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想い出にかわる君~Memories Off~ (後編)

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想い出にかわる君~Memories Off~ (後編) ◆LxH6hCs9JU


(……行ったか)

 遠ざかっていく九郎の背中を目で追いつつ、ハサンは思う。
 いつから……そしてきっかけは、なんだったのだろうか。
 未だ聖杯戦争の途中、間桐臓硯をマスターに持つ身でありながら、ここまで理樹に入れ込むようになったのは。

(時間に換算すれば、半日にも満たぬというのにな。まったく、おかしな話だ)

 いや、時間など問題ではないのかもしれない。
 理樹との出会いは必然。彼を主として認めることになったのも必然。
 運命論を語るわけではないが、なるべくしてなった結果なのだろう――とハサンは失笑する。

(それにしても……リキ殿を一喝するためとはいえ、若者の言葉を真似るのには些か苦労したな)

 性格上、怒るのはあまり得意ではなかった。マスターに逆らうのも、本来は領分ではない。
 理樹はまだまだ未熟だ。果実に例えるならば、歳相応に青い。
 だからこそ鍛えがいがあるのだが、従者としてやってやれることは、おそらくもうない。

(ここから先はクロウ殿、もしくはまだ見ぬ仲間たち、貴殿らの仕事だ。
 押しつけるようですまないが、我らのリーダーをどうか、よろしく頼む)

 おもむろに、背中の双剣を一本、長い腕を伸ばして引き抜く。
 遠坂凛のサーヴァント、アーチャーが愛用していた干将・莫耶。
 ダークほどではないが、片手剣であれば投擲道具とするにも無理はない。
 ハサンはそれを、なんの気なしに背後に向かって投げつけた。

 キン、という金属音が鳴り、確信した。
 後ろに鉄乙女がいるという事実、これから戦いが始まるという事実、そして。
 この地における真アサシンの、死期が訪れたのだという事実。

(なるべく時間を稼ぐ……いや、儚い望みだな。暗殺者が剣士と真っ向勝負など、笑い話にもならん)

 残った一振りの剣も引き抜き、乙女と戦うための武器とする。
 一本の腕。一本の片手剣。宝具を失い、気配を断つわけにもいかないこの状況で、暗殺者の技能がどれほど生きるのか。

(空気が張り詰めている。戦の気配だ。武人としてなら楽しめただろうが、な)

 振り返り、乙女の姿を視認する。
 乗用車の爆発などでは、やはり足止め程度にしかなっていなかった。
 焼け爛れたセーラー服の中に見えるのは、健在を貫く肌。
 微かな火傷など歯牙にもかけず、斬妖刀は腰の鞘に収め、ハサンを見据えている。

(ふむ。これは誘い……と受け取るべきか? よかろう。一撃の速度なら、こちらに一日の長がある)

 勝機は薄い。が、無というわけではない。
 乙女がこの戦の参加者である以上、必然的に抱え込んでいるはずの弱所を突けば、あるいは相討ちも狙えるか。
 既に死は見据えた。ならば、理樹の明日を繋ぐためにも、狙わねばならないのだろう。

(討たせてもらおうか、怪人。いや、鉄乙女よ)

 一陣の風が吹く。カランコロンと、道端の空き缶が音を鳴らした。
 静寂な時間は僅か、一秒にも満たなかったかもしれない。
 攻めを待つ乙女、攻めの間を窺うハサン。
 衝突を前に、場は穏やかな空気に満たされる。
 そして、

「ハサン・サッバーハ……参る」

 ハサンが駆ける――眼前で待ち構える敵の下へと!

 ――――……!

(む――?)

 駆ける中、ハサンは乙女の口元がなにやら蠢いていることに気づいた。
 喋っている、としても、声が小さすぎて聞き取れない。
 読唇術を試み、刹那の間に彼女の言霊を見定める。
 そうする最中も、二人の距離は徐々に詰まる。

 ――――万物、悉く斬り刻め。

(呪言……いや、なにか技を繰り出す気か!)

 ハサンの接近を捉えながら、乙女は未だに斬妖刀を抜こうとはしない。
 それどころか構えも疎かに、自然体での待機を貫いている。
 剣士があの状態から繰り出す技など、一つしかない。
 理解し、おもしろい、とハサンはさらに駆けた。

(見よ、これぞ一撃必殺を生業とする暗殺者の技なり――)

 斬妖刀の間合いは既に把握している。
 ハサンの長い腕ならば、片手剣の短さを補って余りある。
 狙うは、相手の喉下。
 乙女を間合いに収め、左腕を振るう。
 双剣の片割れ、その切っ先が伸び――

 ――――〝地獄蝶々〟!

