曇天の宇宙:第三話~空間偵察機~

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曇天の宇宙:第三話~空間偵察機~ - (2022/04/05 (火) 19:14:23) のソース

リデア湾上空3万メートル

青く透き通った手付かずの海は、ギザギザの海岸線により面白い形に成形されている。東都まで距離は長いが、その街並みはこの距離からでも十分発展して見える。
なぜ遥か彼方にそれが見えるのか、それはアシュル大尉とコパイのメロカ少尉が上空3万メートルに居るからだった。

「ここまで上空に上がると、空が黒く見えます」
「当たり前だ、直ぐそこに宇宙があるからな」

今2人は、複座で宇宙まで行ける特殊な偵察機に乗っている。『ヴィシリマ複座偵察機』という、非常に高価で非常に貴重な偵察機である。
しかし、この機体が宇宙へ行くには上空3万メートルにまで上がれる母機が必要だ。今はその母機に吊り下げられた状態でヴィシリマ偵察機は空を飛んでいる。

「メロカ少尉」
「はい?」
「宇宙ってどんなとこだと思う?」

メロカ少尉を揶揄うように聞いてみると、少尉は「えっと」と一言置いて回答してくれた。

「何度か行きましたが……正直な事を言うと、ちょっと暗くて怖いところだと思います。広さに飲み込まれてしまいそうな……」
「そうか?うーん、まあ人それぞれだよな」

宇宙開発全盛期でも、宇宙が怖いと考える人はまあ居なくは無いだろう。飛行機や空中艦が発達した時代でも「空に上がるのが怖い」と考える人間もいた。

「なら、その広さに飲まれない様にするに為にアドバイスしてやる。宇宙へ行ったら、近くの星を見ろ」
「星?宇宙だと暗くて星は見えないんじゃないですか?」
「ばーか、惑星の方だよ」
「な、何で馬鹿なんですか!」

そんなやり取りをしていると、母機の方から通信が入った。

『こちらマザー。予定高度に到達した。ラスラン01、発射まで残り30秒』

母機は双銅の巨大な飛行機の形をしており、その機影はかつてパンノニアが南北に分かれていた頃に活躍した『ラースローⅡ』と似ている。
名前は『ラスロー空中発射母機』、こいつも貴重で高価な軍用航空機だ。

「了解マザー、こちらの準備はオールグリーン」
『了解、カウント20秒だ』

ここから先、ヴィシリマ偵察機は母機から投下されロケットエンジンを点火する。そしてそのまま宇宙へ飛び上がり、無線封鎖の中、単独で作戦を開始するのだ。

『カウント10秒』
「来たぞ、舌噛むなよ?」
「は、はい!」

遂にその時が来る。宇宙時代にて活躍する極秘の偵察機が、その翼を広げる瞬間だ。

『5……4……3……2……1……投下!』

機体が切り離され、ふわりとした感覚が機体を包む。そして──

「ロケット始動!」

スイッチを押す。点火されたロケットエンジンにより、凄まじい衝撃と加速度を生み出す。舌どころか歯茎から血が滲み出そうな勢いの中、ヴィシリマ偵察機は空へと飛び上がった。

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メルパゼル航宙軍第一宇宙基地
ラスラン01離昇から数時間後

結局、メルパゼル航宙軍の上層部はオブジェクトの移送を決めた。出発点である第一宇宙基地では〈アマヅチ〉が係留され、そこへオブジェクトがゆっくりと輸送されていた。
その周囲の宇宙を空間戦闘機"シンセイ"が飛び回り、薄暗い宇宙空間にて怪しい物体がいないか偵察飛行を繰り返している。
さらには軍港設備から宇宙艦が発進し、周囲を覆い隠すように布陣して作業をなるべく見えないようにしている。
それはもう、現金輸送作戦の如き物々しい警備体制だった。

「本作戦には、第一戦隊より〈アマヅチ〉と〈ユイマ〉を抽出する。艦隊行動は目立つだろうが、捕られるよりはマシだろう」

第一航宙艦隊司令官のマツダ・ハルト中将と、その参謀がナズナ大佐含む輸送作戦に関わるメンバーに説明を行っている。
予定では6日間の航海の予定で、直行ルートで衛生メオミー軌道上の第三宇宙基地へと向かう。

