◆
「あーもー!ほんっとーにしつこいんだから!」
苛立ちを露わに日傘を振るい、魔力弾を飛ばす。
爆散へ追い込むだけの威力を秘めているも、相手がむざむざ命中を許すかは別。
羽の生えた大蛇、ククルカンも光弾を連射し迎撃。
視界を遮る爆風は召喚者による、ザンバットソードの一閃で掻き消された。
爆散へ追い込むだけの威力を秘めているも、相手がむざむざ命中を許すかは別。
羽の生えた大蛇、ククルカンも光弾を連射し迎撃。
視界を遮る爆風は召喚者による、ザンバットソードの一閃で掻き消された。
やちよ共々縁壱に殺されてると思ったが、予想は大外れ。
一緒にいない所を見るに、残された命で足止めを買い黒死牟に自分を追わせたか。
馬鹿げた判断だと心底思う。
魔法少女でもない、いろはの事をロクに知らない男へ後を託すとは。
ソウルジェムのみならず、脳まで壊れてしまったんじゃなかろうか。
一緒にいない所を見るに、残された命で足止めを買い黒死牟に自分を追わせたか。
馬鹿げた判断だと心底思う。
魔法少女でもない、いろはの事をロクに知らない男へ後を託すとは。
ソウルジェムのみならず、脳まで壊れてしまったんじゃなかろうか。
内心でこき下ろしても、状況は依然として変わらない。
このままストレスが溜まる鬼ごっこを続けるか?
冗談じゃない、時間と魔力の無駄だ。
このままストレスが溜まる鬼ごっこを続けるか?
冗談じゃない、時間と魔力の無駄だ。
「ほらほら休憩おしまーい!ちゃんと働いてよね!」
デストーイ・サーベル・タイガーの効果を使い、墓地のデストーイモンスターを召喚。
融合素材へ使った、デストーイ・ハーケン・クラーケンが再び現れる。
先程までと違い、やったらめったら大鎌を振り回すだけが能でないと教えてやろう。
融合素材へ使った、デストーイ・ハーケン・クラーケンが再び現れる。
先程までと違い、やったらめったら大鎌を振り回すだけが能でないと教えてやろう。
「……っ!?」
巨大なイカの怪物が身を震わせたと思えば、ククルカンを爆発が襲う。
高い生命力もあって死んではいないが、ダメージに大きく悶え出す。
搭乗中の黒死牟が咄嗟に掴もうとするも、自身の痛みで頭が回らず振り落とし彼方へ去って行った。
高い生命力もあって死んではいないが、ダメージに大きく悶え出す。
搭乗中の黒死牟が咄嗟に掴もうとするも、自身の痛みで頭が回らず振り落とし彼方へ去って行った。
デストーイ・ハーケン・クラーケンは1ターンに一度、相手モンスターを墓地へ送る効果を持つ。
今回はククルカンを対象に発動、墓地かどうかはともかく退散へ追い込んだ。
この効果を発動したターンは直接攻撃(ダイレクトアタック)不可能だが、何の問題もない。
飛行手段を失い落ちて行く相手を鼻で笑い、魔力弾を連続して発射。
身動きの取れない宙で狙い撃ちにし、二度といろはに近付けないようにしてやる。
今回はククルカンを対象に発動、墓地かどうかはともかく退散へ追い込んだ。
この効果を発動したターンは直接攻撃(ダイレクトアタック)不可能だが、何の問題もない。
飛行手段を失い落ちて行く相手を鼻で笑い、魔力弾を連続して発射。
身動きの取れない宙で狙い撃ちにし、二度といろはに近付けないようにしてやる。
「えっ!?」
「なに……?」
「なに……?」
が、双方にとって予期せぬ事態が起こる。
デストーイ・チェーン・シープに大人しく運ばれていた、沈黙のドッペル。
本体の魔法少女共々眠りに落ちた筈の怪鳥が、操る布を伸ばした。
デストーイ・チェーン・シープに大人しく運ばれていた、沈黙のドッペル。
本体の魔法少女共々眠りに落ちた筈の怪鳥が、操る布を伸ばした。
複数枚の布が黒死牟に絡み付き、自身の元へと引き寄せる。
何のつもりかと問われるのを待たず、力任せに抜け出すのもさせない。
大量の布が覆い隠し、あっという間に消失。
まるで最初から存在しなかったような光景だが、何処へ行ったか灯花には分かる。
何のつもりかと問われるのを待たず、力任せに抜け出すのもさせない。
大量の布が覆い隠し、あっという間に消失。
まるで最初から存在しなかったような光景だが、何処へ行ったか灯花には分かる。
自身の魔力で沈黙のドッペルに干渉したとはいえ、あのような指示を出した覚えはない。
では一体、誰の意思により行われたのか。
では一体、誰の意思により行われたのか。
「お姉さま……?」
呼ばれた彼女に反応はない。
ドッペルに付けられた名と同じく、沈黙を返されるだけだった。
ドッペルに付けられた名と同じく、沈黙を返されるだけだった。
☆☆☆
通い慣れた宝崎中学の校門を通り抜ると、こちらへ駆け寄って来る姿に思わず顔が綻ぶ。
今日一日、授業の疲れも吹っ飛んでしまいそうだ。
今日一日、授業の疲れも吹っ飛んでしまいそうだ。
「お姉さまー!」
勢い良く飛び込んだ、小さな体を抱きとめる。
顔を埋め、嬉しそうな彼女を見ると自分まで胸が温かくなった。
