大地を這う龍 <後編>

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 再び味方の上を転がり、ペリスコープを設置した場所へと移動する。私の無事を喜んでくれる部下たちに感謝しつつ、彼らを無駄死にさせないために隊長という責務を果たすべくペリスコープを覗き込む。まずは要塞の様子を把握せねばならない。 響く射撃音、怒号、野砲の着弾が轟き揺れる中、土煙で汚れたレンズが映すのは我々の侵攻を阻む帝国要塞の姿だ。高さは軽く10mはあるだろうか。いたる所に機銃の射撃窓があり、絶え間なく銃弾をばら撒いている。さらに縦長に開けられた穴からは野砲の砲身が出ているのが確認できた。 幸いなことに俯角が無いようで、要塞のほぼ下に居る我々を砲撃できないようだ。その代わり後方で足止めを食らっている大隊に砲撃が向くわけだが。 このまま敵の堅牢な守りに手をこまねいている訳にはいかない。いま動けるのは我々しかいないのだ。我々が動かなければ大隊が、ハルパンが帝国の手に落ちる。 動かねば。しかし一歩でも前へ出れば機銃掃射の的。 動きたくても動けない。そんな葛藤が、焦りが積もり積もっていく。かといって打開策があるわけでもない。このまま時が過ぎれば・・・我が大隊は、壊滅。 その時、あの音がした。 ヒュルルル・・・と不気味で、寂しげな口笛。しかし確実に死をもたらさんと飛来する槍。 私が一度だけ聴いた、空を翔る鉄の龍の咆哮と共に大地にへばり付く私たちに落とす神の雷鳴。畏怖の対象。恐怖。 大口径を持つ空軍艦からの砲撃音に間違いない! そう直感した私は咄嗟に叫ぶ。 「・・・・ッ・・・・・!」 しかし声は掻き消された。 軍艦に搭載されている砲の大きさは我々陸軍の持つどの砲より大口径であり、撃ち出す砲弾の重さも比較することすら馬鹿馬鹿しくなるほど重く、そして強力だ。その砲弾が着弾したのだ。 直後に広がる衝撃音と爆発によって生じた猛烈な爆風が全身を震わせる。 死んだ。 二度と聴きたくなかった悪魔の口笛が私を殺しに来たのだ! 軍艦が駐在していたなんて聞いてない。敵が隠していたのだ。最初から我々は帝国の手の内で遊ばれていたに過ぎなかった。 だが、私は不思議な事に気が付いた。 戦場から、音が消えたのだ。 最初は爆音で耳がやられたからだと思った。それはヘルメットに当たった「コンッ」という音が証明してくれた。どうやら石が当たったようだ。 状況が全く掴めない。震える指を何とか動かしペリスコープを覗き込む。 その瞬間、私は思わず「嘘だろ・・・?」と呟いてしまった。 要塞の壁の一部が消し飛んでいたのだ。 正確には崩落していた。どうしてこうなったのか、想像できない。野砲の弾薬庫でも爆発したのだろうか。それにしては派手に壊れすぎである。敵も味方も、私と同じような事を思ったのだろうか。全ての視線が崩壊した要塞の壁に注がれていた。 その時、ある事を思い出した。そう、支援砲撃を要請したことである。思えば、ハルパン守備隊の野砲が一番射程の長い砲だったはず。この要塞まで届くはずが無いのだ。それなのに、支援砲撃の要請が承諾された。 つまり「届く砲撃」が可能。 ここまで考えて、ようやく気付いた。長距離砲撃を可能とする長砲身且つ大口径を持っているものが我が大隊に居たではないか! 後ろを振り向くと、要塞の砲が届かないギリギリの距離にその龍がいた。長い首をもたげ、地面を這う事しか出来ない龍はゆっくりと、その主兵装にして陸軍最大口径の35.5cm砲が獲物を定めるように動き、止まる。 そして、咆哮。 悪魔の口笛が響いた先で、また要塞の一角が吹き飛んだ。 その音にようやく我に返った私は、通信兵から受話器をもぎ取って叫んだ。 「4号車、前へ!!」 グォォン!とエンジン音を響かせ、簡易塹壕を踏み越えて飛び出してきたデーヴァⅢ号装甲戦車。耐えに耐え、待ちに待った号令に、勇ましく我々の前へ躍り出た戦車が、ついに砂壁を越えた。 「私に続け!我らに勝機あり!!」 私の号令に、部下たちが一斉に「アーキル連邦に栄光あれ!」