コンペロリショタバトルロワイアル@ ウィキ

深海から、天へと至る戦い

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だれでも歓迎! 編集
暗めの銀色の塗装がされた、頑丈そうな車体。
デザインは何というか威圧感があって、余り好みじゃない。
入り口の高さも無駄に高いし、乗ろうと思えばよじ登らなきゃいけないんじゃないかしら。
プロデューサーがこの車で送迎に来たら、文句の一つでも言っちゃいそうね。
ま、乗用車じゃなくて所謂装甲車って奴らしいし、無理も無いか。



「キャプテン野郎。本当に武装はなくていいのか?機銃の一丁や二丁なら都合できるぜ?」
「勿論余裕があればそれもつけて欲しいけど…今は装甲と足回りの速さを優先して欲しい」
「おう、けどさ…」
「メリュジーヌを相手に、機銃一丁で何とかなると思う?」
「……だな、豆鉄砲もいい所だ。装甲は耐雷仕様にしておくぞ。これは絶対だ」



難しい顔をして、同じ顔同士でやりとりを交わしたあと。
話に区切りがついたのか、ネモが此方に歩いてくる。
真剣そのものの表情で、アタシの顔をじっと見て。
どうやら、アタシに話がある事は雰囲気と表情から分かった。
少し威圧されるというか、緊張するけど丁度いい。
こっちもお願いしたい事があったしね。



「「頼みがあるんだ(の)」」



………………………、
丁度同時に切り出したせいで、微妙な空気が流れる。
失敗したわね。これが生放送だとアイドルにあるまじき失態だわ。



「オメェら、なーに黙っちまってんだ?」



直ぐ傍で、悟空が私達の間に流れる微妙な雰囲気を不思議そうにのぞき込んでくる。
多分コイツ、こんな雰囲気になった事生まれてこの方一度もないわね。
私が頭でそんな考えを過らせている内に、こほんとネモは咳ばらいを一つ。
そして、先に「何かな」とアタシに尋ねてきた。
レディファーストなのかしら。年誤魔化してるだけあって紳士ね。
それじゃお言葉に甘えて、先にお願いしようかしら。



────吸血鬼として手っ取り早く強くなる方法、教えておくわね。



それは、フランが私に遺した最期の言葉。
吸血鬼に成りたての私が、バケモノだらけの殺し合いを渡っていくすべ。
迷いも躊躇もあった、でもそれ以上にやっておかなきゃいけないという思いが強かった。
だから私は悟空とネモの二人に向けて、淀みなく。
そのお願いを口にした。



「───二人の血を、分けて欲しいの」



えっ、と悟空が声を上げる。
対照的にネモの方は冷静だった。
もしかしたら、私が持ち掛ける話をもう分かっていたのかも。
何となく、そんな気がした。



「そういや、昔クリリンが占いババの所で血を吸われてたっけな。
うーん、でも…オラあんまり注射とか好きじゃねぇんだけど、やらなきゃダメか?」




何でアンタ注射苦手なのよ。いや、私も好きじゃないけど…
フランがこの島で一番強いって言うくらいなのに注射位で。
ポリポリ頭を掻く悟空を向けてそう思ったけど、でも私は頼む事しかできない立場だ。
だからその考えは出さずに、もう一度深く頭を下げて「お願いします」と頼んだ。
もう、何もできないのは嫌だったから。



「悟空、梨沙の頼みを聞いてあげて欲しい」



気乗りしないという様子の悟空に向けて、ネモが助け船を出してくれた。
今度はじっと悟空の顔を真剣な顔で見て私と一緒に頼んでくれる。
それを見た悟空はさっきまでの惚けた表情から、真剣な顔に変わる。
口数は少ないのに何だか通じ合ってるみたい。ツーカーってやつ?



「……まっ、しょうがねぇ。オラがいねぇ間ネモには苦労を掛けたからな。ほれっ」



そう言うと悟空は自分の腕にガリ、と歯を立てて。
いてっと呟きながら、赤い雫が滴る手を差し出してきた。
それを見て、どくんと胸が跳ねる。見ていると酷く喉が渇く。
真夏に空調壊れた部屋で数時間レッスンしても、ここまで渇かないと思う。
そんな状態で、理性を総動員して飛びつく事だけは無いよう頑張った。
そして私の舌に、初めての吸血鬼としての“食事”が流れてくる。



「─────っ!?」



舌の上に雫が垂れた瞬間、目を見開いた。
力が漲って来る。さっきまであったダルさや体の疲れが、一瞬で吹き飛ぶ。
凄い。私の身体じゃないみたいだ。兎に角力が、溢れてきて。
身体が熱い。中から燃えてるみたい。



