のマーダーに襲撃されるとも分からぬ時に、だ。
そんなのは御免被る。となれば、藤木は戦車に乗せる訳にもいかない。
幸い温泉は子供の足でも20分以内に辿り着ける距離だ。歩いて行かせることもできる。
だがそうなると、藤木の護衛兼見張り役が必要だった。


「僕は戦車の運転で最初から除外、フランも藤木を殺しかねないから除外、
しおは論外。となると、後残るのは無惨しかいないけれど………」


先ず彼が、信頼を寄せていい人物なのかどうか。
次に、彼に物理攻撃の効かない藤木を御す手段がある物かどうか。
あったとして、彼が引き受けてくれるかどうか。実に頭の痛い話だった。
頭を悩ませる僕に、プロフェッサーが重苦しい様子で語り掛けてくる。



「キャプテン、また意見具申してもいいですかー?」
「許可できない。君は電算担当だ、参謀にした覚えはないよ。
………藤木をここで放逐しろと言うんだろう?」
「はいー…こう言っては何ですが、現状の我々に彼の面倒を見る余裕はありませんー
悟空氏には悪いですが、何か決定的な事が起きる前に、別れるのが吉かとー」


確かに、藤木はしおとは訳が違う。
彼の得た力は脅威だ。悟空といる時なら問題は無かったかもしれないが。
ハッキリ言って、あの少年を監視し続けられる余裕は今の僕達にはない。


「だけど…今ここで彼を追い出せば、本当に誰かを殺してしまう可能性がある」
「それはそうですがー…我々と行動を共にしていても、それは同じかと。
マーダーの襲撃を受けて状況が混乱すれば、彼がどう出るかわかりません」


藤木がずっと僕やしおの隙を伺っているのには、気づいていた。
ほぼ間違いなく、今も彼はゲームに乗っている。

今の所手を出しては来ないが、それは彼の善良さから来るものではない。断言してもいい。
単に彼が、臆病で手出しするタイミングを計りかねているだけなのだ。

ハッキリ言って、彼と行動を共にしても百害あって一利も無い。
だが、しかし…あの人理保証の旅を踏破した、キャプテン・ネモとして。
ここで殺し合いに巻き込まれた、被害者の子供を追放するのは。
かつて得た二人のマスターとの日々に、背く事にならないだろうか。


「キャプテンの考える事は分かりますー…
ですが、現実的に今の我々は短距離の移動にすら事欠く状態ですー
このまま彼となぁなぁで行動を共にするのは、私は反対と言わざるを得ません」


プロフェッサーの言葉は、今の現状を別の視点から見た僕の言葉でもある。
確かに、艦長としての立場で言えばクルー全員の命を危険に晒しかねない、
藤木茂を成り行きで置いてはおけないのは否定できない事実で。
だから暫しの間をおいて、僕はこの時点における結論を述べた。


「分かった。もし、悟空との合流に彼が何か事を起こせば……
その時はもう、悟空が何と言おうと、僕は彼を保護すべき子供としては扱わない」


そしてそれは裏を返せばこのまま、何も起きなければ。
彼はずっと、保護すべき民間人として扱う。それが今の僕にできる落としどころだった。
プロフェッサーはその僕の宣言を聞いてから黙ってしまったが、やがてコクリと肯く。
それを確認してから、この後の移動をどうするべきか、話を戻そうとした。
その矢先の事だった。




「───ねぇ、それなら、こういうのはどう?」
「フラン……」


待っておくように告げた筈のフランが、パタパタと羽を羽ばたかせて語り掛けてきたのは。
しかも、いつから聞いていたのか。僕達が話していたことを把握している様子だった。
だが彼女は悪びれもせず、ごにょごにょと僕に耳打ちして考えたプランを述べる。
話す内容はこれからの移動のプランで、その内容は実にシンプルだった。
……シンプルに過ぎた。


「フラン、それは………」
「でもこれが一番手っ取り早くて危険が少ないでしょう?
何なら、私があの藤木って子壊してもいいけど」


そう言ってフランはランドセルからいそいそとある物を取り出し、僕に見せる。
彼女の手の中で存在感を示すそれを見つめ、しばし考え。
三十秒程考えを巡らせてから、息を吐いた。
困ったことに、フランの言葉に反論ができない。
僕達が誰からでもなく頷き合い、待たせている藤木達の元に向かったのは、丁度フランが話しかけて来てから一分後の事だった。




「えっ…ちょッ────!!」



そして、それから数十秒後。
有無を言わさず、僕の目の前でフランは藤木の首筋に改造スタンガンを叩き込んでいた。
バチリという短い音と共に、藤木の意識が落ちる。
それを傍らで受け止めて、気絶しているのをすばやく確認した。
問題ない。本当に気絶している。
どうやら、実体を得ている時は物理攻撃の耐性は無いらしい事と。
瞬時に身体を雷に変える事は出来ない様子である事が確認できた。


