曇天の宇宙:第五話~動き出す宇宙~

「曇天の宇宙:第五話~動き出す宇宙~」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

曇天の宇宙:第五話~動き出す宇宙~ - (2022/04/06 (水) 00:37:22) の1つ前との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

<p> </p> <p>メルパゼル共和国航宙軍第二戦隊旗艦〈アマヅチ〉<br /> 不明反応の攻撃から数分後</p> <p>「各部……状況を報告……」</p> <p>突然の光の衝撃から数分が経ち、ナズナ艦長は開口一番にそう言った。彼女も艦長の端くれ、不測の事態が起きた場合の対処は実に軍人らしい。</p> <p>「えっと……各種システム、兵装に問題はありません」<br /> 「熱浸透は認められず。表面温度は許容範囲内」</p> <p>事務的に上がってくる報告に胸を撫で下ろすナズナ艦長。どうやら先程の光で艦が深刻なダメージを負うことはなかったようだ。</p> <p>「航法長、本艦の現在位置は?」<br /> 「お待ちください。現在GPSシステムの復旧待ちです」</p> <p> 航法長のマシカ少佐が機器を操作し、GPSの復旧を試みる。このような不具合が起こった場合、GPSシステムは再起動しなければならない。所定の手順に従い、マシカ少佐は再起動を完了させた。</p> <p>「ん?あれ?艦長!」<br /> 「どうしたの?」</p> <p>と、再起動した直後にマシカ少佐は目を見開く。初めは何かの不具合かと思ったが、もう一度機器を操作しても直らないので艦長に確認を取る。</p> <p>「GPSが復旧したのですが、妙な位置を示しています」<br /> 「妙な位置?パルエ軌道じゃないの?」<br /> 「分かりません。不具合かと思いますが……我々は今エイアの軌道上にいます」<br /> 「え?何ですって?」</p> <p> ナズナ艦長はその明らか異常な報告を聞き、航法長の座席の前まで確認しに行く。ナズナ艦長が画面を覗き込むと、自艦のフリップは確かに惑星エイアの軌道上を指し示していた。<br /> 訳のわからない事態に対応しようとしていると、今度は内線電話が鳴り響く。</p> <p>「システムは再起動をして。それから、光学観測で付近に何か目印がないか確認を急いで」<br /> 「了解です」</p> <p> ナズナ艦長は航法長に指示し、内線電話の方向へ向かう。既に当直の士官が電話の受け答えをしており、その口調から相手はダメコン班からだと分かった。電話に表示されるマーカーを見ると、場所は艦の底部から。緊急の連絡として電話が掛かっている。</p> <p>「艦長、ダメコン班からです」<br /> 「分かったわ」</p> <p>ナズナ艦長が電話を取る。相手はダメコン班のベテラン作業員だったが、口調がかなり焦っている。</p> <p>『艦長ですか?こちらダメコンです。現在第一格納庫部に異常発生、格納庫の電源が完全にロストしています』<br /> 「何?何ですって?」</p> <p>次の報告もナズナ艦長の安堵を裏切った。第一格納庫は艦の底部にある格納庫で、そこには例のオブジェクトが収容されている。<br /> やはり先ほどの攻撃が原因だろうか?と考察しつつ、続きを聞き出す。</p> <p>「第一格納庫に人員は?」<br /> 『先程まで数名がいましたが、無線で無事が確認されています。しかし……今ハッチを開けようとしているのですが、自動で閉まったまま電源が喪失したので開きません』<br /> 「分かったわ。引き続き、格納庫を開けるようにして。多分、電源を繋げられれば開くはずよ。バッテリーの持ち出しを許可するわ」<br /> 『了解です。こちらも全力を尽くします』</p> <p>電話が終わるが、ナズナ艦長は不明な状況が多発し混乱しかけた。<br /> いきなり謎の攻撃と、センサー類を眩ます閃光。