老兵は依然死なず〈後編〉

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老兵は依然死なず〈後編〉 - (2022/06/02 (木) 17:59:39) のソース

それから1時間後、ついに両軍の艦艇が目視しあえる距離で接触する。最初に仕掛けたのは帝国軍だった。前方を航行していた帝国軍レーゲンハイト級駆逐艦4隻とゲダルン級駆逐艦2隻が、連邦軍のセレン型5900t級軽巡2隻とトリダーン級戦艦駆逐艦1隻、ツインセテカー級1隻からなる第11戦隊と交戦開始。お互いに一定の距離を保って打ち合いを始める。連邦軍の艦艇は旧型とはいえ、帝国艦隊の臼砲戦艦よりも射程距離が長く、徐々に帝国軍艦艇は何隻かが被弾していく。しかし帝国側も負けておらず、ゲダルン級の〈レゲンス〉と〈リゲンス〉の前部砲塔の主砲が火を噴き、〈リゲンス〉の砲弾は連邦軍の軽巡〈セレー〉に命中。〈リゲンス〉はさらに砲撃を続行するが、〈セレー〉も負けじと僚艦〈セレン〉とともに反撃する。しかししばらくすると不利と見たのか第11戦隊は煙幕を張って後退しだす。

「ふん、巡洋艦が駆逐艦に遅れを取るとは情けない話だな」
「そうですね。ですが敵に戦艦がいないだけマシかもしれませんね」

艦橋ではジーヴァル提督と副官が戦況を見守っている。

「ふむ、確かに戦艦がいれば厄介だからな」
「アキエリの戦艦は此方より、長射程・高精度ですので臼砲戦艦主体の我が艦隊からすればひとたまりもありません」
「ああ、その通りだ」

ジーヴァル提督は苦笑いを浮かべながら言った。

「まぁ、何にせよこれで奴らも終わりだ。旧式艦の寄せ集めの艦隊など我々の敵ではない」
「はい」

ジーヴァル提督の言葉に副官も同意する。だが次の瞬間、ジーヴァル提督の座上する旗艦〈リューリヤラント〉を大きな振動が襲った。

「な、なんだ!?」
「て、敵艦の砲撃です!夾叉されましたぁ!!」
「なんだと…」
艦橋に悲鳴にも似た報告が上がる。
「ば、馬鹿な!?どこから撃ってきているのだ!?」
「わ、わかりません!!ただ、かなりの遠距離からの攻撃かと……」
「くそっ、レーダー射撃か……」

ジーヴァル提督は忌々しげに言った。

「はい、おそらくはその可能性が高いと思われます……」

副官はそう言いつつも、信じられないという顔をしている。そしてそれはジーヴァル提督も同じだった。

(バカな、先程の砲撃はどう見ても砲弾が20を超えていたぞ…)

いくらなんでも20門以上の大口径砲を搭載した戦艦がいるはずがない。しかも、連邦軍にはそんな艦はごくわずかしかおらず、この方面に"スーパーグノット"クラスの艦艇が移動したという情報は聞いていない。

(一体どいつの仕業だ?)

そう思った時、再び〈リューリヤラント〉に衝撃が走る。今度は明らかに至近弾だった。

「くっ、被害状況を報告しろ!!」
「右舷後部に被弾!幸い装甲のおかげで跳弾しました」
「反撃だ、反撃しろ!」
「しかし、敵艦の詳しい位置は…」
「めくら撃ちで構わん、応射しろ!!」

ジーヴァル提督は怒声を上げるが、またもや夾叉される。

「くそっ、全砲門開け!!」
「了解!」

〈リューリヤント〉艦長の命令に砲術士官達は即座に反応して、各砲座が一斉に動き出す。〈リューリヤント〉の前部無砲身30cm4連装砲砲塔2基、35cm連装榴弾砲2門の砲口が開き、それぞれ目標がいると思われる方向に発砲する。だが、その攻撃は虚しく空を切る。

「敵艦見ゆ!」

見張り員が叫ぶように言う。ジーヴァル提督は双眼鏡を手に持ち、敵のいた方角を見る。するとそこには巨大な船体を持つ戦艦がいた。

「こ、これはまさか……、こんなことがあってたまるものか…」
ジーヴァル提督は目の前に現れた戦艦を見て驚愕した。
「スーパーグノットだとぉ!?」

ジーヴァル提督は思わず怒鳴り散らす。無理もない。彼の前にいたのは戦艦でありながら、そのサイズは旗艦級戦艦に匹敵する大きさであったからだ。

「はい!間違いありません、あれは戦艦であります。それもスーパーグノットクラスのものです」
「艦級は確認できるか?」
「いえ、それが……」
「どうした?」
「艦種確認、あれは…、識別表にありません!未知の艦艇です!!」
「なにぃ!?」