(――!?)

 ――切る寸前で、乙女の腰から刀が一閃、光の速さで振り抜かれた。

(な、んだと……!?)

 刹那の瞬間、ハサンは理解する。

 鞘に収まっていた斬妖刀が、抜かれる。
 抜いた際の勢いに乗せて、一閃へと至る。
 斬妖刀の刃は、ハサンの剣が乙女の喉に届くより速く、
 ハサンの胴体へと触れ、軽く切れ込みを入れる。
 グラリと体が揺らぎ、ハサンの放つ剣筋はあらぬ方向へと逸れる。
 切れ込みはその間に拡大し、軌跡を曲げることなく切断。
 斬妖刀が乙女の腰から右方に移動を果たした頃には、
 刃の軌跡に置かれていたハサンの胴体など、上下に両断されてしまっていた。

(ぬ――おぉ!?)

 想像以上に速い。相手が居合を狙っていることは理解していたが、こうも速いとは。
 ハサンは己の失策を受け入れ、早々に次なる手段へと移る。
 不思議なことに、体を分断されても、この刹那の時は生きられた。
 元が霊体だからだろうか。否、仕組みや原理などどうでもいい。
 即死ではない、即死であってたまるものか、無駄死にでは終わらない――!

(――死ねいッ!)

 宙に舞った上半身を強引に捻り、左腕を乙女の喉へ。
 剣はまだ握られている。
 居合直後の剣士には、不可避の猛撃。
 切っ先が喉下――首輪にさえ触れれば、乙女の喉は爆ぜて死ぬ。

 だが、

(あ――――)

 乙女が居合の体勢から振り抜いた、斬妖刀を握る右腕はそのまま。
 その片方、無手の状態にあった左腕が、
 執念で動くハサンの上半身に、
 拳を捻じ込んでいた。

(馬鹿、な)

 身体動作、そして反応速度――全てが達人級。
 振るうのは剣だけでない。なぜならば乙女は、剣士である以上に拳士だからだ。
 橘平蔵ならば知りえたであろう乙女の本質の力を、ハサンは見誤った。

(私の……敗け、だ。すまぬ……リキ、殿)

 捻じ伏せられたハサンの身は、沈黙に至り地表へと落下する。
 もう二度と起き上がることは適わず、受肉した英霊は亡霊とは成りえない。
 最後の最後まで、執拗に命を狙う仕事人としての根性は、見上げたものだった。
 しかし通じない。結果的にはなにも果たせず、ハサンは敗北者として散る。
 日々の癖か――また起き上がってくると期待して、起き上がってこない対戦者に対し、
 乙女は侮蔑ではなく、心憎さのあまりこう告げた。

「コンジョーナシ」


 ◇ ◇ ◇


「――……っ!?」

 それ、を知らせる音はなかった。
 九郎の足を止め、駅舎を眼前にまで捉え、それでも後ろを振り向かせたのは、漠然とした予感。
 決着がついた――虫の知らせにも似たざわめきが、九郎の身を蹂躙する。

「……ぐっ」

 同時に込み上げてきた、引き返したい、という衝動を懸命に押さえ込む。
 ハサンは必ず帰ってくる。返答は貰えなかったが、彼には帰ってこなければならない義務がある。

(必ず帰って来い……! そんでもって、ぶん殴らせろ! 絶対、絶対……ッ!?)

 九郎の顔が、歪む。
 必死に振り払おうとしていた衝動が、もう叶わぬ願いであるからと、雲散霧消する。
 後方、九郎が辿ってきた道路の奥に、ゆらりと蠢く人影が見えてしまった。
 幽鬼にも似た、不穏で薄弱とした存在感。暗殺者かと思えたそれは、すぐに見間違いだったと気づく。
 自分の視力を呪ったのは初めてだった。
 もう少し視力が低ければ、まだ遠い距離に立つあの人影が、戦勝し帰還したハサンであると、
 そんな儚い夢を見ることもできたかもしれない。

「ちくしょう……泣くぞ。全部終わったら、本気で泣いてやるからなぁ!」

 前を向き直し、もう十メートルもない駅舎までの道を走る。
 後方数十メートルの位置には、追跡者が迫っている。その恐怖を肌に染み込ませて。
 ハサンが自らを投げ打ってまで託した想いを、背中の理樹を、せめて明日へと繋ぐため。
 九郎は全力で駆けた。駅のホームに、電車が停まっていることを祈り――