向けられる言葉に、動作一つに強く慕ってくれてるのが分かるから。
顔を埋め、嬉しそうな彼女を見ると自分まで胸が温かくなった。
向けられる言葉に、動作一つに強く慕ってくれてるのが分かるから。
「わわっ、元気だね灯花ちゃん。学校は楽しかった?」
「ぜーんぜんっ!あんなレベルの低い授業、わたくしには合わないよー。早くお姉さまに会いたかったんだからっ!」
「ぜーんぜんっ!あんなレベルの低い授業、わたくしには合わないよー。早くお姉さまに会いたかったんだからっ!」
ぷうっと頬を膨らませた彼女へ、困ったように笑みを浮かべる。
色んな意味で担任の先生には聞かせられないなぁ。
なんて、思いながらも後半の内容には嬉しさをつい感じてしまう。
かくいう自分も、別に学校が嫌いとは言わないけれど。
彼女と一緒にいる方が好きなのは、否定出来ない。
色んな意味で担任の先生には聞かせられないなぁ。
なんて、思いながらも後半の内容には嬉しさをつい感じてしまう。
かくいう自分も、別に学校が嫌いとは言わないけれど。
彼女と一緒にいる方が好きなのは、否定出来ない。
「それじゃあ行こっか。あれ?そう言えばお家の人の車じゃないんだね」
「あっ、今日はお姉さまと二人で歩きたかったから……迷惑だった?」
「あっ、今日はお姉さまと二人で歩きたかったから……迷惑だった?」
元気いっぱいな様子から一転、しゅんと落ち込んだ顔を作る。
迷惑だなんてとんでもない、安心させたくて手を伸ばす。
サラサラした髪を撫でられると、気持ち良さそうにしてくれた。
迷惑だなんてとんでもない、安心させたくて手を伸ばす。
サラサラした髪を撫でられると、気持ち良さそうにしてくれた。
「ううん、わたしも灯花ちゃんと一緒で嬉しいよ。お話しながら歩こうね」
「やったー!お姉さま大好き!」
「やったー!お姉さま大好き!」
心から喜んでくれる彼女に、益々胸が温かくなる。
小さな手を握り締め、指を絡めてくれるのが分かり。
微笑み合いながら歩いて行った。
小さな手を握り締め、指を絡めてくれるのが分かり。
微笑み合いながら歩いて行った。
◆◆◆
気が付けば鎧を纏っておらず、生身を晒してあった。
周囲を見回すも、覚えのある場所ではない。
どうしたものかと悩むのも一瞬、留まり続けたとて何か変わるでもなし。
錆びた扉に手を掛け、今の今まで無かった筈の気配が背後に現れる。
周囲を見回すも、覚えのある場所ではない。
どうしたものかと悩むのも一瞬、留まり続けたとて何か変わるでもなし。
錆びた扉に手を掛け、今の今まで無かった筈の気配が背後に現れる。
「あら?もう出て行っちゃうの?もうちょっと休んでも、別に気にしないのに」
猫撫で声、と言うのだろうか。
神経をくすぐる揶揄い交じりで、それでいて真意をひた隠しにする。
聞き覚えの無い女の声に振り向くと、やはり見覚えのない者がいた。
神経をくすぐる揶揄い交じりで、それでいて真意をひた隠しにする。
聞き覚えの無い女の声に振り向くと、やはり見覚えのない者がいた。
「ここを出て行けば、会う全員がほぼ敵よ?安全なのはこの部屋くらい」
「……」
「もしかして一緒に来て欲しいって思ってる?ふふ、だーめ♪私は中立の立場だもの。あなただけの調整屋さんにはなってあげられないわ」
「……」
「もしかして一緒に来て欲しいって思ってる?ふふ、だーめ♪私は中立の立場だもの。あなただけの調整屋さんにはなってあげられないわ」
悪戯の成功した幼女のように、小さく舌を出し女は微笑む。
留まれば安全が保障されて、出て行けば戦闘を回避出来ない。
真偽を確かめる術はなく、嘘を並べ煙に巻く気であるとも考えられ。
留まれば安全が保障されて、出て行けば戦闘を回避出来ない。
真偽を確かめる術はなく、嘘を並べ煙に巻く気であるとも考えられ。
だから何だと、女から視線を外す。
「元より……助力など必要ない……」
「つれないわねぇ」
「つれないわねぇ」
唇を尖らせる女にはそれ以上構わず、扉を一気に引き開ける。
外へ踏み出し、今度は記憶にある場所だった。
奥まで続く廊下に、壁の装飾品。
数時間前の光景を見間違えようもない。
紺色の剣士と斬り合った、“ふぇんとほおぷ”なる魔法少女達の城。
外へ踏み出し、今度は記憶にある場所だった。
奥まで続く廊下に、壁の装飾品。
数時間前の光景を見間違えようもない。
紺色の剣士と斬り合った、“ふぇんとほおぷ”なる魔法少女達の城。
「いたぞ!奴を始末しろ!」
「あいつはこの世界に、存在してはいけない奴だ!」
「あいつはこの世界に、存在してはいけない奴だ!」
複数人の足音と、齢二十にも満たない小娘達の声。
烏のような色の外套を纏った、術師と思われる少女の集団。
自分を取り囲み敵意を向けられ、なれど心は一切波立たない。
烏のような色の外套を纏った、術師と思われる少女の集団。
自分を取り囲み敵意を向けられ、なれど心は一切波立たない。
