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The Course Of Nature~秒速5メートル~

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The Course Of Nature~秒速5メートル~ ◆eQMGd/VdJY


さて。皆様はジェットコースターはお好きでしょうか?
小さな座席に身体を押し込め、最頂点まで登り、一気に地に堕ちる娯楽。
スリル満点とは言いつつも、そこには『安全』と言う名の防衛ラインが存在します。
人は安全装置があるだけで、無意識に安心してしまう。
もちろん、絶対に安全と言う訳ではありません。けれどそれは仕方の無い事。
どんな安全にも絶対は無い。
だからこそ、より死に近いスリルが味わえる。
身の保身を守りつつも恐怖を楽しめる。
そういった点では、ジェットコースターと言うものは本当に良く出来ています。、
乗車する人間は、安心してスリルを楽しむことが出来るのですから。
ですが、思ったことはありませんか?
この安全装置を外したまま出発したら、一体どうなるのかと。
一周して帰ってきた時、自分は果たしてその場所に座っていられるかと。
「自分で体験はしたくない。けれど、見てみたい」
そう思ってらっしゃる方も、きっといると思います。
では……その安全が無い時、人はどんな反応をするのか……





    ◇    ◇    ◇    ◇




口から漏れる息を何度も置き去りにし、神宮寺奏はただただ必死に床に爪を食い込ませる。
きっとこの爪が少しでも宙に浮かんだ途端、奏の身体も同時に宙に舞うだろうから。
指先が小刻みに震えるたび、爪の先に皹が入っているのも奏は知っていた。
普段から綺麗に手入れしている髪が、今は酷く乱れているのも、もちろん認知している。
が、そんな乱れなど現状を維持するためなら、投げ捨てて良いものなのだ。

「ッ、ぅ……んくっ、ぅく……」

一秒。また一秒と、音と時間の感覚がずれていく。
腹部から上空に押し上げられる力を、泣きそうな顔で耐えた。
少しの上下運動ですら、今の奏には耐えがたい苦痛である。
奏の張り付いている場所は、この数分でずいぶん移動した。否、している。現在進行形で。
彼女がこの島で一番最初に足を下ろした場所。
それは、動き出そうとしていた金色の列車の車掌室。その真上、つまり屋根だったのだ。
普段からおっとりしている奏だったが、この時ばかりは慌ててその場にしがみ付いた。
が、そこで飛び降りていれば、まだ軽い怪我で済んだかもしれない。
列車は奏を乗せたまま走り出し、隣の駅まで疾走を続けた。
この時は、耐えていれば止まると思っていた。が、それはすぐに打ち砕かれる。
止まると持った列車は、駅を華麗にスルーし線路を走り続けたのだ。
実に自己中心的な列車である。止まる気など、毛頭無いらしい。
そしてある予感が奏の心を渦巻く。
もしかしたら、このまま最後まで止まらないのかもしれないと。
果たして自分は、そこまで耐えられるだろうか。
言うまでも無い。無理だ、今だって耐えているのが不思議なくらいなのである。
いっそ諦めに身を委ねて、楽になってしまおうか。
ただ一つ。りのを残して死んでしまうのだけは心残りだ。

(りの……)

奏の身体が、ゆっくりと空へと浮き上がっていく。
あと数秒もすれば、その身は空へと舞い上がるだろう。

「掴まれ!」

突然差し出された左手に、奏は夢でも見ているのかと錯覚する。
もしくは自分の死にたくないと言う願望が、ありもしない救いを求めたか。

「おい! 早くしてくれ!」

違う。幻想などではない。救いは確かに奏の目の前に現れたのだ。
飛び散っていきそうだった身体を、無我夢中で相手に預ける。
抱きしめた相手も、満足そうに大きく頷いた。
が、どういう訳か奏の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
神宮司奏に救いの手を差し伸べたのは、素晴らしくも均整の取れた男だった。
名を大十字九郎。アーカムシティで三流探偵とヒーローの二束の草鞋をしている。
彼を言い表すに相応しい単語がある。それは『仁義』と『勇気』。
強気を挫き弱気を助ける。己の意思は曲げたりしない。
けれども等身大の恐怖を内に抱え、それでも人々の前に立ち戦う。
それが、大十字九郎を語る上で必ず出てくる説明だ。
ただしこれは、あくまで大十字九郎とアーカムシティを知っている者にのみ通じる。
では、今の彼を第三者が一言で表すならどう称すだろうか。
簡単だ。きっとこう言えば、誰でも納得するであろう実にふさわしい言葉がある。