「うおおおっ! 待ってくれそこの金ぴか列車ぁあああっ!!」

 純金か鍍金かは知らないが、車体全体が金色に彩られた趣味の悪い電車は、今まさに汽笛を鳴らし終えた。
 駅舎に入り、改札を蹴散らし、ホームに駆け込むが、電車のドアは既に閉まっている。
 中には入れない。だがまだ動き出したばかりで、速度はついていない。
 天井でも側面でもどこでもいい、もう一踏ん張りすれば、飛び移ることも可能だ。

 しかし、

 足音が聞こえる。
 ひたひた、という不気味な音、ではなく、
 どたどた、という騒がしい音、でもなく、
 だだだだ、という凄絶極まりない、追跡者の足音が、すぐ後ろに。
 反射的に振り向きたくなるほどの音だったが、今はそれすらもタイムロスに繋がる。
 最悪、後ろから斬られるかもしれないという懸念を抱きながらも、九郎は無心で電車を追った。

 太陽光は眩しく、本格的に昼が到来したのだと思えた。
 光に照らされる金の光沢、見据えるのも眩い電車の全景を見て、九郎は二つほど違和感を覚える。
 一つ、閉まり切っていたと思われた電車のドアが、後部車両の一部分だけ開いて――いや、消失している。
 誰かが無理矢理破壊して、どこぞへ持っていってしまったような――そこで、もう一つの違和感の正体を見た。

 進みゆく電車の天井部に、人影がある。
 その人影は、電車のドアの大きさとほぼ合致する巨大な板を掲げ、九郎を見下ろしていた。

「――よく頑張った。あとは任せろ」

 自身がアーカムシティを守る守護者でありながら、
 九郎には、その痩身がヒーローのように思えた。


 ◇ ◇ ◇


 山辺美希の観察眼は告げる。
 対馬レオ、杉浦碧、大十字九郎――いずれも美希が欲す拠り所には成りえなかった。
 しかしこの加藤虎太郎は――違う。前三人とは比べものにならないほどの、安心感を覚える。

 自身が教師である、そして佐倉霧を保護しようとしていたという弁も、信用に値するだろう。
 霧が美希の情報を漏らさなかったのは、親友の行動を束縛すまいとする彼女なりの気配りか。
 親友思いの霧らしい判断だ。おそらく彼女は、虎太郎のことを信用し切れなかったのだろう。

 虎太郎の推測によれば、霧は電車を利用しこの中心街付近まで足を伸ばしたというが、それも定かではない。
 不運にも擦れ違ったのだとして、他人の保護を拒む霧に生存の道はあるだろうか。考えるまでもない。
 なにしろ、この付近には直枝理樹とその仲間であるアサシンとやらを襲った怪人がうろついているのだ。
 霧の安否などよりもまず、美希が懸念しなければならないのは、その危険極まりない存在についてである。

 正体が気になるところではあったが、それは知ってもどうしようもない情報。
 理樹とアサシンは謎の怪人と対峙し、さらに九郎が救援に向かった。現在の怪人を取り巻く状況である。
 一人離れたところに身を置く美希は、このまま戦線を離脱するのが一番の良策だろう。
 再び一人きりとなるのはいろいろと不安がつきまとうが、まずは震源地を離れることが先決である。
 加藤虎太郎の存在がなければ、美希はあの電車に乗り、逸早く中心街から脱出していた――しかし。

 そこで問題が発生した。それは虎太郎の出現であり、虎太郎が霧の中途半端な情報から美希に懐疑心を持っており、
 さらにそんな状況にありながら、虎太郎が美希を発見したタイミングが掴めないという点だった。
 声をかけられたのは、電車が到着してすぐ。一見、九郎との完全な擦れ違いのようにも思える。
 だが、それはあくまでも、電車が停まり、ドアが開き、中から乗客が降りてきた頃合を見ての判断だ。
 九郎がホームで美希に熱弁を振るっていた頃、電車自体は既に駅に到着していた。
 もし、完全停車する前の電車内でドアが開くのを待っていた虎太郎が、ホームに立つ美希と九郎を見ていたとしたら。
 会話の内容まで知らずとも、九郎という美希と繋がりを持つ存在を視認してしまっていたら。
 知らん振りでは通せない。九郎を無視し、虎太郎と共に駅を離れるという選択は取れなくなってしまうのだ。

