時計の針は、止まることなく回り続ける。時に、その巡りの遅さに焦れったく感じることもあれば。時に、すぐに過ぎ去ってしまった時の速さに目まぐるしさを覚えることもある。
時間ってのはそういうもんらしい。楽しい時ほど早く過ぎるように見えるし、そうじゃない時は、まるで止まったように動かない。
『――時計の針を回したら、早く時間が過ぎたりしねえかなぁ。』
俺は、早く大人になりたかった。俺が子供だってだけで、大人たちにはいつも舐められる。本当はアイツらだって同類なのに。行き着くべくして行き着いた、社会の底辺。光の当たらないカクレミノ。誰からも見下され、蔑まれ――そんな奴らにとっちゃ、見下せる存在が欲しいんだろう。だから裏社会では、俺のような子供は、大人より力が弱いってだけでどこまでも弱者だ。
ヒトってのは、ヤなもんだよな。自分より下のやつを必死こいて探して、蹴落とすのに精を尽くして。足元を見ないと、立っていられないんだ。
……そして俺も、その例に漏れずヒトだから、誰かを下に見ていないと、生きていけない。なのに俺は、その中でも最底辺。授業はいっつもサボってるから、先生はもちろんクラスメイトにも基本、嫌われている。もちろん成績なんてどん底で、オフクロだって俺のこと、馬鹿にしてる。
誰も彼もが俺よりは上にいて、俺の事を見下していて――足場を無くした俺は、落ちるべくして落ちるしかなかった。
だけど、アイツは。アイツだけは、何ていうか、変なヤツだった。
成績は良くはないものの授業にはちゃんと出てたし。周りと仲良くはしていなくても、目立たないってだけで疎まれているわけではない。その地点で少なくとも俺よりは上にいるはずなのに。それでもアイツは――ラッセルは、決して俺を見下そうとはしなかったんだ。
向こうも独りでいるのは寂しいところもあったのか、俺たちは出会って間もなくして親友になった。暴力こそが力である麻薬取引の温床、社会のカクレミノ。つまらない勉強でしか価値を見出されない学校。勝手な期待を押し付けてくる家族。どこにいても見い出せなかった居場所ってものを、俺はようやく見付けられたような気がした。
……なのに、俺は。
『――ラッセル。明日の授業、一緒にサボろうぜ?』
それでも、見下す相手が欲しかったのか?
『――補導されたってヘーキだって! ほら、もうちょっとだけ遊んでいこうぜ!』
いや、見下すことはできないとわかっていても、せめてアイツにも同じステージには立っていてほしかったのか?
『――皆やってるんだって!ㅤ一回だけで辞めたらカラダにもそんな悪い影響はないしさ。騙されたと思って一回だけ、やってみろよ!』
最初、何を思っていたかはもう分からない。だけど俺は――アイツを、俺のいる場所まで引きずり下ろしていった。
その果てに何が待っているか、なんて。その時の俺は考えもしていなかったんだ。
ある日の夜中、家に帰った俺に、オフクロが青ざめた顔で詰め寄ってきた。詳しくは覚えてないけど、『お前も関係していないだろうな』とか、そんなことを言われた気がする。
なんの事か分からず、だけど俺が何か重大な出来事において信用されていないってことだけは何となく分かって。それが気に入らなくて、俺はオフクロの手を振り払って逃げるように家を出た。夜中に行くところなんか無く、行き先はいつものカクレミノ。そこにはいつもつるんでた大人たちがいて、だけどいつもと少しだけ様子が違うような気がして。尋ねてみると、どこか困惑したように教えてくれた。
――ラッセルが、連続殺人の罪で捕まったらしい。
詳しく聞いて、はじめに湧いた感情は、怒りだったと思う。俺が好きだった女の子、ガーデニアの死が、本当は事故じゃなくラッセルによるものだと分かったから。
だけど今は、色んな感情がぐちゃぐちゃになって分からなくなっている。ラッセルが殺した人の中には、俺のオフクロにもその悪名が伝わってるくらいに酷いやつらしい、ラッセルの両親も含まれていたから。
そして、それならば――アイツに最後の踏ん切りを与えてしまったのは、俺かもしれないから。
あれはラッセルが最初に人を殺してしまうよりも前の話。ラッセルと一緒に深夜の遊びをしていると、マフィアのボスを下っ端たちが下克上で殺してしまった場面に遭遇したことがあった。しかもそのボスってのが相当悪どい奴で、皆に無茶な上納金を請求し続けていたためかなり嫌われていたらしく、誰もそれを責めることはしなかった。むしろ皆、実行した奴に感謝し、隠蔽工作に協力までする始末だった。
その顛末を見ながら、ラッセルは俺に言ったんだ。
『……本当に、苦しい時だったら。それか相手が本当に死んでもいいような奴だったら。そんな時は、殺してもいいってことなのかな。』
何かと無気力なラッセルが積極的に興味を持ったことに驚きながらも、俺は答えた。