「…無惨、君に頼みたい事がある」


藤木の身体をフローリングの廊下に放りながら。
僕は穏やかな表情で此方を眺める無惨に向き直った。
そして、ここから温泉まで藤木を護送してほしい、と。
要請に対して、特に無惨は異を唱える事無く首肯した。


「…成程。信用を得るために必要な試金石という訳ですか、分かりました」
「すまない。助かるよ」


どうやら、此方の意図は汲んでもらえたらしい。
藤木の意識が無い今なら戦車で一気に輸送できない事も無いが。
この仕事で、無惨への信頼度も測れるのではないかと言うのがフランの発言だった。
何事も無ければ無惨がある程度信頼のおける仲間として勘定できるし。
最悪の事態になったとしても…心情面を除けば、僕らに不利益は何もない。
むしろ身軽となってプラスな位だ。
だから、僕も暫しの間悩んだが、最終的にはフランの案に賛同した。


「それじゃあ頼む」
「はい、確かに」


藤木の身柄を僕から受け取る無惨の表情は穏やかだ。
害意や悪意は、今のところ見受けられない。
正直な所、断られるのも覚悟していたが。あっさりと彼は僕の出した方針に賛同した。
手間が省けた事を幸運に思いつつ、ランドセルから戦車を取り出す。
隣にフランがぴょんと飛び乗り、もう傍らにマリーン達がしおを乗せる。


「次は、私もそれに乗ってみたいですね」
「……あぁ、覚えておこう」


そのやりとりを最後として。
僕は戦車の手綱を振るった。
藤木を抱える無惨の姿を、もう一度一瞥する。
うん、やはり。今の所、彼に危険な所は見られな────


「ネモさん」


傍らのしおが、僕の服の袖をぎゅっと握って来る。
そして、何処か緊張した面持ちで、僕に感じた様子の事を伝えてきた。
あの人の事を見ていたら、何だか…とっても苦い、と。
しおの様子を見れば、疑心暗鬼になる事を狙った嘘ではない様子だった。
だから一言「分かった」と呟いて、戦車を発進させる。
そして、もう一度無惨の顔を一瞥した。
眼下でにこやかにほほ笑む無惨の笑みが、嫌に頭に残った。
…そして、この直ぐ後に。
プロフェッサーと、しおの言っていたことが正しかったことを。
僕は、思い知らされる事となる。




     □     □     □



殺さなきゃ。
殺さなきゃ。
早く、誰でもいいから、殺さないと。
殺して、シン・神・フジキングにならないと。
でないと、僕は────、


───話は簡単だ。3回放送までに、10人殺してその生首を僕の前に揃える事。
───そうすれば、君は生かしておいてあげるよ。


そう、殺さなければ。
僕が、シュライバーに殺される。
未だに、独りも殺せていないのだから。
だから、急がないといけない。
でも───


───何がしたいの。


一人で殺そうとするのは、やっぱり怖かった。
中々勇気が出せなくて、梨沙ちゃんより弱そうなしおちゃんに言われて。
情けなく泣く事しかできなくて。
殺す事も出来ずに、こうして減っていくシュライバーとの約束の時間の中。
何となく、ネモっていう男の子について行っている。
……ネモって子は、一目見た時から気に入らなかった。
落ち着いていて、顔がよくて、牛車を乗りこなしていて、しおちゃんを守ってて。
彼を見ていたら、僕が間違ってるって、そう言われているみたいで。
そんないけすかない相手の事すら、僕は殺せない。
でも、何より情けないのは。


────動くんじゃねぇぞ!


それでいいんじゃないかって、そう思う僕がいること。
孫悟空って男の子は、僕を助けてくれた。まるでヒーローみたいに。
彼に頼って、何とかしてくれって、全部任せればいいんじゃないか。
永沢君の事だって、きっと何とかしてくれるさ。
ネモ達が何と言おうと、彼に庇ってもらえばいい。
謝りさえすれば、人のよさそうな悟空は許してくれるさ。
後は彼の後ろで守って貰っていれば、僕は安心安全だ。
きっと、生きて家に帰れる。


「あ、あれ……?」


いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
霞む視界の中で、目をこすりながら立ち上がる。
ネモ達の姿は無かった。まさか、置いていったのか?
一緒に行動してる、仲間の僕を置きざりにして?
ずるい、そんなの卑怯じゃないか。
悟空にまた会ったら、言いつけてやらないと。
あいつらはろくでもない奴らだって。
そう考えながら、辺りを見やる。
すると、早速会いたいと思ってた人が目の前に立っていた。


