老兵は依然死なず〈前編〉

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老兵は依然死なず〈前編〉 - (2022/05/28 (土) 23:27:51) のソース

パルエ歴628年 3月9日 エルデア軍港

この時期、前年までパルエで猛威を振るっていた寒波は終わりを見せつつあった。これを受けて[[クランダルト帝国]]上層部はカノッサの支配権をより確固たるものにすべく、ティレニア・クランダアル泊地に前線艦隊だけでなく、近衛艦隊に属国艦隊などの大規模な兵力をエグゼィ連合艦隊に集結させ、メル・パゼル共和国軍の飛行場を始めとしたカノッサに点在する連邦軍拠点に、総攻撃をかけようとしていた。これを受けて連邦軍も戦略空母を主力とした第1総合航空戦闘群を派遣。628年1月20日にザイル砂漠西部で勃発した、帝国軍通商破壊部隊によるアジフ輸送船団攻撃をきっかけとしたポスト・リューリア以降最大の会戦が幕を開けようとしていた。そして双方ともについ最近就役した新型艦から、第2紀世代に建造された旧式艦艇などのありとあらゆる艦が集合していた。その中にある1隻の戦艦が姉妹艦と共に参戦していた。

「この作戦の成否は、我が祖国の未来を大きく左右するだろう」

第1総合航空戦闘群第5巡空戦隊司令官であるアーレイ少将は艦橋の窓の向こうに広がる光景を見つめながらそう言った。

「我々の勝利によって連邦がカノッサから帝国をたたき出すか、我々がたたき出されるかのどちらかだ。それ以上でもなければそれ以下でもない…」

アーレイの言葉にはある種の確信があった。それは彼がこれまで戦い抜いてきた経験に基づくものだった。彼の部下たちもまた同様に考えていた。

「この戦いに負ければ我々は敗北者となるでしょうな」

副官のバオ大佐がそう言って笑みを浮かべると、アーレイもまた口角を上げた。

「そうだ。だが私はクランダルティンどもに負けてやる気はさらさらない。10年前のリューリア以降我々はずっと負けっぱなしだった。だが今度は別だ、我々が連中を打ち負かすのだよ」

そう言うと彼は第5巡空戦隊旗艦カノーパス級戦艦〈カノーパス〉艦橋の窓の向こうを再度見渡した。窓の向こうには、彼の指揮する第5巡空戦隊も所属する[[アーキル連邦]]史上最大の機動部隊である第1総合航空戦闘群旗艦たる、戦略空母〈エカルラード〉を始めとした第1巡空戦隊所属の戦略空母群や、戦艦〈バリオー〉を筆頭に連邦でももはや数少ない超坐級戦艦である〈アーキエリン〉も含めた重巡部隊である第3巡空戦隊に、クレアシオ級高速戦艦〈クレアシオ〉を旗艦とした高速艦のみで編成された第2巡空戦隊。低速の護衛空母5隻を主力とした制空戦部隊である第4巡空戦隊、そしてアーレイ少将の指揮する旧式艦艇(+ゲテモノ、失敗作など)からなる遊撃部隊である第5巡空戦隊など、種類も国籍も多種多様な艦艇がエルデア軍港を、リューリア以降久々に賑やかせていた。

「しかし閣下、今回の作戦に参加している艦艇の4割近くが新品なのは意外ですな」
「ああ、今度の作戦ではクランダルティンもかなりの戦力を用意しているらしいからな。それに連邦にはもうそれほど戦力がない。残り6割が旧式とは言えこの規模の数を集められただけ奇跡だ」

アーレイ少将はそう言うと再び窓の外へと目を向けた。

「連邦にはもう大した艦隊はないはずだ。そう考えたから奴らは今回我々に対して全力を投じてきた。それこそ、我々がまったく経験したことが無いほどの数を投入してきている」
「ですが、敵はそれでもまだ戦力が足りませんよ。何せ我々の数は敵の倍ですからね」

バオ大佐の言葉通り、彼らの目の前には連邦の艦隊が布陣していた。しかしその規模は帝国艦隊の総数の半分にも満たなかった。彼らは既に連邦の拠点をいくつか制圧していたが、それらは全て小規模なものだった。連邦も必死になって抵抗したが、帝国の圧倒的な物量の前に次々と撃破されていった。その結果、カノッサ駐在の連邦陸軍はカノッサでの活動規模をじわじわと縮小しつつあった。

