<p>パルエ暦7XX年 惑星パルエ上空</p> <p>『追跡班、二隻の現在位置を報告』<br /> 『……現在観測基地周辺に積乱雲が発生。光学追跡は困難』<br /> 『テレメーター、二隻の現在位置を再確認。〈アマヅチ〉の上昇は順調、まもなく作戦高度に到達』<br /> 『……待て、砲艦〈ユイマ〉のブースターユニットに問題発生。高度が足りない、予定軌道を下回るぞ』<br /> 「了解、〈ユイマ〉は再突入を準備。最悪の場合は本艦一隻で任務を遂行する」</p> <p>薄暗い艦橋には手元の計器の光しか映らない。外は夜で、宇宙ともなれば本当の漆黒の闇が広がる。窓を開けたとしても、さして光は届かないだろう。</p> <p>『〈アマヅチ〉、不帰投点を通過。作戦最終軌道に投入開始』<br /> 『第一段の全エンジンを点火』</p> <p>メルパゼル共和国航宙軍、第二戦隊旗艦の〈アマヅチ〉は初陣をこの闇夜の中で迎えた。</p> <p>『燃焼終了、〈アマヅチ〉は予定軌道に到達を確認』<br /> 『第一段、ブースターユニットをジェットソン』</p> <p>惑星パルエは宇宙時代を迎え、各国は新天地の主導権を握るために強力な有人艦隊を整備してきた。</p> <p>『各種電装系をチェック、オールグリーンまで待て』<br /> 「電装系チェック……完了。火器管制、航行管制、全てオールグリーン」<br /> 『第二段、燃焼開始』</p> <p>無論メルパゼル共和国も例外ではなく、その中でも〈アマヅチ〉級重巡宙艦は、メルパゼル航宙軍の新鋭艦として期待を受け、順調に建造されていた。<br /> そして完成した〈アマヅチ〉は一度目の進宙を終え、パルエに帰還し、乗員の完熟訓練完了してからまだ数ヶ月。初任務は急に訪れた。</p> <p>『燃焼終了、第二段、ブースターユニットをジェットソン』</p> <p>5年前に確認されたパルエに散らばる無数のオブジェクト。そのうちの一つが、静かな状態でパルエ周回軌道を漂っている事が確認されたのだ。<br /> これを知っているのは、高解像度のスキャン衛星を持ち合わせていたメルパゼル共和国のみ。ならば他国に渡る前に奪ってしまえと、画策した。<br /> その任務に〈アマヅチ〉が選ばれたのは、単にパルエ軌道上に、この作戦に突入可能なメルパゼル共和国の艦艇が他に居なかったからである。</p> <p>『全ブースターユニットをジェットソン』<br /> 『蛹は解かれた。艦の制御を戦隊各員へ譲渡し、以後の操作はロート。作戦を開始せよ』<br /> 「こちら司令、了解。これより作戦を開始する」</p> <p>〈アマヅチ〉の艦長兼第二戦隊司令官のナズナ・ミシア航宙軍大佐は、地上管制へ一言そう告げる。そして、窓を見て後方に遠ざかるブースターを見送った。<br /> ブースターを解かれ、晴れて自由の身となった〈アマヅチ〉。何度目かの宇宙を満喫する暇もなく、地上管制の指示を受けオブジェクトの方向へ反転、加速を開始した。</p> <p>「電探、〈ユイマ〉の位置はどう?」<br /> 「本艦より20ゲイアス後方、高度はかなり低いです。援護可能時間は予定の約半分、340秒です」</p> <p> 〈アマヅチ〉の護衛として同時に打ち上げられたのは、軌道砲艦の〈ユイマ〉。こちらは小型の船体に180mm口径の狙撃砲を搭載した文字通りの"砲艦"だが、艦歴は〈アマヅチ〉より長い。<br /> だが今回〈ユイマ〉はブースターユニットの不調により高度を稼げず、予定していたのより遥かに低い位置にいる。これではパルエの重力に引っ張られ、援護が不可能になってしまう。</p> <p>「砲艦の推力で上がるのは無理よ。340秒後は本艦のみで作戦を遂行する」<br /> 「無茶ですよ」<br /> 「大丈夫、無茶こそデカい船の仕事よ」</p> <p>ナズナ艦長は当直士官にそう言い切る。