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踊り狂う道化達/それでも生きていて欲しいから (後編)

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踊り狂う道化達/それでも生きていて欲しいから (後編) ◆guAWf4RW62


(――――来る!)

 驚愕に震えているような暇は無い。
 刀子は怪物の突撃を迎え撃つべく、直ぐに刀を水中で振り上げた。
 牛鬼の怪力を駆使した剣戟が、縦一文字に繰り出される。
 それは地上ならば岩をも砕きかねない一撃だったが、水中ならば話は別。
 指一本動かすだけでも水の抵抗を受ける環境下では、普段の半分にも満たぬ威力と速度しか出せない。

(…………ッ!?)

 ガキン、という音。
 刀子の放った剣戟は、怪物のハサミによって呆気無く弾き返されていた。
 怪物はそのまま前進を続け、無防備な刀子の胸部にハサミを突き立てようとする。
 しかし、その光景を静留が黙したまま見ている筈が無い。
 静留は殉逢で怪物の脇腹を殴打して、突撃の軌道を強引に変更させた。
 突然の衝撃に空転するハサミ。
 怪物は刀子の横を通り抜けて、暫く進んだ所で水面上に異形の首を上げた。

「キヒヒヒッ……これ以上逃げ回って堪るかよ。思い知らせてやる! 
 俺はやれば出来るって事、見せてやるんだ!」

 再び怪物の身体が水中に沈み込んで、次の突撃が開始される。
 刀子と静留は肩を並べて、新一の突撃を迎え撃とうとする。
 先手は圧倒的なリーチを誇る静留。
 長さにして五メートルを越える殉逢が横薙ぎに払われたが、やはり地上の時のような鋭さが無い。

(くっ……やっぱり、あかんか)

 静留が苦々しげに奥歯を噛み締める。
 怪物は避けるまでも無いと云わんばかりに、強固な外殻で鞭を跳ね返した。
 続いて刀子が古青江を一閃したが、またもハサミに阻まれる白刃。
 赤の巨弾は波状攻撃にも怯む事無く、刀子達へと急接近する。
 刀子も静留も咄嗟に身体を捻って、ハサミによる一撃だけは躱したが、その直後に襲い来る体当たりまでは避け切れない。

「ガッ…………」
「ご、ふ――――」

 叩き付けられた強烈な衝撃に、二人の少女達は口から空気を吐き出した。
 気力だけで強引に態勢を立て直したものの、決してダメージは軽くない。
 空気を求めて懸命に水上へと向かう刀子達の表情は、苦痛に酷く歪んでいた。
 身体を縛る水の抵抗が、刀子達に普段のような鋭い動きを許さない。
 一方で、轢き逃げ気味に刀子達から離れていく新一の表情は余裕そのもの。

 新一は、水中戦を得意中の得意とする『深きもの』と化している。
 その戦闘能力は、地上で戦っている時よりも大幅に増加していると云って良い。
 以前なら戦いが始まりすらしなかった双方の実力差は、この戦場に於いてのみ逆転していた。

「あかん……あの化け物相手に水中は不利や。一旦退いた方がええどす」
「……そう、でしょうね。ですが、この地形では――――」

 月明かりを反射している水面の上。
 静留が一時撤退を提案したものの、刀子は厳しい表情で傍の崖を指差した。
 崖は三メートル程度の高さで、角度的には断崖絶壁に近い。
 飛び降りる分には問題無い高さだが、昇るとなるとそうは行かないだろう。
 崖以外の場所から逃げようにも、対岸までは優に数百メートルある。
 怪物の猛攻に晒されながら辿り着けるような距離では無かった。

「ヒャハッハッ、どんどん行くぜ!」
「くっ…………!?」

 聞こえて来た声に刀子が後ろへ振り向くと、そこには三度目の突撃を仕掛けてくる怪物の姿。
 刀による迎撃も回避も困難な、赤い弾丸が急速に近付いてくる。
 図らずして、刀子の心に焦りが沸き上がる。
 だが刀子は唇を強く噛み締めて、乱れる心を強引に落ち着かせた。
 脳裏に去来するのは、嘗ての如月双七の姿。

(双七さんは……どんなに追い詰められても、冷静さを失わなかった)

 愁厳と戦った際、双七は窮地に追い込まれても諦めなかった。
 最後まで冷静に戦い続けて、勝利を引き寄せたのだ。
 そうだ――焦った所でどうにもならない。
 生半可な迎撃や回避が無意味なのは、既に先刻承知の事。
 この窮地を凌ぐには、己が全身全霊を以って挑む以外に方法は無い。

(双七さんは……最後まで諦めなかった!)