「悟空……!」


息せききって、彼の傍へと駆け寄る。
こうなるとネモ達がいないのは都合がいい。
シュライバーの事を話せば、きっと彼は僕の事を優先してくれるはずさ。
だって、僕は弱いんだから。
悟空みたいな仮面ライダーや地球防衛隊みたいに強い人は。
僕みたいに弱い人を優先して守るのは当たり前だ。



「よ、よかった……また会えて………」


目の前まで駆けよって、そして敵意が無いことをアピールする。
こうすればいいんだろう?こうすれば、守ってくれるんだろう?
しおちゃんを見ていて、もう分かってるんだ。
そんな思いと共に、僕は彼に笑いかけた。


「え………?」


だけど、悟空の僕の見る目は予想とは違う物だった。
しおちゃんが僕に向けてきたような冷たい目。
守らないといけない相手に向ける目じゃなかった。
何か不吉な物を感じて、後ずさる。


「な、何で……っ!」


そのすぐ後に、悟空が僕に向かって飛び掛かって来た。
ぶうんッ!と顔に向かって振り下ろされた拳を、間一髪で避ける。
困惑した。僕は彼が守らないといけない筈の子供なのに、何で?


「───オメェ、そんな虫のいい話がまかり通ると思ってんのか?」


地面に這いつくばって、見上げる僕に。
悟空は、淡々とそう言った。
何で。何で。何で。
僕が悟空の狂った言葉を理解できていない間にも、彼は止まらない。
今度は、僕の身体を蹴り上げようとしてくる。



「ゲームに乗ったマーダーが!調子いい事言ってんじゃねぇぞ!!!」
「う、うわあああああああッッッ!!!」



叫んだ。
彼は怒鳴って、僕をサッカーボールみたいに蹴ろうとしてくる。怖い。
彼すら、僕を殺そうとしてるんだ。守らないといけない筈の僕を。
逃げなきゃ、殺される。
そう思って、僕は夢中で逃げ出した。走る、走る、走る。


「くそ…くそ……っ!チクショウ………!」


悟空は、追ってこなかった。
僕なんか、ちょっと本気を出せばすぐに追いつけるだろうに。
悔しかった。腹立たしかった。哀しかった。
追いかける価値もないと言われている様で。
何より期待を裏切られた事に対する怒りで、涙がボロボロと溢れた。



「やっぱり……僕がやらなきゃダメじゃないか」



誰も助けてくれないじゃないか。
僕以外に、誰も僕を守ってくれないじゃないか。
じゃあ殺して何が悪いんだ。生きたい、生き残りたいんだ。当然の事だろう?
悪いのは乃亜と、僕を守ってくれない強い子達の方だ。
それに僕が永沢君を助けないといけないんだ。
だから、これは当然の権利なんだ。



「があああああああ────ッ!!!」


叫びながら、掌に雷を集めて、ぶっ放す。
ゴォオオンと音が響いて、雷が落ちた樹が黒焦げになった。
でも、それを見てもどうして、と言う思いしか湧いてこない。
どうして、僕はこんなにも強いのに。今まで誰も殺せていない?
もうすぐ約束の時間になる。そうなったらシュライバーはきっと僕を殺すだろう。
もう悟空だって、僕を助けてはくれないのに。


「うぇ…っ!えぐっ!ぐ、う゛ヴうううう………」


涙でぼやけた視界のまま、また走り出そうとする。
だが、三歩ほど進んだところで何かにぶつかった。
どんと体を押し返されて、尻もちをつく。
反射的に、ぶつかった物が何なのか見上げる姿勢になる。



「き……君は………」



立っていたのは、無惨君だった。
彼は僕を優し気な笑みで見下ろしていた。
そして膝立ちになり、僕に視線を合わせたうえで、こう言った。



「僕も、殺し合いに乗っていまして。そこで提案なんですが……
────僕と、これから奴らを殺しませんか?」



真っ暗な穴の中を覗き込んだみたいな、吸い込まれそうな笑顔。
僕はその笑みから目を離せなかった。
一人で殺しにかかるのは怖い、不安だ。
でも、無惨君は殺しを手伝ってくれるという。
まるでヒーローみたいだと思った。
だから僕の顔は涙でぐしゃぐしゃで、強張っていたけど。
彼を見つめる表情は、きっと笑い返していた。
唇も、紫ばんではいなかっただろう。


