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幸せになる為に

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幸せになる為に ◆guAWf4RW62


崩れ掛けのレンガで造られた建物と建物の間に、未舗装の道が真っ直ぐ伸びている。
脇に広がる空き地には、腐臭を纏うゴミが散乱していてた。
荒涼とした夜のスラム街で、肩を並べて歩いてゆく人間が二人。
その片割れである少年が、沈んだ表情で静かに口を開く。

「どうして……こうなっちゃったんだろうな……」

呟く少年の名は、伊藤誠
榊野学園に通う、中肉中背の極めて一般的な高校生である。
現在の誠は黒のブレザーにズボンという、ごくありふれた格好をしていた。
そんな誠の横で、一人の少女が力無く地面へと視線を落とす。

「……罪の無い人達を殺し合わせる事に、何の意味があるって云うの?
 こんな非人道的な事が罷り通るだなんて、今でも未だ信じ切れないわ」

答える少女の名は、ファルシータ・フォーセット
白い肌に、薄栗色の長く美しい髪。
黒一色の制服という装いが、彼女特有の落ち着いた雰囲気をより一層際立たせている。
彼女はピオーヴァ音楽学院の声楽科に在籍する、将来有望な音楽家の卵だった。

「俺だって俄かには信じられないけど……これは間違い無く現実に起こっている出来事なんだ。
 その事実は認めなきゃ駄目だと思う」
「そう……よね」

多数の人間による殺人遊戯――それは普通ならばまず起こり得ない、異常極まりない事件。
だが、何かの悪い冗談だと断じる事は決して出来なかった。
何しろ、『見せしめ』として人が殺される所を実際に目撃しているのだから。
誠はそのまま暫くの間ファルと共に表情を曇らせていたが、やがて眉を斜め上方へと吊り上げた。
心の中に沸き上がるのは、ある一つの感情。



「許せないな、あの神父達。人の命を何だと思ってるんだ……!」

漏れ出た声は、溢れんばかりの怒りに満ちている。
何の躊躇も無く次々に人を殺し、あろう事か殺し合いまで強要してきた主催者達は、誠にとって決して許せぬ存在。
あのような人の尊厳を踏み躙る行為、何があろうとも認める訳にはいかない。
故に、これから自分が取るべき方針も既に決まり切っていた。

「俺は殺し合いなんてしない。絶対に、皆を連れてこの島から脱出してみせる!」

誠はそう叫ぶと、力の限り拳を思い切り握り締めた。
仲間達と共に島から脱出する。
それこそが、この殺人遊戯に於いて誠が抱いた最初の決意である。
そんな誠の様子を眺めていたファルが、柔らかな微笑みを口許へと浮かべた。

「私、誠さんみたいな優しい人に会えて良かったわ。本当に不安で不安で堪らなかったから……」
「不幸中の幸い、だな。俺の方こそ、最初に出会ったのがファルで良かったよ。
 いきなりあの神父達みたいな奴に襲われたら、どうしようも無いもんな」

言葉を交える二人には、互いを警戒し合うような素振りなど見受けられない。
――殺人遊戯の開始直後。
スラム街の一角で誠とファルは出会い、各々の方針や知り得る限りの情報を交換し合った。
結果的に二人は共通の目的を持っているという事が分かり、それ以来志を同じくする仲間として行動しているのだ。

「とにかく、まずは知り合いを探して合流したいな。流石に俺達二人だけじゃどうしようもないからさ。
 俺の知り合いが言葉と世界に、清浦。それからファルの知り合いが、クリス、リセ、トルティニタだっけ?」
「ええ、そうよ」

誠が確認するように問い掛けると、ファルはコクリと縦に首を振った。
首輪への対処法を考えるにしても、脱出の方法を模索するにしても、仲間が多いに越した事は無い。
信頼出来る可能性が高いであろう知人達とだけでも、なるべく早めに合流しておきたい所。
誠はそう考えて、ファルと共に探索活動を始めたのだが――



    ◇     ◇     ◇     ◇



「うーん……皆何処に居るんだ? さっきから探し回ってるのに誰も見付からないじゃないか」

あれから一時間近く捜索活動を続けてみたものの、目ぼしい成果は挙げられなかった。
誠は左右へと首を振ってみたが、目に入るのは薄汚い家屋や、荒れ放題の植え込みのみ。
自分達以外、人の姿は何処にも見当たらない。

