フォウ王国所属混成部隊「白熊」隊員の記録

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フォウ王国所属混成部隊「白熊」隊員の記録 - (2017/02/15 (水) 07:16:10) の1つ前との変更点

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今回攻略する遺跡はずいぶんと楽な方であるらしい。 なにせ、17中隊の管轄で発見されたものであるからだ。 もっとも、遺跡に危険とか安全とか、そういうことを図り知ることはできない。 しかし、17中隊辺りの管轄は昔から遺跡の発掘が盛んであり、ほとんど死んだ遺跡だ。 仮に生きていても、旧兵器の出現率が低いことを考えると、そこまで危険度は低そうである。 そんなことよりも、最近下界が騒がしいらしいということを郵便屋から風の噂で聞いた。 どうせ、また英雄が生まれたのだろう。それか、どこかの大貴族がいなくなって相続に揺れているのだろうか。 情報がだんだんと入ってくるようになった。今回はケチな商売をしなくて済みそうだ。 なんといっても、今回探索するものは遺跡ではなく施設であるらしいことが分かったからだ。 ただ、こんな面倒くさい分類は誰も覚えてはいまい。皆、この情報が回ると生きた遺跡だといって喜んでいた。 17中隊の管轄で施設が見つかることは珍しい。昔から遺跡しか見つかっていないからだ。 それに、ありふれた悲劇事件のせいもあって最近は貴族も及び腰だ。 一部の貴族はそうでもないらしいが、それに巻き込まれた子弟はたまらないだろうな。 移動の途中、ある駐屯地を借りられることになった。 あまり枝葉の基地に負担はかけたくないのだが、駐屯地の奴らは快く迎え入れてくれた。 それどころか、奴らは白熊隊のことを特別遊撃隊だといってお祭り騒ぎをぶち上げてくれるようだ。 英雄扱いに悪い気はしない。我が白熊隊は特務部からの人材によって構成されているというのは周知の事実だが、最近は特務部と名前がつくだけで余計な評価がついて回るようになっている。 何かあった時にすべて特務部の成果にするのは結構だが、それに乗じてあることないこと言うのはやめてほしいところだ。 別に、特務部は王国の暗部や秘密結社などではないのだから。といっても、そう簡単に霧を晴らすこともできないところが複雑な事情だ。 普段は新聞など読まない私だが、今回ばかりは読まずにはいられなかった。 駐屯地から頂いてきた二か月半前の新聞だったが、興味深いことが書かれていた。 「英雄エルカ・セルデ」 エルカ家の番犬、王家の手先、狂犬、死神。 奴が配属された時には様々に無駄な話題が飛び交っていた人物だ。 確か港のあるガルゼラル領のごたごたに巻き込まれてエルカ家に転がり込んでいたと記憶している。 そんなことより、エルカが奴を送り込んでいたのは17中隊のはずだ。 17中隊はもちろん、16や18の貴族派が王室派に抗議に行ったことも、それを貴族同士の情熱的な密会として三面記事が世間を賑わせた時期も覚えている。 ついに顔を拝むことはできなかったが、そうか。 ついに奴は本当の英雄になってしまったのか。 情報が粗方揃った。 17中隊、エルカ・セルデの発見した施設が白熊隊の探索する施設のようだ。 普通の出来事なら、17中隊を管轄する貴族派が全ての指揮を執るはずだが、今回はそうではない。 そして、わざわざ白熊隊にお鉢が回ってくるということがどういうことか、ここからはあまり想像したくない。 だが、想像に難くない。 白熊隊は特務部を背景にした特殊技術者を中心に構成された部隊だ。 普段は特務部からの小間使いとして都合のいいように編成されて派遣される。 目安として、白熊隊の規模によって、向こうがどれだけ手に負えないようなことをしているかを図れる。 だが、今回はどういうことだ。 「白熊隊が直接指揮を執る大規模運用」 そう知らされた時には自分が酔っぱらっているような錯覚を覚えた。 嬉しさと、心配の二つの要因によって目尻が歪む。 貴族派が尻尾を丸めて撤退するほどの出来事なのだろうか。 白熊隊の増援と集結の報が正式にこちらにも届いた。 こちらの部隊は今回探索する施設からは遠いが、都市からは近いため、何か情報を仰せつかるのではないかとの予測が立てられた。 案の定、郵便屋の口から、ある場所に行って、荷物を受け取るように指示が出ていることを聞いた。 書面にも出せない指示はよくあることだが、荷物が危険物ではないことを祈ろう。 少し遠回りになるが、雑貨の買い込みも行わなければいけない。 それと、郵便屋の情報によると、ついこの前、エルカ・セルデの恋人だった郵便屋の何某が死んだそうだ。 後追い自殺だったらしい。 噂では、エルカ・セルデの持つ秘密を巡って派閥争いがあり、それに巻き込まれたのだとか。 ありえない。 まず、エルカ・セルデに恋人がいたら最初から情報が出ているだろうに、なぜ今更なのか。 それに、エルカ・セルデはそのような当初の下馬評に反して、たいして大仰な秘密を抱える人物ではなかったはずだ。 あったのは、エルカと他の貴族派との派閥争い、情報戦、面子の取り合い、そのくらいだろうに。 心配なのは、今回の大規模運用によって白熊隊に甚大な被害が出ることだ。 少ない確率だが、貴族派の仕掛けた罠という見方もある。 なにせ、貴族派が施設にたいして総撤退を決め込むなんてことがありえないからだ。 ありふれた悲劇事件があったにしても、遺跡でなくて施設であったとしても。 いや、施設だからこそ、ここぞとばかりに手を突っ込んでくるはずなのだ。 そうでなければ貴族として生き残れはしない。 であるのに、白熊隊にすべてを任せるような事態。 これが罠でなければなんと表現すればいいだろうか。 たしかに、白熊隊はお世辞にも部隊間の連携が良いとはいえない。 必然的に離合集散を繰り返すので連携も取りにくい。 だが、上から見ればそんなことは関係ないだろうし、今回の件が成功すれば特務部が実利で面子を張れる実績の一つとなる。 あえて危険な場所に踏み込むことで大きい見返りを狙っているのかもしれない。 荷物を受け取った。 荷物は人だった。 特務部から派遣された人材を荷物と表記していたのだ。 