予想外の報告にジーヴァル提督は驚きの声を上げた。

「未知の戦艦だと?そんなものがなぜここにいる!?」
「バカな、 アキエリどもにまだあんな戦艦が…」

艦橋にいた者達もざわつき始める。だがその時、〈リューリヤラント〉に再び砲撃が降り注いだ。

「うおっ!?」

〈リューリヤラント〉は再び衝撃に襲われ、大きく揺れる。

「ぐぅ……」
「閣下、お怪我は?」
「大丈夫だ、それより反撃だ!奴らに目にもの見せてくれる」
「は、はい!」

艦橋にいる者はすぐに配置につき、砲撃を再開。しかし、それでも謎の戦艦には全くと言っていいほど効果はなかった。


「敵艦発砲!」
「安心しろ、当たらんよ」

見張り所の部下からの報告に対し、アーレイ少将は穏やかに返す。

「しかし、あの距離から撃ってくるとは……」
「確かにそうだな。恐らくヤケクソを起こしたのではないかね?」
「はぁ……」

部下は曖昧に答える。するとアーレイ少将は笑みを浮かべながら言った。

「なに、問題はないさ。我が軍の射程距離内だ。それにあの艦種はどう見ても旧式。ならば我々の敵ではない。そうだろう?」
「は、はい」
「では、我々も始めようか、戦艦〈ザイリーグ〉麾下の第2戦列隊に通達。前進し挟み込ませろ!」
「了解しました」

第2戦列隊はその名の通り、〈カノーパス〉麾下の第1戦列隊の後方に控えている艦隊である。彼は第1戦列隊が敵を挟撃しやすい位置に移動させ、そこに第2戦列隊が砲撃を集中させるという戦法を使った。

「よし、行け!」

命令と同時に第2戦列隊は進みだす。そして、それに合わせるように敵艦隊も前進を開始した。

「ふむ、やはり旧型の臼砲戦艦が多いか……。まあいい、新型艦が出てくるまで相手をすればいいだけだ」

アーレイ少将はそう呟きつつ、戦況を見守るのであった。〈ザイリーグ〉麾下の第2戦隊5隻と帝国艦隊は互いに接近しつつ砲撃を繰り返す。その光景はまるでクルカの縄張り争いのように見えた。


(このままじゃ不味いな……)

ジーヴァル提督は焦っていた。相手の主砲の精度は明らかにこちらを上回っており、さらに装甲も厚い船が多い。旧式とはいえ相手は、超坐級戦艦2隻に、ザイリーグ級戦艦3隻、旧式戦艦2隻もいるのだ。そしてそのどれもがこちらより、精度・射程距離共に上回っている。

「敵艦隊、一定の距離を保って2列になって我が艦隊を砲撃しています」
「ちっ、忌々しい」

ジーヴァル提督は歯噛みする。この距離と天候なら生体器官で索敵を行うこちらの命中率はかなり下がらざるをえない。しかし、敵は天候や数の差を全く感じさせない射撃を行っている。おそらく敵の練度が高いのであろう。

