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禽ノ哭ク刻-トリノナクコロ-

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禽ノ哭ク刻-トリノナクコロ- ◆wYjszMXgAo



森の中にぽっかと開けた空間、無数の人工的な断面が覗く灰色のすり鉢状地帯。
その場の大気に震えが走った。
聞く人が聞けばそれは銃声だと分かることだろうが、今この場に該当する人物はただの一人しかいない。
だが、それ以外の存在は確かにいる。いくつも、いくつも。
ただ一人いる人間の頭上に黒い染みを作り出す。

鉄の咆哮に追われ散り逃げ、鴉の群が舞った。
朝の日差しを覆い尽くす程の無数の黒鳥が、カレの頭上を飛び交い始める。
それらを全く顧みる事無く、その男――――ツヴァイはただ黙々と手を動かしていく。
己が手に馴染むその感触に感慨を抱くこともなく。
分解し、組み上げ直したソレを確かめていく。

射程、無問題。
反動、無問題。
精度、右下方向に誤差を確認。再度の試射による癖の矯正の必要あり。
威力、無問題。
装填、無問題。しかし三点バースト特有の使い勝手に注意の必要あり。


古河秋生と名乗った男より入手したコルトM16A2の性能は上々。
武器に不自由していた今までとは違い、これからは大分効率的な戦いが可能となるだろう。

……と、最初は思っていた。

しかし、実際にそう事は上手くいかないものだ。
最大の問題点は弾薬の不足である。
最初から支給されていなかったのか、どこかで無くなったのかは知らないが、少なくとも古河秋生の荷物には入っていなかった。
つまり、今この銃に装填されている15発。
……いや、14発の弾丸を発射し終わった暁には再度の戦闘力の低下は必然である訳だ。
高々14発、もう一発の試射を考慮すれば13発程度、正面から交戦した場合すぐに使い切ってしまうことだろう。

故に、直接交戦は極力回避する必要がある。
そしてそれは可能だ。
……自分は暗殺者、ファントムなのだから。
おあつらえ向きな事に、古河秋生の最後の支給品はまさしくそれを手助けするためのアイテムだった。
……と言うよりも、最初から『そういう』用途の為だけに、この銃とセットで支給されたのだろう。
踊らされていることは痛いほどに分かるも、しかし、今の頼りない装備を補うには心強いのには変りはない。

骸骨面の男を思い出す。
……現代の暗殺者の戦いとは、あんなものではない。
ならば、次は本当のそれを見せ付けてやろう、そう思う。

……尤も。
それに気づいた時には既に、あの男の生命活動は停止しているのに違いないのだが。


先刻から湧き上がる不快感を合理的な思考で抑え付けながら、ツヴァイは再度銃口を標的――――、立てかけたバットに向ける。
これからの実戦を考えるとこれが最後の試射になるだろう。
最初の試射で掴んだ癖を考慮しながら、更なる遠距離より狙い撃つ。


――――銃声が染み渡っていく。朝の、森の中に。
鴉はまたも飛び立ち、辺りは喧騒に包まれる。
止まらない鳴き声と舞い散る無数の羽が、ツヴァイの周囲に満ちていた。

何十匹もの黒いシシャは、休む事無く――――、今も空で遊んでいる。
遊び続けている。


◇ ◇ ◇


朝の日差しは低い。
――――必然、影は長くなる。
文字通り林立する木々は、時折の風に木の葉の擦れる音をさざめかせながら未だその内部を闇に満たしていた。
足下すら覚束ない其処を駆けるは一人の少女。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。
助けなさい助けなさい助けなさい助けなさい――――。

何処までも、何処までも。
少女の望むは己の保身。
然してその矛先が遷ろうは道理。
『逃げる』やら『助ける』やらは――――、自分が窮地に陥っていることを認めることなのだから。
少女はそんな事を認めない。認めるはずがない。
少女にとって一番大切なのは、自分なのだから。
その自分が追い詰められたなどというのは彼女が自身を貶めるのに等しい。
故に。


あああああああああああああああああああああ痛い――――。
それもこれもなんで私がこんな目に!
何故? 何故? 何故? 何故?
許せない。
この私がこんな目に遭わされるなんて、許せない。

許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。

こんな目に遭っていない連中が、許せない。
何で私がこんな目に。何で私がこんな目に。
そんな理由はないでしょ、ねえ!
私が何をしたって言うの!

