ある提督の追憶〈前編〉

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ある提督の追憶〈前編〉 - (2023/02/10 (金) 23:57:57) の1つ前との変更点

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パルエ標準歴621年15月30日、クランダルト帝国において権勢を振るい帝国を私物化していた宮廷貴族を筆頭とした旧体制派は、国粋派の近衛騎士団を筆頭とした新体制派の起こしたクーデターによって今まさにその権力の座から引きずり降ろされつつあった。 そして旧体制派の有力な指揮官の一人であったマックス・フォン・カーレベルク提督も自らの属する陣営が敗北を迎えつつあるのをうっすらと理解していた。 (まさかこれほどまでに容易く負けるとはな……) カーレベルクは目の前で繰り広げられる醜態とも劣勢とも呼べる光景に忸怩たる思いを噛みしめていた。 彼の視界には彼が率いていた戦列が乱れ撃ち減らされた艦隊だったと言うべきみじめな小集団と、整然と陣形を組んでこちらを半包囲しつつある新体制派の艦隊の内の一つであるグレーヒェン艦隊、そして血と炎と煙を吹き上げて燃え盛る自らの座上艦ザルクバールの艦橋が映りこんでいた。 (もはや大勢は決したな…、しかしまぁ我ながらよくやったというべきかなんというか…) 新体制派と比べて数と火力で優勢ながら、明確な指揮系統と実戦経験がない打算とそれぞれの思惑の混じった烏合の衆の割にはよく奮闘したと言えよう。そう思ったカーレベルクの耳に副官であるヴァイグル中佐の声が届いた。 「閣下、ご無事ですか!?ご無事であられるならばご返事を!!」 「騒ぐなヴァイグル、頭に響く…」 先ほどから感じた右わき腹の苦痛と感覚はしなくなっており、半ば左手で抑えている実感すらなくなりつつあったがなんとか声を振り絞って副官ヴァイグル中佐の呼びかけに答える。 「あぁ閣下ご無事でs」 振り向きながら安堵の表情を露骨に浮かべながら口を開いたヴァイグル中佐が振り向くとともに途中まで言った言葉は途切れ、みるみるうちに顔が真っ青に染まる。 「あ、か、閣下ぁ!!軍医だ、軍医を呼べ!!」 普段の冷静沈着さからは考えられないような取り乱し方をしながら叫ぶ副官の様子を見て思わずおかしさを感じつつ彼は自分の脇腹を見た。 そこには深々と突き刺さった大きなガラス片があった。おそらくは先ほどの被弾時に飛び散ったものだろう。出血量と大きさから見て動脈を完全に切り裂き、内臓まで深々と突き刺さっているのがみてとれた。 (あぁ、これはもう助からんな…) 痛みはすでに麻痺して感じることはなく、ただ急速に失われていく体温だけが彼が死に近づいていることを示していた。 「まったく、こんなことならばもうすこし器用に生きればよかったな…」 思わず口から洩れる軽口に自分で笑いつつもふと思い出したことがあった。 「…ッう、そうだ、戦況は。ヴァイグル、戦況はどうなっている?」 それを聞いて一瞬呆気にとられた顔をしたヴァイグル中佐であったがすぐに表情を引き締めて報告を始めた。 「はい、現在わが方は艦隊を再編中であります。が、先ほどの宰相めの皇帝宣言により離反者が続出しております。すでに我が艦隊も一部の艦が離反しグレーヒェン艦隊に降伏、他艦隊に至っては造反者がでており、旗艦との砲戦や艦内での叛乱を繰り広げています。しかしながら新皇帝を僭称する宰相直属の艦隊は依然戦闘を継続しております」 「なるほど、まぁそうなるだろうな」 彼に言わせれば元々このクーデター自体が宮廷内の権力闘争の結果であり、さらに言えば初動で遅れをとった旧体制派が勝てる見込みなど最初からなかったのだ。むしろあれほどの愚行をやらかしながらここまで戦い抜いただけでも大したものであろう。 「そう考えれば…こういう最後であれば案外悪くはないな…」 そうつぶやいた後でカーレベルクはヴァイグルと先ほど到着した軍医に目を向ける。 「軍医殿、どうだ、この傷ではやはり助からんか?」 「それは・・・」 カーレベルクの問いかけに対し軍医が言葉を濁す。おそらくは助かる可能性は低いということなのだろうと察しつつカーレベルクはさらに続ける。 「自分のことは自分でわかる、私はもはや助からんよ。だが助かる可能性のある者を見捨てるわけにはいかん。軍医殿、私の傷は包帯を巻いて適当に止血するだけでいいので、まだ助かる可能性のある部下たちを見てやってくれないか」 「しかし閣下……いえわかりました。できる限りのことを行いましょう。」 少しの間反論しようとした軍医であったがカーレベルクの目を見ると何かを悟ったように引き下がった。 