こういう時にこそ自信を持って、それこそ大船に乗ったつもりでいなければ、任務は成功しない。<br /> 何せこの船の乗員は急に引っ張り出されて来たのだ。士気だけも高くなければ、圧倒されてしまう。</p> <p>「観測衛星6号機より報告、惑星の丸みの向こうに目標オブジェクトを再確認」<br /> 「了解、これより周回追撃に入る。艦内及び戦隊各艦に下令、総員第一種戦闘配置、戦闘ブリッジに移行。万が一に備えて」<br /> 「アイアイ艦長、総員第一種戦闘配置」<br /> 「目標を光学で確認、軌道、速度変わらず」</p> <p>ついに〈アマヅチ〉の光学センサーが、目標オブジェクトを望遠視界に捉えた。まだボヤけているが、その特徴は捉えられる。<br /> 目標は黒く細長い本体に結びつくよう、2つのブースターらしき物体が備え付けられている。明らかな人工物である。</p> <p>「電探に感あり!後部より小型物体多数射出!」<br /> 「ただの自動迎撃システムよ、対ショック体制を」</p> <p> その時、軌道上に幾つもの火球が出現した。自動迎撃システムが吐き出した対宙爆雷の爆散である。無重力空間では爆炎ですら形を丸くし、さながら太陽が生み出されたと錯覚する。</p> <p>「目標爆裂!衝撃波到達まで、5……4……3……2……1……」</p> <p>艦内に衝撃波が到達。大きく揺れ、金属が軋む音と士官の悲鳴が響き渡るが大事に至ることはなく、宇宙軍艦としてのタフネスさを見せつける。</p> <p>「損害は?」<br /> 「各種システム異常無し、無傷です」<br /> 「電探に感あり、目標より分離体を確認。これは……」</p> <p> オブジェクトが分離したであろう物体は、もし破片ならば見当違いの方向へ吹き飛ばされるはずなのであるが、むしろ自らの意志で反転しこちらに向かって突撃。<br /> すぐさま担当士官がデータを参照し、旧兵器の欄から相手のシステムを予想する。〈アマヅチ〉の最新鋭コンピュータが予想を弾き出すまで約10秒。</p> <p>「物体のデータを照合、厄介な突撃迎撃システムです」<br /> 「了解、まずは突撃システムを排除する。主砲および誘導弾を準備」<br /> 「アイアイ、艦長。砲身展開、各砲射撃体制へ!」</p> <p>今まで熱対策で格納されていた〈アマヅチ〉の砲身が露わになった。155mm自動砲の細長い砲身が、その先端を突撃システムへと向けた。<br /> 突撃システムはちょこまかと乱数軌道を見せつけるが、自動砲が装填した炸裂弾は一定の範囲を焼き尽くす。回避されたところで問題はない。</p> <p>「〈ユイマ〉が砲撃を開始!」</p> <p>後方からの援護射撃。<br /> 砲艦〈ユイマ〉が放った180mmの砲弾は途中で弾体を分離、中の散弾が数十機の突撃システムを捉えると自ら炸裂。その衝撃波と破片により、十数機の突撃システムがバラバラになった。<br /> これが最新の対宙砲弾、その名も『52式空間炸裂弾』である。中の散弾には爆薬と近接信管が搭載され、空に放たれればクラスター爆弾の様に当たりを焼き尽くす。</p> <p>「〈ユイマ〉の砲撃が命中!14目標撃墜!残りの援護時間は145秒!」<br /> 「こちらも主砲発射、撃て」<br /> 「了解、撃ち方始め!」</p> <p> 2基の自動砲より砲弾が放たれる。155mmの砲弾は宇宙をただひたすらに真っ直ぐ飛翔。その軌道を読み取り回避を行った突撃システムに対し、手前で炸裂した。<br /> 砲弾から散弾が撒き散らされ、それらが突撃システムを順々に破壊していく。