鬼狩りを斬った時と同じ、捻じ伏せれば済むだけのことだ。
☆☆
「お姉ちゃん!灯花ちゃん!いらっしゃい!」
病室の扉を開けた自分達を、満面の笑みで妹が迎えてくれた。
奥で本に目を落としていたもう一人の少女も、顔を上げてくれる。
奥で本に目を落としていたもう一人の少女も、顔を上げてくれる。
「やあお姉さん、それに灯花も。今日はいつもより少し遅かったね。どうせ灯花が我儘を言って困らせたんだろうとは、予想が付くけれど」
「違うもーん!お姉さまと楽しくお喋りしながら来ただけだもーん」
「いいなぁ。わたしもお姉ちゃんと、灯花ちゃんとねむちゃんともお話しながら外を歩きたいよ」
「違うもーん!お姉さまと楽しくお喋りしながら来ただけだもーん」
「いいなぁ。わたしもお姉ちゃんと、灯花ちゃんとねむちゃんともお話しながら外を歩きたいよ」
三者三葉の反応を見せ、病室内はたちまち賑やかだ。
実の妹と、妹のように想っている少女達。
そしてわたしを入れた、四人だけの空間。
彼女達と一緒にいる時が一番、心が安らぐ。
実の妹と、妹のように想っている少女達。
そしてわたしを入れた、四人だけの空間。
彼女達と一緒にいる時が一番、心が安らぐ。
ちょっぴり大袈裟かなとは思うけど、前に一度彼女達にそう零した時。
三人共頷いてくれたのは、ハッキリ覚えてる。
三人共頷いてくれたのは、ハッキリ覚えてる。
「ういもねむちゃんも、お腹空いたでしょ?今日はお弁当持ってきたから、みんなで食べようね」
「やった!お姉ちゃんの豆腐ハンバーグだ!」
「くふふっ、今回はわたくしもお手伝いしたんだから、いつも以上に期待していいよー」
「灯花、不安になるようなことを言わないでくれよ」
「ちょっとー!どういう意味ー!?」
「やった!お姉ちゃんの豆腐ハンバーグだ!」
「くふふっ、今回はわたくしもお手伝いしたんだから、いつも以上に期待していいよー」
「灯花、不安になるようなことを言わないでくれよ」
「ちょっとー!どういう意味ー!?」
蓋を開け、皆が笑顔でお弁当を食べてくれる。
そんな光景を見ているだけで、幸せだなと心から思えた。
そんな光景を見ているだけで、幸せだなと心から思えた。
◆◆
「ね、ねえはぐむん!やっぱり逃げようよ……!ぼく達じゃ勝つのは……」
「でも時雨ちゃん、今逃げたら後でまた怒られちゃうし……だ、大丈夫!いざとなったら私がびゅっ」
「う、うわあああああああああっ!?はぐむんの首がぎゅっ」
「でも時雨ちゃん、今逃げたら後でまた怒られちゃうし……だ、大丈夫!いざとなったら私がびゅっ」
「う、うわあああああああああっ!?はぐむんの首がぎゅっ」
垂れ流される小娘達の声に、何ら思うこともなく。
使役していた異形の群れ共々、一人残らず裁断。
使役していた異形の群れ共々、一人残らず裁断。
斬るのに躊躇は抱かず、しかし斬った際の感触は生きた人間の肉とは異なる。
硝子細工を砕いたのに似た、凡そ生物とはかけ離れたもの。
本来であれば、血肉の泉が生み出されたろう光景は実現せず。
屍どころか、自分以外の者がいた形跡すら見当たらなかった。
硝子細工を砕いたのに似た、凡そ生物とはかけ離れたもの。
本来であれば、血肉の泉が生み出されたろう光景は実現せず。
屍どころか、自分以外の者がいた形跡すら見当たらなかった。
「そこまでだよ!よくもウチらの仲間を殺ってくれたね!」
「これ以上の狼藉、たとえ天が許してもわたくし達が許さないでございます!」
「これ以上の狼藉、たとえ天が許してもわたくし達が許さないでございます!」
「ねー!…って、あれ?月咲ちゃんの声が聞こえない――いやあああああああっ!?月咲ちゃんがあああああっ!?お、鬼!外道!悪魔を超えた悪魔でございます!」
「喧しい……」
「喧しい……」
白い外套の新手を手早く始末するも、案の定と言うべきか。
肉体は砕けて消滅し、骨の一欠片が残りもしない。
肉体は砕けて消滅し、骨の一欠片が残りもしない。
散り際の悲鳴と罵声はとうに頭から消え失せ、未だ先の見えぬ奥へ足を向けた。
☆
「お姉さま!はやくはやくっ!」
駆け出して手招きする彼女へ、走ったら危ないよと言いつつも。
微笑ましい姿に、自然と笑みが浮かぶのは我ながら当然と思う訳で。
わたしも駆け足で彼女に追い付き、並んで同じ方を見る。
視界いっぱいの桜色へ、目が奪われた。
微笑ましい姿に、自然と笑みが浮かぶのは我ながら当然と思う訳で。
わたしも駆け足で彼女に追い付き、並んで同じ方を見る。
視界いっぱいの桜色へ、目が奪われた。
「綺麗だね……」
「うん、凄く綺麗……お姉さまの髪と同じ色だにゃー」
「うん、凄く綺麗……お姉さまの髪と同じ色だにゃー」
満開の桜は風に揺れ、時折花弁が舞う。
ありふれた表現だけど、幻想的な美しさと言う他ない。
そんな綺麗な桜と同じと言われるのは、嬉しくも気恥ずかしさがある。