「艦長、全艦に後退命令だ。一時撤退して奴らを誘い込むぞ」
「はっ」

〈リューリヤラント〉は敵艦隊の攻撃から逃れようと回頭するが、敵はその動きを読んでいたのか、すぐに砲撃を加えてくる。

「ぐわあっ!!」

ジーヴァル提督が悲鳴を上げる。

「被害報告!」
「右舷後部、装甲貫通されました!火災発生!」
「消火急げ!応急班はまだか!?」
「現在、消火活動中です!」

艦内は慌ただしく動く。ジーヴァル提督は指揮杖を叩きつけて叫ぶ。

「ええい!何をしている!早く奴らの足を狙わんか!敵の足を止めればなんとかなるんだ!!主砲、副砲、撃ちまくれぇー!!!」
「了解!各砲塔、斉射!!」

砲術士官達は即座に反応し、主砲と副砲による反撃を行う。だが、敵もそれを予想していたのか、回頭して対応する。

「うおおおっ!!」
「ダメです!当たりません!」
「何だとぉ!?」

敵艦の砲弾が次々に〈リューリヤラント〉に降り注ぐ。それは〈リューリヤラント〉に命中しないものもあったが、至近弾も多くあった。

「ぐぅ……」
「閣下、お気をつけください!」

参謀の一人が声をかける。

「ああ、大丈夫だ……」

ジーヴァル提督は額の汗を拭う。

「しかし、このままではジリ貧だな……」
「はい、それに敵の砲撃も激しくなっています」
「わかっている。だが敵はおいそれと退かしてはくれなさそうだ」

一方、第5巡空戦隊旗艦〈カノーパス〉の艦橋でも戦闘の推移を見守られていた。〈カノーパス〉船内の戦闘指揮所で参謀が早見盤の模型を再配置していた。

「敵艦後退、追撃しますか?」
「いや、まだだな。もう少し距離が開いてからだ」

参謀長の言葉に、アーレイ少将はそう答えた。

「ところで敵艦の詳しい艦級はわかったか?」
「は、そのことについてですが、敵は[[グロアール級戦艦]]1、[[ヴァスカラ級戦艦]]1、アドミラーレ・グツォヌス級戦艦3隻、シレジェン・ハルバレト級戦艦1隻、艦級不明の戦闘空母1、アクラバスタ級重巡2、アドミラーレ・ヒッケルク級重巡1、ガリアグル級軽巡3、レーゲンハイト級駆逐艦4隻、ゲダルン級駆逐艦2隻、[[クライプティア級駆逐艦]]6隻です」
「ほう、なかなかのものだ。旧式戦艦の癖によく集めたものだな、それに最新鋭艦もこちらより多いな」

アーレイ少将は感心したような顔で言った。

「はい、それに敵は旧式戦艦といえど侮れません。特に臼砲戦艦は射程距離と精度はともかく、威力は強力です。大仰角間接射撃をやられれば、当たり所によっては我がカノ―パスも沈められます」
「まあ、そうだな……。とはいえ、この天候なら向こうも命中率は下がるだろう。それに敵は我々に時間を与えすぎた。そろそろ頃合いか」

アーレイ少将はそう呟きつつ、早見盤を見る。そこには自軍の艦隊の位置と敵軍の配置が表示されていた。

「よし、全艦隊に通達しろ。統制砲撃戦用意、第一目標、敵左翼の戦艦」
「了解、統制砲撃戦準備!」

第5巡空戦隊の艦隊は敵の艦隊に対して、現在はやや斜線陣を敷く形で布陣していた。そして、最前方にいる戦艦〈カノーパス〉とトリダーン級戦艦駆逐艦〈ラオタン〉が射撃を開始した。

「全艦射撃開始!!」
「砲撃始めーっ!!」

〈カノーパス〉と〈ラオタン〉から放たれた主砲と副砲が敵艦隊に向けて一斉に火を噴いた。
それはまるで巨大な火の玉が飛び交うようであった。〈カノーパス〉の前部甲板に装備された33.5fin主砲塔が轟音と共に砲弾を放つ。〈ラオタン〉も同じく43fin単装砲塔と75fin重対艦狙撃砲から次々と弾丸を放っていく。

「撃て!撃ちまくれ!」
「全門斉射!」

砲術士官達が指示を出す。

「弾種榴弾、装填完了」
「よし、一斉射!」

〈カノーパス〉は主砲と副砲による砲撃を敢行する。それに対して敵も有砲身型艦艇が応射を行い、互いに砲火を交えた。

「艦長!敵艦発砲!来ます!!」

砲術士官が叫ぶ。

「くっ!回避行動!!」

〈カノーパス〉と〈ラオタン〉はそれぞれ回避運動を行う。〈カノーパス〉は回頭しつつ右へ、〈ラオタン〉は左へと移動し、敵砲弾を回避していく。

「敵弾、外れました!」
「ふん、相変わらず正確な砲撃だな……」

アーレイ少将は皮肉気にそう呟いた。

「閣下、どうされます?」

参謀が尋ねる。

「まあ、このまま砲撃を続けていればいずれ当たるだろう。敵もそろそろ焦れて動き出すはずだ」

アーレイ少将は敵の動きを見守る。

「しかし、思ったより粘りますな」
「おそらく指揮官が優秀なのだろうな」

アーレイ少将は敵の司令官を褒めるように言った。

「報告、敵戦艦1隻撃沈!」
「おお、さすがだな」


〈カノーパス〉の放った徹甲弾数発が帝国艦隊最左翼に位置していたアドミラーレ・グツォヌス級戦艦〈エルツベッケ〉の艦首装甲を貫通し、前部砲塔弾薬庫に入り込んで炸裂。それにより誘爆を引き起こし、〈エルツベッケ〉は生体器官の血液と破片をまき散らしながら轟沈した。
一方、帝国軍も負けておらず、〈カノーパス〉に対し反撃を行っていた。

