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戦う理由は人それぞれ、戦う方法も人それぞれ (前編)

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戦う理由は人それぞれ、戦う方法も人それぞれ (前編) ◆MY/vgjLh0A



「ないッ!!!」

一乃谷愁厳の返事はこれ以上ないくらい簡潔だった。
九鬼耀鋼の聞きたいことは分かる。 主催者の言葉の真意を探りたいのであろう。
死者を生き返らせる力が本当にあるのかどうか、愁厳とて気にはなる。
生あるものに例外なく課せられた終焉の理、それは死。 誰もが恐れ、誰もが逃れたいと思っている摂理。
それを覆す力があると、放送をした言峰は事も無げに言ったのだ。
その言葉を聞いて、ある人はその言葉を信じて、大切な誰かを生き返らせるためにその手を血に塗れさせる道を選んだかもしれない。
またある人は、あまりに突拍子もなさすぎる言葉に不信感を覚え、やはりこの殺し合いに反旗を翻す決意を深めたかもしれない。
しかし、一乃谷愁厳の守りたい人間は、今も世界で一番安全な場所で眠っている。
だったら、主催者の言葉に惑わされる必要はない。
それが真実であろうと、虚言であろうと、一乃谷愁厳は他の全ての参加者を殺しつくして優勝するだけだ。
ただ前進、制圧あるのみ。 愁厳は黒いコートを纏った男、九鬼耀鋼へと古青江を振りかぶる。

「せっかちな男だ。 そんなに血に飢えてるのか?」

色素の抜け落ちた白髪に、右目に眼帯を着けた大柄の男――九鬼耀鋼は腰を落としながらも、余裕の口調で迎え撃つ。
しかし、そこに油断は一切見当たらない。 飄々とした雰囲気ではあるが、九鬼耀鋼に唯一残された左の瞳は、愁厳の一挙手一投足を見逃さない。
愁厳の大降りの一撃を、九鬼耀鋼はなんと無手――即ち素手で捌いたのだ。 愁厳が息を呑み驚愕する。
九鬼は愁厳の全力の一撃である刀の腹にそっと手を触れ、わずかにその軌道を逸らしたのだ。
手加減はしてない。 九鬼は無手でこちらは剣を持っているが、そのことに対して、愁厳は卑怯だとかフェアじゃないとかいった感情は抱いていない。
支給品や装備品の差もまた、この世界の生死を分ける重要なファクターの一つだ。 武器を支給されなかったのなら、己の不運を嘆くしかない。
そして、武器が支給されなかったからといって、愁厳が同情をする義理もない。 間違いなく、愁厳の一撃は眼前の敵を打ち倒すべく放たれた渾身の一刀だった。
だが、目の前の男、九鬼耀鋼に武器はいらない。 彼は世界にたった二人しかいない九鬼流を操る闘士なのだから。
全力の一撃、そう言うのだから、剣速もそれに見合った確かなものだ。 それを、九鬼耀鋼は捌いた。
この事実だけで、愁厳は男の実力を理解する。 同時に、彼我の戦力差をも。 目の前の男、九鬼耀鋼は明らかに一乃谷愁厳より強い。
ドミニオンの戦闘部隊所属、しかも副隊長の肩書きは伊達ではないということか。
しかし、愁厳が驚愕した理由はそれだけではない。 強い相手に会っただけで驚愕するのなら、愁厳はとうの昔に死んでいる。
その驚愕の理由は、例えるなら既視感。 ただし、何にその既視感を覚えたのかは分からず仕舞いだが。
もうその喉元までその答えはきているのに、ギリギリのところで止まっていて、愁厳は既視感の正体を掴めないでいる。
その感覚が酷く不快だった。

「……ッ!?」
「どうした? まさか一撃だけで終わりか?」

九鬼は余裕の表情で、愁厳を挑発する。
それに触発されたのか、愁厳はもう一度九鬼に踏み込み、先の一撃と同等の膂力を込めて打ち込む。
結果は同じ。 水のように滑らかな動きで、九鬼は愁厳の一撃をその掌で、機械のような速さと正確さで捌く。 やはり、マグレではない。
そして、男の強さは本物。 だが、愁厳は自分より明らかに強い男を目にしても、退却を選択することはなかった。