どのような機密に触れるのかと緊張したが、なんのことはない。 特務部から派遣された人材は右腕右脚が不自由な様子の女性だった。 加えて、この女性の荷物として用具一式と特製の車椅子が付いてきた。 これから察するに、この女性は施設を攻略するために必要な人材なのだろう。 この女史から話を聞いたところ、軍人であったが最近特務部に配属されたのだという。 立ち振る舞いも自然的な軍人のそれで、何も違和感はない。 ここから導き出される結論は、荷物が増えるという通達の内容が歪んでしまった結果なのだろう。 まぁ、この女史を施設まで担いでいくことになるのだから、荷物ともいえなくはないのだが。 白熊隊のなかで下世話な話が増えた。 例の女史の名前はА・セルデというらしい。 セルデという別段どこにでもいる名前だったが、問題はそこではない。 驚いたことに、彼女は貴族出身であるが、家名がない。 正確にはあるのだが、何かがあって家名を名乗らなくなったのだという。 その代わり、ある秀でた才能が領主の目に留まり、領主から名付けを受けたらしい。 それがА。真意は分からないが、たぶん学業の優秀さに送られた称号だろう。 そして、そのミドルネームが家名のように機能しているのだ。 これが、初々しい女史に野次馬が寄ってたかって聞き出したことの全てだ。 初々しいなんていうが、相手は軍人上がりの叩き上げだぞ。 いやな顔はせず、白熊隊に早く溶け込めるように気さくに話してくれたが、明らかに重い話だ。 まぁ、重い話を軽く話せるくらいには根に持っていないと見るべきか、話題一つで野次馬をあしらったと見るべきか。 あと、手脚が不自由だからといって助平心を働かせた野郎が彼女のサウナについていった。 どうせ、垢擦りをするとでもいって言いくるめたのだろう。 残念なことに、それを咎める奴はいなかった。最近女日照りが続いている白熊隊の楽しみの一つとして昇華されたようだ。 帰ってきた野郎がどんなことを口にするか期待する者、体つきについて賭けを始める者、様々だ。 私は賭けには参加しなかったが、帰ってきた野郎が何も言わなかったことで、賭けは胴元の総取りになった。 あの日から彼女には配慮が付くようになった。 率先してやっているのは例の垢擦り野郎だ。とはいっても、あれ以来サウナには最後に女史一人で入るようになっているのだから、最近はそんな野郎のあだ名も薄れてきている。 配慮といっても、女史が素肌をみせる時に限っての配慮なのだから、あの時に何かあったのだと察しが付く。 そこで、垢擦り野郎から情報を聞き出すべく酒を並べ立てた。 結果的に、驚くべきことが野郎の口から出てきた。 まず、А・セルデ女史の体格から話が始まった。 野郎があの時、体格について一言も言及しなかったことと何か関係があると踏んでの尋問だった。 最初は、女史が裸を嫌がらなかったとか、肌を触られるのに慣れているとか、女史が元軍人らしいことを裏付けるような話だったが、体格の話になると野郎の声色が一段下がった。 彼女の体格は骨と皮ばかりで、肋骨と腰骨が浮き出るほど細身だったそうだ。 お世辞でも嫌味でもない、事実だそうだ。 ただし、軍人として必要な筋肉はついており、浮き出ているあばら骨と要所に付いた筋肉との相反する要素にまず驚いたのだという。 次に、普段は寒冷対策で包帯を巻かれた義肢についての話になった。 野郎の表現でいえば、青みがかった白い肌の、限りなく人間のそれに近い義肢だったそうだ。 精神病対策で金をかけて本物そっくりに作ったものなのだろうと皆は思っていたが、野郎の話によると、女史は義肢を外すそぶりも見せずサウナに入り、普段通りに垢擦りをされていたのだという。 また、青白い肌の義肢は接合部がまったく見つからず、感触も人間のものとなんら変わりなかったそうだ。 それこそありえない話だ。 貴重な義肢をサウナで外さないということは論外だし、そんな人間の四肢ではないような四肢が付いているということからしてまず奇怪。 酔っぱらって口から出まかせを言っているのだろうということで、野郎に飲ませた酒は面白い作り話の代金と消え、飲み会はお開きになった。 現地への移動中はそれなりに暇になる。 白熊隊の合流が増え、大所帯になるにつれて行軍速度が落ち、かといって雪の中を歩くだけ他にすることもない。 暇を持て余した連中は行軍中の数少ない娯楽である、郵便屋の口にする噂話と娼館での出来事に花を咲かせている。 私は特にすることもないので、А・セルデの荷物持ちを買って出て、何か面白い話でも聞きだそうと画策した。 女史は義肢のせいで文字通り私の背中に担がれて移動することになったのだが、女史もずっと背負われ続けているのは暇だろうというから、 口を滑らせてくれるのではないか。 そしてその思案はおおむね当たった。女史との話が実って、有意義な時間を過ごすことができた。 面白いことも聞くことができた。 女史の義肢は雪妖精の加護によって与えられたものであるらしい。 そんなまさかと思ったが、垢擦り野郎の話になると、彼を驚かせてしまった、あれから急に彼はよそよそしくなってしまったので、普段通りに接してほしいと心配そうに愚痴を吐いていた。 どうして、野郎の話は本当のことだったのだ。 そんなことを思う間もなく、雪妖精というものが本当にいるのだということに私は食いついた。 子供の寝物語に登場するおとぎ話か、奇跡的に雪の災害から助かった人への慣用句だと思っていた。 子供のように、雪妖精はどんな人物であったかとか、どのような状況で合ったのかとか聞いてしまった。 だが、女史も雪妖精の姿は見ていないのだという。 右手脚を失って意識がなくなった後、いつの間にかその青白い手脚が付いていて、助かっていたらしい。 女史との話を繰り返すうちに、少しずつだが今回攻略する施設と彼女の関係が判明しつつある。 詳しい説明は白熊隊が現地で全て合流した後で行われるらしいが、行軍中の暇な時に考えた予測を書いておくのもいいだろう。 女史の起用は、雪妖精の加護が白熊隊を守ってくれるという験担ぎのような話かと思ったが、そうではないらしい。 そうではないというのであれば、戦闘能力も行軍能力もない女史の力がその施設で必要になるはずだ。 