「敵艦発砲!きます!」
「よし、回避せよ!」

〈カノーパス〉は敵艦隊の砲撃を回避する。


〈カノーパス〉も再度応射するも敵戦艦からの砲撃はそれにとどまらず、〈カノーパス〉の周囲に爆炎が次々と立ち上った。

「くっ……、流石に硬いな」

アーレイ少将は敵の戦艦の防御力の高さに舌打ちをした。

「ですが、敵も我々の火力には手を焼いているようですね」

参謀長は冷静な口調で言った。確かに〈カノーパス〉は敵にかなりの損害を与えていた。
だが、それでも帝国戦艦の戦闘能力は健在であった。

「敵戦艦接近!突撃してきます!!」

見張り員の声に艦橋内が緊張に包まれる。そして、その言葉通り帝国戦艦2隻が駆逐艦と巡空艦をともなって単縦陣を組んで突撃してきた。

「敵戦艦2隻、随伴艦を伴って突っ込んできます!」
「全艦迎撃態勢!」

彼らは知らなかったが、敵はこの距離では砲撃の命中率が低下すると判断したため、突撃を敢行したのであった。

「敵戦艦発砲!」
「回避行動ーっ!!」

〈カノーパス〉と〈ラオタン〉以下各艦は再び回避運動に入るが、何隻かはよけきれず、セレン型5900t級軽巡〈セレー〉が機関部に直撃を受けて轟沈した。

「ぐっ!やはり、当ててくるか!」

アーレイ少将は忌々しげに言う。

「敵戦艦さらに接近!距離6000!」
「全艦砲撃続行!!」
「了解!」

〈カノーパス〉麾下各艦は再び敵戦艦に向けて砲撃を再開する。

「敵戦艦、さらに接近!」

ここで今度は〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉が前進し、砲撃を加えるが、帝国戦艦も〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉に対して射撃を開始した。

「敵弾被弾!」
「被害確認!」

〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉にそれぞれ数発の砲弾が命中する。

「被弾!被害軽微!戦闘継続可能」

〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉は損害を受けつつも未だ戦闘力は残っていた。

「敵戦艦、さらに接近!距離5000!」
「敵弾飛来!」
「回避!」

〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉は再度敵弾を回避する。

「敵戦艦発砲!来ます!!」
「回避!回避!!」

帝国戦艦2隻はなおも〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉に向かって砲撃を続ける。

「敵戦艦さらに接近!距離3000!!」
「敵弾接近!!」
「回避!」
「ダメです間に合わない!!」

〈カノーパス〉は敵の砲弾を回避したが、その砲弾は回避行動中の〈アノーリオ〉に命中した。

「アノーリオに直撃弾!」
「アノーリオに損傷発生!後部砲塔大破!浮遊機関損傷!!」
「くそっ、なんてざまだ…」

アーレイ少将は苦々しく呟いた。

「閣下、このままでは危険です」

参謀が進言する。

「ああ、わかっている。我々が突破されるわけにはいかん」

アーレイ少将は敵戦艦の駒を見据えながら言った。

「敵戦艦に砲火を集中せよ!」

アーレイ少将はそう命令を下した。

〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉は帝国戦艦に向け砲撃を加えていくが、その砲弾はいずれも外れてしまう。
一方、帝国戦艦もまた〈カノーパス〉と〈アノーリオ〉を葬るべく攻撃を続け、双方の距離はみるみると縮まっていく。

「閣下、これ以上の砲撃は無駄と思われます。ここは一度撤退すべきかと」

参謀長が提言する。だが、アーレイ少将は首を横に振った。

「ダメだ。ここで退けば飛行場が攻撃されてしまう!」

アーレイ少将は敵戦艦による空襲の可能性を危惧していた。

「ですが、この状況では敵艦隊を攻撃するのは困難を極めるかと」
「それは承知している。しかし、このまま敵を放置すればさらなる被害を受ける可能性がある」
「っ、了解…」

参謀長は反論の言葉を飲み込んだ。

「な、本艦に向け敵戦艦がなおも突撃、このままでは接触します!」

見張り員の報告に戦闘指揮所内が緊張に包まれる。
そして、次の瞬間には帝国戦艦の放った砲弾が〈カノーパス〉に命中していた。電子音が鳴り響き被害表示盤のランプがつく。

「被害報告!!」
「前部甲板、第6デッキに1発被弾!火災発生中!消火班急げ!」
「敵戦艦さらに接近!距離100!回避不能!」
「くっ、総員耐衝撃姿勢!」
「総員耐衝撃体勢!」

