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巡る季節にひとりきり(後編)

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巡る季節にひとりきり(後編)◆wYjszMXgAo



◇ ◇ ◇


「――――私でいいなら、聞くよ」

「……え?」

気付けば既に怪我の処置は終わっていて、輸血パックも大分中身が少なくなっていた。
……やれやれ、だ。
どれだけあんな妄想に浸ってたんだか。
自分に苦笑し、そして心配そうな声のトルタのほうを向き直して聞いた。

「どうして分かったんだ? トルタ」

……すぐに呆れ顔で返される。

「どうしてって……大体終わったのに考え込んで動かないんだもの。
 私でも何か深刻なことを考えてるって分かるよ」

……まるで長年の付き合いのように、それが当然だとでも言わんばかりに。
どうしてなんだろうな、俺がこいつにこんなに気を許してるのは。
単に色々と似ているから? ……それもあるだろう。
……だけど。

「そう……か。だよな、ありがとう。
 ……そしてすまん。まだ、人に言えるような段階じゃない。
 ある程度状況が整う前に言っても混乱させるだけだろうな」

……いや、置いておこう。
ついつい口に出してしまいそうなのを抑えてとりあえず妄想を脳から追い出す。
流石に信じてもらえないだろう、今の段階では。
首輪や監視のことを伝えるにしても、如月がいる場での方がいい。

「あ、うん……。……余計なお世話だったかな」

ストップ、そんな顔しないでくれ、トルタ。
お前が別に何かした訳じゃないんだから。

「いや、そうじゃない。……俺自身にも信じる要素が足りなさ過ぎる与太話だってだけさ。
 自分で信頼できないような妄言、尚更お前に押し付けてバイアスをかけたくはないんだよ。
 ……少しでも裏づけが取れたら一番にお前に聞いてほしい。その時は、頼む」

目と目を合わせて伝えてみれば、数呼吸の後に、

「……分かった」

こくりと彼女は頷いてみせる。
それきり彼女は目線を下げたままで、何も喋らない。
俺もどうしたらいいのか、どういう話をしたらいいのか何も思いつかないままだ。

「…………」

「…………」

――――沈黙が辺りを支配する。
部屋の中でこつこつ、こつこつと時計が刻む音以外に聞こえるのは俺達の呼吸のそれくらいだ。

……気まずいというわけじゃないんだが、何を話せばいいのかも分からない。
かといって心地いい沈黙でもない。

――――おいおい、どうしたよ俺。
何でこんな時に限って普段みたいにぽんぽん言葉が出てこないんだ?
いつもの面子だったら特に話題がなくても適当に作り出せるってのに。

……あれ? そうだよ、あらためて考えてみればトルタはあいつらじゃないんだよな。
普通にそこにいるのが当たり前みたいに感じてたが――――、そもそも今の状況ってかなりにかなりな事なんじゃないか?

OK、周りを見渡せ、棗恭介
ここは屋内で、俺とトルタは二人きり。
如月は外を偵察中でしばらく戻ってこない。
で、ベッドに寝たままのトルタと、その側に座り込んでいる俺。
……客観的に見れば、相当……な気がしないでもない。

まずい。
何がまずいって、意識したら急に沈黙に耐えられなくなってきたのがだ。
どうする? 何を話せばいい?
そんな必要はないのに心のどこかが妙な焦燥感を煽っている。
……なあ俺。俺ってこんなに語彙少なかったか?
何を口に出せばいいのかすら分からない。
……くそ、バスターズにずっと掛かりっきりだったからか、こういう時の経験値が絶対的に足りてないんだな、俺。
まだまだ未知の世界はあったということか……!