例えば、彼女が雪妖精の加護によって守られたことが前提となるが、その施設と雪妖精になんらかの深いつながりがあるというような話であるとか。 もしそうならお笑い話だ、夢物語か神話の一つが科学的に解体されることになる。 しかし、ありふれた悲劇事件を暴いた功績もあって、今では全てが科学で片付きそうな勢いだ。 まぁ、遺跡や施設を科学的に解体している極地探索隊がそんな感傷に浸っていられるわけもないのだが。 例の施設の付近の駐屯地にたどり着くことができた。 駐屯地には悪いが、ここで白熊隊の最終的な合流が完了するまで居候させてもらうことになる。 サウナの場所が分からなかったが、А・セルデ女史がここのサウナの場所を教えてくれた。 女史曰く、ここの共同サウナは一見して隠れた場所にあるので、皆最初は迷うのだという。 女史はここに来たことがあるらしかった。 極地探索隊は消耗が激しいので人事異動も多く、ここで勤務したこともあるのだとか。 ところで、彼女のサウナはどうしようかと駐屯地の人間と相談したところ、士官室の個室サウナを貸してくれることになった。 貸してくれたのは貴族の崩れたような風貌が漂う熟練兵だった。帰ってきた彼らが背負われている女史を見て、それでは個室のサウナが入り用だろうということで、向こうから持ち掛けてきたことだ。 さらに、彼女専用の個室も用意してくれた。駐屯地の端にある、雪風が壁を叩かない小屋を提供してくれた。 なんというか、ここまでされると向こうも事情が分かっているような気がして、思案が透けてくる。 彼らは家から放逐された三男坊辺りで、なんとか貴族として返り咲こうとあがいているのだろう。 長男は家督を、次男は婿へ、三男坊は英雄。昔から貴族は変わらないようだ。 基本的に彼らは貴族派だが、特務部に恩を売っておけば後で見返りを期待できると踏んでいるのかもしれない。 それとも、彼らなりの情報網でもって、雪妖精の加護を持つА・セルデがいるという情報を掴んでいて、彼女に何かを期待しての行動かもしれない。 まさか、本当はここで勤務していた頃の女史を覚えていて、残照のような出来心がそんな行動をさせたとか。 まさかね、そんなそぶりはどちらにも見えなかった。 白熊隊が合流しつつあり、駐屯地も手狭になってきた。 そこで、屋外の広場で白熊隊と駐屯地で雪玉戦争の対抗戦を開くことになった。 白熊隊の人間も待っている間は暇だったので、久しぶりに全力で体を動かせる機会ということですぐに宿舎やテントから飛び出していった。 結果は最終的に白熊隊の負け越しだった。 最初こそこちらは精鋭を固めて圧倒していたが、兵士の持続力には負けたらしく、後半はなかなか勝てなくなった。 とはいえ、汗をかいた後のサウナはいいものだ。 日が落ちる少し前に補給のトラックが駐屯地に入ってきた。 白熊隊の集結に合わせて物品を多く納入してくれたのだろうけれど、それでも酒が圧倒的に少なかった。 そういう時、たいてい愚痴や不満は気の弱そうな人に集まるものだ。 最近補給部隊に配属されたセリエとかいう新兵がいるらしいが、彼女に愚痴が集まっていた。 そして、一通りの愚痴を聞き終わった後セリエは、トラックの運転が下手だとか、あとで晩酌しようとか、いびられているのか口説き文句なのか分からない言葉の中を通ってサウナに突撃していった。 白熊隊としては居候の身であることだし、酒の分配については先んじて辞退した。 酒が手に入らないのはゆゆしき事態だと思っていた矢先、貴族の連中がここぞとばかりに酒を売ってくれた。 味からして密造酒だということが丸分かりだった。しかも砂糖から作ったいい密造酒である。 どこからか砂糖を安く密輸してきたなこいつら。 首都ではいまだに高く取引されている砂糖でこんな贅沢な密造酒を作るなんて、むしろ砂糖を売った方がいいだろうに。 まぁ、変に密輸した砂糖を流せば身元が割れるだろうから、貴族の三男坊なんかじゃ酒を造るのが精いっぱいの努力なのかもしれない。 しかし、たとえ高い密造酒でも酒は酒だ、喜んで買おうじゃないか。 最初の案内は例の貴族たちが同行してくれることになった。 なんでも、エルカ・セルデを拾って半生半死の体を持ち帰ったのが彼らだというから、道を覚えているのだという。 また、未探査区域に踏み入るので旧兵器の生き残りがいることも多く、その護衛として付いてくれるらしい。 有難いことだ、一度でも施設との糸を通せばあとは白熊隊でも維持できる。ただし、その最初の糸通しが難しい部分でもあった。 さて、そろそろА・セルデと施設との関係を教えてほしいものだ。 別段緘口令が敷かれているわけでもあるまいし、何をそんなに渋っているのだろうか。 さっそく買った密造酒を飲んでみたが、ひどい味だ。 彼らの名誉のために言い直すと、けして不味いわけではない。 だが、なんというか、慣れていないと厳しい味であることは確かだ。 酒を明けたと聞いて寄ってきた奴らに飲ませて顔色を見るのは面白かったとだけは言っておく。 ただ、А・セルデに頼まれて彼女のためにも密造酒を買ったのだが、彼女はそれを美味しそうに飲んでいた。 ずっとこんな酒を飲んでいたから、これが普通だと思っていたそうだ。 さすが元軍人と言えばいいのか、市井の感覚から離れすぎていると言えばいいのか。 例の施設にたどり着いた。 入り口は斜めに突き出した搬出口のような所から下に降りていけばあるらしい。 一通りの施設の外観の説明をし終わった例の貴族たちは通常業務に戻るために帰っていった。 今後の展望としては、一旦テントを外に設営、同時に物資の流通ルートを確保してから施設に侵入するということらしい。 そして、今日になって初めてこの施設の概要が説明された。 まず、この施設は基本的に白熊隊にたいして脅威となるような旧兵器は存在しないということであった。 それは、この施設に侵入したエルカ・セルデからの情報によって明らかになっているとのこと。 施設の内部は稼働する何らかの動力によって電源を確保され、施設の損傷も軽微、崩落の危険性は皆無であるといえる。 ただし、エルカ・セルデの証言から作成した内部地図によると、未探査の箇所が多く、そこに危険が潜んでいるかもしれないということ。 この施設を維持している動力に関しては推測であるが、原子力エネルギーが使用されており、無理な探査は白熊隊を危機にさらすことになるということ。 