……私がこんな目に遭うのなら。
だったら、他の人間はもっと酷い目に遭わなきゃ駄目なんだ。

許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。
許せない。

私だけがこんな酷い目に遭うなんて、許せない。

嗚呼――――。

決めた。
次に出くわした人間が私みたいな目に遭ってないなら。

……もっともっと、酷い目にあわせてやらなくちゃ気が済まない。


――――何処までも何処までもエゴイズムに忠実に。
狂ったセカイは、他者を引きずり込む事で歪な感情の向ける先を欲す。
己が怯えたというその事実すらも感情すらも捻じ曲げて、自己正当化を自己弁護を止めることはない。

――――鴉が飛んでいる。
何十羽もが空を埋め尽くす狂ったセカイ。黒いセカイ。
その場所から響いた銃声も聞き逃し、意識すらしていないのに――――、

少女は、歪んだセカイは、確かにその場所を飲み込もうとしていた。
誰にも知られずに今もなお、静かに静かに近づき続けながら。



◇ ◇ ◇


「うーん。このノート……役に立つかもしれないですね」
「ん? 何でだ? ちはやはわかるか?」
「……ごめんなさい、私にも単なる落書きにしか……」


森の中を北上してきた言葉、鈴、千早の3人は、そのついでに様々な情報の交換や支給品を確認していた。
よく分からない本やCDなどはさておき、言葉が目に付けたのは鈴の持っていたノートである。
少なくとも鈴と千早には意味不明なイタい走り書きや落書きばかりに見えたのだが、しかし。

「ほら、これとか……これとか。見てください」

言葉の指差す先にある文を見ていくと。


『みんなの知ってる博物館。そこには昔の道具さん達がいっぱい住んでいて、夜に人がいなくなると使って欲しいなあと呟いているのです』
『今にも政略結婚が行われようとしたその時、秘密の抜け穴を通って王子様は大聖堂からお姫様を連れ出すことに成功したのでした』
『山里のお寺に住む妖怪さんは物知りだけど一人ぼっち。友達を欲しがっていつもいつも泣いています』
『古い、古い昔の遺跡。そこにはドロボウさんなら誰でも欲しがる神秘のお宝が眠っていたのです』


「ね、これ全部地図にある施設なんですよ。もしかしたら何かのヒントになっているかもしれませんよ?」

くすりと微笑み、口元に手を当てる言葉。
覗き込んであらためて見てみれば確かにその通りだ。
頷き、鈴は嬉しそうな顔で言葉の余ったほうの手を掴む。

「ほんとうだ! すごいな、ことのは!」

言葉は悠然と、しかし笑みを絶やさず穏やかに。

「いえいえ、大したことではないですよ。
 ……これからどこに向かうかという選択肢を増やしてくれそうですね」

千早もそれには異論はないようで、無言で頷き歩みを再開する流れに至る。
これからどこに向かうか。
……言葉によれば、スラム街に向かうらしい。
何の理由かは聞いていないが、そこに行った後施設でも探索するのだろうか。

現状、千早には居心地の悪さを感じながらも同行するしか選択肢はなかった。
隣の二人が、どうにも薄気味悪くてしょうがなかったのにもかかわらず、だ。
――――こんな状況で笑っていられる二人のことが。