 刀子は両手に可能な限りの力を籠めて、正面に刀を構えた。 
 続けて湖の中に潜り込んで、全力で水を蹴り飛ばす。
 発生した推進力に身を任せて、少女は自ら怪物に突っ込んでゆく。

(兄様、双七さん! 私に力を――――!)

 出し惜しみなどしない。
 牛鬼の怪力に前進する勢いも上乗せして、刀子は渾身の一撃を打ち放つ――!


 だが、両者が衝突する直前。
 怪物は未だ攻撃が届かない距離であるにも関わらず、おもむろにハサミを振り上げた。
 その行動によって巻き起こされた水の渦は、刀子の態勢を崩すのに十分なもの。

(しま………ッ)

 刀子が懸命に態勢を戻そうとするが、そんな努力も空しく。
 続け様に繰り出されたハサミが、刀子の脇腹を捉えていた。

「あがっ……、かはっ…………ッ!」

 刀子の脇腹を中心として、水が赤に侵食されてゆく。
 穿たれた傷は、かろうじて内臓にまでは到っていないが、決して軽くはない。
 怪物は自らの戦果に異形の口元を吊り上げながら、再び助走距離を稼ぐべく離れてゆく。
 静留がその背中に向けて殉逢を打ち込んだが、効いたような様子は欠片も見受けられなかった。

「へへへ……フヒハハハハハ! どうだ! やっぱり俺は強いじゃんか!」

 広大な湖に、異形の醜い声が響き渡る。
 水面上へと浮かび上がった怪物の顔は、最早どうしようも無い程の狂気に歪んでいた。
 怪物は勢い良く真っ直ぐに泳いで、刀子達から離れてゆく。
 刀子達との距離が徐々に開いていって、現在五十メートル程。
 今までなら既に反転している距離だが、怪物は必殺を期すべく、まだ助走距離を稼ごうとする。

「さあ、次で終わらせるぜ……ッ。レオ、スバル! 皆見てろよ?
 これが俺の……鮫氷新一の力だ!」

 距離八十メートル。
 怪物はまだ進行方向を転換しようとはしない。
 自分の圧倒的優位であるとは云え、敵は二人。
 虐げられ続けて来た少年は、だからこそ慎重に、勝利への道筋をより強固なものにしようとする。

「俺を馬鹿にしやがった奴らも、助けなかった奴らも、皆ぶっ殺してやるんだ!
 ヒャハハハハハハッ!」

 距離が百メートル程離れた所で、遂に怪物が身体の向きを反転させた。
 赤い外殻に覆われた巨体が、傷付いた獲物達に向かって加速する。
 激しく水流を巻き起こしながら突き進むその姿は、真紅の魚雷と呼ぶに相応しい。
 今までに倍する速度と破壊力を以って、怪物は獲物達へと襲い掛かる――――!


 唸りを上げる巨弾。
 刀子は水中でただ呆然としたまま、迫り来る圧倒的な死を眺めていた。

(ここまで……なの?)

 心に沸き上がるのは諦観。
 諦めたら駄目だ、というのは分かっている。
 双七はどんな苦境でも諦めなかったのだから、自分だって諦めたくなど無い。
 だが、傷付けられた脇腹から今も流れ出ている鮮血。
 何度剣戟を打ち込んでも通用しなかったと云う事実が、刀子に楽観を許さない。
 刀子の理性は冷静に状況を分析して、最早何をしても勝ち目は無いと告げていた。    

(兄様、双七さん、私は――――)

 このまま自分は終わるのだろうか。
 大切な兄をみすみす死なせてしまい、愛しい双七にも会えないまま。
 兄を殺した憎き外道によって、自分もまた殺されてしまうのだろうか。

 それは余りにも哀しく、余りにも悔し過ぎる結末。
 何としてでも避けたい結末だが、どうしても現状の打開策が浮かばない。
 怪物との距離が縮まるにつれて、刀子は心が絶望に侵食されてゆくのを感じていた。



「――刀子はん、諦めるのは未だ早いどすえ?」



 そんな彼女の絶望を、上から聞こえて来た声が打ち払う。
 ぐいと、力強く左腕を引っ張られる。
 水の上にまで引き上げられた刀子が目撃したのは、藤乃静留の姿だった。

「静留さんっ!?」

 静留は左手で刀子を、右手で殉逢を握り締めていた。
 殉逢の先端は、崖の上に見える木へと巻き付けられている。
 鞭をロープ代わりにして、静留は湖から脱出しようとしているのだ。
 それはこの場に於いて間違い無く最善手だったが、状況は未だ予断を許さない。
 過酷な戦いを続けてきた代償は、確実に静留の身体を蝕んでいる。