――曰く






大十字九郎は全裸のいい男だと。




    ◇    ◇    ◇    ◇




九郎はあのホールに呼び出される直前、公園で一人頭を洗っていた。
デモンベインに乗って出撃すること数回。
戦えば戦うほど、九郎の借金はみるみるうちに膨らんでいった。
彼を雇用する少女曰く、「給料から破壊した街の修理費を差し引きます」との事。
どう考えても壊した原因は敵にあるのだが、一緒になって壊したのもまた事実。
ライフラインは止められ、生活は最底辺へと突入しかけていた。
そんなある日、九郎が公園にて一日の疲れを洗い流そうとした刹那、視界が暗転する。
で、次の瞬間に飛び込んできた光景は、あのホール。
九郎は怒りを露にしていた。あんな一方的な暴虐を、彼は許しはしない。
なれば、抵抗の意思を掲げんとした瞬間、またも意識は闇へと閉じてしまう。
そうして再び目を覚ました時には、すでに最悪の状況が始まっていたのだ。
九郎が初期配置として放り出された場所は、趣味の悪い電車の先端部分だった。
地に足が付く間もなく、九郎は無我夢中で列車に捕まることとなる。
肩で風を切って歩くのは男の子の憧れだが、全裸でそれはお断りしたい。
突き刺さるような疾風を素肌で受け止めながら、九郎は言葉を散らす。

「ぬおくそぉ! 責任者出て来い! 殺しあえと言ったな? なぁ!?
 そう思ってるなら、それに相応しい場所に送り飛ばせぇ! 死んでも死にきれんわ!」

殺し合いが始まると同時に列車に跳ねられ死亡したなど、お話にならない。
ともかく真っ当なスタートラインに辿り着くため、現状を把握する。
いま九郎がいるのは、恐らく乗り物の類。
そしてそれは、全力疾走よろしく走り続けている。
で、飛び降りれば自分は確実にスクランブルな死体へと様変わりしてしまう。
結論。落ちたら死ぬ。

(とにかく、中に入らねーと!)

だが、列車の窓を何度も叩くが、頑丈に出来ているようで割れる様子が無い。
そのうち押し上げる風が強くなり、真正面にいるのが難しくなる。
股間に当たる冷たい風が、妙に心地いい。などと言っていられない状況だ。
九郎は金に輝く装飾に汗を垂らしながら、懸命に屋根の部分へとよじ登る。
天井は安心かと思いきや、以前強風のまま容赦が無い。
と、屋根の隅に巻き上がる髪の毛を発見する。
近付いてみると、そこに居たのは、風に乗って飛ばされそうな女性の姿だった。
自分の姿も忘れて、九郎は救出せんと這いずりながら動く。
そして女性の前まで辿り着くと、力強く引き上げた。
相手の視線がこちらを向かないが、理由はわかっているから何も言えない。

「俺は大十字九郎。こんな格好をしているが、決して怪しくないからな!」
「えっと……」

一方の奏は思案する。本人はこう言っているが、十分に怪しすぎる。
とは言え、助けてくれた事を考えれば、ここは信頼してもいいのかもしれない。

「私は神宮司奏と申します。先程はありがとうございました」

と、ここでようやく奏は、自分が抱きしめられている事を思い出す。
さすがに暴れることは無かったが、慣れない事なので顔が真っ赤に染まる。
そんな事になっているとは露知らず、九郎は顔を引き攣らせながら呟く。

「さて、これからどうする? こういっちゃ何だが、俺の腕もそろそろヤベェんだ」

確かに、負担が一気に増えたのに、それを支える腕は減ってしまっている。
このままでは落下するのもそう遅くない。
何度か呼吸を整えると、奏は毅然とした表情で苦労に語りかける。