「───ぐぅ゛っ!!ぁ゛………っ!!」



直ぐにはち切れそうになる。
込み上げてくる力に耐えられない。
やばい、と。掠れた意識の中で思った。このままじゃ死ぬ。
空気を入れ過ぎた風船みたいに、ぱあんって弾けて死ぬ。
傍できっと焦っている二人の様子さえ分からない。
ダメだ。これじゃ、助けて。パパ……



「梨沙ッ!!」



真っ白になった景色の中で、ネモの声が聞こえた。
強引に口を開かれて、鉄の匂いのする液体を流し込まれる。
それを舌で迎え入れて……今度は力が漲って来る感覚はなかった。
ただ、美味しかった。美味しくて、身体が火照って。
はぁはぁと、熱を出した時みたいな自分の息が、やけにハッキリ聞こえた気がした。



「梨沙、しっかり。ゆっくり血を吸うんだ。そう、そのまま………」



言われるままに、流れてくる血を味わう。
温かいお風呂の上に揺蕩うみたいな、夢を見ているみたいな。
現実感のない気持ちのよさだった。
お酒に酔った時って、こんな感じなのかな。



「すご、い………」



それだけじゃない。
さっきまで私の内側で弾けそうだった力が結びついて、私の物になっていく感覚。
全部、フランの言っていた通りだった。
あの時、フランは確か……



───悟空とネモの血を分けてもらいなさい。あ、でも悟空の血には気をつけること。
───ネモの血で薄めないと、多分梨沙の身体耐えられなくて爆発するわ。
───で、上手く行けば、血が馴染んだ時には多分見違えてる。それに…………、




フランの続く言葉が浮かぶよりも早く。
真っ白に染まっていた目の前が、色を取り戻してくる。
壊れ物を扱うみたいに抱き上げてくるネモの心配そうな顔がまず目に映った。
その隣には悟空もいる。表情はネモと大体同じ。
私はそんな二人を安心させようと、少しはにかんで伝える。



「………おかわり」








安全装置を外して、ゆっくりと銃口を構える。
狙うのはきっと、この島に来るまで本物の銃など向けられた事はなかったであろう少女。
的場梨沙に向けて、ボクは。
キャプテン・ネモは迷いなく引き金を絞った。


BANG!


銃口が響くと同時に、弾頭が発射される。
十三ミリ爆裂徹甲弾。人間は愚か夜魔(バケモノ)すら滅ぼせる魔弾。
少女の肉体を穿たんと、一直線に鉄の鏃は突き進む。
だが弾丸は肉を貫く事はなく、穿たれたのは背後の壁。
彼女は、身を傾ぐことで弾丸を回避していた。それも銃口から発射されてからだ。



「凄い……なにこれ!」



梨沙が我の事ながら信じられないといった表情で、背後の壁に空いた大穴を見つめた。
概ね、僕と梨沙…いやフランの狙った結果が導かれたと言えるだろう。
吸血種として強くなる方法として古今代表的な物が二つある。
一つは吸血鬼としての齢を重ねること。もう一つは強い者の血を取り込む事だ。
前者については言うまでも無く、後者であってもなりたての吸血種ではまず不可能。
僕の様な英霊(サーヴァント)ならばまだ可能性はあると言えるが。
悟空程の力を持つ者から血を摂取するのは、齢を重ねた吸血種でも可能性はほぼない。
まして梨沙の様な新米吸血種ではなおさらだ。
今しがた行った様に、次元の違う強者から自ら血を分け与えられなければ。



「だけど………」



これで梨沙は吸血種として飛躍的に力が向上したはずだ。
既に力だけであればフランと遜色のない物になっているかもしれない。
だが、それで舞い上がられる訳にはいかない。過信は蛮勇を招き、蛮勇は死を招く。
だから梨沙には悪いが銃口を降ろさずに。そのまま引き金を絞る。



BANG!



弾丸は高揚していた梨沙の顔のすぐ隣を掠め。
ひっと血の気が引いた表情と共に彼女は声を上げた。
どうやら、冷や水をかける事には成功したらしい。
それを確認してから銃をホルスターへと戻し、そして梨沙に語り掛ける。



「分かっていると思うけど、二発目は当てようと思えば当てられた。
梨沙、君の力は既に人を超えている。だけどそれ以外は前の君と変わらない」
「わ、分かってるわよ、私だってそこまで都合のいい頭はしてないわ。
ちゃんと襲われても戦おうとせず逃げるってば。戦うのは最後の手段…でしょ?」
「よろしい」




余り舞い上がられると自分からメリュジーヌの様な相手に突っ込んでいきかねない。
そうなれば結果は火を見るより明らかだ。
フランの忘れ形見をみすみす死なせるような真似はしたくない。
その為敢えて水を被せる暴挙に出たが、意外にも彼女からの反発は余りなかった。
……思っていたより、自分を客観視できている少女なのかもしれない。