〈カノーパス〉の将兵たちは座席にしがみつき、衝撃に備えた。

その直後、敵戦艦がラムアタックを敢行、金属が無理矢理ちぎれ、こすれる不愉快な音が鳴り響く。

「被害状況知らせ!!」
「艦首に敵ヴァスカラ級が直撃、艦首大破!!」
「先程の衝撃により第1、第2、第8主砲塔旋回不能!」
「機関部にもダメージあり!速力低下!!」
「なんということだ……!」

アーレイ少将は歯噛みした。〈カノーパス〉はヴァスカラ級戦艦〈ラヴィーゼア〉に完全に捕捉されてしまっていた。

「まずいな……」

アーレイ少将は小さく呟いた。

(距離が近づいたことで敵艦の砲撃精度が上がっている……)

アーレイ少将は冷静に分析した。〈カノーパス〉は帝国戦艦〈ラヴィーゼア〉からの砲撃で大きな損害を被っていた。
特に艦首のダメージが大きく、戦闘に支障をきたしていた。また、〈アノーリオ〉も後部砲塔が使用不能となり、浮遊機関が損傷していた。

「くそ、反撃せよ!」
「ダメです、敵艦が前方に衝突したため砲の俯角が取れません」
「なら取れるもので反撃しろ!」
「了解しました」

〈カノーパス〉は旋回可能な第3主砲塔と右舷副砲2門を用いて反撃する。報復とばかりに20fin砲4門と33.5fin3連装砲が〈ラヴィーゼア〉に雨あられとばかりに叩き付けられる。しかし、その攻撃は〈ラヴィーゼア〉の強固な装甲の前に阻まれてしまう。

「クソッ、なんて硬いんだ!」
「やはり、正面からの攻撃は無意味ですか……」
「ああ、敵の装甲を破るのは至難だろう」

アーレイ少将は苦々しく言う。

(だが、やらなければこちらがやられる。なんとかして突破口を見つけ出さねば……ん?待てよ、奴らの防御を突破する方法はないのか?)

アーレイ少将はあることに思い当たる。

「そうだ、砲術、敵戦艦のブリッジを狙えるか!?」
『ご命令とあらばやれます!』

砲術士官が自信満々に答える。

「よし、では直ちに敵戦艦の艦橋に榴弾をくれてやれ!」
『了解しました!』

〈カノーパス〉の主砲は仰角を上げ、帝国戦艦〈ラヴィーゼア〉の艦橋を照準に収める。

「撃ち方始め!!」

アーレイ少将の命令と共に〈カノーパス〉の33.5fin三連装砲が火を噴いた。砲弾は寸分たがわず〈ラヴィーゼア〉の艦橋に直進し命中。直後、巨大な爆発がおこり〈ラヴィーゼア〉の艦橋を吹き飛ばした。艦橋はその奥にあった司令室ごと跡形もなく消し飛んだ。

「やったぞ!」

戦闘指揮所にいた幕僚たちが歓声を上げる。

「敵戦艦沈黙!」

「よし、あれであのヴァスカラ級は戦闘不能確定だな」

アーレイ少将は安堵のため息をつく。そして、彼はすぐに次なる指示を出した。

「〈アノーリオ〉の援護に向かう!進路そのまま!」
「了解です!」

一方〈アノーリオ〉もまた、戦艦〈レンツェンブルク〉〈ケルヒェン〉の猛攻を受けていた。しかし、〈アノーリオ〉の乗員たちは訓練された精鋭たちであり、決して臆することはなかった。むしろ、〈カノーパス〉が到着するまでの時間稼ぎをしようと奮闘するのであるが数の差で押されていた。

「クソッ、このままじゃジリ貧だ…」

艦長のボッツォ大佐が呟く。その時だった。〈アノーリオ〉に強烈な衝撃が襲った。

「な、なんだ!何が起こった!」
「敵戦艦からの砲撃です!!」

見張り員の報告にボッツォ大佐は目を剥く。

「イカン、回避行動。面舵‼」
「了解、面舵一杯」

〈アノーリオ〉は右に大きく旋回する。その直後、〈アノーリオ〉のすぐ横を敵戦艦〈ケルヒェン〉から放たれた砲弾が通過していった。

(危なかった……!)

