世界の終わり、あるいは始まり ◆tu4bghlMIw
「はっ、はっ、はっ…………!」
逃げる者と追う者がいる。
可憐な唇から細かく息を吐き出し、市街地を駆ける影。
蜂蜜のように煌びやかでフワフワの髪の毛が乱れるのも気にせず、少女は時々後ろを振り返りながら走り続ける。
速度を下げる事など出来る筈がない。
鉄の魔手は彼女の背後にピタリ、と張り付き冷酷な眼差しを送っているのだ。
蜂蜜のように煌びやかでフワフワの髪の毛が乱れるのも気にせず、少女は時々後ろを振り返りながら走り続ける。
速度を下げる事など出来る筈がない。
鉄の魔手は彼女の背後にピタリ、と張り付き冷酷な眼差しを送っているのだ。
漆黒の闇。それでも煌々と光る伝統と黄金の月が世界を照らす。視界は十分だった。
少女のうなじにじわり、と汗が滲む。
水色のブレザータイプの制服が少女の身体に張り付き、その未成熟な肢体のラインを浮き上がらせる。
息は荒く、その身体に蓄積された疲労は病魔のように彼女の四肢を蝕む。
少女のうなじにじわり、と汗が滲む。
水色のブレザータイプの制服が少女の身体に張り付き、その未成熟な肢体のラインを浮き上がらせる。
息は荒く、その身体に蓄積された疲労は病魔のように彼女の四肢を蝕む。
「逃がさない……ッ!」
猟人、椰子なごみの心中は穏やかにして、明快だった。
彼女は前方を逃げる少女の後ろ数十メートル程の距離を保ち確かな足並みで追跡を続ける。
腰ほどまで伸びた躍動感のある黒のロングストレート。艶やかな濡れ羽根色が躍りながら、闇を疾走する。
学校指定の革靴が奏でるコツコツ、という音は溶け出しそうな闇の中へと混ざっていく。
腰ほどまで伸びた躍動感のある黒のロングストレート。艶やかな濡れ羽根色が躍りながら、闇を疾走する。
学校指定の革靴が奏でるコツコツ、という音は溶け出しそうな闇の中へと混ざっていく。
椰子なごみは推察する。
少なくとも逃げる少女には戦う意志はない、と。
強力な武器を持っているかもしれないが、疲れの溜まった身体では銃器などは満足に扱えないだろう。
これは戦いなどではない。狩り、一方的な狩猟に過ぎない。
逃げるのが獣ではなく、人間に代わっただけの単純な構図。絶対的な力と、そして覚悟の差。
少なくとも逃げる少女には戦う意志はない、と。
強力な武器を持っているかもしれないが、疲れの溜まった身体では銃器などは満足に扱えないだろう。
これは戦いなどではない。狩り、一方的な狩猟に過ぎない。
逃げるのが獣ではなく、人間に代わっただけの単純な構図。絶対的な力と、そして覚悟の差。
退路を行く者の名は山辺美希。群青学院放送部所属。一年。
ウェーブの掛かった金色の髪のあどけない笑顔が似合う『何の変哲もない』少女。
彼女の名前も情報も、椰子なごみは一切知り得ていない。まっさらな白紙のままだ。
故に彼女が山辺美希を判断する基準は、己の主観と先程の些細なやり取りだけに限定される。
ウェーブの掛かった金色の髪のあどけない笑顔が似合う『何の変哲もない』少女。
彼女の名前も情報も、椰子なごみは一切知り得ていない。まっさらな白紙のままだ。
故に彼女が山辺美希を判断する基準は、己の主観と先程の些細なやり取りだけに限定される。
椰子なごみは己を子羊を追い立てる「獅子」に例えていた。
彼女を愛し彼女が愛した相手、対馬レオの見立てとして。
彼女を愛し彼女が愛した相手、対馬レオの見立てとして。
椰子なごみにとって、対馬レオは全てを投げ打つに値する男だった。
彼は彼女にとっての明確なライン。一線を越えた相手だったのだから。
自身と他人を隔てる強固なボーダーラインの内に入り込んだ奇特な人間。大切な、人。
彼は彼女にとっての明確なライン。一線を越えた相手だったのだから。
自身と他人を隔てる強固なボーダーラインの内に入り込んだ奇特な人間。大切な、人。
猟人の、獅子の牙が少女に迫る。
† † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † †
「あ……!」
「追いかけっこ」が始まり数十分。
疲れで足に力が入らないのか。それとも焦ったのだろうか。前を走っていた美希が足を取られ転倒する。
彼女が転んだのは足元に何も無いコンクリートの道路の上。
派手な動作で前のめりに思いっきり倒れ込んだ。
疲れで足に力が入らないのか。それとも焦ったのだろうか。前を走っていた美希が足を取られ転倒する。
彼女が転んだのは足元に何も無いコンクリートの道路の上。
派手な動作で前のめりに思いっきり倒れ込んだ。
「っ――!」
「はぁっ……ったく、逃げ足の……ッ……早い」
「はぁっ……ったく、逃げ足の……ッ……早い」
そして、後方から追いかけていたなごみが額の汗を拭いながら不敵な笑みを漏らした。
彼女の右手には六連発式のコルトパイソン。.357口径の年代モノのリボルバーだ。
しかし、専用のマグナム弾の破壊力は驚異的である。
まさに絵に描いたような「銃」のフォルムを示す黒光りする鉄に若干の青み。グリップ部分の木材を思わせる外装。
非常に洗練されたデザインが特徴。まさにコルト社の作り出した「コブラ」に続く二匹目の蛇の異名が相応しい。
彼女の右手には六連発式のコルトパイソン。.357口径の年代モノのリボルバーだ。
しかし、専用のマグナム弾の破壊力は驚異的である。
まさに絵に描いたような「銃」のフォルムを示す黒光りする鉄に若干の青み。グリップ部分の木材を思わせる外装。
非常に洗練されたデザインが特徴。まさにコルト社の作り出した「コブラ」に続く二匹目の蛇の異名が相応しい。
「わ、わわっ」
美希は背後七、八メートルの地点になごみが迫っている事を振り返って確認。
銃を構え狩人の冷徹な表情で近付いてくるなごみの顔を見るなり、慌てて起き上がる。
銃を構え狩人の冷徹な表情で近付いてくるなごみの顔を見るなり、慌てて起き上がる。
……なんなんでしょうね、コレ。
一人じゃ何も出来ないくせに、どうしてこんな娘が生き残って……?
一人じゃ何も出来ないくせに、どうしてこんな娘が生き残って……?
