ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

ζ*'ヮ')ζ<Okey-dokey?

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ζ*'ヮ')ζ<Okey-dokey? ◆LxH6hCs9JU



「……戻って、きましたね」
「ああ。俺たちにとっちゃ、いわくつきの場所にな」

 ――夜の帳が落ち、荒廃した市街を満たす薄ら寒さが、深々とした寒気に変わる時刻。
 ダウンタウンとスラムのちょうど境目辺りに根を張る教会は、消失することなく元の場所に建っていた。
 この地に戻ってくるのも、数時間ぶりだろうか。
 別れの地でもあり、出会いの地でもあり、様々なドラマがこの教会を起点として巻き起こった……。
 忌みたる想いは、微かだがある。
 しかしその一方で、決して無益なものでもなかった、と強い意志が囁きかけてもいる。
 三回目の放送を聞いてすぐ、伸ばした足は道草を食うこともなく。
 教会へと帰還した高槻やよいプッチャンの顔は、俯いてはいなかった。

「うう~、店長さん、お店開けてくれるかなぁ?」

 右手に不細工なパペット人形を嵌め、キャミソール一枚の寒そうな肌を外気に晒すやよい。
 神聖にして豪奢な十字架を前に、臆することなく一歩を踏み出す。

「さぁな。こればっかりは、もう一度チャイムを鳴らしてみなけりゃわからない、が……」

 右手のパペット人形、プッチャンもまた、やよいと視線を同じくして進む。
 人形の視力というものは、如何ほどのものだろうか。
 参考例はないが、このときプッチャンは、持ち前の鋭い勘からやよいより先にその存在に気づいた。
 ユニークな眼差しを教会の玄関先へと向けて、やよいにも言葉なく促す。
 やよいも気づき、その存在が夜目でも目視できる位置まで来て、足を止めた。

「……」

 その存在に気づきながらも、やよいとプッチャンは互いに無言。
 二人揃って無機質な視線を放ち、その視線を一身に浴びる存在も、口を開こうとしない。
 口どころか、目も開いていない。瞑想するように腕を組み、また通せんぼでもするように、玄関口に君臨していた。

 ざっくばらんな印象を放つ男らしい頭髪と、前髪の鬱陶しさを考慮したと思しき赤い鉢巻き。
 赤いティーシャツを包む僧兵のような着物姿は、一見しただけでは素性が知れない。
 そして、随所に窺える屈強な――筋肉。
 一式を備える巨漢の男が、開眼と共に口火を切る。

「今日も熱いぜ、井ノ原真人ォ!!」

 声高々に名乗りを上げ、夜の外気を吹き飛ばさん勢いで熱気を放出した。
 やよいとプッチャンが、はー、と短く息を漏らし、井ノ原真人なる少年の巨体を視界の中心に置く。
 ……しばらくの間、時間が止まった。

「……おい、どうしたよ。俺が筋肉で名乗ってんだから、おまえも筋肉で名乗り返せよ」

 望む反応が返ってこなかったのが不満なのか、真人はしかめっ面を浮かべてやよいに注意を促す。
 目的地で待ち構えていた見知らぬ男、その予想外のファーストアクションに、呆然としていただけのやよいは心中で「え~……」と零す。
 どう返したものかと呆けていると、

「……あいにくと筋肉はねぇが、名乗れと言われて黙ってるわけにはいかねぇなぁ。
 俺の名はプッチャン。それ以上でもそれ以下でもねぇ。よーく覚えておきな」

 饒舌な相方が、先んじて名乗りを上げてくれた。
 ニヒルな台詞を舌足らずな声調で告げ、真人はそれに対し目を細めて笑む。
 まるでプッチャンの境遇を……筋肉を持たぬ人形の体を嘲笑うかの如く、陰険に眉根を寄せていた。
 その仕草に若干の嫌悪感を覚えたやよいは、プッチャンの本意を継ぐように開口する。

「イェイ! 高槻やよいです!」

 元気な挙手と共に、右手に嵌ったプッチャンを高々と掲げる。
 長身の真人と目線を同じくしたプッチャンが、露骨なファイティングポーズを取って相手を挑発。
 真人の態度は変わらず……しかし瞳に僅かな火種を灯し、闘争心を宿したかのように眼光を鋭くする。