「…丁度いいな」
「え?」



腹は決まった。
それはデパートにいた頃、梨沙の支給品を確認した時から浮かんでいた考えだ。
あの時は梨沙と出会ったばかりで、信用に足る人物か分からず。
それに加えて、梨沙の一般人と変わらない魔力量を見て断念せざるを得なかったが。
今の彼女はもう信用と魔力量、両者ともをクリアーしている。
フランが自身の命を投げうってまで救った少女だ。人格については賭けるに値する。
吸血種となった今、魔力量や体力も人間であった頃とは比較にならない。
故に決断するなら今しかないと判断し、ボクは梨沙と悟空の名前を呼ぶ。
そして少し緊張した面持ちの梨沙と、きょとんとした表情の悟空に、要請を行う。



ボクと、契約をして欲しいと。








令呪。
聖杯戦争やカルデアのマスター、偏にサーヴァント達のマスターに与えられる紋章。
空間転移を始めとする魔法に近い魔術行使と、自害すら命じる事が可能な絶対命令権。
そして“逸れ“であるサーヴァントが正式に契約を結ぶ為に必要なマスターとしての証。
それが刻まれたカードが、梨沙の支給品の一つだった。



「龍亞はシグナー?の模様に似てるって言ってたけど、結局扱えなかったわ」



無理もない。令呪はそれなりに慣れた魔術師やサーヴァントでなければ扱えない。
更に梨沙に支給された物は、初回は梨沙にしか扱えない様に設定されていた。
梨沙が死亡しない限り、譲渡すらままならない状態だったという訳だ。
もし魔術に精通した魔術師がいれば無色の魔力リソースとして扱えたかもしれないけれど。
一般人の梨沙は勿論、シカマルや龍亞も令呪を譲渡させるノウハウは無かったらしい。
そのお陰で今に至るまで手つかずで現存し、こうして主従契約に使える訳だが。




「早速、契約に入ろう」



正規の契約によって得られる恩恵は多い。
仮契約の数倍の効率の魔力供給と、逸れからの脱却によるサーヴァントとしての能力の向上。
特に魔力供給の問題が改善されるのは一番の利点だ。
はぐれサーヴァントであった今迄はノーチラス号の呼び出しすら叶わなかった。
此方は乃亜が虚数潜航の技術を警戒した事もあるだろうが、しかし。ボクの霊基に刻まれたもう一つの宝具。
揚陸艇カロリヌスを改造して作った装甲車P・P(ペンギン・ポーター)すら扱えない状況からの脱却が叶う。
これまでは支給品である神威の車輪に頼るしかなく、藤木との戦いではそれで不覚を取った。
しかしもう藤木が行った様に支給品の使用の妨害にあっても、今後は自前の宝具を呼び出すことができる。
正確に言えば呼び出すだけならこれまででもできた。とは言えはぐれの身では展開に時間がかかりあっという間に魔力が底を尽きる。
ハッキリ言ってまるで実用に耐えない代物だったが、これからは違う。違うようにする必要がある。
その為の此度の契約なのだ。



「けどよぉ、ピッコロなら兎も角、オラも梨沙も魔術なんてもんは詳しくねぇけど、できんのか?」
「昔取った杵柄って奴だよ。梨沙が目を醒ます前に予め君には準備しておいたから大丈夫」
「あぁ、あの仮契約っちゅー奴か」



そう、ボクはカルデアで数百体いるサーヴァントの中で唯一と言っていい二人のマスターを仰いだサーヴァントだ。
方法にはノウハウがある。と言っても、両方から魔力供給を受ける…と言う様な都合のいい方法では無いけど。
あくまで契約の主導権は令呪を持つ梨沙になるし、魔力供給も殆ど梨沙単独で行ってもらう事になるだろう。
けれど悟空と薄くでもパスを繋いでおけば、数時間前の様に分断されてもお互いの居場所が分かる。
上手く行けば、念話での通信も可能になるだろう。やっておかない理由はない。
現状知り合いが悉く殺し合いに乗っているこの島で、僕が最も信頼を寄せられるのは彼らなのだから。
その考えの元、梨沙の方へ視線を移す。彼女も異論はない様子だった。だが………



「……ねぇ、説明書に書いてあるこれ、本当に言わなきゃダメ?恥ずいんだけど」
「うん、必要だ。アイドルなら、台本を読むものと思えばいい」



悪いが、羞恥心を汲んでいる余裕はない。
この後にボクが果たさなければいけない仕事にはサーヴァントとしての本領と令呪のバックアップが不可欠だ。
であるからこそ、ボクは彼女のアイドルとしてのプライドに敢えて接触する言葉を放った。
それを聞いた梨沙は僅かな逡巡とため息の後、キッと表情を引き締めた者へと変えボクへと了承の言葉を吐いた。
そして、左手に令呪が刻まれたカードを持ちつつ、ボクの前へとつかつかと歩み寄り、残った右手を此方に翳すと。
堂々とした立ち振る舞いの中、彼女は謡うように詠唱を紡ぎ始めた。





