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どこでもいっしょ (後編)

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どこでもいっしょ (後編) ◆eQMGd/VdJY



エレンの懐のナイフが心許無くなり始めた。後々の事を考えると、ここで使い切るのは避けたい。
他に投擲できる物が無いのを確認すると、その喫茶店からあっさり撤退を開始した。
裏口を抜け、再び遊園地へ足を運びながら、適当なアトラクションを探す。
先程の攻防で理解。乙女の振るう一撃は、周囲に衝撃をもたらすほど大きい。
虎太郎の助言と照らし合わせた上で考えるに、あの刀は相当な重量なのだろう。
と言う事は、それを振るう乙女もまた、反動に耐えうる筋力の持ち主と考えられる。
ただ、エレンの連続した投擲に対し、乙女は一撃一撃の間隔が長い。
つまり、小回りの効いた戦い方は出来ないとも考えられるのだ。
逆にエレンは、自身を客観的に分析しても、精密な射撃や投擲に優れた技術を持つと言えよう。
この差を生かさない手は無い。ならばどうするべきか。
時折投擲で牽制しつつ、全力で後退しながらエレンは乙女の追跡速度を計測。
投擲を回避する時間を抜きにしても、圧倒的に相手の身体能力の方が高い。
瞬発力だけでなく、持続力も高いとなれば、この方法で時間を稼ぐのも厳しいと判断。
当初の予定を変更し、目星を付けていたアトラクションへ向かう。
到着しだい、従業員用の控え室のドアを叩き割り、作動ボタンを弄り直す。
遅れて到着した乙女を尻目に、エレンは乗り物を目指して、大地を蹴り飛ばし跳ぶ。
けたたましく鳴り響く発進音と共に、船の形をした揺り篭が左右に振れ始める。
乙女もまたこれに乗り込む。動き出す船の左端と右端で向かい合う二人。
乗り込んだアトラクションは空飛ぶ豪華客船。名前は『nice boat』。
形状は乗客を甲板に備えた座席に固定し、鉄柱でぶら下がった船と言えよう。
動き出すと少しずつ振り子のように左右へとスイングし、やがて縦に一回転し始める乗り物だ。
だが、二人の身体はどこにも固定などされていない。
つまり、時間が進めば進むほど、落下する危険が増すと言う事だ。

少しずつ加速していく船の甲板。先に上に傾いた乙女は、躊躇する事無く刀を構え突撃。
下となったエレンは、落下してくる乙女を難なく回避しながら、座席で足場を固定しつつ移動する。
反撃してこないエレンに対し、乙女が二撃目を放たんと刀を横に掴む。
が、この僅かな時間で船は大きく傾き、乙女のいる位置が上空まで一気に反り上がる。
重心の傾きに逆らえず、甲板は乙女の身体だけを空中に置いていく。
一方、あのまま座席に足を固定し、真下でそれを待ち構えていたエレン。
この隙を逃すまいと、残り少ないナイフを用意し、一定の間隔で投擲を開始。
落下速度とアトラクションの速度を瞬時に逆算する。
乙女の逃げ場を潰せるよう、可能な限り選択肢を奪う場所目掛け、銀を放つ。
真下から突き上げられていく敵意を叩き落とさんと、無理矢理な体勢から刀を振るう。
が、足場が無く自由の利かない状態での反撃が、綺麗に成功する可能性など皆無。
例え鬼となった乙女とて、それは例外でない。重力の制約からは逃れられないのだ。
振るった刀の代償としてバランスが崩れ、無防備な腰の部分に続々とナイフが顔を埋めていく。
悲鳴の代わりに、引き締まった白い腰から血が霧の様に細かく噴出する。
肩に下げていたデイパックは紅く染まり、制服も赤に染め上げられて。
そしてとどめとばかりに、落下していた身体が重力によって甲板に殴りつけられる。
溶けていく乙女の視界が捉えたのは、船の先端に這いつつも、武器を構えるエレンの姿。
危機を悟った防衛本能が、五感と肢体に伝令を走らせ、神経が肉体に向けて鞭を打つ。
痺れて痙攣する細胞を脅迫し、血の香る反撃へと奮い立たせる。
乙女に迫る幾つものナイフ。だが、今度は回避行動を取ったりはしない。
読んで字の如く、肉を斬らせて骨を絶つ。こちらの選択肢を乙女は選んだ。
刃が腕に吸い込まれ、筋と筋を掻き分けて侵入する先端が、小さな血管に亀裂を走らせる。
もちろん痛みはあるが、むしろそれは餌だ。己の欲望に華を添える、最高のスパイスだ。
減らされた分の血は、全て相手で補えばいい。血だけでなく、骨の髄まで溺れよう。
甲板は再び反り上がり、まもなく天と地が反転しようとしている。エレンは地に。乙女は天に。