次の瞬間〈アノーリオ〉の船体が大きく揺れる。その衝撃にボッツォ大佐は思わず顔をしかめた。

「被害報告!!」
「左舷バルジ部に直撃弾!!火災発生中!」
「第2砲塔大破、応答なし!」
「第4、第8区画に被弾!」

〈アノーリオ〉は炎に包まれていた。しかし、ボッツォ大佐はすぐに決断した。

「消火班急げ!全員配置についてダメコン急げよ!」

そう言い残すと、ボッツォ大佐は自らも指揮を執るべく戦闘指揮所をでた。

「なんということだ……!」

アーレイ少将は歯噛みした。〈カノーパス〉の砲撃により帝国戦艦〈ラヴィーゼア〉は撃破したものの、〈アノーリオ〉に砲撃が集中し、大損害を受けてしまった。

「敵の砲撃が集中的に〈アノーリオ〉に命中しているようです」

副長の言葉にアーレイ少将はうなずく。

「あぁ、一度アノーリオを後方に下げる必要があるな…。よし、アノーリオを下げろ」
「了解しました」

〈アノーリオ〉は後方へと下がっていく。その間も〈アノーリオ〉は砲撃を続けた。しかし、敵戦艦から放たれた砲弾が〈アノーリオ〉の上部甲板をかち割って浮遊機関に直撃。さらに上部甲板に連続して着弾し〈アノーリオ〉は傾く。

「〈アノーリオ〉が傾いていきます!」
「まずい、これ以上は危険だ」

ボッツォ大佐は急いで指示を出す。

「総員退艦!〈アノーリオ〉を放棄するぞ!」
「了解!」

〈アノーリオ〉の後部から次々と落下傘を背負った兵士たちと内火艇が飛び降りていく。その様子をアーレイ少将は複雑な表情で聞いていた。

「〈アノーリオ〉を放棄……。すまない、無念だったろうに…」

アーレイ少将は沈痛な顔で言った。そして、彼は再び艦隊を見据える。

「まだだ、我々は負けていない!」

アーレイ少将は部下たちに激を飛ばす。

「敵戦艦はまだ健在だ!我々の力を見せ付けてやれ!」

アーレイ少将の激励に応えるように〈カノーパス〉の33.5fin主砲が再び火を噴く。

「撃て!!」

〈カノーパス〉の主砲より放たれた砲弾は〈レンツェンブルク〉〈ケルヒェン〉に降り注ぐ。その砲弾は、船体構造の脆弱さで知られるアドミラーレ・グツォヌス級戦艦〈レンツェンブルグ〉〈ケルヒェン〉の装甲を次々と穿ち貫く。そして、〈レンツェンブルク〉が生体器官部に集中砲火を浴び、痛みに耐えきれず血と臓物をまき散らしながら墜落していく。

「やったな……」

アーレイ少将は勝利を確信する。だが、その時だった。突然、彼の目の前の空間が揺らいだ。

「なんだ!?」
「せ、戦艦ローツェス轟沈!!弾薬庫直撃の模様」
「何だと!!」

アーレイ少将が驚愕の声を上げると同時に〈カノーパス〉に激しい衝撃が走る。
その直後、〈カノーパス〉の船体が大きく傾斜した。

「ほ、報告!?」
「敵戦艦の攻撃です!!」
「右舷補助エンジン大破!」
「被害状況知らせ!!」
「右舷第1、第2、第3副砲塔大破、使用不能です」
「なんだと……!」

アーレイ少将は絶句する。

「敵戦艦の反撃です!」
「こちらも応射しろ!」
「駄目です!測距儀とレーダーが損傷して狙いが定まりません!!」

〈カノーパス〉の33.5fin主砲の照準装置は、艦橋部に設置されていたが、被弾したためその射撃精度が著しく低下していた。

「クッ……!」

アーレイ少将は歯噛みする。その時だった。

「ほ、報告!戦艦ザイリーグ以下複数が敵艦隊に向け突進しています」
「何ィ⁉」

アーレイ少将は思わず目を見開く。

「あの馬鹿どもめ……!」

アーレイ少将は顔をしかめる。

「なぜ突撃などしているのだ!」
「わかりません!ただ、我々を掩護するつもりではないかと……」
「そんなことのために命を捨てる気か!」

アーレイ少将は吐き捨てるように言う。

「奴らはバカだ!!」
「司令、どうします?」

副官が訊ねる。

「このままでは全滅してしまいます」
「わかっている!……〈カノーパス〉の残存戦力で敵艦隊に攻撃を加える。各個に目標を選定、砲撃せよ!」
「了解しました」

〈カノーパス〉以下の各艦は、突撃する〈ザイリーグ〉を始めとした艦艇を掩護するため、それぞれ敵艦隊に砲撃を開始した。

「敵戦艦に命中弾!」
「よし、いいぞ!」

アーレイ少将は声を上げた。しかし、次の瞬間、彼の表情は凍り付いた。

「敵戦艦から新たな砲撃!」
「なんだと!」
「戦艦ザイリーグの艦橋部に直撃弾!」
「なにぃ!」

その〈ザイリーグ〉は既に傾き始めていた。

「くそっ……!」

アーレイ少将は再び敵戦艦の駒に目をやる。しかし、その時には既に敵の砲撃が集中していた。〈ザイリーグ〉は次々に着弾し、艦体を軋ませる。
そして、遂にはダメージに耐え切れず轟沈していった。