そして軍医が去っていくのを見送ったあとでカーレベルクは傍らに立つ副官に向かって語りかける。 「ヴァイグル中佐、幕僚団の中でも無事な者を集めてくれ。意識があるうちに最後の指示を伝えたい」 「了解しました」 そう答えたヴァイグルは即座に艦内伝声管を取り、幕僚と高級士官を呼びだす。 それを眺めながらカーレベルクはふとなぜこのようになったのか思い返していた。 ・ ・ ・ そもそものきっかけは今から3年前の618年に勃発した北半球のアーキル連邦による侵攻、いわゆるリューリア戦役によって帝国の属領艦隊が全滅し、帝国軍を占領地や属国の支配に使っていたクランダルト帝国が対外戦争を行う国力を大幅に損失したことにあった。 これにより貴族たちは戦力の一部を国防軍によって徴発されており、その隙を突いて宰相とその取り巻きが自らの利益のために皇女等を幽閉するといった腐敗が横行する帝国を正そうと、近衛騎士団長ラツェルローゼを中心とする国粋派がクーデターを起こしたのだった。 クーデター勃発当時、彼は自らの艦隊の根拠地を離れ、修復なった乗艦ザルクバールの試運転に立ち会うために帝都近郊でザルクバールに座乗していたところで軍港爆破事件の報を聞いたのだった。 「なに、軍港で爆発だと!?」 「はい、詳細は不明ですが帝都軍港にて大規模な爆発が発生。ドッグの底部に停泊していた帝都防衛艦隊所属艦の多数が炎上中とのことであります。また未確認ながら軍警と何者かの間で銃撃戦が行われてるとの事です」 「そうか、わかった。詳細は追って報告せよ」 「はっ!!」 そう言って通信兵が艦橋を後にすると副官であるヴァイグル中佐が口を開く。 「閣下、これはいったい……」 「わからん、だがろくなことではないのだろう。連邦の破壊工作という可能性もある、各員警戒を厳となせ」 「はっ」 彼の命令を受けてヴァイグルが配下の兵に通達するのを聞き流しながら彼は今回の事件について考えていた。 (まさかとは思うが現政権に不満を持つ者のクーデターか……) 「閣下、どうかされましたか?」 ヴァイグルの呼びかけに彼は自らの思考をあり得ないものとして中断して答える。 「あぁ、なんでもない。それより急いで帝都に進路をとれ、一刻も早く帰還し帝都を守らねばならん。随伴艦2隻にも直ちに伝えろ」 「はっ!!」 そうして試運転も大概に急ピッチで巡空戦艦ザルクバールとその随伴艦であるクライプティア級駆逐艦2隻はすぐさま帝都への帰路についたのであった。しかしながら事態は急変しつつあった。 「報告、前方1時方向に艦影を確認。友軍艦です」 「なに、どういうことだ?」 「落ち着け、友軍艦との通信感を開け」 カーレベルクの命令により友軍の生体紋を確認したヴァイグルは安堵のため息をつく。 「よかった、どうやら味方のようですね。あれは確か……」 「あぁ、おそらくシュリッサー伯の旗艦、アーベルディアだろう。しかしこんなところで何をしているのだ?」 「わかりませんが、とにかく接触しましょう」 ヴァイグルの言葉にうなずくとカーレベルクは艦長に命じて艦を減速させつつ接近していく。 やがて艦影がはっきりと見えるようになり、徐々に近づいていくにつれその全容が見えてきた。 アーベルディアは旧インペリーア・ヴィマーナ造船所製のヴァスカラ級戦艦であり、貴族戦艦として典型的な豪華な装飾や設備を保有しているのと引き換えに戦闘能力はお世辞にも高くなく、主砲もいまでは旧式と言っても過言ではない大口径短砲身臼砲だった。 「間もなくアーベルティアと合流します」 「よし、私が行こう。接舷してシュリッサー伯に何があったか直接聞きたい。ヴァイグル、ついてこい」 「了解です」 カーレベルクはアーベルディアが見えてくると、ヴァイグルとともに艦橋を出て艦底部に位置する連絡艇格納庫に向かい、連絡艇に搭乗した。そしてしばらくすると連絡艇は離艦し少しばかり飛行してからアーベルディアに着艦した。 「はるばるご労足いただき大儀であった、カーレベルク提督」 「いえ、こちらこそ急に乗り付けて申し訳ありません、しかし一体全体帝都で何が起きたというのですか?」 カーレベルクの問いかけに対し答えたのはシュリッサー公爵だった。 「うむ、非常におぞましい事に北の蛮族どもが再度帝都に迫ってきおったのだ。奴らはどうやら我が国の力をそぐため、我らの艦隊が駐留する軍港を狙ったらしい」 「なんと、それで被害は?それに陛下たちは無事なのですか!?」 「軍港は爆破され一番底に停泊していた国防軍艦艇の半数がやられたが、幸いにして我が貴族艦隊は無事離艦できた。現在我々はシュヴィーツ候の指揮の元にネネツに向かっておる」 「ネネツにですか、しかしそれは条約違反ですぞ」 「わかっている。