「まあ、この程度の差で戦争は終わらんだろうな」

アーレイはそう言って肩をすくめた。

「だが、この会戦は連邦にとっては最後のチャンスだろう。今のわが軍とて後方にモスボールされていた旧式艦を多数復帰させて何とか数の上で有利という有様だ。とはいえこの程度の戦いでこの国の運命が決まったわけではない。そうだろう?」
「ええ、そのとおりですよ。閣下」

アーレイ少将はそう言って笑い声を上げた。

「そうだ、我々が勝つのだ。そしてその勝利は近い。我が連邦が敗れるのが先かクランダルティンに勝つのが先かはわからん。しかしまだ戦争は続くさ、622年の暫定停戦も結局はこのザマだ。いずれはこの戦争も終わるかもしれんが後10年は続くだろうよ。その時まで我々は戦い続けるしかない」
「確かにそうですね。我々もこの戦いが終わったら退役して、どこかの田舎でひっそりと暮らすのもいいかも知れませんな」
「それはいい考えだ。私もそれを望んでいる。だが今は…そう、まずはこの戦いを勝利に収めることを考えよう。最も旧式艦ばかりの我が艦隊に司令部はあまり期待などしとらんだろうがな…」

最後の方はやや自嘲気味な語調になっていた。

「まあまあ、そんなことはありませんよ。きっと……」

バオ大佐の言葉を聞きながらアーレイは窓から見える光景を見つめていた。

「この戦いで連邦が勝てば我々の勝ち、連邦が敗れれば我々の負け、か」

彼は窓の向こうに広がる光景を見ながら、静かにつぶやいた。そこへ通信参謀が近寄ってきて発言する。

「報告、総旗艦エカルラードより入電。第5巡空戦隊は編成完了次第本隊に先んじて出撃、本隊到着までの露払いを行うようにと言っています」

参謀の言葉を聞いてアーレイ少将は待っていたとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。

「了解したと伝えろ。我々は我々に与えられた任務を果たすだけだ」
「了解しました」
「バオ大佐、君はこの戦いがどうなると思うかね」

アーレイ少将は傍らに立つ副官に尋ねる。彼はこの作戦に参加する将兵の中でも司令官であるアーレイ少将に次いで古株だった。彼の問いに対しバオ大佐は苦笑いを浮かべた。

「正直なところまだ想像がつかんのですがねぇ…」

そう前置きしてから話し出す。

「純粋な艦隊戦力だけ見れば、数では此方が有利です。しかしこちらは過半数以上が旧式艦です、それを考えると我々の方が勝算は低いです。しかし艦載機の性能と数は此方が上です。活路があるとすればそこではないでしょうか?」
「うむ、確かに君の言うことも一理ある。だが私は違う見方をしている」
「ほう?どのような?」

バオ大佐の問いかけにアーレイは口角を上げる。

「クランダルティンどもはおそらく我々のことを侮っている。いや、正確にはわが軍の航空戦力と奴ら自身が航空機の重要性を軽視しているという所だな。連中にとって艦載機は対空戦闘用であって、艦隊戦ではただの足手まといに過ぎない。だから奴らは航空戦力の投入を重視していない」
「つまり、航空攻撃は我々にとって最大の武器になるということですか」

アーレイ少将は鷹揚に首肯する。

「ああそうだ。連中がいくら強力な戦艦を揃えていても、奴等防空戦は艦載機に任せておけばいいと考えている。空母にしても同様だ。連中の主力空母は軽巡を改造したものだ。それを各艦隊に1,2隻だけで基本的には戦闘機しか積んでおらん。だからこそ我々にとって付け入るスキが生まれるのだ。つまり連中の[[ドクトリン]]はリューリア以降ずっと進化していないという事だ」
「なるほど、確かにそうですな。思えばクランダルティンはどうも艦隊決戦志向が強かったですがそこまでとは…、もはやここまでくると病気ですな」