「ザイリーグ轟沈!ザイリーグ轟沈!」
「くっ、このぉ!」

アーレイ少将は苛立たしげに叫ぶ。しかし敵であるクランダルト艦隊も同じくダメージを追っていた。


「新たに戦艦レンツェンブルグ、軽巡空艦コープル、駆逐艦シェラム、デオキィ撃沈!戦艦ラヴィーゼア、ケルヒェン、重巡アルマロス、マルクサム大破、戦闘不能!」
「くそ、戦艦6隻の内2隻が撃沈され、2隻が戦闘不能に追い込まれるとは…」

ジーヴァル提督は報告を受けて青ざめる。

「これでは我が方の勝ち目は薄い。撤退だ」
「しかし、我が方は主力の戦艦こそ半数以上が戦闘不能ですが、駆逐艦や巡空艦、数等では此方が勝っています。それを撤退などと…」

参謀の一人が反論する。

「ここで戦っても無駄死にするだけだ。それに飛行場攻撃の為の臼砲戦艦がほとんど使い物にならん時点で作戦は失敗したも同然だ」
「しかし……」
「くどい!!」

ジーヴァル提督は一喝する。

「これは命令だ!直ちに撤退する」
「はっ……はい」

参謀長が慌てた様子で言う。

「全艦反転、後退する」

ジーヴァル提督が命じると、〈リューリヤラント〉から撤退を意味する信号弾が放たれ、損傷した艦艇から一斉に転針し、後退を始める。


「逃すな!!追撃しろ!」

敵艦隊撤退しつつありとの報告を受けたアーレイ少将が叫び、〈カノーパス〉の発砲可能な主砲が再び火を噴く。

「敵戦艦が回頭して反撃してきます!」
「構わん!撃て!!」

アーレイ少将は怒鳴る。〈カノーパス〉の33.5fin主砲が立て続けに榴弾を発射する。

「敵戦艦に命中!」
「よし!」

アーレイ少将は拳を握り締めた。

「敵戦艦1隻轟沈!火薬庫直撃の模様!」
「まだだ!撃ち続けろ!!」

アーレイ少将は叫ぶ。

「敵戦艦さらに接近!距離5000!」
「くっ……!」

アーレイ少将は歯噛みする。

「いい加減しつこいぞ…」
「敵戦艦、発砲!」
「なに!?」

アーレイ少将は目を見開く。

「被害報告!」
「第3砲塔大破!使用不可能です!!」
「クソ、数少ない3連装砲を!!」

アーレイ少将は苦々しげに言う。その時だった。

「艦橋部見張り所より敵戦艦爆発とのこと!」
「なんだと?」

アーレイ少将は怪しげに目を細める。

「どういうことだ?敵戦艦の弾薬庫が誘爆したのか……?」

アーレイ少将の推測は正しかった。敵戦艦〈ケルヒェン〉の弾薬庫に〈カノーパス〉の放った徹甲弾が直撃。戦闘不能だった戦艦〈ケルヒェン〉にとどめを刺したのである。

「よし……!」

アーレイ少将は小さくガッツポーズを取る。

「敵巡空戦隊に駆逐戦隊の放った空雷が命中!敵艦炎上中!」
「やったか!?」

アーレイ少将は思わず声を上げる。しかし、その期待はすぐに打ち砕かれた。

「敵戦艦健在!」
「なんだと!」

アーレイ少将は再び目を見開いた。

「そんな馬鹿な!」
「敵戦艦、こちらに向かってきます!」
「なんという奴らだ……」

アーレイ少将は呆然と呟いた。敵艦隊は既に主力の戦艦群の半数が沈んだはずなのに、まるで気にしていないかのように猛然と反撃してくる。

「敵艦、砲撃来ました!」
「くっ……!」

アーレイ少将は顔をしかめた。

「損害は!?」
「前部副砲、後部高角砲共に全滅!戦闘不能です!」
「くそっ!」

アーレイ少将は悪態をつく。その瞬間にも敵艦隊の砲弾が着弾していた。

「右舷に被弾!」
「ちぃっ!集中砲火を浴びせろ、撃て!!」

アーレイ少将は叫ぶ。しかし、敵の砲撃も苛烈を極めていた。

「ダメコン班急げ!」
「第2煙突部に直撃、火災発生、排煙逆流のため機関出力緊急カットします! 我が艦も速度低下!」
「消火急げ!」