「私を手放し、お一人でお逃げください」
「―-ッ!?」

この言葉が引き金。
言葉の弾丸が九郎の思考回路を一気に駆け巡り、熱を帯びた血を生み出す。
そして血は体中を余すことなく飛び跳ね、そして力へと変換される。

「ふざけんな……」

否。断じて否。
ここで何もかも見て見ぬ振りして逃げ出そうなど、どうして出来ようか。

「出来ないんだよ!」

懸命に足を列車の側面に這わせ、出来る限り体勢を整える。
右手に全体重を預ける負担はこれで減った。次は、もっと楽になるだろう。

「現在進行形で困っている人がいるのに、放っておくなんて選択はなッ」

奏を胸に密着させ、九郎は懸命に近付いてくるある建物を凝視する。
巨大なサーカスのテントならばあるいは、最悪の事態は逃れるだろう。
だが、そこに辿り着くには二つの障害がある。まず一つ、定期的に流れていく電柱。
一つタイミングを間違えれば、勢いあまって潰されてしまうというオチだ。
さらにこれを通過しても、今度は上手くテントまで跳躍しないといけない。
目測で約30mだろうか。ふわふわと揺れる幕が、その判断を鈍らせる。
生身である以上、直線に飛べばまず届かない。だから、落下しながら前に進む。
が、あまり落下しすぎれば、勢いが付き過ぎてクッションにならないだろう。

「ええい! 着地したら泣くぞ! 絶対に泣くからなコンチクショおおおおおお!」

絶対に離さないようにと奏を強く抱きしめ、唾を飲み込む。
二人の心臓が、お互い置いて行かれない様にと懸命に脈打つ。
信じるしかない。その先にある光を手に取れると。
張り付けた両足で金色の列車を蹴り飛ばし、真横に跳躍。
傍から見れば振り払われたかのように、二人は空中に放り出される。
その二人の前に、まずは私がと言わんばかりに電柱が何度も顔を現す。
そして遂に、告白のチャンスを掴んだ電柱が、二人に接吻の機会を伺う。

(駄目だわ……届かない)

ふと目線だけを上に向けて思う。
なぜ見ず知らずの自分に、彼は懸命になれるのだろうか。
出会って数分の間柄。しかも、ろくに自己紹介もしていない。
そんな相手にも必死になれる九郎ならば、託せるのではないだろうか。

(りのの事、お願いしていいですか?)

奏が密着させていた胸を離し、九郎を向こう側に届けようと身体を捩る。
素肌からダイレクトに伝わる奏の依頼。自分の代わりにりのを守ってくれと。
報酬は、ここで貴方を向こう側に生還させることだとでも言うように。
長い一秒と一秒の隙間。途切れそうになる過去の一秒と未来の一秒。
一瞬だけ奏の唇に目を向けた九郎は、無我夢中で奏の身体を今以上に強く抱きしめた。
まるで、そんな依頼など断るとでも言うように。
二人に引き寄せられていた電柱が、もうすぐだと言わんばかりに存在感を主張する。
九郎は理解していた。今横を向けば確実に石の抱擁を受けてしまうのだろうと。

(だが断る!)

あいにく九郎は一人の女を抱きしめるだけで手一杯だ。浮気するわけにはいかない。
そんな甲斐性を持っていたら、苦労などしない。だから九郎は漢を貫く。
今か今かと求愛の返事を迫る電柱に別れを。
まずは視界から消しす。呼びかける声も置き去りにし、去っていく相手を背中で見送り。
残ったのは浮遊感。
血液の流れが恋の展開に追いつけず、不規則に乱れ続ける。
時間にしてコンマにも満たない物語だったのかもしれない。
だが、ここで一つの恋愛は幕を閉じた。そして、舞台は次に移る。
休憩の時間など与えてはくれない。
なぜなら次なる求愛者と言う名の地面は、既に現在進行形で二人を引き寄せているのだから。
二人いっぺんに愛そうとでもいいたげに、地上からコンクリートが光を反射する。
もちろんそんな展開など、お断りコース即決だ。ごめんなさいすら言うつもりも無い。
と、血液のメトロノームが、ここでようやく時間に追いつく。
あとはどれだけ、この時間を突き放していけるか。
秩序ある世界に帰るために、九郎と奏は無秩序の夜空に舞う。






 30m――くぉ!


    25m――届け!


       21m――まだッ!


           17m――遠いッ! 


                13m――あと少し!


                      8m――止まるあァ!


                           5m――この……舐めんなッ!








「うおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああッッッッ!!」

九郎の咆哮に呼応する様に、力強い神風の支援が入る。
そして咆哮の先に現れた、指先に伝わるひんやりとした布地の感触。
細い筋が次々と切断されていく痛みに耐え、九郎は風に揺れる幕を握り締める。
捕らえたと安心したのも束の間、相手からの抵抗が始まった。
幕は金切り声を上げながら、高速の摩擦による熱で威嚇してきたのだ。
それはもちろん、接点を握り締める九郎の手のひらに飛び火し、肉の外側が鈍く焦げていく。
だが、九郎は絶対に手を離さない。右手の幕も。左手の奏も。
落下。ただひたすらに落下。
それでも、徐々に削がれていく速度が、九郎を僅かに安心させた。
だが安心は油断を生む。
そう。新たな危機は、すぐ真下に存在していたのだ。

「なあッ! おいッ! そこのアンタ! 今すぐどいてくれ!」

遅かった。
手を離さないことに意識をとられすぎて、下にいる人間に気付かなかったのだ。
女性は驚きの表情でこちらを見上げている。
それは当然だ。どこの世界に、女を抱える全裸の男が、空から降ってくるだろうか。
徐々に落下速度は落ちてきているが、同時に九郎の腕もそろそろ限界突破だ。
せめて最悪の事態は防ごうと、九郎は地面に背中を向けるように体勢を整える。
が、回転に勢いをつけすぎたためか、ぐるりと一周してもとの体勢に戻ってしまう。
間に合わない。ゆっくりと三人の身体が密着していく。
このまま倒れれば、関係無い女性に傷を負わせてしまう。
必死で女性にも手を伸ばす九郎。
右手で相手を掴み、向きを変えれば自分がクッションになれるはず。
九郎の読み通り、両手にすべての力を注いだ結果、三人の位置に変化が生じる。
女性二人が九郎と向き合うようになり、九郎は二人の下敷きにと言う体勢で地面に転がった。
ぐるんぐるんと。地面になるたび、九郎の身体に衝撃が散る。
地面と空中に何度もシェイクされながら、三人は地面を転がり続けた。
やがて、回転が止まったところで、九郎は即座に抱きしめた二人を確認する。

「ッ……おい! 大丈夫か!?」

呼びかける九郎の方が傷だらけだが、当の本人には気にした様子が無い。
何度目かの呼びかけの後、二人はゆっくりと瞼を開ける。

「ん、んッ、ンぁ」
「う、うう……」
「良かった。二人とも無事だな」

とりあえず意識があることに安堵する九郎。
が、リラックスしすぎたのか、くらっと力が抜けるのを止められない。

(あ)

二人がしっかり目を開けて、倒れてくる九郎の姿を確認するのと、
九郎の顔が二人の胸の間にしっかりと挟まるのはほぼ同時。
疲労がピークに達していた九郎は、あまりの柔らかさと温かさに意識が朦朧とする。
ただ最後に、自分はとんでもない事をした様な気がしていた。
目の前の二人の悲鳴のような罵声を浴びながら、九郎は夢の世界へ旅立つ。
一つだけ理解出来たのは、「柔らかいものは実に寝心地が良い」と言う事実だけだった。




    ◇    ◇    ◇    ◇




二人が落ちてくるかなり前。浅間サクヤは駅の事務所で、一人今後の方針を立てていた。
時刻は未だ闇が夜空を支配している。こういう時は、下手に動くのは危険だろう。
と言っても、サクヤ自身は闇の中で行動することに制約は無い。
動かなかった理由は一つ。情報不足だ。
最後までこの殺し合いを生き抜くならば、無知で無謀な状況ほど危険なものは無い。
生き残るためには、まず自分の置かれている状況を把握。
そして、誰が何処で何をしているのかを網羅する。
これが成り立つことで、初めて次の行動に飛び出せると言うものだ。
……そう。本能は絶対に押さえ込まなければいけない。
今ここを飛び出し桂を捜し歩いても、見つかる可能性はあまりにも低すぎる。
それにもう一つ。運良く桂を見つけられたとしても、一人でいる可能性はどうだろうか。
もしそこに桂以外の誰かがいて、そいつが桂を言葉巧みに操っていたら。
羽藤桂と言う少女は良く言えば純粋。悪く言えば単純だ。
なのに、自ら誰かのために首を突っ込む、お節介焼きのお馬鹿さん。
こんな彼女だ。悪意を持った人間につけ込んまれれば、きっと騙されてしまう。
そしてもし、もしもその悪意が、自分と桂の間に割り込んできたら。
サクヤは桂からの信頼に自惚れたりはしない。
この島は、その信頼すら崩れてしまう可能性を秘めているからだ。
万が一にも、桂に愛想を尽かされたのなら、自分はどうなってしまうだろうか。