「みんなが…悪いんだ………」


僕を助けてくれなかったから。
そう一言零してから。
僕は、彼の提案にコクリと頷いた。





     □     □     □



滑稽な人間だった。
少し幻覚を見せただけで、こうも乗り気になってくれるとは。
ロードス中枢に藤木茂の様な人間があと十人程いれば、地上の占領は確実だっただろう。
氷塊を発生させ、打ちだす様を見せた瞬間の希望に満ちた藤木の顔は傑作の一言。

奴は信じているのだろう。我が真に自分の味方である事を。
そして同時に、夢にも思っていない筈だ。
自身が、争乱の火種とするための道化である事など。
用済みになれば、脳を喰らわれ、雷となる能力を奪われる運命にある事など。
そんなこと想像すらしないで、我の事を友軍だと信じているのだろう。


「クク……ッ」


精々悪の快感と妙味を堪能させてやろう。そして、その後に。
臓腑を抉り出され、自分が裏切られたのだと理解したら。
この道化は一体どんな絶望の彩を浮かべてくれるだろうか。。
さぁ、道化よ。己の滑稽さに気づかぬままに踊るがいい。
あの矮小な航海者が離れた時に我がお前を喰らわなかった事を、後悔させてくれるな。
奴に表情を見せぬまま、もう一度笑みを形作った。




     □     □     □




「ふーん、引き金を引いたら、これが飛んでいくの?」
「危ないから、つんつんしないで~…」



戦車のお陰で、温泉には僅か数十秒で到着できた。
慎重に僕とフランで中に脅威がいないか索敵し、安全である事を確認した後。
これならば十分暫しの拠点とできるだろう、と判断した。
温泉とカルデアの距離は非常に近いし、見張りやすい。悟空が接近すればまず気が付く。
彼も僕の気は覚えたと言っていたし、僕も彼の魔力は把握している。
となれば、後は施設をマリーン達に見張らせ、悟空が現れ次第向かうだけだ。
短い間なら、これで十分保つだろう。
とは言え、警戒は怠れない。


「フラン、それが爆発したら僕達全員海底火山の噴火みたいにぶっ飛ぶよ」
「はーい。分かってる。邪魔しないわ」


外に意識を配りながら、マリーン達に支給品の装備を準備させる。
110㎜個人形態対戦車弾頭弾。直撃すれば700ミリの鉄板でもぶち抜ける対戦車砲だ。
個人で携帯が可能な兵器としては、魔術の絡まない戦場では最高クラスの火力だろう。


「これから暫く厳戒態勢だ。いつでも撃てるようにしておくんだよ」
「アイ・サー」


三人のマリーンたちは発射筒と弾頭、射撃部にグリップを取り付け手早く組み立てていく。
支給された弾頭と発射筒は使い捨ての為、予備が今現在準備している物を除いて五発。
マーダーの強さを考えれば十分とは言えない、それでも今は貴重なカードの一枚だ。
この島ではサーヴァントの霊的防御が取り払われている。
つまり、当たりさえすれば対戦車砲でも十分サーヴァントを殺害しうるのだ。
それは今の僕にとって不安要素でもあり、心強くもあった。


「キャプテーン!二人が来たよ!」


対戦車砲の準備をしている三人のマリーンとは別の、歩哨を任せたマリーンの報告が届く。
藤木が無惨を襲わないか心配だったが、どうやら杞憂だったらしい。
願わくばこのまま何事もなく悟空と合流したいものだ。
そう願いながら、温泉の館内に通じるエントランスホールへと向かう。
すると、フランとしおも先を行く僕に追従してきた。
彼女らに藤木を迎える理由はない為奥で待っていても良かったが、特段咎める理由はない。
そのままマリーンたちも交えて、廊下を進む。
そして、すぐに意識を取り戻した様子の藤木の前へとたどり着いた。


「無惨、ご苦労様。奥でいったん休んで────」


逆光で生まれた陰で、藤木達の表情はよく見えず。
ともあれまず一仕事終えてくれた無惨を労おうと、彼らの前に踏み出す。
背筋に冷たい予感が走ったのは、その直後の事だった。
藤木が、こちらに向かって腕を振り上げた。



「食らえッ!フジキブレイク!!」



放たれた雷には、躊躇というものが存在していなかった。
紛れもなく、僕らを殺すための一撃。
その一撃を持って、僕は藤木茂が裏切ったことを確信する。
そしてその裏切りの号砲は、考え得る限り最悪の物だった。




「────しおッ!!」



何故なら、奴が狙ったのは僕やフランではなく。
最も弱い、しおを狙ったモノだったからだ。
彼女がこの雷を受ければ、まず間違いなく死ぬ。
刹那の思索のあと、僕は雷の進行方向に全速力で立ち塞がる。
しおを死なせないためには、それ以外に方法はなかった。
一秒後、轟音と全身を焼かれる凄絶な痛みが、僕の全身に食らいつく。