いやいや待て待て待て待て。
ここは殺し合いの場だ、ボケるのもいい加減にするべきだろ。
そもそもトルタ自身事を意識していないというか、俺だけが妙に高揚しているだけなんじゃないのか?
互いの信頼について疑いはないが、トルタが俺をどう思っているかなんてそれこそ分かるはずもない。

……それ以前に、俺自身はトルタをどう思ってるんだ?
まだ出会って一日も立っていないのにもかかわらず、似た境遇に共感し、背中を預けて激戦を潜り抜けてきたこいつの事を。


……俺は、何故。

何故、トルタを見捨てられなかったんだろう。
理樹でもない、鈴でもない。真人でも謙吾でも、新生バスターズのあいつらでもない。

縁もゆかりもない、ここで出会っただけの彼女を、何故。


「……ごめんね、恭介」

――――我に返る。
気付けば、トルタが俯いたまま、搾り出すように言葉を呟いている。
……隠しようもない苦悩と後悔の色を滲ませながら。

「……は? どうしたいきなり」
「私、恭介にずっと迷惑をかけ続けてる。
 方針の事もそう、戦いのときもそう。
 ……挙句の果てに怪我までしちゃって、文字通り足手纏いだよね」

……そんな事はないさ。
お前はしっかりやっている、偶々機会に恵まれなかっただけだ。
……だから、そんな顔をするな。
自然とそんな言葉が浮かび上がってくるのに疑問を覚えるも、その意思を否定せずに口に出す。

「おいおい、気にするなって。さっきも言った通り――――、」


「側にいるだけなんて、耐えられないのっ!! なのに! 私役に立ってない、恭介の役に立ててないの……」


……彼女の嘆きが響き渡った。

ずっと、ずっと。
溜り続けた澱の重さでダムが決壊するように。
彼女の思いの丈は俺に強く打ち付けられる。

――――そう、役立たずなら、見捨てたって当然のはずなんだ。
最初からそう言っておいた以上、俺は理樹達を救うことに専念すべきなのに。

……俺は今も、彼女の涙に自分を罵りたくなるほどの後悔を感じている。
何で彼女にそんな思いをさせたんだ、と。

「ごめん、ごめんね、恭介……。私、また勝手なこと言って迷惑かけてる……。
 その怪我だって、私がさせたような物なのに……」

泣きじゃくる彼女。
その涙を止めるために、俺は、彼女に何ができるのだろうか。

自分の無力さに打ちのめされ、それでも誰かの為に何かをしたいと願う彼女に、いつかの俺が重なって見えて――――、


――――ああ、そうか。


「はは、何言ってやがるんだよトルタ。……俺はむしろ嬉しかったくらいだぜ?」

「……え?」

……無力なんかじゃない。
できる事は、どんな時だってきっとある。だからこそ、俺達ははあの世界を創り出すことが出来たんだから。
あの二人に強くなってほしいという、その願いを叶えられる世界を。

「……あの時、お前は俺を撃てなかった。それは確かに結果的に俺の怪我に繋がった。
 だけど――――、」

……答えは、最初に会った時に言ってたんだよな。
俺とお前は――――、

「……こんなくだらない殺し合いの中で、俺は、俺を殺すのを躊躇ってくれる仲間を見つけられた。
 そして、そいつと協力してあんな強い化物だって倒せたんだぜ?
 お前は無力じゃない。俺の仲間で、俺が背中を任せられて、俺と肩を並べて歩いてるんだ」

どうしようもなく、似ているんだ。
自分にそっくりで、自分と同じ様な思いで苦しんでいるなら、助けない訳にはいかないだろ?
そいつは俺自身も同然なんだから。

「恭、介……」

「俺は仲間の為なら何でもできるし、立ち上がれる。
 ……それは理樹たちだって同じだし、お前だってそうなんだよ、トルタ。
 お前が俺の仲間って言うだけで俺に力を与えてくれてるんだ」

……ああ、そうだトルタ。
報われない想いなんてない。俺はそんなのを認めない。
たとえ今は顧みられなくても、きっといつかは力になるんだと、あるいはかつては力になれていたんだと信じてる。
意味がないはずなんてないんだ。
俺たち自身が報われなくても、俺たちの想いはきっと報われる。

――――だろ?