ここまでは普通の安全な施設とあまり変わらないが、それだけでは済まないのが生きている遺跡の恐ろしい部分だ。 この施設は、エルカ・セルデの判断によると医療施設として稼働しており、明らかに進んだ医療を提供してくれるものであるということ。 その進んだ医療技術というものがエルカ・セルデの侵入時に作動し、それが問題の主軸に置かれているということ。 その問題というのが、この施設によってもう一人のエルカ・セルデが生み出されたということである。 ただ、ここでまた新しい問題が発生する。 それは、А・セルデの顔形、しかし精神的な部分はエルカ・セルデという状態の「エルカ・セルデ」が生み出されてしまったということだった。 また、複製されたエルカ・セルデは複製が不完全だったのか、精神的に不安定で、妄言や精神の退行がみられたということ。 エルカ・セルデはなんとかこの搬出口を発見して脱出、しかし徘徊していた旧兵器の追撃を受けて瀕死の重傷を負い、病院に搬送された後に死亡したということ。 人体複製というだけでも爆弾級であるのに、それによってА・セルデとエルカ・セルデが身体と精神の融合を果たしたという事件は、さしもの貴族派でも触りたがらないわけだ。 いつの間にか自分の複製が生まれていて、自分や側近に成り代わっていたとしたら。 ぞっとする話だ。 ただし、先行偵察として例の貴族たちの部隊が入ったらしいが、彼らが複製されるようなことはなかったそうだ。 従って、複製にはなんらかの制限や条件があるのだろうということで、基準としては封印判定の一歩手前でとどまり、早急に精査が必要なことから白熊隊が送り込まれることになった。 そして、А・セルデとこの施設の関係性だが、恐らくА・セルデが雪妖精の加護によって手脚を手に入れた時に、身体情報がこの施設に転送された。後にエルカ・セルデが侵入したことで施設が稼働し、エルカ・セルデの精神を模倣したА・セルデの外見をした生命体が生成されたのだろうということだった。 エルカ・セルデの報告によって特務部が同じような外見の人物を捜索した結果、このА・セルデにたどり着いたということ。 そこから推測すれば、А・セルデを助けた「雪妖精」なる現象はどう考えても旧世界の遺物に関連したものであるという推論が成り立ってしまうらしい。 施設への侵入の前日、施設でまだ生存しているであろう「セルデ」についてА・セルデに聞いてみた。 別段気にしてはいないそうだ、女史は特務部に異動したときにこの話を聞かされていたそうだ。 むしろ、この問題を解決するために異動させられたといっても過言ではないような強引さだったらしい。 ただ、向こうの「セルデ」も、同じ顔をした人物と直接顔を合わせるのは嫌に感じるのだろうと話していた。 「セルデ」を確認したら、他の仕事に回ることになるらしい。 幸い、この施設に目立った段差は存在せず、持ってきた車椅子や杖で十分に移動が可能であるということなので、仕事の障害にはならないだろう。 それに、生きている施設はそれに関連する人物を関係者と認識することがあり、運が良ければ施設の主導権を握れるかもしれないという期待もあって彼女が連れてこられたという一面もあるようだった。 白熊隊による先行偵察が終わった。 施設にこれといった攻撃的な旧兵器が配置されているわけではないようだった。 あるのは施設に従事している自立行動型の機械類がほとんどで、それも中立から友好の範囲に収まる。 ただし、探査済みの部分だけであるので、今後も注意は必要だろう。 そして、例の「セルデ」を確認することができた。 まだА・セルデとの直接の対面には至っていないが、外見を見る限りは彼女と身体的特徴は似ているように思える。 報告の通り、「セルデ」は思考能力などが退化しているように振る舞っていることが確認された。 白熊隊への反応はごく普通の子供のようで、好意的に、外からお客様がきたときの子供のように対応してくれた。 精密な検査はしていないが、彼女がガルゼラル領にいた頃の記憶は確実に保持しているのではないかということだった。 精神に詳しい隊員によると、こういった精神崩壊の典型的な症状が現れている状態では、その深度が確認できるまでは不用意な接触は控えるべきだという結論に達したようだ。 つまり、当分はА・セルデと「セルデ」の接触は控えるべきだ、ということになる。 幸い、「セルデ」の細身の体に反して健康状態に問題はないということだった。 それよりも、自立機械が白熊隊の、水が欲しいという要請にたいして炭酸水を持ってくるとは思わなかった。 炭酸水を持ってくること自体は報告に書かれていたのだが、その炭酸の封入量に改めて驚いてしまった。 これなら、医療用に作られた炭酸水と言われても不思議ではない。 炭酸の気が強く鼻を突く経験をしたのは初めてだ。 これは商売ができそうだな。炭酸を封入していた容器も付いてきたが、これが解明できれば王国も少しは豊かになるだろうか。 さて、今回の探索で驚くべきことが判明したのでここに書いておく。 事態を整理しなければいけない。 まず、А・セルデと「セルデ」の対面は不発に終わった。 А・セルデを見た「セルデ」は悲鳴を上げて逃げようとし、女史の顔すら見ようともしなかった。 女史はこうなることも想定していたのか、苦笑いだった。 そして、ここからが重要なことだ。 А・セルデと施設の共鳴現象が発生した。 不思議なことだが、女史にはこの施設をある程度は把握できるらしいことを申告してきた。 実際に、女史は開かなかった扉をいくつか開けてみせ、施設の探査範囲を広げてみせてくれた。 ただし、扉を開くことはできるが中に何があるかを予見したり、いきなり旧兵器が飛び出してくる可能性を回避したりすることは難しいようだ。 こんなことは自分が見てきたなかでも初めてだ。 しかし、実際に起こってしまったのだから否定しようもない。 このような現象は果たして現代の科学で解明できるのだろうか。 だが、これによってА・セルデの手脚とこの施設の関連は判明し、この例を辿れば「雪妖精」現象を解明できるかもしれない。 どちらにせよ、この施設を攻略することは相当に容易であるということだけは分かりきっている。 これからどのような技術が発掘されるのかが楽しみでしかたがない。 危険の少ない仕事に当たったという安心感よりも、むしろ子供のような好奇心が湧き上がってくるのを感じる。