「───ぐッ、ぅああああああああああああッッッ!!!!」


電圧にして数千万ボルトはオーバーしているであろう痛烈な一撃。
普通の人間が受ければまず即死だ。
サーヴァントである肉体には致命傷でこそなかったが、それでも苦悶の声を抑えきれない。
自分の肌が焼ける音と、傍らでフランが悲痛に自分の名を呼ぶのを聞きながら。
僕は、地面に倒れ伏した。
電撃で乱れ切った思考の中で、脳裏に浮かぶのは一つの疑問。
何故、あの臆病者が今この瞬間に勝負をかけた?
その疑問は、直ぐに更なる状況の悪化という形で示される事となる。



     □     □     □



藤木が腕を振り上げて。
アイツの掌から、弾幕のような光が伸びてきた。
その伸びた光が、しおって子を守ろうとしたネモを飲み込んで。
服や肌を黒く焦がしたネモが、地面に倒れる。


──危険だとしても、君の様な友を想える子が乃亜の手で踊らされるのを見たくなかった。


しおを庇って、崩れ落ちたネモ。
倒れる姿を間近で見て、大きな声で彼の名を呼ぶ。
ネモと、私の初めての友達の最期が、重なる。



────いいんだ、ゾ………フランちゃん。



───許さない。
許さない。許さない。許さない許さない許さない許さない許さないッ!!
胸の奥が爆発した。
ここで死んじゃったとしても、悟空さえ生き残って、ドラゴンボールを使えば。
ネモだって、生き返れるはず。そう信じることに決めたのに。
それでもネモを傷つけられて、お腹の底からドロドロとした熱いものが噴き上がった。


「───壊す」


拳を握りしめて。
きっと殺意というものを寄せ集めて、私は駆け出した。
誰が何と言おうと、こいつはここで壊す。
襲い掛かって返り討ちに合って、それでも許してもらったのに。
悟空がいなくなったとたん裏切って、それも不意打ちなんて方法で。
恩を仇で返すとはこの事だ。絶対に後悔させてやる。
私の胸の中にあるのは、もうその思いだけだった。



一秒で拳の届く距離まで距離を詰めて、そして振りかぶる。
ニヤニヤと勝ったつもりの気持ち悪いにやけ面をぐちゃぐちゃにしてやる。
渾身の力で、私は藤木に向かって拳を振り下ろした。
だけど。


「フ、フフフフ………残念でしたぁッ!」


藤木の顔面を破壊するはずだった私の手に、手ごたえはなかった。
当たったと思った瞬間、藤木の顔の輪郭がブレて。
そして気持ち悪いにやけ面が光った。
それとほとんど同時に、私の全身に鋭い痛みが襲い掛かる。


「きゃああああああああッッッ!!!」


痛い。痛い。痛い───、
この痛みは、夜明け前にネモから受けた電撃の痛みと同じだった。
ネモと違って手加減されていない電撃を受けて、のどが勝手に悲鳴を上げる。
そんな私の様を見て、勝ち誇った様に藤木は笑った。


「そ、そんなパンチ僕に効くわけないじゃないか……!
僕は、シン・神・フジキングなんだよ!しかも───それだけじゃないッ!!」


バカみたいな名乗りをした後、藤木は隣に飛びのく。
藤木の姿が隣に動くと共に、私の目の前に何かが飛んでくるのが見えた。
だけど、藤木が光った事で眩んだ私の眼だと、飛んできたモノの速さに対応できない。
咄嗟に両手を首と顔の前に翳すのが、今の私にできる抵抗の全部だった。


「くそ………」


────ガアアアアンッ!
悔しさを漏らしたコンマ数秒後。
巨大な氷のつぶてが、私の顔面を柘榴のように弾けさせて。
私の意識は闇に塗りつぶされた。




     □     □     □




「や…やった、やった。やった────!」


僕の考えた不意打ちは見事成功した。
僕を守った孫悟空から考え付いた作戦だった。
まず弱い相手から狙えば、狙いを付けなくても向こうから跳び込んでくれる。
僕を庇って、肩に大けがをした悟空の様に。
思った通り、ネモは自分から僕の雷を受けて倒れた。
そして、ネモと仲が良かった様子のフランと言う女の子もだ。
心の準備さえしていれば、あんな子敵じゃない。それが無惨君の言葉で。
わざわざ自分から雷に変身した僕に突っ込んできてくれた。
そして、無惨君の頭脳プレーで顔を潰されて倒れている。