愁厳は理解した。 いや、させられた。
この島の参加者には、明らかに愁厳より強い人間がそれこそ山のようにいる。
ツシマレオを殺害したときに現れた女子高生、アオイナギサを殺したときに相対した人妖らしき女性、そして九鬼耀鋼。
殺した人物こそ、人妖でもないただの一般人のようだが、この三人は明らかに愁厳と同等、もしくはそれ以上の強さを秘めていた。
正攻法で戦っても勝てるとは思えない。 しかし、咄嗟の逆転劇を思いついたり、周到に罠を用意できたりするほど、愁厳は機転の利いた性格でもない。
唯一、ラジコンカーを使った作戦だけは上手くいったが、それが今後、何度も通用すると考えるほど楽観的な考えもしてない。
ならばどうすればいいか? 優勝して、妹を元の日常へ帰還させるという至上命題を果たすためにはどうするか。
どこか人目につかないところに隠れて、最後の一人になるまで沈黙を保ち、残った一人を闇討ちするか。
馬鹿な。 最後まで残った一人には、最後まで残るにふさわしき実力があると考えてしかるべきだ。
最後の一人になった存在。 それが強者ではなく無力な人間だと、どうして考えることができようか。

ならば、どうすれば生き残れるか。 自分よりも強い刀子に体を譲って戦ってもらうか。
却下だ。 本末転倒も甚だしい。 ならば、愁厳自身が強くなるしか方法がない。
強者を目にして逃げるのではなく、より積極的に戦い、刃を重ね合わせ、自分の糧とするのだ。
命のかかった真剣勝負なら、それは日常に行う訓練の十倍も百倍も得られるものが大きい。
相対した敵との刹那のやり取りを己の血肉とし、付けられた傷は己に対する戒めとして受け取れ。
そうすれば、強くなれる。 どんな荒波も、どんなに険しい山も乗り越えることができるほどに。
答えは得られた。 進め、一乃谷愁厳。 己が手を朱に染め、万人の屍の上に立つのだ。

「一つ聞こうか。 お前は何のために戦う?」

九鬼耀鋼が構えを崩さぬままに愁厳に問う。
愁厳の身に纏った空気が、あまりにも似つかわしくないからだ。
九鬼はその空気――雰囲気と言い換えてもいい――に違和感を覚えた。
人を殺し、修羅になることを選んだのだろうということは九鬼も理解できる。
しかし、それを決意するには、愁厳の瞳はあまりにも高潔すぎた。
愁厳の瞳には、確かな正義感と今やっていることに対する罪悪感、そしてその二つの感情を押さえ込む強い決意の光が見て取れた。
利己的な人間では到底こんな目はできない。 数々の実戦を潜り抜けた九鬼は直感でそれを悟っていた。
同時に、愁厳が進んで殺しをやっていることに何らかの理由があることも。

「…………妹のためだ」

口を僅かに開き、愁厳が戦う理由を語る。
その答えに九鬼も口元をニヤリと吊り上げ、満足する。
妹のため、肉親のため、これ以上ないくらい正当な理由だ。
こんな話はきっと、この島には吐き気がするくらいありふれたことなのだろう。
それで愁厳はこれ以上語ることはないと言わんばかりに、果敢に踏み込んでくる。
今度はもう手で捌かせなどしない。 九鬼が刀の腹を狙って捌いてくるのなら、その直前に手首を捻り、九鬼の素手を研ぎ澄まされた刃で迎え撃てばいい。
しかし、九鬼の手にはいつの間にかデイパックから武器を取り出していた。
その手に携えしは刺突用の剣、エストック。 鋭く鍛えられたその切っ先が日の光を反射する。