「この辺りには私達以外、誰も居ないのかも知れないわね。もっと別の場所を探さない?」
「うん、そうだな。じゃあ次は何処に行くべきか考えるか」

誠は軽く頷くと、カバンからこの島の地図を取り出した。
何処へ行けば知り合いと出会える可能性が高いのか、じっくりと思案を巡らせる。
だがそこで、何かが裂けるような音が横から聞こえてきた。

「…………?」

誠は訝しげな表情を浮かべながら、視線を横へと向ける。
しかしそこで誠が目にしたのは、全く予想だにしないモノだった。


「スカート……破けちゃった」
「――――え」


誠は意図せずして、眼前の光景に見入ってしまう。
自身の直ぐ横で、酷く赤面したファルがスカートを押さえていた。
傍の植え込みに引っ掛けたらしく、スカートは太腿の辺りまで大きく縦方向に裂けている。


「あ…………」

誠の瞳に映るのは、裂け目の奥に見え隠れする、白く艶やかな足。
月光を反射して妖艶に光輝く、瑞々しい肌。
性的な欲求に弱い誠からすれば、それは余りにも魅力的な光景。

「あ……あぁっ…………」

誠の喉奥から、擦れた声が立て続けに零れ落ちる。
外気に晒されたあの足に触れれば、一体どのような感触がするのだろうか。
吸い付くようなあの肌を撫でれば、一体どのような気分を味わえるのだろうか。

「ファ、ファル……。俺………、俺――」
「ま、誠さん……?」

触りたい。
触りたい、触りたい、触りたい。
誠は沸き上がる欲望に身を任せ、ゆっくりと手を伸ばし――




「そこの二人、ちょっと良いですかー?」


唐突に背後から聞こえて来た声が、誠の蛮行を未遂に終わらせた。
誠は慌てて手を引っ込めると、跳ねるような勢いで後ろへと振り返る。
すると薄汚れた家屋の横に、小柄な少女が屹立しているのが見て取れた。
少女が身に纏った制服は、所々が血で赤く染まっている。



「……あれは返り血か! くそ、不味い!」

誠は即座に危険だと判断し、急いで臨戦態勢へと移行する。
心臓が激しく脈打つのを感じながらも、鞄から支給品のナイフを取り出す。
そのままナイフを腰深く構えると、前方の少女が慌てて両手を左右へと振った。

「わわ!? 待って待って、私は殺し合うつもりなんてないよ!」
「嘘吐くな! じゃあその服に付いた血は何だよ!?」

少女の懸命な弁明を耳にしても、誠はナイフを下ろそうとはしない。
自分から斬り掛かったりはしないものの、顔を強張らせたまま身構え続ける。
だがそこで、横からファルが宥めるような声を上げた。

「落ち着いて、誠さん。あの子は、殺し合いを命じられた時の――」
「あ…………」

そこまで云われて、ようやく誠は少女が誰であるかを理解した。
桃色の制服に、短いツインテール。
そして、特徴的な丸く大きい瞳。
間違いない。
今自分達の眼前に居るのは、殺人遊戯の開幕時に親しき者達を奪われた少女――柚原このみだった。
制服にこびり付いた血は、恐らくあの時に付着したものだろう。
武器も持っていないし、直ぐに攻撃してくるような様子も見受けられない。
少なくとも、過度の警戒は不要なように思えた。




「……ごめん、俺が悪かった」

誠は深く頭を下げてから、ナイフを鞄の中へと仕舞い込む。
それからもう一度少女を眺め見ると、心に深い罪悪感が湧き上がった。
自身とファルの身を守る為とは云え、こんな少女に武器を向けてしまったのだ。
そう考えると、心底申し訳無い気持ちになって来る。

「本当にゴメン。俺、焦っててつい……」
「ううん、良いよ。こんな状況だもん、警戒しちゃうのも無理ないよ」

このみは気にしていないといった風に、首を忙しく横に振った。
それでも誠は謝り続けていたが、暫くしてやっと頭を上に戻した。
二人のやり取りが終わったのを見計らって、ファルが一つの質問を投げ掛ける。