 虎太郎が九郎を視認していたと仮定して、虎太郎の信頼を勝ち取るならば、九郎のことは黙っているわけにはいかない。
 拠り所を得るには、まず信用が第一だ。小規模であろうと、不確定要素を持ち合わせてはいけない。
 ならばどうするか。虎太郎を徹底的に無視し、自分一人で電車に駆け込み退避するという手段もあったが、即却下。
 相手に不審に思われている中、さらに疑われるような行動を取ったとしては、後々まで影響を及ぼしかねない。
 仮に虎太郎が大集団を築き上げ、その際多くの参加者に美希の疑わしいポイントが伝われば、即アウトだ。
 故に、道は二つに絞られる。虎太郎から懐疑心を拭い去り、美希を完璧に信用させるか。
 ――もしくは、この付近をうろついている怪人に虎太郎を始末させるか。

 もちろん前者が好ましい。なので美希は、九郎と怪人に関する情報を包み隠さず虎太郎に伝えた。
 直枝理樹という少年が、何者かに襲われている。仲間の大十字九郎が、それを助けに行った――と。
 この親告は、美希にとってハイリスクハイリターンの大博打でもあった。
 これで虎太郎が九郎のような熱血思考に走らなければ、第一段階はクリアとなる。
 それだけに、当初虎太郎が「なら加勢に行こう」と言い出したときには、想定内とはいえ焦った。
 怪人と虎太郎の実力差がわからぬ以上、そんな無謀な策には走れない。
 虎太郎一人差し向けて自分は電車で退避するという手も考えたが、それでは結局また一人になってしまう。
 考え抜いた末、美希が虎太郎に推奨した役目は――『逃がし屋』だった。

 ――『九郎さんは直枝さんを連れて必ず帰って来ます。だからここは、九郎さんを信じて待ちましょう』
 ――『もちろんただ待つだけじゃ駄目です。九郎さんが戻って来て、すぐ逃げられるよう、サポートするんです』

 設けたリミットは30分。次々発の電車がこの地を離れるまで。
 そのときになってもまだ九郎が戻ってこないようであれば、虎太郎が救援に向かい、美希は避難する。
 逃走に重点を置き、より多くの仲間が生き延びられる結果を目指しての作戦だ。共感も得やすい。
 九郎のような熱血漢なら痺れを切らし助けに向かっただろうが、大人の虎太郎は美希の案を理解し、のんでくれた。

 そして、美希は電車内で、虎太郎は電車の上で待機する。リミットを間近に控えても、九郎はまだやって来ない。
 最悪、既に九郎たちが倒れていたとしても美希だけはこの場を逃げ果せることができるが……と考えたところで、状況が動いた。

 電車が発車体勢に入った頃、九郎が追撃者を引き連れて駅のホームに舞い戻ってきた。
 怪人つき――というのは、ある意味最低の状態で、またある意味では最上の状態でもある。
 背中に担いでいるのは、仲間の救援に向かった直枝理樹だろう。彼が救おうとした仲間の姿は、そこにはない。
 まあいい。ここまでくれば、勝率は十分だ。
 あとは虎太郎の手腕に期待し、万が一のときは電車の後部車両を引き離す準備でもして――

(えっ――!? あの人って……!)

 電車の窓に顔を擦りつける美希が、思わず目を疑った。
 九郎を追い立てる、焼け爛れたセーラー服の女……あれは、杉浦碧と行動を共にしていた鉄乙女ではないだろうか。
 外見から受ける印象はかなり変化していたが、容姿で判別するに同一人物だと断定できる。
 いったいなぜ――というところまで考えて、美希は思考を途絶する。
 それはいま考えるべきことではない。無駄な憶測や感傷は、判断力を鈍らせてしまう。

「――よく頑張った。あとは任せろ」

 電車の天井部に立つ虎太郎が、体力を振り絞って走り抜けてきた九郎に、エールを送る。
 その腕に掲げられているのは、電車の後部車両に備え付けられていた鉄扉である。
 虎太郎が豪腕を振るい、ドアを切り離した理由は二つ。
 一つは、既に電車が走り出したとしても、九郎がドアを失った車両に駆け込めるようにとの配慮。
 そしてもう一つの理由とは――目暗まし、である。