「さすがにこれ以上無手でやると捌けるかは分からんからな。 ちょっとしたカンフュールというわけだ」

九鬼も愁厳の技量を見抜いていた。
一度や二度は捌くことも可能だろうが、これ以上やるとさすがに手筋が読まれて斬られる可能性があった。
そこで、丁度よく支給されたこの剣の出番というわけだ。
傘に偽装したカンフュールとは違い、相手の虚をつくこともできなければ、防弾、防刃性能もない。
だが、それで十分。 相手は剛力無双の人妖。 刺し穿ち、相手の攻撃を捌くためだけの機能さえあれば問題はない。

「さて、行くぞ。 お前に死を告げるとしよう」

その言葉に愁厳は相手に不足なし、とばかりに一気呵成に刀を振り下ろす。
一撃、
二撃、
三撃、
四撃、
二人の男の武器の、金属の打突音が響く。
並みの相手なら一撃一撃が殺されるほどの鋭さ。
それを九鬼は確実に、一分の狂いもなくエストックで受け流す。
牛鬼の怪力を操る愁厳の一撃を真っ向から受けるなど、無謀にも等しい。
しかし、こうして受け流せばいくら相手が強力な力を持っていようと無意味。
要は、当たらなければ真剣も竹光も同じということだ。

九鬼流とは対人妖用の戦闘法。
源流は中国の北派、円華拳にあるという。
九鬼耀鋼が中国に渡り、長年の修行の元に生み出した我流の闘法だ。
人妖の中には、岩のように体が固くなるものもいれば、水のように捉えどころのないものもいる。
そういった異形のものと闘うために、九鬼流は拳を使わず、掌による攻撃を基本とする。
人妖を倒せるのは、人妖だけ。 その概念を打ち破ったものこそ九鬼耀鋼その人であり、九鬼流なのだ。

九鬼流の動きの基本は後の先。 そして相手の攻撃を捌くことを骨子にしている。
全ての基本は円にあり。 円転自在。 球転自在。 脚が、腕が、幾重にも円運動を繰り返せば、それは球となる。
もちろんエストックを使う場合でも、足運びは円を意識させたものになる。
無駄のない九鬼の動きは愁厳に球を意識させる。 しかし、そこに優雅さは感じられない。
例えるなら、その動きは剣舞のように雄々しく激しい、相手を殺すためだけの荒々しい動き。

「妹のためか……結構結構、殊勝な心がけだ。 だが、それは俺の目的とは相反するな」

愁厳の横凪の一撃、九鬼を黙らせるために、胴を狙った白刃が九鬼の腹に襲い掛かる。
それを九鬼はエストックで受け流すことなく、膝と足首を折り、下半身を極限まで落とすことによって回避。
九鬼の足腰の強さとバランス感覚のよさを証明するかのように、上半身はまったくぶれていない。
数瞬の後に、九鬼の頭の上を愁厳の刃が通り抜けた。

チャンス!

両者が判断する。
極限まで研ぎ澄まされた二人の脳が、目の前の男を打ち砕くための最善の行動を選び出す。

愁厳は九鬼の頭部の上を通過しようとする刀の軌道を、手首の捻りのみで強引に変更。
そのベクトルを90°変えることによって、九鬼を頭部から一刀両断せんとする。
取った! 愁厳が勝ちを確信する。