“───告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 
聖杯のよるべに従い、人理の轍より答えよ!汝、星見の言霊を纏う七天、
天秤の守り手よ!この意、この理に従うのなら───”





梨沙の表情が俄かに歪む。
全身の魔術回路が駆動し、言いようのない初めての違和感や苦痛が彼女を襲っているのだろう。
だが、耐えられる筈だ。彼女の身は既に只人ではないのだから。精神的にも、彼女は耐えて見せる。
その予想は果たして正しく、彼女の契約の祝詞が淀むことは無かった。
やがてカードの中から令呪の紋様が消え去り、それと共に───





”───我に従え!
        ならばこの命運、汝が剣に預けよう────!”





梨沙の翳した右手の甲に、令呪の刻印が現れ。
像を結び始めたその赤き聖痕を前にして、ボクも彼女の呼びかけに応じる誓詞を叫ぶ。
契約の完了を示す、その言葉を。




”───ライダーの名に懸け誓いを受ける。
                   君達を我が主として認めよう。”




魔力の奔流により発生した風は、僕らの間を突き抜けて。
明確に”自分以外の存在と接続した”という感覚が霊核を突き抜ける。
そして、目の前に立つ、右手に三画の令呪が刻まれた少女の姿を確認すれば。
最早、成功だという言葉さえ紡ぐ必要はなかった────契約は、滞りなく完了した。




『おっ、上手く行ったみてぇだな』




契約を終えて早々、悟空の声が頭の中に響く。
その時、ボクは俄かに驚愕を禁じ得なかった。
何故なら、契約の主導権はあくまで令呪を宿す梨沙にある筈だ。
にも拘らず、真っ先に念話で声を聞く事になるのが、まさか悟空になるとは。
そう伝えると、悟空は普段通りのあっけらかんとした態度で。



『その念話っちゅうのが何なのか良く知らねぇけど。
昔神コロ様…神様のトコで修行した時にさ、そういうのは習ったんだ。
流石にあの世とこの世で話すには界王様頼らねぇといけねぇけどな』



しおにはできなかったからダメ元で試してみたけど、ダメだったか?
そう続く悟空の言葉を聞き、彼は魔術師としての素養も高いのかもしれない、そう思った。
僕も魔術に精通している訳では無い。傍流の契約相手とも念話を行うノウハウはなかった。
つまり、今こうして通信を行えているのは全て悟空側の才覚に他ならない。
恐らくはパスが接続された僕限定で、乃亜の制限を掻い潜る事が叶ったのだろう。
何にせよ、嬉しい誤算と言えた。



「とは言え、慢心はできない。僕以外のシリーズには聞き取れないみたいだし…
あくまで契約の主導権は梨沙だ。状況が変わればどうなるかは分からない。」



同期している他のシリーズに尋ねたが、幹部も含め悟空の念話は聞き取れなかったらしい。
その辺りはサブ契約の限界と言った所だろう。そして、それを踏まえれば。
距離や念話を行う双方の状態の変化にも影響を受ける事が予想される。
嬉しい誤算であったのは確かだが、誤算は誤算。そう認識しておくべきだ。




『ちょっと、私には何もないワケ?』



会話に割り込む様に、梨沙が正規の念話で口を挟んでくる。
これには再び驚かされた。何故なら彼女は正式なマスターではあれど、魔術師ではない。
それなのに何故最初から念話を使えたのかを問うと、多分フランの影響だと彼女は応えた。
あの子、自分を魔法使いだとも言ってたから、との話だった。
本当にフランの影響なのかは定かではないが教える手間が省け、話が早く済む。



「……で、これから私は何をすればいいの?」
「あぁ、それは────」



一先ず前準備の段階で為さなければならない事は完了した。
次はこのフィニス・カルデアに逗留する二人の協力者候補と情報をすり合わせ。
その次にはペンギン・ポーターの整備を終え、いよいよニンフの遺した情報の解析に臨む。
梨沙と悟空へ方針を告げながら、僕はこの後必要になる支給品を取り出そうとする。
その時、一つの違和感に気づいた。僕のランドセルにあった支給品が、ない。



『キャプテーン!聞こえる!?ごめ~ん!“アンナ“いなくなっちゃったんだって~!!』



丁度、支給品の紛失…いや、盗難に気が付いた時と同じくして。
脳内にマリーンから報告が入る。
それはアンナ……ルサルカ・シュヴェーゲリンの失踪を知らせる報告だった。
報告を聞いて、どうやら想定通りの動きに出たらしいとボクは悟り。
であれば、彼女が次に行おうとする事は一つしかない。