だが背に腹は代えられぬ」 シュリッサー公爵は苦々し気に話す。 「現在シュヴィーツ候が態勢を立て直すべく各艦隊の指揮を執りつつネネツに向っておる。貴官にも同行してもらおうと思うが」 「お言葉ですが閣下、まだ情報が錯綜しておりいかんともしがたいです。それにリューリアで大損害を負った連邦軍が再侵攻を行うとは到底信じられません。何より帝都とその周辺にはまだ部下を残しています、ズューデンベル泊地にいる彼らを回収してから考えさせて頂きたいのですが」 「何!?うぅむ、いやしかし…。ハァ、まぁ良い。武勲多く忠誠心ある卿のことだ、万が一も無かろう、行くがよい。シュヴィーツ候には私から説明しておこう」 「感謝します」 こうしてカーレベルクはほどほどに状況を確認するとシュリッサー伯と別れて、ザルクバールで随伴の駆逐艦2隻と共に帝都へと直行したのであった。 それからしばらくして帝都近郊に到着した彼はまず、駆逐艦の艦載機で帝都を偵察させつつ通信感を用いてズューデンベル泊地への集合命令を下し、麾下の艦隊を含めた友軍の糾合を図っていた。 「よし、これで大体の戦力は確保できるはずだ。後は帝都の状況を確かめねばな」 そう言って彼は麾下の艦艇の集結を待ちつつ帝都へ向かいながら、放送や通信感などを確認していた。 「これは、どういう事だ……?」 帝都の様子がおかしいことに気づいたのは彼が帝都上空に差し掛かった頃であった。 帝都防衛艦隊に割り当てられていた竪穴型ドックの位置する場所のあちこちで火災が発生しており、煙が立ち上っていた。 さらには駆逐艦艦載機からの報告では帝都民が逃げ惑い、軍警と近衛騎士団、さらには耳目省所属と思われる部隊が銃撃戦を交えている光景も散見された他、近衛騎士団所属の艦艇が続々と帝都に侵入していた。 そして極めつけは先ほどから鳴り響く放送、その内容はあまりにも衝撃的なものであった。 『帝都の市民よ!!我々近衛騎士団は正統なる皇族、宰相一派によって幽閉されていたフリッグ殿下をお救いし今まで諸君らを虐げ国政を意のままにした愚鈍な貴族どもに鉄槌を下すべく決起した。諸君らの苦しみは今この時をもって終わるであろう!!』 「なんだと!?」 その放送を聞いたカーレベルクは思わず叫ぶ。 (近衛騎士団がクーデターを起こしたのか?馬鹿な、いったい何故だ!?) 「提督、いかがなさいますか?」 ヴァイグルが心配そうな顔をしながら尋ねる。 「落ち着け、まずは友軍艦艇と合流するんだ。その後我々は貴族軍の艦隊と合流するぞ」 「という事はつまり…」 「そうだ、いくら現政府が腐敗まみれとはいえあのクーデターは違法なものだ。そして我々は既に赤襟に身を包んでいる以上軍人であり、いくら政府が腐敗しているとはいえ命令に従い、秩序を維持する義務があるのだ」 「はっ、了解しました」 カーレベルクは冷静さを取り戻すと、ヴァイグルに命令を下して帝都防衛艦隊の残存艦と合流してからの、ズューデンベル泊地への帰還を試みた。そしてようやく味方と思しき艦影を発見した時だった。 「ん、あれはまさか……」 「どうかしたか?」 「あの前方のガリアグル級、あれは近衛騎士団のものではありませんか?」 「そんなはずは……」 そう言いつつも見張り員とヴァイグルがザルクバールに搭載されている大型双眼鏡で確認すると、確かにそこには近衛騎士団の塗装が施されたガリアグル級1隻が航行しているのが見えた。 「間違いありません、近衛騎士団のものであります!」 「くっ、やはり近衛騎士団が裏切りを!…」 カーレベルクはその事実を認めると歯噛みしながらつぶやく。 「まぁいい、付近の友軍艦からの返答はあったか」 「今のところはまだです」 「報告、前方近衛艦隊ガリアグル級より入電、所属を明らかにし停船せよと言っています」 「却下だ、この状況下でクーデターを起こした近衛騎士団の言い分を聞く義理はない」 「しかし、このままでは交戦になりかねません。そうなれば他の艦艇が向かってくるかと小官は愚考します」 「それもそうだ、ならば仕方ない。駆逐艦フュルクはネネツの貴族艦隊のもとに向かいこのことを伝えろ、我々はズューデンベル泊地に向かう!!」 「了解です」 こうしてネネツに向かう駆逐艦を見送った後、カーレベルクも自身の旗艦ザルクバールと護衛のクライプティア級駆逐艦アインニムを伴って気付かれぬうちに帝都近郊から離脱を試みた。が… 「報告、近衛ガリアグル級が発砲!!」 「いかん、回避せよ!!」 その瞬間、近衛騎士団艦隊所属のガリアグル級軽巡が発砲。ザルクバールとアインニムは急旋回し近衛艦から放たれた砲弾をなんとか回避していく。 「敵艦はどうだ!?」 