傾斜と共に乙女は全身の熱を皮膚から放出する。刃に強靭な殺意を乗せて。
垂直になった甲板で、二つの身体が接触する。
片方の鈍い光は、縦に弧を描きながら閃光の如くエレンの首元へ。
片方の黒い光は、エレンの手を離れゆっくりと乙女の心臓へ。
一秒にも満たない時間で考える。身に迫る刃を無視し、あくまで攻撃の意志を貫くべきか。
二人は瞬時に即決する。回避行動に動いたのは、同時といっても良いくらいだ。
今度はエレンが天に。乙女は地へと立ち位置が入れ替わる。
そして再び、同じ様な攻防が繰り返されると、少なくとも乙女はそう判断していた。
だが否。攻撃の終わった乙女に対し、エレンの攻撃はまだ終わっていない。
エレンが持つ二本の剣。その片方は、未だ彼女の手にしっかりと握られていたのだから。
そしてつまり、投擲され落下しつつあった剣は、伴侶を求め飛び続けているのだと。
傾きつつある甲板を、エレンは表情一つ変えぬまま、バランスよく軽快に下っていく。
戻ってくる剣に乙女が気付かぬよう、こちらに注意を引かせるためだ。
これを単なる追撃だと勘違いした乙女は、仁王立ちの様子で刀でエレンに向き合う。
飛来する剣に対し、完全に背を向けた。エレンにとって最大のチャンスが訪れる。
今までの攻防で、乙女の間合いはしっかりと脳に叩き込んだ。
僅かに乙女の刃が届かない場所で立ち止まると、構えていた剣を投擲せずに腰を落とす。
刀を振るおうとした乙女は、ここでエレンの仕掛けた罠にようやく気付く。
背中から迫る剣。このまま回避しなければ、一直線に心臓を貫かれてしまう。
だが、今から回避すると言う事は、つまり無理な体勢を取らざるを得ないと言う事。
半身を捻る乙女の腰に、落下する速度を利用するエレンの蹴りがめり込む。

「ご、ぉッ」

腰を一気に崩された乙女は、それでも飛来する剣を懸命に回避。だが、その無理が決め手となる。
バランスを崩し、刀と共に乙女の身体が甲板から外に放り出された。
更にコントを見ているかのように、不幸にも偶然が重なり、乙女の身に襲い掛かる。
今まで乙女が立っていた先端部分が、今まさに底辺から天まで昇ろうとしていたのだ。
少し尖った先端が空中に浮いた乙女の鳩尾にめり込み、そのまま強引な力で突き上げられていく。
透明な胃液を撒き散らしながら、遂に乙女の身体は完全に船から滑り落ちる。
数秒もしないうちに、地面から何かが飛び散るような音が、駆動音に紛れて散っていく。
ぐるりと天地が逆転した世界の中、エレンは一瞬だけ乙女の落下地点に目を向けた。
本来乗り物に搭乗する際、客が踏み台とする小さな階段。その下に落ちたのだろう。
死体は影に隠れているが、赤く染まった床の先では、黒い物体と千切られた腕が放り出されている。

(終わりね。けど、これじゃあ死ぬ前と同じ……)

暗殺者だった習慣を拒むかのように、エレンは静かに目を閉じて黙祷する。
機械の様に死体を確認する事に、何の意味があるのだろうか。
確かに殺す事には慣れている。だがそれは、暗殺者だった過去の自分だ。
いまさらこんな言い訳をしても意味は無いが、それでも死に関してだけは慣れたくない。
矛盾。身体の記憶と切望する心とが、全く上手く噛みあわないと言う矛盾。
しかしその思考は、かつての自分では辿り着かなかった境地でもある。
人を一人殺して手に入れた想いだ。新たに与えられた命と共に、一生背負っていくと誓う。
目を見開く。回り続ける景色とも、これでさよならだ。
すぐに虎太郎と合流するため、未だに動き続ける船から飛び降りようと先端まで足を運ぶ。