「そう、僕は……神。シン・神・フジキングなんだ────」


イェイッ!と飛び上がって喜びたい気分だった。
僕より顔がよくて可愛い男の子や女の子をぶちのめすのがこんなに爽快だなんて。
クセになって、元の世界で大野君や杉山君をぶちのめしてしまわないか心配なほどだ。
だが、まだ終わりじゃない。ここから二人にトドメを刺して、首輪を奪わなければ。
後は何もできないしおちゃんとネモ君の弟だか分身だけ。
対するこっちは無傷の僕と無惨君、楽勝だ。



「ウ、ウフフフフ…き、君たちが悪いんだよ。中途半端に僕を助けたりするから。
ちゃんと守って、僕を家に生きて返してくれるって思わせてくれていれば……
ここで皆死ぬことにはならなかった!」


だから、君たちが悪い。そう言って。
僕は掌に電気を集める。
撃つのは僕の必殺技、フジキブレイクだ。それで二人を黒焦げにして首輪三つゲット。
その未来は、もう目前だった。


「やっと、やっと僕はなれたんだ───フジキングに」


涙が零れそうだった。
もうシカマルに負けた弱い頃の僕じゃないんだ。
ここで三人殺して、その後無惨君と一緒に梨沙ちゃん達を襲おう。二人なら勝てる。
それで首輪は五つ──半分まで来ればきっと間に合う。
そして、シュライバーを味方に付ければ───あの悟空にだって勝てるかもしれない。
いや、必ず勝つ。また弱い人から狙えば、彼は同じように飛び出してくれるだろう。
そこをみんなで襲えば、多分殺せる。いや、殺すんだ。
そして僕は最強の男を倒して、真の神になる。
想像するだけで、笑顔を抑えきれなかった。



────そうか。無惨が君の自信の裏付けか。



聞こえてきた声で、折角の妄想が消えてしまう。
仕方なく声の方を見てみたら、黒焦げのネモが僕を睨みつけていた。
でも、もう怖くはなかった。悟空と違って、彼は雷さえ当てれば殺せるのだから。
僕よりもずっと弱いのだから。
なら、そんな相手が怒った所で怖くはない。
むしろ、まだ僕の力を振るえるのかとデザートのプリンが出てきた気分だ。


「す、凄んだって怖くないよ。君みたいな雑魚。僕一人でもこ、殺せるんだから」


ネモの言葉に笑顔で返しながら、掌に電気を集める。
今度はもっと強く。それこそ一発で殺せるくらいの威力に。
どんなに凄んだって、彼の攻撃は僕には当たらない。例え銃で撃って来たとしてもだ。
なら、全然怖くない。むしろ来るなら来いって僕は考えていた。
生れて初めてなぐらい、僕の胸には自信で満ちていた。
無惨君に視線を送る。こいつは僕に殺させてくれって。
無惨君は無言で微笑みながら首を縦に振ってくれた。
これでもう、何も心配はいらない。
電気は溜まった。さぁ、喰らえ───!


「フジキブレイクッ!!」


手をネモの方に翳して、ため込んだ雷を放つ。
これで終わりだ。今度こそ黒焦げのネモの死体が転がっているだろう。
僕は勝ちを確信して、一瞬の内に飛んでいく雷の光を見つめる。



───もう僕は…君を保護すべき子供として扱わない。



一瞬だった。
ネモの足元から出た水が、僕の撃った雷を飲み込んだ。
戦車を操縦するだけじゃなくて、こんな事も出来たのか!?
僕は激しく動揺した。でも、直ぐに大丈夫だって思いなおす。
こんな水くらい、また雷になればどうってことない。
むしろ周りが水びだしになれば、追い詰められるのは彼奴の方だ。
どうあっても僕の勝ちは揺らがない。
はず、だった。




────この実を食べたものはカナヅチになる。



あ、と思った。
その時には全てが遅かった。


「ぐぇ…ぎゃ……ばッ……むざ……ッ………たず………ッ!!」


一秒で僕の身体はすごい勢いで水に飲まれた。
鉄砲水の様なその勢いに、立っていられない。飲まれた瞬間、押し流される。
水に飲まれる中、ぐんぐん壁が迫っているのが見えた。
だけど、体に力が入らず止まれない。その上、雷に身体を変化させる事もできない。
無惨君に助けを求めたけど、間に合わない。



「───が、ぁ………ッ!?」


がつんと音を立てて、頭の中に火花が散る。
頭から壁に叩き付けられ、僕はあっさりと気を失ったのだった。



     □     □     □



裏切者は黙らせた。
だが、状況は何ら好転していない事を、肌で感じる。
プロフェッサーの言う通りだった。
藤木茂を事此処に至る前に放逐しておけば、ここまで状況が悪くなる事も無かっただろう。
断崖絶壁の淵で、僕は藤木を唆した元凶と対峙する。