「追ってきます、更に新たな増援を確認、数は3隻。艦種は駆逐艦ゲダルン級です」 「ちぃ、やはり逃がす気はないという事か」 「どうされますか、閣下」 「逃げるしかないだろう、ここで馬鹿正直に戦っても勝ち目は薄い。ズューデンベル泊地に艦隊を集結させそこで態勢を立て直してからだ」 「了解です閣下、ズューデンベルに進路を取ります」 こうしてカーレベルク率いる艦隊はネネツへ向かうはずだった道を引き返して帝都南部にあるズューデンベル泊地へと向かうのだった。一方その頃、ネネツではシュヴィーツ候とシュリッサー伯が率いる貴族艦隊はネネツ艦隊から条約違反の領空侵入であると警告を受けるも侵入を強行したばかりかあまつさえネネツ艦隊に対し発砲。その結果優美な戦艦を中心に構成され、空母を持たない貴族艦隊は予め待機していたネネツのグランビアによる空襲に遭う。早くも統制を失った貴族艦隊は反転し、帝都へ逃げ込みつつあった。 一方そんなことを露知らぬカーレベルクは麾下の艦艇を糾合すべく可能な限り広範囲で国防軍艦艇に向けて近衛騎士団によるクーデター発生を知らせる通信とズューデンベル泊地への集合命令を発信するよう命令を下し、アインニムと共に近衛騎士団艦隊所属艦を丘陵と雲でやり過ごすと一路ズューデンベル泊地を目指したのであった。そしてザルクバールより1ゲイアス先頭に位置する駆逐艦アインニムが泊地の係留塔群を目視確認したのは帝都軍港での爆発から1時間が経った頃であった。 ・ ・ ・ 泊地には元からここを根拠地としていたカーレベルク麾下の艦隊の他、クーデター発生の報を聞いて押っ取り刀で駆けつけてきた国防軍艦艇や地方貴族の艦艇が終結しつつあった。ここズューデンベル泊地は帝都とバナージュの間に位置しており、元々は整備ドッグすら持たない単なるさびれた小規模な一軍港でしかなかったが、リューリア戦役時に連邦艦隊による攻撃を受けなかったことと、地理的要因から帝都防衛の要としてリューリア戦役後に整備されてからは大規模な軍港として機能していた。 そんな中ズューデンベル泊地に集った戦力は以下の通り。 ・カーレベルク艦隊:巡空戦艦1隻、重巡3隻、軽巡5隻、軽空母2隻、駆逐艦10隻 ・泊地防衛艦隊:重巡2隻、軽巡2隻、駆逐艦8隻、警邏艇12隻、砲艦8隻 ・近隣から来訪した貴族艦艇:旧式臼砲戦艦3隻、重巡3隻、軽巡6隻、駆逐艦8隻、砲艦16隻 カーレベルクはこれらの艦艇を集めると直ちに艦隊の再編を行い、艦隊旗艦である巡空戦艦ザルクバ―ルへと艦隊の幕僚や高位の軍人を集合させた。 「諸君、既に知っているとは思うが現在帝国は未曽有の危機に直面している。先ほど近衛騎士団がクーデターを起こし、帝都を制圧した。我々は近衛騎士団によって制圧されている帝都を解放し皇帝陛下と皇女殿下をお救いせねばならない。よって兵力を結集しネネツ方面に離脱した貴族軍と合流して帝都へ向かう、全艦出撃。直ちに準備に取り掛かれ!!」 「「「はっ!!」」」 カーレベルクの号令の下、幕僚たちや高位士官は出撃準備を整えると各艦は次々と係留塔群を離れ陣形を組んで出港を開始していた。 「各艦が離陸を開始しました」 「空母シュメレイン、並びに空母アルバドルフの発進を確認。更に後方の巡空戦隊並びに空雷戦隊も順次離陸中とのこと」 「重巡アルフェンリッツ出港、軽巡レンベルカ並びにアイジンガー伯旗艦、戦艦ヴァルシュタットも離陸を開始しました」 「よし、我々も出るぞ。艦長、ザルクバールを離陸させろ」 「了解です」 カーレベルクが乗るザルクバ―ルも戦艦用係留塔に繋がれていた係留索を切り離し、多数の武装を搭載した細長い船体を震わせながら、既に地表から離れ大空を先行して航行していたアクアルア級重巡やレウラグル級軽空母、クライプティア級駆逐艦やガリアグル級軽巡に合流していった。 「やはり壮観だな」 「えぇ、そうですね……」 ズューデンベル泊地上空を飛行する艦隊を眺めるカーレベルクのつぶやきにヴァイグル中佐が相槌を打つ。 「しかし、近衛騎士団が裏切るとは到底信じられません。やはりあれは連邦の工作では?」 「私も信じられんが、現に近衛騎士団はクーデターを起こして帝都を制圧した。更にはあの放送だ。つまりこれは紛れもない事実なのだ。今はこの危機を乗り越えることを考えねばならんだろう」 「確かにその通りであります」 「決まりだな、全艦に通達。進路を東へ、オージア方面に進出後にネネツにいるはずの貴族艦隊と合流する。全艦最大船速!!」 こうしてカーレベルク艦隊は進路を東へ向けると、足の遅い旧式艦で構成された近隣地方貴族の艦艇や、態勢が整わずに着いてこれぬであろう艦艇を置き去りにしつつネネツ方面へと向かうのだった。 そしてカーレベルクはまだこの時は後から知ることになる衝撃の事実と失望の存在を知る事になるとも知らずにいたのだった……。