無様な仕草で、今にも再度倒れてしまいそうな覚束ない足取りで、自分から逃げようとする美希になごみは眉を顰めた。
倒れた際に擦りむいたのだろう。少女のつるりとした卵のような膝小僧の皮膚が裂け、赤く染まっているのが目に入った。
少なくともそれ以外の部分に、一切外傷は見られない。
水色のブレザータイプの夏用制服にも血液の滲みは皆無。
これはつまり彼女が今まで誰からも襲われていない、もしくは襲われても平穏無事に逃げ果せて来た事の証明であった。
倒れた際に擦りむいたのだろう。少女のつるりとした卵のような膝小僧の皮膚が裂け、赤く染まっているのが目に入った。
少なくともそれ以外の部分に、一切外傷は見られない。
水色のブレザータイプの夏用制服にも血液の滲みは皆無。
これはつまり彼女が今まで誰からも襲われていない、もしくは襲われても平穏無事に逃げ果せて来た事の証明であった。
……ああ、そういう事か。
なごみの心は至って冷静だった。
銃を美希へと向け、着実な歩みで一歩一歩ヨタ付きながら逃げる彼女へと接近。
走る必要性すらない。彼女は完全に獲物を前にしたハンターとしての態度を崩さない。
そして、その裏側には美希に対するなごみなりの「怒り」の感情があった。
銃を美希へと向け、着実な歩みで一歩一歩ヨタ付きながら逃げる彼女へと接近。
走る必要性すらない。彼女は完全に獲物を前にしたハンターとしての態度を崩さない。
そして、その裏側には美希に対するなごみなりの「怒り」の感情があった。
何もかも、一瞬で理解した。
「どうしてこんな奴が生きているのか?」という命題がある。
その問い掛けになごみは自信を持って答える――コイツは誰かに庇われながら、ここまで来たのだ、と。
公園で彼女はやはり髪を逆立てた男に守られていた。
躊躇もなく、仲間を置き去りにして一人だけ逃げ出す少女の姿がなごみの脳裏に再度、浮かぶ。
公園で彼女はやはり髪を逆立てた男に守られていた。
躊躇もなく、仲間を置き去りにして一人だけ逃げ出す少女の姿がなごみの脳裏に再度、浮かぶ。
「きゃぁああああああっ!」
なごみはダブルアクション式のコルトパイソンの引き金を遠慮なく引いた。
目障りなゴミを這い蹲らせるために足を狙った筈なのだが、なごみの腕前では正確な射撃はやはり難しい。
加えて彼女は視力があまり良くない。コンタクトレンズも眼鏡も所持しておらず、夜目が利く訳でもないのだ。
目障りなゴミを這い蹲らせるために足を狙った筈なのだが、なごみの腕前では正確な射撃はやはり難しい。
加えて彼女は視力があまり良くない。コンタクトレンズも眼鏡も所持しておらず、夜目が利く訳でもないのだ。
とはいえ反れた鉛弾は幸いにも美希の右の肩口を掠り、美希は堪らず薄桃色の唇から悲鳴を漏らした。
距離は約六メートル。ターゲットもこちらも動きながらの射撃。上等な結果だ。
距離は約六メートル。ターゲットもこちらも動きながらの射撃。上等な結果だ。
「う……っ……あ……」
痛みに美希が膝を付き、丁度すぐ傍にあった電柱に手を付き縋り付く仕草を見せた。
制服が破け、肩口から肌と共に赤い傷口が露出する。
制服が破け、肩口から肌と共に赤い傷口が露出する。
大袈裟な反応だ、なごみは嘆息を漏らし美希を見下ろした。
追いかけっこは……いや「狩り」はここで終わりだ。
これから始まるのはもっと禍々しい行為なのだ。
追いかけっこは……いや「狩り」はここで終わりだ。
これから始まるのはもっと禍々しい行為なのだ。
「う、く……血……が」
美希はぺたん、と地面に完全に座り込んでしまった。撃たれた右肩を庇い、息を荒げる。
……弾は、少し掠っただけなのだけど。
初めて経験したであろう「非日常の痛み」とはいえ軟弱な相手だ、そうなごみは思った。
命を狙う人間が迫っているのに。
それなのに、ちょっと銃弾が皮膚を擦っただけで逃げるのを止めてしまうなんて。
初めて経験したであろう「非日常の痛み」とはいえ軟弱な相手だ、そうなごみは思った。
命を狙う人間が迫っているのに。
それなのに、ちょっと銃弾が皮膚を擦っただけで逃げるのを止めてしまうなんて。
彼女は――『自分の命が大切ではないのだろうか?』
「ホント、ひ弱な人ですね。アンタみたいな人を見ているとこっちまでイライラして来ます」
なごみはついに三メートル程の距離まで接近した美希に銃口を向けた。
コルトパイソンの残弾はシリンダーに残り三発。この間合いだ、余程の事が無ければ問題は無いだろう。
美希は俯いたまま、こちらを見ようともしない。
だがぶるぶると震える彼女の両肩を見れば、特別な言葉は必要なかった。
コルトパイソンの残弾はシリンダーに残り三発。この間合いだ、余程の事が無ければ問題は無いだろう。
美希は俯いたまま、こちらを見ようともしない。
だがぶるぶると震える彼女の両肩を見れば、特別な言葉は必要なかった。
「こっちの質問に答えて貰います。泣いたって無駄ですよ、同じ女ですからね。泣き落としなんて効きません」
「わ、分かりました……」
「いい子ですね。『賢い人間』は長生き出来ますよ。まず、お名前を聞かせて貰えますかね?」
「あ、山辺……美希。群青学院放送部の……一年生です」
「わ、分かりました……」
「いい子ですね。『賢い人間』は長生き出来ますよ。まず、お名前を聞かせて貰えますかね?」
「あ、山辺……美希。群青学院放送部の……一年生です」
恐々と美希がゆっくりと顔を上げた。金色のウェーブが掛かった髪が揺れる。
ピリピリと張り詰めた空気が二人の少女包み込む。
世界を照らすのは暗黒の宇宙のような闇とチカチカと点灯を繰り返す電灯、そして星と月。
観客は、いない。
ピリピリと張り詰めた空気が二人の少女包み込む。
世界を照らすのは暗黒の宇宙のような闇とチカチカと点灯を繰り返す電灯、そして星と月。
観客は、いない。
「あ、えと、あの……。その、ですね」
「……椰子。椰子なごみです。何ですか、山辺さん?」
「その……あな、たは……椰子さんは……美希を、殺すおつもりなのですか……?」
「……椰子。椰子なごみです。何ですか、山辺さん?」
「その……あな、たは……椰子さんは……美希を、殺すおつもりなのですか……?」
なごみは目の前の少女の潤んだ瞳を見て、若干の罪悪感に襲われたもののグッとその感情を飲み込んだ。
情報を聞き出し、そして殺すのだ。既に自分は岡崎朋也を殺害している。
そう、もはや人殺しの身である。心も、そして意志も、後戻りを拒絶しているのだから。
情報を聞き出し、そして殺すのだ。既に自分は岡崎朋也を殺害している。
そう、もはや人殺しの身である。心も、そして意志も、後戻りを拒絶しているのだから。
「それは場合によりけり、ですね。例えばあなたが怯えて泣き出しでもしたら……分かりますね?」
「! ……は、はいっ。りょ、了解です……」
「! ……は、はいっ。りょ、了解です……」
泣き出してしまえば、殺すしかなくなる――いや、どちらにしろ殺すつもりではあるが。
重要な点は殺すタイミングだ。
いかに衛宮士郎が非常識な力を持った狂人だとしても、彼の相手は二人。
彼が片方を取り逃がし、山辺美希を救援に来る可能性は十分過ぎるほどある。
なごみにとって、対馬レオについての話を聞き出す事は最優先事項だ。
情報収集を出来るだけ早く済ませ、安全な場所に姿を隠すか衛宮士郎と合流しなければならない。
いかに衛宮士郎が非常識な力を持った狂人だとしても、彼の相手は二人。
彼が片方を取り逃がし、山辺美希を救援に来る可能性は十分過ぎるほどある。
なごみにとって、対馬レオについての話を聞き出す事は最優先事項だ。
情報収集を出来るだけ早く済ませ、安全な場所に姿を隠すか衛宮士郎と合流しなければならない。
……こんな、誰かに頼って生き残っているような奴は反吐が出る。
それが、なごみの素直な思いだった。
それが、なごみの素直な思いだった。
「それじゃあ質問します。対馬レオ、という名前に聞き覚えはありますか?」
「つし……っ……あ……!」
「つし……っ……あ……!」
美希の顔に走る一瞬の動揺。唇から溢れ出した僅かな違和感。
対馬レオについてと尋ね回っていたなごみにとって、美希の示した些細な反応は十分過ぎる程の"真実"を孕んでいた。
対馬レオについてと尋ね回っていたなごみにとって、美希の示した些細な反応は十分過ぎる程の"真実"を孕んでいた。
「つ、対馬レオ……さんですか? あの……その……」
しかし、美希の口からその"次"の言葉は出て来ない。
つまり「対馬レオを知っています」という具合の望ましい解答だ。
少女は言葉を濁し、あたふたと両の掌をひらつかせ、顔面を戸惑いの色で染め上げる。
つまり「対馬レオを知っています」という具合の望ましい解答だ。
少女は言葉を濁し、あたふたと両の掌をひらつかせ、顔面を戸惑いの色で染め上げる。
「"センパイ"の事を知っているんですね」
「あ……え……っ……」
「知っているんですね!?」
「ひっ! は、はい……確かに美希は対馬さんとお会いした事がありますです」
「そう、ですか……」
「あ……え……っ……」
「知っているんですね!?」
「ひっ! は、はい……確かに美希は対馬さんとお会いした事がありますです」
「そう、ですか……」
なごみの唇の両端が知らず知らずのうちに釣り上がる。
赤い瞳は大きく見開かれ、小兎のように震える少女を見下ろす。
そして、なごみは喉の奥から溢れ出しそうな"笑い"を必死で押し潰していく。
海底から浮き上がる気泡を一つ一つ摘み上げ、指先で破壊していくように丁寧に。
赤い瞳は大きく見開かれ、小兎のように震える少女を見下ろす。
そして、なごみは喉の奥から溢れ出しそうな"笑い"を必死で押し潰していく。
海底から浮き上がる気泡を一つ一つ摘み上げ、指先で破壊していくように丁寧に。
これは、喜びなのだろうか。
胸の奥が一杯になって、何かが込み上げて来るような……「楽しい」や「嬉しい」にも似た忘れていた感情は。
胸の奥が一杯になって、何かが込み上げて来るような……「楽しい」や「嬉しい」にも似た忘れていた感情は。
ああ……すっかり忘れていた。
だって、こんなにも嬉しく思えた事が、この島に来てから一度だってあっただろうか?
