「セ＝リ式疑似無重力発生装置に関する音声記録」の編集履歴（バックアップ）一覧に戻る
<p><span style="font-size:14px;">「録音開始、と。無重力発生装置一号を起動します。用意はいいですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ああ、いつでもどうぞ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「とはいってもクルカだしなぁ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「主任、本当に大丈夫なんですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「大丈夫よ。絶食させているから吐くとすれば胃液だけのはず」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それって掃除が大変ってことじゃないですか。あぁもう。」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「動物実験を否定するつもりはありませんけれど、本当にクルカでよかったのでしょうか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「仕方ないだろう。近くにいたのがいたずらクルカしかいなかったんだから」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それって体のいいお仕置きってことなんじゃないですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「うるさいわよ。やると決めたらやるの」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ところで主任、なんでこの、無重力発生装置でいいんですかね。作ることになったのか、いいかげん教えてくださいよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あれ、お前知らなかったっけ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「面白いものが見られるって言われて来ただけなんですよ俺」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「おい誰だ、部外者を呼んだのは」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ハーブさんの部署の方が六人いらっしゃるので、私が話した内容を口外して漏れたのだと思います」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「くそっ、おかげで観客席は人だらけだ。あ、リゼイちゃんに悪態ついたわけじゃないからね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そんなことより、これじゃどっちが見世物にされてるんだかわかりませんよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「事態を解決するには、主任が無重力発生装置の目的を明かして、ボタンを即座に叩くのが手っ取り早いのでは」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「手順としては、危険性が認められない限り、設定された安全装置が作動するまで起動し続けます。リゼイさん間違いはありませんね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ええ、主任の承諾は取り付けてありますので、そのままお願いします」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「主任がいる前で主任除け者にするってどうなのよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「っていっても主任が人の波に押されてボタンから遠ざかっちゃってるしなぁ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「おい、主任の委任承諾があるんだったら、誰がボタンを押してもいいわけだよな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それは、確かにそうだな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「俺が押したい」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「人類がコントロールできる無重力の第一人者になりたい奴はいるか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「俺も」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「俺が押す」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「押させてくれー、英雄になりたい」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ボタン一つでただでさえ狭い部屋が大混乱に陥ってますけど、貴方は押さなくていいんですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「いいのです。それに、これはまだ試作段階の装置なので、結果はもうわかっていますから」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「無事薄いぞ、無事に厚く張るやつはいないか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「いやどうやったってゲロでしょ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「おいおいリゼイちゃんを信じないのかよ。俺は無事に賭けるぜ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そうか、だったらゲロやめて無事に賭けよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「誰だゲロのほうにナットを賭け金で出したのは」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「主任、どこですか主任」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ここよ。残念ね、もうボタンを押してしまったわ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「いつの間に」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「お、クルカが浮き始めたぞ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「じたばたしているな、ゲロはまだか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「無事でいてくれー。俺の生活費がかかっているんだぁ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「アミーカは突然体が浮いてしまったことに驚いていますね。」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「え、あれアミーカだったの」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「たしか実験動物を選定したのは主任だったよな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「アミーカ、今度はなにをして主任を怒らせたんだ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そんなことはいい、無事でいてくれぇ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「もがいてるもがいてる。天井に張り付いたぞ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「やはり浮遊機関の暴走状態のような形態になってしまったな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「改良が必要だ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「本当に暴走しているわけではないという点は、セイゼイリゼイを評価すべきだろう」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ゲロに当ててくれなきゃ困るわ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「げ、主任。胴元を絞めに来たんですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「いえ。それよりも、ゲロに入れたナットはアミーカの掛け金だから」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「え、それって主任が入れたんですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そうよ。それで今のオッズはゲロがちょうど二倍よね。勝ったら二つにして返してちょうだい」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「えぇ……ええ、わかりました」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「アミーカが体を張って賠償を払う、と主任が言っていましたけど、こういう意味だったのですね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「私を怒らせると怖いわよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">［ﾋﾟｭﾌﾞﾌﾞﾌﾞﾌﾞﾌﾞﾌﾞ］</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あ、吐きましたよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「やったぁ。二倍だぁ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「俺の生活費がぁ……」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「フン、いいざまねアミーカ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あれ、そういえばリゼイちゃんさっき結果わかってるって言ってたよね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ええ、その通りですよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「汚ねえ。