「……そもそもあの勝利はお前がいてこそのものだし、俺に手の届かないことをお前はしっかりやってくれている。
 お前は凄い歌が上手いし、いざという時の演技力も信頼してる。お前に頼らなきゃいけない局面だって必ずあるんだ。
 だから、……自分を卑下するなよ。
 ……それは少なくとも、お前を買ってる俺まで侮辱してることにならないか?」

口の端っこを歪めて言う。言い切ってやる。
さっきから絶句したままのトルタは、目を赤くしながらもようやく少しだけ笑って頷いてくれた。

「……馬鹿だよ、恭介」

「そうだな……。そうでなきゃ、とっくにお前を見捨ててる」

そう、俺は馬鹿だ。
……それでいい。
たった二つの理由だけで、お前を見捨てる気を完全に無くしちまったんだから。

俺がお前を見捨てない理由は2つ。
第一の理由は、俺がお前にしてやれることがまだまだあるからだ。
……お前が救われるなら、それは俺自身を救うということと同義なんだよ、トルタ。
お前は頑張った分だけ幸せにならなくちゃいけない、――――そう思うのは、俺には見果てぬ夢だからかもしれない。
俺は死んでいるも同然の存在なんだから。
……俺は生きている間に見られなかった、俺自身が救われる姿をお前に託そうとしているのかもしれない。

「……あ、今のはちょっと酷くない?」

「はは、少しは元気出てきたか?」

互いに笑い合う。
……怪我の痛みにも大分余裕が出てきたみたいだ。
一安心、ってとこだな。まだ歩くことは出来ないだろうが、もう何時間かしたら少しは動けるかもしれない。

「……ねえ、恭介」

「ん? 何だ、トルタ」

そして、第二の理由、お前が俺にしてくれていること。
パートナーとして俺の側にいてくれることが、どれだけ俺にとって有り難かったか、嬉しかったか。
……それに気付いちまったんだよな、俺は。


俺は、きっと――――、


「もし、私が――――、」




唐突にガチャリとドアの開く音がした。


「恭介、トルタ、とりあえず問題はないみたいだぞ。埋葬も偵察も全部終わった。
 治療も終わってるだろうし、道中にも問題ないみたいだし。
 そろそろ移動を……、」


「「あ、」」


……如月?
何故にこのタイミングで!?
い、いや、存在を忘れていたって訳じゃないぞ、うん。


「……え? 俺、何かした?」

俺とトルタの間の空気が、文字通り凍ったかのように思える。
俺たちは互いに妙な愛想笑いを浮かべ、

「は、ははははははは……」
「あは、あはははは……」

……ただ、乾いた声で部屋を満たすことしか出来なかった。

……いや、妙な雰囲気だったし、ある意味助かったのかもしれない。
助かったのかもしれないが……、

「……きょ、恭介。もし私が手伝えることがあったら何でも言ってね?」


……何か、とても残念な気がするのは何故だろう。


◇ ◇ ◇


……しかし、彼と彼女を最初に遭遇するように配置したのはいい仕事だな。
核を失った空っぽの人間。
そこに新たなる核となり得る存在を放り込めば、自然、思考はその存在一色に染め上げられる。
それこそ、依存しきるようになってもおかしくないくらいにだ。

くく……、しかし、そこに確かにある欺瞞から目を背け続けるのにいつまで耐えられるかね?
少女よ、その時君はどのような決断をする?
内包する矛盾に気づいた時、果たしてどの様な意図を以って動き始める?