いや……一つだってありはしない。
世界は、私の周りにあったのは苦しみと嘲りと苦渋と恥辱に満ちた行程だけだった。
泥だらけになって、這いずり回った記憶。醜悪な人の性。
いや……一つだってありはしない。
世界は、私の周りにあったのは苦しみと嘲りと苦渋と恥辱に満ちた行程だけだった。
泥だらけになって、這いずり回った記憶。醜悪な人の性。
こんな感情がまだ私の中に残っていたなんて。
頭の奥が痺れて、自分が自分でなくなるような眩暈にも似た感覚。
グルグルと螺旋を描き、神経が、細胞が、歓喜の叫びを上げている。
頭の奥が痺れて、自分が自分でなくなるような眩暈にも似た感覚。
グルグルと螺旋を描き、神経が、細胞が、歓喜の叫びを上げている。
ああ、それ程までに……それ程までに……、
私、椰子なごみは――この瞬間を心待ちにしていたのだ。
「ふふっ……ふふふ……ふふ、ハハッ……ハハハッ!!」
大きく息を吸い込む。なごみの豊かな胸が風船のようにゆっくりと膨らみ、そして萎んで行く。
それは、荒波のような心を落ち着けようとする彼女なりの試みだった。
動転する精神を、暴風のように吹き荒れる心の嵐を諌めなければならない。
それは、荒波のような心を落ち着けようとする彼女なりの試みだった。
動転する精神を、暴風のように吹き荒れる心の嵐を諌めなければならない。
そう、必死に必死に……!
……ついに、掴んだ!
センパイの手掛かりを……嘘偽りではない本物の手掛かり!
センパイの手掛かりを……嘘偽りではない本物の手掛かり!
このまま、山辺美希にコルトパイソンのマグナム弾を見舞う事は造作もない事だ。
ダブルアクションの若干重めのトリガーとはいえ、人差し指に少し力を込めるだけで少女は容易く紅に染まる。
全身の筋肉を痙攣させ、骨の軋む音で脳を揺さ振られ、血の海の中で赤い涙を流すだろう。
ダブルアクションの若干重めのトリガーとはいえ、人差し指に少し力を込めるだけで少女は容易く紅に染まる。
全身の筋肉を痙攣させ、骨の軋む音で脳を揺さ振られ、血の海の中で赤い涙を流すだろう。
だが、それではダメだ。彼女を追い立てるために、もう三発も銃を撃ってしまった。
宵闇が終わり、もはや世界は完全に暗闇と静寂の中にある。
この場所に長居をする事は出来ない。事態は早急を要する。
美希を殺害する事は容易い……が、それだけに、失敗は……許されない。
宵闇が終わり、もはや世界は完全に暗闇と静寂の中にある。
この場所に長居をする事は出来ない。事態は早急を要する。
美希を殺害する事は容易い……が、それだけに、失敗は……許されない。
分かり易い拷問のような方法は明らかに悪手である。
山辺美希は矮小な少女だ。心が、弱い。
下手に乱暴な手段に出た場合、逆に何も喋らなくなる可能性がある。情報は少しでも欲しい。
山辺美希は矮小な少女だ。心が、弱い。
下手に乱暴な手段に出た場合、逆に何も喋らなくなる可能性がある。情報は少しでも欲しい。
「ああ……山辺さん。すいません、思わず。そんなに、怖がられなくても大丈夫ですよ」
「本当……ですか?」
「はい、もちろんです。話して頂けますね?」
「本当……ですか?」
「はい、もちろんです。話して頂けますね?」
恐々と美希がなごみへと尋ねた。その問い掛けをのぞみは当然、満面の笑みで肯定する。
ソレはにこやかなようで、拒絶を決して許さない絶壁の微笑だ。
こくり、と頷いた美希の表情からもなごみに対する恐怖心が見え隠れする。
ソレはにこやかなようで、拒絶を決して許さない絶壁の微笑だ。
こくり、と頷いた美希の表情からもなごみに対する恐怖心が見え隠れする。
腹の中に少女への冷徹な蔑みを込めてなごみは美希の言葉を待った。
よく考えれば、分かる事だった。
【対馬レオ】の名前が呼ばれたのは第一放送終了後。
つまり、彼がこの島で生存出来ていた時間は最長で六時間程度である。
【対馬レオ】の名前が呼ばれたのは第一放送終了後。
つまり、彼がこの島で生存出来ていた時間は最長で六時間程度である。
それでは、彼はいったい何人の人間と接触したのだろうか。
最低で一人――つまり、彼を殺害した人間――だけである可能性もあった。
が、見る限りこの山辺美希が彼を手に掛けた確率は極めて低いだろう。
彼女と対馬レオの関係を察するならば……やはり、庇護対象として美希を見ていたのではないだろうか。
最低で一人――つまり、彼を殺害した人間――だけである可能性もあった。
が、見る限りこの山辺美希が彼を手に掛けた確率は極めて低いだろう。
彼女と対馬レオの関係を察するならば……やはり、庇護対象として美希を見ていたのではないだろうか。
「その、美希が一番最初に出会った相手が対馬さんだった訳でして」
……やっぱり。
美希の言葉はなごみが予想した通りのモノだった。
山辺美希は彼女の"センパイ"とおそらく実に友好的な関係で接触した。
勇敢な彼の事だ。見るからにすぐに死んでしまいそうな美希を見捨てる事など出来ない筈である。
山辺美希は彼女の"センパイ"とおそらく実に友好的な関係で接触した。
勇敢な彼の事だ。見るからにすぐに死んでしまいそうな美希を見捨てる事など出来ない筈である。
こいつを守って、センパイは……!?
ダメだ、なごみ。取り乱すにはまだ早過ぎる。落ち着け、落ち着かなければ……。
ダメだ、なごみ。取り乱すにはまだ早過ぎる。落ち着け、落ち着かなければ……。
「では、別れたのはいつですか」
「……!」
「答えて下さい、山辺さん。それとも、質問を変えた方がいいですかね?
"私のセンパイを殺した相手を知っていますか"という風に!」
「……!」
「答えて下さい、山辺さん。それとも、質問を変えた方がいいですかね?