今回攻略する遺跡はずいぶんと楽な方であるらしい。 なにせ、17中隊の管轄で発見されたものであるからだ。 もっとも、遺跡に危険とか安全とか、そういうことを図り知ることはできない。 しかし、17中隊辺りの管轄は昔から遺跡の発掘が盛んであり、ほとんど死んだ遺跡だ。 仮に生きていても、[[旧兵器]]の出現率が低いことを考えると、そこまで危険度は低そうである。 そんなことよりも、最近下界が騒がしいらしいということを郵便屋から風の噂で聞いた。 どうせ、また英雄が生まれたのだろう。それか、どこかの大貴族がいなくなって相続に揺れているのだろうか。 情報がだんだんと入ってくるようになった。今回はケチな商売をしなくて済みそうだ。 なんといっても、今回探索するものは遺跡ではなく施設であるらしいことが分かったからだ。 ただ、こんな面倒くさい分類は誰も覚えてはいまい。皆、この情報が回ると生きた遺跡だといって喜んでいた。 17中隊の管轄で施設が見つかることは珍しい。昔から遺跡しか見つかっていないからだ。 それに、ありふれた悲劇事件のせいもあって最近は貴族も及び腰だ。 一部の貴族はそうでもないらしいが、それに巻き込まれた子弟はたまらないだろうな。 移動の途中、ある駐屯地を借りられることになった。 あまり枝葉の基地に負担はかけたくないのだが、駐屯地の奴らは快く迎え入れてくれた。 それどころか、奴らは白熊隊のことを特別遊撃隊だといってお祭り騒ぎをぶち上げてくれるようだ。 英雄扱いに悪い気はしない。我が白熊隊は特務部からの人材によって構成されているというのは周知の事実だが、最近は特務部と名前がつくだけで余計な評価がついて回るようになっている。 何かあった時にすべて特務部の成果にするのは結構だが、それに乗じてあることないこと言うのはやめてほしいところだ。 別に、特務部は王国の暗部や秘密結社などではないのだから。といっても、そう簡単に霧を晴らすこともできないところが複雑な事情だ。 普段は新聞など読まない私だが、今回ばかりは読まずにはいられなかった。 駐屯地から頂いてきた二か月半前の新聞だったが、興味深いことが書かれていた。 「英雄エルカ・セルデ」 エルカ家の番犬、王家の手先、狂犬、死神。 奴が配属された時には様々に無駄な話題が飛び交っていた人物だ。 確か港のあるガルゼラル領のごたごたに巻き込まれてエルカ家に転がり込んでいたと記憶している。 そんなことより、エルカが奴を送り込んでいたのは17中隊のはずだ。 17中隊はもちろん、16や18の貴族派が王室派に抗議に行ったことも、それを貴族同士の情熱的な密会として三面記事が世間を賑わせた時期も覚えている。 ついに顔を拝むことはできなかったが、そうか。 ついに奴は本当の英雄になってしまったのか。 情報が粗方揃った。 17中隊、エルカ・セルデの発見した施設が白熊隊の探索する施設のようだ。 普通の出来事なら、17中隊を管轄する貴族派が全ての指揮を執るはずだが、今回はそうではない。 そして、わざわざ白熊隊にお鉢が回ってくるということがどういうことか、ここからはあまり想像したくない。 だが、想像に難くない。 白熊隊は特務部を背景にした特殊技術者を中心に構成された部隊だ。 普段は特務部からの小間使いとして都合のいいように編成されて派遣される。 目安として、白熊隊の規模によって、向こうがどれだけ手に負えないようなことをしているかを図れる。 だが、今回はどういうことだ。 「白熊隊が直接指揮を執る大規模運用」 そう知らされた時には自分が酔っぱらっているような錯覚を覚えた。 嬉しさと、心配の二つの要因によって目尻が歪む。 貴族派が尻尾を丸めて撤退するほどの出来事なのだろうか。 白熊隊の増援と集結の報が正式にこちらにも届いた。 こちらの部隊は今回探索する施設からは遠いが、都市からは近いため、何か情報を仰せつかるのではないかとの予測が立てられた。 案の定、郵便屋の口から、ある場所に行って、荷物を受け取るように指示が出ていることを聞いた。 書面にも出せない指示はよくあることだが、荷物が危険物ではないことを祈ろう。 少し遠回りになるが、雑貨の買い込みも行わなければいけない。 それと、郵便屋の情報によると、ついこの前、エルカ・セルデの恋人だった郵便屋の何某が死んだそうだ。 後追い自殺だったらしい。 噂では、エルカ・セルデの持つ秘密を巡って派閥争いがあり、それに巻き込まれたのだとか。 ありえない。 まず、エルカ・セルデに恋人がいたら最初から情報が出ているだろうに、なぜ今更なのか。 それに、エルカ・セルデはそのような当初の下馬評に反して、たいして大仰な秘密を抱える人物ではなかったはずだ。 あったのは、エルカと他の貴族派との派閥争い、情報戦、面子の取り合い、そのくらいだろうに。 心配なのは、今回の大規模運用によって白熊隊に甚大な被害が出ることだ。 少ない確率だが、貴族派の仕掛けた罠という見方もある。 なにせ、貴族派が施設にたいして総撤退を決め込むなんてことがありえないからだ。 ありふれた悲劇事件があったにしても、遺跡でなくて施設であったとしても。 いや、施設だからこそ、ここぞとばかりに手を突っ込んでくるはずなのだ。 そうでなければ貴族として生き残れはしない。 であるのに、白熊隊にすべてを任せるような事態。 これが罠でなければなんと表現すればいいだろうか。 たしかに、白熊隊はお世辞にも部隊間の連携が良いとはいえない。 必然的に離合集散を繰り返すので連携も取りにくい。 だが、上から見ればそんなことは関係ないだろうし、今回の件が成功すれば特務部が実利で面子を張れる実績の一つとなる。 あえて危険な場所に踏み込むことで大きい見返りを狙っているのかもしれない。 荷物を受け取った。 荷物は人だった。 特務部から派遣された人材を荷物と表記していたのだ。 どのような機密に触れるのかと緊張したが、なんのことはない。 特務部から派遣された人材は右腕右脚が不自由な様子の女性だった。 加えて、この女性の荷物として用具一式と特製の車椅子が付いてきた。 これから察するに、この女性は施設を攻略するために必要な人材なのだろう。 