バオ大佐は呆れたような表情で言った。

「まあ、それも今更の話だ。とにかく我々は与えられた命令を遂行するのみだ。そして必ず勝つ。この作戦は必ず成功する」

アーレイ少将は自信満々といった感じでそう言い切った。

「わかりましたよ、閣下。私も微力を尽くします」

バオ大佐は苦笑いしながらそう言って敬礼をした。

「よし、では行こうか」
「ええ、行きましょう」

二人はそう言葉を交わした後、アーレイ少将は出撃命令を全艦に対して下す。かくして第5巡空戦隊は先陣切って出撃し露払いを務めることになる。


第5巡空戦隊編成
戦艦:超坐級戦艦カノーパス級戦艦2隻、ザイリーグ級戦艦3隻、ザイリーグ級航空戦艦〈ジプシィ・ハバル〉、アンケル級戦艦2隻
巡空艦:アッダバラーン級重巡1隻、ニーザ級軽雷巡1隻、セレン型5900t級軽巡2隻、攻撃型軽巡〈トリプラ〉
駆逐艦:[[テュラン級駆逐艦]]2隻、ツインセテカー級駆逐艦1隻、[[シマロン級駆逐艦]]4隻、トリダーン級戦艦駆逐艦1隻
空母:[[トゥラーヤ級軽空母]]1隻

合計22隻


これが第5巡空戦隊に割り当てられた全艦艇であった。少なくとも書類上を見る限りは意外と強力であった。艦隊司令部からの指示を受けた第5巡空戦隊の面々は速やかに行動を開始した。


数時間後〈カノーパス〉麾下の第5巡空戦隊は敵艦隊を求めて気流回廊内を航行していた。

「さて、我々が先鋒として敵艦隊の眼前に躍り出るわけだが…」
「はい、どうしますか?」
「どうすると言われてもな、まあ我々としては敵の出方次第だろう」
「と、申しますと?」
「我々の艦隊は旧式艦とはいえ戦艦8隻が主力だ。これを利用しない手はあるまい」
「なるほど、陽動ですね」

バオ大佐はアーレイ少将の言葉の意図を正確に理解していた。

「そういうことだ。もっとも我々が敵を引きつけている間に本隊が到着するかもしれないがな」

アーレイ少将は苦笑しつつそう答えた。

「少なくとも艦隊決戦したくてたまらん帝国の無能貴族どもが、指揮官なら我々だけでも十分に勝てるがな」
「はっ!まったくです!」

アーレイ少将の皮肉にバオ大佐は思わず同意してしまう。

「それにしても、我々が露払いをするとなると他の部隊はどうするのでしょうかね?」
「うむ、そうだな。第1巡空戦隊は第3巡空戦隊を伴って敵艦隊を迎撃するとして、第2は高速だから敵部隊への奇襲。といったところだろうな」
「そうですか、そうなると我々の任務は敵の足止めということになりますかね」
「ああ、その通りだ。我々の役目は敵を釘付けにすることにある」

アーレイ少将の言葉にバオ大佐は内心でため息をつく。

「それでは、我々の存在意義はありませんなぁ」
「案外、そんなことはないかもしれんぞ」
「それはどういう意味です?」
「旧式とは言えこんなデカブツが大手を振って動き出したんだ。クランダルティン共はそれこそ泡を食っているはずだろうよ」
「あぁ、確かに。そう言えばこのカノーパスもアノーリオも超坐級でしたな」

バオ大佐はそう言って自分の乗る戦艦を眺めながら言った。
カノーパス級戦艦。連邦軍内でも数少ない超坐級戦艦にして連邦主力戦艦になり損ねた運のない艦。アル=イッディーン造船所最後の戦艦。少なくともこの全長300m近いこの大戦艦は望まれて生まれたわけではなかった。

「しかし、これを動かすには相当苦労したでしょうな」
「ああ、なんせでかいからな。人員だけでもアーキエリン級並みにいるからな」
「むしろ良くこんな大戦艦がリューリアでも前線に出ずに残っていたのが不思議ですよ。まぁそのおかげで我々がいい目を見ているのですがね…」
「全くだ。まあ、この戦艦も我々の艦隊も所詮は実験艦にポンコツ、おんぼろ、ゲテモノだったからな」
「ええ、まあ、そうですけどね」
「だが、このカノーパス級は性能的には文句はないはずだ。あとは生かすも殺すも我々の腕次第だろう」