「貴女、柚原このみさんよね。どうして私達に声を?」
「うんとね、このみは仲間になってくれる人を探してるんだ。皆と力を合わせて、この殺し合いを止めたいの」

一人では何をするにしても限界がある。
故に自身と志を同じくする者達を集めて、それから殺人遊戯に抗う術を考える。
それが、このみの選び取った道だった。
そしてその道は、誠達の方針と完全に一致している。

「そっか、なら話は早いな。俺達もこのみと同じように、仲間を集めようとしてたんだよ」
「え……本当に?」
「ああ。折角出会えたんだから、一緒に行こうぜ?」
「了解でありますよ、隊長!」

目的も手段も同じである以上、別行動をする理由など無いだろう。
誠は何ら躊躇せずに提案を持ち掛けて、このみも直ぐに肯定の意を返した。
そうと決まれば、此処で時間を無為に費やす必要は無い。



「よし、早速仲間を探しに――――、あ……」

誠は直ぐに捜索活動を行おうとしたが、そこで腹の音が派手に鳴り響いた。
極度の緊張状態が続いた所為で、予想以上に早く空腹が訪れたのだ。
仲間を探す事は確かに重要だが、『腹が減っては戦は出来ぬ』という諺もある。

「フフ、まずはご飯にしましょうか」

ファルが苦笑混じりに提案すると、誠もこのみも素直に頷くしか無かった。



    ◇     ◇     ◇     ◇



あれから一行は近くにあった民家へと移動し、今はテーブルを三人で囲んでいる所だった。
テーブルの上には、湯気を上げるカレーライスが白い胸皿に盛り付けられた状態で並んでいる。
鼻腔を刺激する香ばしい匂いが、三人の食欲を否が応にも高めてゆく。

「それじゃ、頂きます」

誠の掛け声を合図として、一行はスプーンを手に取った。
椅子に腰掛けたまま、各々の口にカレーライスを運び、良く味わいながら咀嚼してゆく。
やがてファルが頬に片手を添えると、ニッコリと満足げな笑みを浮かべた。

「良かった。ちゃんと美味しく仕上がったみたいね」

その言葉は決して嘘偽りなどでは無く、実際カレーは素晴らしい出来だった。
口の中に広がる深みのある味。
色鮮やかな野菜の数々と濃厚なスパイスが織り成す、絶妙のハーモニー。
カレーライスの魅力は十分に引き出せていると云えるだろう。



「うん、凄く美味しいね! でも……折角だからこのみも作りたかったな」
「それはまた今度、ね? もっと時間がある時なら、ちゃんとした皮の剥き方を教えてあげるから」
「ハハ、そうだな。此処で無理して、指を切っちゃったりしたら困るもんな」
「むぅ~……」

このみが大きく頬を膨らませる。
最初は三人で料理を行っていたものの、このみはジャガイモの皮を剥く際、危うく手を切ってしまいそうになった。
その所為で強制的に待機させられていたのだ。
つまり料理は、殆ど誠とファルの二人で行った事になる。

「それにしても誠さん、男の人なのに凄く料理がお上手なのね。私、ビックリしちゃった」
「ああ、俺の家は母子家庭だからさ、自分で料理する機会が多かったんだよ」
「そうなんだ。このみも誠君くらい料理が上手くなりたいなー」

誠達は談笑を交えながらも、食べる手は決して止めようとしない。
決して急がず、しかし確実にカレーを口の中へと放り込む。
誠達も既にこのみへの警戒を解いており、ただ穏やかな時間だけが流れてゆく。
そして数十分後、一行は滞り無く食事を取り終えた。



「それじゃ後片付けをしないとね。このみさん、手伝ってくれないかしら?」
「うん、今度こそこのみもお手伝いするでありますよ!」

如何に殺人遊戯の最中であるとは云え、他人の家を荒らしたまま立ち去るのは気が引ける。
ファルが協力を求めると、このみは満面の笑顔で引き受けた。
唯一手持無沙汰となった誠が、ゆっくりと椅子から腰を上げる。