「あがっ…………つぅ…………」

 静留が苦痛に表情を歪める。
 ポタリ、ポタリと左手から零れ落ちる血。
 嘗てツヴァイによって傷付けられた左手首の傷口が、ここにきて再び開いていた。  

 静留は懸命に歯を食い縛って、刀子の腕を手放さぬまま、崖をよじ登ろうとする。
 しかし登り切るまでには、数分の時間を必要とするだろう。
 そしてそれだけの時間、それだけの隙を、敵が黙って見過ごす筈も無い。


「ククク……ヒャハッハッ! 馬鹿が、隙だらけだぜ!」

 碌に身動き出来ぬ今の静留は、怪物からすれば格好の的。
 十分な助走距離を経た怪物は、既に自動車と大差無い程までに加速している。
 激しく舞い散る水飛沫。
 肥大化した尾ヒレを大きく一振りして、赤の体躯が空中へと飛び跳ねた。

 怪物と静留達の距離は、未だ十五メートル以上も離れている。
 だが、届く。
 これだけ加速をした後の跳躍ならば、確実に怪物は静留へ牙を突き立てる事が出来る。
 両手が塞がっている静留に、迎え撃つ術は無い。
 静留は上空から迫る怪物を見据えたまま、


「――おおきに。見事に引っ掛かってくれましたなあ」


 そんな事を、云ってのけた。


「え…………?」

 怪物の顔が狼狽に歪む。
 そもそも、静留には刀子を救う必要など無かった。
 自分一人でなら、もっと早く崖の上に逃れる事が出来ただろう。
 だと云うのに何故、危険を冒してまで刀子を引き上げたのか。

「刀子はん、出番やで」
「ええ、分かっています」

 短く答えて、刀子が空いている右手で日本刀を握り締めた。
 静留と違って、刀子は自由に武器を振るう事が出来る。
 水の抵抗が無いこの状況なら、牛鬼の力を十分に振るう事が出来る。
 縛りから解放された剣戟は、水中の時とは比べ物にならぬ威力を発揮するだろう。

 そう。
 全ては――愚かな外道を、水中という戦場から引き摺り出す為。


「あ…………」

 遅ればせながら、ようやく怪物も自分の失敗に気付いたのか。
 懸命に両腕両足をバタ付かせて、湖へ逃れようとする。 
 しかしどれだけ足掻こうとも、宙を舞う身体の勢いはもう止まらない。
 愚かな外道は為す術も無く、自ら死へと接近してゆく。

「兄様、お許し下さい。哀しみの連鎖を断ち切る為、刀子は鬼になります」
「ひっ……、待って――――」

 外道の懇願。
 それを目前にして、少女は天高く刀を振り上げた。
 放たれるのは、一乃谷流に伝わる強力無比な一撃。



「一乃谷流――――“鋼獅子”(はがねじし)」


 獲物を噛み裂く獅子の牙のように、古青江の白刃が振り下ろされる。
 怪物もハサミを盾にしようとしたが、そのような抵抗など無意味。
 唸りを上げる刃は、外殻に覆われたハサミを易々と切断。
 尚も剣戟の勢いは止まらずに、そのまま怪物の本体をも両断した。

 緑色の体液と共に、外殻の中身が撒き散らされる。
 グロテスクな臓器が、次々と湖に落下する。
 己の保身にのみ生き続けた鮫氷新一は、愚かな怪物として最期の時を迎えた。



    ◇     ◇     ◇     ◇




 天より降り注ぐ月明かり。
 大きな湖の畔、切り立った崖の上で二人の少女達が対峙している。
 怪物を打倒し、その荷物も回収した後、静留と刀子は再び一触即発の状態へと戻っていた。

「さて……さっきあんたを助けたのは、あくまでもあの化け物を倒す為。
 あんたと仲間になった訳やあらへん。それは分こうてはるな?」

 静留は冷たい声でそう言い放つと、おもむろに殉逢を構えて見せた。
 負傷している左脇腹や左太股、左手首からは今も激痛が伝わってきているが、その程度では怯まない。
 そして傷付いた身体を奮い立たせているのは、刀子とて同じ。