アーレイ少将はそう言ってニヤリと笑う。もともとこのカノーパス級戦艦はエルデア造船所や、ラオデギア工廠、エクナン半島工作所などといった新興の造船所に次々とシェアを奪われつつあったアル=イッディーン造船所が起死回生をかけて設計・作成した艦で、戦艦ノイギリェで培った経験をもとに、比較的新しい技術を多く取り入れていた。特に防御面では当時新開発の重装鋼殻装甲を採用し、集中防御式に配備している。また機関部に関してはエンジンこそ新アーキリアンエンジンだが最新型の蒸気缶をいくつも搭載し、ペイロードに余裕を持たせていた。本艦はアーキエリン級やアルゲバル級といった32㎝砲装備の戦艦部隊を中核とした艦隊構想の中で、射程距離や精度よりも珍しく、威力と面制圧力、手数を重視した艦として建造されたのであった。実際主砲は設計思想に基づいて33.5fin砲を連装・3連装合計で11基装備し副砲も20fin連装砲塔で16基を装備し、他にも14fin単装砲や対空砲、機銃や空雷など当時としてはかなり強力な武装を持っていた。その重武装の反面、トップヘビーの為安定性が悪く気流内を航行したら常に船体が振動、装甲も船体規模のわりに薄くアルゲバルよりはマシ程度。他にも整備性が悪くしょっちゅうどこか故障している、などの欠点も多数存在したためすでに建造された2隻のみに打ち切られたのであった。空軍司令部はこの欠陥だらけの中途半端な大戦艦をなんとか運用しようと努力したが、航行性能の悪さから結局は艦隊決戦には投入されず後方で2隻とも訓練用艦艇として使用された。しかしそれでも戦艦は戦艦であり、今回のシルクダット会戦において遂に実戦投入されたのだった。


「まあ、我々が囮になって敵の注意を引くのはいいとして、問題は我々の行動ですな」
「うむ、そうだな」

バオ大佐の言葉にアーレイ少将は同意する。

「我々が露払いをして第1巡空戦隊が存部に航空戦を行える環境を整える。これが我々に与えられた任務だ。そして我々は敵艦隊を釘付けにする為に敵艦隊を捕捉しなければならない」
「そのためには敵艦隊の位置を把握しなければならない…、といった所ですかな?」
「そうだ、敵艦隊の現在位置はどうなっている?」
「残念ながらまだ敵影は確認できません」

バオ大佐は肩をすくめて答える。

「そうか…。まあ、敵は我々の本隊が来る前に勝負を決めたいと思っているだろうからな」
「そうですね。さすがにこちらが本気を出して攻撃すれば向こうも黙ってはいないでしょうな」
「うむ、我々としてはこのまま敵の艦隊を発見できずにいては困るからな。何とか小艦隊程度でいいから見つけたいものだ」
「そう願いたいものですな」

2人はそんなことを話しながら艦橋の窓から外を見る。その時、バオ大佐はふとあることに気が付き声を上げた。

「あれは…!?」

バオ大佐の声にアーレイ少将は振り返る。

「なんだ?何かあったのか?」
「いえ、今向こうに一瞬艦影が見えたような…」
「レーダー室、そちらは何かとらえたか?」
「はい!司令官殿、お待ちください。…確かに艦影のようです!数4、艦首は不明です」
「やはりか…」

アーレイ少将はそう言って目を細める。

「やっと接敵か…、各艦に通達、全艦戦闘用意!」

バオ大佐は緊張した顔で言った。

「了解しました!!」
「まずは様子見だ。第32駆逐戦隊をさしむけろ」
「はっ!!第32駆逐戦隊に伝達します」
「閣下、戦闘指揮所への移動を…」
「ああ、わかっている」

アーレイ少将とバオ大佐は〈カノーパス〉艦長に船体内部に位置する戦闘指揮所への移動を促されて、移動を開始する。艦内の移動は長い通路を通って行うのだが、この時は二人とも無言だった…。


カノーパス麾下のアーキル軍第5巡空戦隊が発見したのは、[[クランダルト帝国]]属国であるネネツ自治管区軍所属のユリア空雷戦隊だった。ミロスラーヴァ・ユリア大佐率いる同戦隊は、戦隊旗艦である[[アリクシシィ級駆逐艦]]〈セレブリャコフ〉他、旧式のアウローラ級駆逐艦(帝国軍ナラート級駆逐艦をライセンス生産した物)3隻からなっており、ちょうど後方に位置するエグゼィ連合艦隊臼砲戦艦部隊のため、索敵任務についているところだった。ユリア空雷戦隊は距離1ゲイアス以下を切ってから、目視で接近する第32駆逐戦隊を発見すると慌てながらも戦闘態勢に入った。