そしてエイア軌道を指し示す自艦のGPSと、開かなくなった格納庫。どれもが結びつかない、不可解な現象だった。<br /> それでも正気を保ちつつ、艦長席に戻ろうとしたその矢先に新たな報告が入る。</p> <p>「か、艦長……!」<br /> 「どうしたの?」</p> <p>先程確認を取らせた航法長のマシカ少佐だった。</p> <p>「光学観測で……エイアの存在を確認しました。我々は本当にエイアの軌道上にいます」<br /> 「え?本当に?」</p> <p>マシカ少佐に確認を取るが、彼とて信じられない様子でナズナ艦長の方を向いた。そして、その証拠を提示しようと口を開く。</p> <p>「はい……あの、艦橋シャッターを開いてもよろしいでしょうか?エイアが目の前にあります」<br /> 「分かったわ、シャッターを!」</p> <p> ナズナ艦長がそれを指示すると、艦橋構造物の窓を覆っていたシャッターが開く。普段はデブリや攻撃への対策として閉まっているのだが、今回ばかりは緊急事態だ。<br /> シャッターが開き、艦橋に青い光が差し込んでくる。それは恒星ソナの放つ太陽光ではなく、それが反射して光るエイアの青色だった。</p> <p>「嘘でしょう……?」</p> <p> 自分達は間違いなく先程までパルエ軌道上に居た。しかし眼前に広がる青い星にはパルエ特有の巨大大陸などはなく、点々とした青い海とどんよりとした大気が広がるのみ。これはエイアの特徴だ。</p> <p>「……通信、近くの友軍との交信を」<br /> 「え?」</p> <p>それでもナズナ艦長は動揺し艦長としての職務を放棄する事なく、通信のハラサキ大尉に指示を出す。</p> <p>「この状況を本部に伝えなければいけないわ、急いで試して」<br /> 「は、はい!」</p> <p> その他、指示を出し友軍とのコンタクトを取ろうとする〈アマヅチ〉。しかしナズナ艦長もエイア軌道が未だ未開発で、友軍どころか民間船すら少ないことくらい知っている。<br /> それにパルエ軌道からエイア軌道までの距離は、月面とは桁違いに遠い。この距離で果たして通信が繋がるのかどうかは不安材料である。<br /> そして、何故そもそもこんな場所にいるのか。先程までパルエ軌道の上に居たはずだ。それが何故……そしていつの間にか〈ユイマ〉もパンノニアのパトロール艦も居ない。</p> <p>「何がどうなっているの……?」</p> <p>各員が状況把握とその改善に努める中、ナズナ艦長は座席にて頭を抱えた。平然を装っていたが、彼女にも訳がわからない。動揺するのは普通の反応だった。</p> <p>────────────────────────────────────────────────────────────────</p> <p>統一パンノニア<br /> 〈アマヅチ〉の失踪から数日後</p> <p>『メルパゼル航宙軍、臨検を拒否か!?』<br /> 『メルパゼル航宙軍重巡宙艦、行方不明に』</p> <p> アシュルはパルエに帰還後、メロカと共にしばらく休暇をもらっていた。軍から与えられたカルタグ市のホテルに泊まりつつ、アシュル大尉は端末の電子新聞を読む。<br /> 気になっている事があるのだ。<br /> 先日の偵察作戦において、偶然撮影してしまったあの女性。アシュルの幼馴染であるナズナが、あの場所にいたと言う事。そしてその数日後にメルパの宇宙艦が行方不明になった事。<br /> まさかとは思うが、ナズナの乗っている船が行方不明になったのでは無いかと、少しばかり懸念していた。</p> <p>「アシュルさん、入りますよー」</p> <p>ドアがノックされる。別室に泊まっているメロカ中尉の声だった。アシュルはそれを了承すると、メロカがドアを開け部屋に入る。</p> <p>「アシュルさん、聞きましたか?」<br /> 「ああ、例の行方不明事件のことだろ?居なくなる前にうちのパトロール艦が攻撃を受けたってな」</p> <p> パルエ本土でも、一応そこまでの報道はなされていた。