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水晶戦争

水晶戦争とは、ラスティフロントの共同創作イベントです。
"戦後の冷戦期にスクルフィル自治国とメル=パゼル共和国が島を巡って戦争をする"というコンセプトを基に、設定やメカを埋めていき、創作を広めていくという企画です。

概要
背景
経過
戦役
登場メカ
関連リンク

 


概要

水晶戦争とは、668年にメル=パゼル共和国とスクルフィル王国の間で発生した島嶼部紛争のことである。

水晶戦争
適当な画像
基本情報
 戦争 水晶戦争
 時期 668年4月20日~同6月20日
 場所 スクレン諸島
 結果 メル=パゼル共和国の勝利
・スクレン諸島を正式にメルパゼルに割譲
・ナダル宰相の失脚
・スクルフィルの王政復古
・スクフィルのオージア協商加入
交戦勢力
メル=パゼル共和国 スクルフィル王国  
指導者・指揮官
首相ナガセ・ナガトモ
艦隊司令官カサイ・ケンイチ
副司令官アラサカ・シノル
宰相レオポル・ラ・ナダル
空軍元帥ファン・プラザ
守備隊指揮官リア・メンデル
戦力

艦艇
正規空母:1隻
軽空母:1隻
ミサイル巡空艦:1隻
重巡空艦:1隻
ラケーテ駆逐艦:9隻
防空フリゲート:6隻
強襲揚陸艦:3隻
徴用客船:8隻
可着水商船:1隻
補給艦:6隻

航空機
新鋭戦闘機:14機
艦載戦闘機:32機
艦載攻撃機:24機
爆撃機:16機
哨戒機:24機

地上戦力
上陸兵員:多数
空挺兵員:900名以上
特殊部隊員:300名

装備
対艦ラケーテ:900発以上

艦艇
旧式改装空母:1隻
突撃巡空艦:1隻   
防空巡空艦:1隻
ラケーテ駆逐艦:2隻
防空フリゲート:4隻
武装商船:2隻
徴用客船:5隻

航空機
艦載戦闘機:4機
艦載攻撃機:8機
地上戦闘機:18機
爆撃機:8機
輸送機:24機
哨戒機:6機

地上戦力
守備隊兵員:多数
特殊部隊員:200名

装備
特殊誘導空雷:8発
空対艦ラケーテ:14発

損害
軽空母:1隻中破
駆逐艦:1隻大破炎上

航空機:3機墜落(パイロットは全員救助)
地上部隊員:多数死傷
航空母艦:1隻大破着水
防空巡空艦:1隻轟沈
防空フリゲート艦:2隻大破
​航空機:多数墜落(9名捕虜)
​地上部隊員:多数死傷

 


背景

周辺マップ

戦前 ─ 同地の背景

スクレン諸島は、古くからクリスタルにまつわる伝承が残る歴史的地域であり、特にスクルフィルとの文化的な結びつきが深かった。しかし、スクルフィルによる実効支配は弱く、少数のスクルフィル系住民が暮らす程度であった。
第二期に入ると、海洋進出を進めていたメル=パゼル人も諸島を訪れるようになり、小規模な移住と文化交流が始まった。第三期初頭にはスクルフィル、メル=パゼル双方の文化が混在する地域となり、大きな争いもなく共存が続いていた。

状況が変化したのは南北戦争再開戦である。
スクルフィル政府の黙認を得たメル=パゼル軍は、帝国軍の輸送路を攻撃するためスクレン諸島へ進駐し、大規模な航空基地を建設した。同基地はカノッサ方面へ向かう帝国軍輸送船団への攻撃拠点として運用された。
戦後、諸島の返還が問題となったものの、戦時中の移住によってメル=パゼル系住民が多数を占めるようになっていたことから、帰属問題は棚上げされた。両国は暫定的に諸島を分割管理することで合意し、主権問題そのものについては明確な結論を出さなかった。

この曖昧な戦後処理が、後の水晶戦争の遠因となる。

665年 ― ドブルジャガスの発見

サンクトウラスノルクス大学地質学調査部のマール教授がクリスタルに関する調査を行っていた際、スクレン諸島で大量のドブルジャガス埋蔵層を発見した。

これを受けたメル=パゼルでは開発会社が進出し、900億エイン以上の資金を投入して採掘施設、道路、港湾などの整備を開始した。ほとんど開発されていなかった諸島は、共和国でも数少ないドブルジャガス生産地へ急速に変貌していった。

これにスクルフィル政府が強く反発した。

スクルフィルは、諸島の最終的な帰属が決定していない以上、大規模開発は認められないとして再三撤退を要求した。一方、メル=パゼル側は戦後の分割管理協定に基づく正当な経済活動であるとして要求を拒否した。
スクルフィルでは過去に、領有権を主張していた地域をクランダルト帝国へ譲歩した際、大規模な反政府運動が発生している。そのため政府にとって、再び領土問題で譲歩することは政治的に極めて困難であった。
女王署名の正式な抗議文も送られたが、メル=パゼル政府は開発を中止しなかった。
これを境に、スクルフィル国内では「スクレン諸島の奪還」を求める強硬論が急速に拡大していく。

666年7月 ― 調査船威嚇事件

スクレン諸島周辺で資源調査を行っていたメル=パゼルの調査船に対し、スクルフィル空中警備艇が威嚇射撃を行う事件が発生した。

メル=パゼル政府は諸島の防衛体制を再検討したが、当時駐留していたのは沿岸監視員124名と数機のオートジャイロのみであり、本格的な軍事攻撃に対する防衛は困難と判断された。
それでも政府は紛争の激化を避けるため、大規模な増派を見送った。