……ふむ。
そのうち、それとなく切開を施すのも面白いかもしれんな。
何にせよ君たちの行く末、ゆっくりこの場から眺めさせてもらうとしよう。

……ああ、やはり私には参加者より監督役の座がしっくり来る。
戦場の中でしか得られぬ、臨場感溢れる愉悦も捨て難かったが……な。
さて、此度の催しにおいて、如何程の愉悦が待ち受けているのか――――、実に楽しみだよ。


◇ ◇ ◇


……一体どうしちゃったんだろう。

ゆっくりと馬の背に揺られながら、進行方向を哨戒してくれている如月の遠くに見えるツンツン頭をぼんやり眺めながら。
私は色々なことを、それでいて結局一つに行き着く事を考え続けている。

考えているのはただ一人の事。
……今までの私なら、その『一人』に当てはまるのはクリスしかいなかった。
そこに今は別の人が入り込んでいる。

……棗恭介。

彼は今、足に力の入らない私がこの子……スターブライトから落っこちないように、私の体を包むように後から支えてくれている。
……明らかにおかしい。
何がおかしいって、それに違和感や嫌悪感を感じない自分自身だ。

……それが、気持ち悪い。

大怪我をしたのに痛みを感じなかったとしたら、それはどう考えても異常だ。
……私の今感じているものもそれに近い。

私の脚の手当ての時だって、私はごく自然に彼に任せてしまった。
……下着とか色々見えてしまうのに。
う……、思い出すだけで顔が赤くなるのを感じてしまう。

「ん? どうした、トルタ。やっぱりまだ体調がおかしいのか?」

「え、あ、違うから、うん。何でもないから心配しないの。
 ……恭介だって大分無理してるんだしね」

……あれだけの激戦を抜けて満身創痍にもかかわらず、彼は以前の言葉通りに『自分の打てる手は全て打つ』事を実践し続けている。
いつの間にか首輪や監視についても考えを推し進めていたのだ。
しかも、監視対策にと私や如月の首だけをさりげなく恭介の方に向かせた上で、筆談で彼の考察を全部伝えてのけた。

……凄い、と素直に思う。
少なくとも彼は、とても優秀で魅力的な人間というのは確かだ。

……だけど、それでもやっぱりおかしい。
何で私は恭介の一挙手一投足に一喜一憂して、何でもっと彼の事を知りたいと思ってしまうのか。
そこにはクリスがいるべきなのに。
恭介が居座ることに拒否感を示していながら、尚且つ嫌悪感は一切湧かないのだ。

――――私は、私が分からなくなってきてる。

自分一人で俯いて考えている間は、恭介の事は考えたくもないとすら思ってしまう。
私個人の彼への感情とは別の、生理的なレベルでの反応で、だ。
なのに、彼と話していたり、彼の事を見ていると喜びの感情が湧いてくる。
恭介と一緒にいるときだけはその感覚を忘れる。忘れられる。

その構造があまりにも歪で、みしみしと、めきめきと。
心の奥底に押し込めた何かが、矛盾を無視し続ける私を背後から圧迫し続ける。

好きよ、嫌いよ。……いいえ、×してる。

……×に入る文字は何なのかな。

さっき、一体私は何を言おうとしたんだろう。
……そう、あの時私は何かを言おうとしたんだ。
その何かが分かれば、きっと私はこのずっと続く気持ち悪さから開放されるんだろう。
そういう予感がするのは確かなのに……。

……だけど、理解してしまえば別の何かが終わってしまいそうな気がする。
だから考えない。考えたくない。

その何かを認めてしまったなら、きっとトルティニタ・フィーネを構成している大切なものを否定することになってしまう。
三年、ううん、何年も何年も仕舞い込んできた宝物が、壊れてしまう。
それはきっと間違いのない事実。

……クリス。
会いたい。だけど会いたくない。
……どうして?