パンノニア国籍のパトロール艦がメルパ艦の臨検を行おうとしたところ、突然攻撃を受けたと言う内容であるが、この報道にはパンノニア寄りの偏りがある。</p> <p>「大陸連盟の捜査では、直前に別方向より熱反応があったとのことで……第三者の介入が疑われています」<br /> 「聞いている。けど、パンノニア政府は信じないだろう。何せ相手は長年のライバル、メルパゼルだ。どうせまた大陸連盟の捜査結果を無視してイチャモン付けるんじゃないのか?」</p> <p> パンノニアとしては、この一件をパンノニアの都合の良い方向に捻じ曲げようとしていた。長年のライバルであるメルパゼルが不祥事を働いたのだ。絶好のチャンスである。<br /> そのため大陸連盟がいくら別の証拠を提示しようとも、パンノニア政府としてはそれを認めないのである。いつもの対メルパ外交での常套手段。過去には水晶戦争での介入でもそれが見られた。</p> <p>「それは確実なんですが、なんか事態がややこしそうなんですよね」<br /> 「どういう事だ?」<br /> 「クランダルトがパンノニアに追従しそうなんです。先日の報道官の発表、見ましたか?」</p> <p>名前が出てきたクランダルト帝国と言えば、最近はパンノニアとの関係が深くなっていると聞く。<br /> とは言っても利害関係上の関係強化であり、心情的に仲が良いとは言い切れない。南北戦争やパンノニア事変の時のこともあるからだ。<br /> それでも新冷戦時代に入ってからの関係は強化され、今ではアーキルを差し置いての最優遇ビジネスパートナーなのは確かだ。</p> <p>「まだ見てなかったな。どんな内容だ?」<br /> 「なんでも『メルパゼルの国際法違反の方が重大である為、これを無視するのは理に適っていない』的な事を言っていました」</p> <p> 即興の声真似を披露するメロカに対し、アシュルは考察を開始する。クランダルト帝国がこの件でパンノニア側に着くと言う意味、かなりややこしいし不自然である。</p> <p>「アシュルさん、何か怪しく無いですか?」<br /> 「確かにな。クランダルトとは悪く無い関係だが、ここまで加担するのは不自然だ」<br /> 「何か裏でもあるんでしょうか……?」</p> <p>それはそうとして、報道内容しか知らない自分達では考察がしにくい。もっと情報を集められる階級だったら、といつも思う。</p> <p>「……夕飯でも食べに行くか?」<br /> 「そうしましょう」</p> <p>少なくとも、パルエ本土では比較的平和な時間が流れていた。冷たい宇宙とはまるで違う世界であるが、ここからでも宇宙の星々は見える。<br /> この事件は確かにあの宇宙で進んでいるのであった。</p> <p>────────────────────────────────────────────────────────────────</p> <p>メルパゼル共和国航宙軍第二戦隊旗艦〈アマヅチ〉<br /> 状況把握から一時間後</p> <p>あれから約1時間が経ったが、未だ通信は繋がらない。その間も第一格納庫の復旧作業は依然として進んでいない。<br /> 通信回路と言っても電話回線では無い。宇宙空間では電波が届くまでにタイムラグがある為、電話では不便だ。まともに機能するのは、現代で言うメール通信の様な一方的な通信だけである。<br /> それですら繋がらないのであるから、何かしらの妨害があるのかも知れない。ナズナ艦長はそう睨んでいた。</p> <p>「ありえりとしたら……」</p> <p>ナズナ艦長は今第一格納庫の扉の前にいる。彼女の前にいる作業員が、第一格納庫の扉をレーザーカッターで切断しようとしている。<br /> ナズナ艦長は通信回路が繋がらない理由は、このオブジェクトにあると睨んでいた。格納庫のシグナルは消えているが、他の機器からオブジェクトのある場所から何かしらの電波が干渉していると報告を受けている。