667年4月 ― 警備員銃撃事件

諸島内でスクルフィル人警備員とメル=パゼル人警備員の間に銃撃戦が発生し、双方に負傷者が出た。

同時期には、スクルフィル系住民の一部がメル=パゼル湾岸警備隊の制止を振り切り、係争地にスクルフィル国旗を掲揚する事件も発生した。
メル=パゼルの情報省は一連の事件から、スクルフィル国内で領土問題に対する強硬派が勢力を増していると分析した。
政府は警備兵を約100名へ増強し、物資倉庫などを整備したものの、本格的な要塞化はスクルフィルを刺激するとして見送った。

667年8月 ― 租借案の失敗

8月8日、新たにメル=パゼル共和国首相となったナカセ・ナガトモは、リヒト・トセを外務大臣に任命した。

当時、外務省と防衛省ではスクレン諸島の要塞化も検討されていたが、莫大な費用を要することから新政権はこれを却下した。
代替案として政府が検討したのが、スクルフィルの名目上の主権を認める代わりに、メル=パゼルが諸島を長期間租借する案であった。
8月25日、リヒト外務大臣はこの案をスクルフィルのカフィロ外務大臣へ提示した。
しかしスクルフィル側にとって、諸島はもともと自国領であり、「自国領を外国へ貸し、その外国から主権を認めてもらう」という提案は受け入れ難いものであった。

交渉は決裂した。

この結果を受けたナダル宰相は、空軍総司令官ファン・プラウザン大将に対し、スクレン諸島を武力で占領する場合の作戦研究を命じた。
これが後の「ロザリア作戦」である。
ただし、この時点ではあくまで外交交渉が失敗した場合に備えた予備計画であり、直ちに実行することは想定されていなかった。

667年13月21日 ― ハサキ島事件

緊張を決定的に高めたのが、スクレン諸島北部のハサキ島で発生した国旗掲揚事件である。

スクルフィル人事業家ゼリアン・ノヴィートスは、メル=パゼル企業が建設を進めていた飛行場周辺の土地を取得し、所有地の境界を示すとしてスクルフィル国旗を多数掲揚した。
さらに土地整備を名目として飛行場周辺に深い溝を掘削したため、メル=パゼル側は飛行場建設を妨害する意図があるとして抗議した。
本来は民間事業者間の土地紛争にすぎなかったが、両国の報道機関と世論によって急速に政治問題化した。

現地のメル=パゼル系住民は、これをスクルフィル政府による領土奪還の前触れではないかと警戒し、共和国政府に保護を要求。
メル=パゼル政府は警備隊をハサキ島へ派遣し、国旗の撤去を要求した。
対するスクルフィル政府も、自国民の保護を理由として共同管理部隊を増派。
ノヴィートス本人は最終的に国旗を撤去したものの、双方の部隊は撤退せず、ハサキ島周辺では武装した兵士が互いを監視する状態となった。
この事件を受け、スクルフィル政府内では「メル=パゼルが諸島の軍事拠点化を完成させる前に行動すべきだ」とする意見が急速に強まった。

翌年10月を予定していたロザリー作戦は、大幅に前倒しされることとなる。

668年1月~2月 ― 最後の外交交渉

1月27日、スクルフィル外務省はメル=パゼル政府に対し、諸島の主権問題を解決するための正式交渉を提案した。

2月27日、キタラギで両国外相による会談が行われた。
スクルフィル側は諸島の主権承認とメル=パゼル側施設の段階的撤去を求めた。
一方、メル=パゼル側は武力衝突を避けることを優先し、現状維持を前提とした継続協議を主張した。
両国の立場は最後まで一致しなかった。
スクルフィル政府は会談後、

「メル=パゼルに問題解決の意思がない場合、王国は自国の権利と利益を守るため、あらゆる手段を取る権利を留保する」

との声明を発表した。
メル=パゼル政府もこれに警告を返し、外交交渉は事実上決裂した。
共和国政府内ではスクルフィルによる軍事行動の可能性も検討されたが、「本格的な戦争までは望んでいないだろう」とする見方が強く、現地守備隊の大幅増強は行われなかった。

668年3月 ― ロザリア作戦

スクルフィル政府は、メル=パゼルがスクレン諸島を奪還するため大規模な遠征軍を派遣する可能性は低いと判断していた。

計画は、諸島を短期間で占領してメル=パゼル軍を排除し、その既成事実を背景に外交交渉を再開するという限定的なものであった。
スクルフィル政府は、遠隔地に位置する諸島のためにメル=パゼルが全面戦争へ踏み切るとは考えていなかった。
3月20日、スクルフィル王国はメル=パゼル共和国との外交関係を断絶。
同日、スクルフィル軍は「ロザリア作戦」を発動し、スクレン諸島への侵攻を開始した。
スクルフィル政府が想定していたのは、短期間の占領と、その後の外交交渉であった。

しかしメル=パゼル共和国は、諸島の喪失を受け入れなかった。

同国は突然の軍事行動に対し強固に反発。
そして島の奪還を決意した。

こうして水晶戦争が始まったのである。


経過

スクレン諸島の陥落

スクルフィル軍によるロザリア作戦の発動後、スクレン諸島に駐留していたメル=パゼル共和国軍は比較的短期間で制圧された。

現地守備隊はもともと治安維持と監視を目的とした小規模なものであり、空挺騎士団や空兵歩兵連隊を投入したスクルフィル軍の攻撃を阻止できる兵力ではなかった。
民政庁では激しい抵抗があり、スクルフィル側の指揮官が死傷する事態が発生していたが、主要な飛行場、港湾、行政施設は相次いで占領され、共和国軍守備隊も降伏または島内から撤退した。
スクルフィル政府は、ロザリア作戦の成功を受け、諸島の領有を既成事実化し、その後の外交交渉を有利に進められると考えていた。