「分かっているさ」

これは言い訳だ。大人ぶった振りをして、自分は足を前に踏み出せないだけなのだ。
思っているなら今すぐ飛び出せばいい。それが出来ないのがいい証拠。
ならば受け入れよう。臆病者は臆病者なりに桂を想えばいい。
自身と桂に掛かる火の粉を全て振り払い、綺麗な姿で巡り逢おう。
そして、いつもの浅間サクヤで、桂をずっと抱きしめるのだ。
臆病者の狼でいい。桂を守れるなら、世界で一番臆病な狼でいいのだ。




「桂……死ぬんじゃないよ」

懺悔は済んだ。後は心を奥に閉じ込め、冷静に分析を続ける。
まず第一にやらなければならないのは、桂の発見。保護ではない発見だ。
これが出来なければ、どんな計画を立てても次に繋がらないのだ。
それと同時に、可能な限りネットワークを広げる事。
総勢64人のうち、知り合いは4人。他の参加者の情報など未知数。
では残りの人間を一人一人探し出すか。答えはノーだ。
今すぐでも死人が出ているであろうこの状況で、そんな暢気な構えは言語道断。
ではどうするか。答えは簡単だ。一人から複数の情報を入手する。
最初に集められたホールを思い出す。
あの時の光景を思い出す限り、参加者にはそれぞれ何らかの繋がりがあるのだろう。
出来る限り最低限の時間で、最大限の情報を手に入れる。
ネットワークを広げる事を優先事項の二段目に書き込む。
さて、空上の卓論になるが、もう一つ進めなければならない事がある。
忌まわしくも首に巻かれている、文字通り命綱の解除。
どれだけ参加者の情報を集めても、死んでしまえばそれで終わりだ。
出来ることならば、今すぐにでも引きちぎってしまいたい。
が、あの神父や男の説明を思い出し手を止める。
力づくで外すと言う案は破棄。
では代案として、起爆させずに分解というのはどうだろうか。
そこそこ機械を弄れるものの、そこまで高度な知識をサクヤは持ち合わせていない。
であれば、機械に明るい人物を探すのが妥当か。
ここで優先目標として据えておいた、人脈の確保が顔を出す。

「とにかく、人の多いところに移動するしかないね」

椅子から腰を上げ、軽く背伸びをする。
どうやら数分悩んでいただけで、身体が固まってしまったらしい。

「ク、ンッ~」


喉を鳴らしながら、甘い匂いがサクヤの口から漏れていく。
出て行く際に、デイパックから支給された一枚のディスクを取り出す。

「あとは、これを見るのにパソコンを探さないといけないねぇ」

ケースの側面のラベルには、『全参加者情報』と記されてた。
誰かの手書きなのか、微妙に字が汚い。
サクヤはそれを丁重にデイパックの奥底に戻すと、事務所を後に歩き出す。
そして、駅の外に出た途端、空からの来客に襲われることとなったのだ。




    ◇    ◇    ◇    ◇




時間を戻し、場面は三人が対面する所まで飛ぶ。
右手側には腕を組んで仁王立ちするサクヤ。
左手側には、目が覚めてからひたすら全裸で土下座を続ける九郎。
その間には本気で心配そうに二人に視線を送り続ける奏。

「で、二人は仲良く落ちてきたって訳かい」
「はい。大十字さんのお陰で、私は生きています」
「ふぅん……」

必死で二人に謝り倒し、往復ビンタで済んだのは、僥倖と言えよう。
男として最低限のラインは守れたと言う訳だ。
ちなみに股間には、ちゃっかり事務室から持ち出した手ぬぐいが巻かれている。