会いたい理由は分かる。
……たとえ届かないと分かっていても、彼はやはり私にとってかけがえのない存在だから。
この身は彼のために尽くしてきて、それはこれからも変わらない……、そう信じている自分がいるから。

じゃあ、会いたくない理由は?
何で? どうして?
……幼馴染でいいって、納得した。覚悟はしたのに。
そんな覚悟の向く先、どうしようもない現実とは別のところで、私の感情は彼に会うことを望んでいない。


ねえクリス。……あなたの顔が、姿が遠いの。
私はどうなっちゃったんだろう。
どうすればいいのかな。


……それともあなたなら分かるの?
恭介……。



――――そんな気持ち悪さから逃げ出したくて。
私は恭介に体を寄りかからせ、彼を感じようとする。
一人に沈んでいく思考を無理矢理断ち切って。
何の解決にもなっていないと分かっていても、今の私にはそれしかできないから。

じくじくと、じくじくと。
心が軋んでいるのに気付いていない振りをしたまま。

……私は嘘をつき続ける。
騙すのは今度は誰でもない自分自身。

……だから、恭介に嘘はつかない。
これまでの思考を振り払いながら、私は思うままのことを言ってみる事にする。
これは私の素直な気持ち。どうしても伝えたい本心だ。


「――――恭介。あなたこそ無理はしないで」


背中に当たる恭介の体がこわばるのが感じられた。
……やっぱり。
何でこんなに不器用なんだろう、この人は。

何もかもを押し込めて、たった一つの目的の為にどこまでも進み続けている。
自分の体も心も悲鳴を挙げているのに、決してそれを見せないようにしながら。

……私も人の事は言えないけど。
苦笑してしまったけど、だからこそ私も何となく分かってしまうのだ。
そして、私は覚えている。
あの侍を倒した後、恭介が空を見つめて何かを呟いたのを。

……仇は取ったぞ、って。

漏れてきたのはたったそれだけの言葉で、……だからこそ、どれだけの想いを押し込めているのかが伝わってくる。
彼の強い強い覚悟すら僅かに上回るほどの、その想い。
彼はその綻びをすぐに塞いでしまったけど、今も溜まったままのそれはきっとますます彼の心を圧迫し、すり減らしていく。
ただでさえずっと無理をしてきただろう彼の心を、だ。

……だから、せめてそれ位は吐き出して欲しかった。
彼の感情の受け皿にはなれないかもしれない。全てを受け止めきれるはずはない。
……だけど、それでもそういう選択肢を彼に見せてあげる事はできる。
少なくとも私はここに、彼の側にいるんだから。
自分一人で抱え込む必要はないということを知って欲しい。

「……泣きたいなら、泣いていいんじゃないかな。辛いなら辛いって言えばいいし。
 大切な人たちの前ではそんな姿を見せられないのなら、私の前で溜めていたものを吐き出して構わないよ」

……そう、彼はきっと皆のリーダーだ。
だからこそ、弱い所は見せられない。見せられる相手はいない。
だけど……、

「……だって私には、恭介は、凄い頑張ってるように見えるよ。
 私にできる事はあまりないけど、それでも肩肘張らずに話ができる相手にはなれると思うから……」

……せめて私だけでも彼の弱さを認めてあげたい。認めてあげられるはずだ。
弱くたっていいんだって、伝わっただろうか。
私にとっての恭介はリーダーじゃなくて、パートナーなんだから。


「……トルタ」

――――耳に届く恭介の声はいつも通り。
……だけど、背中に当たる震えは収まらない。


「……どうせなら、楽しい話を聞いてくれるか? 多分、アイツもその方が喜ぶと思うんだ」

ぽたり、と頬に当たる一滴。
だけど、それは気のせいか、もしくは天気雨だ。

……クリスとは正反対に、彼は雨に濡れ続ける事を選ばない。

Boys don't cry.