「っ!」

先端に足を合わせた瞬間、異変が起こる。身体が、厳密に言えば足が動かせないのだ。
エレンは視線を足元に落とす。そこにいたのは、落下したはずの乙女の腕。
視界で確認するより先に、エレンの足首に巻き付く熱が、骨の中まで浸透していく。
改めて視覚で確認する。両足が、異常とも言える握力の餌食となっていた。
手に包んだ林檎を握り潰すかのように、その細い両足首が、破裂音と共に柘榴へと変化する。
指の隙間から肉が漏れだし、千切れかけの肉を彩るかのように、二色の血が交互に飛沫を散らす。
固定するはずの足を奪われたエレンは、バランスを崩し、うつ伏せの状態で甲板に倒れてしまう。
撤退しようにも、這ってしか動けない状態ではどうしようもない。
ずるり、ずるりと、甲板の底から這い上がるのは、血走った目をした乙女の姿。
足首を握っていた手は、乙女が甲板に乗せるのと同じ速度で、エレンの身体を這い上がってくる。
危険と判断したエレンは、混乱する事無く二本の剣を乙女に投げつけようと動く。
が、倒れた衝撃で手放してしまった武器は、手の届かない場所で静かに持ち主を見守っていた。
何度も身体を上に反らし、最悪の状況を打開せんとするも、どれもが無駄。
そうこうしている間に、乙女の身体は完全に甲板の上に踊り出る。
さすがに太股を一撃で潰すことは出来ないのか、押さえつけるだけで何もしてこない。

(違う)

潰せなかったのではない。潰さなかっただけなのだ。
乙女の目的が、相手の身体を破壊する事だけではないのに気付いたものの、時既に遅し。
潰れた足首に唇を当て、喉を鳴らしながら絞りたての生血を啜り出す。
両断された血管をストロー代わりにして、乙女は循環する真っ赤なエレンの汁を頬張り続ける。
立ち上がって拒絶しようにも、太股はしっかり固定され、身動きが取れない。
乙女の荒々しい呼吸が血管の中に注ぎ込まれるたび、喪失感がエレンの体内を侵食していく。
そのうち飲み辛いと感じたのか、乙女は太股に伸ばしていた手を更に上へと伸ばす。
片手でエレンの足の付け根を締めながら立ち上がると、細い首目掛けて足を盛大に踏み落とした。
殺し屋のアインと、人間になりたい吾妻エレンが、心の中で同時に危険だと叫ぶ。
足の付け根からも手が外され、代わりにもう片方の足を、同じ場所へ押し付け。
喉の管を踏み潰されているため、思考と血の巡りが鈍くなってしまう。
何をされるのかは想像がつく。見なければいいのだが、それでも背中に立つ乙女を見上げる。
圧し掛かる重み。その最大の理由である刀。それが今、深々とエレンの体内を貫通し甲板に突き刺さる。
狙いすましたかのように、一番血管の集う部位に刺さる飢えた刃。
乙女がエレンに覆い被さり、恍惚とした表情で傷口に両手を捻じ込む。
肉を破り、神経を食いちぎり、骨を削り、内臓を噛み砕いていく。
もはや殺し合いなどではない。飢えに飢えた獣の朝食だ。
蹂躙され、殺がれていく命。それなのに、エレンの心はやけに静かだった。
殺し屋として、最後まで相手の死を確認すべきだったのかもしれない。
だが、その生き方をエレンはあっさり捨てた。だからこれで良かった。
エレンとしての願い事は幾つも存在したが、それは吾妻エレンが望んだもの。
再びこの身をアインに染めようものならば、再びあの世界の住人とならざるを得ない。
痙攣する両手に意識を込める。せめて、祈りながら死ねるようにと。

(主よ……この身を捧げ、玲二とあの子に祝――)