「後片付けするなら俺も手伝おうか?」
「ありがとう。でも誠さんには念の為、玄関で見張りをお願いしたいの」
「ああ、確かにその方が良いかもな。分かった、見張りは俺に任せてくれ」

誠はそう答えると直ぐに鞄からナイフを取り出して、玄関の方へと歩いていった。
ファル達はその背中を見届けてから、後片付けに取り掛かる。
最初に簡単な話し合いを行って、このみは清掃や食器の運搬を担当し、ファルが台所で洗い物をする事となった。


「えへへ……楽しかったなあ」

このみは白い胸皿を両手で抱えながら、先程の平和な一時へと想いを馳せる。
まさか殺人遊戯の最中に、あのような安らぎを得る事が出来るとは思わなかった。

(……やっぱり皆、良い人ばかり。皆で力を合わせれば、殺し合いなんて起こらないよ)

自分が殺人遊戯の開始以来出会ったのは、全員が全員善良な人間ばかりだった。
ドライはやり方こそ荒々しかったものの、気落ちしている自分を叱咤激励してくれた。
誠とファルは、こんな自分の事を仲間として扱ってくれている。
少し前に思った通り、やはり世界は優しさに満ち溢れているのだ。

「タマお姉ちゃん、タカ君、私頑張るからね。絶対皆と一緒に、生きて帰ってみせるからね!」

このみは決意をより一層固めると、まずはファルの手助けをすべく動き出した。
台所と居間を数回往復して、食器を全てファルの下へと運搬する。
続けて清掃の為に居間へ向かおうとすると、唐突にファルが後ろから話し掛けて来た。

「そう云えばこのみさん、貴女の武器は何なの?」
「ん~とね……はい! このみの武器はコレでありますよ!」

このみは特に警戒する素振りも見せず、鞄から回転式拳銃――イタクァを取り出した。
流麗な銀で彩られたその銃は、嘗てこのみがドライから譲り受けたものだ。
約三十センチ程の長さを誇る銃身は、小柄なこのみにとって少々大き過ぎるかも知れない。

「へえ、それが銃なのね……実物は初めて見るわ」

ファルは片手を頬に添えるポーズとなって、まじまじとイタクァを銃身の眺め見る。
そのまま経過する事、十数秒。
程無くしてこのみは銃を仕舞おうとしたが、それを遮るようなタイミングでファルが云った。

「ねえ、このみさん」
「うん? 何かな?」

このみは何気無く。
本当に何気無く、問い返して。



「――その銃、私に寄越しなさい」



瞬間、呼吸が停止した。
視線を上げると、ファルの顔に捕食動物のような笑みが浮かんでいた。

「え……え…………?」
「聞こえなかった? その銃を私に頂戴って云ってるの」

こつり、とファルが一歩前へと歩み出た。
ファルはそのまま交互に足を動かして、呆然としているこのみに近付いてゆく。



「だ、駄目だよ! この銃は、このみがドライさんから貰った物なんだから!」
「別に良いじゃない。不器用な貴女なんかよりも、私の方がきっと上手く扱えるわよ?」
「駄目ったら駄目!」

このみは声を荒立てて、全力でファルの要求を拒絶した。
本能が激しく警鐘を打ち鳴らしている。
素直に銃を渡してしまえば、きっと取り返しの付かない事態になると叫んでいる。
尚も歩み寄ってくるファルを制止すべく、イタクァの銃口を突き付ける。

「来ないで!」
「――――っ」

このみが銃を向けてくるとは思っていなかったのか。
ファルは意外そうな表情を浮かべると、その場で足を停止させた。

「これ以上近付いて来たら撃つよ! 撃たれたらきっと、凄く凄く痛いよ!?
 血がどばって出て、死んじゃうかも知れないんだから!」

このみは必死の形相となって叫び続ける。
イタクァを握り締める両腕は、見っとも無い程に震えていた。
頭の中に浮かび上がるのは、嘗てドライが告げた一つの言葉。

――『銃を持ったら躊躇うな。ありったけの殺意をこめて標的を撃ち殺せ』

ドライの言葉は決して間違いなどは無い。
躊躇わずにトリガーを引きさえすれば、今の窮地を脱する事は可能だろう。
しかし、そこでこのみの脳裏を一つの疑問が過ぎる。


(ファルさん……、本当に悪い人なの? 私、まだそんな風に思えないよ)