……恭介は、泣かない。
後ろを向いてみても、寂しそうに唇を噛み締めて。
それでもどうにか小さな笑いを浮かべ続けている。

「……それと懺悔も、少しだけ。……少しだけ、な……」

必死に何かを堪えながら、それでも笑ったまま。
目尻に水滴を浮かべたまま、彼の口は思い出を紡ぎだす。


……それは、他愛もない一人の少年の物語だ。

優れた才能を持ち、だからこそ父に狭い世界に閉じ込められていた少年を、
馬鹿なヒーロー気取りの坊やとその妹、少年の未来のライバルが助け出す所から始まる、楽しい毎日の物語。

家族を失った少年を仲間に引き入れたり、蜂の巣を退治したり。
無茶な毎日はずっとずっと続いていく。
それこそ日常がミッションで、飽きる暇なんて決してない。
飽きる前に馬鹿な坊やが新しい遊びをどんどん考えていくからだ。
時が経ち、新たな仲間たちが加わって、ますます波乱は加速する――――。

……聞いているだけで楽しそうなその光景が浮かんでくる。
剣の道を志すその人の事を話す恭介はやがて本当に嬉しそうに、そして悲しそうに話を締めくくる。
……妹と弟分の為とはいえ彼の大切な人を冒涜してしまい、謝る事もできなかったという結末を。

「……謙吾は最期に、満足に逝けたんだろうか」


――――何で、自分の事を投げ打ってまで恭介が仲間の為に戦うのか、少し分かったような気がする。
彼は仲間が心の底から大好きで、だからこそ自分が嫌われたり、傷ついたりすることなんて躊躇していないのだ。
……本当に私たちは似ているね、恭介。

……それだけに今の話で違和感のあったところがちょっと気になった。
何で彼は、同じ仲間である謙吾って人の事を傷つけてまで、理樹と鈴に尽くそうとするのだろう。
恭介なら彼自身も思い悩むことは分かった上でもやるべきことはやるのは分かっている。
だけど、仲間を傷つけてまで何かを成し遂げようとする事それ自体が、あまりに彼の性質と食い違っている。

……つまり、まだまだ彼には話していないことがある。
打ち明けていない秘密が、彼の内側に溜まっているままだ。
そしてそれが――――、彼の異常なほどの献身と、自身の顧みなさに繋がっているように思えてならない。


……いずれにせよ、私の言葉が伝わらなかったわけじゃない。
恭介はまだやせ我慢をしながらも、それでも自分の心を少しだけ打ち明けてくれた。
それでも大部分を、悲しみを抱え込んだままなのは、きっと彼の言葉が本当だからだ。

……本心から楽しい話をした方が謙吾という人が喜ぶと思っているから、それを口にする。
あまりに仲間想いで、結局、自分が楽になるよりもそっちを選んでしまう人だというだけだ。


彼はどうするんだろう。
この殺し合いの中で更なる悲劇が彼に降りかかったとしたら、彼の心はどれだけ軋まされるのだろう。

……私は多分、今も自分を都合よく騙し続けている。
どの想いやどの感情、どの考えが本当か嘘かすら、自分自身では分からなくなっている。
だけど。

……恭介に辛い思いをして欲しくない。
そして、彼の話をもっと聞いてみたい。彼の事をもっと知りたい。

それだけは真実で、私の中に確かにある。

ただ今は、彼の力になりたかった。
だから、私は彼の腕をぎゅっと抱きしめる。
私がいるって、一人で頑張る必要はないって知ってもらいたくて。

私は謙吾ではないから彼の最期の感情は分からない。恭介の疑問には答えられない。
だけど、恭介の抱える罪悪感も悲しみも、喜びも。
……確かに私は受け止めたって、伝えたかったから。

ありがとう、トルタ。

そんな囁きが耳元に届いて振り返れば、そこにあるのはいつもの飄々とした表情だ。
……それでも震え続ける彼の腕。その先にある暖かな掌を私は握り締める。

振り解かれることもなく、そのままずっと。
手と手を繋ぎ合わせたまま、私たちは道を進み続けていた。


133:巡る季節にひとりきり(前編) 投下順 133:満ちる季節の足音を(前編)
時系列順
棗恭介
トルティニタ・フィーネ
113:Second Battle/少年少女たちの流儀(後編) 如月双七

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