指と指が組み合わさる事は無かった。
必死に噛み合わせようとした指の先には、既に余力など残されていなかったのだろう。
たったそれだけの仕草すら許されぬくらい、エレンは全てを奪われていた。
否。今もまだ奪われ続けている。包装紙を破くが如く、エレンの肉を剥き続ける。
空腹の乙女にとって、エレンの死などもはや関係はない。
停止した船の上で、唇だけでなく顔を真っ赤に染めつつも、乙女は口を動かす。
禁忌の味は旨い。空腹は最高のスパイスだと、誰かが言った。
どれも生肉だが、各部位によって味わいが随分と違うらしい。
思わず米が欲しくなるものの、後で見つければいいとあっさり諦める。
剥がせる肉が終われば、残る肉は膜や骨に付着した部分だけ。
数分もしないうちに、乙女は全てを平らげていた。満足そうに、愛しそうに腹部を撫でる。
船から飛び降り、エレンが見た落下地点へと足を運ぶ。
赤く染まった地面の中心部には、同じく真っ赤に染まったデイパックと、切断された手足。
エレンが見た乙女の死体とは、つまりこれの事だった。
もう僅かだけでも長く確認すれば。或いは、景色が高速で反転していなければ。
それが乙女の死体でない事を理解出来たのだろう。
デイパックから飛び散った、新鮮なスバルの腕を拾いあげ、軽く齧りながら乙女は満足そうに頷く。
生きた参加者は入らない。それがデイパックに存在するルールの一つ。
が、乙女が詰め込んでいたものは鮮度の良い「食料」だ。
吸い尽くしたとは言え、しゃぶれば血の味のするお菓子のような存在。
しかも幸運な事に、デイパックの中では鮮度が下がらないと言う嬉しい誤算もあった。
真っ赤に染まったスバルの手は、遠目から性別を判断するのは厳しい。
これもまた、エレンが判断を誤った理由の一つだった。
今だ食べ易い食感を残す腕を詰めなおし、真っ赤なデイパックを背負う。
と、血の臭いが充満する中に、エレンが使用していた双剣を閉じ込める。
拾った際、指に付着した血を舐め取りながら、乙女は獲物を求め再び走り出す。




    ◇    ◇    ◇




駅に到着した霧は、タイミングよく出発しそうな電車に転がり込む。
途中何度か後ろを振り返ったが、虎太郎の姿は見当たらなかった。
あとは早く走り出すよう、時間が過ぎるのを待つしかない。
走り疲れたのか、車内に並べられた椅子に身体を埋めながら、霧は安堵の息を漏らす。
ふと、車内を嗅ぎなれない異臭が覆い尽くしている事に気付く。
発生源はすぐ後ろにある箱型の席だ。恐怖心と真実を知りたい気持ちが鬩ぎ合う。
勝利したのは後者のようで、霧はダークを握りつつ、用心しながら覗き見る。
硬直。視界にそれを捉えた瞬間、霧は思わず嘔吐しそうになった。
椅子の上に鎮座していたのは、硬くなり、所々が欠けた誰かの腕。
悲鳴より先に、身体が最良と思われる選択肢を選ぶ。
即座に踵を返し、この車両から逃げ出す事を最優先と位置付けた。
だが、霧の身体が外に出ようとする直前で、電車のドアが勢い良く閉じられる。
あれだけ早く待ち望んだ出発が、これほど憎いとは思わなかった。
思わず窓ガラスを叩き割り、外へと身を乗り出そうとするが、過去の記憶がそれを押し留める。
ともかく、こうなった以上は安全と安心を手に入れるため、車内を調べるべきだ。
まずは聞き耳を立てるが、胸の奥で響く心臓が聴覚を阻害される。
休む間もなく鳴り続ける鼓動と連動し、胃や腸がキリキリと痛む。
握り締めた武器を滑り落としそうなほど、雨のように汗が床へと垂れていく。
ぽたり。ぽたり。透明な雫が霧から生み出され、そして床に染み渡る。
またぽたり。ぽたり。ぽたり。ぽたり。ぽたり。ぽたり。ぽたり。おかしい。
ぽたり。ぽたり。ぽたり。霧の汗は。ぽたり。ぽたり。ぽたり。既にひいている。
ぴちゃりと、短剣を構える腕に何かが滴り落ちてきた。
紅く粘つく液体。それが落ちてきたのは、霧の頭上から。
全身が凍りついたように動かない。なのに、首だけは少しずつ上に傾いていく。
いくら心が停止の信号を送っても、身体がそれを受け取らなければ意味が無い。
やがて、首が限界まで伸びきった所で、顔はがっしりと固定される。
目を閉じようとしても、瞼が皮膚に張り付いたように動かないまま。
瞳がぐるりと天井を見渡し、ついには真上へと焦点を絞る。