「だけど……そんな事はさせないよ、アンナ」



彼女に対する己の姿勢を、誰に告げるでもなく呟いてから。
次なる一手のための行動を開始する。
この選択が、きっと未来に繋がる一手になる事を信じて。








こつこつと、フィニス・カルデアの廊下にヒールの音を響かせ。
ネモは手分けして、姿を消したルサルカの身柄を探しに出ていた。
油断のない足取りで、ルサルカを留置していた部屋へと足を運ぶ。
彼の表情は険しかったが、殊更緊張している様子では無かった。
既に承知していたからだ。ルサルカと言う女は逃げた訳では無い。
また、醜悪極まりない性根でありながら、殺し合いに興じている訳でもない。
恐らく、彼女が今狙っているのは───



「あっキャプテーン!!こっちだよこっちー!!!」



思考を巡らせていた所に、声を掛けられる。
同機を切っていたマリーンが、部屋の前で手を振っているのが見えた。
恐らくは、ルサルカを留置していた部屋の歩哨を任せた個体だろう。
足早に呼びかけを行うマリーンの元へと詰め寄り、聞き取りを行う。
自分の支給品を持ち去る影の使い魔の様な存在を発見し。
それに気を取られている間に、ルサルカの姿も消えていたそうだ。



「……とにかく、まず現場の検証をさせてもらうよ」



平坦な声で謝罪するマリーンに相槌を打ち。
ルサルカがいた部屋に踏み込もうとする。
何はともあれ、現場を見ない事には始まらないからだ。
そんなネモの後に、職務を果たせなかった負い目からか後ろめたそうにマリーンは続く。




「キャプテン、そのごめん………」
「ちょっと、別に怒っている訳じゃないから………」
「ううん、でも申し訳なくてさ~~~………」
「………?」



いやに負い目を感じさせるマリーンの様子を怪訝に感じるが。
追及するよりも早く、サルカがいた部屋の自動ドアが開かれる。
その時の事だった。




「────言われた通り連れてきたよ、アンナ!」
「────っ!?マリーン、何を……っ!」




マリーンの言葉と様子から、様子がおかしい事に気づく。
だが、その時には既に手遅れだった。
マリーンの影から現れた、強い魔力を感じる実態を纏った影がネモの四肢に絡みつき、動きを止める。
一室のドアが閉まると共に、影に囚われたネモの前に鮮やかな赤い髪の少女が姿を現す。



「くすくす…一応初めましてって言っておこうかしら。
そしてありがとう、私をここまで運んで来てくれて。優しくて可愛い船長さん?」
「ア、アンナ!?急ぎの用だって言うから嘘までついて連れてきたのに…何でキャプテンを!?」



ほくそ笑む姿は疑いようもなく、先ほど消えたと言われていた少女、ルサルカ・シュヴェーゲリンそのものだった。
ネモが拘束されたのに続く様に、マリーンもまた影に身動きを封じられる。
ルサルカは瞳に異様な光を煌めかせて、マリーンを労うように頭を撫でた。
この時の彼女の瞳に宿る輝きを敢えて言葉にするなら、それはきっと執着と呼ばれる物だろう。



「いい子ね…顔も可愛いし、忠実なマリーン君には後でご褒美あげる」




私もいい加減踏んだり蹴ったりで溜まってるしね。
そう言いながらケラケラと笑う彼女の姿に、ネモは自分が嵌められた事を悟った。
ルサルカは逃げてなどいなかった。これは自分を捕える為の策略だったのだろう。
洗脳したマリーンに自分を連れてくる様に命じたのだ。



「……僕の支給品を使って、マリーンを洗脳したのか」
「やっぱりバレてた?そうよ、タイムコピーって…聖遺物でもないのに便利な道具よね。
お陰でブック・オブ・ジ・エンドを再現出来て、マリーン君と仲良くなるのに手間がかからなくて助かったわ」



そういう彼女の手には、携帯ゲーム機とカメラが一体になった様な機械が握られていた。
おそらく今自分の身体を戒める影の怪異を使って、支給品を密かに確認した後掠め取り。
それを用いてルサルカ自身の所有物だった武器…見た所刀を作り出しマリーンを洗脳したのだろう。
実に姑息な女だった。



「やぁね。そんなに睨まないでよ。傷つけたりはしないから。
私がシュライバーから生き残って、メリュジーヌを手に入れるには君達が必要だし」



くすくすとほくそ笑みながら、ルサルカは完現術を手に歩み寄る。
全ては自分の掌の上だと信じて疑わない、魔女の笑みだった。
そして彼女はそっと捕えたネモの首筋に刃を向けて。