パルエ標準歴621年15月30日、[[クランダルト帝国]]において権勢を振るい帝国を私物化していた宮廷貴族を筆頭とした旧体制派は、国粋派の近衛騎士団を筆頭とした新体制派の起こしたクーデターによって今まさにその権力の座から引きずり降ろされつつあった。 そして旧体制派の有力な指揮官の一人であったマックス・フォン・カーレベルク提督も自らの属する陣営が敗北を迎えつつあるのをうっすらと理解していた。 (まさかこれほどまでに容易く負けるとはな……) カーレベルクは目の前で繰り広げられる醜態とも劣勢とも呼べる光景に忸怩たる思いを噛みしめていた。 彼の視界には彼が率いていた戦列が乱れ撃ち減らされた艦隊だったと言うべきみじめな小集団と、整然と陣形を組んでこちらを半包囲しつつある新体制派の艦隊の内の一つであるグレーヒェン艦隊、そして血と炎と煙を吹き上げて燃え盛る自らの座上艦ザルクバールの艦橋が映りこんでいた。 (もはや大勢は決したな…、しかしまぁ我ながらよくやったというべきかなんというか…) 新体制派と比べて数と火力で優勢ながら、明確な指揮系統と実戦経験がない打算とそれぞれの思惑の混じった烏合の衆の割にはよく奮闘したと言えよう。そう思ったカーレベルクの耳に副官であるヴァイグル中佐の声が届いた。 「閣下、ご無事ですか!?ご無事であられるならばご返事を!!」 「騒ぐなヴァイグル、頭に響く…」 先ほどから感じた右わき腹の苦痛と感覚はしなくなっており、半ば左手で抑えている実感すらなくなりつつあったがなんとか声を振り絞って副官ヴァイグル中佐の呼びかけに答える。 「あぁ閣下ご無事でs」 振り向きながら安堵の表情を露骨に浮かべながら口を開いたヴァイグル中佐が振り向くとともに途中まで言った言葉は途切れ、みるみるうちに顔が真っ青に染まる。 「あ、か、閣下ぁ!!軍医だ、軍医を呼べ!!」 普段の冷静沈着さからは考えられないような取り乱し方をしながら叫ぶ副官の様子を見て思わずおかしさを感じつつ彼は自分の脇腹を見た。 そこには深々と突き刺さった大きなガラス片があった。おそらくは先ほどの被弾時に飛び散ったものだろう。出血量と大きさから見て動脈を完全に切り裂き、内臓まで深々と突き刺さっているのがみてとれた。 (あぁ、これはもう助からんな…) 痛みはすでに麻痺して感じることはなく、ただ急速に失われていく体温だけが彼が死に近づいていることを示していた。 「まったく、こんなことならばもうすこし器用に生きればよかったな…」 思わず口から洩れる軽口に自分で笑いつつもふと思い出したことがあった。 「…ッう、そうだ、戦況は。ヴァイグル、戦況はどうなっている?」 それを聞いて一瞬呆気にとられた顔をしたヴァイグル中佐であったがすぐに表情を引き締めて報告を始めた。 「はい、現在わが方は艦隊を再編中であります。が、先ほどの宰相めの皇帝宣言により離反者が続出しております。すでに我が艦隊も一部の艦が離反しグレーヒェン艦隊に降伏、他艦隊に至っては造反者がでており、旗艦との砲戦や艦内での叛乱を繰り広げています。しかしながら新皇帝を僭称する宰相直属の艦隊は依然戦闘を継続しております」 「なるほど、まぁそうなるだろうな」 彼に言わせれば元々このクーデター自体が宮廷内の権力闘争の結果であり、さらに言えば初動で遅れをとった旧体制派が勝てる見込みなど最初からなかったのだ。むしろあれほどの愚行をやらかしながらここまで戦い抜いただけでも大したものであろう。 「そう考えれば…こういう最後であれば案外悪くはないな…」 そうつぶやいた後でカーレベルクはヴァイグルと先ほど到着した軍医に目を向ける。 「軍医殿、どうだ、この傷ではやはり助からんか?」 「それは・・・」 カーレベルクの問いかけに対し軍医が言葉を濁す。おそらくは助かる可能性は低いということなのだろうと察しつつカーレベルクはさらに続ける。 「自分のことは自分でわかる、私はもはや助からんよ。だが助かる可能性のある者を見捨てるわけにはいかん。軍医殿、私の傷は包帯を巻いて適当に止血するだけでいいので、まだ助かる可能性のある部下たちを見てやってくれないか」 「しかし閣下……いえわかりました。できる限りのことを行いましょう。」 少しの間反論しようとした軍医であったがカーレベルクの目を見ると何かを悟ったように引き下がった。 そして軍医が去っていくのを見送ったあとでカーレベルクは傍らに立つ副官に向かって語りかける。 「ヴァイグル中佐、幕僚団の中でも無事な者を集めてくれ。意識があるうちに最後の指示を伝えたい」 「了解しました」 そう答えたヴァイグルは即座に艦内伝声管を取り、幕僚と高級士官を呼びだす。 