&image(https://img.atwikiimg.com/www59.atwiki.jp/flightglide/attach/53/1490/Uran.png, width=420) &image(https://img.atwikiimg.com/www59.atwiki.jp/flightglide/attach/53/1491/Uran%20Mk-1.png, width=420) |>|>|>|ウーランMk1騎兵戦車 Uran Mk1 Cavalry tank| |>|>|>|BGCOLOR(#000):COLOR(#fff):基本情報| |種別|軽戦車||| |設計||所属|自由パンノニア共和国&br()統一パンノニア| |製造|X台|世代|&color(#00C){&strong(){第三紀}}| |>|>|>|BGCOLOR(#000):COLOR(#fff):性能諸元| |機関|フン3型 1基|機関最大出力|100ps| |最高速度|65km/h|走行装置|トーションバー式| |武装|2fin機関砲 1門|装甲(前/横/背)|8mm/8mm/8mm| |乗員|3名||| #region(概要, remember, open) 第三紀に登場した騎兵戦車。 パンノニア版ダッカーといっても良いほどの潔い紙装甲と快速性を兼ね揃えた車両。 それもそのはず、この戦車は騎兵科が発注した戦車で、対戦車戦闘は最初から考慮されていなかったのだ。 本社は騎兵とともに突進し、敵の歩兵を蹴散らしながら突破口を開くという運用を想定されていた。 一方まともな戦車を持っていなかった機甲科はこれに反発し、待ち伏せ主体の対車両戦闘こそ本来の役目だと主張した。 ウーランの運用をめぐって騎兵科と機甲科は仲違いを起こし、パンノニア陸軍は機能不全に陥っていた。 機甲科はアーキル連邦から余剰のダッカーを80両近く購入することで問題の解決を試みたが、基本的な性能はウーランが勝っており同科の装甲戦力の不足は続くこととなった。 とはいえ、第三紀中期になるとウーランの生産も軌道に乗り、両兵科に納品されるようになる。 その後は小さな車体に様々な改良を施し、対空型や自走砲型などの派生系が誕生した。 #endregion() #region(Description, remember) Description must be less than 300 words #endregion() #region(兵装, remember, open) ADJUSTMENT #endregion() #region(Armament, remember) ADJUSTMENT #endregion()