「君は知ってるから言っちゃうけど、この刀も後十分くらいしか保たないのよね。
だからそれまでに悟空君にも過去を挟んであげないといけないの、協力してね?」



まぁ嫌だと言っても、これから君は私のこと大好きになっちゃうわけだけど。
勝って極まるそんな言葉を宣いつつ、過去を改竄するべく刃をネモの首筋へと添えて。
『自分がこの現界でのマスターであり、また恋人である』と、その過去を挟もうとした。
明らかに時間的に無理がある過去だが、聖遺物に依らない不思議な道具に溢れている島だ。
いざともなれば幾らでも屁理屈は効く。効かずともこの島から脱出するだけ保てばいい。
どうせ使い捨ての使い魔だ。脱出用の道具として使い潰してやろう。
蔑みの笑みと共に、過去を歪める刃がネモへと触れる。



「───────え?」



そして、次の瞬間に走る違和感。
何故ならそのネモには、挟むべき過去が存在しなかったからだ。
マリーンに過去を挟んだ時にサーヴァントについての概要は把握済み。
境界記録帯(ゴーストライナー)に過去を挟めるのは、恐らくこの島に召喚されてから。
メリュジーヌと違い、生前まで過去を挟むことは元より無理だろうとは踏んでいた。
サーヴァントは召喚毎に情報は全てリセットされ、そこに連続性は存在しないのだから。
ましてこのネモはトリトンという神格と、ネモ船長という創作の人物の複合存在。
ネモ・トリトンとして成立した頃の情報は、言わば前世に等しい。
流石に対象の誕生前まで遡り過去は挟めない。それは想定通りだったのだが……
だが、それを差し引いてもこれはおかしい。この島に来てからの情報すら読み取れない。
これでは参加者というよりも物────、




「しまっ!?─────っ!?」



その事実に感づいた時には既に遅かった。
部屋のドアを突き破って、疾風のように小さな影が飛び込んでくる。
その速さは超人たるルサルカの動体視力を以てしても、黒い影にしか見えない程の物で。
完全に不意をうたれたその状況では、抵抗など出来る筈もなかった。
あっさりと引き倒され、からからとその手のブック・オブ・ジ・エンドが転がる。



「「「「それっ取り押さえろーっ!」」」」
「わああああああっ!何で僕だけーっ!」



唯一洗脳下のマリーンも、雪崩れ込んできた他のマリーン達に取り押さえられてしまった。
それを見てくそっと毒づき咄嗟に食人影を展開、闖入者の排除を試みる。
だが、それは一言で言って無駄な抵抗でしかなく。
主を組み伏せた不届き物の排除にかかった食人影達は、触れる事すらできず消え失せた。



「……無駄だ。オメェの変な魔術じゃオラはどうにもならねぇぞ」



情を感じさせながらも冷淡な声が響く。
その瞬間、ルサルカは自分を組み伏せた者が誰かを理解した。
同時に、自分は嵌められたのだという事も察する。
そんな彼女の前で、コツコツとヒールの音が響き、目の前で完現体の刃が拾いあげられる。
その拾い上げた人物を目にして、ルサルカは思わず叫んだ。



「くそ……これも全部、貴方の仕組んだトリックね………ネモ!」



そう、マリーン達の後から現れたのはもう一人のネモだった。
彼はブック・オブ・ジ・エンドを確保すると、地面に伏せたもう一人の自分の鼻に手を添える。
するとルサルカが捕えた方のネモは、あっけなく人形へと変わった。
最初から囮。最初にルサルカの部屋を訪れたネモは影武者でしかなかったのだ。



「でも…何で……そんな魔力は………」
「コピーロボットって言う支給品らしい。
いやはや全く、魔力に頼らなくても便利な道具はある物だね」
「ぐ……!」
「ちなみに、君が洗脳したマリーンの同期は予め切ってあったんだ。
だから、君のこの刀の影響も受けずに済んだ。同期さえ切っておけば……
ネモシリーズは僕が行動不能な時でも動ける、独立した個体になる」



推理小説で犯人を追い詰める探偵の様に淡々と、トリックを披露したのち。
ネモはその手にブック・オブ・ジ・エンドを握り、ルサルカへとにじり寄る。
感情の希薄そうなポーカーフェイスで、ルサルカにはネモの肚の内が読めなかった。
だが同時に、少なくとも手荒な真似をされる事はないだろうと踏んでいた。
ネモマリーンに過去を挟んだ時から知っている。この少年は甘い。
勿論敵と見れば殺すだけの覚悟はあるが、今の自分は被害を出したわけではない。
それ故に最大でも拘束程度で済まされるだろうと、そう彼女は読んだ。
そんな魔女の想定に対し、ネモはブック・オブ・ジ・エンドを翳す事で応える。
それが意味するのは、一つしかない。