「甘いぞ!」

ギィン!
済んでのところで、九鬼の片腕のみで掴まれたエストックが、またもや愁厳の刀を阻む。
だが、牛鬼の膂力に単なる人間が片手のみで対抗しようなどとは愚かしい。

「ンンッ……ハアッ!」

愁厳はさらに両手に力を篭め、九鬼を断裁せんとする。
九鬼が押される。 単純な力で言うなら、確かに愁厳の方が勝っていた。
例え、総合的な力では九鬼が勝っていても、力の一点においては愁厳の方が上。
自分の得意とする舞台で勝負すれば、格上の相手にも勝利できる。
ギリギリと、少しずつ押される九鬼。 顔にも苦悶の表情が浮かぶ。 もう一息で決着はつく。
大地に真っ直ぐと、両足を立て、愁厳は全力で眼下の敵を粉砕しようとした瞬間、愁厳に嫌な予感が走る。
見ると、九鬼には足が一本しかないではないか。
いや、違う。 正確には地に付けている足が左足一つしかないのだ。
ならば右足はどこにあるか。 愁厳がそれを考えるまでもなく答えは見つかった。
九鬼の右足は宙にあった。 いや、『ある』のではない。 右足は『動いて』いる。
九鬼は左足を軸にして、思い切り上半身を捻り気味に、ありったけの威力をこめて稲妻のような電光石火の蹴りが放つ。
狙いは愁厳の胸。 鋼をも断ち切ることが可能なほど鋭い蹴りが愁厳に向かった。
愁厳は本能のままに後退を選択。 僅かに九鬼の脚に触れた衣服がたやすく裂けた。
愁厳の熱くなっていた汗が一気に冷水のごとく冷える。
マトモに命中していれば、間違いなく命を奪われていた。
油断はしてはいけない。 力で勝ろうとも、総合力は圧倒的に九鬼が勝っているのだ。

「……」
「避けたか……上出来だ」

一度間合いを取り直して、お互いが体勢と息を整える。
九鬼は満足げな表情で愁厳の反射能力を褒めた。
九鬼が攻撃に転じたのはこれが初めてだ。
その一撃はやはり、これまでのどの敵よりも鋭く、強烈であった。
愁厳の見積もりどおり、九鬼耀鋼は人間の範疇を超える強さの持ち主。
だからこそ、九鬼耀鋼を倒せば、愁厳はもっと高みに昇れる。
しかし、九鬼は今まで愁厳に攻撃できるチャンスはいくらでもあったはずだ。
それなのにしなかったという、その余裕とも取れる態度に愁厳は屈辱を覚える。

「今まで攻撃してこなかったのは……愚弄しているのか?」
「愚弄はしてないさ。 少し、考え事をしていただけだ。 じゃあ、期待に答えてこれからは本格的にいくとするか」

九鬼の宣言に、愁厳は身を引き締める。 これからはさっきよりも苛烈な戦いになることは間違いない。
刀を持っていた両手を握りなおし、表情は無機質なままで。 ただ相手を倒すにはどうすればいいのかだけを考える。
方法は、やはり正攻法しか思いつかない。 だが、それでいい。 強くなりたいのなら、ただひたすらに敵に向かっていくだけだ。
自らが越えるべき第一の壁、九鬼耀鋼に一乃谷愁厳が挑む。
しかし、愁厳が攻撃を再開する前に、九鬼が口を開いた。

「お前、一乃谷愁厳か?」

九鬼の鋭く切り込むような口調に、思わず愁厳は息を呑んだ。
あまりにも唐突過ぎる言葉に頭が一瞬真っ白になり、愁厳は違うと否定する時間を奪われた。
そして、愁厳の沈黙を九鬼は肯定と受け取る。

「……何故……?」

自分の名前を知ったのか? 愁厳は口には出さずに九鬼に聞く。
九鬼も愁厳の言外に含んだ意図を悟ったのか、軽く手のひらを浮かべ説明をした。

「お前、妹のために戦っているんだろう?」
「……そうだ」
「なら簡単だ。 俺の単なる当てずっぽうさ」
「当てずっぽうだと……」

当てずっぽう。
九鬼の言うとおりなら、愁厳はまだ本名を特定されてなかったのだ。
言わば、九鬼は愁厳にカマをかけただけ。 愁厳が違うと即座に否定すれば、まだ本名はばれなかったのだ。
これは完全に愁厳のミス。 愁厳は歯噛みして、己のミスを叱責した。 そして、さらに九鬼は説明を続ける。