「で、あんた達の知り合いってのは、そいつらだけなんだね?」

サクヤの言葉に、二人は同時に頷く。
この状態ながらも、三人は情報と拳を(こちらは全て九郎へと)交えていた。
奏の方からの情報提供はあまりなかったが、九郎に関しては素晴らしい情報提供があった。
なにせ、いきなり首輪を外せそうな人物がいるという事を知ることが出来たからだ。
一方、奏と九郎もサクヤの情報収集すると言う提案を受け入れいてた。
とは言え、快く引き受けた九郎と違い、奏は僅かながら警戒の表情を浮かべていたが。
どちらにせよ、三人の目的は同じと言う事になる。

「よくよく思い出せば、俺がこの格好で土下座しているのも、奴のせいだな」

なにかブツブツと唱えている九郎を無視し、サクヤは改札口に腰掛けながら笑う。
目の前の二人には失礼だが、とある事実を知る彼女にしてみれば、滑稽な話に映る。
種明かしをすべく、サクヤは壁に指を向けると、哀れむように肩を竦めた。

「しかし、あんた達は相当運が悪いんだねぇ」

指を指された駅の時刻表を見て、奏はどうしていいか分からない表情を浮かべる。
そこに書かれていた情報によれば、殆どの電車は15分刻みに停車するもの。
が、一時間に一本の割合で、始発から終点まで止まらない特急も存在するらしい。
その時間だけは、他の電車は運転を見合わせ、停止していると。

「ちくしょう……本当に泣くぞ」

既に鼻水交じりの声を出しながら、九郎は夜空に吹かれ静かに泣いた。

「しっかし、その格好はどうにかならないもんかねぇ」
「俺だってどうにかしたいわ! くそっ、せめて下着だけでも無いもんかッ?」

九郎の嘆きの声に、奏はおずおずと背中のデイパックを指差す。

「あの、もしかしたら、この中に何かあるのでは?」
「それだ!」

なぜ気付かなかったのだろうか。
きっとこの中には、男としての尊厳を守る服なんか入ってたりするのだろう。
意気揚揚とデイパックに手を突っ込んだ九郎だが、一瞬嫌な予感が血液を駆け巡る。

(これは……なんだ? 魔道書? いや、もっとこう……)

とにかく、これは今出すべきではないだろう。
九郎の勘だが、この支給品はおいそれと出すべきではないかもしれない。
気を取り直してデイパックを漁ると、やがて四角い何かが指に触れた。
おそらく支給品に違いないと確信した九郎は、一気にそれを引き出す。

「な、な……」

九郎が取り出したそれを、サクヤと奏はお互い、思い思いの視線を送る。

「ええっと、『仲間と巡る聖地巡礼の最短ルート』? なにかしら?」
「他には、『これで安心。恋人と最後までいけるらぶらぶプラン』ねぇ……
 くく。な、なかなか良い煽り文句じゃないかい。ほら、これを見てごらんよ」

困惑する奏と、ケラケラと笑い声をあげるサクヤ。
二人とは対照的に、腰に手ぬぐいを巻いた九郎は、空に向かって雄叫びをあげた。

「あれか!? 虐めか!? こういう時は普通衣類とか入ってるんじゃないのか!?」

はたしてそれは、神の悪戯か。
九郎に支給されたのは、この島の旅情報誌の様なモノだった。
先の二人が読み上げたのは、このガイドブックの煽り文句である。

「とりあえず、貸してごらんよ」

目尻に涙を浮かべながら、サクヤは九郎からガイドブックを取り上げる。
そして、パラパラとページを読み飛ばし、 やがて最後まで読み終えると、それを九郎に叩き返す。

「なかなか捨てたモンじゃないさね。後でお読みよ」
「読めって……歩きながら読めってか?」
「いや」

少しだけ悪戯っぽく笑うと、サクヤは顎で自身の背中を見るよう指示する。
もちろん、彼女の背中には駅しかない。

「まさ、か……」

奏の顔が若干青ざめる。
それはそうだろう。つい今まで恐怖を味わったあれに、また乗れと言うのだ。
もちろん、今回は室内に座れるだろうが、どうも良い気分ではない。

「アタシは島の左から攻めて見るよ。アンタ達は、二人で北に向かいなよ」
「って、話を進めるなぁ! 第一、そっちが一人で危険じゃないのか?」
「そうです。島を捜索するなら、三人で動いたほうが安全では?」
「全裸の男と一緒のほうが危険さね」