「……千早さん、どうなさいました?」
「あ、え……?」

唐突に呼びかけられ、多少怯えながらも返事をする。
……警戒は混じっていなかったろうか。
不審に思われたくはないが、しかし自分には、


「……警戒なさっているのですね」

びくり、と体が震えたのを言葉は見逃さない。
汗が流れるのを感じる。
……1秒がまるで悠久のようだ。

実際には数秒だったのだろう。
黙した千早に、しかし言葉は咎める素振りもなく語る。

「くす。……ある意味それは当然ですよ。信じられないのでしょう?
 それならそれで構わないです」

アルカイックスマイルを浮かべ、何もかもを受け止めるように。

「……では、話題を変えましょうか。
 千早さん、あなたには夢がありますか? そう、このノートに記されているような夢が」
「……え?」

何を言い出すのかと思えば、また脈絡がない。
そこに再度不気味さを覚えながら、千早には成すがままにぼそぼそと答える他はない。

「……歌を、もう一度歌いたい。プロデューサーや春香と会って、たくさんの人の前で――――」
「素晴らしいです」

そこまで聞いて言葉は大きく頷き話を断ち切ると、今度は鈴に向き直り、問うた。

「では、鈴さん。あなたに夢はありますか?」

対する鈴は、しかし腕を組んで考え込む。
そこには困惑の表情が浮かび、告げられた言葉はそれを補強した。

「ん……、あたしは、特にないな。ちはやみたいに立派じゃない……。
 バカどもと適当に毎日遊んでばっかだったから、……楽しくてそれ以外はあんまり考えてないな」

何となく自分を恥じているような口調の鈴を、言葉は包み込むように肯定する。
恥じる必要などないのだと。

「……つまり、また皆さんと楽しく過ごしたい、と言うことですね?」
「……ああ」

そうして――――、言葉は満面の笑みを浮かべた。
ありとあらゆるものを救済するかのように。
腕を広げて空を仰ぎ見る。

「結局、全て同じなんですよ。死人の蘇生であれ、夢を叶える事であれ、日常を取り戻すことであれ――――」

そこまで言ってわずかに言葉を切り、

「――――信じるものは救われる。それこそが唯一の真実です」

告げる。
千早に向かいあい、近寄って囁く。

「……貴方も夢を叶えるために、私を信じてみませんか?」

何処までも空虚で、それ故に吸い込まれそうな言葉の瞳。
それにつられる様に千早は何事かを言おうとして、



その瞬間、唐突に。

――――大きな音が皆に届いた。
聞き覚えがあり、聞くだけで危険と感じさせるその音が。


「……銃声?」

言葉が急激に表情を引き締める。
音の聞こえた方角を睨みつけ、呟いた。

「――――行きましょう」

そこには幾匹もの鴉が舞っている。
鳴き声の重奏は、ここまでも確かに届いていた。
明らかに不穏な空気を告げるその場所を見据えながら言葉は走り出す。

それは直観によるものか、彼女の感覚はそこに行くべきと告げていた。
何か情報が手に入るかもしれないという考えもある。
それに、もしそこに誠がいるのなら、加勢をするに越したことはないのだ。

有無を言わさない勢いにつられ、鈴と千早も後を追う。


先を行く背を見つめながら、千早は内心安堵の息を漏らしていた。
彼女を信じてみないかというその問い。
やけに説得力のある挙動や表情も相まって、それに心を動かされてしまったのだ。
――――信じてしまってもいいかと。
頷いてしまってもいいのかと。

千早は踏みとどまれた自分に感謝する。
たとえ言葉達が安住の場所と成りえたとしても、狂った思考に身を任せたくはなかったのだ。
……彼女達と同じ場所の住人になれなかった事に、一抹の寂寥感を抱きながらも。


◇ ◇ ◇


薄暗い森の中を抜けると、不意に全天が光に包まれる場所がある。
すり鉢状の開けたその空間は、剥き出しの岩肌に囲まれているからか音がよく響き渡る。
現在そこを満たすのは何かが地面を叩きつける音だ。

見れば、二人の少女がまるで舞踏を踊るように得物を交し合っている。
その少し後ろに離れて、更に二人の少女がその有様を見守っていた。

否。
得物を振るっているのは片方の少女だけだ。
バットを振り回しぶん殴ろうとするも、しかしもう一方の刀を携えた少女にはかすりもしない。

「殺す……、殺す殺す殺す殺すぅっ!! 朋也、朋也、待ってて!
 こいつら全員ぶち殺すからぁっ!!」

力任せな横薙ぎの一閃。
それを、納刀したままの少女――――言葉はムーンウォークでまるで姿勢を変えずに回避する。
バットを持った少女、杏はそれが気に入らない。
それ故によりいっそう力を込めてバットを振るう。
無論、なおの事当たらない。
ますます杏は自分が舐められているように思い、悪循環と分かりながらも一撃で勝負を決めようとする。
その怒りが動きをとても読みやすいものにしているのだと気付いていながらも。


銃声に呼び寄せられ、足を引きずりながら採石場に辿り着いた杏が目にしたのは、不恰好な赤い服を着た少女だった。
自暴自棄の勢いに任せ、殺意に駆られた彼女は先手必勝とばかりに銃弾を撃ち込むも――――。

赤い服の少女が蜃気楼の様に消え失せた。
気付けばあらぬ場所へと彼女は姿を現している。
何度撃っても結果は同じ。
命中させるのはそれこそ雲を掴むように杏には感じられた。

もちろん実際にそんな事などなく、椰子なごみと退治した時と同様に、未来予知の領域にまで達した直感頼りに位置を逐次変えているだけだ。
……ただ、いつでも抜刀できるように体勢をほとんど変えないその挙動が、あたかも蜃気楼のように杏を眩惑しているのである。