「ああ、名簿には苗字が同じ人間が四組か五組しかいなかったんでな。 一つは俺が知っている人間だから除外。 
この時点でお前の名前の候補は三つか四つにしぼられる。 残った中で当てずっぽうに言ってみたら大当たりというわけだ。 
いやなんというか、一つ目で当たるとは俺も思ってなかったがな。
 もちろん、妹がここに参加してない可能性もあったし、二人の苗字が違うというケースも考えていた」
「参加者の名簿を全て覚えているのか?」
「いや、生憎とそこまで記憶力はない。 だが、やはりお前の名前は覚えやすくてな」
「? ……どういうことだ?」

「名簿上には一人一人の名前が斜線で区切られて書かれていたが、お前の名前だけは一乃谷刀子と一緒に書かれていた。
 一乃谷愁厳・一乃谷刀子、という具合にな。 誤植の可能性もあったが、やはり覚えておくに越したことはないというわけだ。
 まぁ、クリス・ヴェルティンのような明らかに外国人と思われる人物と同じように、一乃谷愁厳・一乃谷刀子で一つの名前ということも考えてはいたがね」
「……なるほどな」
「ドミニオンの戦闘隊とはいえ、副隊長ともなると簡単なデスクワークもこなさねばいけなくてな。
 人妖犯罪者の逃走ルートを割り出すのに、こういった頭を使うことも必要とされる」

そこまでで九鬼は説明を打ち切った。
これは九鬼の考えていたことの一つでしかない。
そこから先にある更なる憶測はいまだ確証が得られてない故、今は言う必要はない。
九鬼はエストックの先端を愁厳に向け、無言で戦闘の再開を申し出る。
愁厳もまたそれ対して無言で答えを返す。

愁厳は本名を見破られてたことに対して、特に取り乱しはしていない。
名前を知られようと知られてなかろうと、敵は殺すことに変わりはない。
ここで九鬼を倒せば、新たな偽名を考える必要もなくなる。
実を言うと、愁厳自身もほんの少し九鬼に感謝していたのだが。

「そうか、ならば……一乃谷流、一乃谷愁厳――参る!」

今このときだけは、偽名を名乗らずに正々堂々と戦う。
開き直りに近い感情が愁厳の胸を埋め尽くしていた。
黒須太一ではなく一乃谷愁厳として、一人の剣士として正々堂々と戦えることが、愁厳の心を幾分か軽くした。

「応、来い!」

名乗られたのだから、九鬼も正々堂々とその挑戦を受ける。
猟犬、ドミニオンの副隊長としてではなく、ただ九鬼流を操る戦士として迎え撃つために。
荒れ狂う暴風と化した愁厳の一撃が九鬼耀鋼を襲う。



     ◇     ◇     ◇     ◇



二人の男の常人の理解を超えた戦いを、開始時から冷めた目で見続けていた女がため息をつく。
戦いを見ていた女――椰子なごみの感想は、バカバカしいの一語に尽きる。
なごみとて、普通の女の平均よりも高い身体能力を持っているという自覚と自負がある。
もしかしたら平均的な男性よりも身体能力は高いかもしれない。 そんななごみでさえも、空いた口がふさがらないほどの壮絶な戦いだった。
戦いの趨勢こそ、眼帯をつけた長身の男の方が押している。 激しく攻め立てるなごみと同年代くらいの男性の攻撃を、九鬼は涼しい顔で捌き、時に反撃する。
それの繰り返しが多い。 しかし、注目すべきは戦いの勝敗の行方ではなく、二人の身体能力の高さにある。
なごみでさえも二人の戦いを目で追うのがやっと。 時には目にも止まらぬほどの速さで二人は斬り合う。
また、二人の外れた攻撃が、易々と地面のアスファルトを抉り取るのをなごみの目はハッキリと捉える。
力もスピードも桁違いだ。 技量にいたっては、まるであらかじめ打ち合わせでもしていたかのように速く、鋭く、力強い。
尤も、鉄乙女橘平蔵という規格外の相手を目にしてきたなごみにとって、それは人生で初めて体験した恐怖と言う程ではない。
問題は、なごみと今戦っている二人の男の間には全く面識がないことだ。 中世の西洋の騎士のように、やぁやぁ我こそはと真正面からこういった連中と戦うのは自殺行為。
鉄乙女や橘平蔵は勤勉実直な人柄であり、基本的に正義感溢れる人間だ。
その馬鹿正直さを利用して、後ろから刺すか撃つかして、葬り去ればいいと考えていた。
しかし、新たな問題がここで発生した。 なごみの見立てでは、線路の向こうで戦っている二人は乙女や館長と互角くらいの強さを持っている。
さすがに、こういう連中も乙女や橘平蔵と同じように後ろから、というのはかなり難しい。
乙女とは同じ生徒会仲間、平蔵とは竜鳴館の生徒と館長という間柄ゆえ、信用も得られやすい。
しかし、赤の他人の信用を得るのは相当難しい。 なごみも自身もあまり他人を寄せ付けない性格なので、その難しさはよく知っている。
ここは運良く禁止エリアのルールに抵触して、二人の首輪が爆発する事を望むとする。