もしかしたら、自分が勝手に怯えているだけでは無いのか。
ファルは仲間を守ろうとしているからこそ、敢えて銃の譲渡を求めているのでは無いのか。
そう考えると、とても銃を撃つ気になどなれなかった。

「このみさん。確かにそのトリガーを引けば、私を殺せるかも知れない。
 でもね、そんな事をしたら貴女も死んじゃうわよ?」
「え……?」

このみが決定的な行動を取れぬまま硬直していると、ファルは鞄へと手を伸ばした。
取り出したのは白い粉が入った瓶と、丸められた一枚の紙。

「その紙を読んでみて。そしたら私の云ってる意味が分かるから」
「わわっ……」

このみは銃から片手を離して、投げ寄越された紙を受け取った。
ファルへの警戒は決して怠らぬまま、紙に書かれてある内容を一読する。
するとそこには、『遅効性の毒薬。摂取後二十四時間後に発症、死に至る』と云った旨の事が書き記してあった。
まさか――このみが視線を元に戻すと、ファルは手元の瓶を指差して見せた。

「この瓶に入ってる毒を、貴女が食べたカレーにだけ混ぜておいたの。勿論、誠さんには気付かれないようにね。
 解毒剤は、此処とは別の場所に隠してあるわ。今私を殺したら、貴女はどうなると思う?」
「そん……な…………」

絶望。
何よりも重いその一文字が、このみの心を鷲掴みにする。
ファルの本性に今更気付いた所で、最早完全に手遅れだった。
既に自分は、身体に時限式の爆弾を埋め込まれたようなものなのだから。



「理解してくれたようね。じゃあいい加減、その銃をくれないかしら?
 それから、毒の説明書も返して頂戴ね」
「…………はい」

生殺与奪を握られたこのみには、もう命令に従う以外選択肢が残されていない。
このみは短く答えると、イタクァとその予備銃弾、そして毒の説明書をファルに手渡した。
しかしファルの要求は、銃の譲渡程度で終わらない。
更に過酷な命令がこのみへと突き付けられる。

「それから未だお願いが幾つかあるの。貴女にはね、誰でも良いから人を三人程殺して来て欲しいの」
「そ……そんな事、出来る訳――」
「あら、そうかしら? 武器なら台所に置いてある包丁を使えば良いし、時間だって未だたっぷりあるわ。
 三人くらいなら、十分に実行可能な数字じゃない」

人を殺せと。
自らの手を血に染めて来いと、ファルは平然とした表情で言い放った。
驚愕するこのみに向けて、次々と言葉が並べ連ねられてゆく。

「証拠となる首輪を三つ持って、十八時間後に教会まで来る事。それから、私が脅してるって事実を誰にも話さない事。
 その二つが、私が貴女に与える課題よ。大丈夫、課題さえクリアすればちゃんと解毒してあげるから」

告げるファルの瞳には、何の容赦も躊躇も在りはしない。
ファルは台所の棚から包丁を取り出すと、そのままこのみへと手渡した。
この包丁を使って戦え、という事だろう。

「ファルさん、冗談……だよね?」
「冗談でこんな事云える訳無いじゃない。私は間違い無く殺し合いに乗ってるわ。
 だから貴女には、出来るだけ多くの参加者達を脱落させて欲しいの」
「あ……ぅ…………」

このみが縋るような表情で問い掛けたものの、ファルの答えは何も変わらない。
一度下された決定はもう覆らない。
ファルは拳銃の銃口をすっと持ち上げると、そのままこのみの頭部に照準を定めた。

「ほら、誠さんが戻って来ない内に早く行ってよ。それとも、この場で撃ち殺される方がお好み?」
「あ……あ……あああああああああああああっ!」

このみは獣じみた叫び声を上げると、本能の赴くままに走り始めた。
これ以上此処に居たら殺される。
少しでもファルから距離を離すべく、一目散に玄関へと向かった。
見張りの任に就いていた誠にも構わず、そのまま夜闇の下へと飛び出してゆく。

(良い人ばかりじゃなかったんだ。ファルさんみたいな悪い人も居るんだ……)