いた。






口から紅い涎を零す化け物が、天井に身を伏せつつ、霧の真上で沈黙していた。
紅く染め上げたかのような顔に、綺麗に並んだ歯が印象的だ。
本当は逃げ出すべきなのだ。なのに、身体が硬直したまま動かない。
直感。もし少しでも化け物から目を離せば、次の瞬間には自分の命は無いと。
呪縛が解けたのは、天井のから一筋の紅い糸が垂れ下がった直後だ。
天井を蹴り飛ばしながら、化け物は弾丸の様な速度で、霧に覆い被さろらんとしていた。
それを奇跡とも言える反応速度で回避すると、懸命に化け物を睨みながら距離をとろうとする。
あれだけ練習したボウガンは、手元に存在しない。
化け物を。あの男の様な存在を殺すために努力してきたのに。
納得するしかない。握り締められた短剣一つだけが、いま化け物に対抗する唯一の手段なのだ。
とは言っても、これを的確に振るうには、ぎりぎりまで近付く必要がある。そんな事は不可能。
本来の用途を考えるならば、投擲するのが一番良いのだろう。
だがそれは、失敗すれば丸腰になる事を意味している。
結局、残された選択肢を往くしか道は無いのだ。つまり、電車が到着するまで逃げ続ける事。
神風を纏ったかのように、化け物がただ一度だけの跳躍で互いの距離を無効化する。
なりふり構わず横へ転がる。僅かな気の緩みが死に繋がるのだ。
考える事すら許されない。言わば、闘牛士と闘牛の様な関係。
霧は自分の肢体をちらつかせ、化け物は脇目も振らず頭から突撃する。
回避が成功するたび、設置された金の椅子が綺麗に粉砕されていく。
気が付けば、車内には既に進行を妨害する椅子の姿が無くなっていた。
喉が張り付いて痛い。ここから先は、自分の直感を信じるしかない。

(大丈夫。大丈夫だから)

少なくとも、一直線に駆けて来るならば、避けられる可能性は十分ある。
握り締めた短剣で牽制しつつ、霧は化け物の出方を待つ。
と、今まで手ぶらだった化け物が、床に転がるデイパックに手を伸ばす。
中から取り出したのは、見るからに丈夫そうな一振りの刀。
理解できない。武器があるならば、どうして最初から使わなかったのかと。
そしてその僅かな思考が、取り返しの付かない失敗へと引火する。
一瞬だけ切れた集中の合間に、化け物はすぐ目の前まで這い寄っていた。
後悔先に立たず。それでも常人にしては、素晴らしく集中し続けたものだろう。
惜しむらくは、それを褒め称える人間など、この場には存在しない事か。
迫り来る目の前の化け物の狂気に、全身から心が吸い取られていく幻覚を見た。
幻の中で食い千切られていく己の姿をみて、霧は理性を取り戻す。
逃げられないならば、立ち向かうしか道は残されていない。
全身全霊を込めて、握り締めた短剣を前に構え突撃する。迫り来る化け物と走り出す霧。
生き残るために、まずは刀を回避しなければならない。
そう考えていた。だからこそ、霧は刀に全ての神経を集中させいてた。
なのに、化け物はあっさりそれを手放すと、霧の頭上を軽く跳躍していく。
相手を見失った霧は、突撃の勢いを上手く殺せず、床に転倒してしまう。
即座に立ち上がろうと身体を起こすが、それを阻害するように化け物が霧を押し倒す。
遂に身体の自由が奪われる。震わせていた勇気も、ここが限界だった。
絶叫ともとれる悲鳴が、車内に響き渡る。喉を震わせ、最後の抵抗を。
しかしそれすら化け物に仰向けにされ、強制中断させられる。
唇が重なり合い、化け物の赤く染まった舌が、霧の咥内へと捻じ込まれていく。
錆びた鉄の味がする唾液が流し込まれ、鋭い歯が霧の舌を丁寧に挟み込む。
舌を噛むとは聞くが、まさか他人に噛まれるなど、誰が予想しただろうか。
引き剥がそうと手を伸ばすが、覆いかぶさる化け物はビクともしない。
吐き出す息で化け物の唇を剥がそうとするも、逆に纏わり付く吐息を流し込まれてしまう。
ならば短剣を突き立てようとした霧だったが、腕もまた自由を剥奪されていた。
動かせるのは手首から先だけ。これだけでどうしろと言うのだろうか。