ありふれた表現だけど、幻想的な美しさと言う他ない。
そんな綺麗な桜と同じと言われるのは、嬉しくも気恥ずかしさがある。
二人とも暫くの間、無言で桜を見上げる。
気まずさはない、彼女と一緒にこの美しさを共有できる。
それだけで、胸が満たされる思いだった。
気まずさはない、彼女と一緒にこの美しさを共有できる。
それだけで、胸が満たされる思いだった。
「お姉さま。わたくし今、本当に幸せだよ。お姉さまと毎日、一緒に笑っていられて……お姉さまは?」
こちらを見ないまま聞く彼女への答えは、当然一つしかない。
わたしだって幸せだ。
彼女と二人で、この桜を見れる奇跡のような今が。
本当に――
わたしだって幸せだ。
彼女と二人で、この桜を見れる奇跡のような今が。
本当に――
「本当、に……?」
ふと、ほんの少し。
何かがおかしい気がした。
彼女と…灯花ちゃんと二人で毎日笑い合い、ういとねむちゃんのお見舞いに行って。
満開の桜を、二人一緒に見ていられる。
何もおかしくない筈、なのに。
何かがおかしい気がした。
彼女と…灯花ちゃんと二人で毎日笑い合い、ういとねむちゃんのお見舞いに行って。
満開の桜を、二人一緒に見ていられる。
何もおかしくない筈、なのに。
「え……?」
どうしてなんだろうか。
わたしと灯花ちゃん、二人“だけ”で桜を見ている現実に。
違和感を感じるのは。
わたしと灯花ちゃん、二人“だけ”で桜を見ている現実に。
違和感を感じるのは。
わたし、灯花ちゃん、うい、ねむちゃん。
四人だけの日常はいつもと変わらない、何も変じゃないのに。
誰かが、色んな人達が足りないと。
一体誰を指してるかも分からないのに、そう思ってしまったのは。
四人だけの日常はいつもと変わらない、何も変じゃないのに。
誰かが、色んな人達が足りないと。
一体誰を指してるかも分からないのに、そう思ってしまったのは。
「ねえ灯花ちゃん……灯花ちゃん?」
さっきまで幸せだったのに、猛烈な不安を感じずにはいられない。
恐くなって、堪らず名前を呼んだけど返事はなかった。
灯花ちゃんは桜の木でも、わたしでもない方をじっと睨んでいて。
どうしたんだろうと不思議に思い、同じ場所へ顔を向ける。
恐くなって、堪らず名前を呼んだけど返事はなかった。
灯花ちゃんは桜の木でも、わたしでもない方をじっと睨んでいて。
どうしたんだろうと不思議に思い、同じ場所へ顔を向ける。
男の人が、そこにいた。
わたしを射抜く六つの目を、恐いと感じ。
そう思ってしまった事に、どうしてか胸の奥で軋む音が聞こえた。
わたしを射抜く六つの目を、恐いと感じ。
そう思ってしまった事に、どうしてか胸の奥で軋む音が聞こえた。
◆
何人小娘を斬ったか。
何体異形を薙ぎ払ったか。
一々数えず、淡々と作業をこなすように黒死牟は進んで行く。
後どれくらい殺せば、何処に辿り着けば終わるのか。
そもそも、自分がやっている事に意味があるのかすら曖昧だ。
何体異形を薙ぎ払ったか。
一々数えず、淡々と作業をこなすように黒死牟は進んで行く。
後どれくらい殺せば、何処に辿り着けば終わるのか。
そもそも、自分がやっている事に意味があるのかすら曖昧だ。
変化が起きたのは直後のこと。
目の前に音も無く現れる、黒い外套の少女。
顔を隠すフードは脱がされ、瞳がしかとこちらを捉える。
それへ特別抱くものも存在せず、これまで通りに刀を振るおうとし。
目の前に音も無く現れる、黒い外套の少女。
顔を隠すフードは脱がされ、瞳がしかとこちらを捉える。
それへ特別抱くものも存在せず、これまで通りに刀を振るおうとし。
「……?」
敵意の類を一切感じないのを、遅れて気付いた。
得物を振り被る様子は見られず、異形の使い魔を使役してもいない。
振るい掛けた腕を下ろし、足を止める。
黒死牟が一先ず殺さないと分かったのか、僅かに表情へ安堵を浮かばせた。
何がしたいのかを視線に乗せて問えば、答えが返って来る。
得物を振り被る様子は見られず、異形の使い魔を使役してもいない。
振るい掛けた腕を下ろし、足を止める。
黒死牟が一先ず殺さないと分かったのか、僅かに表情へ安堵を浮かばせた。
何がしたいのかを視線に乗せて問えば、答えが返って来る。
「向こうに行けば、全部終わらせられる。と、思う」
指差したのは飾り気のないドア。
終わらせられるとの意味を漠然と理解し、次いで浮かぶのは疑問。
この少女は何故、自分にそれを教えるのだろうか。
声に出さずとも思考を察したらしく、表情を変える。
宿る感情を一言で言い表すのは難しい、決して安堵や喜びとは異なるソレらを綯い交ぜにし。
絞り出すように、けれどよく通る声で告げた。
終わらせられるとの意味を漠然と理解し、次いで浮かぶのは疑問。
この少女は何故、自分にそれを教えるのだろうか。
声に出さずとも思考を察したらしく、表情を変える。
宿る感情を一言で言い表すのは難しい、決して安堵や喜びとは異なるソレらを綯い交ぜにし。