「さて、作戦概要は以上だが……何か質問は?」

作戦参謀が発言を許可したので、話を聞いていたナズナ大佐が挙手をした。

「〈アマヅチ〉艦長のナズナ大佐ですが、航海の途中で積荷の検査などを求められた場合はどうしますか?」

それが一番の懸念だ。極秘に輸送するという都合上、大陸連盟軍のパトロール艦などに当たってしまうと面倒なことになる。積荷の検査を要求されるからだ。

「なるべくそのようなルートは避けてはいるが……万が一でも接触してしまった場合は、難癖をつけて拒否してくれ」
「分かりました。ありがとうございます」

そうして作戦確認が終わると、解散の合図と共に全員が席を立った。ナズナ大佐も書類をまとめ、〈アマヅチ〉に戻ろうとする。

「ん?」

と、何か窓から視線を感じた。いや、窓の外は宇宙空間なので誰かいるなどあり得ないのだが、確かに視線を感じたのだ。

「まさか……ね」

視線の先には、曇天事件のモニュメント。あれがこの宇宙新冷戦を作り出した張本人である。
国際宇宙ステーション"ユット・ド・パンゲア"だった破片が散らばり、中にあった膨大な量の酸素が漏れ出し、デブリモニュメントの周りは曇り空のように白く澱んでいた。

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統一パンノニア王国宇宙軍 コールサイン『ラスラン01』
同時刻

「どうしたんですか?」

メロカ少尉の言葉で我に返り、後席を振り返るアシュル大尉。

「いや、なんでもない」

先程彼はヴィシリマ偵察機のカメラ性能を確かめるべく試し撮りをしてみたのだが、あまりの性能の高さに驚愕した。
真空空間とはいえ、800ゲイアス先の会議室を鮮明に映し出したのだ。精度がいいってもんじゃない、偵察衛星並みの高性能だ。
本来ならばそこに驚くべきなのだが、アシュル大尉は別の意味でも驚愕していた。激撮した会議室らしき箇所にて、1人の女性とこちらと目が合った。

「航宙軍に入ったとは言っていたが……まさかこんな所に居るとはな」

目があった女性こそ、アシュル大尉の古い幼馴染……ナズナ・ミシア本人だ。鮮明すぎる盗撮写真から感じる面影で、それを確信した。

「……それよりメロカ、熱は出していないよな?」
「はい、許容範囲です」

宇宙空間における戦闘機は、常に霧の中にいるようなイメージだ。まず盲な状態から敵機が発する熱や電波、空間異常をセンサーで読み取り探すところから始まる。
その後は視界に捉え続けて追いかけるのは、大気圏内でのドッグファイトと変わらない。しかし、この『敵を探す』という動作にてパイロットの命運が分かれるのだ。
だからこそ、熱などを遮断し身を隠すというのは空間戦闘機乗りにとっての重大技能の一つである。
なるべく動かず、それこそ今回みたいにデブリモニュメントに隠れて空間探知を誤魔化すのもその応用だ。

「よし、じゃあ本番と行くか。カメラ準備」
「はい」

メロカが計器を操作する。2人ともテストパイロットであり、もちろん偵察機を飛ばした事も何度かある。それに関する動作も体が覚えている。

「最大望遠で覗いてやるぜ」

いやらしく聞こえるかもしれないが、そもそも怪しい動きをしているのが悪いという事でここは一つ。
と、そんなことを考えながらアシュル大尉はカメラの搭載された機首を微妙に調節し、コパイのメロカ少尉を撮影に集中させる。

「見えてますか?」
「ああ、バッチリだ。どれどれ……」

どアップで撮影された映像を、ヘルメットディスプレイに映し出して2人で共有する。ピントが合ってくると、宇宙基地の全容が見えた。
どうやらメルパゼル軍は何かの積み込み作業をしているらしい。その物体はわりかし大きな……艦載機サイズの何かの物体だ。それを重巡に積み込もうとしている。