「10時方向より敵部隊接近!!数5、距離1ゲイアスを切りましたぁ!!」
「落ち着け、各艦対空射撃開始せよ」

ユリア空雷戦隊の指揮官であるミロスラーヴァ・ユリア大佐は命令を発すると同時に、戦隊は対空砲による弾幕を張る。

「各艦散開しつつ、応射せよ。密集すればアキエリ駆逐隊から掃射を食らうぞ」

ユリア大佐の命令を受けて、駆逐艦の対空砲火が開始される。だが、それは敵に回避運動を取らせることしかできなかった。対空砲による攻撃を回避した第32駆逐戦隊は戦隊旗艦駆逐艦〈バナフラフ〉以下5隻はもう突進し一気に距離を詰める。

「敵艦、突っ込んできます!」
「ええい、この距離では散開も糞もない。迎撃隊形に移行、撃ち方始めぇっ!!」

ユリア大佐は敵艦が対空機関砲の射程に入り、慌てて指示を出す。その瞬間〈セレブリャコフ〉を含む4隻がすべての対空火器を発砲。対空爆雷が投射され、〈セレブリャコフ〉は搭載している12cm連装高射砲で砲撃を行う。南半球最大の対空能力を誇るネネツ艦の攻撃力は高く、突入しようと試みた第32駆逐隊所属の[[シマロン級駆逐艦]]〈ベフナビア〉が、艦橋に〈セレブリャコフ〉が放った14cm弾の直撃を受ける。この攻撃により〈ベフナビア〉は艦長以下艦橋に詰めていた主要な乗員が全て死亡し、まともな戦闘能力を喪失した。しかしまだ艦橋以外の乗員や主機関、推進器はまだ生きており操舵不能のまま前進しながら、回避運動中だったユリア空雷戦隊所属のアウローラ級駆逐艦〈スヴェルドニル〉前方に躍り出る。

「い、いかん!回避ィーッ!!」

〈スヴェルドニル〉艦長が回避命令をだすも間に合わずに、〈ベフナビア〉の船腹に〈スヴェルドニル〉の艦首が衝突。〈ベフナビア〉の船腹にまともに衝突した〈スヴェルドニル〉は刺さりこんでしまい後退もままならず重心が艦首に集中したため、バランスが悪化。2隻そろって浮遊できずに地表へと墜落していった。

「〈ベフナビア〉撃沈!!」
「なんということだ、旧式とはいえ数少ない駆逐艦が…」

バオ大佐が絶句し、

「こ、これは…」
「クソ、なんてざまだ」

お互いの指揮官がお互いの座乗艦でうめく。片方は狼狽え、片方は苦々しく…。そしてそんな状況の中、第32駆逐戦隊はついに敵の対空砲火を突破し、〈セレブリャコフ〉以下ユリア空雷戦隊へ肉薄した。

「〈セレブリャコフ〉被弾!」
「何て奴等だ!撃ちまくってるのにまだ突っ込んできやがる!」
「報告、新たな敵影を視認!!」
「なんですって!?」

〈セレブリャコフ〉の見張り員の報告を受け、ユリア大佐は双眼鏡を手に取る。
そこには確かに新たな艦隊の姿があった。

「あれは…、敵影重巡1、軽巡1、駆逐艦3!」
「クソ、かなり出てきたわね…」

〈セレブリャコフ〉以下のユリア空雷戦隊は新たに出てきた艦艇5隻の接近に対し、対空射撃を継続する。だが、先ほどの戦闘により〈セレブリャコフ〉はともかく、他の艦艇は〈スヴェルドニル〉ともう1隻が撃沈、他1隻中破と空雷戦隊そのものが壊滅状態であり、もはや戦力として期待できるものではなかった。

「やむを得ない、全速後退、回廊を通って戦線を離脱する!」
「了解です!!」

そう言うと〈セレブリャコフ〉は撤退を意味する信号弾を放って離脱を開始。それに従い生き残ったアウローラ級駆逐艦〈ヴェーリョル〉は煙幕を張って反転、後退していく。


「敵駆逐戦隊、撤退していきます」

〈カノーパス〉内部の戦闘指揮所内で通信員が報告するのを聞きながら、アーレイ少将の目の前にある早見盤の模型が取り換えられる。

「ずいぶんと規模が小さいな…」
「ええ、偵察隊にしてはあまりにも小規模すぎます」

アーレイ少将の呟きに、バオ大佐が応じた。

「それにしても、敵艦隊の情報が少なすぎる。一体どこから湧いて出たのやら」
「我々と同じタイミングで出現したとは思えんのですがねぇ」
「その通り、私も同意見だ。さて、この後はどうするか」
「追撃ですか?」
「いや、これ以上の損害は避けたい。があいつらが何しに来たかも気になる。第32駆逐隊から1,2隻分離させて追跡させろ。気取られるなよ」
「了解しました」