絞り出すように、けれどよく通る声で告げた。
「環さんのことを、お願いします」
言い終わるや、少女は影も形も見当たらなくなった。
自分の前に現れた者が消えるのは、今更になって驚く類じゃない。
しかし黒死牟は、胸中で蠢く言いようのない感覚へ暫し立ち尽くす。
自分の前に現れた者が消えるのは、今更になって驚く類じゃない。
しかし黒死牟は、胸中で蠢く言いようのない感覚へ暫し立ち尽くす。
「誰も彼もが……」
何故自分に、それを頼むのだろうか。
自分とあの娘に、何を見たのかと。
問うた所で、望む答えを返す者はいない。
己自身に問い掛けたとしても、答えが出ないとは腹立たしいくらいに分かっている。
自分とあの娘に、何を見たのかと。
問うた所で、望む答えを返す者はいない。
己自身に問い掛けたとしても、答えが出ないとは腹立たしいくらいに分かっている。
鉛のように重苦しいため息を吐き出し、終着点へ続く扉を見やる。
開けた先に待ってる者を思い浮かべるも、自分が行って意味があるのか。
一体自分に何を期待して、この先へ向かわせたがるのか。
そもそも、ここへ招かれた意味すら不明。
何一つ分からないまま扉を開け、
開けた先に待ってる者を思い浮かべるも、自分が行って意味があるのか。
一体自分に何を期待して、この先へ向かわせたがるのか。
そもそも、ここへ招かれた意味すら不明。
何一つ分からないまま扉を開け、
「…………」
やはりこの場所は現実でないと、一つの事実へ確信を抱く。
快晴の空に浮かぶ太陽が、鬼の体へ容赦なく浴びせられているというのに。
火傷一つ負わないばかりか、微塵の熱も感じない。
快晴の空に浮かぶ太陽が、鬼の体へ容赦なく浴びせられているというのに。
火傷一つ負わないばかりか、微塵の熱も感じない。
しかし、終わらせられるとの言葉は嘘でなかったらしい。
見据える先、美し過ぎる余り却って現実味を抱けない桜の木の下。
不安げな瞳と敵意を籠めた瞳、対照的な視線をぶつける少女達がいる。
見据える先、美し過ぎる余り却って現実味を抱けない桜の木の下。
不安げな瞳と敵意を籠めた瞳、対照的な視線をぶつける少女達がいる。
「来ないで!!」
視線だけで殺せそうな程の怒りを宿し、灯花が怒声を浴びせる。
同年代の子供のみならず、年齢を重ねた大人でも怯むだろう迫力。
ストレートにぶつけられる憤怒へ、何ら構う素振りも見せず。
黒死牟は一歩、また一歩と近付き。
同年代の子供のみならず、年齢を重ねた大人でも怯むだろう迫力。
ストレートにぶつけられる憤怒へ、何ら構う素振りも見せず。
黒死牟は一歩、また一歩と近付き。
「や、やめてください!」
もう一人の少女、いろはが発した言葉に歩みを止めた。
明かな怯えを表情に浮かべ、灯花を庇うように前へ出る。
自分の身よりも、傍らの少女を守らんとする姿に。
灯花がじんわりと笑みを浮かべたと、果たして気付いたかどうか。
明かな怯えを表情に浮かべ、灯花を庇うように前へ出る。
自分の身よりも、傍らの少女を守らんとする姿に。
灯花がじんわりと笑みを浮かべたと、果たして気付いたかどうか。
「あなたが誰か知りませんけど……でも、灯花ちゃんに酷いことは……」
恐怖を押し殺して、立ち向かういろはを目の当たりにし。
彼女の声に、瞳に宿るのが自分達の日常を壊す侵略者への拒絶感と察し。
ストンと、黒死牟の中で腑に落ちた。
彼女の声に、瞳に宿るのが自分達の日常を壊す侵略者への拒絶感と察し。
ストンと、黒死牟の中で腑に落ちた。
つまりこの場所は、下弦の壱の血鬼術と似た空間なのだろう。
睡眠機能を持たない鬼の自分が取り込まれており、完全な夢とも違うが。
灯花か、或いはいろはが呼び出した怪鳥か。
いずれかによって創り出された、いろはにとって都合の良い箱庭。
睡眠機能を持たない鬼の自分が取り込まれており、完全な夢とも違うが。
灯花か、或いはいろはが呼び出した怪鳥か。
いずれかによって創り出された、いろはにとって都合の良い箱庭。
「……」
そう理解して、黒死牟が特別強く感じたものは何もない。
笑ってしまう程に単純な答えだ。
いろはは現実に負け、偽りの幸福による享受へ身を委ねた。
自分の存在はいろはが逃げた、七海やちよを助けられなかった現実を思い出すに等しく。
故に、この箱庭に紛れた害虫と同じでしかない。
笑ってしまう程に単純な答えだ。
いろはは現実に負け、偽りの幸福による享受へ身を委ねた。
自分の存在はいろはが逃げた、七海やちよを助けられなかった現実を思い出すに等しく。
故に、この箱庭に紛れた害虫と同じでしかない。
そこまで考え、いろはが今どうなっているかをこの上なく理解し。
それが何だと言うのかと、他に言葉が見付からない。
それが何だと言うのかと、他に言葉が見付からない。
自分を助けると言った娘は、結局途中で折れ。
立つ気力を失くし、殻に閉じ籠るのを選んだ。