"私のセンパイを殺した相手を知っていますか"という風に!」
鬼気迫るなごみの剣幕に圧され、地面に尻餅を付いていた美希が後ずさる。
しかし、彼女の背後にあるのは無機としての感触を露にする灰色の電柱。一歩たりとも後退する余裕など存在しない。
それでも少女は同い年である筈のなごみから逃げるかのように、大きく身を捩った。
這い回る芋虫のように彼女の背中と電柱が擦れ合い、ズッ、ズッ、と僅かな隙間さえ無くなる。
ピッタリと尾てい骨と冷たい石柱が触れ合い、『捲れたミニスカートから』美希の青白い太股が顔を覗かせる。
しかし、彼女の背後にあるのは無機としての感触を露にする灰色の電柱。一歩たりとも後退する余裕など存在しない。
それでも少女は同い年である筈のなごみから逃げるかのように、大きく身を捩った。
這い回る芋虫のように彼女の背中と電柱が擦れ合い、ズッ、ズッ、と僅かな隙間さえ無くなる。
ピッタリと尾てい骨と冷たい石柱が触れ合い、『捲れたミニスカートから』美希の青白い太股が顔を覗かせる。
「つ、対馬さんは……美希を守るために……犠牲になって」
加速、する。
思考が拡散し理性が本能に消し飛ばされる。
激情が顔を出し、冷静に在ろうとする椰子なごみに悪魔染みた囁きを残す。
思考が拡散し理性が本能に消し飛ばされる。
激情が顔を出し、冷静に在ろうとする椰子なごみに悪魔染みた囁きを残す。
――殺せ。
なごみは『そんな事を美希に尋ねていなかった』
わざわざ聞かなくても、大体の辺りは付いていたのだ。
……いや、違う。これは「自分で自分を納得させていたから、まだ耐えられた」とでも言った方が適切だろう。
わざわざ聞かなくても、大体の辺りは付いていたのだ。
……いや、違う。これは「自分で自分を納得させていたから、まだ耐えられた」とでも言った方が適切だろう。
なごみは決して、レオに対して少女漫画的な――それこそ白馬に跨った王子のような――妄想を重ね合わせていた訳ではない。
加えて、彼女の愛情が決して歪んでいた訳でもないのだ。
ただひたすら、なごみはレオを愛して、愛して、愛し抜いた。
境界線へと踏み込む事を許した数少ない相手――父のように、暖かくて、優しい少年を。
加えて、彼女の愛情が決して歪んでいた訳でもないのだ。
ただひたすら、なごみはレオを愛して、愛して、愛し抜いた。
境界線へと踏み込む事を許した数少ない相手――父のように、暖かくて、優しい少年を。
――殺せ。
でも、だからこそ、なごみは心の奥底で望んでいたのかもしれない。
自分がレオのために命を賭けて戦うからこそ、「レオにも自分のために命を賭けて戦って貰いたい」と。
自分がレオのために命を賭けて戦うからこそ、「レオにも自分のために命を賭けて戦って貰いたい」と。
だから、引き攣った表情でこちらをジッと見詰める山辺美希が堪らなく憎かった。
嫉妬、しているのかもしれない。
大好きなセンパイがこんな奴のために命を無駄にしたという事が、なごみには許せなかったのだ。
嫉妬、しているのかもしれない。
大好きなセンパイがこんな奴のために命を無駄にしたという事が、なごみには許せなかったのだ。
「……そんな事は、聞いていません。いいですか、次に余計な事を言ったら……この銃であなたを撃ちます。分かりましたね」
「はぅ……ッ……ご、ごめんなさいです」
「もう一つだけ、尋ねます。あなたと、センパイを襲ったのは誰ですか?」
「はぅ……ッ……ご、ごめんなさいです」
「もう一つだけ、尋ねます。あなたと、センパイを襲ったのは誰ですか?」
なごみは目の前の少女を殺したくて、殺したくて堪らなくなっていた。
この衝動が狂気であるとか、盲執であるとか、そんな事はもはや関係なかった。
一人殺すのも、二人殺すのも同じ事である。
両の掌と指が真っ白になるほど強く握り締めたコルトパイソンのグリップ。銃口は美希の額へ。
この衝動が狂気であるとか、盲執であるとか、そんな事はもはや関係なかった。
一人殺すのも、二人殺すのも同じ事である。
両の掌と指が真っ白になるほど強く握り締めたコルトパイソンのグリップ。銃口は美希の額へ。
だから、これだけ聞いたら――コイツは殺そう。
「美希と対馬さんを襲ったのは……」
「……襲ったのは?」
「……襲ったのは?」
美希がスッと息を吸い込んだ。
そして、怯えた小動物のような瞳でなごみを見詰めながら『うっすらとした笑み』を浮かべる。
金色の星に灰色の雲が掛かり、月光は空へと隔離される。
そして、怯えた小動物のような瞳でなごみを見詰めながら『うっすらとした笑み』を浮かべる。
金色の星に灰色の雲が掛かり、月光は空へと隔離される。
「『黒須太一です』」
世界が、静寂に満ち溢れていた夜天の空が、一瞬、全ての鼓動を停止した。
「なっ――!?」
美希に真っ直ぐ向けた銃口の射軸が揺れる。
しっかりと固定するため、両手で握り締めていたはずのグリップに力を込める事が出来ない。
全身から煙のように力が抜けて行く。踏み締めている地面すら揺らぐような圧倒的なまでの、絶望。
いや、その脱力感はつまり、大津波が来る前の引き潮のようなものだ。
一瞬の間を置いて、気が狂ってしまいそうなまでの衝撃がなごみを襲った。
しっかりと固定するため、両手で握り締めていたはずのグリップに力を込める事が出来ない。
全身から煙のように力が抜けて行く。踏み締めている地面すら揺らぐような圧倒的なまでの、絶望。
いや、その脱力感はつまり、大津波が来る前の引き潮のようなものだ。
一瞬の間を置いて、気が狂ってしまいそうなまでの衝撃がなごみを襲った。
「あいつが……あいつが……黒須太一が……センパイを……!?」
「……はい。美希はしっかりと見ましたです」
「見間違い、って事は無いんですか!? あいつ最低のゲス野郎ですよ!
あんな人間がそんなにウロウロしている訳が……」
「いえ、それだけはありません。太一"先輩"のあの白い髪は特徴的です。間違える訳がないのです」
「……はい。美希はしっかりと見ましたです」
「見間違い、って事は無いんですか!? あいつ最低のゲス野郎ですよ!
あんな人間がそんなにウロウロしている訳が……」
「いえ、それだけはありません。太一"先輩"のあの白い髪は特徴的です。間違える訳がないのです」
きっぱりと。美希は語調を強め、そう断言した。同時になごみの胸中に湧き上がる疑問がある。
今、彼女は黒須太一の事を何と呼んだ? 太一、"先輩"?
落ち着け……落ち着け……。
今、彼女は黒須太一の事を何と呼んだ? 太一、"先輩"?
落ち着け……落ち着け……。
「……どうして、アイツが後輩を襲うんですか? そんなの普通、変じゃないですか」
そうだ、正常に考えれば同じ学校の人間を襲う訳がない。
なごみ自身はレオ以外の生徒会メンバーも殺すつもりでいたが、特に理由がなければ元の知り合いに危害を加えるとは考えれられない。
しかし、
なごみ自身はレオ以外の生徒会メンバーも殺すつもりでいたが、特に理由がなければ元の知り合いに危害を加えるとは考えれられない。
しかし、
「太一先輩はその……"異常"な方ですから」
「それは……」
「だから、椰子さんも知っているはずです。殺したいと思っているはずなのです」
「それは……」
「だから、椰子さんも知っているはずです。殺したいと思っているはずなのです」
美希の言葉は残酷なまでに、なごみのその淡い期待を一蹴する。
淡々と気味が悪くなる程、実直な視線の矢でなごみを射抜く。
金色の波打つような髪は夜の闇の中でもその存在を誇示し続ける。そして、捲れたスカートの裾を直そうともせずに、彼女は言葉を重ねるのだ。
淡々と気味が悪くなる程、実直な視線の矢でなごみを射抜く。
金色の波打つような髪は夜の闇の中でもその存在を誇示し続ける。そして、捲れたスカートの裾を直そうともせずに、彼女は言葉を重ねるのだ。
「多分、椰子さん……他にも殺したい人が沢山いるんじゃないですか?」
「どうして、そう思うんですか?」
「そんなっ、椰子さんを見れていれば分かりますよ。大好きな人の仇を討ちたくて討ちたくて……堪らないんですよね」
「…………ふふっ、そう……ですね」
「どうして、そう思うんですか?」
「そんなっ、椰子さんを見れていれば分かりますよ。大好きな人の仇を討ちたくて討ちたくて……堪らないんですよね」
「…………ふふっ、そう……ですね」
会話の主導権はいつの間にか、なごみから美希へと移っていた。
しかし、なごみがその場の雰囲気の変化に気付く事はない。
しかし、なごみがその場の雰囲気の変化に気付く事はない。
彼女は自身の中で、今得たばかりの情報を整理する事に必死だった。
今すぐにでも美希を撃ち殺すつもりだったのに、また新しい質問事項も増えてしまったのだ。
つまり、本当の仇である――黒須太一のデータを手に入れる、という。
落ち着け……落ち着け……!!