 虎太郎が、電車の天井から跳ぶと同時、乙女に向けて鉄扉を投げつける。
 人の体ほどある巨大な板は、乙女の視界を塞ぐ。衝突すれば、女子の軽い体など吹き飛んでしまうだろう。
 その面積ゆえに回避も困難だったが、乙女は避けるでも防御でもなく、自然な動作で腰元の鞘から刀を引き抜いた。
 足を止め、一呼吸。
 横一閃、縦一閃、斜一閃、鉄扉をバラバラに分断する。
 その間、九郎は電車のすぐ側まで到達し、ドアを失った入り口へと、吸い込まれるように侵入していった。
 そして虎太郎はというと、

「八咫雷天流――」

 乙女が足を止め、標的を見失った、その一瞬の隙を縫い、
 彼女の横っ腹へと回りこみ、

「――〝散華(はららばな)〟」

 無防備な的に、拳の弾幕を叩き込む――!
 二発三発といったレベルではない。幾重にも幾重にも、驟雨のように畳み込む。
 インパクトは一瞬。衝撃で相手が吹き飛ぶそのときまで、可能な限り拳を打ちつける。
 元々の体重の軽さ、そして間隙を突かれたことによる防御の遅れ、双方が重なり、乙女の身が飛ぶ。
 抗うこと適わず、ホーム端のゴミ箱へ一直線。盛大に音を立てて沈むと、虎太郎は即刻身を退いた。
 追い討ちはかけない。加速の段階に乗ろうとする電車を猛追し、九郎同様ドアなしの侵入口へと跳び移る。
 電車は去り、駅のホームには、廃棄された乙女一人が残された。


 ◇ ◇ ◇


 お腹が空いた。やはり、この飢えは堪えられるものではない。
 活きのいい食材を追いかける最中も、肉を絶つため包丁を振るう最中も、空腹は増していく。
 ああ、駄目だ。抑制し切れない。食べたい。食べたい。食べていい、レオ――?

「――――」

 レオの声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
 私の手際があまりにも悪いから、待ちきれなくなってしまったのか。
 部屋で漫画でも読んでいるのだろうか。まったく、堪え性のない。
 と、それは私も同じか。うん、そうだな。
 ほんのちょっと……ちょっとくらいなら、つまみ食いも許されるだろうか。

 さっきの大きなお肉は、高カロリーでたんぱく質が取れそうだ。
 ガリガリのほうは肉こそ少ないが、骨を作るカルシウムが多分に摂取できるだろう。
 どちらも美味しそうだ。まだ下ごしらえの段階だが、ほんのちょっと齧っても怒られたりしないだろうか。
 あ、でもあの遠くへ逃げて行ってしまった食材はどうしよう。あちらも捨てがたいが……。

 それはそうと、なんだか体の節々が痛むな。筋肉痛だろうか?
 まぁ、活きのいい食材を相手にして多少疲れたが……食べれば回復するさ、この程度。
 うーむ、やはりちょっとつまみ食いを……いやいや、レオが待っているんだ。私の手調理を。
 あ~、でもちょっとくらいなら……しかし……いや……ううむ。

 まだ日は高い。ランチタイムにはまだ間に合う。
 さて、この飢えを満たすには――



【B-7 駅/1日目/午前】

【鉄乙女@つよきす -Mighty Heart-】
【装備】:斬妖刀文壱@あやかしびと -幻妖異聞録-
【所持品】:真っ赤なレオのデイパック(確認済み支給品0~1)、ドラゴン花火×1@リトルバスターズ!、霧の手足
【状態】:狂気、鬼、肉体疲労(中)、腹部に打撲、全身に軽度の火傷、空腹
【思考・行動】
1-A:電車で逃げて行った食材を追い、料理してからランチ。
1-B:既に調理済みのお肉をつまみ食いしに戻る。
2:自分が強者である事を証明する。
3:レオの声が、また聞きたい……。
【備考】
※アカイイトにおける鬼となりました。
 身体能力アップ、五感の強化の他に勘が鋭くなっています。


 ◇ ◇ ◇


 ガタンゴトン、ガタンゴトン、と電車が揺れる。
 一枚のドアが消え、外からの風がダイレクトに吹き抜ける、冷房いらずの車内。
 難を逃れた四人は、しばしの平和を共有し合っていた。

「うおおお~ん、ありがとう、ありがとうおっちゃ~ん」
「泣きつくな、いい大人が。女の子が見ている前でみっともない」
「私なら構いませんよ。九郎さんがそういう人だというのは、既に認知済みなので」
「なんですと!?」