と叫びながら次々と砂壁を越え、デーヴァⅢ号に続いて要塞内に突入していく。私の小隊だけを突っ込ませる気は無いといわんばかりに虎髭殿率いる小隊、各中隊が崩壊した要塞の壁目掛けて押し寄せる。 勝機は完全にこちら側に転がり込んだ。 帝国もこちらが軍艦級の主砲を持っていたとは思ってなかったのだろう。完全に混乱している。やはり軍艦の主砲は陸軍共通の恐怖の対象なのだろう。  夜明け前から始まった戦闘は、昼頃には勝敗が決していた。 4両あったデーヴァ三号が2両大破、1両が履帯損傷で動けなくなっていた他、戦死者が100人を数えたが、敵側の損害はそれ以上であった。 鹵獲できた野砲だけでも20門はあり、弾薬、食料、その他諸々の備蓄品はかけがえの無い戦利品だ。一番乗りの特権として葉巻や酒瓶を少々失敬したが、これは暗黙の了解である。 数日後。  敵捕虜を満載した車両を見届けた私は、個人的戦利品である葉巻に火を点ける。 久々に吸う葉巻の味に、ようやく肩の力が抜けた。これで暫くこの地区は安泰である。転戦に次ぐ転戦を繰り返していた我が大隊だったが、この度、首都へ一時帰還が命じられたのだ。人員補充とこの戦闘での報告を受けた連邦議会から表彰を受ける事となったからだ。大方、連邦の国威を内外に知らしめるための宣伝に利用されるだけなのは目に見えているが、故郷に帰れるのだ。贅沢は言わない。  妻と幼かった娘がそろそろ恋しくなっていた時期だ。 国を出てあれから何年経ったのだろうか。娘はあれから元気にしているだろうか・・・。急に帰れる事が分かると何ともソワソワしてしまう。この浮ついた心を落ち着かせようと、二本目の葉巻を咥える。 「どうぞ」 そんな声と共に目の前に差し出されたのは、火の点いたマッチ棒だった。 一瞬固まるも、火が消えてしまうといけないので葉巻に火を点す。マッチ棒を持つ手は上物の白い手袋をしていた。 そろりと視線を移すと、そこには初老の男が立っていた。その男はじんわりとした笑みを見せ、マッチ棒の火を消す。雰囲気といい、姿勢の良さといい教養ある人物のようだ。しかし全く面識が無い。 大隊の上官は全員顔見知りであったし、ハルパン守備隊にもいなかった。 自然と目線が鋭くなるが、男の軍服を見てハッとした。アーキル連邦空軍の軍服だ。 ということは、この男はあの鈍龍の乗組員ということだ。 「新兵じゃなかったのか・・・」 「・・・え?」 思わず呟いてしまったが慌てて誤魔化す。失言は陸空軍の間の関係悪化に繋がりかねない。 しかし、空軍のこの男が私に何の用事だろうか。 「突然失礼しました。貴方がこの子をよく見ていたのに興味がありまして」 「はぁ・・・」 そんなに見ていただろうか。よく遅いなぁと睨んではいたが・・・。 男はまたじんわりとした笑みを浮かべる。 「この子はね、私が最初に艦長を務めた艦だったんだ」 ハルパン塹壕地区の関門近くで停泊している鈍龍を眺めつつ、彼は続ける。 「旧式艦だったが、長い間私と共に戦ってくれた頑張り屋だった。まあ、機関停止の致命傷を受けて廃艦となったがね。それがつい最近、こんな立派になって還って来てくれたんだ」 あの不安定な艦橋を見て立派になったと言うのなら、どんなオンボロ艦に乗っていたのだろうかと不謹慎な事を考えていた私だったが、先日の戦闘をふと思い出す。 かつては空を優雅に飛んでいた龍が大地に墜ちた。 荒れ果て、乾燥した大地に這い蹲ってでも動き続け、長い首を大空へもたげる鈍龍。 その首は空への渇望。その砲撃は己の証明。 私はここに居るぞと叫ぶようなその姿は、痛々しさと共に我々陸軍と同じだと感じた。地面に這い蹲るしかできない我々の龍。 「・・・立派です」 「そう、思ってくれるかね」 ポツリと出た私の言葉を、彼はどう受け止めてくれたのだろうか。 名も無き地を這う龍も我々と首都へ帰るらしい。試験結果を携えて量産に向けての協議があると、男から聞いた。 その男が鈍龍の艦長で、空軍の少将であるという事実はその道中、虎髭殿からもたらされた情報だった。 <地を這う龍 完>