〈アマヅチ〉に搭載されているのは52式炸裂弾の155mmモデルで、威力では〈ユイマ〉の主砲には劣りながらも、かなりの制圧効果を発揮する。</p> <p>「敵弾、来ます!」<br /> 「回避行動を取りつつ誘導弾を発射。前進し続けろ!」<br /> 「目標ロック、軽ラケーテ発射!」</p> <p>艦上部の垂直発射管が開き、ラケーテが飛翔。陣形を崩した突撃システムへ、次々と向かっていく。<br /> 一度に誘導できるのは4発まで。だが自動砲とは違って一度狙いをつければ後は命中を待つだけなので、余裕ができる。</p> <p>「マーク、インターセプト!6機撃墜!」<br /> 「副砲を休ませるな、100mm自動砲も射撃開始」<br /> 「了解!副砲、撃ち方始め!」</p> <p>その余裕を主砲と副砲の照準に裂き、効率よく敵の数を減らしていく。<br /> 主砲は前方の敵を狙い、副砲は近づいた敵を、ミサイルは回り込んでくる敵を排除。士官と乗員達は訓練を満了したばかりの新人であるが、それでも敵を圧倒している。</p> <p>「一機撃ち漏らしました!」</p> <p>しかし、その弾幕をすり抜けて数機の突撃システムの侵入を許した。</p> <p>「近接火器、自動迎撃!」</p> <p> 小口径の近接機関砲が、自動システムに則って迎撃を開始する。しかし突撃ユニットは弾丸の雨をすり抜け、ヒラリヒラリと鮮やかな軌道を見せつける。ここまで近づかれると、その機動性は脅威となる。<br /> 被弾する……とは言っても突撃ユニットの体当たりでは〈アマヅチ〉のバイタルパートは貫通できないだろうが、もし奴の狙いが弱点区画に当たったら?<br /> 例えば今射撃している近接火器だったら……<br /> ナズナ艦長が最悪のシナリオを考えてしまったその時、下方からの砲撃が突撃システムへと炸裂した。〈アマヅチ〉の散弾よりも威力が高いその砲撃と爆裂。すり抜けた目標は撃墜された。</p> <p>「あ……〈ユイマ〉の援護射撃です、最後の迎撃システムを排除」<br /> 「〈ユイマ〉は高度限界です。これ以上の援護は不可、帰投していきます」</p> <p> 〈アマヅチ〉を救った救世主は、何も言うことはなくそのまま大気圏に突入した。あそこまで高度が下がってしまったら、あとは引力に捕まりパルエに降りるだけだ。作戦中には戻っては来れない。</p> <p>「……脅威は排除したな。よし、オブジェクトを再度補足」<br /> 「了解……なっ!?目標が減速しています!」<br /> 「何ですって?」</p> <p>これにはナズナ艦長も流石に聞き返す。<br /> 慌ててコンピュータ計器を確認すると、確かにオブジェクトが減速し始めていた。そして同時に減速による高度が低下し、パルエへ降下している。<br /> オブジェクトは機能停止しているのかと思われていた。しかし、「明確な意思を持って減速した」という事実には重大な意味がある。<br /> 一つは中のシステムが生きている可能性がある事、二つ目はこの減速が着陸ではなく質量攻撃だという可能性だ。</p> <p>「墜落地点は?」<br /> 「パンゲア大陸東部より誤差6000km!なおも変動中!」<br /> 「間に合わないわ、迎撃が困難になる前にアプローチを仕掛ける」<br /> 「アイアイ艦長!コース合わせます!」</p> <p>こうなれば死に物狂いで目標に接触するしかない。<br /> アレの目的が何であれ、地表に着陸されれば迎撃は困難になる。私たちがわざわざ脱出速度を超えて宇宙に飛んできた意味がなくなるのだ。<br /> アマヅチが目標とアプローチを行うには、目標の減速に合わせて高度と速度を保たなければならない。その為まず、アマヅチは反転180度。メインエンジンのある艦尾を向け、減速を行う。