「藤木を唆したのは…君だな、無惨」


詰問を受けた無惨に悪びれた様子は無く。
友人に向ける様な笑顔で「はい、そうですが」と答えた。


「少し唆して見れば、面白い様に踊ってくれましたよ、彼は」


そう言って無惨が藤木の方に視線を送る。
彼の瞳は、人に向けるそれでは無かった。
子供が玩具に向ける様な、無邪気な残酷さを伴った瞳だった。
カルデアの技術顧問として数多の英霊を見てきた経験から分かる。
この手の瞳をする者に、ロクな者がいた試しがない。
そんな僕の危惧は、直後に現実のものとなる。



「例えば、そう───こんな風にね」



そう言って彼は手を翳す。
だが、標的は僕ではない。彼の翳したその手は。
先ほどの藤木の攻撃をなぞる物だった。
僕ではなく未だエントランスに倒れ伏す、フランドール・スカーレットに向けられていた。
先ほど放った氷塊の攻撃で、とどめを刺そうというのだろう。
或いは、また僕が庇おうと飛び出してくるのを期待しているのか。



「同じ手は食わない!」


彼の次なる一手は読んでいた。
僕は地に伏せ、同期を行っていたマリーンに声も発さず命令を下す。
撃て、と。



「発射ァ───ッ!!」



三人がかりで対戦車砲を担ぎ上げたマリーンが、引き金を絞る。
弾頭とは逆側の発射筒から、カウンターマスと呼ばれる特殊なバックブラストが放出され。
砲火と共に、110mm個人形態対戦車弾頭弾が発射された。
藤木と対峙した時から、慎重に用意していた布石だった。
自分に意識を引きつけながらマリーンを移動させ、射撃準備を取らせておけば。
後は脳内で伝令を下すと声すら発さず、対戦車砲が発射可能となる。


「!?」


狙い通り。
フランを狙った事で、僕から注意が僅かに離れていた事が、無惨に災いした。
慌てて此方に手を翳し治す物の、手遅れでしかない。
音の速度を遥かに超えたスピードで、戦車の正面装甲もぶち抜く弾頭が着弾。
エントランスの外へと繋がる玄関口が紙のように粉砕される。
右大腿部に命中した弾頭は、そのまま無惨の脚部で炸裂し。
すさまじい爆風は彼の首輪から下を木っ端みじんに破壊し、吹き飛ばしたのだ。
乃亜のハンデにより霊的防御が取り払われているのは身をもって体感済み。
如何にサーヴァントといえど、対戦車砲の直撃を受ければ耐えられるのは一握りだ。
そしてそれは無惨も同じだったらしい。



「フラン!」


敵が沈黙したのを確認してから、フランに駆け寄り、呼吸を確認する。


「よし……!」


顔面に氷塊を受けて、気を失っている様子だったが。
腕で庇っていたお陰か見た目ほど損傷は酷くない。呼吸や脈拍も正常だ。これなら……!
僕は指先に切れ込みを入れ、そこから流れる血を彼女の口の中に注ぐ。


「マスターの国では不老不死になれるとも言われてる人魚の血だ………効いてくれ」


祈るような心持でフランを見つめ、彼女の口内に血を垂らす。
すると、数十秒ほどで変化が訪れる。その変化は劇的な物だった。
びくん、と一度フランの身体が揺れ、休息に氷塊を受けた顔面が急速に再生していく。
血まみれではあったが、一分かからず元の愛らしく瑞々しい顔に戻って。
流石吸血種だと、感嘆の息を漏らす。だが、まだだ。まだ安堵できる状況ではない。
今の対戦車砲の爆発音を聞きつけて他のマーダーが寄ってくるかもしれないからだ。


「早く、この海域を離脱しないと……!」


まず魔力の節約のためにランドセルに格納していた戦車を出し。
その後フランとしおを収容して一刻も早くここを発つ。
急がなければ。そう思いながら、戦車を取り出そうとした刹那。
僕のサーヴァントとしての知覚機能が、外から魔力を纏って飛来してくる飛翔物を捕える。
咄嗟に避けようとするが、しかし逃れられない。
僕の足元は、いつの間にか発生した氷によって凍結していたからだ。
更に藤木から受けていた雷撃のダメージが最悪のタイミングで尾を引き、抜け出せない。
───躱せない。
そう悟った時には既に首輪と、霊核のある心臓部の防御態勢を取るのが精いっぱいだった。




「────が、ふッ………ぁっ………!」



────ドスドスドス!
先ほど自分が撃った対戦車砲の様に。
外から飛来した飛翔物は正確に。無慈悲に。
僕の両手と、両足。そして腕で庇いきれなかった肺を穿っていた。
言うまでも無く、致命傷だ。
そのまま後方の壁に体が縫い留められて、血反吐を吐く。



(しくじった………!)