次々と報告が上がる。

「えぇい、敵もしぶとい…」

唸るアーレイ少将、しかし彼はまだ少しだけ余裕を保てていた。


一方〈カノーパス〉と正面切って殴り合いを始めた〈リューリヤラント〉も無事では済まなかった

「被害報告はまだなのか!」
「敵駆逐戦隊の雷撃により駆逐艦リゲンスが大破しました!」
「くそ、これでゲダルン級は全て戦闘不能か……」
「更に駆逐艦ヴェアルフが沈みます!」

ジーヴァル提督の顔がより苦々しさを増す。

「敵戦艦がまた発砲してきました!」
「構わん、撃て!」

ジーヴァル提督は怒鳴りつけるように言った。

「敵戦艦、砲撃続行!巡空艦コープルが撃沈されました!」
「なんてやつだ、あれだけ食らってまだ戦えるとは…」

ジーヴァル提督は忌々しげに言う。

「どうしましょうか?」

参謀長が訊ねる。

「もうじき夜になる、そうなれば敵の砲撃は止まるだろう。そうすればこちらは優位になるはずだ。それまで持ちこたえられればいいのだが……」

ジーヴァル提督の言葉通り、太陽はすでに傾き始めており、辺りは薄暗くなっていた。

「敵戦艦発砲!来ます!」
「ぐっ……!」

ジーヴァル提督は歯噛みする。

「味方艦艇は何隻が後退した?」
「少なくとも戦闘不能な艦艇数隻と、駆逐艦4隻、巡空艦3隻、戦闘空母カゼドラーナです」
「そうか、やはりこの戦力差は厳しいか……」

ジーヴァル提督は小さく呟いた。

「敵戦艦発砲!回避運動を行います!」
「操艦は艦長に任せる」

ジーヴァル提督はそれだけ言うと、前を見つめなおす。


「敵巡空艦に命中、撃沈しました!」
「よし、その調子だ」

アーレイ少将は拳を握る。

「敵戦艦さらに接近!距離3000!!」
「うむ……、あと少しだな」

アーレイ少将は小さく呟いた。

「敵戦艦発砲!来ます!」
「取舵いっぱい!!」

〈カノーパス〉艦長は叫んだ。〈カノーパス〉は敵弾を回避すべく取舵を取る。

「被害報告!」
「損害無し、行けます!」
「よし、引導を渡してやれ!」

アーレイ少将は叫ぶ。

「敵戦艦、更に発砲!」
「なんの、こちらも撃て!!」

〈カノーパス〉と〈リューリヤント〉はお互いに撃ち合った。そしてその戦いは意外なことに数十秒後に決着がついた。
〈カノーパス〉の放った徹甲榴弾が〈リューリヤント〉生体器官部にもろに命中し、装甲を貫徹しながら一部をもぎ取りつつ炸裂。

「敵戦艦命中、出血多量、高度を下げつつあり‼」
「よし……!」

アーレイ少将は小さくガッツポーズを取った。

「報告、敵戦艦の主砲弾薬庫に誘爆した模様!」
「炎上ぢつつ敵艦は降下しています」
「敵艦から通信あり、『降伏する、願わくば寛大な処置を求む』とのことです!」
「了解した、本艦はこれより救助に向かう、各員警戒を怠るな」
アーレイ少将は命令を下す。
「さすがに疲れたな……」

アーレイ少将は小さく呟いた。すでに戦況は連邦軍有利に傾いており、旗艦を始め半数を失った帝国艦隊は、降伏直前にジーヴァル提督が指揮権を委譲した、唯一無事だった戦艦〈リュツォー〉艦長エトムント・ピュットリンゲン大佐指揮の元飛行場攻撃を断念し撤退した。こうして、[[アーキル連邦軍]]第1総合航空戦闘群第5巡空戦隊は多大な犠牲を払いながらも勝利をおさめたのである。そして今回の戦闘はポスト・リューリア以降最大にして最後の戦艦同士の戦いとなり、これ以降純粋な戦艦同士の艦隊戦はまず見られなくなった。
また時を同じくして[[クランダルト帝国]]エグゼィ連合艦隊は第1総合航空戦闘群及びメル・パゼル、自由パンノニア軍航空機部隊による大規模攻撃をうけ多数の艦艇を喪失し撤退、ここにシルクダット会戦は連邦の勝利で終結したのである。