この女史から話を聞いたところ、軍人であったが最近特務部に配属されたのだという。 立ち振る舞いも自然的な軍人のそれで、何も違和感はない。 ここから導き出される結論は、荷物が増えるという通達の内容が歪んでしまった結果なのだろう。 まぁ、この女史を施設まで担いでいくことになるのだから、荷物ともいえなくはないのだが。 白熊隊のなかで下世話な話が増えた。 例の女史の名前はА・セルデというらしい。 セルデという別段どこにでもいる名前だったが、問題はそこではない。 驚いたことに、彼女は貴族出身であるが、家名がない。 正確にはあるのだが、何かがあって家名を名乗らなくなったのだという。 その代わり、ある秀でた才能が領主の目に留まり、領主から名付けを受けたらしい。 それがА。真意は分からないが、たぶん学業の優秀さに送られた称号だろう。 そして、そのミドルネームが家名のように機能しているのだ。 これが、初々しい女史に野次馬が寄ってたかって聞き出したことの全てだ。 初々しいなんていうが、相手は軍人上がりの叩き上げだぞ。 いやな顔はせず、白熊隊に早く溶け込めるように気さくに話してくれたが、明らかに重い話だ。 まぁ、重い話を軽く話せるくらいには根に持っていないと見るべきか、話題一つで野次馬をあしらったと見るべきか。 あと、手脚が不自由だからといって助平心を働かせた野郎が彼女のサウナについていった。 どうせ、垢擦りをするとでもいって言いくるめたのだろう。 残念なことに、それを咎める奴はいなかった。最近女日照りが続いている白熊隊の楽しみの一つとして昇華されたようだ。 帰ってきた野郎がどんなことを口にするか期待する者、体つきについて賭けを始める者、様々だ。 私は賭けには参加しなかったが、帰ってきた野郎が何も言わなかったことで、賭けは胴元の総取りになった。 あの日から彼女には配慮が付くようになった。 率先してやっているのは例の垢擦り野郎だ。とはいっても、あれ以来サウナには最後に女史一人で入るようになっているのだから、最近はそんな野郎のあだ名も薄れてきている。 配慮といっても、女史が素肌をみせる時に限っての配慮なのだから、あの時に何かあったのだと察しが付く。 そこで、垢擦り野郎から情報を聞き出すべく酒を並べ立てた。 結果的に、驚くべきことが野郎の口から出てきた。 まず、А・セルデ女史の体格から話が始まった。 野郎があの時、体格について一言も言及しなかったことと何か関係があると踏んでの尋問だった。 最初は、女史が裸を嫌がらなかったとか、肌を触られるのに慣れているとか、女史が元軍人らしいことを裏付けるような話だったが、体格の話になると野郎の声色が一段下がった。 彼女の体格は骨と皮ばかりで、肋骨と腰骨が浮き出るほど細身だったそうだ。 お世辞でも嫌味でもない、事実だそうだ。 ただし、軍人として必要な筋肉はついており、浮き出ているあばら骨と要所に付いた筋肉との相反する要素にまず驚いたのだという。 次に、普段は寒冷対策で包帯を巻かれた義肢についての話になった。 野郎の表現でいえば、青みがかった白い肌の、限りなく人間のそれに近い義肢だったそうだ。 精神病対策で金をかけて本物そっくりに作ったものなのだろうと皆は思っていたが、野郎の話によると、女史は義肢を外すそぶりも見せずサウナに入り、普段通りに垢擦りをされていたのだという。 また、青白い肌の義肢は接合部がまったく見つからず、感触も人間のものとなんら変わりなかったそうだ。 それこそありえない話だ。 貴重な義肢をサウナで外さないということは論外だし、そんな人間の四肢ではないような四肢が付いているということからしてまず奇怪。 酔っぱらって口から出まかせを言っているのだろうということで、野郎に飲ませた酒は面白い作り話の代金と消え、飲み会はお開きになった。 現地への移動中はそれなりに暇になる。 白熊隊の合流が増え、大所帯になるにつれて行軍速度が落ち、かといって雪の中を歩くだけ他にすることもない。 暇を持て余した連中は行軍中の数少ない娯楽である、郵便屋の口にする噂話と娼館での出来事に花を咲かせている。 私は特にすることもないので、А・セルデの荷物持ちを買って出て、何か面白い話でも聞きだそうと画策した。 女史は義肢のせいで文字通り私の背中に担がれて移動することになったのだが、女史もずっと背負われ続けているのは暇だろうというから、 口を滑らせてくれるのではないか。 そしてその思案はおおむね当たった。女史との話が実って、有意義な時間を過ごすことができた。 面白いことも聞くことができた。 女史の義肢は[[雪妖精]]の加護によって与えられたものであるらしい。 そんなまさかと思ったが、垢擦り野郎の話になると、彼を驚かせてしまった、あれから急に彼はよそよそしくなってしまったので、普段通りに接してほしいと心配そうに愚痴を吐いていた。 どうして、野郎の話は本当のことだったのだ。 そんなことを思う間もなく、雪妖精というものが本当にいるのだということに私は食いついた。 子供の寝物語に登場するおとぎ話か、奇跡的に雪の災害から助かった人への慣用句だと思っていた。 子供のように、雪妖精はどんな人物であったかとか、どのような状況で合ったのかとか聞いてしまった。 だが、女史も雪妖精の姿は見ていないのだという。 右手脚を失って意識がなくなった後、いつの間にかその青白い手脚が付いていて、助かっていたらしい。 女史との話を繰り返すうちに、少しずつだが今回攻略する施設と彼女の関係が判明しつつある。 詳しい説明は白熊隊が現地で全て合流した後で行われるらしいが、行軍中の暇な時に考えた予測を書いておくのもいいだろう。 女史の起用は、雪妖精の加護が白熊隊を守ってくれるという験担ぎのような話かと思ったが、そうではないらしい。 そうではないというのであれば、戦闘能力も行軍能力もない女史の力がその施設で必要になるはずだ。 例えば、彼女が雪妖精の加護によって守られたことが前提となるが、その施設と雪妖精になんらかの深いつながりがあるというような話であるとか。 もしそうならお笑い話だ、夢物語か神話の一つが科学的に解体されることになる。 しかし、ありふれた悲劇事件を暴いた功績もあって、今では全てが科学で片付きそうな勢いだ。 