「わかってんのか? おまえはもう筋肉空間に足を踏み入れちまってるんだよ」
「筋肉空間ね……へっ、笑わせるぜ。筋肉しか能がありませんって図体してよ」

 プッチャンの口元と、真人の口元が、まったく同じタイミングで緩む。
 ぶつかる視線と視線の間に稲妻を幻視し、やよいはごくりと生唾を飲んだ。

「来いよ……筋肉の有無がバトルの明暗をわけるってことを思い知らせてやる!」
「筋肉はなくても強ぇ男は強ぇってことを……このプッチャン様がわからせてやるぜぇ!」

 ――そうして、必然とも言えたであろう男たちの衝突が始まる。
 ゴングは鳴るが、この戦端に介入(ツッコミ)する者は、まだ現れない。


 ◇ ◇ ◇





  〝たまご風味のグッピー〟
   井ノ原真人

            VS

           〝それ以上でもそれ以下でもない〟
                          プッチャン



         バトルスタート!





 【ルール
  ※使用する武器は安全を考慮し、「野次馬から投げ込まれたものを無造作に引き当てる」とする。
  ※バトル勝者は敗者に恥ずかしい称号をつけることができる。
  ※なお今回は野次馬不在のため、武器の使用に制限は設けない。



 >真人は『木魚』を手に取った!
 >プッチャンは『ルールブレイカー』を手に取った!

「ってちょっと待てコラァ! 明らかな凶器は反則だろうがぁ!」
「なーに、俺には筋肉がねぇからな。ハンデだよハンデ」
「チッ……なら仕方がねぇな」
(仕方がないんだ……)

 >真人の攻撃!
 >真人は木魚を打ち鳴らした!
 >ポクポクポク……しかしプッチャンはものともしない!

「効かねぇなあ。全然効かねーぜ!」
「ですよねー」

 >プッチャンの攻撃!
 >プッチャンはルールブレイカーの刃先をチラつかせた!
 >真人がショックを受ける!
 >真人に54のダメージ!
 >真人に55のダメージ!
 >真人に57のダメージ!

「……刃物ってやっぱり卑怯じゃない? なあ?」
「どうした? 早くも怖気づいたか? 教会の番人さんよぉ」
「なにおぉぉぉ!!」

 >真人の攻撃!
 >真人は木魚で殴りにかかった!
 >ミス! やよいが驚いて飛び退いたことによりプッチャンには当たらない!

「うぅ~、この人怖いです~」
「いたいけな少女に暴行を加えるたぁ……堪忍袋の尾が切れたぜ!」
「おっと、見縊ってもらっちゃ困るな。俺の筋肉はこれでも紳士的なんだぜ?」
「悪党がよく使う台詞だぜ……なんにせよ、やよいを傷つける奴は俺が許さん!」

 >プッチャンの攻撃!
 >プッチャンはルールブレイカーを捨て去り、臨戦態勢に入った!

「信念に基づいて行動する! 人はそれを正義と言う!」

 >プッチャンの体が炎を纏い――スーパープッチャンと化す!

「いま俺が行っていることは、暴力ではない! 正義という名の粛清だー!」

 >プッチャンの連続攻撃!
 >殴打! 真人に221のダメージ!
 >殴打! 真人に237のダメージ!
 >殴打! 真人に219のダメージ!
 >殴打! 真人に220のダメージ!
 >殴打! 真人に232のダメージ!
 >殴打! 真人に239のダメージ!

「がっ!? ごほっ!? ぢょぉ!?」

 >殴打! 真人に217のダメージ!
 >殴打! 真人に239のダメージ!
 >殴打! 真人に228のダメージ!
 >殴打! 真人に216のダメージ!
 >殴打! 真人に233のダメージ!
 >殴打! 真人に235のダメージ!

「――バーニング!」

 >プッチャンの攻撃がクリティカルヒット!
 >真人に9999のダメージ!
 >真人は倒れた!

 >プッチャンの勝利!