それを眺めながらカーレベルクはふとなぜこのようになったのか思い返していた。 ・ ・ ・ そもそものきっかけは今から3年前の618年に勃発した北半球の[[アーキル連邦]]による侵攻、いわゆるリューリア戦役によって帝国の属領艦隊が全滅し、帝国軍を占領地や属国の支配に使っていた[[クランダルト帝国]]が対外戦争を行う国力を大幅に損失したことにあった。 これにより貴族たちは戦力の一部を国防軍によって徴発されており、その隙を突いて宰相とその取り巻きが自らの利益のために皇女等を幽閉するといった腐敗が横行する帝国を正そうと、近衛騎士団長ラツェルローゼを中心とする国粋派がクーデターを起こしたのだった。 クーデター勃発当時、彼は自らの艦隊の根拠地を離れ、修復なった乗艦ザルクバールの試運転に立ち会うために帝都近郊でザルクバールに座乗していたところで軍港爆破事件の報を聞いたのだった。 「なに、軍港で爆発だと!?」 「はい、詳細は不明ですが帝都軍港にて大規模な爆発が発生。ドッグの底部に停泊していた帝都防衛艦隊所属艦の多数が炎上中とのことであります。また未確認ながら軍警と何者かの間で銃撃戦が行われてるとの事です」 「そうか、わかった。詳細は追って報告せよ」 「はっ!!」 そう言って通信兵が艦橋を後にすると副官であるヴァイグル中佐が口を開く。 「閣下、これはいったい……」 「わからん、だがろくなことではないのだろう。連邦の破壊工作という可能性もある、各員警戒を厳となせ」 「はっ」 彼の命令を受けてヴァイグルが配下の兵に通達するのを聞き流しながら彼は今回の事件について考えていた。 (まさかとは思うが現政権に不満を持つ者のクーデターか……) 「閣下、どうかされましたか?」 ヴァイグルの呼びかけに彼は自らの思考をあり得ないものとして中断して答える。 「あぁ、なんでもない。それより急いで帝都に進路をとれ、一刻も早く帰還し帝都を守らねばならん。随伴艦2隻にも直ちに伝えろ」 「はっ!!」 そうして試運転も大概に急ピッチで巡空戦艦ザルクバールとその随伴艦である[[クライプティア級駆逐艦]]2隻はすぐさま帝都への帰路についたのであった。しかしながら事態は急変しつつあった。 「報告、前方1時方向に艦影を確認。友軍艦です」 「なに、どういうことだ?」 「落ち着け、友軍艦との通信感を開け」 カーレベルクの命令により友軍の生体紋を確認したヴァイグルは安堵のため息をつく。 「よかった、どうやら味方のようですね。あれは確か……」 「あぁ、おそらくシュリッサー伯の旗艦、アーベルディアだろう。しかしこんなところで何をしているのだ?」 「わかりませんが、とにかく接触しましょう」 ヴァイグルの言葉にうなずくとカーレベルクは艦長に命じて艦を減速させつつ接近していく。 やがて艦影がはっきりと見えるようになり、徐々に近づいていくにつれその全容が見えてきた。 アーベルディアは旧インペリーア・ヴィマーナ造船所製の[[ヴァスカラ級戦艦]]であり、貴族戦艦として典型的な豪華な装飾や設備を保有しているのと引き換えに戦闘能力はお世辞にも高くなく、主砲もいまでは旧式と言っても過言ではない大口径短砲身臼砲だった。 「間もなくアーベルティアと合流します」 「よし、私が行こう。接舷してシュリッサー伯に何があったか直接聞きたい。ヴァイグル、ついてこい」 「了解です」 カーレベルクはアーベルディアが見えてくると、ヴァイグルとともに艦橋を出て艦底部に位置する連絡艇格納庫に向かい、連絡艇に搭乗した。そしてしばらくすると連絡艇は離艦し少しばかり飛行してからアーベルディアに着艦した。 「はるばるご労足いただき大儀であった、カーレベルク提督」 「いえ、こちらこそ急に乗り付けて申し訳ありません、しかし一体全体帝都で何が起きたというのですか?」 カーレベルクの問いかけに対し答えたのはシュリッサー公爵だった。 「うむ、非常におぞましい事に北の蛮族どもが再度帝都に迫ってきおったのだ。奴らはどうやら我が国の力をそぐため、我らの艦隊が駐留する軍港を狙ったらしい」 「なんと、それで被害は?それに陛下たちは無事なのですか!?」 「軍港は爆破され一番底に停泊していた国防軍艦艇の半数がやられたが、幸いにして我が貴族艦隊は無事離艦できた。現在我々はシュヴィーツ候の指揮の元にネネツに向かっておる」 「ネネツにですか、しかしそれは条約違反ですぞ」 「わかっている。だが背に腹は代えられぬ」 シュリッサー公爵は苦々し気に話す。 「現在シュヴィーツ候が態勢を立て直すべく各艦隊の指揮を執りつつネネツに向っておる。