何発か撃った所で杏は諦め、ならば直接殴ってやるとばかりにバットを持ち出し襲い掛かった。
その結果が先ほどの光景である。
いくら運動神経に優れているとはいえ、元々の実力差に加えて足を怪我した彼女にとっては当然の帰結だろう。
加えて言えば、昂りに昂った彼女の判断能力がまともでないこともそれに拍車をかけている。
……遅れてやってきた鈴と千早にも気付かず、目の前の言葉しか意識に入っていないのだから。

……しかし、それでも。

「朋也ぁぁあああぁあああっ!! 邪魔、邪魔なのよあんた!!
 あんたが死ななきゃ、朋也が、朋也が、朋也がぁっ!!」

それでも諦めるなど杏の頭には浮かばない。
朋也への想いは、たとえ報われることはないと分かっていても彼女を動かすほどに強いのだから。

だからその全てを相手にぶつける。感情のままに。
――――殺戮人形。しかして人間。
表面上は壊れた人形のような挙動でありながら、その奥には確かに彼女自身を突き動かす衝動が滾っている。
その衝動は、あまりにも強く鋭すぎたが故に、誰一人として受け止めなかったのだ。
故に彼女は人形と化した。
行く先のない感情を振るう為だけの道具に、人形に。

――――逆に言えば。

「……大丈夫ですよ」

一度たりとも抜刀せず、バットを掻い潜り、赤い服の少女は杏に手を広げ語りかける。

「……ッ!!」

一瞬の逡巡を浮かべるも、即座に目の前の少女の脳天を叩き割ろうとバットを杏は振り下ろした。
しかし。

「自棄になる必要はありません。……貴方の望みは、叶います」

言葉は零にまで距離を詰め、ぎゅっ……と杏を抱きしめた。
暴れ続ける杏をしかし、言葉は慈愛に満ちた表情でぽんぽん、と背中を叩く。
遠心力を利用して破壊力を増すバット。
ならば、密着状態では殆ど威力はない。故にそうした。
理由はそれだけでなく――――、

「そう、信じるものは救われるのですから――――」

――――彼女の慟哭を、身を以って受け止めるために。
失った大切な人への感情が無意味でないことを教えるために。
少女を人間に戻すために。

そう、逆に言えば、感情の行き場さえあれば少女が人間に戻るのは容易い事だった。
とはいえ、少女の持つ強い感情を受け止め得るのはこの桂言葉を置いて他にあるまい。

藤林杏にとって、この出会いはまさしく幸運だったのだ。

びくり、と、知人に否定されし己の願いを正当化されて杏は震える。
漏れ出るのは支離滅裂ながらも彼女の真実の一端。

「……朋也……、だって、死んじゃって……、あたし、生き返らせるのが、……皆、悪いって!」

しかして、信じたものに裏切られた彼女には、救いの言ノ葉は紙一重で届かない。

「……どうせ……っ、信じてくれる訳!」
「信じます。そして、貴方は正しいです」

にっこりと言葉は杏を全肯定する。
否定の介入の余地はなく――――、ただ、彼女の感情は正しいと断言し、彼女に届かせる。
紙一重など容易く越えられるのだ、と。

「大切な人を蘇らせて何が悪いんです?
 望みを叶えて何が悪いんです?
 平和な日常を送って何が悪いんです?
 私は――――、」

そして、告げる。
紙一枚分の壁を突き破る、その言葉を。

「蘇って、その全てを叶えるためにここにいます。
 あなたも、それを望むのは当然なんですよ」


杏の全身から力が抜けた。
そのまま倒れこむも、しかし言葉はぎゅっと彼女を抱きしめ受け止める。
ようやく拠り所を手に入れた杏は、泣いた。
子供よりもなお弱々しく――――泣き続けた。


◇ ◇ ◇


どれだけ時間が経った頃だろう。
ようやく泣き止んだ杏と言葉達は、それぞれの持つ情報を交換することにした。

まず、言葉自身の蘇生の時から始まり、彼女自身が主催者達が放送で示した力の証拠であること。
言葉の憎むべき敵、世界のこと。
鈴達を騙し討ち、間桐桜を殺した清浦刹那の危険性。
驚くべきことに彼女達も杏も遭遇した烏月の情報も。

杏自身も自らのことを語る。
これまで会った人物の中でも信頼できるであろうトーニャや真人。
死んでしまったウェスト。
自分の、いや、言葉達も含めた自分たちの考えを真っ向から否定した静留やクリス、唯湖たち。

それらの一つ一つに言葉は頷き、トーニャや真人達には興味を、ウェストについては死体を確認していないが故の生存の可能性という希望を。
そして、クリスたちについては怒りを表してくれた。
それら一つ一つが、自分を受け入れてくれることの証で――――、杏は嬉しかった。
とても心強くて、朋也を蘇らせることの生きた証拠が自分の味方になってくれた巡り合わせに感謝する。