ゲロが空中に浮いたり天井に張り付いたりしてる」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「後で誰が掃除するんだよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「この分じゃあ、宇宙にアミーカは連れていけないなぁ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「宇宙に行くんだったらメッツクルカじゃないとダメだろうな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「わかってるよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あれ、これってもしかして宇宙空間を再現したものだったのかな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「むしろなんの実験に見えてたんだよお前は」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「こうなることもわかってたのかな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「はい。期待してくれたみなさんには申し訳ないのです」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「なんだぁ。でも結果を先に知っちゃうのはズルだよね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「感慨に浸っているお前は別の部署の人間だろうが」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「というか、無事に賭けてるアホは別の部署から来た人間しかいないぞ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あー。もしかして私たちハメられたのかな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「リゼイの発明だって言ったら絶対成功に賭けるだろうと思ってな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「おかげで今日は飲み代に困らなくて済みそうだ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「だー、くそぉ。覚えてろよぉ。生活費はいつか取り返すからなぁ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「はいはい帰った帰った。遊びは終わりよ。胴元の貴方はさっさとナットを二つ寄越しなさい」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「無重力発生装置一号の安全装置が作動します」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ああ、やっと静かになった」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「楽しい人たちでしたね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「煩わしい、の間違いではないかしら」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「少なくとも、私は楽しかったですよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そう。それならいいわ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「いやあ。無重力発生装置一号、無事に失敗しましたね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「当然だ。セイゼイリゼイが作成したといっても、ありきたりの浮遊機関を転用したものでしかない」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それを制御された暴走状態にしているだけなのだから、無重力という現象には程遠い」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「これを軍の奴らに見せればまた金を巻き上げられるから、いいじゃないですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「たく、軍の連中。俺たちを何でも屋と勘違いしているんじゃないか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「主任もこの話が来た時は驚いていましたもんね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ええ、打診自体は私がここに来る前からあったらしいのだけれど」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それまでの技術では難しいものがありますよねぇ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「でも、軍の要求した第一段階は完成ですね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「浮遊機関暴走状態の疑似訓練に使うって、局所的すぎませんかね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「建前だよそれ、宇宙に行くからその訓練装置くれって言っても予算院が取り合わないだろう」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それに比べて、浮遊機関の対暴走訓練自体は、珍しいものではない。」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「これからはクレーンとワイヤがいらなくなるとすれば、大きな進歩だろう」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ただ、私の予測でも再現できるのは疑似無重力状態ですからね。大きな期待はしないでください」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ああ、この前話してくれたよね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「たしか原初の浮遊機関は対無重力を主目的として開発されたとかなんとか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それを無重力の再現に使おうとしてるんだから、あべこべだよねぇ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ところで、アミーカと部屋は誰が掃除するんだ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「賭け金が大きい強欲なやつがやればいいんじゃないの」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「嫌だぜ、後でなんかおごるから許してくれよぉ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「端のタイル開けば排水溝があるでしょう。ホースで水ぶちまけるだけでいいわ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「さすが主任。私刑とはいえ場所の選定は完璧でしたか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それで、例のデータは取れたのかしら」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「はい。浮遊機関の暴走状態に巻き込まれたクルカは、過多となった浮遊エネルギーを吸収して体の制御ができずに浮き上がるようです」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「浮遊エネルギーが人間にもたらす効果はどうかしら」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「これからの実験次第ですが、仮設では、受容体が存在しないので直接の影響は受けないという説が有力です」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ただし、浮遊エネルギーに内包されてしまえば、受容体がなくても浮遊し、上昇しますね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「クルカと違って、受容体の拒否反応でゲロを吐くようなことはないですけどねぇ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「では、宇宙空間に普通のクルカを連れていくのは、土台無理と言うことね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「訓練で克服するか、浮遊エネルギーの影響を受けない気体を摂取させれば、浮遊エネルギー中毒は収まるでしょう」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「生理反応を訓練でとは、相手がクルカとはいえ可哀そうなことを言うんじゃない」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それに、まだ浮遊エネルギーを遮断する術も見つかっていないのでは、普通のクルカでは無理です」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「やはり、メッツクルカしかいないだろうな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「旧文明の浮遊エネルギー爆弾の余波に適応したと噂されるクルカのことですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それとアミーカを交配させれば、クルカにもメッツクルカの特性が付くという可能性はありますかね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">［ﾋﾞｭﾋﾞ､ｷｷｷﾘｷ……］</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あの、アミーカが助けを求めていますけど、誰か助けに行かないのでしょうか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「今は皆考えるのに忙しい。後にしてくれ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「研究者の悪い癖なんだ。諦めてくれ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">［ｷﾘｷｷ……］</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そんな殺生な、だそうですよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「死にはしない。