しかしメル=パゼル政府は諸島の占領を受け入れず、首都では事件発生直後から緊急閣議が開かれ、軍部にはスクレン諸島を奪還する場合に必要となる戦力の算定が命じられた。
当初、政府内には外交交渉を優先すべきとの意見も強かった。スクレン諸島は本土から遠く、共和国軍にとっても大規模兵力を展開しにくい地域だったためである。
しかし、武力による領土変更を認めれば、今後の周辺地域における共和国の威信そのものが損なわれるとの意見が優勢となった。
最終的に政府は、スクルフィル本土への侵攻を避けつつ、スクレン諸島のみを軍事力によって奪還する方針を決定した。
作戦目的は、

「スクレン諸島に展開したスクルフィル軍を排除し、戦前の統治状態を回復する」

ことに限定された。
同時に、スクルフィル本土から諸島への航空攻撃が継続した場合には、その発進基地に対する攻撃を認める可能性も残された。

 

メルパゼル軍の反攻開始 

連合任務部隊の編成と空域封鎖の開始 

問題となったのは、メル=パゼル軍がこの規模の遠征作戦を長期間実施した経験をほとんど持っていなかったことである。
南北戦争において共和国軍は大規模な艦隊戦を経験していたが、その多くは本国や同盟国の基地を利用できる海域で行われていた。
対して今回のスクレン諸島奪還では、大兵力を長距離にわたって輸送し、航空優勢を維持しながら上陸作戦を行い、さらにその後も現地部隊への補給を続けなければならなかった。
そのためこの戦争におけるメル=パゼル側の反撃規模は、スクルフィルが思い描いていたものよりもはるかに大きな規模になってしまう。

空軍に創設された作戦本部は、直ちに各地に分散していた艦艇へ出動準備を命令。
今回の作戦の中心となったのが、正規航空母艦〈エイホウ〉である。
同艦は南北戦争終結直後に設計された大型空母で、すでに最新鋭艦とは呼べなかったものの、共和国海軍最大級の航空運用能力を持っていた。
これに、新世代の航空運用設備を備えた軽航空母艦〈エイカ〉が加わった。
さらに最新鋭のミサイル巡空艦〈ヒラギ〉、南北戦争時代に建造された砲戦型重巡空艦〈エツギ〉、多数のラケーテ駆逐艦と防空フリゲートが護衛部隊として招集された。

最終的に機動艦隊だけでも、

  • 正規空母1隻
  • 軽空母1隻
  • ミサイル巡空艦1隻
  • 重巡空艦1隻
  • ラケーテ駆逐艦10隻以上
  • 防空フリゲート10隻以上

を中核とする大規模なものとなった。

ただし、これらの艦艇が最初から一か所に揃っていたわけではない。
整備中だった艦や、演習に参加していた艦、遠方の基地に駐留していた艦などが編成に混在しており、乗員が休暇中だった艦もあった。
そのため各艦は可能な限り早く出撃準備を整え、それぞれ異なる港から順次出港。遠征任務部隊は、航行しながら徐々に規模を拡大していくこととなる。

航空優勢をめぐる戦闘

飛行場爆撃

スクレン諸島への反攻に際し、メル=パゼル政府は大陸連盟を通じてスクレン諸島の周辺に「無警告射撃エリア」を設定。
これに踏み入れた艦船・航空機は国籍を問わず事前の警告なしで攻撃するとし、戦闘の激化と民間への誤射を想定して既成事実を作り上げていた。

そしてまずメル=パゼル軍が最初に問題視したのが、諸島最大の航空拠点であるマリミドリ飛行場である。
同飛行場は諸島で唯一、本格的な戦闘機運用が可能な滑走路を持っており、スクルフィル空軍がここへ戦闘機や攻撃機を展開した場合、接近する任務部隊に対する大きな脅威になると考えられた。

そこで共和国空軍は、遠征艦隊の到着に先立って長距離爆撃機による飛行場攻撃を実施した。
作戦では多数の支援機と空中給油機を使用し、長距離を飛行した爆撃機がマリミドリ飛行場へ侵入。滑走路を斜めに横切る形で大型爆弾を投下した。
爆撃そのものの命中率は高くなく、滑走路を完全に破壊することには失敗したが、数発が滑走路と誘導路を損傷させた。この結果、大型機や高速戦闘機の安全な運用が一時的に困難となった。
スクルフィル軍は直ちに応急修理を開始したものの、メル=パゼル軍はその後も艦載攻撃機による断続的な空襲を加え、飛行場の完全復旧を妨害した。

この一連の攻撃によってマリミドリ飛行場を完全に使用不能にすることはできなかったが、スクルフィル空軍が同地へ有力な戦闘機部隊を常駐させることを困難にし、共和国任務部隊の接近を支援することには成功した。

メル=パゼル任務群の進出

マリミドリ飛行場への攻撃と並行して、前進基地に集結していたメル=パゼル任務部隊もスクレン諸島方面への進出を開始。
主力は正規空母〈エイホウ〉と軽空母〈エイカ〉を中心とする第一群で、ミサイル巡空艦〈ヒラギ〉を含む多数のラケーテ搭載艦がこれを護衛。

その後方には6隻の強襲揚陸艦、徴用客船、可着水商船、補給艦からなる第二群が続く。
重巡空艦〈エツギ〉に関しては上陸時の艦砲射撃を任ぜられ、この第二群の旗艦となった。