「ええ……存じています。そして貴女が罪無き人々まで害そうとし続ける限り、私は退く訳にはいきません」

 地面に零れ落ちる紅い雫。
 刀子は未だ脇腹から血が流れ落ちているにも関わらず、一歩も退くような様子を見せない。
 静寂に包まれた湖の傍で、ただ場に漂う緊張感だけが高まってゆく。
 交錯する殺意の視線。
 やがて、刀子が静かに古青江の切っ先を下ろした。

「出来れば私は貴女と戦いたくありません。……本当にもう、どうにもならないのですか?」
「…………」

 鮫氷新一のような外道と静留は決定的に違う。
 それは刀子が抱いている絶対の確信。
 静留は未だ、きっと引き返せる筈。
 だからこそ刀子は希望を捨てずに、静留の説得を試みようとする。



「私の兄は、私を守る為に人を殺し続けて、その報いを享受して殺されました。
 貴女ももう本当は分かっているのでしょう?
 大切な人を守る為に、他の誰かから大切な人を奪うような真似をしても、悲しみが連鎖していくだけだって」

 刀子の兄、一乃谷愁厳は自らの罪に対する報いを受け入れて、死んだ。
 愁厳殺害の犯人たる新一も、完全な自業自得とは云え刀子の手によって討たれた。
 まるで強固な鎖で繋がれているかのように、悲しみは連鎖していくのだ。

「そのなつきさんという方の事を大切に思っているのなら……尚更、これ以上殺し合いを続けてはいけません。
 貴女がそれだけ大切に思えるなつきさんが、そんな事を望むと思いますか?」
「……望まへん、やろうな」

 なつきは、静留が人殺しをする事など望まない。
 その点については、静留も認めざるを得なかった。
 そんななつきだからこそ静留は惹かれ、好きになったのだから。
 しかし自分が間違っていると自覚しつつも、静留は道を曲げたりしない。

「それでも、殺し合いを止める訳にはいかへん。
 なつきが生き延びる可能性を少しでも上げる為なら、うちは手段を選ぶつもりなんてありません」
「……そうですか。では戦うしか、無いようですね」

 突き付けられた拒絶に、再び刀子が古青江を正面へと向ける。
 だがそんな彼女とは反対に、静留は殉逢を構えようとはしなかった。
 刀子が訝しげな表情を浮かべる中、一つの提案が投げ掛けられる。


「うちは道を曲げへん。せやけどあんたと此処で戦うのは、得策とは思えんどす。
 此処は、引き分けで手を打ちませんか?」
「つまり、私に大人しく退けと?」

 刀子がそう問い掛けると、静留はコクリと縦に頷いた。

「ええ。これ以上戦うには、うちらは消耗し過ぎているさかい。だから決着は次回に持ち越し。
 ……お互い、こんな所で燃え尽きる訳にはいかへんやろ?」

 静留の提案は理に適っている。
 刀子も静留も先程までの激戦により、既に限界が近い状態。
 今無理に決着を付けようとすれ、共倒れになってしまう可能性が極めて高かった。
 しかし刀子からすれば、このまま引き下がるなど有り得ない話。
 二度と、愁厳の時のような悲劇を繰り返させる訳には行かないのだ。

「ではせめて、なつきさんに会うまでは罪無き人々を傷付けないと約束して下さい。
 そうして頂けないのでしたら、たとえ私は此処で朽ち果てようとも貴女と戦います」

 なつきとの再会まで無闇に人を襲わぬと明言させる。
 それが、刀子に許された最大限の譲歩だった。
 勿論、刀子はなつきと面識など無い。
 しかし嘗ての自分と同じ立場に置かれているなつきなら、きっと必死に静留を止めようとしてくれる筈だった。



「……その程度の条件やったら、呑めない事も無いどす。せやけど、なつきを傷付けかねない危険な人間には容赦せえへんよ?」
「構いません。私としても、そのような方々を見逃すつもりはありませんから」

 交渉は成立。
 此処で無理に刀子と雌雄を決するよりは、条件を呑んだ方がリスクが低いと判断したのか。
 静留は刀子の提案を跳ね退けたりしなかった。

「では――私はこれにて失礼します。願わくば、貴女が正しい道に戻られますよう……」

 刀子は踵を返して、静かに戦場から歩き去ろうとする。
 一度約束した以上、もう静留と戦おうと云う意志は無い。
 静留が約束を破る可能性も無くは無いが、その点について刀子は余り心配していなかった。
 敵として死闘を繰り広げはしたのの、静留が戦っているのは只大切な人を生還させたいが故。
 刀子の兄と同じく、静留は自分を犠牲にしてまで大切な人を守ろうとしているのだ。
 そんな彼女が、約束を無下に踏み躙るとは思えなかった。