<br /> なので、原因はこの中にあるのだ。<br /> しかし、電源回路を見直しても第一格納庫の扉は開かなかった。そこで艦長は格納庫の扉を切断して開ける事を許可し、現在切断作業が行われている。</p> <p>「よし、開きました」</p> <p> 作業員が報告をし、その後ろに銃を持った空間兵と救護班が宇宙服を着た状態で待機していた。格納庫内部ではまだ宇宙服を着た作業員が取り残されており、彼らの酸素残量が心配なのだ。</p> <p>「開きます!」</p> <p>格納庫への扉が開く。すでに廊下の気圧は調節されており、空気が外に漏れ出すことはなかった。</p> <p>「突入!」</p> <p>銃を持った空間兵が先行し、内部のクリアリングを行う。どうやら敵性反応は居ないらしく、安全だと言う合図が出される。<br /> それと同時に救護班が取り残されていた作業員に駆け寄り、彼らを介抱する。すぐに医務室に運ばれ、緊急診断が行われるだろう。</p> <p>「内部に敵性反応なし。乗員は全員無事、オブジェクトもあります」</p> <p> 空間兵隊長の報告を受け、いよいよナズナ艦長も格納庫へ入る。中のオブジェクトはそのままの状態で格納庫に括り付けられており、位置は動いていない。しかし、出発時には無かった淡い光が空間を包んでいる。</p> <p>「あのオブジェクト……」<br /> 「現在調査中ですが、敵性反応はありません。安全ではありますが、もしかしたら……」</p> <p>空間兵隊長はそう言うので、ナズナ艦長は足で壁を蹴りオブジェクトの方へ向かう。<br /> 気になって仕方がないのだ、なぜあの転移現象の後にオブジェクトが反応を示したのか。そして何故レーザー攻撃を受けたのにも関わらず、無事なのか。<br /> そして謎の電波妨害がこのオブジェクトから発せられているということ。それらを含め、怪しすぎる代物だ。</p> <p>「こいつは危険な代物ね」</p> <p> それだけは確信できる。ナズナ艦長はその様に吐き捨て、オブジェクトに触った。外板はかなり分厚い様であり、錆を削ると黒以外塗装が目立つ。叩いてみるとかなり硬い。</p> <p>「ん?」</p> <p>と、その瞬間。ナズナ艦長がオブジェクトの外板を叩いたその時、オブジェクトの光が強まった。</p> <p>「何事っ!?」</p> <p>突然の反応にナズナ艦長はオブジェクトを蹴り、後ろへ下がった。空間兵が咄嗟に艦長を庇うように立ち塞がり、光の方向を見る。<br /> 光はオブジェクトのハッチの様な部品から漏れ出しており、そこだけ光っている。まさか、危ないスイッチを押してしまったか?と思った瞬間にハッチが開いた。<br /> ハッチが開くと、中からボロボロの服を着た長い髪の人間が出てきた。所々に茶色い汚れが見られるが、外観的には少女に近い。</p> <p>「誰か!?」</p> <p>空間兵の隊長が問いただす。しかし少女は何食わぬ顔で格納庫の乗員を見渡すと、ニヤリと笑った。</p> <p>「ふむ!良い目覚めじゃ!」</p> <p>少女はハッチから這い出てくると、銃を向けられているにもかかわらず背伸びをした。</p> <p>「もう一度言う!所属を名乗れ!」<br /> 「得物を下ろせ、愚民ども」</p> <p>少女は宇宙服を着ていない。しかし開口一番、この格納庫に響く様な大声でそう言った。威圧感と警戒感が強いが、空間兵達は臆することなく銃を向け続ける。</p> <p>「はてさて妾を、"この801号"を目覚めさせたのは何処の何奴じゃ?」</p> <p>乗員は艦長の方を見た。確かにオブジェクトから少女が出てくる前、変化の予兆として艦長が触れたのがあった。</p> <p>「え?私?」<br /> 「おお、其奴か」</p> <p>それを確認する前に、ナズナ艦長へ向け少女が近づく。</p> <p>「妾はお主に話があるのでの、聞いてはくれぬか?」</p> <p> 少女は見た目の幼さに似合わぬ、大人びた表情を顔に出しつつ、ナズナ艦長の肩を掴んだ。その笑顔とも悪戯笑みとも言えぬその表情は、ナズナ艦長にとっては忘れられないだろう。</p> <p> </p>