口先ばかりが達者で、出来もしない事を得意気に語る。
世に溢れた有象無象の一人でしかない、ただそれだけの話じゃないか。
立つ気力を失くし、殻に閉じ籠るのを選んだ。
口先ばかりが達者で、出来もしない事を得意気に語る。
世に溢れた有象無象の一人でしかない、ただそれだけの話じゃないか。
無駄な時間を取らされた。
強いて言えば、思ったのは辟易とした一点だけ。
他にいろはへ割くべき思考も、何かを感じる意味もない。
箱庭での幸福で堕落し、果てに待つのは傍らの童女。
里見灯花の望みを叶えるだけの愛玩人形以外になく、心底どうでもいい。
強いて言えば、思ったのは辟易とした一点だけ。
他にいろはへ割くべき思考も、何かを感じる意味もない。
箱庭での幸福で堕落し、果てに待つのは傍らの童女。
里見灯花の望みを叶えるだけの愛玩人形以外になく、心底どうでもいい。
だから
「一体何をしている……」
自分で発した言葉が。
ささくれ立つ心のままに、吐き捨てた己自身が。
黒死牟には信じられなかった。
ささくれ立つ心のままに、吐き捨てた己自身が。
黒死牟には信じられなかった。
「何だ……その腑抜けた有様は……」
どうして己は、こんな事を口走っているのか。
膨らみ続ける疑問を解消出来ないまま、言葉を紡ぐのを止められない。
膨らみ続ける疑問を解消出来ないまま、言葉を紡ぐのを止められない。
「お前は……」
自分を助けると言ったいろはを、理解不能の奇人の戯言だと。
本気の混乱を抱きこそしたが、間違っても他に何一つ感じていない。
期待するなど以ての外、そもそも助けを求めた覚えも無し。
仮に前言撤回されたとて、ようやく正気に戻ったかとしか考えなかった筈。
本気の混乱を抱きこそしたが、間違っても他に何一つ感じていない。
期待するなど以ての外、そもそも助けを求めた覚えも無し。
仮に前言撤回されたとて、ようやく正気に戻ったかとしか考えなかった筈。
「私への戯言すらも……偽りに過ぎないならば……」
故に、己の言葉に宿る感情が。
苛立ちと、落胆であるのが現実とは思えなかった。
苛立ちと、落胆であるのが現実とは思えなかった。
「最初から……」
「――――違います」
「――――違います」
己への理解が及ばずに吐き出した言葉を、途中で遮られ。
思わず見やれば、遮った当人も驚愕の表情となっていた。
思わず見やれば、遮った当人も驚愕の表情となっていた。
いきなり現れた人間じゃない男に、苛立ちを吐き捨てられた。
どうして会った事も無い相手から、そんな風に言われるか不思議でならない。
おまけに、自分で口にした言葉すらも意味不明で――
どうして会った事も無い相手から、そんな風に言われるか不思議でならない。
おまけに、自分で口にした言葉すらも意味不明で――
(違う……わたし、ちゃんと知ってる……ううん、覚えてる……)
閉じられた箱の鍵を開けるように。
アルバムを最初のページから捲っていくように。
散らばった欠片を一つ一つ、組み立てるように。
アルバムを最初のページから捲っていくように。
散らばった欠片を一つ一つ、組み立てるように。
誰を助けたくて、願いを叶えたのか。
誰を忘れ、そしてもう一度思い出したのか。
誰と出会い、自分の居場所と思えるものを見付けたのか。
誰を助けられず、それでも自分らしく生きようと決意したのか。
誰を忘れ、そしてもう一度思い出したのか。
誰と出会い、自分の居場所と思えるものを見付けたのか。
誰を助けられず、それでも自分らしく生きようと決意したのか。
忘れてはならない、環いろはを形作る記憶が血のように体中へ流れ込む。
「お姉さま……?」
不安気に見上げる灯花と、屈んで目を合わせる。
この世界は前の時と違う、彼女の手も加わった箱庭。
みかづき荘も存在せず、自分は魔法少女になってすらいない。
それを責める気は皆無だが、受け入れる訳にはいかなくなった。
この世界は前の時と違う、彼女の手も加わった箱庭。
みかづき荘も存在せず、自分は魔法少女になってすらいない。
それを責める気は皆無だが、受け入れる訳にはいかなくなった。
「お姉さま、待って……ういもねむも、わたくしも死んだりしないこの世界が嫌だったの……?」
「ううん、昔に戻れたみたいで……嬉しいって思ったのは本当だよ」
「ううん、昔に戻れたみたいで……嬉しいって思ったのは本当だよ」
だけど、と。
一拍置いて、首を横に振る。
一拍置いて、首を横に振る。
「現実が痛くて、苦しくても……その現実があったから、わたし達は会えた」
失った痛みはきっと、永遠に消えない。
助けられなかった後悔だって、癒す方法は分からない。
けれど、そんな残酷な現実が無ければ今の自分は存在しなかった。
魔法少女になって良かったと、心から言える出会いも無かった。
助けられなかった後悔だって、癒す方法は分からない。
けれど、そんな残酷な現実が無ければ今の自分は存在しなかった。