飛行場爆撃の第三群の作戦成功と同時に、空中艦で構成された大艦隊は高度と航路を分散させながら進出。艦載の哨戒機と艦載戦闘機が前方数百ゲイアスを警戒。
共和国軍はスクルフィル空軍による長距離対艦攻撃を強く警戒しており、空母を中心に複数の防空圏を形成。輸送艦や徴用船は可能な限り機動部隊後方へ置かれた。

しかしスクルフィル側も任務部隊の接近を把握。この脅威への対処を開始する。

スクルフィル空軍の対艦攻撃

スクルフィル空軍は、任務部隊がスクレン諸島周辺へ到達する前に損害を与えるため、シュタンダーテ攻撃機を中心とする対艦攻撃隊を出撃させた。

攻撃隊は低高度から艦隊へ接近し、哨戒網の突破を試みる。
メル=パゼル側は艦載戦闘機を迎撃に向かわせ、さらにミサイル巡空艦と防空フリゲートが長距離ラケーテを発射したため、多くの攻撃機が目標到達前に退避し、撃退された。
しかし一部のシュタンダーテは敵艦載機が注意を向けていない方向から防空線を突破し、艦隊外周の護衛艦へ対艦ラケーテを発射することに成功。

この攻撃で駆逐艦〈ハツカ〉が被弾。
〈ハツカ〉は艦隊前方で警戒任務に就いていたため、接近する攻撃隊を早期に探知したものの、自らも攻撃目標となった。
発射された対艦ラケーテの一発が艦中央部付近に命中し、機関区画と弾薬庫周辺で大規模な火災が発生。
乗員は消火と浮揚維持を試みたが、火災は艦内へ急速に拡大した。最終的に総員退艦が命じられ、〈ハツカ〉はその後浮力を失って墜落、喪失した。

〈ハツカ〉はメル=パゼル任務部隊が失った最初の主要戦闘艦となった。

この撃沈によって、共和国軍はスクルフィル空軍の対艦攻撃能力を改めて認識することとなり、以後の任務部隊は防空戦闘機の常時哨戒と艦隊配置の分散をさらに徹底するようになる。
一方、スクルフィル側では〈ハツカ〉撃沈が大々的に報道され、共和国遠征艦隊を阻止できるとの期待が一時的に高まった。

しかし、メル=パゼル任務部隊そのものは進撃を止めなかった。

〈ハツカ〉を失った翌日も空母航空隊は発艦を続け、艦隊はスクレン諸島へ向けて進出を継続したのである。

スクラ島への強行上陸 

上陸作戦の強行 

第二次スクレン諸島沖海戦 

飛行場の陥落 

 

スタル島奪還 

グルース橋の攻防 

スクルフィル軍輸送作戦の失敗 

 

戦争の終結 

第三次スクレン諸島沖海戦 

この頃になると、両軍の戦略目標は大きく揺らいでいた。メルパゼル軍はスクルフィル軍による本土からのゲリラ的攻撃の対処に悩まされ、先述した防空システムの欠陥により損失艦艇が増加していた。メルパゼル軍としてはスクレン諸島を奪還し保持し続けるのが目的だったが、それすらも無用な出血を出さなければ達成できない。スクルフィル軍の保有する航空機の航続距離がメルパゼル軍よりも長大だったことがここで効力を発揮した形だ。
これをどうにかするには、エクナン半島北の諸島地域を制圧する必要がある。それは局地紛争から全面戦争への移行であり、スクルフィル軍としては絶対に避けなければならないシナリオだった。だが、完全右派のメルパゼル政府は「やる気」に満ちており、軍事的にもメルパゼル軍は北部諸島への上陸程度なら十分可能だった。8月30日、エクナン半島上陸部隊がカドラン軍港にて集結。命令の時を待った。
これを許容できないスクルフィル軍は、メルパゼル側に上陸作戦を阻止しなければならない。しかし、マリミドリ飛行場への攻撃が熾烈になっている今、残りの艦隊航空戦力を用いてもメルパゼルの上陸作戦は阻止できない。よって、スクルフィル軍はメルパゼル軍に上陸作戦を諦めさせる作戦にシフトした。とにかく洋上のメルパゼル艦隊に対して決戦を挑み、敵に打撃を与えることで戦後の交渉を有利にしようと模索していたのである。
その頃、スクルフィル軍の時間稼ぎにより航空母艦〈ラタン〉の機関修理と改装が完了した。そこで空軍は〈ラタン〉を含むスクルフィル空軍艦艇の戦力のほとんどを投入し、メルパゼル艦隊に対し決戦を挑む作戦を立案。こうして7月14日、ミーヤリュ軍港を出撃したスクルフィル空軍艦隊はグルース橋奪還の名目でメルパゼル機動艦隊への決戦に挑む。
その頃、スクルフィルの女王派が独自にリューリア協商各国へ交渉の仲介を依頼。協商はスクルフィルのリューリア協商への参加を条件にこれの仲介を受諾し、水面下で政権転覆の動きが起き始める。

第三次スクレン沖海戦
適当な画像
基本情報
 戦争 水晶戦争
 時期 668年9月2日
 場所 スクレン諸島沖
 結果 メル=パゼルの勝利
・スクルフィル空軍の機能喪失
・航空優勢がメルパゼルの手に落ちる
・上陸部隊がカドラン軍港を出港
・エクナン半島上陸作戦の中止
交戦勢力
メル=パゼル共和国 スクルフィル王国  
指導者・指揮官
艦隊司令官カサイ・ケンイチ
副司令官アラサカ・シノル
空軍元帥ファン・プラザ
戦力