「……そろそろ放送か」

地図で言うところのF-6エリアが、禁止エリアとして機能するまであと数分。
できれば、このまま二人の首輪がボカンといってほしいところだ。
そうでなくとも、禁止エリアから慌てて抜け出そうと躍起になっているところを待ち伏せすれば、虚をつけるかもしれない。
もちろん、ベストは禁止エリアに指定される前に二人が相打ちになること。
そして、死体の首輪が禁止エリア首輪のルールでどうやって爆発するのかを余さず見せてくれること。
そうなってほしいと思う。 レオが死んでできたなごみの心の空っぽの部分に、寒い風が吹き込む。
今までなごみの心のレオが占めていた部分に、ポッカリと穴ができた。

椰子なごみという人物は極端に心理的な『領域』が狭い。
例えば、平均的な人の心理的『領域』が、その人を中心とした半径5メートルの円を描いているとする。
その人の心理的『領域』の中に入っていいのは、その人が認めた人、大切だと思った人のみ。
例えば家族。 例えば恋人。 例えば友人。 半径5メートルもあれば、ギュウギュウに詰めてもそれなりの人数が入る。
仮にここで半径5メートルに入る人数の限界を50人としよう。
対して、椰子なごみの心理的『領域』は半径50㎝程度しかない。 直径に換算して、ようやく1メートルだ。
入るのは精々5人程度だろう。 普通の人に比べて極端に狭すぎる。
しかし、なごみは心理的『領域』が狭い代わりにその世界内にあるもの、つまりなごみが認めた数少ない人間には無償の愛を惜しみなく与える。
例えば今は亡きなごみの父、今も存命中の母、そして恐れずになごみの領域に入ってきたレオという具合に。
また、だからこそその狭い『領域』を侵すものには最大級の敵意で迎える。
なごみがよく口にする『居場所』という言葉からもそれが伺える。

「私の居場所を……対馬先輩を奪われたこの苦しみを……」

だから、奪うことを選択する。
この島の誰かがレオの命を奪ったというのなら、全員を殺せばいずれレオの仇にめぐり合う。
レオの死で心の中にできた空洞。 それを埋めるためには焼けるような復讐心に身を任せるしかなかった。
それは自暴自棄とも言えるかも知れない。 彼女が冷静であったなら、もう少し賢い方法も選べたかもしれない。
だが、それでもなごみは止まらない。 今の彼女が必要としているのは誰かの優しさではなく、黒く染められた憎悪。



     ◇     ◇     ◇     ◇




120:増えては困る猫ばかり拾ってた 投下順 121:戦う理由は人それぞれ、戦う方法も人それぞれ (後編)
120:増えては困る猫ばかり拾ってた 時系列順
103:それは渦巻く混沌のように 九鬼耀鋼
103:それは渦巻く混沌のように 一乃谷愁厳・一乃谷刀子
103:それは渦巻く混沌のように 椰子なごみ

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