魔法少女になって良かったと、心から言える出会いも無かった。
そして今も、現実で戦う仲間達がいる。
今度こそ手を伸ばしたいと思う少女だって、この世界から出なければ会えない。
それに、ああ。
助けたいと、彼に言った言葉を嘘なんかにしたくないから。
今度こそ手を伸ばしたいと思う少女だって、この世界から出なければ会えない。
それに、ああ。
助けたいと、彼に言った言葉を嘘なんかにしたくないから。
「わたしはもう、灯花ちゃんのことだって諦めたくない」
「お、お姉さま……」
「だから、少しだけ待ってて?行かなきゃならない、戦わなきゃいけない場所があるから」
「お、お姉さま……」
「だから、少しだけ待ってて?行かなきゃならない、戦わなきゃいけない場所があるから」
強く強く、震える体を抱きしめて。
少し名残惜しそうに離れると、振り返って彼を見つめる。
散々迷惑を掛け、申し訳ないと思う。
自分を追ってここまで来てくれて、感謝だってしたい。
少し名残惜しそうに離れると、振り返って彼を見つめる。
散々迷惑を掛け、申し訳ないと思う。
自分を追ってここまで来てくれて、感謝だってしたい。
「ありがとうございます、黒死牟さん。えっと、その、ごめんなさい!またわたしのドッペルが、暴走しちゃって……」
「……」
「……」
礼を口にしたと思えば一転、眉尻を下げ申し訳なさそうにする。
屠り合いが始まり今に至るまでの、一日にも満たない間。
幾度も見て、記憶された姿と何ら変わりない。
元通りの彼女と、ついさっきまでの自分を想い返す。
本当に、何をやっているのかと苦々しさが溢れ。
屠り合いが始まり今に至るまでの、一日にも満たない間。
幾度も見て、記憶された姿と何ら変わりない。
元通りの彼女と、ついさっきまでの自分を想い返す。
本当に、何をやっているのかと苦々しさが溢れ。
「………………いらぬ手間を、掛けさせるな……」
「は、はい!」
「は、はい!」
顰めた顔で絞り出す、釘を刺すかの言へ。
苛立ちはあれど、失望を露わに拒絶するのではなかったから。
怒らせてしまった彼に、申し訳ないと分かってはいても。
彼を助けたいと決意した自分へ、ああ言ってくれるくらいには思う所があると分かったから。
頬が緩み、つい嬉しさを顔に出してしまう。
苛立ちはあれど、失望を露わに拒絶するのではなかったから。
怒らせてしまった彼に、申し訳ないと分かってはいても。
彼を助けたいと決意した自分へ、ああ言ってくれるくらいには思う所があると分かったから。
頬が緩み、つい嬉しさを顔に出してしまう。
緩んだ空気を引き締めたのは、直後に現れた複数の気配。
クマのぬいぐるみを思わせる見た目を、いろはは覚えている。
嘗ての戦いで、フェントホープ内に解き放たれたウワサだ。
間違っても自然に湧くのではなく、ましてここはマギウスの翼の本拠地じゃない。
しかし、何故現れたかの理由は考えるまでもない。
クマのぬいぐるみを思わせる見た目を、いろはは覚えている。
嘗ての戦いで、フェントホープ内に解き放たれたウワサだ。
間違っても自然に湧くのではなく、ましてここはマギウスの翼の本拠地じゃない。
しかし、何故現れたかの理由は考えるまでもない。
「灯花ちゃん……!」
「連れて行かせないよ……そんな奴、お姉さまのお傍にいる資格なんてない……!」
「連れて行かせないよ……そんな奴、お姉さまのお傍にいる資格なんてない……!」
殺気立った灯花へ呼応するように、ウワサたちは次々数を増やす。
沈黙のドッペルへ魔力による干渉を行い、空間内では灯花の自由が利く。
黒死牟を、マギウスの翼の構成員達に襲わせたのがいい例だ。
フェントホープに配置されたウワサを自身の記憶から引き出し、生み出すのも不可能じゃない。
沈黙のドッペルへ魔力による干渉を行い、空間内では灯花の自由が利く。
黒死牟を、マギウスの翼の構成員達に襲わせたのがいい例だ。
フェントホープに配置されたウワサを自身の記憶から引き出し、生み出すのも不可能じゃない。
「消えるならあなただけ消えてよ!」
いろはの心を守る為の世界へ、土足で踏み込んだ男の排除を実行。
丸太のような腕を振り回し、ウワサ達が黒死牟へ圧し掛かる。
咄嗟に制止を試みたいろはもまた、背後からウワサへ捕えられ、
丸太のような腕を振り回し、ウワサ達が黒死牟へ圧し掛かる。
咄嗟に制止を試みたいろはもまた、背後からウワサへ捕えられ、
――月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦
「うにゃああああっ!?」
半月が竜巻を生み出し、瞬く間にウワサを細切れに変える。
吹き飛んだウワサの余波で尻餅を付き、慌てて灯花が立ち上がるも遅い。
いろはを捕らえたウワサを斬り飛ばし、地面へダイブする前にキャッチ。
六眼を通じ閉じた世界を見渡し続け、やがて一点で止まる。
微かな綻びを、確かに捉えた。