カサイ任務艦隊
軽空母:1隻
防空巡空艦:1隻
ラケーテ駆逐艦:3隻
防空フリゲート:3隻 
艦載戦闘機:14機

アラサカ任務艦隊
正規空母:1隻
ミサイル駆逐艦:3隻
防空フリゲート:3隻
艦載戦闘機:22機
艦載攻撃機:14機

第一航空艦隊
航空母艦:1隻
防空巡空艦:1隻
ラケーテ駆逐艦:2隻
防空フリゲート:4隻
艦載戦闘機:4機
艦載攻撃機:8機

陸上航空部隊
戦闘機:12機
攻撃機:14機
爆撃機:8機
哨戒機:6機

損害
軽空母:1隻中破
航空機:1機墜落(パイロットは救助)
航空母艦:1隻大破着水
防空巡空艦:1隻轟沈
防空フリゲート艦:2隻大破
​航空機:多数墜落(4名捕虜)

 

マリミドリの戦い

両国の停戦 

軽空母一隻が撃沈されるという損害により、メルパゼル軍は航空優勢の一部を損失。メルパゼル軍は想定していた航空機の展開が不可能となり、エクナン半島上陸作戦を中止せざる得なかった。さらには戦争の長期化により当初はメルパゼル側に味方していた諸外国も、紛争の早期解決を求め始める。特にライバルであるパンノニアの反発はすさまじく、メルパゼルに対してドブルジャガス関連の経済制裁をチラつかせた。そして当人のメルパゼル軍も戦略目標であるスクレン諸島を確保したことにより、メルパゼルはこれ以上スクルフィルに対して攻勢を仕掛ける意味がなくなっていた。
スクルフィル側も空母を撃沈した戦果よりも、国の象徴であった〈ラタンが損失した事により戦意を喪失。つまるところ、この時点で両国ともこれ以上戦争を続ける意味がなくなっていた。だが国民からの責任追及を恐れたナダル宰相は、残りの航空機を用いたゲリラ戦を空軍に命令。なるべく時間稼ぎを行おうと、逃げの態勢に入っていた。
しかし9月18日夜、国民がナダル宰相の辞任を求めて大規模なデモが発生。ナダル宰相は危機感を感じ陸軍による治安維持を命令するが、その時刻に女王波が行動を開始。首都サルァミン都周辺各所の陸軍駐屯地にてクーデターが発生、鎮圧にあたっていた陸軍宰相派に対して攻撃を開始。さらには市民と共に元老院議事堂へ行進し、正門を戦車で破壊。市民を議事堂になだれ込ませ、暴徒化した市民は議事堂を徹底的に破壊し始めた。
ナダル宰相はあまりの反発の多さについに折れ、荒らされた国会議事堂から辞任を全国へ宣言した。
そして9月19日、守備隊の降伏によりマリミドリ飛行場が完全に陥落。このタイミングを受け、メルパゼルとスクルフィルは交渉を開始し、9月20日に停戦条約を締結した。事実上スクルフィルの敗戦であり、翌日には政権を取り戻した女王の演説により、戦争終結が宣言された。 

 

その後の情勢 

スクレン諸島を奪われ敗戦したことにより、スクルフィルは大きな損害を被ることとなった。軍事的、経済的にも大きな打撃を受けたスクルフィルは同月、仲介の条件としていたリューリア協商に正式に加盟。経済的援助を受けながら、国内の復興に努めるしかなかった。
一方のメルパゼルは、11月1日にスクレン諸島を自国領土として宣言。同地域への再投資を開始し、大量入植と共に軍の駐留を行い、地域の安定化を確固たるものとした。その後、戦争前を超える多額の投資によりスクレン諸島は目覚ましい発展を遂げることとなる。
669年1月、スクルフィルは王女スクルフィル・ナ・スタル28代の即位を正式に敢行。女王による立憲君主制に移行し、女王の復権を果たした。

 

 


登場メカ

スクルフィル王国軍
空中艦船 飛行機械 地上兵器 歩兵装備
改ティトラット級軽航空母艦「ラタン」 ハイフォン戦闘機 Gt-62M2 スクディナ主力戦車 S1A2ネッツィ小銃
改クラントル級軽巡空艦「クラレント」 シュタンダーテ攻撃機 モノケドス装甲歩行戦闘車 ???
改ロネアリアス級防空巡空艦「カルラン」 ??? ズーラ自走対空砲  
ソロム級駆逐艦 ??? スロバチオ装脚地対空システム  
エリコス級防空フリゲート艦 ???    
       
メル=パゼル共和国軍
空中艦船 飛行機械 地上兵器 歩兵装備
航空母艦「エイホウ 艦載戦闘機ケイデン ??? 58式小銃
航空母艦「エイカ」 艦載戦闘機ソウデン ??? ???
ヒラギ級防空巡空艦 ???    
エツギ級重巡空艦 ???    
ハツカ級駆逐艦      
防空フリゲート      




スクルフィル王国

空中艦船

スクルフィル空軍の艦艇数は中小国にしては強力であったが、そのほとんどが輸入した旧式艦艇や輸出用モンキーモデルなどで構成されており、メルパゼル艦艇とは隔絶した性能差があった。