 ◇ ◇ ◇


 ――男たちの戦いが終局を向かえ、そこには勝者と敗者の構図が出来上がっていた。
 勝ち誇った顔で足元の真人を見下ろすプッチャン、そしてその宿主であるやよい。
 体中をボロボロにして、仰向けに倒れる真人。しかしその表情は、恍惚に笑んでいた。

「ふっ、いい筋肉だったぜ。どうやら、俺はおまえのことを誤解してたみたいだ」
「へ、へへ……そいつぁ俺のセリフだ。筋肉は持ってねぇが……なかなかだった。あばよ…………いい筋肉でまた会おう…………ガクッ」

 我悔いなしといった風に勝者への賛辞を送り、真人は力尽きた。
 無残に玉砕していった対戦者を、プッチャンは卑下したりはしない。
 拳を合わせてみて痛感した。筋肉を持たぬプッチャンが羨むほどの筋肉、それがこの井ノ原真人なのだと。

「……あのう、大丈夫なんでしょうか?」
「【井ノ原真人@リトルバスターズ! 筋肉に殉死】ってな。こいつも本望だったろうぜ」

 なぜか平常心な、それどころか爽やかな汗すら浮かべそうなプッチャンに反し、やよいは戸惑い気味だった。
 とりあえず、この人どうしようか……と立ち往生していると、真人が塞いでいた教会堂の玄関扉から、見知らぬ影が姿を現す。
 艶やかなロングヘアを備えた学生服の美女と、厚手のコートを着込んだ銀髪の少女、そして少女らに付き従うのは肉襦袢のようなものに包まれた軟体動物。
 二人と一匹がやよい、プッチャンの二人組と視線を合わせ、各々の反応を示す。

「うん? おお~! なんだ、会長さんじゃねぇか」
「まぁ、プッチャンさん」
「もげー!? な、なななんかへへへんななな!?」
「てけり・り?」

 見知った顔の登場にプッチャンが軽く驚き、異形の筋肉スライムにやよいが腰を抜かしそうになる。
 真人はノックアウトされたまま、再起することはできない。彼が起き上がったところで、事態の収拾に繋がるわけではないが。

「……茶番だわ」

 無邪気な子供と、ユニークな人形と、天然系の会長と、得体の知れない軟体生物と、KO中の筋肉馬鹿が入り乱れる中で、唯一の常識人が悩ましげにそうごちた。


 ◇ ◇ ◇


「信用できるかどうかなんて、筋肉で語り合えばすぐに片がつく。
 ネムもやよいもたいした腹筋だ……だから俺は信じるぜ! おまえらの筋肉をなぁ!」

 そう暑苦しく断言するのは、今の今までのされていた井ノ原真人だ。
 教会の門前で気を失ってしまった彼を礼拝堂まで――引きずって――運び込み、手団扇で扇ぐなどして再起を待つこと数分。
 介護を務めた面子に懐疑心の要素はなく、談笑や四方山話、これまでの経緯などを語り合っているうちにすっかり打ち解け、さらに数分。
 ようやく目覚めた真人の筋肉による人格判断も、実のところはなんの意味も持たない。
 そもそも、高槻やよいがプッチャンという人形を所持していた時点で、神宮司奏を中心とする三人が彼女を受け入れないはずもないのだ。
 火災現場で発掘した謎の機械――三つの光点が首輪に反応していると気づいた奏たちだからこそ、やよいの到来も予期できた。

「まぁ。それじゃあ高槻さんはずっと一人で……心細かったでしょうに」
「思い出すのは、まだちょっぴりつらいけど……プッチャンがいましたから」
「私には、まだ少し信じられないのだけれど……腹話術では、ないのよね?」
「俺としては、こっちの奇想天外なスライム……のが受け入れがたいんだが、どうよ」
「てけり・り……てけり・り」
「あのー、もしもしみなさん? 俺の話聞いてます? もしもーし」

 荘厳なステンドグラスが月明かりを透過する夜の下、静謐とした礼拝堂に、四人と一体と一匹の声が集う。

 宮神学園女子制服を着込む、憧れの対象ともいえる美貌の保有者、極上生徒会会長――神宮司奏。
 失ったトレーナーの代わりに教会裏の宿舎から拝借した修道女の制服を着せてもらった、アイドル――高槻やよい。
 艶やかな銀髪に、蕩けそうなほどおっとりとした独特の空気を纏う、記憶喪失の少女――ネム(仮称)。
 やよいの右手に嵌り、今の今まで彼女の相棒兼保護者として務めてきた、パペット人形――プッチャン。
 粘着性を伴う軟体に、擬似筋肉の鎧を装備した、某RPGの某スライムのような、ショゴス――ダンセイニ
 そして、筋肉――井ノ原真人。