 僅か15分の乗車時間――約束された平穏。
 その中で、騒がしく談笑し合うことなど……今の弱りきった心では到底不可能だった。
 頭のスイッチを切り替えることが、こんなにも困難だとは思わなかった。
 全部忘れて眠ることができたら、どんなに幸せだったろうか。
 ナルコレプシーを患っていた頃の自分を羨ましく思いながら、
 理樹は、泣いた。

「さて、問題はあの怪物じみた女子高生だが……困ったことに、俺は過去あいつに襲われた経験がある」
「え、本当ですかそれ?」
「ああ。まず同一人物で間違いない。そして奴があそこにいたとなると、吾妻や佐倉はおそらく……」
「……ん? おい、理樹。おまえ……起きてるのか?」

 すすり泣く声に気づいた九郎が、理樹に声をかけてくる。
 理樹のみは電車の座席に寝かされており、顔はシートに埋めて表情を見せないようにしていた。
 泣き顔なんて、見られたくはなかった。今は誰の心遣いもいらない。ただただ悲しみに溺れたい。

「あれ? 直枝さんの腰に挟まってるそれ、なんですか?」
「刀……か? おいおい危ないな、外しておけよ」
「って、ちょっと待て。これ……」

 九郎が、なにやら理樹の腰の辺りをごそごそと探っている。
 どうやら、ベルトの間に刀が挟まっていたらしい。理樹には覚えがないが、深くは考えない。

「バルザイの偃月刀じゃないか……これ。いつの間に回収してたんだ……?」
「そっちの、なんか不気味な顔みたいなのは……マスク?」
「仮面、か? 随分と悪趣味なデザインだが……」
「っ!? おいおい、いつの間に忍ばせてたんだよあの人……!?」

 背後がなにやら慌しい。マスクや仮面がどうのこうのと……意識せず、ハサンの顔を連想してしまう。
 髑髏の面に覆われた素顔は、結局目にすることができなかった。
 どうして素顔を隠していたのだろう。そんなこと、理樹にはわからない。
 些細な疑問だ。仮面を被っていようがなかろうが、ハサンは素の態度で、理樹に接してくれていたのだから。

(えっ……仮面?)

 ふと、胸がざわめきだす。
 後ろの騒ぎが急激に気になり始め、理樹は涙を押し止め起き上がった。

「九郎さん、それ……」

 振り向いた先、九郎の手には理樹のベルトに挟まっていたらしい二つの品が握られていた。
 一つは、ハサンが足止めのために投擲したバルザイの偃月刀。
 投擲武器でありながらブーメランのような特性を併せ持つそれを、ハサンは律儀に回収し、人知れず理樹に返していた。

 そして、もう一つは――

「あっ……」

 ――白い、骨みたいに白い、悪趣味にもほどがある、髑髏のような仮面。
 こんなもの、好んでつけていた人など一人しかいない。

「うっ……あ……」

 ハサンがつけていた、髑髏面だった。
 別れ際、乙女に挑む際に――ハサンは仮面を取り外し、理樹の腰元に忍ばせておいたのだ。

(こんなの……こんなの、単なる遺品にしかならないじゃ、ないか)

 お守りのつもりなのだろうか。
 体は潰えずとも、魂は永久に見守っていると――そんな風に、格好つけて。

(ずる、い、よ……こんな、ぼく、は。ハサン、さんが……ぐっ)

 ――繋いだのだ。ハサン・サッバーハは、主と認めた少年に全て。
 武器も、己の象徴も、僅かな物資や交渉の手段たる星すらも、気づかれぬよう理樹のデイパックに忍ばせて。
 最後には、その身を捧げた。


 ――『あ、あの、大丈夫で――』
 ――『どういうつもりだ、小僧。素人でもわかる死地に、何を考え踏み込んだ』


 初対面時は、あんなにもぶっきら棒な態度を取っていたというのに。


 ――『……僕、誰からも男扱いされなかった気がするんだけど……』
 ――『…………なに、些細なことだ。気にするな』


 容姿の女の子っぽさを気にしたとき、慰めてもくれた。


 ――『……リキ殿、問おう――――貴方が私のマスターか?』
 ――『……僕たちは、悪を成敗する正義の味方――――、リトルバスターズだ』


 短い間に、絆はどんどん深まっていった。そう簡単に瓦解することなど、なかったはずだった。


 ――『リキ殿……信頼しているのだろう……なら任すがいい』
 ――『……っ!?』


 このゲームの法則は、そんな絆すらも容易く破壊する。理樹は知り、それでも抗った。


 ――『皆で協力してあの怪人を倒す! 絶対仲間は殺させない!』
 ――『マス……いや、リーダー。御意』


 二人の絆があれば、結束の力を引き出せたならば、どんな悪にだって屈しない。無敵だ。

 なのに。…………なのに。


 ――『すまぬ。そして――さらばだ、リキ殿』


(ハサンさん……あなたは、どうしてっ!)