改ティトラット級軽航空母艦「ラタン」

第三紀後期

乗員 1240名
動力  
出力  
最大速度 244km/h
武装

120mm単装高角砲
76mm連装機関砲
40mm機関砲
艦底部砲(口径不明)
艦載戦闘機8機
艦載攻撃機4機
電子妨害装置

旧アーキル連邦製 中古払下げ品
コンセプトアイデア:ZERO零
デザイン:静秋

この空母はもともとはアーキル連邦のティトラット級軽空母「ラスターテ」である。終戦時の連邦のごたごたを利用してスクルフィルが購入。「ラスターテ」は公には「作戦中行方不明」として扱われている。
スクルフィルにきてからの第一次改装で全通甲板になり、艦尾にプロペラガードが追加された。南北戦争末期の第二次改装でラジネル晶消費型機関への換装を受けた。これに伴い、船体の延長がなされた。内部発電機の換装も含まれており、煙突の形状なども変化している。これにより速力とペイロードは第三紀の水準にまで強化された。
652年の第三次改装ではジェット機運用対応のためカタパルトやアングルドデッキなど甲板全般の改装を空母運用経験が豊富な(ネネツにて/ネネツ指導のもと)行った。電子機器等も一新されている。この際バランスを取るためにバルジの増設やフィンの追加がなされ、商船用ではあったが補機がメルパゼル製のものに換装されている。
こうして一通りの改装を受け、荒技でありながらも第三紀相当の軽空母になったラタンであったが、原型艦であるペネメン級の船体は既に艦齢90年に迫っており、これ以上拡張の余地がないほど酷使されていた。改装を受けたとはいえ甲板の長さが足りず、さらに重量の増加で速力もギリギリであった。このためパイロットは失速速度ギリギリでランデブーする様にアプローチし着艦する必要があった。故に訓練をこなした者はほぼ無条件で高い練度を持つ者の証明となった。
しかし、これではあまりにも運用しづらいとのことで、ラジネル晶の過剰投入反応を利用して推力を増すブースト航行が行われることになった。実験は成功したがここで老体に無理をさせたことが祟ってくる。実験直後から異常振動に悩まされるようになり、発艦速力を発揮することができなくなってしまったのだ。
これがちょうど水晶戦争開戦の8ヶ月前のことであり、以降修理のため港に閉じこもることとなる。
時に対空火器の更新が行われた。ラタンの対空火器は旧来の127mm/76mm速射砲、そして50mm機関砲であった。これを開戦直前に入手した(帝国製)対空ミサイル発射機へと換装するというものであった。戦争中に修理が完了したラタンはメルパゼル機動艦隊との最終決戦に臨む。





 

改クラントル級軽巡空艦「クラレント」

第三紀後期

乗員 630名
動力  
出力  
最大速度 155km/h
武装

15.5センチ三連装砲x4
12.5ミリ単装砲×4
対空機関砲多数
艦首空雷発射管×6

連装対艦空雷発射管x4
電子妨害装置
ヘリコプター4機

旧アーキル連邦製 中古払下げ品
コンセプトデザイン:るな

(画像はアーキル時代のもの)





 

改ロネアリアス級防空巡空艦「カルラン」

第三紀後期

乗員 510名
動力  
出力  
最大速度 156km/h
武装

120mm連装両用砲x3
90mm単装速射砲×8
リュッティン複合CIWS×2
四連装短空雷発射管×2
四連装誘導ラケーテ発射機×2
対空機関砲多数

旧アーキル連邦製 中古払下げ品
コンセプトデザイン:六方晶ダイヤモンド

元々はアーキル連邦のロネアリアス軽巡空艦「カルメラート」である。


 

ソロム級駆逐艦

第三紀後期

乗員 230名
動力  
出力  
最大速度 155km/h
武装

 

メルパゼル製 輸入品
コンセプトデザイン:




 

エリコス級防空フリゲート

第三紀後期

乗員 190名
動力  
出力  
最大速度 155km/h
武装

 

スクルフィル製 旧式
コンセプトデザイン:






飛行機械

スクルフィルには自前で航空機を生産する能力が低いため、航空戦力のほとんどを輸入に頼っていた。

ハイフォン戦闘機

第三紀後期

乗員 1名
動力 水晶圧縮式ジェットエンジン
出力 ---
最大速度 1124km/h
武装 20mm機関砲x2
ハードポイント2000kg

スクルフィル製 旧式
コンセプトデザイン:蒼衣わっふる




 

シュタンダーテ攻撃機

第三紀後期

乗員 1名
動力 ロート式生体器官x2
出力 ---
最大速度 980km/h
武装 35mm機関砲x2
ハードポイント12000kg

ネネツ製 輸入品
コンセプトデザイン:静秋





 

地上兵器

 
第三紀後期
乗員 4名
動力 生体器官×2
代謝 11q
最大速度 74km/h
装甲(前/横/背) 90mm/68mm/55mm
武装 115mmライフル砲x1
30mm機関砲×2
重機関銃x1
コンセプトデザイン:ZERO零
スクルフィル陸軍がマリミドリ飛行場守備のために配備した戦車。
664年から665年にかけてスクルフィル王国はオージア協商経由でクランダルト帝国の輸出用戦車「テイム-55」を輸入していた。これはその改造モデルである。
水晶戦争が始まると、本車両もスクレン諸島への配備が検討された。しかし、スクレン諸島の地形は山肌や丘が多く、平原はあるものの挟まれやすい地形で主力戦車には不向きだった。だがマリミドリ飛行場のあるスタル島の隣、スクラ島がメルパゼル軍により上陸されるとマリミドリ飛行場の守備も考えなければならなくなった。
 