<p> </p> <p>メルパゼル共和国航宙軍第二戦隊旗艦〈アマヅチ〉<br /> 不明反応の攻撃から数分後</p> <p>「各部……状況を報告……」</p> <p>突然の光の衝撃から数分が経ち、ナズナ艦長は開口一番にそう言った。彼女も艦長の端くれ、不測の事態が起きた場合の対処は実に軍人らしい。</p> <p>「えっと……各種システム、兵装に問題はありません」<br /> 「熱浸透は認められず。表面温度は許容範囲内」</p> <p>事務的に上がってくる報告に胸を撫で下ろすナズナ艦長。どうやら先程の光で艦が深刻なダメージを負うことはなかったようだ。</p> <p>「航法長、本艦の現在位置は?」<br /> 「お待ちください。現在GPSシステムの復旧待ちです」</p> <p> 航法長のマシカ少佐が機器を操作し、GPSの復旧を試みる。このような不具合が起こった場合、GPSシステムは再起動しなければならない。所定の手順に従い、マシカ少佐は再起動を完了させた。</p> <p>「ん?あれ?艦長!」<br /> 「どうしたの?」</p> <p>と、再起動した直後にマシカ少佐は目を見開く。初めは何かの不具合かと思ったが、もう一度機器を操作しても直らないので艦長に確認を取る。</p> <p>「GPSが復旧したのですが、妙な位置を示しています」<br /> 「妙な位置?パルエ軌道じゃないの?」<br /> 「分かりません。不具合かと思いますが……我々は今エイアの軌道上にいます」<br /> 「え?何ですって?」</p> <p> ナズナ艦長はその明らか異常な報告を聞き、航法長の座席の前まで確認しに行く。ナズナ艦長が画面を覗き込むと、自艦のフリップは確かに惑星エイアの軌道上を指し示していた。<br /> 訳のわからない事態に対応しようとしていると、今度は内線電話が鳴り響く。</p> <p>「システムは再起動をして。それから、光学観測で付近に何か目印がないか確認を急いで」<br /> 「了解です」</p> <p> ナズナ艦長は航法長に指示し、内線電話の方向へ向かう。既に当直の士官が電話の受け答えをしており、その口調から相手はダメコン班からだと分かった。電話に表示されるマーカーを見ると、場所は艦の底部から。緊急の連絡として電話が掛かっている。</p> <p>「艦長、ダメコン班からです」<br /> 「分かったわ」</p> <p>ナズナ艦長が電話を取る。相手はダメコン班のベテラン作業員だったが、口調がかなり焦っている。</p> <p>『艦長ですか?こちらダメコンです。現在第一格納庫部に異常発生、格納庫の電源が完全にロストしています』<br /> 「何?何ですって?」</p> <p>次の報告もナズナ艦長の安堵を裏切った。第一格納庫は艦の底部にある格納庫で、そこには例のオブジェクトが収容されている。<br /> やはり先ほどの攻撃が原因だろうか?と考察しつつ、続きを聞き出す。</p> <p>「第一格納庫に人員は?」<br /> 『先程まで数名がいましたが、無線で無事が確認されています。しかし……今ハッチを開けようとしているのですが、自動で閉まったまま電源が喪失したので開きません』<br /> 「分かったわ。引き続き、格納庫を開けるようにして。多分、電源を繋げられれば開くはずよ。バッテリーの持ち出しを許可するわ」<br /> 『了解です。こちらも全力を尽くします』</p> <p>電話が終わるが、ナズナ艦長は不明な状況が多発し混乱しかけた。<br /> いきなり謎の攻撃と、センサー類を眩ます閃光。そしてエイア軌道を指し示す自艦のGPSと、開かなくなった格納庫。どれもが結びつかない、不可解な現象だった。<br /> それでも正気を保ちつつ、艦長席に戻ろうとしたその矢先に新たな報告が入る。</p> <p>「か、艦長……!」<br /> 「どうしたの?」