貴官にも同行してもらおうと思うが」 「お言葉ですが閣下、まだ情報が錯綜しておりいかんともしがたいです。それにリューリアで大損害を負った連邦軍が再侵攻を行うとは到底信じられません。何より帝都とその周辺にはまだ部下を残しています、ズューデンベル泊地にいる彼らを回収してから考えさせて頂きたいのですが」 「何!?うぅむ、いやしかし…。ハァ、まぁ良い。武勲多く忠誠心ある卿のことだ、万が一も無かろう、行くがよい。シュヴィーツ候には私から説明しておこう」 「感謝します」 こうしてカーレベルクはほどほどに状況を確認するとシュリッサー伯と別れて、ザルクバールで随伴の駆逐艦2隻と共に帝都へと直行したのであった。 それからしばらくして帝都近郊に到着した彼はまず、駆逐艦の艦載機で帝都を偵察させつつ通信感を用いてズューデンベル泊地への集合命令を下し、麾下の艦隊を含めた友軍の糾合を図っていた。 「よし、これで大体の戦力は確保できるはずだ。後は帝都の状況を確かめねばな」 そう言って彼は麾下の艦艇の集結を待ちつつ帝都へ向かいながら、放送や通信感などを確認していた。 「これは、どういう事だ……?」 帝都の様子がおかしいことに気づいたのは彼が帝都上空に差し掛かった頃であった。 帝都防衛艦隊に割り当てられていた竪穴型ドックの位置する場所のあちこちで火災が発生しており、煙が立ち上っていた。 さらには駆逐艦艦載機からの報告では帝都民が逃げ惑い、軍警と近衛騎士団、さらには耳目省所属と思われる部隊が銃撃戦を交えている光景も散見された他、近衛騎士団所属の艦艇が続々と帝都に侵入していた。 そして極めつけは先ほどから鳴り響く放送、その内容はあまりにも衝撃的なものであった。 『帝都の市民よ!!我々近衛騎士団は正統なる皇族、宰相一派によって幽閉されていたフリッグ殿下をお救いし今まで諸君らを虐げ国政を意のままにした愚鈍な貴族どもに鉄槌を下すべく決起した。諸君らの苦しみは今この時をもって終わるであろう!!』 「なんだと!?」 その放送を聞いたカーレベルクは思わず叫ぶ。 (近衛騎士団がクーデターを起こしたのか?馬鹿な、いったい何故だ!?) 「提督、いかがなさいますか?」 ヴァイグルが心配そうな顔をしながら尋ねる。 「落ち着け、まずは友軍艦艇と合流するんだ。その後我々は貴族軍の艦隊と合流するぞ」 「という事はつまり…」 「そうだ、いくら現政府が腐敗まみれとはいえあのクーデターは違法なものだ。そして我々は既に赤襟に身を包んでいる以上軍人であり、いくら政府が腐敗しているとはいえ命令に従い、秩序を維持する義務があるのだ」 「はっ、了解しました」 カーレベルクは冷静さを取り戻すと、ヴァイグルに命令を下して帝都防衛艦隊の残存艦と合流してからの、ズューデンベル泊地への帰還を試みた。そしてようやく味方と思しき艦影を発見した時だった。 「ん、あれはまさか……」 「どうかしたか?」 「あの前方のガリアグル級、あれは近衛騎士団のものではありませんか?」 「そんなはずは……」 そう言いつつも見張り員とヴァイグルがザルクバールに搭載されている大型双眼鏡で確認すると、確かにそこには近衛騎士団の塗装が施されたガリアグル級1隻が航行しているのが見えた。 「間違いありません、近衛騎士団のものであります!」 「くっ、やはり近衛騎士団が裏切りを!…」 カーレベルクはその事実を認めると歯噛みしながらつぶやく。 「まぁいい、付近の友軍艦からの返答はあったか」 「今のところはまだです」 「報告、前方近衛艦隊ガリアグル級より入電、所属を明らかにし停船せよと言っています」 「却下だ、この状況下でクーデターを起こした近衛騎士団の言い分を聞く義理はない」 「しかし、このままでは交戦になりかねません。そうなれば他の艦艇が向かってくるかと小官は愚考します」 「それもそうだ、ならば仕方ない。駆逐艦フュルクはネネツの貴族艦隊のもとに向かいこのことを伝えろ、我々はズューデンベル泊地に向かう!!」 「了解です」 こうしてネネツに向かう駆逐艦を見送った後、カーレベルクも自身の旗艦ザルクバールと護衛の[[クライプティア級駆逐艦]]アインニムを伴って気付かれぬうちに帝都近郊から離脱を試みた。が… 「報告、近衛ガリアグル級が発砲!!」 「いかん、回避せよ!!」 その瞬間、近衛騎士団艦隊所属のガリアグル級軽巡が発砲。ザルクバールとアインニムは急旋回し近衛艦から放たれた砲弾をなんとか回避していく。 「敵艦はどうだ!?」 「追ってきます、更に新たな増援を確認、数は3隻。艦種は駆逐艦ゲダルン級です」 「ちぃ、やはり逃がす気はないという事か」 「どうされますか、閣下」 「逃げるしかないだろう、ここで馬鹿正直に戦っても勝ち目は薄い。