今すぐにでも美希を撃ち殺すつもりだったのに、また新しい質問事項も増えてしまったのだ。
つまり、本当の仇である――黒須太一のデータを手に入れる、という。
落ち着け……落ち着け……!!
「美希にもその人たちの名前、教えてくれませんか。非力ながら、その、美希も椰子さんのお手伝いがしたい事ですし」
お手伝い、か。
どうせこの場所で死ぬのに馬鹿らしい台詞だ、となごみは思った。
だから、ほんの戯れとして彼女に自分が恨みを持っている人間の名前を教える事とする。
当然、他の人間に危害を加える事のない安全な連中も含めて、だ。
どうせこの場所で死ぬのに馬鹿らしい台詞だ、となごみは思った。
だから、ほんの戯れとして彼女に自分が恨みを持っている人間の名前を教える事とする。
当然、他の人間に危害を加える事のない安全な連中も含めて、だ。
「クリス・ヴェルティン、来々谷唯湖、千羽烏月、藤乃静留、衛宮士郎…………といった所でしょうか」
「その人達は……皆さん悪い人なのですか?」
「ええ、そうですよ。全員……畜生にも劣る屑共ばかりです」
「そして。太一先輩、ですよね。太一先輩が一番……なんですよね。だって、対馬さんを殺したのは太一先輩なんですから」
「……ッ……!」
「その人達は……皆さん悪い人なのですか?」
「ええ、そうですよ。全員……畜生にも劣る屑共ばかりです」
「そして。太一先輩、ですよね。太一先輩が一番……なんですよね。だって、対馬さんを殺したのは太一先輩なんですから」
「……ッ……!」
なごみは『レオの仇が黒須太一である』という美希からの情報を信じたくなかった。
だから、美希の質問に何の疑いもなく答えてしまう。
だから、「彼女がこの質問に答えたら、撃ち殺すとしよう」という思いを捨て去ってしまった。
彼女は、酷く動揺していた。
だから、美希の質問に何の疑いもなく答えてしまう。
だから、「彼女がこの質問に答えたら、撃ち殺すとしよう」という思いを捨て去ってしまった。
彼女は、酷く動揺していた。
椰子なごみは、既に――黒須太一に完全に敗北している。
大好きなセンパイの仇を、なごみは取る事が出来なかった。
黒須太一は哀れな女として、自分を嘲笑っていたのだろう。だからトドメも差さずに自分を逃がしたのだ。
クソッ……! クソッ……どうして私は……!!
大好きなセンパイの仇を、なごみは取る事が出来なかった。
黒須太一は哀れな女として、自分を嘲笑っていたのだろう。だからトドメも差さずに自分を逃がしたのだ。
クソッ……! クソッ……どうして私は……!!
屈辱だった。本当の敵は何食わぬ顔で、間抜けな女を騙し切ったのである。
これでは、私は完全な道化ではないか。
恋人が死んだ事も知らずに、故人へと奉仕を続けていた衛宮士郎を馬鹿になんて、出来ない。
これでは、私は完全な道化ではないか。
恋人が死んだ事も知らずに、故人へと奉仕を続けていた衛宮士郎を馬鹿になんて、出来ない。
「殺してやる……殺してやる……黒須太一……絶対に、この手で……ッ! そして、センパイを生き返らせるんだ……!」
呪詛のように、なごみの唇から黒須太一への怨嗟の言葉が流れ出す。
もう、こうなってしまっては止められない。
理性は完全に、恨みの感情に侵食され、なごみの心は真っ黒に染まっていく。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!
もう、こうなってしまっては止められない。
理性は完全に、恨みの感情に侵食され、なごみの心は真っ黒に染まっていく。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!
「うーん」
「…………?」
「もう、これくらいでいいかなぁ。いいよね、うん」
「…………?」
「もう、これくらいでいいかなぁ。いいよね、うん」
ぼそり、と美希が呟いた。
電柱にもたれ掛ったままの少女はゆっくりと、自身のスカートの中に右手を伸ばす。
あまりにも自然で、それでいて無駄のない動作。
銃口を向けている筈のなごみですら、美希の動きにまるで疑問を持たなかった。
電柱にもたれ掛ったままの少女はゆっくりと、自身のスカートの中に右手を伸ばす。
あまりにも自然で、それでいて無駄のない動作。
銃口を向けている筈のなごみですら、美希の動きにまるで疑問を持たなかった。
だから、なごみは最後まで気付かなかった。
目の前の少女が「獅子」に狩られるだけの子羊などではなく、
元の世界で何度もその手を真っ赤な血で染めた「鬼」であるという事に。
目の前の少女が「獅子」に狩られるだけの子羊などではなく、
元の世界で何度もその手を真っ赤な血で染めた「鬼」であるという事に。
「えいっ」
そして、一ミリの揺らぎもなく美希は取り出した"ソレ"をなごみへと投げ付けた。
山辺美希の群青色は、究極の自己愛だ。
何よりも、誰よりも自分が大切でそして自分が自分でなくなる事が何よりも恐ろしい。
だから、なごみの「か弱い少女」という美希の分析はある意味正解とも言えるのだ。
何よりも、誰よりも自分が大切でそして自分が自分でなくなる事が何よりも恐ろしい。
だから、なごみの「か弱い少女」という美希の分析はある意味正解とも言えるのだ。
本来の美希は優しく、大らかで、かなり適当な性格をしている。
だが、何百分の一の確率で起こった最初の「固有化」以後、彼女はただ生き抜く事だけを優先して来た。
だが、何百分の一の確率で起こった最初の「固有化」以後、彼女はただ生き抜く事だけを優先して来た。
そうだ――弱いからこそ、少女は生き残るために人を殺すのだ。
「――えっ」
ガッ、という金属と骨とがぶつかり合う鈍い音が闇の中で一瞬立ち上り、すぐさま消え去る。
ソレはいわば銀色の「花」のようだった。
マバタキ程度の遅れと共に鮮血。新たに芽を出した紅の液体が、水面に咲き誇る彼岸花のような色合いを示す。
ソレはいわば銀色の「花」のようだった。
マバタキ程度の遅れと共に鮮血。新たに芽を出した紅の液体が、水面に咲き誇る彼岸花のような色合いを示す。
なごみの世界が暗転する。意識が途絶えそうになる。
身体がゆっくり、ドスン、という大きな音を立てて後ろへ倒れた。
血液がドクドク、と流れ出す。花は折れず、垂直に咲き誇る。
身体がゆっくり、ドスン、という大きな音を立てて後ろへ倒れた。
血液がドクドク、と流れ出す。花は折れず、垂直に咲き誇る。
なごみの額に数センチ幅の小型のナイフが突き刺さった。
投げナイフ――スローイングナイフと言った方が適切だろうか。
美希の支給品であるそれは、プリーツスカートの奥。彼女の太股に装着されていたのである。
投げナイフ――スローイングナイフと言った方が適切だろうか。
美希の支給品であるそれは、プリーツスカートの奥。彼女の太股に装着されていたのである。
「う……そ……、せ、センパイ……センパイの……仇が……」
「あ。嘘といえば。椰子さん、ごめんなさいです。
美希も大変申し訳なく思い、今更ながら反省している次第なのですが……、」
「あ。嘘といえば。椰子さん、ごめんなさいです。
美希も大変申し訳なく思い、今更ながら反省している次第なのですが……、」
立ち上がり右手で髪の毛を弄りながら、にっこりと美希は微笑んだ。
「えへへ、我々を襲ったのは実は太一先輩ではない訳でしてっ」
「…………ぇ」
「…………ぇ」
額に感じる強烈な痛みと、現実味の無さから意識は薄弱。
それでも、にこやかな笑みを浮かべる美希の姿は、彼女の血に濡れた双眸からも鮮明に映る。
それでも、にこやかな笑みを浮かべる美希の姿は、彼女の血に濡れた双眸からも鮮明に映る。
「その方のお名前はこちらの情報によりますと「一乃谷愁厳」という白い学生服を着た真面目系の御仁らしいです。