吹き飛んだウワサの余波で尻餅を付き、慌てて灯花が立ち上がるも遅い。
いろはを捕らえたウワサを斬り飛ばし、地面へダイブする前にキャッチ。
六眼を通じ閉じた世界を見渡し続け、やがて一点で止まる。
微かな綻びを、確かに捉えた。
「ま、待つにゃー!」
「お前は……この娘と知己の者だろうに……」
「お前は……この娘と知己の者だろうに……」
阻止に動こうとした灯花を一瞥。
怒りも嘲りもなく、ふと去り際に問いを置いて行く。
怒りも嘲りもなく、ふと去り際に問いを置いて行く。
「この世界を否定される筈がないと……本気で考えたのか……?」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――は?」
なんだそれは。
この男は今何と言った、誰に向かってそれを言った。
姉と慕う彼女の事を、自分より知っているとでも言う気か。
自分以上に理解してると、そうほざくのか。
この男は今何と言った、誰に向かってそれを言った。
姉と慕う彼女の事を、自分より知っているとでも言う気か。
自分以上に理解してると、そうほざくのか。
「飛ぶぞ……」
「えっ?きゃっ!?」
「えっ?きゃっ!?」
思考が真っ白に染まり、やがて怒りを通り越し爆発的な殺意へ変わるのを律儀に待たず。
地面へ生まれた深い裂け目に、躊躇なく飛び込む。
地面へ生まれた深い裂け目に、躊躇なく飛び込む。
片手にいろはを抱え、振り落とされては面倒だと腕に力を籠める。
いらぬ手間をこれ以上掛けたくない、理由としてはそれが全てだろうけど。
自分を共に連れて行くのだと間近で感じ、いろはも黒死牟の着物をぎゅっと掴んだ。
いらぬ手間をこれ以上掛けたくない、理由としてはそれが全てだろうけど。
自分を共に連れて行くのだと間近で感じ、いろはも黒死牟の着物をぎゅっと掴んだ。
綻びがほんの僅かならば、こじ開けるまで。
反対の手に持った虚哭神去が一文字を描き、道は確かに開かれた。
反対の手に持った虚哭神去が一文字を描き、道は確かに開かれた。
○○○
『また出て行くんだ。ここにいれば、誰も失わずに済むのに』
「でもここは、わたしが生きてる本当の世界じゃない。誰も失わないからって、幸せとは限らないよ」
『よく言う。もう分かってるでしょ?“わたし”のソウルジェムに、誰の魔力が流れ込んでるか』
「……」
『今からでも戻れば、みかづき荘のみんなとだってずっといられる。それでも戻るの?結局失くして、やっぱり見ないままの方が良かったって思うくせに」
「うん……もしかしたらこの先も、泣きたくなるようなことが沢山あるかもしれない。それでもわたしは、わたしに希望をくれたみんながいた現実を捨てたくない」
『間違えないって保障もないのに?』
「あの時、最後にういと会った時に決めた事だから。助けられなかった事も全部忘れないで、わたしらしく生きるって」
『……』
「それにね、あなたにも感謝してるよ。私の弱さと向き合わせてくれて」
『普通そこは、お前なんて“わたし”じゃないって否定する所じゃないの?』
「そんなことしないよ。だってあなたも、失くしたらいけないわたしだもの。だから、あなたも一緒に行こう?わたしは“わたし”のことだって、諦めないから!」
『……本当に、どうしてここまで頑固なのかな。“わたし”は』
「決まってるよ、だってそれが――」
『ええ。それが“わたし”だものね』
◆◆◆
「待って!」
デストーイ・チェーン・シープの背を勝手に離れた怪鳥へ、手を伸ばすも届かない。
どうして急にと、疑問を挟まずとも分かる。
干渉を行ったドッペルの、いろはの意識で異変が起きた。
どうして急にと、疑問を挟まずとも分かる。
干渉を行ったドッペルの、いろはの意識で異変が起きた。
「あいつ!余計なことばっかり……!」
原因を作った男への昏い怒りを募らせるが、思い通りの展開は訪れない。
沈黙のドッペルが自分の元を飛び立ち、デストーイモンスター達へ指示を飛ばすも無駄。
一刻も早く駆け付けねばならない場所があると、いろはが望んでいる。
であれば、恐怖心の現身であるドッペルをいろはが受け入れた以上。
共に行く事を望んだいろはの意思を、聞き入れない訳にはいかない。
沈黙のドッペルが自分の元を飛び立ち、デストーイモンスター達へ指示を飛ばすも無駄。
一刻も早く駆け付けねばならない場所があると、いろはが望んでいる。
であれば、恐怖心の現身であるドッペルをいろはが受け入れた以上。
共に行く事を望んだいろはの意思を、聞き入れない訳にはいかない。
邪神と巨大獣の気配が濃さを増す中、沈黙のドッペルも飛行速度を上昇。
目的の場所が近付き、やがていろはの顔を隠す仮面が砕ける。
目的の場所が近付き、やがていろはの顔を隠す仮面が砕ける。
迷い無き瞳で戦場へ突き進むいろはを、近くで支えるように。
胸元の宝石へ、青い輝きが灯った。
胸元の宝石へ、青い輝きが灯った。