</p> <p>先程確認を取らせた航法長のマシカ少佐だった。</p> <p>「光学観測で……エイアの存在を確認しました。我々は本当にエイアの軌道上にいます」<br /> 「え?本当に?」</p> <p>マシカ少佐に確認を取るが、彼とて信じられない様子でナズナ艦長の方を向いた。そして、その証拠を提示しようと口を開く。</p> <p>「はい……あの、艦橋シャッターを開いてもよろしいでしょうか?エイアが目の前にあります」<br /> 「分かったわ、シャッターを!」</p> <p> ナズナ艦長がそれを指示すると、艦橋構造物の窓を覆っていたシャッターが開く。普段はデブリや攻撃への対策として閉まっているのだが、今回ばかりは緊急事態だ。<br /> シャッターが開き、艦橋に青い光が差し込んでくる。それは恒星ソナの放つ太陽光ではなく、それが反射して光るエイアの青色だった。</p> <p>「嘘でしょう……?」</p> <p> 自分達は間違いなく先程までパルエ軌道上に居た。しかし眼前に広がる青い星にはパルエ特有の巨大大陸などはなく、点々とした青い海とどんよりとした大気が広がるのみ。これはエイアの特徴だ。</p> <p>「……通信、近くの友軍との交信を」<br /> 「え?」</p> <p>それでもナズナ艦長は動揺し艦長としての職務を放棄する事なく、通信のハラサキ大尉に指示を出す。</p> <p>「この状況を本部に伝えなければいけないわ、急いで試して」<br /> 「は、はい!」</p> <p> その他、指示を出し友軍とのコンタクトを取ろうとする〈アマヅチ〉。しかしナズナ艦長もエイア軌道が未だ未開発で、友軍どころか民間船すら少ないことくらい知っている。<br /> それにパルエ軌道からエイア軌道までの距離は、月面とは桁違いに遠い。この距離で果たして通信が繋がるのかどうかは不安材料である。<br /> そして、何故そもそもこんな場所にいるのか。先程までパルエ軌道の上に居たはずだ。それが何故……そしていつの間にか〈ユイマ〉もパンノニアのパトロール艦も居ない。</p> <p>「何がどうなっているの……?」</p> <p>各員が状況把握とその改善に努める中、ナズナ艦長は座席にて頭を抱えた。平然を装っていたが、彼女にも訳がわからない。動揺するのは普通の反応だった。</p> <p>────────────────────────────────────────────────────────────────</p> <p>統一パンノニア<br /> 〈アマヅチ〉の失踪から数日後</p> <p>『メルパゼル航宙軍、臨検を拒否か!?』<br /> 『メルパゼル航宙軍重巡宙艦、行方不明に』</p> <p> アシュルはパルエに帰還後、メロカと共にしばらく休暇をもらっていた。軍から与えられたアシュレーヴ市のホテルに泊まりつつ、アシュル大尉は端末の電子新聞を読む。<br /> 気になっている事があるのだ。<br /> 先日の偵察作戦において、偶然撮影してしまったあの女性。アシュルの幼馴染であるナズナが、あの場所にいたと言う事。そしてその数日後にメルパの宇宙艦が行方不明になった事。<br /> まさかとは思うが、ナズナの乗っている船が行方不明になったのでは無いかと、少しばかり懸念していた。</p> <p>「アシュルさん、入りますよー」</p> <p>ドアがノックされる。別室に泊まっているメロカ中尉の声だった。アシュルはそれを了承すると、メロカがドアを開け部屋に入る。</p> <p>「アシュルさん、聞きましたか?」<br /> 「ああ、例の行方不明事件のことだろ?居なくなる前にうちのパトロール艦が攻撃を受けたってな」</p> <p> パルエ本土でも、一応そこまでの報道はなされていた。パンノニア国籍のパトロール艦がメルパ艦の臨検を行おうとしたところ、突然攻撃を受けたと言う内容であるが、この報道にはパンノニア寄りの偏りがある。