不意に、言葉がすぐ側に座り込む。
言葉達は立ったままだったが、足に痛みのある杏は切り出された石材の上に座り込んでいた。
その横に敢えて来るとは、どういう意図なのだろう。
不可思議さに首をかしげる杏に、言葉は心配するような目でこう問いかける。

「……杏さん、私には……、貴方の言葉にはどこか諦めがあるように感じられます。
 何故、大切な方の話をしているのにそんな哀しそうな顔なんですか?」

「……え?」

図星。
まさしくそれを突かれたが故に、杏は目を閉じ、黙り込む。
……そう。
朋也は杏を選ばず、渚を人生のパートナーとしたのだ。

それに対して杏は語る言葉を持たない。
そもそもが同じ舞台に立とうとすらしなかったのだ、選ぶ選ばない以前に勝負の場にすら自分は居なかった。
妹の椋の恋を叶えるために身を引き――――、しかしそれでも、朋也は渚を選んだ。
自分の想いが届くことなどありえない。
それは痛いくらいに思い知っている。

ゆっくり、ゆっくりとそのことを口に出し、再確認していく。

ただそれでも。
報われないと分かっていても――――。

「……それでも、朋也には生きて欲しかった。
 あはは、……バカよね、あたし」

搾り出す。
……そう、それだけだった。
そんな儚い望みさえ否定されたからこそ、杏は絶望し、人形と化したのだ。

自嘲の笑みをわずかに浮かべる杏を、しかし奮い立たせる言葉が響く。

「いいえ。……あなたのその決意は高潔です。実に尊ばれるべきものです。
 そんなあなただからこそ、絶対にその想いは報われなくてはいけません」

傍らから言葉は膝の上で握り締めた杏の手の上に自らの掌を当て、優しく包み込む。
ああ、人間ってこんなに暖かかったんだ。
そんなことを思う杏を、言葉は強く強く励ますのだ。

「杏さん、主催の方々はとても凄い力を持っています。
 これは事実です。
 ……死人を生き返らせることができるのですから、もしかしたら杏さんの本当の願いを叶えることすらできるかもしれませんよ」

――――本当の願い。
杏は一度たりとも口に出してなどいない。
今までそんな事は自分自身に許さなかったし、敢えて考えようともしなかった。
理由は単純だ。きっと、叶えたくなってしまうだろうから。
だが、椋の、渚の事を考えるとそれは絶対に許されない。
だから杏は俯いたまま、少しだけ震える声でそれを否定する。

「……でも、そうしたら今度は渚が……!」

されど。
――――言葉は耐え忍ぶことの尊さを知っている。
伊藤誠に待たされたときのように、その間の辛さを知っている。
……だから、心の底からこう思うのだ。

「……杏さん。あなたはとても心優しくて他人を気遣うことのできる素晴らしい女性です。
 でも、だからこそあなたは幸せになる権利があります」

藤林杏のような少女こそ、幸福にならなくてはならないのだと。

「……そうですね。あなたほどに優しい方ならこれでも心が痛まれるかもしれません。
 それでも、例えば、の話です。
 これから何年かして、もし渚さんという方が亡くなってしまったとしたら。
 あるいは、この殺し合いで殺されてしまい、生き返らせることが朋也さん一人しか叶わなかったとしたら。
 ……その時、生き返った朋也さんを支えられるのはあなただけです。
 仮にそうなった時、どうなるかを考えてみてください。
 ……ええ、あなたはその権利を持っているのです」


その言葉を受けて。
杏は、少しだけ。
ほんの少しだけ妹の事も友達の事も忘れて夢想した。


――――それは、近い未来に本当にありえるかもしれない世界。


渚がこの世を去って数年後。
彼女の残した忘れ形見が杏の勤める幼稚園に通い始めるのだ。
しかし、朋也はそこに現れない。
未だに渚の死に捕らわれ、立ち直れていないからである。

しかし、いずれは彼もそれを乗り越える。
聞くに、祖母との再会や父親との和解などがあったらしい。
そうした諸々の苦難を乗り越えた先に、杏と彼は再会する。
一人の保育士と、一人の父親として。

それをきっかけとして、再度友達付き合いが始まる。
はじめこそ幼稚園の送り迎えの際に会うくらいだったが、学生時代の様に暇な時に遊んだりもして。
渚の娘とも先生と生徒という間柄以上に仲良くなり、その子を世話していた渚の両親とも良好な関係を築く。
……そして、いつしか家族のような関係になっているのだ。
その時、誰からも祝福されながら、しかし渚を悼むことを忘れずに、朋也たちと新しい家庭を築けたのなら。