 やよいやネムとしては数時間ぶりの、各々にとっても特別ないわくが残る、一言に神域とは表せない建物が談合の場だった。
 そのちょうど中心、整列された木製の長椅子に腰掛けながら、ゲーム参加者である四人は今日一日の出来事を、情報という形で清算させていく。

 列車の天井に飛ばされ、いきなり酷い目に遭った――。
 究極の筋肉と至高の筋肉が出会うのは必然だった――。
 おそらくはこのゲームを切欠として、一切の記憶を失ってしまった――。
 暗殺者に襲われそうになった影で、劇的な二つの出会いを果たした――。
 己にできることを模索する内に、ようやく正解へと辿り着けそうな段階まできた――。
 たとえどんな状況下であろうと、日々の筋トレはやめられない……筋肉の成長は――。
 生き残るため、そして記憶を取り戻すため、出会いと離別の果てに奔走する道を選び取った――。
 友達との再会で知ってしまった並行世界、教会を起点とした奇怪にして興味深い現象の数々――。

 話の種としては一等な、纏めるべき情報としては過密な、それぞれの経験が集約する。
 それを纏め上げるのが……若輩にして宮神学園の理事を一手に引き受ける少女、神宮司奏の務めだった。

「しかしよぉ、神父だから教会にいるのは当然と思ってたが、結局誰もいやがらねぇじゃねぇか」
「真人さんの思惑は、見事に外れてしまったわね」
「てけり・り」
「励ましてくれるのか、ダンセイニ? へっ、ありがとよ。まあいい……俺の筋肉もたまには勘を外すさ」

 まず――気になる場所がある、という真人の言を切欠とした、教会への進路転換。
 序幕の際に開会を宣言した神父、言峰綺礼の手がかりが残されているのではないかという期待を込めた移動だったが、成果は得られなかった。
 教会には言峰はおろか、神父やシスターの姿もなく、寺の地下に配置されていた大仏のような目新しい特異点もない。
 しかし、それはあくまでも現状の探査結果に過ぎなかった。

「でもそうなると、やよいさんの言う地下階段の話は本当なのかしら? 今はどこにも見当たらないけれど……」
「だが、嘘でも見間違いでもねぇ。やよいと、このプッチャン様が証人になるんだから絶対だ」
「地下室と古書店と……店主さんを名乗る女性の声、というのも気になりますね」
「うっうー、その古本屋さんで貰った本も、ちゃんとここにあります!」

 教会に辿り着いた奏たちは、そこでなにも発見することができなかった。
 しかし奏たちが訪れる以前、既に教会を調べていたやよいとプッチャンは、確かな特異点を見つけたという。

 教会の奥に隠された、地下へと繋がる階段。
 地下の小部屋で磔にされた、キリストを思わせる金髪の男性遺体。
 階段を上った先にあった、教会堂よりも広い古書店。
 古書店の店主を名乗る、声だけの怪しい存在。
 古書店に設置された、転移装置と思しきエレベーター。
 古書店でやよいが選び取った、謎の書物。

 それに加え、やよいたちが古書店に移動したのを見越したかのような菊地真伊藤誠の放逐、ひいては伊藤誠の死亡と彼を殺害した西園寺世界の来襲、それによる葛木宗一郎の死去。
 解釈次第では全てその店主の術中とも思えてしまう、一連の不可解すぎる流れ。
 真人が教会を目的地に定め、やよいが教会へ戻ることを選択した。
 そんな偶然の出会いにさえ、疑いの眼差しを向けてしまう。

 元々、奏は人を疑ることが得意ではない。
 この疑いは人心に対する懐疑心ではなく、ミステリーに対する推理の延長のようなものだ。
 教会という施設が持つ役割以前に、古書店の店主が最適解の鍵を握っているのではないか、と思考を廻らせる。