レオさんはそんな学生服なんて着てませんし、どちらかと言えば熱血系ですよね」
「オマエ……う、嘘……を……」
「うん、まぁそうなります。だって、黙っていた方が良い事もありますよね、実際。
一乃谷さんではなく、太一先輩をチョイスしたのは美希の勘だったんですけど」
レオさんはそんな学生服なんて着てませんし、どちらかと言えば熱血系ですよね」
「オマエ……う、嘘……を……」
「うん、まぁそうなります。だって、黙っていた方が良い事もありますよね、実際。
一乃谷さんではなく、太一先輩をチョイスしたのは美希の勘だったんですけど」
うんうん、と眼を閉じ美希は数回頷いた。
なごみは固いコンクリートの海に抱かれ、満点の星空を見上げる。
なごみは固いコンクリートの海に抱かれ、満点の星空を見上げる。
「まぁお互い様です。椰子さんも私を殺すつもりだったじゃないですか。
狸と狐の化かし合いみたいなものです。"今回"は私の勝ちという事で。もしかしたら、次があるかもしれませんしね」
狸と狐の化かし合いみたいなものです。"今回"は私の勝ちという事で。もしかしたら、次があるかもしれませんしね」
……何を、言っているのだろう。
言葉は、残酷だ。
眼は閉じる事で情報をシャットアウトする事が出来る。
だけど、音を完全に遮断するのは難しくない。
聞きたくない真実だって勝手に私の心の中へと侵入してくる。
眼は閉じる事で情報をシャットアウトする事が出来る。
だけど、音を完全に遮断するのは難しくない。
聞きたくない真実だって勝手に私の心の中へと侵入してくる。
山辺美希に騙されたという怒りは湧いて来なかった。
いや、単純に「今更」という意識が強く在ったからだろう。
本当の仇であるらしい一乃谷愁厳の事を考える気にもならない。
いや、単純に「今更」という意識が強く在ったからだろう。
本当の仇であるらしい一乃谷愁厳の事を考える気にもならない。
なぜなら、もうすぐ、私は……死んでしまうからだ。
自分の最期なのだ。自分が一番良く分かる。
額に突き刺さっているナイフが私の脳神経を傷つけ、絶命へと誘うのだ。
この思考している私はいわば猶予期間。
……神様がくれた最後のプレゼントなのかもしれない。
額に突き刺さっているナイフが私の脳神経を傷つけ、絶命へと誘うのだ。
この思考している私はいわば猶予期間。
……神様がくれた最後のプレゼントなのかもしれない。
――私が、センパイの事を考えるための。
私――椰子なごみは、この「ゲーム」とやらが始まってからずっと、命を賭けた戦いに身を投じていた。
切り裂かれた腕も、味わった苦汁も、そしてセンパイを失った悲しみも全部受け止めてここまで来た。
切り裂かれた腕も、味わった苦汁も、そしてセンパイを失った悲しみも全部受け止めてここまで来た。
私は…………自分で言ってて恥かしくなるけれど、それなりに頑張ったと思う。
だって、御伽噺の中のキャラクターである筈の魔法使いがゴロゴロしている空間だ。
あくまで一般人の私にしては良くやったのではないだろうか。
目の前の女狐も、常人ならばあり得ないナイフ投げを披露してくれた訳だし。
だって、御伽噺の中のキャラクターである筈の魔法使いがゴロゴロしている空間だ。
あくまで一般人の私にしては良くやったのではないだろうか。
目の前の女狐も、常人ならばあり得ないナイフ投げを披露してくれた訳だし。
だから、
その、
もしも、センパイが天国からこんな私の姿を見ていたら……。
きっと人を殺した私はセンパイと同じ所には行けないと思うけれど。
……でも。
それが間違った思いだって事は分かってる。
センパイを苦しめるだろう事も全部全部、私は分かっている。
センパイを苦しめるだろう事も全部全部、私は分かっている。
だけどそれでも、
私は………………、
ただ、センパイに「なごみ、頑張ったな」って優しく頭を撫でて貰いたかったんだ。
センパイの声が聞きたかった。
センパイの顔が見たかった。
センパイに甘えたかった。
他人と殺し合うようなうざったい世界を抜け出して、センパイと二人だけの時間に溺れていたかった。
センパイさえ居れば他には何も要らなかった。
だから、私は守ろうとしたんだ。
センパイを、センパイと私の……二人だけの世界を。
だから、私は守ろうとしたんだ。
センパイを、センパイと私の……二人だけの世界を。
私は…………!
「さよならです、椰子さん。対馬さんとお幸せに」
わ、たし…………は…………。
「"他の人"を殺したのは初めてなので……モヤモヤします。変な気分です」
…………。
「あの、ですね。椰子さん。美希……一つだけ黙っていた事があります。
でも、これを椰子さんが聞いたらきっと悲しむと思って、言わないで取って置いたんです。
もう聞いてはいないと思いますが、恋愛に疎いガキの戯言と思って聞き飛ばして頂けたら幸いです」
でも、これを椰子さんが聞いたらきっと悲しむと思って、言わないで取って置いたんです。
もう聞いてはいないと思いますが、恋愛に疎いガキの戯言と思って聞き飛ばして頂けたら幸いです」
………………。
「あの……対馬さんと、椰子さんって――どんな関係なんですか?」
山辺美希は気付いていなかった。
私は、椰子なごみはまだ、生きていた。
もちろん、あと数分……数十秒、数秒で散ってしまう命ではあるのだけど。
私は、椰子なごみはまだ、生きていた。
もちろん、あと数分……数十秒、数秒で散ってしまう命ではあるのだけど。
……………………変な、質問だ。
私の態度を見ていれば分かるだろう。センパイも彼女に言っていた筈だ。そんなの恋人に決まって――
私の態度を見ていれば分かるだろう。センパイも彼女に言っていた筈だ。そんなの恋人に決まって――
「その、失礼ながらっ。美希には……お二人が恋人同士にはどうしても見えなかったんです」
え…………?
「何ででしょうね。なんか、対馬さんって椰子さんの事、あんまり心配してませんでした。
あとと、それじゃあ語弊がありますね。もちろん心配はしていたと思います。
でも椰子さんの事も"椰子"って苗字で呼んで……名前では……"なごみ"とは呼んでいませんでしたし」
あとと、それじゃあ語弊がありますね。もちろん心配はしていたと思います。
でも椰子さんの事も"椰子"って苗字で呼んで……名前では……"なごみ"とは呼んでいませんでしたし」
椰子……?
そんな筈はない。センパイは私の事をしっかりと名前で呼んでくれていた。
「なごみ」とハッキリした男の人らしい少し低い声で……!
「なごみ」とハッキリした男の人らしい少し低い声で……!
「他の方…………えと、"鉄乙女"って方、分かりますかね? そちらの女性、あと"対馬ファミリー"でしたっけ。
フカヒレさんにスバルさん……あと、この場にいない蟹さんとか。
美味しそうな名前の方達のことばかり心配していたような……」
フカヒレさんにスバルさん……あと、この場にいない蟹さんとか。
美味しそうな名前の方達のことばかり心配していたような……」
鉄先輩や対馬ファミリーの方が大事なんて……そんな、そんな事ある訳がない。
「他の方が話題になる事の方が多く……いえ、美希と対馬さんは二、三時間しか一緒にいなかったのですが……。
んーこれは、まぁ気のせい、ちょっとした行き違いなのかもしれませんね。
美希の中では対馬さんは椰子さんを愛していた、という事にしておきますです、ハイ」
んーこれは、まぁ気のせい、ちょっとした行き違いなのかもしれませんね。
美希の中では対馬さんは椰子さんを愛していた、という事にしておきますです、ハイ」
だって、私たちは……私たちは……。
嘘だ……嘘に決まっている。
またこの女狐が口から出任せを言っているに決まって……!