 心を丸焼きにする、悔しさ。
 全身の肌に突き刺さる、悲しみの怨嗟。

 知らなかった。
 仲間の喪失が、こんなにも痛いものだなんて。

 九郎が、美希が、虎太郎が見ている。
 構ってなんかいられない。
 自制心が利かず、理樹は叩きのめされた。

 ハサンが残した髑髏面を抱きつつ、
 ハサンが己に抱いた淡い願いを想いつつ、
 理樹は、成長を強いられる。

 でも、今この瞬間だけは。

「うっ……あぁ、あっ、あぁ……あぁあぁあぁぁぁああぁああぁあああぁああぁぁ!!」



【E-7 電車内/1日目/午前】

【直枝理樹@リトルバスターズ!】
【装備】:カンフュール@あやかしびと -幻妖異聞録-、生乾きの理樹の制服、トランシーバー
【所持品】:支給品一式×2、ハサンの髑髏面
      聖ミアトル女学院制服@Strawberry Panic!、女物の下着数枚、
      バルザイの偃月刀@機神咆哮デモンベイン、木彫りのヒトデ21/64@CLANNAD、トランシーバー
【状態】:疲労(中)、鼻に切り傷、深い悲しみ
【思考・行動】
 基本:ミッションに基づき対主催間情報ネットワークを構築、仲間と脱出する。殺し合いを止める。
0:うっ……あぁ、あっ、あぁ……あぁあぁあぁぁぁああぁああぁあああぁああぁぁ!!
1:リトルバスターズの仲間を探す。
2:葛木宗一郎高槻やよいプッチャンと協力する。
3:真アサシンと敵対関係にある人には特に注意して接する。
4:首輪を取得したいが、死体損壊が自分にできるか不安。
【備考】
※参戦時期は、現実世界帰還直前です。
黒須太一を危険視。静留と知り合いについて情報交換しました。
※トランシーバーは半径2キロ以内であれば相互間で無線通信が出来ます。
棗恭介がステルスマーダーである可能性を懸念しています。
※名簿の名前を全て記憶しました。
※博物館に展示されていた情報をしました獲得しました。
※高槻やよい、プッチャンの知り合いの情報を得ました。

【理樹のミッション】
1:電車を利用して、できる限り広範囲の施設を探索。
2:他の参加者と接触。
3:参加者が対主催メンバー(以下A)であり、平穏な接触が出来たらならAと情報交換に。
4:情報交換後、Aに星(風子のヒトデ)を自分が信頼した証として渡す。
5:12時間ごと(3時、15時)にAを召集し、情報やアイテムの交換会を開催する。第一回は15時に遊園地を予定。
6:接触した相手が危険人物(以下B)であり、襲い掛かってきた場合は危険人物や首輪の情報を開示。興味を引いて交渉に持ち込む。
7:交渉でBに『自分が今後の情報源となる』ことを確約し、こちらを襲わないように協定を結ぶ。
8:Bの中でも今後次第でAに変わりそうな人間にはある程度他の情報も開示。さらに『星を持っている相手はできるかぎり襲わない』協定を結ぶ。
9:上記の2~8のマニュアルを星を渡す時にAに伝え、実行してもらう。
  なお、星を渡す際は複数個渡すことで、自分たちが未接触の対主催メンバーにもねずみ算式に【ミッション】を広めてもらう。
10:これらによって星を身分証明とする、Aに区分される人間の対主催間情報ネットワークを構築する。