</p> <p>「大陸連盟の捜査では、直前に別方向より熱反応があったとのことで……第三者の介入が疑われています」<br /> 「聞いている。けど、パンノニア政府は信じないだろう。何せ相手は長年のライバル、メルパゼルだ。どうせまた大陸連盟の捜査結果を無視してイチャモン付けるんじゃないのか?」</p> <p> パンノニアとしては、この一件をパンノニアの都合の良い方向に捻じ曲げようとしていた。長年のライバルであるメルパゼルが不祥事を働いたのだ。絶好のチャンスである。<br /> そのため大陸連盟がいくら別の証拠を提示しようとも、パンノニア政府としてはそれを認めないのである。いつもの対メルパ外交での常套手段。過去には水晶戦争での介入でもそれが見られた。</p> <p>「それは確実なんですが、なんか事態がややこしそうなんですよね」<br /> 「どういう事だ?」<br /> 「クランダルトがパンノニアに追従しそうなんです。先日の報道官の発表、見ましたか?」</p> <p>名前が出てきたクランダルト帝国と言えば、最近はパンノニアとの関係が深くなっていると聞く。<br /> とは言っても利害関係上の関係強化であり、心情的に仲が良いとは言い切れない。南北戦争やパンノニア事変の時のこともあるからだ。<br /> それでも新冷戦時代に入ってからの関係は強化され、今ではアーキルを差し置いての最優遇ビジネスパートナーなのは確かだ。</p> <p>「まだ見てなかったな。どんな内容だ?」<br /> 「なんでも『メルパゼルの国際法違反の方が重大である為、これを無視するのは理に適っていない』的な事を言っていました」</p> <p> 即興の声真似を披露するメロカに対し、アシュルは考察を開始する。クランダルト帝国がこの件でパンノニア側に着くと言う意味、かなりややこしいし不自然である。</p> <p>「アシュルさん、何か怪しく無いですか?」<br /> 「確かにな。クランダルトとは悪く無い関係だが、ここまで加担するのは不自然だ」<br /> 「何か裏でもあるんでしょうか……?」</p> <p>それはそうとして、報道内容しか知らない自分達では考察がしにくい。もっと情報を集められる階級だったら、といつも思う。</p> <p>「……夕飯でも食べに行くか?」<br /> 「そうしましょう」</p> <p>少なくとも、パルエ本土では比較的平和な時間が流れていた。冷たい宇宙とはまるで違う世界であるが、ここからでも宇宙の星々は見える。<br /> この事件は確かにあの宇宙で進んでいるのであった。</p> <p>────────────────────────────────────────────────────────────────</p> <p>メルパゼル共和国航宙軍第二戦隊旗艦〈アマヅチ〉<br /> 状況把握から一時間後</p> <p>あれから約1時間が経ったが、未だ通信は繋がらない。その間も第一格納庫の復旧作業は依然として進んでいない。<br /> 通信回路と言っても電話回線では無い。宇宙空間では電波が届くまでにタイムラグがある為、電話では不便だ。まともに機能するのは、現代で言うメール通信の様な一方的な通信だけである。<br /> それですら繋がらないのであるから、何かしらの妨害があるのかも知れない。ナズナ艦長はそう睨んでいた。</p> <p>「ありえりとしたら……」</p> <p>ナズナ艦長は今第一格納庫の扉の前にいる。彼女の前にいる作業員が、第一格納庫の扉をレーザーカッターで切断しようとしている。<br /> ナズナ艦長は通信回路が繋がらない理由は、このオブジェクトにあると睨んでいた。格納庫のシグナルは消えているが、他の機器からオブジェクトのある場所から何かしらの電波が干渉していると報告を受けている。<br /> なので、原因はこの中にあるのだ。<br /> しかし、電源回路を見直しても第一格納庫の扉は開かなかった。そこで艦長は格納庫の扉を切断して開ける事を許可し、現在切断作業が行われている。