バオ大佐はそう言って敬礼すると、部下に命令を出す。

「第32駆逐隊より2隻ほど抽出させて、敵駆逐隊を追跡せよ。ただし、気取られぬように注意してだ」

バオ大佐の命令を受けた第32駆逐隊所属の[[シマロン級駆逐艦]]〈グルフク〉、〈シベリン〉の2隻は、ユリア空雷戦隊の後を追う形で追跡を開始した。

一方、アーレイ少将は第32駆逐戦隊からの連絡を待ちつつ、新たな指示を出す。

「連絡が来るまでしばらく時間がかかるだろう。それまでにこの空域を確保しておこう」

アーレイ少将の言葉に、バオ大佐はうなずく。

「了解しました。まずは対空監視の強化を行いましょう」
「そうだな、レーダー要員を増やせ。それと、上空警戒機の発進準備を急げ」
「はい、わかりました」

バオ大佐はもう一度うなずくと命令を出し始めた。こうして待機していたところに、ようやく第32駆逐戦隊からの返信が届いていた。

「よし、やっと来たか。内容は…」

〈グルフク〉の電文に目を通したアーレイ少将は、思わず口笛を吹く。

「どうされました?閣下」
「まぁ、コイツを見てみろ」

そう言って、アーレイ少将は〈グルフク〉が送ってきた暗号文をバオ大佐に見せる。
そこには、

『ワレ、敵艦隊ヲ発見セリ。戦艦6、巡空艦6、駆逐艦12、空母1ノ大部隊ナリ』

という文字があった。

「こりゃまた随分と大きな部隊が来ましたな」
「ああ、まさかこんな規模の敵が出てくるとは思ってもいなかった。だが、これで奴等がなぜあんなところに現れたのかがわかったぞ」
「といいますと?」
「おそらく連中の狙いはこの近くにあるメル・パゼンの飛行場だろう」
「なんですって!?」

アーレイ少将の言葉にバオ大佐は驚く。

「あの飛行場には今、我々の陸上航空隊の主力が展開しています。もし、奴等の目的がそこなら…」
「こちらの動きを察知された可能性がある。そうなると厄介だな…」
「ええ、ですが、まだ敵がここにいるという確証はありません。位置については判明しているので?」

バオ大佐の質問に、アーレイ少将は首を振る。

「残念だがそこまではわからん。だが、可能性は高い。〈グルフク〉の乗員にはすぐにその旨を打電しろ。それと、艦隊司令部にもだ。警報を送れ」
「了解しました」

バオ大佐は再び敬礼すると、すぐに通信員に連絡する。
そして、彼はアーレイ少将に向かって言った。

「閣下、敵艦隊の進路ですが……」
「わかっている。この方角だと……、やはりな」
「ええ、間違いないでしょう。我々の前方を横切ろうとしています」

バオ大佐の報告を聞き、アーレイ少将は苦笑する。

「なんとも嫌らしい手を使うものだな」
「ええ、まったくです。我々が気づかなければそのまま通過するつもりだったのでしょうね」
「ふんっ、舐められたものだな。だが、連中が我々に気づかなかったのが運の尽きだ。この艦隊を攻撃するぞ」
「了解しました。全艦艇に通達します」
バオ大佐はそう言うと通信員に命令を伝える。