魔力の残量を懸念し、戦車をランドセルに仕舞っていたのが完全に裏目に出た。
最後の手段として忍ばせておいた仮面(アクルカ)を取り出そうとするが、感触が無い。
どうやら、壁に縫い留められた時に飛んで行ってしまったらしい。
最後の最後で、運に見放された。



「安心してください。君の得た首輪の情報は私が有効活用してあげますよ」



掠れた視界が、対戦車砲の直撃を受けて吹き飛んだはずの無惨の姿を映す。
その体には、最早キズ一つ残ってはいなかった。
完全に嵌められた。吹き飛んだ姿は、その実全く堪えていない芝居だったのだ。
類稀な悪辣さと生存力、そして強さを誇るこの男に、首輪の情報が渡ってしまえば。
最早対主催に未来はないだろう。それだけは阻止しなければならない。
何とか足掻くべく突き刺さった飛翔物──氷の槍を引き抜こうとする。
だが、雷撃による痺れと急所の失血で、最早僕の体に魔力は残っていなかった。



(せめて………しおだけでも………)



現実は無慈悲で残酷だ。
伸ばした手は届かない。
ダメージによりマリーンたちも消え、しおを逃がしてやることすらできない。
僕が死ねば、彼女も殺されてしまうというのに。
しかしその未来を変えてやることは、今の僕には不可能で。
それがどうしようもなく、悔しかった。



────この中で、お前だけが近代の戦闘を知っている。



意識を失う前に、浮かんできた言葉。
それは、南米で悪神と畏れられた全能神が、僕ではない僕に送った言葉だった。
最早視界も、音も、闇に塗りつぶされかけているというのに。
その言葉だけは、嫌になるほど鮮明だった。




     □     □     □



道化は弱き敗者。
航海者達は強き敗者。
笑うのは我、ただ一人。
敵対者が全て倒れ伏した戦場で一人勝利に酔う。


「人の愚かさは……異なる空においても留まる所を知らぬらしい」


嘲りの言葉を一つ。
壁に縫い付けた航海者に投げかける。当然、返事はない。完全に沈黙している。
死んでいるか、生きていたとしても虫の息だろう。
後は奴の心臓と脳を食し、我が糧とするだけだ。
その後は吸血種(ヴァンパイア)の小娘。
これも未だ目覚める様子は無い。航海者を喰らった後に、奴も食す。
その後、残った首輪を道化にくれてやれば奴は完全に我を信じるだろう。
己が臓腑を我が魔手によって抉り出され、食されるその時まで。


「さて……いただくとするか」


言葉と共に、敗北した航海者の前へと歩みだす。
だがその時、視界の端で何かが動いたことに気づいた。
黒髪の、人間の小娘。
何の力も持っておらず、また乃亜より下賜された道具袋さえない。
正真正銘、蹂躙されるだけの無力で無能の小娘だと、一目で見て取れた。


「……ひっ……ぅ………」


事実、僅かに殺気を孕んだ目で一睨みするだけで凍り付いた。
別段喰らわずとも何の問題も無いが、折角だ。
あの小娘も喰らって、絶望王や勇者との戦いに備える燃料の足しとする。
だが、先ずはやはり航海者達の方からだろう。その考えに従い、歩みを進める。
十秒かからず、愚かで憐れな贄の前へと辿り着いた。
そして、外に吹き飛ばされた時に回収した、その武器を振り上げる。


野原しんのすけの遺骸で作った、その剣で。
今度は、航海者の心の臓と脳を抉り出す。
その後は吸血鬼の小娘だ。手足を刻んでから起こしてやろう。
そして、人と魔が共に歩めるなど思い違いだと、そう知らしめた上で喰らう。
魔族の面汚しから得られる絶望と慙愧の味は、きっと格別なものに違いない。
その美味を想像し笑みを浮かべ、野原しんのすけの脊髄剣を握る手を振り下ろす。

そう、この瞬間まで全てが狙い通り。
そして、この後も想定した通りの未来が訪れる筈だった。
ネモを食らい、首輪の情報を手に入れ、首輪を外した後優勝し、乃亜を殺す。
栄光を得るための未来の足掛かりは、自分の完全勝利と言う形で達成されるハズだった。


「貴様は───」


床をぶち破り、轟音を供として。
突如として、見覚えのある白亜の全身装甲が現れなければ。
この男が。



「誰の許しを得て、私の容姿を騙っている?」



───鬼舞辻無惨さえいなければ。




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