ズューデンベル泊地に艦隊を集結させそこで態勢を立て直してからだ」 「了解です閣下、ズューデンベルに進路を取ります」 こうしてカーレベルク率いる艦隊はネネツへ向かうはずだった道を引き返して帝都南部にあるズューデンベル泊地へと向かうのだった。一方その頃、ネネツではシュヴィーツ候とシュリッサー伯が率いる貴族艦隊はネネツ艦隊から条約違反の領空侵入であると警告を受けるも侵入を強行したばかりかあまつさえネネツ艦隊に対し発砲。その結果優美な戦艦を中心に構成され、空母を持たない貴族艦隊は予め待機していたネネツの[[グランビア]]による空襲に遭う。早くも統制を失った貴族艦隊は反転し、帝都へ逃げ込みつつあった。 一方そんなことを露知らぬカーレベルクは麾下の艦艇を糾合すべく可能な限り広範囲で国防軍艦艇に向けて近衛騎士団によるクーデター発生を知らせる通信とズューデンベル泊地への集合命令を発信するよう命令を下し、アインニムと共に近衛騎士団艦隊所属艦を丘陵と雲でやり過ごすと一路ズューデンベル泊地を目指したのであった。そしてザルクバールより1ゲイアス先頭に位置する駆逐艦アインニムが泊地の係留塔群を目視確認したのは帝都軍港での爆発から1時間が経った頃であった。 ・ ・ ・ 泊地には元からここを根拠地としていたカーレベルク麾下の艦隊の他、クーデター発生の報を聞いて押っ取り刀で駆けつけてきた国防軍艦艇や地方貴族の艦艇が終結しつつあった。ここズューデンベル泊地は帝都とバナージュの間に位置しており、元々は整備ドッグすら持たない単なるさびれた小規模な一軍港でしかなかったが、リューリア戦役時に連邦艦隊による攻撃を受けなかったことと、地理的要因から帝都防衛の要としてリューリア戦役後に整備されてからは大規模な軍港として機能していた。 そんな中ズューデンベル泊地に集った戦力は以下の通り。 ・カーレベルク艦隊:巡空戦艦1隻、重巡3隻、軽巡5隻、軽空母2隻、駆逐艦10隻 ・泊地防衛艦隊:重巡2隻、軽巡2隻、駆逐艦8隻、警邏艇12隻、砲艦8隻 ・近隣から来訪した貴族艦艇:旧式臼砲戦艦3隻、重巡3隻、軽巡6隻、駆逐艦8隻、砲艦16隻 カーレベルクはこれらの艦艇を集めると直ちに艦隊の再編を行い、艦隊旗艦である巡空戦艦ザルクバ―ルへと艦隊の幕僚や高位の軍人を集合させた。 「諸君、既に知っているとは思うが現在帝国は未曽有の危機に直面している。先ほど近衛騎士団がクーデターを起こし、帝都を制圧した。我々は近衛騎士団によって制圧されている帝都を解放し皇帝陛下と皇女殿下をお救いせねばならない。よって兵力を結集しネネツ方面に離脱した貴族軍と合流して帝都へ向かう、全艦出撃。直ちに準備に取り掛かれ!!」 「「「はっ!!」」」 カーレベルクの号令の下、幕僚たちや高位士官は出撃準備を整えると各艦は次々と係留塔群を離れ陣形を組んで出港を開始していた。 「各艦が離陸を開始しました」 「空母シュメレイン、並びに空母アルバドルフの発進を確認。更に後方の巡空戦隊並びに空雷戦隊も順次離陸中とのこと」 「重巡アルフェンリッツ出港、軽巡レンベルカ並びにアイジンガー伯旗艦、戦艦ヴァルシュタットも離陸を開始しました」 「よし、我々も出るぞ。艦長、ザルクバールを離陸させろ」 「了解です」 カーレベルクが乗るザルクバ―ルも戦艦用係留塔に繋がれていた係留索を切り離し、多数の武装を搭載した細長い船体を震わせながら、既に地表から離れ大空を先行して航行していたアクアルア級重巡やレウラグル級軽空母、クライプティア級駆逐艦やガリアグル級軽巡に合流していった。 「やはり壮観だな」 「えぇ、そうですね……」 ズューデンベル泊地上空を飛行する艦隊を眺めるカーレベルクのつぶやきにヴァイグル中佐が相槌を打つ。 「しかし、近衛騎士団が裏切るとは到底信じられません。やはりあれは連邦の工作では?」 「私も信じられんが、現に近衛騎士団はクーデターを起こして帝都を制圧した。更にはあの放送だ。つまりこれは紛れもない事実なのだ。今はこの危機を乗り越えることを考えねばならんだろう」 「確かにその通りであります」 「決まりだな、全艦に通達。進路を東へ、オージア方面に進出後にネネツにいるはずの貴族艦隊と合流する。全艦最大船速!!」 こうしてカーレベルク艦隊は進路を東へ向けると、足の遅い旧式艦で構成された近隣地方貴族の艦艇や、態勢が整わずに着いてこれぬであろう艦艇を置き去りにしつつネネツ方面へと向かうのだった。 そしてカーレベルクはまだこの時は後から知ることになる衝撃の事実と失望の存在を知る事になるとも知らずにいたのだった……。

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