思い知らされた真実。
世界が優しさに満ち溢れているだなんて、幻想だった。
この島に連れて来られた人間が皆善人だなんて、唯の楽観的観測だった。

(どうすれば良いの? ファルさんの云う通り、人を殺すしかないの? 私死にたくない……でも、人を殺したくもない)

死にたくない。
殺したくない。
二つの想いが鬩ぎ合って、このみの精神を激しく削り取ってゆく。
どれだけ考えても、打開策など見つかりはしない。
やがてこのみが選んだのは、思い付く中で最も安易な道だった。

(何処……ユウ君、何処に居るの!? 助けて! お願いだから、私を助けてよぉ……!)

この島で唯一、絶対の信頼を置ける人物。
長年共に過ごした幼馴染の姿を求め、このみは懸命に駆け続ける。
両の瞳から止め処も無く涙を零しながら。
既に向坂雄二は命を落としているという事実すらも、知らないままに。



    ◇     ◇     ◇     ◇




「……思ったより上手く行ったわね」

このみが走り去った後の台所で、ファルは黙々と作業を進めていた。
先程このみに読ませた『毒の説明書』を手に取って、無造作にゴミ箱へと破り捨てる。
こんな紙切れを残しておく必要など無い。
何せ――これは、ファルが執筆した偽の説明書に過ぎないのだから。

ファルに支給された瓶の中身は、唯の鎮痛剤だった。
その事を逸早く確認したファルは、上手く活用する方法は無いかと考え、此度の作戦を思い付いた。
そして来るべき時に備え、予め偽の説明書を準備しておいたのだ。
結果として作戦は予想以上に上手く進み、有りもしない毒を飲んだと信じ込ませ、このみを手玉に取る事が出来た。
強力な武器も手に入ったし、結果は上々と云えるだろう。

(ごめんなさないね、このみさん。でも貴女みたいな足手纏い、私には必要無いの)

このみのように非力な少女など、ファルにとっては何の利用価値も無かった。
傍に置いておいた所で、精々緊急時に足を引っ張られるのが関の山。
それならば他の参加者達を襲うように扇動し、争乱を巻き起こしながら死んで貰った方が、まだ幾らか有益だろう。
故に一計を講じ、早々に切り捨ててた。
その一方でファルは、当分の間誠を手放すつもりは無い。

(誠さん……貴方は簡単に手放してあげない。私を外敵から守る盾になって貰うんだから)

常識的に考えて、男なのに女子供よりも弱いという事は無いだろう。
主催者の示唆した超常的な力を持っている人間とは比べるべくも無いが、それなりに有用な盾となってくれる筈だった。
それに女よりも、男の方が思い通りに操りやすい。
男というものは恋愛感情さえ持たせれば、殆ど無条件にこちらの事を信じ切ってくれるのだから。



(……もうちょっと破っておいた方が良いかな)

ファルはスカートに手を伸ばすと、下着が見えないギリギリのラインまで裂け目を広めていった。
誠が性的な欲求に弱いという事は、先程『わざと』スカートを破ってみた時に分かっている。
あの時、誠の視線は完全に自分の太股へと集中していた。
誠を篭絡して手駒にする為には、色仕掛けも交えていった方が効果的だろう。
じろじろと凝視されるのは決して良い気分では無いが、それが最善手とあらば迷うつもりは無い。

「私は幸せになってみせる。絶対に生きて帰って、歌を歌い続けるの」

小さな呟きが、自然とファルの口許から零れ落ちた。
自分は夢を叶える為に、元の世界でも人を欺き利用し続けていた。
歌を歌って生きていく為なら、ありとあらゆる手段を用いて来たのだ。

この島でも、自分の生き方を変えたりはしない。
自身の安全を確保しながら、利用出来る人間は利用して、邪魔な人間は容赦無く排除してゆく。
どんな手段を使ってでも絶対に生還して、夢を実現してみせる。
そう、たとえ恋人であるクリスを殺してでも――そこまで考えた時、ファルの胸をずきりと小さな痛みが襲った。

(……何かしら、この痛みは)