報いを受けろ。いや、メッツクルカは背びれが余剰エネルギーの排出口を兼ねているために無事と推測されている」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「じゃあ、クルカに同じ背びれが生えてこないと無理ってことですねぇ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「宇宙とかいう、運動量がほとんど減衰されない空間はやっかいですね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「浮遊機関を使うとなれば、莫大な浮遊エネルギーを使って運動量を偏向させることになり、結果的にクルカはそのあおりでゲロ、か」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「このなかで、メッツクルカの密輸に詳しいものはいるかしら」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「主任。正攻法が詰んでいるからといって気軽に裏口を開けようとしないでください」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ところで、クルカを宇宙に連れて行かないという選択肢はないのでしょうか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あー、誰だ禁句を言ったのは。主任が怒るぞぉ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そうだぞ。主任はなぁ、アミーカにあんなことをしても根はやさしいんだぞ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「私が怒るのはアミーカが変なことをしたときだけよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それで、今回アミーカはどんなことをしたんだ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「それは、ええ……んふふ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「お、リゼイちゃんが笑ったよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「よっぽどだったんだろうな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「皆の前でセイゼイリゼイが思い出し笑いをするのは十日ぶり」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「定点観測によれば、リゼイは確実に人間らしくなっていると判断することができる」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ちょっとー、こんなときまで監視役として出しゃばるんじゃないわよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「了解した」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「私どもはこれにて」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あーったく、一癖も二癖もあるやつらの巣窟ねここは」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「主任がそれ言っちゃいますか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「予算を抱え込むために、クルカと浮遊エネルギーの関係性とかいう意味不明な題目を引っ張ってきたって聞きましたよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「他の部署と研究がかぶるのではどうしようもないですからな。苦渋の決断、心中お察しいたします」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「でも、みなさんは宇宙へ行きたいのですよね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ああ、それは間違いないぜ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「当たり前でしょう。そのために、わざわざ無重力発生装置をリゼイちゃんに作ってもらったんだから」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「誰がどんなことを言おうと、俺たちは宇宙に行くぜ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「馬鹿いえ、俺たちの子孫が、だろ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「夢がないわね。タマがついているんだったら私たちの世代で行くと言い切りなさい」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「うわ、毒舌」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「まあ、とりあえずの目標は月だろうな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「なんとか今世紀中にはセレネに行きたいもんだ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「だったら発射台の基礎に骨をうずめるくらいの働きはしなさい。月の家が私たちを待っているわ。貴方も、面識はなくとも同期のよしみで彼と会ってみたいでしょう」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「ええ。とても会いたいです」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「っていっても、彼か彼女かは俺たちも知らないんですけどね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「野暮なことは言わないことだ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「奴は俺たちを待ってるんだ。だったら月に直接乗り込んで助け出さないとな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「やれやれ、これで五人目か。これ以上増えると予算に困る」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「パラドメッドは厄介者を押し付ける集積場じゃないんだぜ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そういうお前もここに厄介になって長いだろうが」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「いまさら増えたって変わりはしないわ。予算ならどこからでも引っぺがしてくればいいのよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あるいはぁ、主任みたいに変な研究を引っ張ってくるかですね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「喧嘩なら買うわよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「いえいえー、お気になさらず」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「とにかく、私たちはもう止まることはないわ。どの思惑がそう思わざるとも、秘匿すべき技術というものが減ったこの時代、暴れなければ損というもの」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「人の金で暴れるのは気持ちいいものです」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「でもそれ、二割くらいはリゼイちゃんだけで稼いだお金なんだよなぁ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「え、別にいいですよ。どんどん使ってください」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「というわけで、俺たちは立派な厄介者のヒモ野郎になるぜ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そんなことより、誰か録音止めましたっけ。一度きりしか録音できない高価な鉄線を使っているので、無駄使いできないんですよね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あれ、録音中のライト消えてるから誰か止めたんだよね」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「勝手に止められると困るわ。実験の記録が途中で切れていたらと思うと」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「主任。私に録音機材を持ち出すよう頼んだときは、また別のことを言っていた気がしますよ」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「少なくとも、こんな騒ぎのなかで録音したからには、記録以外のことが多分に入っているだろうな」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「誰が実況係だったんですか」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「そんなん誰もいないに決まってるだろ。どうせ主任がリゼイちゃんの発明記念日ってことで記録を取ろうとしただけだろうし」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あの、みなさん」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「なんだいリゼイちゃん」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「何度も確認したのですけれど、あの録音機、誰も手を触れていないことが確認できました」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「え、そうなの。じゃあ録音中の光が消えてるのって」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あちゃー、白熱球の寿命か」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「あちゃーじゃないですよ。早く止めないと私たちの予算がなくなります」</span></p>
<p><span style="font-size:14px;">「まじかよ。早くそれを言えって。あ、ちょ──」</span></p>