幸運にもマリミドリ飛行場付近は平原で戦車の運用もギリギリ支障にならない地形であったため、本車も運び込まれることになった。メルパゼルのスクラ島上陸2日前、大型輸送機によりテイム-55が2両だけが輸送された。それ以降は制空権の争いにより輸送どころではなくなり、テイム-55は孤軍の戦いを強いられることになる。
届いたテイム-55は現地で改修される。
まずマリミドリ飛行場に保存されていたラジネル晶を箱の中に詰め込み、それを戦車に貼り付けた。ラジネル晶には電気を流し続ける事で反発力場を生み出す。それを以て砲弾の運動エネルギーを削り、戦車の身を守るのだ。これは実際に有効であり、実戦では対戦車ラケーテを堰き止め無力化させた。
さらに砲塔左右には30mm航空機関砲を搭載。この機関砲は砲塔側面に主砲とは独立して操作でき、対地・対空攻撃に威力を発揮する。これは、メルパゼルが保有する戦闘機や地上攻撃ヘリコプターを追い払うのに有効だった。
2両あるうち、1号車は平原迷彩を施され「パニア・ウルフ」と、2号車は塗料不足の関係から無塗装で「フォルト・ウルフ」と、それぞれ愛称がつけられていた。



モノケドス装甲歩行戦闘車

第三紀後期

乗員 1名
動力 生体器官×1
ファント脚×2
ファント腕×4
代謝 6q
最大速度 20km/h
装甲(前/横/背)
増加装甲
20mm/20mm/20mm
40mm
武装 20㎜機関砲×1
重機関銃×1
対戦車ラケーテ×4
煙幕弾発射器

クランダルト製 輸入品
コンセプト
デザイン:ZERO零

クランダルト帝国が戦後になって開発した新世代の拠点防衛兵器。
元をたどれば装甲兵に行き着く。狭い場所にも侵入でき、なおかつ小銃などをはじき返す装甲と圧倒的な火力を持った装甲兵であるが、時代と共に陳腐化していった。もっと重装甲でもっと火力の高い新しいカテゴリーの兵器が必要だと結論づけられ、脚部も胴体も武装も装甲もどんどん重装備になった。それでいて建物の内部や市街地などでも役立つコンパクトさを残し、完成したのがモノケドスである。
20mm機関砲を上部に装備、その周囲を可動式装甲版で覆い、両腕はアタッチメント武装が豊富に取り付けられる。さらに高速移動時は機体が変形、タイヤを使って高速移動が可能だ。そのコンパクトさからスクルフィル軍の貧弱な輸送能力でも輸送でき、市街地戦で装甲車を撃破。当車両の有効性を示した。



 

ズーラ自走対空砲

第三紀後期

乗員 4名
動力 モク脚×6
循環器
代謝 9q
最大速度 40km/h
装甲(前/横/背) 10mm/10mm/30mm
武装 30㎜対空機関砲×4
煙幕弾発射器

ネネツ製 輸入品
コンセプトデザイン:アイス民

ネネツ王国製装脚式自走対空システム。ネネツ王国は旧帝国時代より防空警戒網の構築が盛んであり、武器輸出市場においても防空システム分野では一大シェアを誇っていた。その防空大国ネネツが664年に開発した最新式自走対空砲である。
独自開発の汎用装脚車に搭載された武装システムは従来の形式とは異なり、防空システムと兵員区画を前部車体にまとめ、車体後部の無人砲塔に30ミリ機関砲と弾薬を独立して装備している。防空システムは生探(生体波探信儀)を用いた回転式捜索レーダーを前部車体上面に、大型高精度の生体眼球を用いた追尾レーダーを正面に搭載している。武装は旧来からの30㎜機関砲を4門搭載する。公式には専用の新型徹甲弾で空中艦の船体を貫徹可能としているが真偽のほどは不明である。その他後部砲塔側面に大型対艦空雷を搭載可能。
水晶戦争においてはスクルフィル王国とネネツ王国の友好の証として「シュタンダーテ攻撃機」と共に供与されていた初期生産型が飛行場防衛などに展開されている姿が確認されている。初期生産型ということもあり大型対艦誘導空雷の供与まではなく装備はされていなかったが、スクルフィルで独自改良も施されており眼球追尾レーダーに国産の望遠プリズムが増設され、一定の性能向上を果たしていた。
ズーラとはネネツ王国山岳部に流れる河川の名。



 

スロバチオ装脚地対空システム

第三紀後期

乗員 4名
動力 大型モク脚×6
循環器
代謝 4q
最大速度 40km/h
装甲(前/横/背) 10mm/10mm/30mm
武装 対艦ラケーテ発射機×4
生体波探知機ユニット×1
煙幕弾発射器

ネネツ製 輸入品
コンセプトデザイン:ZERO零




 

S1A2ネッツィ小銃

第三紀後期

製造国 ヤークロ=ネネツ王国
使用弾薬 9㎜ガル弾(ネネツ仕様)
7㎜ペタ弾(スクルフィル仕様)
装弾数 22発
製造年 638~
配備期間 643~
配備先 ネネツ陸軍
スクルフィル王国陸軍

ネネツ製 輸入品
コンセプトデザイン:アイス民
638年にネネツ国陸軍にて正式採用された「M638モルコフ」自動小銃…のスクルフィル王国向け輸出モデル。ネネツ製らしい頑健な作りの機関部と、高い射撃制度が特徴。旧帝国圏仕様ライフル弾である9㎜ガル弾からスクルフィル標準弾薬である7㎜ペタ弾に改められ、独自の改良により最新モデルのA2仕様にはフルオート機能が追加されている。ただしこれは少々反動が大きすぎ現場からは不評だった模様。
上記の改良をはじめ細々とした改良を施されつつ使用され続けてきたが水晶戦争期には流石に旧式化感が否めず、スクルフィル本国では新式の国産自動小銃の配備が始まるもスクレン諸島駐留部隊への装備は一部にとどまり、大部分の兵士たちは本銃を装備していた。ネッツィは、「ネネツ人の」の意。