クリスはこんな自分の生き方を受け入れてくれた、唯一人の理解者である。
だがそれでも、自分は彼を利用するだけのつもりだった。
勿論、その事はクリスにもはっきりと伝えてある。
恋人とは名ばかりの、互いに利用し合うだけの関係だった筈なのだ。
生き残れるのが一人だけとなれば、クリスの事も躊躇無く切り捨てられる筈なのに、何故痛みを感じたりするのだろうか。

答えに辿り着けぬまま思い悩んでいると、誰かの足音が近付いてきた。
視線を向けると、異変を察知した誠が戻って来る所だった。
直ぐ様ファルは思考を切り替えて、再び善人の仮面を被り込む。


「このみの奴、一体どうしたんだ? 凄い勢いで外に出て行ったけど……」
「さあ、私にも分からないわ。このみさん、急に走り出しちゃったから」

答えるファルの声には、何の動揺も後ろめたさも感じられない。
完璧な演技だった、と云って良い。
誠は特に違和感すらも感じる事無く、ファルの言葉を信じ込んでしまった。

「うーん、大丈夫かな? 今からでも追い掛けた方が――」

そこまで話した時、誠は気付いた。
ファルのスカートが以前よりも大きく裂けている事に。
より深い所まで露となった白い足が、誠の瞳に焼き付いてゆく。
このみの事も心配ではあるが、どうしても意識がそちらの方へと引き付けられてしまう。

(……ま、良いか。怪我もしてなかったし、きっと大丈夫だろ)

誠は強引にそう結論付けると、ファルの太股へと視線を集中させていった。








【B-2スラム街/一日目 黎明】

【ファルシータ・フォーセット@シンフォニック=レイン】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式。イタクァ(5/6)、銃弾(イタクァ用)×12、銃の取り扱い説明書。鎮痛剤(白い粉が瓶に入っている)、ランダム支給品0~2】
【状態:健康、スカートが大きく縦に裂けている(ギリギリ下着が見えない程度)】
【思考・行動】
 基本:自身の保身を最優先、優勝狙い。出来る限り本性を隠したまま行動する
 1:誠を篭絡し、盾として利用する
 2:誠よりも強く扱いやすい人間が見付かれば、そちらを盾にする(その場合に誠をどう扱うかは不明)
 3:利用価値の薄い人間は、殺し合いを行うように誘導するか、秘密裏に排除する
 4:クリスに危害を加える事に対してのみ、迷い
【備考】
※ファルの登場時期は、ファルエンド後からです


【伊藤誠@School days】
【装備:スペツナズナイフ】
【所持品:支給品一式、ランダム支給品0~2】
【状態:健康、若干の興奮状態】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いには乗らない
0:ファルのスカートの裂け目が気になる
1:自分の知り合い(桂言葉西園寺世界清浦刹那)やファルの知り合い(クリス、トルタ)を探す
2:信頼出来る仲間を集める
3:主催者達を倒す方法や、この島から脱出する方法を探る
4:僅かながらこのみを心配
【備考】
※どの時間軸から登場かは、後続の書き手氏任せ



【柚原このみ@To Heart2】
【装備:防弾チョッキ】
【所持品:支給品一式、包丁】
【状態:混乱、恐怖、人間不信】
【思考・行動】
0:ユウくん助けて(向坂雄二を見付け、助けて貰う)
1:ファルの命令通りに動くかどうかは不明
2:ドライさんにもう一度会いたい。
【備考】
※制服は血で汚れています。
※ファルから解毒剤を貰わなければ、二十四時間後に遅効性の毒で死ぬと思い込んでいます(実際には毒など飲まされていません)
※ファルがこのみに命令した内容は以下の通りです
1.三人以上の参加者の殺害(証拠となる首輪も手に入れる事)
2.ファルに脅されたという事を誰にも漏らさない
3.十八時間後に教会へ来る事


026:The Course Of Nature~秒速5メートル~ 投下順 028:ドゥー・ユー・リメンバー・ミー
024:偽りの空の下で狂人は変人に魅入られ、そして始まるたった2人だけの演奏会。 時系列順
ファルシータ・フォーセット 034:True Love Story/堕落のススメ
伊藤誠
018:Memento Vivere 柚原このみ 046:求めなさい、そうすれば与えられる


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