『むっずかしいこと考えてんなー? ま、よく分かんねーけど。それでもアイツは死んでよかったんじゃねえの?』
哲学地味たことは苦手だ。だから、考えることを放棄したテキトーな答えだった。
だけど……今にして思えば。
あの時、ラッセルの価値観は、時に殺しをも是とするものに書き換えられてしまったのだろうか。
あの時、仮に違うと言えていれば。この結末は変わったのだろうか。
あの時、俺がアイツを裏社会なんかに関わらせなければ。そんな疑問を持つことすらなかったのだろうか。
あの時、もっと俺がアイツの居場所になれていれば。アイツが抱えていた潜在的な孤独を、理解してやれていれば。
あの時。
あの時。
あの時――
――数多のifの中には、アイツが殺した全員とは言わずとも、せめて何人かは殺させずに済んだ道だって、きっとあったんじゃないだろうか。
いつの間にか14歳の誕生日を迎えていたことでこの国の少年法の保護範囲をギリギリ超えていたアイツは、裁判を経て、当たり前のように死刑判決が下された。開発中の薬、ハッピードリームとやらで更生を試みる実験台になって、その経過次第では実刑を免れることができるらしいが……その実験の成功例はなく、ニュースを見てもラッセルの更生は成功しないだろうって見立てがほとんどだ。
ラッセルは今、夢の中にいる。しかし、死刑台への歩みを、一歩ずつ着実に進めていっている。
その一方で、何かできたかもしれないのに何もしなかった俺は――殺し合い、というものに巻き込まれていた。
■
「……はは、俺も誰かを、殺せ……ってか? ったく、ジョーダンきついぜ……。」
人を殺した末路は、ラッセルがこの上なく示してくれていたというのに。俺にも同じことをしろ、ということらしい。これは、何もしなかった俺へのバツなのかも、しれない。
「なあ、主催者さんよ。何でも願い、叶えてくれるってんなら……だったら夢の中のラッセルに、罪悪感ってヤツを与えてやってくれよ。それが無いとアイツ、死んじまうんだろ。」
だけど、あの男は確かに言った。俺が一生マジメに働いても得られないほどのおカネだけでなく、どんな願いも叶えるという子供騙しのような謳い文句を。
「……んなこと、できるワケねーよな。」
ああ、どんな楽観的な奴でも眉唾ものだと吐き捨てるべき、有り得ないことだ。ラッセルみたいな心を壊した奴の更生があの主催者の手にかかれば叶うと言うのなら、ハッピードリームなんて薬はいらない。
「……でも。」
理屈の上では、理解している。あれがただの甘言に過ぎないと。だけど、その上で。
「もう、イヤなんだ。後悔するのは。」
最善を尽くし、それでもダメだったのなら、諦めもつくかもしれない。だけど今の俺を苦しめている罪悪感は、それをしなかったことだ。もしここで日和って、何とか平和的に解決する方法を見つけ出したとして、その上でラッセルの死刑を見届けたその時。俺はきっとまた、今の俺の選択を後悔するだろう。
「だから……待ってろよ、ラッセル。」
時計の針は、回り続ける。時に、その巡りの遅さに焦れったく感じることもあれば。時に、すぐに過ぎ去ってしまった時の速さに目まぐるしさを覚えることもある。
だけど決して。時計の針は、戻らない。いつまでも絶えず、流れていくだけ。
【クリス@END ROLL】
[状態]:健康
[装備]:特別なバット@アイドルマスター シャイニーカラーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:殺し合いに優勝し、ラッセルの死刑を止める。
1:もう、後悔したくないんだ。
[備考]
※ハッピードリーム内のクリスではなく、現実のクリスです。
※ラッセルのHD式更生プログラム終了前からの参戦です。
[状態]:健康
[装備]:特別なバット@アイドルマスター シャイニーカラーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:殺し合いに優勝し、ラッセルの死刑を止める。
1:もう、後悔したくないんだ。
[備考]
※ハッピードリーム内のクリスではなく、現実のクリスです。
※ラッセルのHD式更生プログラム終了前からの参戦です。
【支給品紹介】
【特別なバット@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
『空と青とアイツ』のコミュで芹沢あさひが購入するも、そのまま飽きられ放置されたバット。店員曰く特別なバットとのことであったが、特に変哲のない普通のバットである。
【特別なバット@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
『空と青とアイツ』のコミュで芹沢あさひが購入するも、そのまま飽きられ放置されたバット。店員曰く特別なバットとのことであったが、特に変哲のない普通のバットである。