「その店主さんは、高槻さんたちをわざわざ招いて、お客さんとして接待までしてくれたのですよね?」
「楽しそうだったから――俺が目的を聞いてみたら、含み笑いでそう答えてやがったぜ」
「わたしは、黒幕さんですかって尋ねました。はぐらかされて、答えは教えてもらえなかったですけど……」
「なんだかいけ好かねぇ感じだな。きっと筋肉もへぼいんだろうぜ」

 黒幕――見えざる地下室の存在といい、教会以上の間取りの古書店といい、法則性を無視しているにもほどがある。
 加えて、やよいたちに発していた例の意味深な言動だ。
 奏たちと境遇を同じくするゲーム参加者、などという可能性はゼロに等しく、あからさまに超常の存在なのは間違いない。
 言峰綺礼や神埼黎人、それに先の放送で初出を果たした炎凪。彼ら主催運営人の一味と考えるのが、妥当だった。
 それらを踏まえ、奏はさらに思索の海を潜る。

(私に、できること……ううん。私が、頑張らなければいけないこと)

 極上生徒会という武装を剥がされた極上生徒会会長として、このゲームで極大権限を得るにはどうすればいいのか。
 ――答えは変わらない。

 考える。
 組織の上に立つ者としての考察こそが、奏の持てる唯一の作戦であり、武器だった。
 トーニャを隠密として動かし、唯一の手がかりである藤乃静留との接触を持って切り開こうとした、舞台の背景を読む作業。
 それは新たに得た『謎の古書店店主』というファクターによって、進捗の兆しを見せつつあった。

(トーニャさんの動きを待つばかりではいられないもの。
 高槻さんとプッチャンさん、この二人が持つ情報を足掛かりに、私は真実を掴まなければいけない)

 天然系のおっとり会長として通っている奏にしては珍しい、真剣な形相を見せる。
 歪みのない双眸が見据えるのは、現在の教会において一番の異質な部分。
 玄関から見て右奥の位置に、ポツリと設置された黒一色の扉。
 菊地真が中を調べ、入室の後姿を最後に消えた――懺悔室の扉だった。

「地下へ繋がる階段が消えちまったとなると、あと怪しいのはあそこだけだよなぁ」
「鍵がかかってるみたいで、中には入れないのよね。あんなプレートもかけられているし」
「なんなら、俺の筋肉でぶち破ってやろうか?」
「やめときなぁ。触らぬ神に祟りなし、だぜ。あんな露骨な注意書きまであるしな」

 懺悔室の入り口である黒の扉には、殴り書きされたようなメッセージつきのプレートが一枚下げられている。
 文面はこうだ。

『Don't knock! お越しのお客様は、入店証をお持ちになって来店し直してください』

 ……『店』という単語から窺うに、十中八九古書店の店主による伝言だと思われる。
 店主の存在を知らない者にとってはまったく意味の通じないものではあるが、あいにくこちらにはやよいという情報源がある。
 その点を踏まえれば、このメッセージは奏たちがやよいと遭遇することを見越して設置した……とも勘ぐることができた。

「入店証を提示すれば、おそらく古書店には入れる……入店証というのがなんなのか、わからないのだけれど……」

 入店証と一言に言っても、それが安易なパスであるとは思いがたい。
 参加者たちの支給品に、そういったアイテムが含まれているのか、またはそれに類するキーアイテムがあるのか。
 単純な道具に限らず、もしかしたら合言葉、入店の資格を示す重大な情報という可能性もありうる。
 もしくは、殺し合いの果てに導き出す実績。誰もが一度は目指すであろう、首輪の解除が条件とも考えられた。
 他に想定できるのは、人物か。例えばゲームの舞台裏に精通した工作員がいたとして、その人物自体が鍵となるケースも。
 道具、合言葉、情報、実績、特定の人物……証となるのは、いずれのどれかか。

「入店の可能性を残しているということは……私たちの来店を望んでいる、とも取れるのかしら?」

 話を聞く限り、やよいに接触を図った店主の行動には、不審な点が多々ある。
 楽しそうだったから……と本人は語るが、やっていることはアメと鞭だ。
 団結を築きそうだった四人組を散り散りにし、その一方でやよいを情報源として仕立て上げ、さらに奏たちとの遭遇を見越してメッセージまで残す。
 一連の流れが全て店主の思惑通りだとするならば、彼女こそこの殺し合いの掌握権を握るゲームマスターに他ならないのではないか。