それから10分ほど後、第32駆逐戦隊からの情報により、敵艦隊の正確な位置が判明した。それを聞いたアーレイ少将は、すぐさま攻撃命令を下す。

「敵の進路上に罠を仕掛ける。各艦の艦長は準備にかかれ。急げよ」
「了解!」

バオ大佐は敬礼すると、自分の部下達に命令を伝え始める。
こうして、敵艦隊の迎撃戦が始まった。

一方連邦軍第5巡空戦隊が待ち構えていることを知らない帝国軍は[[グロアール級戦艦]]〈リューリヤラント〉を旗艦に、旧式の臼砲戦艦5隻を主力とした飛行場襲撃部隊を派遣していた。帝国軍は、敵艦隊の位置を掴んでいなかった。この艦隊の主力を務める臼砲戦艦群はもはや旧式もいいところで、威力こそ高いものの、精度・射程距離ともに低く、機動性も低いもので艦隊戦の足を引っ張る程度でしかなかった。そのため、本作戦でエグゼィ連合艦隊総司令官を務めたヴァルメリダ・フォン・グレーヒェン提督もこの部隊を持て余しており、精々陸上への支援砲撃程度にしか使い道が無いように思えたため、うっとおしいメル・パゼル飛行場の破壊に物は試しという感じで派遣していた。
旗艦である[[グロアール級戦艦]]〈リューリヤラント〉は[[クランダルト帝国軍]]大型戦艦群の中でも比較的新しい部類に入る戦艦だったが、それでも40年以上前の設計であり、今や時代遅れとなっていた。しかし、その主砲は大きく無砲身30cm4連装砲5基に35cm連装榴弾砲2門、15cm単装砲16門と火力投射量だけ見れば、連邦軍の戦艦と十分い戦えるものであった。さらに、〈リューリヤラント〉は当時の帝国艦艇には珍しく最新鋭の生体探信義、熱源探視機、聴音機を搭載しており、索敵能力に優れる艦でもあった。
また〈リューリヤラント〉以外にも、〈リュツォー〉〈ラヴィーゼア〉〈レンツェンブルク〉〈ケルヒェン〉〈エルツベッケ〉といったといった臼砲戦艦群が艦隊に参加していた。これらの戦艦はいずれも旧型で、特にこれらの艦は、今回の作戦のためにわざわざスクラップにしようとしたものを復帰させたものだった。というのも、帝国では旧式化した臼砲戦艦は、そのほとんどが廃棄処分されるか帝作戦時に宰相派貴族残党が六王湖に持ち込んでおり、もはや修復も補充も不可能になっていたからだ。そこで、今回の飛行場襲撃作戦に限り旧時代の遺物である臼砲戦艦を有効活用することになったのだ。
〈リューリヤラント〉はそれらの旧式戦艦と共に、基地周辺の気流回廊を航行しながら飛行場へと近づいていく。

「間もなく回廊を抜けます」
「よし、他の艦艇はきっちりついてきているな?」
「はい、大丈夫です」

艦橋で報告を聞いているのは艦隊司令官であるジーヴァル・エックホーフ中将だった。彼はまだ30代前半で士官学校を首席で卒業、優秀な指揮官として知られていた。

「よろしい。ならばこのまま進撃する」
「了解しました」

艦長の言葉を聞くと、ジーヴァル提督は通信士に言った。

「各艦に我がリューヤラントを中心に戦闘陣形を取るように伝えよ、ユリア空雷戦隊の報告が正しければもうじき敵艦隊が攻撃してきてもおかしくないぞ」
「了解しました」

通信士はそう言うと、早速リューヤラントの司令部からその旨を伝えた。
そして、しばらくして彼の予言通りになった。

「生体探信義に感あり。敵艦隊接近、方位真北、数不明!距離約2ゲイアス‼」
「数と位置は⁉」
「わかりません!」
「くっ、やはりこちらの位置はバレていたのか…」

ジーヴァル提督は歯ぎしりする。しかし、すぐに気を取り直すと言った。

「仕方ない、各艦に通達せよ。対空警戒しつつ、前進する」
「了解しました。対空戦闘用意、急げ」

通信士は伝声管に向かって命令すると、艦内の各所から了解の声が返ってくる。それと同時に砲術士官が射撃指揮所に移動した。

「敵艦隊はどのくらいの規模だ?まさか戦艦級は来ていないだろうな?」
「いえ、そこまでは不明です。あいにく現在は雲が多く、風も強いので…」
「しかし、後方に下がったユリア空雷戦隊からの報告では、敵艦は約10隻程度との事ですので問題はないかと思われます」

参謀の一人がそう言うが、ジーヴァル提督の表情は冴えなかった。

「そうだといいが……まぁいい、今は目の前の敵を片付けるのが先決だ。各砲座砲戦用意!!」
「了解!」

砲術士官達は威勢よく返事を返す。一方、ジーヴァル提督は敵のいるとされる方角を見ながら呟いた。

「さて、どうなるかな……。我々の目的は飛行場の破壊だが、できれば連中の艦艇は少しでも沈めたいものだ。そうなれば、我々は楽ができる」