「なんだありゃ……?」

よく見ると、被さったシートの裏から淡い光が漏れている。この独特な光を放つ物体は、現代文明には存在しない。

「[[旧文明]]……」

しかし、そこで映像が途切れてしまった。

「撮影終了です。カメラの冷却まで30秒」
「……メロカ、今のどう思う?」

メロカ少尉に直接聞いてみる。もちろん自分の中での結論は出ているが、確信が欲しかった。彼女も難しい表情で悩みつつ、答えてくれた。

「確実に[[旧文明]]関連のものでしょうね……」
「だよな。どおりで、あのメルパがわざわざ回収するわけだ」

[[旧文明]]関連の遺産は、技術が発達し目覚め作戦が行われた後の時代、つまり現代でも十分貴重な技術的財産だ。
それらから得られる技術を再現できれば、この宇宙時代をさらに切り開くことだって可能になる。メルパゼルはそんな遺産を狙っていたのだ。

「どうします?もっと撮影しておきますか?」
「……いや、正体がわかっただけで十分だ。任務達成だ」

そう、自分達が打ち上げられたのはメルパゼルが「何を回収したのか?」という点を暴くためである。つまり、記録が取れた時点で任務達成だ。
これ以上撮影を繰り返しても、逆に発見されるリスクを大きくするだけだ。
今ヴィシリマ偵察機は無線封鎖をしている。データ通信などを行えば一瞬で位置がバレるからだ。なので、このデータはパルエに帰還し直接渡さなければならない。生き残る事も重要だ。

「よし、このままデブリが隠してくれるのを待って……ん?」

と、アシュル大尉が身を隠そうと機体をデブリに隠した時。上を飛んでいた一機の空間戦闘機が、編隊から離反した。そして、こちらの方向へ向かっている。

「まさか……気づかれたか?」
「え?そんなまさか!熱源は最小限にしていた筈ですよ!」

慌てた表情のメロカ少尉。確かに慌てるような事態だが、こんな状況で騒がれてしまっては危機を煽るだけ。アシュル大尉はメロカ少尉を、昔ながらの方法で黙らせた。

「シーッ、静かに」


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メルパゼル航宙軍 第一番宇宙基地所属 第144航空隊

シンセイ、もといメルパゼル語で"震星"はメルパゼル航宙軍が正式採用する空間戦闘機である。翼のない宇宙空間用の胴体に、エンジンと武装とコックピットを備える。
その性格は「空間戦闘をこなせる魚雷艇」とも言える。何せ他国の空間戦闘機とは違い、元が作業ポットなのだ。サイズも他国の戦闘機よりも一回り大きい。

『アズチ隊長、空間センサーに感あり。僅かな反応ですが、モニュメントの方角に熱反応があります』

その日、第一番宇宙基地にて警戒飛行を続ける航空隊はいくつか居たが、熱源を探知した飛行隊はその中でも練度の高い方だった。
第144飛行隊の指揮官であるアズチ・モヤマ大尉は、部下が発見した報告を逃さず聞く。

「モニュメントの方角だと?温度は?」
『摂氏温度48°、一瞬でした』

この時代の空間戦闘機に搭載されている探知装備には様々な種類がある。レーダーだけでなく、温度、電磁波、光学などの多岐にわたる。
霧の中の様な宇宙空間では、レーダーだけではデブリとの区別がつかない。なので、他の探知装備のデータと照らし合わせて敵を探すのだ。
その中でも、相手のエンジン熱などを探知する熱探知はレーダーの次に多く活用される。パルエに散らばるデブリの多くは冷えているので、熱を持っているならエンジンが付いているという事だ。

『どうしますか、大尉?』
「……あんだけ冷えているデブリが熱を発するなんて、異常があるとしか思えん」

アズチ大尉はモニュメントの方向を見る。何か光った様には見えないが、もしかしたら相手は隠れたのかもしれない。

「一応、俺が見てくる。お前達は上で見張ってろ」
『了解』

アズチ大尉は機体の進路を変更。スラスターを稼働させ、モニュメントの方角へ自ら確認をしに行く。その道中、アズチ大尉はほくそ笑んだ。

「誰だか知らんが不運だったな、シンセイが相手で」

もしコソコソ隠れる不届き者がいるならば、そいつは不運だ。
なぜならこの基地には、高性能センサーを有するシンセイが番犬として配備されていたからである。
デブリの溜まっている宙域に到着すると、アズチ大尉はサーチライトのスイッチを入れ、辺りを照らした。