 再び味方の上を転がり、ペリスコープを設置した場所へと移動する。私の無事を喜んでくれる部下たちに感謝しつつ、彼らを無駄死にさせないために隊長という責務を果たすべくペリスコープを覗き込む。まずは要塞の様子を把握せねばならない。 響く射撃音、怒号、野砲の着弾が轟き揺れる中、土煙で汚れたレンズが映すのは我々の侵攻を阻む帝国要塞の姿だ。高さは軽く10mはあるだろうか。いたる所に機銃の射撃窓があり、絶え間なく銃弾をばら撒いている。さらに縦長に開けられた穴からは野砲の砲身が出ているのが確認できた。 幸いなことに俯角が無いようで、要塞のほぼ下に居る我々を砲撃できないようだ。その代わり後方で足止めを食らっている大隊に砲撃が向くわけだが。 このまま敵の堅牢な守りに手をこまねいている訳にはいかない。いま動けるのは我々しかいないのだ。我々が動かなければ大隊が、ハルパンが帝国の手に落ちる。 動かねば。しかし一歩でも前へ出れば機銃掃射の的。 動きたくても動けない。そんな葛藤が、焦りが積もり積もっていく。かといって打開策があるわけでもない。このまま時が過ぎれば・・・我が大隊は、壊滅。 その時、あの音がした。 ヒュルルル・・・と不気味で、寂しげな口笛。しかし確実に死をもたらさんと飛来する槍。 私が一度だけ聴いた、空を翔る鉄の龍の咆哮と共に大地にへばり付く私たちに落とす神の雷鳴。畏怖の対象。恐怖。 大口径を持つ空軍艦からの砲撃音に間違いない! そう直感した私は咄嗟に叫ぶ。 「・・・・ッ・・・・・!」 しかし声は掻き消された。 軍艦に搭載されている砲の大きさは我々陸軍の持つどの砲より大口径であり、撃ち出す砲弾の重さも比較することすら馬鹿馬鹿しくなるほど重く、そして強力だ。その砲弾が着弾したのだ。 直後に広がる衝撃音と爆発によって生じた猛烈な爆風が全身を震わせる。 死んだ。 二度と聴きたくなかった悪魔の口笛が私を殺しに来たのだ! 軍艦が駐在していたなんて聞いてない。敵が隠していたのだ。最初から我々は帝国の手の内で遊ばれていたに過ぎなかった。 だが、私は不思議な事に気が付いた。 戦場から、音が消えたのだ。 最初は爆音で耳がやられたからだと思った。それはヘルメットに当たった「コンッ」という音が証明してくれた。どうやら石が当たったようだ。 状況が全く掴めない。震える指を何とか動かしペリスコープを覗き込む。 その瞬間、私は思わず「嘘だろ・・・?」と呟いてしまった。 要塞の壁の一部が消し飛んでいたのだ。 正確には崩落していた。どうしてこうなったのか、想像できない。野砲の弾薬庫でも爆発したのだろうか。それにしては派手に壊れすぎである。敵も味方も、私と同じような事を思ったのだろうか。全ての視線が崩壊した要塞の壁に注がれていた。 その時、ある事を思い出した。そう、支援砲撃を要請したことである。思えば、ハルパン守備隊の野砲が一番射程の長い砲だったはず。この要塞まで届くはずが無いのだ。それなのに、支援砲撃の要請が承諾された。 つまり「届く砲撃」が可能。 ここまで考えて、ようやく気付いた。長距離砲撃を可能とする長砲身且つ大口径を持っているものが我が大隊に居たではないか! 後ろを振り向くと、要塞の砲が届かないギリギリの距離にその龍がいた。長い首をもたげ、地面を這う事しか出来ない龍はゆっくりと、その主兵装にして陸軍最大口径の35.5cm砲が獲物を定めるように動き、止まる。 そして、咆哮。 悪魔の口笛が響いた先で、また要塞の一角が吹き飛んだ。 その音にようやく我に返った私は、通信兵から受話器をもぎ取って叫んだ。 「4号車、前へ!!」 グォォン!とエンジン音を響かせ、簡易塹壕を踏み越えて飛び出してきたデーヴァⅢ号装甲戦車。耐えに耐え、待ちに待った号令に、勇ましく我々の前へ躍り出た戦車が、ついに砂壁を越えた。 「私に続け!我らに勝機あり!!」 私の号令に、部下たちが一斉に「[[アーキル連邦]]に栄光あれ!」と叫びながら次々と砂壁を越え、デーヴァⅢ号に続いて要塞内に突入していく。