</p> <p>「燃焼は30秒よ、合図で開始して」<br /> 「了解!」</p> <p>コンピュータが表すガイドに従い、燃焼のタイミングと時間を見誤らない様、合図を準備。<br /> 計算された情報ではオブジェクトの減速率よりも大きく減速すれば、ガクンと高度が下がって上に大き被さることが出来る。<br /> それが成功するかは慎重なタイミングが必要だ。</p> <p>「減速、今!」<br /> 「燃焼開始!」</p> <p>〈アマヅチ〉のメインエンジンが、〈アマヅチ〉自信を減速させるために燃焼を開始した。<br /> 本来であれば最大12.370MNの推力で自艦を加速させるメインエンジンが、減速のために使われるという皮肉であるが、宇宙空間において最大のブレーキとなるのは自艦のエンジンなのだ。<br /> その皮肉の通り、〈アマヅチ〉はスラスターとは比べ物にならない比率で減速していく。無論高度もガクンと下がり、オブジェクトに接近すると共に地表にも近づいていく。<br /> 一歩間違えれば二度とチャンスがなくなってしまう大一番の勝負であるが、乗員は30秒の燃焼をピッタリと終え、不測の事態はなかった。</p> <p>「燃焼終了!」<br /> 「下部アンカー準備!それから再び反転180度!」</p> <p>今度は高度が下がる中、再び艦首の向きを入れ替えた〈アマヅチ〉は、下部に搭載されたロケットアンカーを準備。<br /> このアンカーにはロケットモーターが取り付けられており、ミサイルの様に目標への誘導が可能だ。そして目標に当たると突き刺さって抜けなくなり、錨としての役割を果たすのだ。</p> <p>「目標ロック、距離4ゲイアス!」<br /> 「アンカー発射!」</p> <p>艦首に搭載された6本のアンカーは、赤外線レーザーの誘導が指し示す箇所に向かってまっすぐ飛んで行った。<br /> 細長い物体に対して命中するかどうかは誘導員次第であるが、彼らは下部の管制室からリモコンを必死にコントロールしているであろう。<br /> そして、訓練通り当たったのは6発中5発だった。</p> <p>「アンカー5本命中!」<br /> 「エンジン点火!持ち上げるわよ!」</p> <p>そして、今度こそ正の方向へ向いたメインエンジンが燃焼を開始する。<br /> 減速し高度が下がったオブジェクトを、エンジンの出力で無理やり持ち上げる作戦。あまりに無茶が過ぎるが、今はこれ以外に地表への墜落を止める手段はないのだ。</p> <p>「5……4……3……2……1……燃焼終了!」</p> <p>最大限の燃焼を終えると、オブジェクトは元の周回軌道に戻っていた。<br /> アンカーと接続されたワイヤーが巻き取られ、反作用によりお互いが近づいている。完璧な拿捕、これなら最寄りの基地へ持ち帰る事だって可能だ。</p> <p>「さあ、持ち帰ってやるわよ」</p> <p>ナズナ艦長は艦を安定させた後、目標を睨みその命令を発した。</p> <p> </p> <p>────────────────────────────────────────────────────────────────</p> <p> </p> <p>パルエ暦7XX年、パルエ人類の宇宙開発は新冷戦と共に熾烈を極めている。その対立は新天地、宇宙空間へと広がっていた。<br /> その冷たい競争による宇宙開発の末、パルエ人類はパルエ外の惑星にも到達。東側陣営は衛星セレネと惑星ウィトカ、西側陣営では衛星メオミーと惑星ルーン、そして南半球勢力は惑星エイアへの有人飛行をそれぞれ成功させる。<br /> そして各国はその新天地での地盤を固めるべく防衛費の予算を増大させる。各国が各国の利益を守る独自の宇宙軍、その設立である。</p> <p> </p>