……でも、私はもう意識なんてほとんど残っていないのだ。
指の一本、首を捩る事も瞳を開く事も出来ない。
それこそ脈や心拍を計測しなければ、死人と変わらない筈。
それこそ脈や心拍を計測しなければ、死人と変わらない筈。
そんな――死人に向けて嘘を吐いたりするのか?
嘘……だ。
私は、愛されていなかった?
私は、センパイに愛されていなかったのか?
私は、センパイに愛されていなかったのか?
あれは全部嘘、演技だった……そういう事、なのか?
違う……、
嘘だ……!
そんな事はあり得ない……センパイは……ちゃんと私を……!
嘘、だ……。
うそ……、
う、うそ……だと、言って……ください…………センパイ……!
センパイ……。
セン……パイ……。
わ……たしは………………。
それ、でも…………!
それでも、あなたが……わたしのことを……どう思っていたとしても…………!
あな……たのことが……大、好き……でした……。
本当に……、本当に……、
わたしは、あなたのことが…………!
【椰子なごみ@つよきす-MightyHeart- 死亡】
† † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † † †
「変な話……人を殺して回るなんて、自分の命が大切じゃないのかなぁ」
何となく口に出てしまった言葉などではなく、美希は心の底からそう思ったのだった。
ちらり、と額からナイフの生えた少女の顔を覗き見る。
カッと目を見開き、眉間から流れ出した少しだけドス黒い血が端正な顔を汚している。
断末魔の表情という奴は見ていてあまり気持ちの良いものではない。
ちらり、と額からナイフの生えた少女の顔を覗き見る。
カッと目を見開き、眉間から流れ出した少しだけドス黒い血が端正な顔を汚している。
断末魔の表情という奴は見ていてあまり気持ちの良いものではない。
先程までの「臆病な山辺美希」は全て『演技』だった。
美希はイングラムM10という強力なサブマシンガンを所持している。
回転弾倉式のリボルバーであるコルトパイソンに対して相当な優位に立っていた訳だ。
加えて相手は完全な素人。数十回のループと太一に仕込まれたサバイバルテクニックが美希にはあった。
慎重に対処すれば、付け入る隙はいくつも存在したのだ。
美希はイングラムM10という強力なサブマシンガンを所持している。
回転弾倉式のリボルバーであるコルトパイソンに対して相当な優位に立っていた訳だ。
加えて相手は完全な素人。数十回のループと太一に仕込まれたサバイバルテクニックが美希にはあった。
慎重に対処すれば、付け入る隙はいくつも存在したのだ。
しかし、美希はなごみをすぐに殺そうとはしなかった。
深優や双七が救助に来ない事を確かめたかったのもそうだが、もう一つ理由がある。
それは、皮肉にもなごみと同じく「情報を引き出したかった」というモノだ。
深優や双七が救助に来ない事を確かめたかったのもそうだが、もう一つ理由がある。
それは、皮肉にもなごみと同じく「情報を引き出したかった」というモノだ。
ずっと誰かと共に行動していた美希にとって、なごみと一対一になった状況はある種の転機であった。
庇護者を探すにしても、他の参加者の情報を入手している事は大きなアドバンテージになるのだから。
庇護者を探すにしても、他の参加者の情報を入手している事は大きなアドバンテージになるのだから。
久しぶりに……いや、違う。"初めて"違う人を殺した。
怪人や狂人でもなく、群青色でもない、ただの人を……。
怪人や狂人でもなく、群青色でもない、ただの人を……。
霧ちんを――裏切って背後から撃ち殺す。
霧ちんを――美希の身代わりにする。
霧ちんが――曜子先輩に殺されるのを見ている。
霧ちんが――太一先輩に殺されるのを見ている。
みみ先輩が――屋上から落下していくのを眺める。
桐原先輩が――飢え死にするのを確認する。ナイフを心臓に刺しておく。
桜庭先輩は――気付くといなくなってる。
島先輩は――アンテナを壊している。後ろからクロスボウを撃つ。
霧ちんを――美希の身代わりにする。
霧ちんが――曜子先輩に殺されるのを見ている。
霧ちんが――太一先輩に殺されるのを見ている。
みみ先輩が――屋上から落下していくのを眺める。
桐原先輩が――飢え死にするのを確認する。ナイフを心臓に刺しておく。
桜庭先輩は――気付くといなくなってる。
島先輩は――アンテナを壊している。後ろからクロスボウを撃つ。
曜子先輩と太一先輩を殺せた事はまだ、ない。
生き残るために人を殺すのは仕方が無い事だ。いや、当たり前と言った方がいいだろうか。特に感慨はない。
自分には何"人"という数え方は適当でない。何"回"とカウントした方がいいのだろう。
殺していない事は覚えているけれど、殺した回数は覚えていない。
それは、両手の指を使ってもとっくに足りないほどの数だ。記憶しておく必要があるのか、甚だ疑問ではあるが。
自分には何"人"という数え方は適当でない。何"回"とカウントした方がいいのだろう。
殺していない事は覚えているけれど、殺した回数は覚えていない。
それは、両手の指を使ってもとっくに足りないほどの数だ。記憶しておく必要があるのか、甚だ疑問ではあるが。
「よっ……はっ、と」
スッとスローイングナイフを椰子なごみの額から引き抜く。
ピュッと音がして血が飛び散ったら困るので、細心の注意を込めて引き抜く。
美希の右肩に血が滲んでいる事は構わない。だけど、返り血が制服に付いてしまうのは困る。
着替えは持っていないのだ。さすがにうら若き乙女として、下着姿で空の下を歩く訳にはいかない。
ピュッと音がして血が飛び散ったら困るので、細心の注意を込めて引き抜く。
美希の右肩に血が滲んでいる事は構わない。だけど、返り血が制服に付いてしまうのは困る。
着替えは持っていないのだ。さすがにうら若き乙女として、下着姿で空の下を歩く訳にはいかない。
「でも、対馬さん……本当に、椰子さんの事……?」
死体に語り掛けるように、ぼそりと美希は先程なごみに喋った事を繰り返した。
確かに名前ぐらいは聞いていた。
だけど、彼の口から飛び出した名前の割合を考えるとよく分かる。
会話の中でも「鉄乙女」や「フカヒレ」「伊達スバル」と言った名前は頻出だったが、彼女の名前はどちらかといえば付け加える感じだった。
恋人同士とは……考え難い。
確かに名前ぐらいは聞いていた。
だけど、彼の口から飛び出した名前の割合を考えるとよく分かる。
会話の中でも「鉄乙女」や「フカヒレ」「伊達スバル」と言った名前は頻出だったが、彼女の名前はどちらかといえば付け加える感じだった。
恋人同士とは……考え難い。
「もしかして、椰子さん……対馬さんに片思いをされていたんですかね。
もしくは、その、アレですか。この愛の深さを見るに。積もり積もった屈折した愛情……ストーカーとかいう類の……?
ハッ!? まさか……や、ヤンデレとかいうちょっとアレな人……? むむむ……」
もしくは、その、アレですか。この愛の深さを見るに。積もり積もった屈折した愛情……ストーカーとかいう類の……?