私の小隊だけを突っ込ませる気は無いといわんばかりに虎髭殿率いる小隊、各中隊が崩壊した要塞の壁目掛けて押し寄せる。 勝機は完全にこちら側に転がり込んだ。 帝国もこちらが軍艦級の主砲を持っていたとは思ってなかったのだろう。完全に混乱している。やはり軍艦の主砲は陸軍共通の恐怖の対象なのだろう。  夜明け前から始まった戦闘は、昼頃には勝敗が決していた。 4両あったデーヴァ三号が2両大破、1両が履帯損傷で動けなくなっていた他、戦死者が100人を数えたが、敵側の損害はそれ以上であった。 鹵獲できた野砲だけでも20門はあり、弾薬、食料、その他諸々の備蓄品はかけがえの無い戦利品だ。一番乗りの特権として葉巻や酒瓶を少々失敬したが、これは暗黙の了解である。 数日後。  敵捕虜を満載した車両を見届けた私は、個人的戦利品である葉巻に火を点ける。 久々に吸う葉巻の味に、ようやく肩の力が抜けた。これで暫くこの地区は安泰である。転戦に次ぐ転戦を繰り返していた我が大隊だったが、この度、首都へ一時帰還が命じられたのだ。人員補充とこの戦闘での報告を受けた連邦議会から表彰を受ける事となったからだ。大方、連邦の国威を内外に知らしめるための宣伝に利用されるだけなのは目に見えているが、故郷に帰れるのだ。贅沢は言わない。  妻と幼かった娘がそろそろ恋しくなっていた時期だ。 国を出てあれから何年経ったのだろうか。娘はあれから元気にしているだろうか・・・。急に帰れる事が分かると何ともソワソワしてしまう。この浮ついた心を落ち着かせようと、二本目の葉巻を咥える。 「どうぞ」 そんな声と共に目の前に差し出されたのは、火の点いたマッチ棒だった。 一瞬固まるも、火が消えてしまうといけないので葉巻に火を点す。マッチ棒を持つ手は上物の白い手袋をしていた。 そろりと視線を移すと、そこには初老の男が立っていた。その男はじんわりとした笑みを見せ、マッチ棒の火を消す。雰囲気といい、姿勢の良さといい教養ある人物のようだ。しかし全く面識が無い。 大隊の上官は全員顔見知りであったし、ハルパン守備隊にもいなかった。 自然と目線が鋭くなるが、男の軍服を見てハッとした。アーキル連邦空軍の軍服だ。 ということは、この男はあの鈍龍の乗組員ということだ。 「新兵じゃなかったのか・・・」 「・・・え?」 思わず呟いてしまったが慌てて誤魔化す。失言は陸空軍の間の関係悪化に繋がりかねない。 しかし、空軍のこの男が私に何の用事だろうか。 「突然失礼しました。貴方がこの子をよく見ていたのに興味がありまして」 「はぁ・・・」 そんなに見ていただろうか。よく遅いなぁと睨んではいたが・・・。 男はまたじんわりとした笑みを浮かべる。 「この子はね、私が最初に艦長を務めた艦だったんだ」 ハルパン塹壕地区の関門近くで停泊している鈍龍を眺めつつ、彼は続ける。 「旧式艦だったが、長い間私と共に戦ってくれた頑張り屋だった。まあ、機関停止の致命傷を受けて廃艦となったがね。それがつい最近、こんな立派になって還って来てくれたんだ」 あの不安定な艦橋を見て立派になったと言うのなら、どんなオンボロ艦に乗っていたのだろうかと不謹慎な事を考えていた私だったが、先日の戦闘をふと思い出す。 かつては空を優雅に飛んでいた龍が大地に墜ちた。 荒れ果て、乾燥した大地に這い蹲ってでも動き続け、長い首を大空へもたげる鈍龍。 その首は空への渇望。その砲撃は己の証明。 私はここに居るぞと叫ぶようなその姿は、痛々しさと共に我々陸軍と同じだと感じた。地面に這い蹲るしかできない我々の龍。 「・・・立派です」 「そう、思ってくれるかね」 ポツリと出た私の言葉を、彼はどう受け止めてくれたのだろうか。 名も無き地を這う龍も我々と首都へ帰るらしい。試験結果を携えて量産に向けての協議があると、男から聞いた。 その男が鈍龍の艦長で、空軍の少将であるという事実はその道中、虎髭殿からもたらされた情報だった。 <地を這う龍 完>

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