「………私に過去を挟む気?はっ!無駄よ!私を誰だと思ってるの?
───いいわ、やりなさい。親友でも恋人でもマスターでも、何でもするといいわ!」



ルサルカはネモが選んだ一手を嘲笑った。
恐らくは自分を取り込むために、友好的となる過去を挟もうとしているのだろう。
バカめ。それは元々此方がやろうとしていた事だ。其方がやったとしても結果は同じ。
もし恋人などに設定されれば、逆に百年の技巧を以て骨抜きにしてやろう。
どこまでも自分本位な考えと共に、ルサルカは目の前の刃を受け入れる。




「……生憎、そんなモノになるつもりはない。ただ………」



そんなルサルカに対して、ネモの態度はどこまでも冷ややかだった。
そして、そんな関係になるつもりはないと、きっぱりと宣言する。
そうしている間にも刃はルサルカの肌へと伸び────接触。




「君に思い出させる、アンナ。君が求めていた物が何だったのかを」

「────君にとっての、永遠の刹那を」




そして、ルサルカの脳内に存在しない記憶が爆ぜた。









いつだって、何千、何萬、何億回でも間違えて、
僕らは 歩いて、歩いて、歩いて、歩いてく生き物だ










急に頭の中に覚えのない情報が流れ込んできて。
見るのは白昼夢。舞台は六十年前、1944年のベルリン。
ナチスドイツの敗色が濃厚となり、■■■■が前線へと送られようとしていたその時。
…………■■■■って、誰だっけ?
ま、何でもいいか。重要なのはそんな事じゃない。
私はやっぱり天才ね。これこの通り、今の自分の状態をはっきり認識してるんですもの。
さて、後は可愛いネモくんがどんな過去を挟むのか。
もし懇意になるような過去を挟むのなら、逆に私が彼を篭絡してあげよっと。
絶対彼、ムッツリだし。おねショタこそ至高──────、




「………アンナ?」




空気が、止まる。
思考が、途絶える。
その声を聞いた瞬間───ううん、思い出した瞬間から。
何もかもが、私の頭から吹き飛んでいった。




「さっき変なガキンチョに絡まれてさ。この先に俺に伝えたい事がある女が待ってるって、
それでかーなーり期待して来た訳なんだが……もしかして、オマエが?」



出会って早々、初っ端から色々台無しだった。マジで。
でも今はそんな台無しささえ懐かしい。そうそう、こんなふにゃチン野郎だった、こいつ。
そう思いながら、記憶の中の私は彼の名前を呼ぶ。
……■■■■。
■■ト■。
ロ■ト■。
ロ■トス。

─────ロートス!

──────────ッ!!




「おっ、おい!?どうしたんだよ!?何か悪い物でも食ったのか?」
「うっさい………もう少し。もう少しだけ、このまま……」




当時の私なら、懐かしさなんて感じる筈はないのに。
それでも彼の声を聞いていると、軍服に包まれた黒髪の彼の姿を見ると。
言いようのない懐かしさが、胸の奥からこみ上げてくる。
身体の内側からこみ上げてきた何かに突き動かされるみたいに、彼の胸に飛び込んだ。
そうして暫く、彼の胸に身を預ける。どうしようもなく心地いい。



「な、なぁアンナ。もしかして何だが、やっぱ俺に伝えたいことがあるのってお前なの?」
「え……?」
「いや、俺だってそこまで鈍い馬鹿じゃない。
前線に出立前の男に伝えたい事がある女って聞いて、それなりに覚悟して来たんだが…」




肩に手を添えられて、困った様な顔で覗き込まれて。
どうしよう。そんな事を言われても、困る。
だって私は、本当は貴方に何も伝えられなかった。
前だって伝えられなかったのに、こんな心の準備もしていないのに。いきなり。
前?前って何だっけ。いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。
とにかくどうしようどうしようどうしよう────逃げ、



「……えっと、だから、その…………ん?」



その時だった。
ロートスの身体の後ろで、白いシルエットが見えた。
石造りの街道に立ち並ぶ薄暗い電灯。その上にしがみついている誰か。
焦点をそのシルエットに合わせると、白い軍服を着た変な子供が一人。
名前は出てこなかったけど、付け髭とか付けたその子供には見覚えがあった。
子供と、目が合う。



『君が言わないなら、逃げるよりも早く僕が言う』



そのガキンチョの目は、そう言っていた。
ロートスが言っていたガキンチョが誰なのか。何を口走ろうとしているのか。
全部が点と点で繋がる。
ちょっ、やめ。止めなさい。そんな事やったら口封じに殺されても文句は言えないわよ!
あっ何拡声器とか出してるの!?ベルリン中に暴露でもするつもり!?
ヤロウ……息継ぎしてやがる。このままじゃ─────!!
勢いで私は口を開いて。



「………よ」
「ん?」
「……から……って言ったの」
「何だ、良く聞こえんぞ」
「だから!その通りだって言ったの!!全部全部!アンタの想像通り!!