……そんな事が、ありえるかもしれない。
そんな、少し後ろめたいながらもささやかな幸福が、実現することもあるかもしれない。
杏は今も忘れて、幸福な未来を幻視する。


                                   「……敵襲ですッ! 動いて!」


――――まあ、所詮夢想は夢想に過ぎないのだが。



「……け、?」



……何か横から言葉の声が聞こえた気がするので問い返そうとしたのだけれど、変な音が喉から漏れ出た。
おかしい。
何かがおかしい。

何がおかしいって――――、息が、出来ない。
顎が動く感覚がない。
見れば、来ていた服が真っ赤に染まっている。

ゆっくりと、ゆっくりと喉元に手を当てる。
ぬるりという感触がした。
少しだけ、上に手を動かす。

ぐちゅ。

顎の骨がある硬いはずの場所に、やけに柔らかい感触を見出す。
それに気付いた瞬間、口の中に大量の血が満たされるのを理解した。
息が出来ないのも当然だ。
……肺の奥の奥まで血が止め処なく流れ込んできているのだから。

「……ぉもゃ……」


完全に破壊された下顎をわずかに動かし、名前らしきものを告げた後。
糸の切れたマリオネットが崩れ落ちる。

呆気なく。



――――空から鴉の鳴き声混じりに今更銃声が聞こえてくる。
真っ赤な水溜りに沈んでいくことを実感しながら、杏の耳にはそれがやけに近くに感じられた。


◇ ◇ ◇


M16A2。
米軍に制式アサルトライフルとして採用されたこの銃は、多用途に対応できるからこそその地位を手に入れた。
その中の一つこそ、――――狙撃である。

SPR Mk12、SAMR。
これら狙撃銃のベースとなったM16A4の前身こそが、M16A2なのである。
実際の戦場においてもM16系列の銃を愛用する狙撃兵は数多く、軍用ライフル競技においても標的射撃のおいて優秀な成績を収めている。
故に。
ファントムと呼ばれるまでの銃の腕を以ってすれば、銃本体が専用の調整を受けていなくともM16A2を狙撃に運用することなど容易いことなのだ。

必要なものはすべて存在する。
見晴らしのいい高台。
姿を隠せる岩塊。
二度の試射による弾道の把握。
……そして、古河秋生の最後の支給品――――スナイパースコープ。

これほどの条件を以ってして、ファントムが狙撃をしくじるなど在り得ない。
試射の回数が少なかった為か弾道がわずかに頭部中央から下方に逸れてしまい、延髄を貫通して下顎部をぶち抜くことになったが、充分致命傷だ。
ツヴァイの今居るこの位置は四人、いや、三人の少女がいる位置からはおよそ500m遠方。
一般的に言われるM16A2の有効射程ギリギリからの狙撃をたった二度の試射でこなすその技量こそ恐るべきものである。
否、彼の技量を持ってすれば、更なる遠距離からの狙撃でさえ成功させてみせるだろう。

そしてツヴァイは、少女達が驚きに身を任せているうちに第二射の準備をする。
スコープの倍率を切り替え、広くなった視界を用いて即座に標的を移し、再度高倍率へ。
流れるような手際でわずかな間に全てをこなす。

全てが予定した通り。
この採石場で試射をすることで、銃の癖を掴むと同時に銃声で誘き寄せる。
後は自らの身を隠しておけば、勝手に鴨がやってきてくれると言う寸法だ。
それにしてもここまで上手くいくとは想定外だったが。

客観的な意見を述べるなら、藤林杏も、言葉達も。
……両者ともが、『誰が銃を撃ったのか』ということを気にするべきだったのだ。
とはいえ今から行っても詮無いことでしかない。

赤い服の少女に狙いを定め、引き金に指を当てる。
呼吸を落ち着け、精神を集中。

――――そう、集中だ。
直接対峙している訳ではないからか、古河秋生の時ほどの動揺が現れてはいなくはある。
だが、明らかに一般人の少女を殺害したという事実へ湧き上がる不快感は確かに存在している。