まぁ、遺跡や施設を科学的に解体している極地探索隊がそんな感傷に浸っていられるわけもないのだが。 例の施設の付近の駐屯地にたどり着くことができた。 駐屯地には悪いが、ここで白熊隊の最終的な合流が完了するまで居候させてもらうことになる。 サウナの場所が分からなかったが、А・セルデ女史がここのサウナの場所を教えてくれた。 女史曰く、ここの共同サウナは一見して隠れた場所にあるので、皆最初は迷うのだという。 女史はここに来たことがあるらしかった。 極地探索隊は消耗が激しいので人事異動も多く、ここで勤務したこともあるのだとか。 ところで、彼女のサウナはどうしようかと駐屯地の人間と相談したところ、士官室の個室サウナを貸してくれることになった。 貸してくれたのは貴族の崩れたような風貌が漂う熟練兵だった。帰ってきた彼らが背負われている女史を見て、それでは個室のサウナが入り用だろうということで、向こうから持ち掛けてきたことだ。 さらに、彼女専用の個室も用意してくれた。駐屯地の端にある、雪風が壁を叩かない小屋を提供してくれた。 なんというか、ここまでされると向こうも事情が分かっているような気がして、思案が透けてくる。 彼らは家から放逐された三男坊辺りで、なんとか貴族として返り咲こうとあがいているのだろう。 長男は家督を、次男は婿へ、三男坊は英雄。昔から貴族は変わらないようだ。 基本的に彼らは貴族派だが、特務部に恩を売っておけば後で見返りを期待できると踏んでいるのかもしれない。 それとも、彼らなりの情報網でもって、雪妖精の加護を持つА・セルデがいるという情報を掴んでいて、彼女に何かを期待しての行動かもしれない。 まさか、本当はここで勤務していた頃の女史を覚えていて、残照のような出来心がそんな行動をさせたとか。 まさかね、そんなそぶりはどちらにも見えなかった。 白熊隊が合流しつつあり、駐屯地も手狭になってきた。 そこで、屋外の広場で白熊隊と駐屯地で雪玉戦争の対抗戦を開くことになった。 白熊隊の人間も待っている間は暇だったので、久しぶりに全力で体を動かせる機会ということですぐに宿舎やテントから飛び出していった。 結果は最終的に白熊隊の負け越しだった。 最初こそこちらは精鋭を固めて圧倒していたが、兵士の持続力には負けたらしく、後半はなかなか勝てなくなった。 とはいえ、汗をかいた後のサウナはいいものだ。 日が落ちる少し前に補給のトラックが駐屯地に入ってきた。 白熊隊の集結に合わせて物品を多く納入してくれたのだろうけれど、それでも酒が圧倒的に少なかった。 そういう時、たいてい愚痴や不満は気の弱そうな人に集まるものだ。 最近補給部隊に配属されたセリエとかいう新兵がいるらしいが、彼女に愚痴が集まっていた。 そして、一通りの愚痴を聞き終わった後セリエは、トラックの運転が下手だとか、あとで晩酌しようとか、いびられているのか口説き文句なのか分からない言葉の中を通ってサウナに突撃していった。 白熊隊としては居候の身であることだし、酒の分配については先んじて辞退した。 酒が手に入らないのはゆゆしき事態だと思っていた矢先、貴族の連中がここぞとばかりに酒を売ってくれた。 味からして密造酒だということが丸分かりだった。しかも砂糖から作ったいい密造酒である。 どこからか砂糖を安く密輸してきたなこいつら。 首都ではいまだに高く取引されている砂糖でこんな贅沢な密造酒を作るなんて、むしろ砂糖を売った方がいいだろうに。 まぁ、変に密輸した砂糖を流せば身元が割れるだろうから、貴族の三男坊なんかじゃ酒を造るのが精いっぱいの努力なのかもしれない。 しかし、たとえ高い密造酒でも酒は酒だ、喜んで買おうじゃないか。 最初の案内は例の貴族たちが同行してくれることになった。 なんでも、エルカ・セルデを拾って半生半死の体を持ち帰ったのが彼らだというから、道を覚えているのだという。 また、未探査区域に踏み入るので旧兵器の生き残りがいることも多く、その護衛として付いてくれるらしい。 有難いことだ、一度でも施設との糸を通せばあとは白熊隊でも維持できる。ただし、その最初の糸通しが難しい部分でもあった。 さて、そろそろА・セルデと施設との関係を教えてほしいものだ。 別段緘口令が敷かれているわけでもあるまいし、何をそんなに渋っているのだろうか。 さっそく買った密造酒を飲んでみたが、ひどい味だ。 彼らの名誉のために言い直すと、けして不味いわけではない。 だが、なんというか、慣れていないと厳しい味であることは確かだ。 酒を明けたと聞いて寄ってきた奴らに飲ませて顔色を見るのは面白かったとだけは言っておく。 ただ、А・セルデに頼まれて彼女のためにも密造酒を買ったのだが、彼女はそれを美味しそうに飲んでいた。 ずっとこんな酒を飲んでいたから、これが普通だと思っていたそうだ。 さすが元軍人と言えばいいのか、市井の感覚から離れすぎていると言えばいいのか。 例の施設にたどり着いた。 入り口は斜めに突き出した搬出口のような所から下に降りていけばあるらしい。 一通りの施設の外観の説明をし終わった例の貴族たちは通常業務に戻るために帰っていった。 今後の展望としては、一旦テントを外に設営、同時に物資の流通ルートを確保してから施設に侵入するということらしい。 そして、今日になって初めてこの施設の概要が説明された。 まず、この施設は基本的に白熊隊にたいして脅威となるような旧兵器は存在しないということであった。 それは、この施設に侵入したエルカ・セルデからの情報によって明らかになっているとのこと。 施設の内部は稼働する何らかの動力によって電源を確保され、施設の損傷も軽微、崩落の危険性は皆無であるといえる。 ただし、エルカ・セルデの証言から作成した内部地図によると、未探査の箇所が多く、そこに危険が潜んでいるかもしれないということ。 この施設を維持している動力に関しては推測であるが、原子力エネルギーが使用されており、無理な探査は白熊隊を危機にさらすことになるということ。 ここまでは普通の安全な施設とあまり変わらないが、それだけでは済まないのが生きている遺跡の恐ろしい部分だ。 この施設は、エルカ・セルデの判断によると医療施設として稼働しており、明らかに進んだ医療を提供してくれるものであるということ。 