殆どヤケクソで言った。そして始めてしまった。一世一代の戦争を。
勝利するための難易度はヴィレル・ボカージュの戦いに匹敵する戦いを、半ば強制的に。
そんな過去は私には無いはずなのに。でも、もう後には引けない。
ばくばくと、少女に戻ったみたいに心臓が高鳴って。
もういてもたってもいられず、目の前のロートスの胸板に顔を埋めてどんどん叩く。



「アンナ、おまえな……いきなり何を言うかと思えば……」



ロートスは困った様に笑うばかり。
何もかも、つれない態度まで含めて昔の彼のままだった。
そしてその事実が、私を不安にさせる。嫌われているんじゃないかって。



「………迷惑?」



だから思わず縋るような事を言ってしまう。彼には。



「迷惑って訳じゃないけど、これから前線に向かうしなぁ。不吉だろ」
「………………………………………………………………………………」



その言葉に、きゅっと胸が締め付けられる。
どう受け取っても、芳しい返事では無かった。
どうしよう、勢いで言わなきゃよかった。
いや、そもそもが今、私が今彼に抱いている感情が好意なのかもハッキリしなくて。
これは……そう、洗脳だ。洗脳なんだ。あのすまし顔のガキンチョにやられたんだ。
許さない。復讐しなければ気が済まない。私を唆したこと、絶対に後悔させてやる───




「それに、俺お前じゃ勃ちそうにないんだよな」



────は?



「いや、困った。どうしよう。おまえ、もうちょい色気出せる?
今のままだと燃えそうになくてさ。目ぇ閉じて補完するしかない気がするんだが」



その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中からガキンチョへの憎悪は消え去った。
それに次いで浮かんだ考えはたった一つ。
OK。世界のだれよりも、まずこいつから殺そう。
ちょっと誰か、パンツァーファウスト持ってこい。



「ぶっ殺すぞこのふにゃちんがああああぁぁぁっ!」
「ぐおっ!?」



腰の入った右ストレートを、クソボケの鳩尾に叩き込む。
叩き込まれたこん畜生はくの字に身体を折り曲げてたたらを踏む。
だが、この程度で許してやるものか。ギタギタにしてやる。
大体、私だって魔術で姿を変えるまではかなりの物だったんだから!



「ま、待てってアンナ。話は最後まで聞け」
「何よ!!最低過ぎる振り方しておいて、まだ何か────!!」
「だ、誰もフってないだろ。ただ勃たねぇって話してるだけ───いや、すまん。
とにかくだな……もし前線から帰って来たとき、お前がもうちょいエロくなってたら」



その時は考えてやるよ。
彼は、確かにそう言った。
その時、再び私を取り巻く世界から音が消える。



「あ…………、」



本当は全部、分かってる。
彼が帰ってくることは無い。
彼が生きて、終戦を迎えることは無い。
だから私が彼と結ばれて、子を宿すなんて不可能だ。
今ここで私が彼を押し倒せば、その未来もあり得るのかもしれないけど。
そんな勇気は、私にはない。
これが私の限界。地星は地星でしかない。
でも、それでも。




「………そっちの方が不吉だし。時の止まった不変が好きなんじゃなかったの?」



あの時、私は私の想いを自覚していて。
それを彼に告げていれば。彼は、こう言ってくれたのか。
分岐としては、大したことのない。
ただ自分の内側に在った物を見せられたか、そうでないかの違いだけ。
そして私はきっとこの挟まれた過去も、そう遠くない内に忘れてしまうだろう。
だから、これからも地星として足を引っ張るのはやめられない。
私はきっとどこまでいっても、永遠が欲しいから。



「……あぁ、好きだよ。
今も時が止まればいいって思うくらいに。俺はやっぱり、時の止まった不変が好きだ」
「何よ……言ってる事真逆じゃない」
「勃つかどうかは話が別だろ」



その言葉に、思わず吹き出してしまう。
やっぱりこいつは、変人だ。
でも、そんな変人をこれまでずっと追いかけてきたのは自分で。
相変わらず手は届かないけど。足が遅いから、追いつけないけれど。
────それでも、今ようやく。もう少しあと少しで指が触れる。そんな所まで来れた気がした。




「なんだ……案外近くにいたんじゃない」




そして私は微笑みながら、あり得ざる夢(きおく)から醒める。



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