無視しても、無視しても。
その直視したくもない黒々とした毒物は、滓のようにツヴァイの精神に沈殿し、確実に蝕んでいく。

それに気付かない振りをして、完全に意識を赤い服の少女に向ける。
呼吸を指と同調させ、迅速に、しかし的確に。

弾いた。

だが。

「……何!?」

こちらが引き金を押し込んだまさにその瞬間、少女が一気に移動した。
スコープの狭い視界から影が一気に消えうせる。

そんな馬鹿な、と思うも、事実は雄弁にその出来事を物語る。
あの少女は狙撃を感知し回避してのけたのだ。
この距離から。
弾丸よりも音が遅れて届く長距離狙撃だというのに。
慌てて低倍率スコープで確認してみれば、二人の少女が呆然とする傍らで、赤い服の少女だけは確かにこちらを見据えていた。

鳥肌が立つ。

どう考えても人間業ではない。
確かに先刻の女子の状況を鑑みればこちらの狙撃位置を知ることだけは可能だろう。
だが、それでも狙撃のタイミングまで解かるわけではないのだ。
異常なほどの直感か、あるいは特殊能力か。そう判断する。

「く……!」

ならば、取るべき手段は一つだけ。
即座に銃をデイパックに押し込み、長時間伏せていた為に軋む体を全力で動かしてこの場を離脱する。
位置を悟られている以上、この場に居る危険性は非常に高い。

幸い、これだけの距離があるなら追いつかれる可能性は少ないだろう。
採石場の端から端。
その間には多々の障害物――――、ショベルカーやトラックといった乗り物や、転落を防ぐのに
あえて遠回りになっている通路があるため、直線距離よりも実際に通る経路は長くなっている。

所々に身を隠しつつ森に逃げ込めれば、まず見つかることはないだろう。


――――そしてツヴァイはひた走る。
彼を見送るように、森から飛び出てきた鴉の群は採石場の上を飛び交い続けていた。

鳴きながら。
啼きながら。
哭きながら――――。


◇ ◇ ◇


――――近い様で遠い場所から声が届いてきた。

 どうやら襲撃者は北東に逃げて行ったようですね。ひとまず私たちは安心ですけど……。

  ことのはっ、きょうが、きょうが……!

 ――――鈴さん。残念ですけど、彼女はもう……。

そっか。
体も動かないし、そうじゃないかとは思っちゃったけど……助からないんだ。
……やだなぁ。
あたし、何もできてない、何もできてないよ……。
ぼろぼろぼろぼろ、涙が零れ落ちてくる。
……ちょっと前の空想、あれがいけなかったのかな。
あたしには、あんな夢を見ることも許されないのかな。

渚、ごめんね。
空想の中だけとはいえ、朋也をあなたから奪っちゃって。

……椋、お姉ちゃん死んじゃうの。
朋也以外のいい人見つけて幸せになって。
案外、女の子みたいな可愛い人がお似合いかもよ。

朋也……。
あたしって、生きてきた意味があるのかな。
あたしは……、あたしは……。


そんな事を考えていたら、あったかい何かがあたしの手を握る。
気遣うように。
もう、ろくに視線も定まらない目でも、その人が誰かは分かった。

 ……大丈夫です、杏さん。心配する事はありません。
 きっと私たちが朋也さんと一緒に生き返らせてあげますから。

……そうなんだ。
そうなれればいいな、ありがとう、言葉。
少しは怖くなくなったよ。

……次に朋也と会うことが出来たならどうしようかな、渚の事考えると結局今まで通りかも。
それでも……いいかな。

 ……杏さん、しばしのお別れです。また会いましょうね。
 そして、たとえ一時の別れであっても……、私はあなたの死を無駄にはしませんから。

……無駄にはしない、かあ。
生きてきた意味になるのかな、それ。どうするのかは分からないけど。

  ことのは、持ってきたぞ!!

この声は……鈴か。
何を持ってきたんだろう。
死に際だってのに妙な好奇心出すなんて、あはは。笑っちゃうね。


……え、何、それ。


 これでいいのか? ことのは。

 ――――ええ、充分です。杏さんも本望だと思います。


何それ、何するつもりなの、ねえ、何するつもりなの!?

そんな、そんな……ドリルみたいなので!!


 ……やっぱりこの首輪、不気味ですし……、爆発すると怖いですから、研究の為に一つくらいは持っておきたい所ですよね。
 この刀で斬るにしても結構な力が要りそうですし、砕石用の電動工具があって良かったです。

  うー……、きょうの首をもぐのか? 死んじゃってるにしてもなんか嫌だぞ……。

 ……死んでしまったからこそ、ですよ。
 主催の方々の力ならば私のように頭が砕けても元に戻せるのですから、首をもいでしまっても生き返らせるのには問題ありません。

 そっか……。うん、首輪取れればみんな幸せになるよな!
 あたし達が首輪を取って、他の人に研究してもらえばみんな幸せ……こまりちゃんの言う幸せスパイラルだ!!