「……『楽しそうだった』、というのはつまり、『楽しみたい』という意志の裏返しなんじゃ……?」

 そしてその思考は、ただの緩慢とした殺し合いを望まない……自らエッセンスを加え、思い描く理想形に誘導しようとしている。
 こうやって奏が考察を広げている事実すら、店主の術中の内ではないのだろうか……?
 楽しくなければ意味がない――極上生徒会にも通じる理念だからこそ、奏はそれを読み取ることができた。

「高槻さんたちに声をかけ、私たちに声はかけなかった。
 これは、高槻さんたちに渡した情報を餌として、私たちの行動すら操ろうとしているんじゃ……?
 鍵の掛かった懺悔室も、正統な手段を手に入れて中に入れ……という意味なのでは?
 そしてひょっとしたら――懺悔室の扉を潜った先に、光明があるんじゃ……?」

 やよいの証言がある以上、古書店と店主の存在は不動のものとなった。
 それらが超常の位置にあり、このゲームの裏を読むにあたって無視できない要素であるということも、知ってしまった。
 店主の思惑を探ってみれば、これは参加者たちに与えられた試練とも読み取れる。
 もちろん希望をチラつかせた疑似餌とも考えられるが、知ってしまった以上、縋るほかない。

「私の考えすぎかしら……ちょっと飛躍しすぎてるとも思うけど……」
「会長さん、おーい、会長さんよぉー」
「けれど、やっぱり……彼らたちの目的を考えると不可解なところが多いし……」
「奏さーん。もしもーし、かーなーでーさーん」
「でも…………は、はい?」

 耳元で伸びる声にハッとし、奏は俯かせていた顔を上向けにした。
 なにやら視線を感じたので首を横に振るってみれば案の定、一同の眼差しが奏へと集中されている。

「あ、あら?」
「なんか、さっきからずっと独り言言ってたぞ」
「え、あ、あらら?」
「それも、今後に関わりそうなことを真剣な表情でね」
「あらららら?」

 どうやら心中で呟いていたはずの考察が意図せず漏れてしまっていたらしく、奏は頬を赤らめる。
 みんなに奏の考えを説明する手間は省けたが、形式としては無自覚の独り言だ。
 天然気質だが傍目にはできる女として評価されている身として、恥じらいは残る。

「ご、ごめんなさい。なんだか恥ずかしい真似をしてしまったみたいで……」
「いやぁ、極上生徒会会長さんとしての考えをしっかと聞かせてもらったぜ。なぁやよい」
「うう~、難しい話わかんないです……けど私もやっぱり、あの店長さんは黒幕だと思います!」
「あからさまになにかがある、と示されているわけだから……当たりをつける理由としては十分だと思うわ」
「てけり・り」

 赤面する奏をフォローするように、皆が賛同の意を示す。
 奏の意見をもっともだとは思いつつも、自らの思考でその可能性まで到達した者はいない。
 やよいはまだ中学生、そしてネムは記憶喪失、真人は……筋肉だ。
 賛同は心強いが、その一方で、本当に自分の出した道筋は正解なのかと不安にもなる。

(こんなとき、久遠さんや聖奈がいてくれたら……困ることもないのだけれど)

 奏は、宮神島に残してきた二人の同級生を懐かしむ。
 生徒会副会長を務める銀河久遠、隠密部リーダーの桂聖奈。
 共に、奏のブレーンとして時には提案、時には助言、時には忠告を促してくれた人物だ。
 いかに神宮司家当主、いかに極上生徒会会長といえど、全能ではない。
 組織というものを理解していても、読み違いをすることはままある。
 ここが日常の場だとして、もし考察の中に見落としがあるとすれば、久遠や聖奈がそれを補ってくれただろう。

 だからこそ、奏は欲する。
 自身の務めをサポートし得る、久遠や聖奈のような――『参謀役』の存在を。

「……なぁ、一つ提案なんだけどよ。今日はもう遅いし、寝ねぇか?」

 一同が閉ざされた懺悔室に視線を送る中、真人が唐突に言った。

「夜も遅いし、先もまだ長い。なにより暗闇は危ねぇ。他の奴らも大体そう考えるだろうし、身を休めたがるはずだ。
 そんな中で蘭堂や菊地を探し回ってもしょうがねぇしよ……ここいらで筋肉の骨休めといこうぜ」