 





 

メルパゼル共和国メカ

空中艦船

当時メルパゼルでは、南北戦争時の砲戦型艦艇を改修しつつ、最新式の誘導兵器を搭載したラケーテ艦が順次建造されていた。
 

航空母艦「エイカ」
 

第三紀後期

乗員 2330名
動力 王式タービン7型
サ45補機用エンジン
​加圧変相型ドブルジャ気嚢管
出力 32000ps x2
最大速度 148km/h
武装

艦載戦闘機
艦載回転翼機
艦載機合計12機+補用4機

電子妨害装置
その他武装は現在設定中

メルパゼル製 最新鋭
コンセプトデザイン:ZERO零




 

エイホウ級航空母艦「エイホウ」

第三紀後期

乗員 2240名
動力

王式タービン4型
サ45補機用エンジン
​加圧変相型ドブルジャ気嚢管

出力 42000ps ×4
最大速度 148km/h
武装

艦載戦闘機
艦載攻撃機
艦載哨戒機
艦載機合計42機

電子妨害装置
その他武装は現在設定中

メルパゼル製 旧式改修艦
コンセプトデザイン:静秋








 

ヒラギ級防空巡空艦

第三紀後期

乗員 330名
動力 王式タービン7型
サ45補機用エンジン
​加圧変相型ドブルジャ気嚢管
出力 32000ps x2
最大速度 148km/h
武装

155mm単装速射砲x1
100mm単装速射砲x2
62式防空ラケーテ発射機×2
53式八連装防空ラケーテ発射機×1
22mmCIWS×4
三連装対艦誘導ラケーテx2
​電子妨害装置

メルパゼル製 最新鋭
コンセプトデザイン:ZERO零






エツギ級重巡空艦

第三紀

(画像は620年代の武装)

乗員 530名
動力

王式タービン4型
サ45補機用エンジン
加圧変相型ドブルジャ気嚢管

出力 32000ps x2
最大速度 140km/h
武装 現在668年時を設定中

メルパゼル製 旧式改修艦
コンセプトデザイン:静秋




 

ハツカ級主力駆逐艦 Htuka-class destroyer

第三紀後期

乗員 230名
動力

ガスエレクトリック機関×2
加圧変相型ドブルジャ気嚢管

出力 22000ps x2
最大速度 144km/h
武装

100mm単装速射砲x2
75mm連装機関砲×1
52式防空ラケーテ発射機×1
53式八連装防空ラケーテ発射機×1
22mmCIWS×4
三連装対艦誘導ラケーテx2
電子妨害装置

メルパゼル製 最新鋭
コンセプトアイデア:静秋





 

防空フリゲート

第三紀後期

乗員 180名
動力

ガスエレクトリック機関×2
加圧変相型ドブルジャ気嚢管

出力 16000ps x2
最大速度 142km/h
武装

100mm単装速射砲×1
75mm連装機関砲×1
53式八連装防空ラケーテ発射機×1
22mmCIWS×3
三連装対艦誘導ラケーテ×2
電子妨害装置

メルパゼル製 旧式改修艦
コンセプトアイデア:静秋


 




飛行機械

艦載戦闘機ソウデン

第三紀世代

乗員 1名
動力

フ式墳進エンジン「魁」x1

出力  
最大速度 1458km/h
武装 30mm機関砲x2
近接空尉空ラケーテ
ハードポイント1800kg

キュスクミズン製 一線級
コンセプトデザイン:静秋





 

艦載戦闘機ケイデン

第三紀世代

乗員 1名
動力

 

出力  
最大速度 1908km/h
武装 30mm機関砲x4
近接対空ラケーテ
中距離迎撃ラケーテ
ハードポイント2300kg

キュスクミズン製 最新鋭
コンセプトデザイン:静秋





 

艦載攻撃機

第三紀世代

乗員 1名
動力

フ式墳進エンジン「魁」x1

出力  
最大速度 1908km/h
武装 30mm機関砲x4
近接対空ラケーテ
中距離迎撃ラケーテ
ハードポイント4200kg

キュスクミズン製 一線級
コンセプトデザイン:







爆撃機
 

第三紀世代

乗員  
動力  
出力  
最大速度 880km/h
武装 15mm重機関銃x2

キュスクミズン製 退役寸前
デザイン:静秋





地上兵器

 

58式小銃

第三紀後期

製造国 メルパゼル共和国
使用弾薬 6.8mmメルパ弾
装弾数 30発
製造年 658
配備期間 664~
配備先 メルパゼル共和国軍

サカエ社製 一線級
デザイン:静秋
(正式名称:国営栄銃火器造兵廠)
630年代以降、戦場に主力小銃の連射という概念が普及すると既存の8mm半弾では比較的体格が小さいメルパゼル人には反動制御や携行弾数の面で不利益が生じるようになった。
そこで弾薬の刷新に伴い開発されたのが本銃である。6.8mm弾を使用し、ブルパップ構造によって全長の短縮を狙っている。
マークスマン用のロングバレルタイプではストックの形状等が異なる。

(↑画像はロングバレルタイプ)
当時開発中であったテソン660の調達が優先され、置き換えが(ほぼ)完了したのは64年になってからであった。
 


便利なリンク

メル=パゼル共和国

スクルフィル自治国

年表

冷戦時代の世界情勢(戦役後の世界)
 


作品

とあるオールドレディの決闘

・実録、水晶戦争ドキュメンタリー 前編

第一次スクレン諸島沖海戦、その記録

キタラギ全国新聞、水晶戦争関連記事

最終更新:2026年08月24日 22:34