サクヤの直球に、九郎は情けない表情で顔を背ける。
さすがにこれは、奏もフォロー出来ない。

「そうさね。第二回の放送とやらが流れる頃に、もう一度ここに集ろうじゃないかい」
「え? 一回目の放送後ではないのですか?」

なぜという顔で、奏が視線を返す。
下手に時間を空けるより、定期的に顔を会わせた方が良いのではないだろうかと。

「今から約5時間。あんた達はこの島をどれだけ調べられるかい?」

サクヤの質問に、奏と九郎は頭上で電卓を叩く。
仮にここが住み慣れた場所ならば、一番速いルートで回って来られる。
が、ここは始めてきた場所であり、なにより危険も控えている場所なのだ。

「12時間あれば、少なくとも島に慣れる事は出来るだろう?
 まずはお互い、この島に慣れる事から始めようじゃないかい」

サクヤは髪をかき上げ背を向けると、ゆっくりとした足取りで駅へと入っていく。
残された二人も、慌てた様子でそれを追う。

「もし……どちらか第二回目までに呼ばれたら」

背中を向けながら、サクヤは静かな口調で言葉を紡ぐ。
果たしてそれは、誰を指している言葉なのか。

「その時は、すぐに頭を切り替えるんだよ」

ホームに着いた電車に、サクヤは一人乗り込んでいく。
もう暫くすれば、反対側の電車もくる。それが別れの合図だ。

「それじゃ、頼んだよ」

背中を向けながらの言葉に、九郎と奏は小さくもしっかりと頷く。
やがて、電車のドアが空気を排出しながら閉じられる。
ゆっくりと離れていく金色の列車。
それに合わせるかのように、反対側から似たような列車が飛び込んできた。

「いくか」
「はい」


二人は肩を並べながら、ゆっくりと反対側のホームへと歩き出す。




【F-7 下り列車内/1日目 深夜】
【浅間サクヤ@アカイイト】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式。『全参加者情報』とかかれたディスク。不明支給品×1
【状態】:健康
【思考・行動】
0:電車に乗って島の左へ。
1:羽藤桂の発見。(単独ならば保護)
2:島にいる参加者の情報収集。及び、お互いの認知。
3:首輪を外せる人物の確保。
4:脱出経路の確保。
5:可能ならばユメイは助ける。葛と鳥月は放置。
5:1が済み、3と4が成功したならば、禁止エリアに桂と退避する。

※『参加者情報』と書かれたディスクの閲覧には、PCなど他の媒体が必要です。
※神宮司奏・大十字九郎と情報を交換しました。
※第二回放送の頃に、この駅【F-7】に戻ってくる予定。



【F-7 上り列車内/1日目 深夜】
【神宮司奏@極上生徒会】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式。不明支給品×3(未確認)
【状態】:疲労(小)。爪にひび割れ。
【思考・行動】
1:蘭堂りのを探す。
2:電車に乗って北上する。
3:大十字九郎に恩を返す。
4:羽藤桂を探す。

※浅間サクヤ・大十字九郎と情報を交換しました。
※第二回放送の頃に、この駅【F-7】に戻ってくる予定。


【大十字九郎@機神咆吼デモンベイン】
【装備】:手ぬぐい(腰巻き状態)。ガイドブック(140ページのB4サイズ)
【所持品】:支給品一式。
      不明支給品×1(本人確認済。不思議な力を感じるもの)
【状態】:疲労(中)。ほぼ全裸。右手の手のひらに火傷。
【思考・行動】
1:電車に乗って北上する。
2:蘭堂りの・羽藤桂の捜索。
3:サクヤの作戦に乗り、可能な限り交流を広げる。
4:人としての威厳を取り戻すため、服の確保。
5:アル=アジフやウィンフィールドと合流する。
6:ドクターウエストに会ったら、問答無用で殴る。ぶん殴る。

※神宮司奏・浅間サクヤと情報を交換しました。
※第二回放送の頃に、この駅【F-7】に戻ってくる予定。


025:少女の求めるもの 投下順 027:幸せになる為に
時系列順 029:死の先にあるモノ
浅間サクヤ 043:王達の記録
神宮司奏 053:Destiny Panic!
大十字九郎

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