「何処に居る……?」

凍った水蒸気が視界を白く濁らせ、サーチライトがなければ数メートル先もよく見えない。普通なら見逃してしまいそうな場所ですら、アームを使って瓦礫を避け、隈無く捜索する。
視界は薄暗く、瓦礫も多く熱も少ない。やはりここは隠れるにはうってつけの地点、誰かここにいるのは確実だ。
レーダーは障害物だらけで使い物にならない。代わりに熱センサーの感度を最大に広げ、僅かな熱源ですら見逃さない構えで捜索する。
と、一つの瓦礫がアズチ大尉の視界に映った。その瓦礫には大陸連盟のエンブレムが描かれていたらしいが、真っ二つに割れている。新冷戦を象徴しているみたいだ、と思いつつその瓦礫を退ける。
しかし、瓦礫が避けられた後にアズチ大尉は凍りついた。
瓦礫がゆらりと退かされた瞬間、空間戦闘機の機銃と目が合ったからだ。

「なっ!?」

アズチ大尉は一瞬判断が遅れ、反撃することすらできなかった。ヴィシリマ偵察機の方が先に引き金を引き、リボルビング機銃が火を噴いた。
毎分1600発の機銃が2門。弾丸がアズチ大尉のシンセイに突き刺さり、一瞬で蜂の巣にする。
コックピットは真っ先に潰された。


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統一パンノニア王国宇宙軍 コールサイン『ラスラン01』

「くそっ、シンセイのセンサーは地獄耳か!」

アシュル大尉は相手のセンサー強度の理不尽さに愚痴を吐きつつ、デブリ帯を抜け出した。一気に広い宙域に飛び出し、後ろを確認する間も無く逃走を開始した。

「メロカ、後方を確認しろ!何機付いてきている!?」
「3機です!いずれもシンセイ型!」

存在がバレた空間偵察機は、空間戦闘機に対して非常に無力だ。空間偵察機は重たいレーダーや偵察装備などを搭載しているため、非常に鈍重なのだ。
なので、存在がバレた場合は一目散に逃げるしかない。ドッグファイトなどもってのほか、特に相手がシンセイの様な機体ならば尚更だ。

「距離は!?」
「後方4ゲイアス!とっくにラケーテの射程です!」

一直線の軌道を取るヴィシリマ偵察機に対し、シンセイ3機は後方斜め上から頭を抑える様に追い縋る。

「熱源センサーでラケーテを見ておけ!」
「はい!」

シンセイに搭載された短距離ラケーテの射程は未知数だが、おそらく射程に入っているのは確実だ。いつ攻撃が放たれるか、そのタイミングをセンサーで見計らう。

「射出反応!弾数12!」
「っ!!」

一機につき4発。相手の大盤振る舞いを憎みつつ、フレアのボタンを押した。それと同時に機体を右方向にバレルロール。フレアで描き出す複雑な軌跡により、宇宙空間にエンジェルフレアを作り出す。
短距離ラケーテのシーカーは熱に反応する。なのでフレアは妨害装置として適切だった。
12発のうち6発が、そのフレアに惑わされて自爆。
次の4発はフレアを偽物として見分けられたが、ヴィシリマを見つける事ができずに明後日の方向へ。
そして最後の2発がヴィシリマに迫る。

「くっ!!」

機体を大きく捻り込み、再びフレアを射出。急な機動に追従できなかったラケーテは、目標を見失ってそのまま明後日へ直進した。

「危ねえ!」

今のは本当に危なかったと、一言だけ吐き捨てた。
しかし今の急旋回でブラックアウトするかと思った。メロカ少尉は気絶していないだろうか、そう思って後ろを振り向いた瞬間。