その進んだ医療技術というものがエルカ・セルデの侵入時に作動し、それが問題の主軸に置かれているということ。 その問題というのが、この施設によってもう一人のエルカ・セルデが生み出されたということである。 ただ、ここでまた新しい問題が発生する。 それは、А・セルデの顔形、しかし精神的な部分はエルカ・セルデという状態の「エルカ・セルデ」が生み出されてしまったということだった。 また、複製されたエルカ・セルデは複製が不完全だったのか、精神的に不安定で、妄言や精神の退行がみられたということ。 エルカ・セルデはなんとかこの搬出口を発見して脱出、しかし徘徊していた旧兵器の追撃を受けて瀕死の重傷を負い、病院に搬送された後に死亡したということ。 人体複製というだけでも爆弾級であるのに、それによってА・セルデとエルカ・セルデが身体と精神の融合を果たしたという事件は、さしもの貴族派でも触りたがらないわけだ。 いつの間にか自分の複製が生まれていて、自分や側近に成り代わっていたとしたら。 ぞっとする話だ。 ただし、先行偵察として例の貴族たちの部隊が入ったらしいが、彼らが複製されるようなことはなかったそうだ。 従って、複製にはなんらかの制限や条件があるのだろうということで、基準としては封印判定の一歩手前でとどまり、早急に精査が必要なことから白熊隊が送り込まれることになった。 そして、А・セルデとこの施設の関係性だが、恐らくА・セルデが雪妖精の加護によって手脚を手に入れた時に、身体情報がこの施設に転送された。後にエルカ・セルデが侵入したことで施設が稼働し、エルカ・セルデの精神を模倣したА・セルデの外見をした生命体が生成されたのだろうということだった。 エルカ・セルデの報告によって特務部が同じような外見の人物を捜索した結果、このА・セルデにたどり着いたということ。 そこから推測すれば、А・セルデを助けた「雪妖精」なる現象はどう考えても旧世界の遺物に関連したものであるという推論が成り立ってしまうらしい。 施設への侵入の前日、施設でまだ生存しているであろう「セルデ」についてА・セルデに聞いてみた。 別段気にしてはいないそうだ、女史は特務部に異動したときにこの話を聞かされていたそうだ。 むしろ、この問題を解決するために異動させられたといっても過言ではないような強引さだったらしい。 ただ、向こうの「セルデ」も、同じ顔をした人物と直接顔を合わせるのは嫌に感じるのだろうと話していた。 「セルデ」を確認したら、他の仕事に回ることになるらしい。 幸い、この施設に目立った段差は存在せず、持ってきた車椅子や杖で十分に移動が可能であるということなので、仕事の障害にはならないだろう。 それに、生きている施設はそれに関連する人物を関係者と認識することがあり、運が良ければ施設の主導権を握れるかもしれないという期待もあって彼女が連れてこられたという一面もあるようだった。 白熊隊による先行偵察が終わった。 施設にこれといった攻撃的な旧兵器が配置されているわけではないようだった。 あるのは施設に従事している自立行動型の機械類がほとんどで、それも中立から友好の範囲に収まる。 ただし、探査済みの部分だけであるので、今後も注意は必要だろう。 そして、例の「セルデ」を確認することができた。 まだА・セルデとの直接の対面には至っていないが、外見を見る限りは彼女と身体的特徴は似ているように思える。 報告の通り、「セルデ」は思考能力などが退化しているように振る舞っていることが確認された。 白熊隊への反応はごく普通の子供のようで、好意的に、外からお客様がきたときの子供のように対応してくれた。 精密な検査はしていないが、彼女がガルゼラル領にいた頃の記憶は確実に保持しているのではないかということだった。 精神に詳しい隊員によると、こういった精神崩壊の典型的な症状が現れている状態では、その深度が確認できるまでは不用意な接触は控えるべきだという結論に達したようだ。 つまり、当分はА・セルデと「セルデ」の接触は控えるべきだ、ということになる。 幸い、「セルデ」の細身の体に反して健康状態に問題はないということだった。 それよりも、自立機械が白熊隊の、水が欲しいという要請にたいして炭酸水を持ってくるとは思わなかった。 炭酸水を持ってくること自体は報告に書かれていたのだが、その炭酸の封入量に改めて驚いてしまった。 これなら、医療用に作られた炭酸水と言われても不思議ではない。 炭酸の気が強く鼻を突く経験をしたのは初めてだ。 これは商売ができそうだな。炭酸を封入していた容器も付いてきたが、これが解明できれば王国も少しは豊かになるだろうか。 さて、今回の探索で驚くべきことが判明したのでここに書いておく。 事態を整理しなければいけない。 まず、А・セルデと「セルデ」の対面は不発に終わった。 А・セルデを見た「セルデ」は悲鳴を上げて逃げようとし、女史の顔すら見ようともしなかった。 女史はこうなることも想定していたのか、苦笑いだった。 そして、ここからが重要なことだ。 А・セルデと施設の共鳴現象が発生した。 不思議なことだが、女史にはこの施設をある程度は把握できるらしいことを申告してきた。 実際に、女史は開かなかった扉をいくつか開けてみせ、施設の探査範囲を広げてみせてくれた。 ただし、扉を開くことはできるが中に何があるかを予見したり、いきなり旧兵器が飛び出してくる可能性を回避したりすることは難しいようだ。 こんなことは自分が見てきたなかでも初めてだ。 しかし、実際に起こってしまったのだから否定しようもない。 このような現象は果たして現代の科学で解明できるのだろうか。 だが、これによってА・セルデの手脚とこの施設の関連は判明し、この例を辿れば「雪妖精」現象を解明できるかもしれない。 どちらにせよ、この施設を攻略することは相当に容易であるということだけは分かりきっている。 これからどのような技術が発掘されるのかが楽しみでしかたがない。 危険の少ない仕事に当たったという安心感よりも、むしろ子供のような好奇心が湧き上がってくるのを感じる。

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