ハッ!? まさか……や、ヤンデレとかいうちょっとアレな人……? むむむ……」
はわわ、といった感じで再度物言わぬなごみへと語り掛ける美希。
初めて"七人以外の人"を殺して、今日は少しだけ感傷的だった。
スローイングナイフに付いた血糊を拭き取りながら、首を傾けるも答えは出てこない。
初めて"七人以外の人"を殺して、今日は少しだけ感傷的だった。
スローイングナイフに付いた血糊を拭き取りながら、首を傾けるも答えは出てこない。
やっぱり、よく分からない。
彼女を頭のおかしなちょっと自分の世界に入っちゃってる系の人間だとカテゴライズするのは実際、簡単。
でも、何かが違う気がする。
彼女を頭のおかしなちょっと自分の世界に入っちゃってる系の人間だとカテゴライズするのは実際、簡単。
でも、何かが違う気がする。
一方通行の愛と双方向の愛。
日頃から処女処女と太一にからかわれている美希にだって、その判別ぐらい付く。
彼女は、確かに対馬レオを愛し、そして彼からも十分過ぎるほどの愛情を貰っていた筈なのだ。
日頃から処女処女と太一にからかわれている美希にだって、その判別ぐらい付く。
彼女は、確かに対馬レオを愛し、そして彼からも十分過ぎるほどの愛情を貰っていた筈なのだ。
【椰子なごみの対馬レオは彼女を十分に愛してくれていた】
【だが、美希の出会った対馬レオは椰子なごみにそれほど関心を払っていた訳ではない】
前者の対馬レオをA、後者の対馬レオをBとして考察開始。
この仮説において、対馬Aと対馬Bはイコールと言えるのだろうか。
この仮説において、対馬Aと対馬Bはイコールと言えるのだろうか。
いや、言えなければおかしい。そうでなくては対馬レオが沢山居る事になってしまう。
人間はアメーバのように一人で勝手に増えたりはしない。
対馬レオの思考回路にはちょっとアメーバが入っていた、とかの戯言は無しとして。
それにあんな直情タイプの人が一杯居たら暑苦しい。しかも弱いのだ。おお、ベリーバッド。
人間はアメーバのように一人で勝手に増えたりはしない。
対馬レオの思考回路にはちょっとアメーバが入っていた、とかの戯言は無しとして。
それにあんな直情タイプの人が一杯居たら暑苦しい。しかも弱いのだ。おお、ベリーバッド。
…………ではなくて。
《=》の記号で両者を結ぶ事をどうしても躊躇ってしまう気持ちが、確かに美希の中にはあるのだ。
勿論、なごみを殺した事への謝罪の気持ちというか、乙女の慕情的な意味なのだが。
勿論、なごみを殺した事への謝罪の気持ちというか、乙女の慕情的な意味なのだが。
「……ま、いっか」
考えても埒が明かないので、思考プロセスを遮断。もっと他に考えるべき事は沢山ある。
例えば、これからの享受について、とか。
一番妥当なラインは深優と双七の元に戻る事だ。だが、コレは彼女達が衛宮士郎に勝利する事が最低条件。
両者の戦力バランスが掴めない以上、微妙な策だ。
例えば、これからの享受について、とか。
一番妥当なラインは深優と双七の元に戻る事だ。だが、コレは彼女達が衛宮士郎に勝利する事が最低条件。
両者の戦力バランスが掴めない以上、微妙な策だ。
だが……どちらにしろ、この場所に長居は無用だろう。
誰かに、この光景を見られていたら困った事になる。
いや、確実にこれは正当防衛なのだが要らぬ誤解を招きかねないし、美希の"擬態"を見破られる可能性もある。
ひとまずは何処かに身を隠し、状況を分析するべきだろう。誰か知り合いがいないか探すのもいいかもしれない。
誰かに、この光景を見られていたら困った事になる。
いや、確実にこれは正当防衛なのだが要らぬ誤解を招きかねないし、美希の"擬態"を見破られる可能性もある。
ひとまずは何処かに身を隠し、状況を分析するべきだろう。誰か知り合いがいないか探すのもいいかもしれない。
「むぅ」
美希は何となく、極端に起伏の少ない自身の胸の辺りをペタペタと触ってみた。
なるほど、いつも通り何もない。わははははは(泣)
なるほど、いつも通り何もない。わははははは(泣)
……という訳でもなくて。
「やっぱり、変だ」
不思議な気持ちだった。
胸の奥がモヤモヤとしてキューッと痛んでバクバクと脈を打っている。
心臓は元気だ。至って正常に血液ポンプとしての役割を全うしている。
心臓は元気だ。至って正常に血液ポンプとしての役割を全うしている。
でも、そのもっと奥の方で…………何かが軋んでいる気がするのだ。
漠然とした感情だった。良く分からない感覚だった。
漠然とした感情だった。良く分からない感覚だった。
「変だな……なんだろう、どうしてだろう」
疑問は止まない。まるで意味が分からない。
何度も、何度もやった事を繰り返しただけだ。何も特別な事なんてない。
固有した世界で、私は何度人を殺したかなんて、もう覚えていない……。
何度も、何度もやった事を繰り返しただけだ。何も特別な事なんてない。
固有した世界で、私は何度人を殺したかなんて、もう覚えていない……。
「あ……」
でも、その時ようやく美希は気付いたのだった。
「なんで、私、泣いてるんだろう?」
自分が、何故か涙を流している事に。
ポタポタと流れる雫は雨のように、頬を伝い流れ落ちていく。
土砂降りだ。どれだけ服の袖で拭っても、液体は止め処なく溢れて来る。
初めて誰かを殺した時にだって、こんな事にはならなかったのに。
土砂降りだ。どれだけ服の袖で拭っても、液体は止め処なく溢れて来る。
初めて誰かを殺した時にだって、こんな事にはならなかったのに。
おかしいよ……どうしてなんだろう……。
ただ、人を……ループの外で人を殺しただけなのに。
知らない人を、襲い掛かってくる人を殺しただけなのに。
ただ、人を……ループの外で人を殺しただけなのに。
知らない人を、襲い掛かってくる人を殺しただけなのに。
でも、一つだけ、確かな事があって。
それは、私、山辺美希は……今日、この瞬間から――
この世界でも人殺しになったという事。
【B-7 市街地/1日目 夜中】
【山辺美希@CROSS†CHANNEL ~to all people~】
【装備】:イングラムM10@現実(32/32)、投げナイフ4本
【所持品】:支給品一式×3、木彫りのヒトデ7/64@CLANNAD、ノートパソコン、MTB、
『全参加者情報』とかかれたディスク@ギャルゲロワ2ndオリジナル、イングラムM10の予備マガジンx3(9mmパラベラム弾)
コルト・パイソン(6/6)、.357マグナム弾10発、スタンガン
【状態】:涙、右肩に銃の掠り傷、左膝に転んだ傷跡、疲労(小)
【思考・行動】
基本方針:とにかく生きて帰る。集団に隠れながら、優勝を目指す。
1:自身の生存を何よりも最優先に行動する。
2:最悪の場合を考え、守ってくれそうなお人よしをピックアップしておきたい。
3:バトルロワイアルにおける固有化した存在(リピーター)がいるのでは?という想像。
4:太一、曜子を危険視。深優を警戒。
5:詳細名簿のデータを見て、状況に応じた処置をする。
6:よく分からないけど、胸の奥が痛い
【装備】:イングラムM10@現実(32/32)、投げナイフ4本
【所持品】:支給品一式×3、木彫りのヒトデ7/64@CLANNAD、ノートパソコン、MTB、
『全参加者情報』とかかれたディスク@ギャルゲロワ2ndオリジナル、イングラムM10の予備マガジンx3(9mmパラベラム弾)
コルト・パイソン(6/6)、.357マグナム弾10発、スタンガン
【状態】:涙、右肩に銃の掠り傷、左膝に転んだ傷跡、疲労(小)
【思考・行動】
基本方針:とにかく生きて帰る。集団に隠れながら、優勝を目指す。
1:自身の生存を何よりも最優先に行動する。
2:最悪の場合を考え、守ってくれそうなお人よしをピックアップしておきたい。
3:バトルロワイアルにおける固有化した存在(リピーター)がいるのでは?という想像。
4:太一、曜子を危険視。深優を警戒。
5:詳細名簿のデータを見て、状況に応じた処置をする。
6:よく分からないけど、胸の奥が痛い
【備考】
※千華留たちと情報交換しました。深優、双七、なつきと情報を交換しました(一日目夕方時点)
※理樹の作戦に乗る気はないが、取りあえず参加している事を装う事にしました。
※なごみの知っている対馬レオと、自分が会った対馬レオは同じ……?
※なごみと敵対していた人間の名前を入手。
※千華留たちと情報交換しました。深優、双七、なつきと情報を交換しました(一日目夕方時点)
※理樹の作戦に乗る気はないが、取りあえず参加している事を装う事にしました。
※なごみの知っている対馬レオと、自分が会った対馬レオは同じ……?
※なごみと敵対していた人間の名前を入手。
187:The tower | 投下順 | 189:ζ*'ヮ')ζ<Okey-dokey? |
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椰子なごみ |