【大十字九郎@機神咆吼デモンベイン】
【装備】:手ぬぐい(腰巻き状態)、ガイドブック(140ページのB4サイズ)、キャスターのローブ@Fate/stay night[Realta Nua]
【所持品】:木彫りのヒトデ12/64@CLANNAD、アリエッタの手紙@シンフォニック=レイン
【状態】:疲労(大)、背中にかなりのダメージ、股間に重大なダメージ、右手の手のひらに火傷
【思考・行動】
 0:理樹……。
 1:電車に乗って南下し、アルと桂、奏を捜索する。
 2:蘭堂りのと佐倉霧も捜索。
 3:サクヤの作戦に乗り、可能な限り交流を広げる。
 4:人としての威厳を取り戻すため、まともな服の確保。
 5:アル=アジフと合流する。
 6:ドクターウエストに会ったら、問答無用で殴る。ぶん殴る。
【備考】
 ※神宮司奏浅間サクヤ・山辺美希と情報を交換しました。
 ※第二回放送の頃に、【F-7駅】に戻ってくる予定。
 ※着物の少女(ユメイ)と仮面の男(平蔵)をあまり警戒していません。
 ※理樹の作戦を全部聞きました。彼の作戦を継ぐ気です。


【山辺美希@CROSS†CHANNEL ~to all people~】
【装備】:投げナイフ1本
【所持品】:支給品一式×2、投げナイフ4本、ノートパソコン、MTB
【状態】:健康
【思考・行動】
 基本方針:とにかく生きて帰る。集団に隠れながら、優勝を目指す。
 0:…………
 1:虎太郎から信用を勝ち取り、拠り所にする。
 2:太一、曜子を危険視。
 3:刀を持った人間が危険だと言う偽情報を、出会った人間に教える。
【備考】
 ※ループ世界から固有状態で参戦。
 ※つよきす勢のごく簡単な人物説明を受けました。
 ※理樹の作戦に乗る気はないが、合流してしまった以上再検討。


【加藤虎太郎@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、凛の宝石10個@Fate/stay night[Realta Nua]、包丁@School Days L×H、タバコ
【状態】:健康、肉体疲労(小)
【思考・行動】
基本方針:一人でも多くの生徒たちを保護する。
0:…………
1:理樹が落ち着いたら、詳しい事情を聞く。
2:美希は本当に霧の親友なのか、だとしたら霧はなぜ黙っていたのか、考える。
3:子供たちを保護、そして殺し合いに乗った人間を打倒する。
【備考】
※制限の人妖能力についての制限にはまだ気づいていません。
※仮面の男(橘平蔵)を危険人物と判断。
※文壱を持った生徒(鉄乙女)を危険人物と判断。
※黒須太一と支倉曜子の危険性を佐倉霧から聞きました(ただし名前と外見の特徴のみ)。
※吾妻玲ニとキャル(ドライ)の情報を得ました。
※佐倉霧と吾妻エレンは、文壱を持った生徒(鉄乙女)に殺害されたと推測しています。


※電車は9時40分発の9時55分着、F-2駅行きです。
※謙吾のバット@リトルバスターズ!は、折れた状態でB-7路上に放置。
※干将・莫耶@Fate/stay night[Realta Nua]は、B-7駅周辺路上放置。


 ◇ ◇ ◇


 小鳥の囀りが聞こえる。

 燦々としたお日様の陽気が、影浸りの我が身を照らす。

 魔術師殿は、ご老体だからか今日も朝が早い。

 最近は体調不良が続いているというのに、

 無理を押してメイド喫茶に足を運び、

 …………ああ、いや。

 あのような日常は……もう遠き過去の話なのだな。

 天高く上り詰めようという日の向き加減は、昼。

 そうだな、この地に私が仕えた魔術師殿はいない。

 私がこの地でマスターと定めたリキ殿は……生き延びてくれただろうか。

 私にはもう、想うことしかできない。

 いや、じきに想うことすら、叶わなくなるのだろう。

 それはとても悲しく、とても寂しい。

 けれどもリキ殿は、きっと大丈夫。

 彼はまだまだ弱いが、芯はしっかりしている。

 磨き上げれば、それはそれは立派な柱となろう。

 このハサン・サッバーハが保障するのだ。

 今は悲しみに打ちのめされようとも、

 自信を持たれよ、そしていつの日か、

 己の足で立ち上がるのだ……リキ殿。

 見守ろう。

 私が残した髑髏の面から。

 リキ殿の成長と、躍進を。

 しかと歩めよ、リキ殿。

 がんばれ――――。


「私が認めた――生涯最高のマスター殿」


【真アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night[Realta Nua] 死亡】




129:想い出にかわる君~Memories Off~ (中編) 投下順 130:ゆらり、揺れる人の心は
時系列順 104:禽ノ哭ク刻-トリノナクコロ-
直枝理樹 138:再起
真アサシン
鉄乙女 131:それでも君を想い出すから
大十字九郎 138:再起
山辺美希 138:再起
加藤虎太郎 138:再起

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