 真人にしては珍しい、理に適った提案だった。

「まぁ、確かにそうだわな。そろそろ始まって二十四時間だ。みんなろくに寝てもいないだろうしな」
「そういえば、ずっと歩き尽くめでした」
「でも、ここを寝床にするのは危険じゃないかしら?」
「禁止エリアに囲まれた極所ですし、人が訪れることは少ないと思います。寝床なら、裏手の宿舎がありますし」
「てけり・り」
「フッ……満場一致のようだな。ま、俺は最初かっらみんなの筋肉が休みたがってるって気づいてたがな」

 意見が集約した瞬間、強張っていた体を解放する面々。
 奏も、ほぅ、と息をつき、肩に入れていた力を抜く。

「となると……今夜はパジャマパーティーだな! こいつぁ楽しみだ!」
「もう、プッチャンってばー!」
「ん? ああ、安心しろよ! やよいにそういうのは期待してないから! な、ネム!?」
「え? あ、あの……なんだか、いやらしい視線を感じるわ……」
「あははは~、えーいっ」

 やよいは息巻くプッチャンの体をむんずと掴み、笑いながら床に放り捨てた。
 誰かの腕に嵌っていないと、プッチャンはただの人形だ。
 一度宿主を失えば、あとはなにもできず、誰かに拾われるまで放置の運命を辿る。

「てけり・り」

 やよいが捨てたプッチャンに興味を抱いたのか、ダンセイニが軟体の体を懸命に伸ばす。
 その、手とも腕とも形容しがたい粘着性物質は、するりするりとプッチャンの中に入り込み、

「てけり・り♪」
「てけり・り……じゃねぇ! うわあああ、なんだこれぇー、めっちゃぬちゃぬちゃするー!?」

 結果、ダンセイニがプッチャンを嵌めた――ということになるのだろうか?
 ダンセイニの声帯を手に入れたプッチャンが、くぐもった声で絶叫を上げる。
 まるで機械音声を合成して作ったようなちぐはぐな声調だったが、それ以上にプッチャンの背中の辺りから垂れる粘着性物質が視覚的ショックを与え、本人にも深刻なダメージを与えた。

「やよいー! ネムー! 助けてくれぇー!」
「……わ、私! プッチャンのこと忘れません!」
「……ごめんなさい。私たちは、無力だわ」
「ひでぇ!? 会長さん、この際真人でもいい! なんとかしてくれー!」
「ふんっ! ふんっ! ふんっ! フゥー、考え事をした後のスクワットは格別だな」
「宿舎に冷蔵庫は置いてあるかしら? みんなで食べられるものがあればいいのだけれど」
「か、神も仏もいないのかー!? ここ教会だろう!? 誰か俺をこいつから解放してくれぇぇ!!」
「てけり・り♪」

 プッチャンを気に入ったらしいダンセイニが彼を手放すまで、しばしの時間を要した。
 おかげで本来手を嵌める部分がやたらねちゃねちゃしてしまったが、それでもやよいは文句を言わずに、プッチャンを嵌め直した。
 この辺りに、やよいとプッチャンの信頼関係が窺える。

(プッチャンと一緒にいる高槻さんを見ていると……なんだか、りのを思い出してしまうわね)

 歳も近く、性格も似ている。プッチャンとの連携も、まるで熟年の相棒同士のようだった。
 彼女、そして彼もまた、この苦難に塗れた一日を乗り切ったのだ。この信頼性は、その功績だろう。
 微笑みが生まれる一方で、未だ噂聞かずのりのの身が心配にもなる。

 奏もプッチャンも、りのの脆弱さは誰よりも理解している。だが彼女とて、既に十八時間の時を乗り切っているのだ。
 りのもりので、りのなりに頑張っているに違いない……願いを込めた想いが、夜天に馳せて消えた。

 そして、夜が更ける……。


 ◇ ◇ ◇


188:世界の終わり、あるいは始まり 投下順 189:ζ*'ヮ')ζ<Okey-dokey!
203:修羅の系統樹 時系列順
172:i 高槻やよい
173:Rewrite ファルシータ・フォーセット
井ノ原真人
神宮司奏

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