噛み締められた舌に、ジワリジワリと化け物の歯が喰い込んでいく。
床を叩く。手首を必死に動かし、騒音で気を紛らわせようと考えた。
叩く。叩く。叩く。叩く。叩く。手の痛みはある限り叩き続けるのだ。
死にたくない。死ぬわけにはいかない。まだ成すべき事がある。
溢れてくる涙が、目尻を伝い耳へと流れていく。
まるで、警戒でと言う名で塞がれていた蓋を溶かすかのように。
あの時虎太郎を信じていれば、ここで果てることにはならなかったのだろうか。
無理をしてでも若杉葛を連れ出し、共に行動していれば違った結末を迎えたのか。
九鬼の動きを待ち、一緒に探索しようと押し切れば、報われた未来があったのか。
ここで気付いてしまった。佐倉霧は、この島でずっと一人きり。
誰かと交流しても、結局は最後の瞬間まで孤独だったのだ。
孤独を招いたのは誰か。霧自身か、それとも神の見えざる手か。
後悔はここで唐突に終わる。化け物の歯が、遂に霧の舌を切断したのだ。
霧の咥内から溢れ出る生血を、頬袋を膨らましながら飲み続ける化け物。
化け物の喉と、霧の喉の動きが連動する。
やがて物足りなくなったのか、乙女は霧から短剣を奪い取ると、それを胸に突き立てた。
小さくも柔らかな胸の谷の上で、短剣がゆっくりと縦線を描く。
隙間が開かれたのを確認すると、化け物は遠慮なく片腕を捻じ込んでいく。
腕を左に捻じ込めば大きく痙攣し、右に伸ばせば小刻みに痙攣する。
もちろん侵入してきた異物を受け入れられる訳が無い。
何度も嘔吐しそうになるが、その度に空気が注がれ、体内へと強引に押し戻されていく。
そのうち、心臓を掴み取った化け物がゆっくりとそれを引き上げた。
桃色や赤色の管に繋がれた塊は、弱々しくも懸命に命を繋ごうと脈打つ。
だが既に、霧の瞳は光りを失い、虚無と黒い点だけを残していた。
停止しそうになる心臓を鷲掴みし、化け物はそれを一口で丸呑みする。
続いて肝臓を取り出す。地の滴る紫の臓物を、化け物は搾り取るように飲み下す。
後はもう、ひたすら血肉を貪り、骨を噛み砕くだけだった。

そう。それなのに、食べても食べても、満たされる感情が手に入らない。
どれだけ美味であっても、飢えがその甘美な余韻を消し去ってしまう。
だから吸う。啜る。噛む。飲み込む。むしゃぶりつく。
満たされるまで、この貪欲な化け物は欲求に従い続けるのだろうか。
それが例え、自分一人を残す結果だとしても。
否。化け物は一人ではない。どこでもいっしょだと、誰かがそっと呟く。
化け物の名前は鉄乙女
禁断の実の味を知った鬼はもう、我慢するつもりなど考えていない。
生きていけば必ず食物の連鎖はおこる。では、この島での頂点は一体何だろうか。










【アイン@Phantom -PHANTOM OF INFERNO-】死亡
【佐倉霧@CROSS†CHANNEL ~to all people~】死亡




【D-7 上り列車内/1日目 朝】
【鉄乙女@つよきす -Mighty Heart-】
【装備】:斬妖刀文壱@あやかしびと -幻妖異聞録-、干将・莫耶@Fate/stay night[Realta Nua]
【所持品】:真っ赤なレオのデイパック(確認済み支給品0~1)、ドラゴン花火×1@リトルバスターズ!、霧の手足
【状態】:狂気、鬼、肉体疲労(小)、空腹
【思考・行動】
1:自分が強者である事を証明する
【備考】
※アカイイトにおける鬼となりました。
 身体能力アップ、五感の強化の他に勘が鋭くなっています。


【F-7 駅のホーム付近/1日目 朝】
加藤虎太郎@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、凛の宝石10個@Fate/stay night[Realta Nua]、包丁@School Days L×H、タバコ
【状態】:健康。肉体疲労(小)
【思考・行動】
基本方針:一人でも多くの生徒たちを保護する
0:くそっ、どっちに行った!?
1:佐倉霧を追って駅に向かうか、それともアイン(エレン)と合流するか。
2:子供たちを保護、そして殺し合いに乗った人間を打倒す。
【備考】
※制限の人妖能力についての制限にはまだ気づいていません。
※仮面の男(橘平蔵)を危険人物と判断。
※文壱を持った生徒(鉄乙女)を危険人物と判断。
黒須太一支倉曜子の危険性を佐倉霧から聞きました(ただし名前と外見の特徴のみ)。
※吾妻玲ニとキャル(ドライ)の情報を得ました



099:どこでもいっしょ (前編) 投下順 100:洗脳・搾取・虎の巻
時系列順 101:it(それ)と呼ばれた少年少女
鉄乙女 106:これより先怪人領域-another-/ランチタイムの時間だよ
アイン
佐倉霧
加藤虎太郎 129:想い出にかわる君~Memories Off~ (前編)

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