……ちょ、ちょっと、待ってよ。
あたし……、まだ、生きてる。生きてるよ。


 それに、杏さんならきっと喜んで渡してくれますよ。私たちは同志なんですから。ね?
 彼女のお知り合いであるウェストさんがもし生きているのなら、彼に首輪を解析してもらえるかもしれません。
 かなり頭のいい方らしいですしね。
 杏さんの死を無駄にしないためにも、彼女が最後に託してくれた旨を伝えて渡せばいいんです。


か、勝手なこと言わないでよ!
あたし、生きてるんだよ? 助からないにしても、まだ生きてるの!
生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、
生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる、生きてる!
生きて――――、


 さあ、さっきの襲撃者が戻ってこないうちに終わらせてしまいましょうか。

ごりごりがりグチュぶちしゅじゅぶぶじゅぷぐりごぐじじゅぶじゅぶじうごりがりぶしゅじゅく
がぐしゃぷしゃしゃぎりぎりぎちぎりずずずミシメリぶしゅグチュぐちゅずぶちゅちゅちゅぶし
しししししししぐぎりチャピチャドスズボピチャめりめりぶしゅぐじゅザスぶしゃぷしゃしゃぶ

生きぎあぁぁあぁああぁあああぁぁああぁああああぁああああぁぁぁぁぁぁ、あぐぁう、生きっ、はぁ、
がぁああぁあああぁぁあぁぁぁ、ひゃぁがぁっがががががぁあぁあぁぐぅああぁあああぁぁぁがっ……!

  ことのは、疲れたならあたしが代わるぞ。

 すいません鈴さん、ありがとうございます。

ぶちぶちぶちぶちぐしょぶちぃぴしゃぶりゅぎゅぐりゅごきごりぐしぶしゃぁぁああぁメリガガ
ガグシャぐちゅぷちゅごぎぎごりごりじゃぶじゃかかかかかぐしゅぷちミシミシミシミシぶしゅ

いやがががぁああぁなんで、あた、ともゃやや助けがは、ぁあああぐぁううががぎぎぁああああぁあああぁああぁああっ!!

  ……ダメだ、全然切れん。なんでことのははあんなに手際がいいんだ?

 ほら、こうするんですよ。まず一列に穴を開けて――――

どどどぐしゅぶしゅずずずメリみちちぷしゃりゅりゅりゅぐちゃちゃぷぶしゅずしゅギチくしゃ
ざしゃぶじゅちゅちちちギリュグジャババババどしゅきちゅきちゅじゅっざずずじゅぶじゅぶっ

いだいいだいいだだだがぁ、どもや、ともや、たずぶぶげでてええてていぃいいぃいいぎぃいぃぃぃががひゃ、
はあ、はぁ、は、あ、あ、あ。
ひぃ、あああぁああぁ……、あ、あ、あ……。


……な、んで、ふたり……とも、わらて、る、の?


やだ、や、だ、……きたい、生きた、よぅ、朋也ぁ……。
やだ、やだ、やだ、やだぁ……、生きて、あた、ともゃ、あ、あ、あ……、

 そして、その穴を繋ぐように動かしていけば、……こうです!

  おお、すごいなことのは! おまえ天才だ!
  お前のドリルは天を突くドリルだな!

 うふふ、言いすぎですよ鈴さん。ちょっとしたコツみたいなものですし。
 ……とりあえず、今回は最後まで私がやってしまいますね?

ぶちちミシュメリぎちぎちぶしゃしゃざすちゅぐちゅちゅうしゃぷしゃぷぎりずずずじゅりゅ
ぷしゃずしゅじゅっじゅっずすすすどどごちゅごきゅごりごりごりごりごりごりごりごりごり
ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり

生ぎっ……生き……ぎ、や、だ、あた、うぇす、たす、け……、ずっと、りょ、なぎさ、ともゃ、すきぃ……、


ぷち



あ、しんだ




【藤林杏@CLANNAD 死亡】

※杏の死体は採石場南西部に放置されています。
※杏の死体は頭部が分断され、首輪が持ち去られています。



103:それは渦巻く混沌のように 投下順 104:Worldend Dominator
129:想い出にかわる君~Memories Off~ (後編) 時系列順
084:救いの言ノ葉 桂言葉
棗鈴
如月千早
097:doll(後編) 藤林杏
085:無題(後編) 吾妻玲二(ツヴァイ) 104:Worldend Dominator

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