 一乃谷刀子は敵同士という間柄にも関わらず、藤乃静留と云う人間を信頼しつつある。
 だから――次に何が起こるのか、まるで予測出来なかった。





「――云った筈やで。手段を選ぶつもりは無い、と」
「…………ッ!?」





 再び膨れ上がる殺気。
 刀子が振り返った瞬間にはもう、殉逢が横薙ぎに一閃されていた。
 完全に虚を突かれた刀子は、声を上げる暇すら無く弾き飛ばされる。
 更に、地面へ倒れ込んだ刀子に向けて容赦無く打ち込まれる連撃。

「あ、ぐ、ご、かは……!」

 一撃が叩き落とされる度に大地が揺れ、刀子の口から血塊が吐き出される。
 合計にして、約十五発。
 猛り狂う蛇の群れは、肋骨の数本を叩き折り、背骨に罅を刻み込み、内臓を酷く損傷させた。
 静留が攻撃を終えた時にはもう、刀子は自力で立ち上がるのすら困難な状態となっていた。

「……ほんま、堪忍なあ。せやけど、うちが刀子はんを確実に倒すにはこの方法しか無かったんや」

 何処か哀しげな、しかし冷たい言葉が告げられる。
 静留は刀子との約束を守るつもりなど無かった。
 交渉が始まった時からずっと、刀子が致命的な隙を晒すのを待っていたのだ。

「どう、して…………?」

 力無く地面に倒れたまま、刀子が掠れた声を絞り出す。
 彼女が疑問を抱くのも、至極当然の事だろう。
 少なくとも刀子がこれまで接して来た印象では、静留は新一のような外道では無い。
 そんな静留が何故、このような卑怯極まりない暴挙に出たのか。
 その理由が、刀子には全く分からなかった。

 刀子が見上げる先で、悠然と蛇の少女が屹立している。
 一陣の風が吹き抜けて、栗色の長髪を揺らす。
 静留は殉逢を強く握り締めて、己が心中を静かに語り始めた。

「うちはずっと悩んどりました……。
 なつきの為に人を殺さないといけないのに、どうしてうちにはそれが出来へんかったのか」

 静留は殺人遊戯を肯定したにも関わらず、自身の意思で人を殺めた経験が未だ無かった。
 殺せる好機が無かった訳では無い。
 気絶した来ヶ谷唯湖を保護した時。
 あるいは、黒須太一との再会を果たした時。
 その気になりさえすれば、相手の命を奪う事は十分に可能だった筈。
 だと云うのに静留は、自分から獲物を見逃してきたのだ。

「悩んで悩んで……気付いたんどす。自分の覚悟が弱かったって事に。うちは甘かった。
 偶然人を殺してしまったから殺し合いに乗ったというだけで、自分の意思で殺人を犯すような覚悟が無かった」

 そう――そもそも静留が殺し合いに乗った切っ掛けは、藤林杏を誤殺してしまった事。
 人を殺してしまった以上後戻りは出来ぬと判断して、自分から修羅に身を堕とそうとした。
 それは状況に流されただけの、弱い考えに基づいた行動。
 その程度の動機、その程度の覚悟では、人の命を奪える筈が無かった。
 だが静留が迷走している間にも、事態は刻一刻と悪化して、参加者達の首を真綿でじわじわと締め付ける。

「せやけど、生き残りももう半分。これ以上甘い事をやっていたら、きっとなつきを守れない」

 少し前に行われた放送によって、また新たな死者達の名前が告げられた。
 死んだ者達の中には、あれだけ強い精神を見せた直枝理樹も含まれている。 
 最早、なつきが何時死んでしまっても可笑しく無い状況。
 この期に及んで甘い考えを捨て切れぬようでは、きっと手遅れとなってしまうだろう。

「……だから。なつきが死んでから後悔しても遅いから――うちは悪魔になります」

 もう、躊躇などしていられない。
 手段など選んでいられない。
 何を犠牲にしてでも、どんなに汚い事をしてでも、殺す。
 他の誰かから大切な人を奪う事になると分かっていても、殺す。
 たとえこの身が朽ち果てようとも、殺して殺して、殺し続ける。
 それが藤乃静留の抱いた、新たなる覚悟だった。

「――さようなら、刀子はん。うちは、あんたを殺します」
「静留、さん……」

 静留は古青江を拾い上げて、その刀身を天高くへと掲げた。
 眼下に倒れているのは、満身創痍となった一人の少女。
 自分が酷い裏切り行為によって打ち倒した、一乃谷刀子だ。
 普通ならば、恨まれて当然の状況。
 にも関わらず、こちらを眺め見る刀子の目は、怒りと云うよりも寧ろ哀しみに満ちていた。

「貴女が、進もうとしている先には……ごふっ……きっと苦しみしか、ありません。
 それでも貴女は…………修羅の道を、選ぶのですか?」



 刀子が洩らした言葉は、純粋に静留の事を想ってのものだった。
 停止する古青江の白刃。
 胸を締め付けられるような感覚が、静留へと襲い掛かる。

(うちは……殺すんか?)

 静留はまだ、自分自身の意志で人を殺していない。
 今なら引き返せる可能性も、僅かながら残っているかも知れない。
 だが此処で刀子を殺せば、最早永久に後戻り出来なくなるだろう。
 自分には、本当にそれだけの覚悟があるのか。

(本当に……この人を殺してしまっても良いんか?)

 この少女は敵対関係にある静留を、真剣に救おうとしてくれた。
 なのに自分は、そんな刀子の気持ちを最悪の形で裏切ってしまった。
 このまま刀子を殺してしまって、本当にそれで良いのか。

「それでもうちは――――」

 分かっている。
 自分が致命的なまでに間違っていると云う事は、良く分かっている。
 こんな方法で生かされたとしても、なつきは決して喜ばない。
 なつきの為になんて、なりはしない。
 だけど。
 たとえそれが、自己満足に過ぎないのだとしても――





「なつきに生きていて欲しい」




 振り下ろされる白刃。
 静留の繰り出した一撃は、寸分違わず刀子の首を切り落としていた。
 赤い鮮血が舞い散って、地面を赤く濡らしてゆく。

 言い訳は、決して許されない。
 最早、二度と後戻りなど出来はしない。
 自分の意志で、自分の手で、静留は確実に少女の命を奪い去った。 


 それでも、守りたいものがあった。
 誰よりも好きな人が居た。
 ただ一人を守り抜く為だけに、藤乃静留は紛う事無き修羅と化した。



「…………」

 修羅は荷物だけ回収して、少女の死体を一瞥すらせずに歩き去ってゆく。
 懺悔はしなかった。
 そんな事をする資格は、修羅にはもう残されていない。

 湖に面した森の中。
 ひゅうひゅうと風が吹いて、その度に無数の木々が葉擦れの音を紡ぎ上げる。
 月の光が、首だけになった少女の顔を照らし上げていた。



【鮫氷新一@つよきす -Mighty Heart- 死亡】
【一乃谷刀子@あやかしびと -幻妖異聞録- 死亡】






【D-4 森/一日目 夜】

【藤乃静留@舞-HiME運命の系統樹】
【装備:殉逢(じゅんあい)、コルト・ローマン(0/6)】
【所持品:支給品一式×3、虎竹刀@Fate/staynight[RealtaNua]、木彫りのヒトデ1/64@CLANNAD、 首輪(一乃谷刀子に嵌められていた物)、
 玖我なつきの下着コレクション@舞-HiME運命の系統樹、 ビームライフル(残量0%)@リトルバスターズ!、シアン化カリウム入りカプセル
 古青江@現実、ラジコンカー@リトルバスターズ!、不明支給品×1(渚砂)、愁厳の服、シーツ、包丁2本
【状態】肉体的疲労大、左の太股から出血(布で押さえています、出血はほぼ停止)、後頭部に打撲
 左手首に銃創(応急処置済み、傷口が開いている)、全身に打ち身、左脇腹の骨に罅
【思考・行動】
 基本:逸早く、なつき以外の参加者達を殲滅する。
 1:どんな手段を用いてでも、なつき以外の参加者達を皆殺しにする。
 2:太股の傷を治療する為の道具を探す。
 3:なつきに関する情報を集める。
 4:衛宮士郎を警戒。
【備考】
 ※詳しい登場時系列は後続の書き手さんにお任せします。
 ※士郎より聖杯についての情報を得ました。
 ※媛星が会場内から見える事には未だ気付いていません


191:踊り狂う道化達/それでも生きていて欲しいから (中編) 投下順 192:love
時系列順 193:いつでも微笑みを/トルティニタ・フィーネ(前編)
一乃谷刀子
鮫氷新一
藤乃静留 201:エージェント夜を往く


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