「右!」

後席からその声が響いた。アシュル大尉は一瞬の判断で言葉の意味を読み取り、右方向のラダーを蹴る。
スラスターがガスを噴射、ヴィシリマ偵察機を横にずらす。先程まで居たその空間を、機銃弾が過ぎ去って行った。
メロカ少尉は気絶してなどなかった。それどころか今彼女は後席から敵機を確認し、機銃が飛んで来るタイミングを見計らっているのだ。

「左!」

今度は左方向に舵を切る。スラスターにより横滑りしたヴィシリマは、本当にギリギリのタイミングで機銃弾を避けていく。
後方を彼女に任せ、アシュル大尉は前方を見た。前方に障害物、それも巨大で入り組んだデブリ帯。昔の宇宙艦の残骸だろうか?それらが散らばっており、その中への突入は危険だった。

「よし!障害レースの始まりだ!」

しかしアシュル大尉はそのデブリに臆する事なく、むしろスロットを吹かし加速した。むしろその中へ突入し、敵機を振り切ろうというのだ。
障害物競走が始まった。デブリのほとんどは金属の外板であるが、中にはネジや配線などの細かい部品もある。
これらが機体に当たったり絡まったりすれば、機体にダメージが出てしまう。しかし、アシュル大尉はそれを気にすることなくそれらを掻き分けて進んでいく。

「敵機、まだ2機!」

メロカ少尉は障害物に入ったことを知っているのか、あえて何も言わずにアシュル大尉に着いていく。そしてこの視界の悪さの中、敵機を見失う事なく捉え続ける。

「度胸のある奴は2機だけか、誘ってやる」

アシュル大尉は機体に搭載されたデコイを準備する。これは空間戦闘機に搭載されている撹乱装置の一つで、機体と同じ反応を示す装置が取り付けられた優れ物だ。
それをアシュル大尉は一瞬の隙を突き、デブリの隙間に発射。自機はすぐさま軌道を変え、一瞬だけエンジンを止めた。
すると面白い事に、一機のシンセイがデコイを追いかける。全速で追いかけて行った先には狭いデブリの隙間。当然大柄なシンセイでは回避できず、衝突した。

「まだ1機が付いてきます!」

デブリを突き進み、細かい旋回を繰り返せば敵機が距離を縮める。それを見越し、アシュル大尉は一つのデブリを見定めた。

「あれだ……!」

ちょうどいい大きさで、ヒビが割れている脆いデブリ。それに向かって機首を合わせ、機銃のトリガーを引いた。
放たれた弾丸はデブリを粉々に砕き、破片を散らばせる。そしてバラバラになったデブリに向け、最後の仕上げを行う。

「つかまってろ!」

アシュル大尉はスラスターを吹かし、機体を急旋回。エンジンの噴射をデブリに浴びせた。
そして前方の視界には、今まで後ろにいた敵機が見える。それが急静止し、デブリを避けようと照準をずらした。
つまり、絶好のチャンスだった。

「食らえ!」

トリガーを引き、リボルビング機銃を全力で撃ち込んだ。機銃弾がエンジンを粉々にし、コックピットを粉砕し、バラバラになっていく。
僅か数秒間の出来事だったが、相手は機首がズレているので、反撃するとこも出来ずに一方的に蜂の巣にされた。
そして、エンジンの噴射により脆かったデブリは真っ二つに割れ、道が開けた。デブリ帯の出口を抜け、慣性に従って降下していく。

「切り抜けたぞ、やったな」
「ええ……最後のは酷かったですけれど」

メロカ少尉はこの急旋回にも気絶せずに着いてきてくれた。ありがたい話だ、彼女が居なければ偵察任務も生き残ることもできなかっただろう。
ヴィシリマ偵察機は高度を下げ、パルエへの降下軌道を取った。もう後は慣性と重力に従い、パルエに降下するだけだった。

「……もう、追ってきませんよね?」
「大丈夫さ、シンセイは翼がない。大気圏では運用できない宇宙戦闘機だからな」

機体が大気との摩擦により、熱を発した。大気圏への突入だ、ヴィシリマは偵察機である以上単独での大気圏突入能力も備えている。
地上からヴィシリマは綺麗な流れ星のように見えたであろう。燃え尽きる事はないのだが、その煌めきは一瞬だった。