</p> <p>「よし、開きました」</p> <p> 作業員が報告をし、その後ろに銃を持った空間兵と救護班が宇宙服を着た状態で待機していた。格納庫内部ではまだ宇宙服を着た作業員が取り残されており、彼らの酸素残量が心配なのだ。</p> <p>「開きます!」</p> <p>格納庫への扉が開く。すでに廊下の気圧は調節されており、空気が外に漏れ出すことはなかった。</p> <p>「突入!」</p> <p>銃を持った空間兵が先行し、内部のクリアリングを行う。どうやら敵性反応は居ないらしく、安全だと言う合図が出される。<br /> それと同時に救護班が取り残されていた作業員に駆け寄り、彼らを介抱する。すぐに医務室に運ばれ、緊急診断が行われるだろう。</p> <p>「内部に敵性反応なし。乗員は全員無事、オブジェクトもあります」</p> <p> 空間兵隊長の報告を受け、いよいよナズナ艦長も格納庫へ入る。中のオブジェクトはそのままの状態で格納庫に括り付けられており、位置は動いていない。しかし、出発時には無かった淡い光が空間を包んでいる。</p> <p>「あのオブジェクト……」<br /> 「現在調査中ですが、敵性反応はありません。安全ではありますが、もしかしたら……」</p> <p>空間兵隊長はそう言うので、ナズナ艦長は足で壁を蹴りオブジェクトの方へ向かう。<br /> 気になって仕方がないのだ、なぜあの転移現象の後にオブジェクトが反応を示したのか。そして何故レーザー攻撃を受けたのにも関わらず、無事なのか。<br /> そして謎の電波妨害がこのオブジェクトから発せられているということ。それらを含め、怪しすぎる代物だ。</p> <p>「こいつは危険な代物ね」</p> <p> それだけは確信できる。ナズナ艦長はその様に吐き捨て、オブジェクトに触った。外板はかなり分厚い様であり、錆を削ると黒以外塗装が目立つ。叩いてみるとかなり硬い。</p> <p>「ん?」</p> <p>と、その瞬間。ナズナ艦長がオブジェクトの外板を叩いたその時、オブジェクトの光が強まった。</p> <p>「何事っ!?」</p> <p>突然の反応にナズナ艦長はオブジェクトを蹴り、後ろへ下がった。空間兵が咄嗟に艦長を庇うように立ち塞がり、光の方向を見る。<br /> 光はオブジェクトのハッチの様な部品から漏れ出しており、そこだけ光っている。まさか、危ないスイッチを押してしまったか?と思った瞬間にハッチが開いた。<br /> ハッチが開くと、中からボロボロの服を着た長い髪の人間が出てきた。所々に茶色い汚れが見られるが、外観的には少女に近い。</p> <p>「誰か!?」</p> <p>空間兵の隊長が問いただす。しかし少女は何食わぬ顔で格納庫の乗員を見渡すと、ニヤリと笑った。</p> <p>「ふむ!良い目覚めじゃ!」</p> <p>少女はハッチから這い出てくると、銃を向けられているにもかかわらず背伸びをした。</p> <p>「もう一度言う!所属を名乗れ!」<br /> 「得物を下ろせ、愚民ども」</p> <p>少女は宇宙服を着ていない。しかし開口一番、この格納庫に響く様な大声でそう言った。威圧感と警戒感が強いが、空間兵達は臆することなく銃を向け続ける。</p> <p>「はてさて妾を、"この801号"を目覚めさせたのは何処の何奴じゃ?」</p> <p>乗員は艦長の方を見た。確かにオブジェクトから少女が出てくる前、変化の予兆として艦長が触れたのがあった。</p> <p>「え?私?」<br /> 「おお、其奴か」</p> <p>それを確認する前に、ナズナ艦長へ向け少女が近づく。</p> <p>「妾はお主に話があるのでの、聞いてはくれぬか?」</p> <p> 少女は見た目の幼さに似合わぬ、大人びた表情を顔に出しつつ、ナズナ艦長の肩を掴んだ。その笑顔とも悪戯笑みとも言えぬその表情は、ナズナ艦長にとっては忘れられないだろう。</p> <p> </p>

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: