<p>統一パンノニア王国 王立国防省<br /> 偵察から数時間後</p> <p> ヴィシリマ偵察機がパルエに帰還後、偵察写真はすぐさま王立国防省に届けられた。ヴィシリマ偵察機は無事に洋上のパンノニア領の飛行場に降り立ち、写真はデータ通信で送られている。</p> <p>「こちらが、ヴィシリマ偵察機が捉えた写真です」</p> <p>プロジェクターに写真が映し出された。撮影されたのは、メルパゼル航宙軍が何かの積み込み作業をしている様子。その物体に注目が集まる。</p> <p>「これの分析結果は?」<br /> 「何かの機械である事は間違いありません。そして、この金属の材質をデータ化した結果なのですが、この物体は旧文明関連遺物の可能性が出てきました」</p> <p>会議場の面々も、前からその可能性を考えていた。なので決して動揺はしなかったが、別の意味で会議室がざわついた。</p> <p>「つまり、旧文明のオブジェクトがいつの間にかメルパに取られていた、と言うことかね?」</p> <p>そう、会議室の面々はそれに警戒感を示しているのである。<br /> メルパゼルとパンノニアは長年のライバルであると同時に、仮想敵同士だ。両国の軍事バランスはパンノニアの有利で固められ、第一次冷戦もその国力差で勝者の座についた。<br /> しかし、旧文明の遺産はそのバランスを簡単に揺るがす代物ばかりだ。例えば山一つ吹き飛ばすリコゼイ砲だったり、あらゆる現代装甲を貫通するストレイツェル砲だったり。<br /> その遺産の正体が不明にせよ、それがメルパゼルに渡ったと言う事実は非常に警戒するべき事象だ。もしそれが大量破壊兵器の類で、バダダハリダ弾道兵器を用いてパンノニア本土に打ち込まれたりしたら……と思うと悪寒が背筋を蝕む。</p> <p>「早急に手を打つべきだ。何かそのオブジェクトを奪取、もしくは破壊する方法を」</p> <p>1人の将校がそう言うと、他のメンバーも一部が頷いた。中々に過激な意見であるが、先ほどの理由もあるので彼らは焦っている。</p> <p>「待て、何もそこまでしなくても良いじゃないか」<br /> 「それで戦争になったらどうするんだ?大陸連盟が黙ってないぞ?」</p> <p> しかし反対の声もある。幾らパンノニアが大国で強力な軍備を備えているとはいえ、メルパゼルはそんじょそこらの小国とは違う。彼らは有力な有人宇宙艦隊を整備しており、艦艇の技術力では一部追い抜かされている。そんな相手に戦争をするのは得策ではないし、こちらの犠牲も無視できないだろう。<br /> それに、大陸連盟の意見は幾ら大国パンノニアでも無視する事はできない。今までソナ星系で戦争が起きなかったのは、新冷戦において大陸連盟が全ての国家よりも上の超法的大国として位置付けられていたからである。逆らう事は国際立場を失うことに等しい。</p> <p>「じゃあどうするんだ?奴らが遺物を解析して技術を増幅させるのを黙って見ているのか?」<br /> 「そうだ、黙って見ていられない。それに宇宙での小競り合いなら、冷戦初期から何度も起きているじゃないか。それくらいなら圧力をかけられるだろう?」</p> <p> 彼らの言う通り、黙って見ている事はできないだろう。パンノニアとしては最も関係が悪いメルパゼルの動きを放っておくわけにはいかない。どうしても過激な意見が出てしまう。<br /> その上、大陸連盟の発言力の問題もある。確かに大陸連盟は『超法的大国』ではあるが、その発言力は冷戦が始まってから低下する一方だ。結局新冷戦における小競り合いや領宙侵犯などは止められていない。<br /> ならば戦争にならない程度で殺ってしまえばいいじゃないか、と言う考えは新冷戦において既に各国に染み付いてしまっていた。</p> <p> 「どうせお互い、軍事費のほとんどは宇宙に注ぎ込んでいるんです。地上には軍隊がほとんどいません。これは好機では?宇宙空間だけでカタをつければいいのですよ」<br /> 「そうは言っても、正当な建前がなければならない。何を言うんだ?」</p> <p>彼らの議論は白熱するが、まとまった答えは出ない。時間を浪費するだけだと思った将校が、それを制して会議を進める。</p> <p>「静粛に……とにかく、これを受けて何をするかは政府が決めることだ。一旦上に持ち上げて、軍人の我々はそれに従おうじゃないか」</p> <p>将校はそう言うが、納得していない軍人も多くいた。</p> <p>「お待ちください。一つご提案が」<br /> 「なんだ、言ってみろ?」</p> <p>その空気を察してか、1人の将校が手を挙げ発言を求める。その人物は女性軍人で、宇宙軍の腕章を片腕に付けていた。</p> <p>「こちらに正当性を持たせたまま、メルパゼルの積荷を追求する手段として、我が軍のパトロール艦を使うのはどうでしょう?」<br /> 「ほう、どうするのかね?」<br /> 「まず、適当ないちゃもんをつけて積荷を検査します。宇宙法上の何某と言えば、メルパゼルもカーゴを開かざるを得ません」</p> <p>女性将校はよほど自信があるのか、胸を張って説明を続ける。</p> <p> 「そして、積荷を検査し旧文明の遺産を積んでいると確信を得たならば、大陸連盟にこの件を持ちかけ国際問題に発展させます。そうすれば、メルパゼルの遺産研究を邪魔できます」</p> <p>その言葉に頷く将校は少なかったが、意外な意見に「なるほど」という反応は多かった。<br /> 実際問題、旧文明の遺産は大陸連盟が進んで管理をしている。それを一国が独占するとなれば、確かに国際問題だ。</p> <p>「ならばやってみるか?君、今すぐ派遣できるパトロール艦は?」<br /> 「今すぐの派遣は難しそうです。まず、相手の予想航路を割り出す必要があります」<br /> 「ならばそれを今すぐやってくれ。我々は一旦、この件を上に棚上げしておこう」</p> <p>そうした会議の末、その日の夜には宇宙軍パトロール部隊が動き始めた。<br /> まずは出港したであろうメルパゼル航宙軍輸送艦隊を捕捉するべく、パトロール部隊が索敵行動を開始。メルパゼル航宙軍の艦艇を、片っ端から臨検するという虱潰し作戦だ。</p> <p><br /> ────────────────────────────────────────────────────────────────</p> <p><br /> メルパゼル航宙軍 第二戦隊<br /> パトロール部隊の行動開始から3日後</p> <p>重巡宙艦〈アマヅチ〉はオブジェクトを積み込み、僚艦と共に輸送作戦を開始した。メオミーへ向かう航路を加速し、何もない宇宙空間を航行し続ける。<br /> 航海開始から既に3日が経っていた。今のところ追跡部隊などの追手は確認されていない。順調である。</p> <p>「戻ったわ」<br /> 「艦長がブリッジへ」</p> <p>ナズナ艦長は航海中の仮眠を終え、戦闘艦橋へ戻って来た。現在、〈アマヅチ〉と〈ユイマ〉の二隻の乗員は、ローテーションを組んで休憩をしている。<br /> 航海も3日が過ぎたが、残りはまだ半分。全方位への警戒を怠らないよう、適度な緊張感が保たれていた。</p> <p>「艦長、上層部より電文が届いています」<br /> 「分かったわ、見せて」</p> <p>通信士のハラサキ大尉の報告を聞き入れ、ナズナ艦長は自分の頭より上に設置された艦橋ディスプレイに注目した。他の士官もそれに注目する。</p> <p>「読み上げます。『偵察機についての進展なし、引き続き輸送任務を続行せよ』との事です」<br /> 「……そう、分かったわ。返信を用意して」<br /> 「了解です」</p> <p> 3日前の出港の日、第一番宇宙基地にて空間戦闘機のスクランブル事件が発生した。どうやら何者かの偵察機が、オブジェクトの積み込み作業を監視していたようでありる。<br /> 航空隊が隠れていた偵察機を見つけ出したものの、反撃で3機のシンセイが撃墜されている。相手の所属は不明なままだ。<br /> 上層部は作戦がバレた事を警戒していたが、このままオブジェクトを第一番宇宙基地に置く方が危険であると、輸送作戦の続行を命じた。そして今に至る。</p> <p>「3日経っても進展なしで犯人は解らず……大丈夫なんでしょうかね?」</p> <p> 砲術長のアガノ少佐が不安を口に漏らす。それは艦長とて一緒の気分であるが、情報部とて賢明な活動を続けて捜索をしているであろう。専門外のことには批判しないでおく。</p> <p>「分からないけれど、彼らも仕事をしているはずよ。それに、今回の件は数日で判明するような事柄じゃないわ」</p> <p> 艦長がそう言うなら……と他の士官たちも不安を押し殺し、ひとまず賛同してくれた。そして艦橋の士官たちがそれぞれの仕事に戻ったその瞬間、電子音が鳴り響く。</p> <p>「電探に感あり、距離550ゲイアスにて小型反応を探知」</p> <p>電探員のリカコ大尉の報告と共に、レーダーフリップに新たな反応が現れた。小惑星か、はたまたデブリかは分からないが、第二戦隊に向かって接近している。</p> <p>「目標は、こちらへまっすぐ接近してきます」<br /> 「艦影か小惑星か、識別を開始して」<br /> 「了解です」</p> <p>宇宙艦も空間戦闘機と同じで、基本は霧の中で戦っている。なので空間戦闘機と同様、レーダーで探知した目標を識別する必要があるのだ。<br /> 空間戦闘機と違うのは、宇宙艦は空間戦闘機より遥かに高度なセンサー類を搭載しており、識別が容易という事だ。特に巨大な宇宙艦同士ならば尚更。</p> <p>「反応より熱反応を検知。エンジン反応です」<br /> 「こんな所に艦影……?」</p> <p> 〈アマヅチ〉ら第二戦隊は、普段通らないような航路をとっている。この航路は少なくとも民間船の航路は完全に避け、途中の中継基地なども通らないメオミーへの直行ルート。軍艦の性能でしか通れない特別なルートである。<br /> しかしそんな航路に宇宙船の反応が現れた。ならば民間船ではない、相手は宇宙艦である。</p> <p>「艦長、相手艦から微弱なレーザー反応があります」<br /> 「レーザー?攻撃ではなく?」<br /> 「はい、レーザー照準ではありません。これは……レーザー通信かと思われます」</p> <p>相手艦が何者なのかは不明だが、いきなり攻撃ではなくレーザー通信を使ってくる相手だ。何か意図があるのかも知れないと、艦長は通信を繋ぐよう命令した。</p> <p>「通信を繋いで」<br /> 「了解です」</p> <p>ハラサキ大尉の操作が完了し、レーザー通信の回路が開いた。するとすぐさま、相手側の低い音声が艦内に響く。</p> <p>『こちらはパンノニア王立宇宙軍、パトロール艦〈ヤネーリエ〉。現在、前方のメルパ艦隊に向けレーザー通信を行なっている』<br /> 「パンノニア?」</p> <p>通信に現れたのは、パンノニア人らしい低い声だった。そして所属もパンノニアだと名乗っている。</p> <p>『前方のメルパ艦隊へ。現在非常事態につき、本艦は貴艦隊の臨検を行う。直ちに停船せよ』</p> <p> ナズナ艦長はその言葉を聞き、眉を顰め不都合を感じた。作戦会議でも言われていたが、他国の臨検は何とかして避けなければならなかった。積荷が積荷だからである。だからこそメオミーへ直行するという、他船を避けるルートを取ったのだ。<br /> しかし何故かパンノニア艦が目の前にいる。そして国際法上、パトロール艦からこのような文言で臨検を申し出された場合、断ることはできない。</p> <p>「やられたわね」</p> <p> ナズナ艦長はそう呟いた。やはりあの偵察機から情報が漏れていたのだ。覗き見していたのはパンノニアの偵察機で、彼らもオブジェクトを狙っていたのだろう。</p> <p>「艦長、どうしますか?」<br /> 「……一旦反論するわよ。通信、自己紹介と隣県の拒否を伝えるわ。内容は……」</p> <p>ナズナ艦長は手短に臨検を断る内容の通信を返す。しかし、パンノニア艦はそんな反論を気にせずこのように言った。</p> <p>『そのような例外は認められない。繰り返す、直ちに停船し本艦の臨検を受けよ』</p> <p>まるで話を聞かないので、もう一度断ってみる。</p> <p>『もう一度繰り返す、直ちに停船し本艦の臨検を受けよ。さもなくば強硬手段を視野に入れるぞ』<br /> 「まるで恫喝ね……」</p> <p>最近のパンノニアらしいと言えばらしいと、ナズナ艦長は思った。しかしここまで恫喝されたところで、それに答える道理はない。</p> <p>「どうします艦長?」<br /> 「臨検を受けるわけには行かないわ、振り切るしかなさそうね……でもパトロール艦程度なら速力で振り切れるわ」</p> <p>ナズナ艦長はそう言うと、確認として〈ユイマ〉に連絡を取る。</p> <p>「〈ユイマ〉艦長も、逃げる事に賛同しています」<br /> 「よし、ならタイミングを合わせて加速を開始するわ。それから、総員を第一種戦闘配置に」<br /> 「了解。総員、第一種戦闘配置。繰り返す、総員第一種戦闘配置」</p> <p>ナズナ艦長の指示を受け、休んでいた乗員全員が戦闘配置に着いた。もしもの場合、パトロール艦との戦闘になるかもしれないからである。</p> <p>『繰り返す、これが最後の警告だ。直ちに停船し……』<br /> 「無視して加速を開始。最大船速」<br /> 「了解、加速開始」</p> <p>その合図が機関室に伝達され、メインエンジンを燃焼させる。最大出力での加速に乗員達は座席に押しつけられる感覚を味わう。<br /> 同時に〈ユイマ〉も加速を開始。小さい船体であるが、エンジン出力は〈アマヅチ〉とほぼ同等なのでかなりの速さで加速をする。<br /> 二隻の急な加速にパトロール艦も焦ったのか、両艦に対してレーダー照射を開始した。本当に最後の警告だと言いたいのだろう。</p> <p>「パトロール艦との距離、200ゲイアス」<br /> 「このまま突っ切るわよ」</p> <p>加速が進み、相対速度が開いた今頃になってからレーダー照射をしても、そもそも照準が追いつかない。この加速度ならパトロール艦を簡単に振り切れる。<br /> そう思った瞬間……<br /> パトロール艦を一瞬の閃光が横切った。</p> <p>「なっ!?」</p> <p>艦橋の誰もがそう思った瞬間、閃光は突然の爆発に変貌。パトロール艦はエンジンに損傷を受け、大爆発を起こした。</p> <p>「誰が攻撃した!?」<br /> 「違います!本艦ではありません!」<br /> 「〈ユイマ〉でもありません!別方向です!」</p> <p>艦橋が混乱する中、〈アマヅチ〉と〈ユイマ〉は加速を続け、パトロール艦とすれ違う軌道に入る。<br /> 光学映像から見るパトロール艦は爆沈こそしていないものの、エンジン部分から煙を吹いて熱反応が増大していた。<br /> 火災は常に熱処理問題が付き纏う宇宙空間では致命傷である。内部ではすぐに消化剤がばら撒かれ、白い煙がパトロール艦を覆っていた。</p> <p>「新たな反応を探知!ポイント2-32-45に微弱な熱反応!」</p> <p>この距離でいきなり熱反応が?と疑問を投げかける前に、危機的な報告がそれを遮った。</p> <p>「っ!熱反応よりレーザー照射です!」<br /> 「最大マニューバで回避運動!!」</p> <p>〈アマヅチ〉がスラスターを吹かし、強力な加速の中で回頭を始める。強力な加速Gが発生し、乗員が座席に押しつけられる衝撃。<br /> しかし、レーザー兵器をこの距離で避けるのは容易ではない。<br /> 次の瞬間、不明反応のレーザーが〈アマヅチ〉の格納庫を正確に貫いた。その中には、積み込んだオブジェクトがある。<br /> 格納庫を貫いたレーザーがオブジェクトのエネルギーを増幅させ、光が〈アマヅチ〉を包み込む。</p>