ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

Diaclose

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Diaclose  ◆AZWNjKqIBQ



明るく照らされているのにも関わらずしかし陰鬱としており、雑多に物が並べられているのにも関わらずどこか寂しい。
その部屋がそんな印象を与えるのはそこを縄張りとする主人のせいだろうか。

部屋の主――九条むつみは作業台の端にぽつんと置かれたモニターをただ静かに、物憂げに見続けている。

見つめる画面には島内全域に配置されたカメラから送られてくる儀式の舞台と、
その舞台の上で右往左往する参加者達の動向が映し出されている。
そしてそれには参加者が首輪に触れたり首輪と口にすると瞬時にその場面へと切り替わり、アラームで知らせてくれる機能もあった。
そこで問題が発生すれば儀式の進行役である神崎へと報告する――それが、首輪の管理責任者である九条むつみの仕事である。

この常軌を逸した島に彼女が連れてこられたのはおよそ二週間ほど前。
いきなりのことに状況を把握できずにいた彼女の前に現れたのは、彼女が長年逃げ続けていた一番地という組織であった。
そこで彼女は、待ち前の技術と知識を使って新生された儀式へと協力するよう強要される。
孤独に生きてきた彼女ではあるが、真にそうだったというのなら命を捨ててでもその要求を蹴ることができただろう。
だがしかし真実ではそうでなく、同じく孤独に生きていた生き別れの娘を人質にされたことであえなく屈服した。

その後、専用の私室を兼ねた工作室を宛がわれ、儀式の参加者を擬似的なHiMEとするための首輪を作成した。
神秘学的技術によって作られた核となる部品に関しては予め用意されていた物だったが、
それでもその仕組みを理解し機械工学と合わせ一つの首輪として完成させたのは彼女の功績である。
これはかつては一番地に所属してHiME研究の第一人者と呼ばれ、
また人口HiMEの開発を進めていたグーリア財団へと身を移し、その情報を得ていた彼女にしか成し得なかったことだ。

そして昨日。ちょうど今から24時間前。
65人の擬似HiMEによる新しい星詠みの舞が始まってからは、ただモニターを見つめるだけの時間を彼女は過ごしている。
もっとも、このような重要な監視を一人で24時間行えるはずもない。
実際には他の部屋で、同じく拉致されていたグーリア財団の研究員達が入れ替わりでその仕事をこなしていた。

だがそれでも彼女はモニターを見続ける。
その中に映る……愛娘を。
生き別れとなり、それからはただ遠くから見守ることしかできなくなった娘をやはり今も画面の硝子越しに。
自身と同じ流れるような蒼髪を持つ――久我なつきの姿を。

「(私はどうすればいいの……? どうすればあの子を救える……?)」

モニターから目を離し、彼女は己の掌の上を――その上に乗った”鍵”を見る。
淡い光を放つ、小さく、そして不思議な鍵。

この儀式と言う名の不幸そのものに対する文字通りの”鍵”を手に、彼女は牢獄の神父からの言葉を回想する――……


 ◆ ◆ ◆


――主催者達に反乱を起こさないか? ゲームをかきまわす為に……君と私で、だ。


鉄格子を隔ててその向こう側。
簡素な椅子の上に座る黒衣の男の言葉に九条は息を飲み、時が止まったかのような感じを覚えた。
しかし目の前の男――言峰綺礼はそれがなんら難しいことではないという風に言葉を続ける。

「シスター。君は私からこの言葉を聞くためにここに来たのではないかね?」

九条の固く閉じられた口からは、とっさに答えは出てこない。
だが、反乱の意思――それについては彼女は否定はできなかった。
具体的ではないにしろ、現状を打破する何らかを得るためにここに足を運んだのは真実だったからだ。

「……どうしてそんなことを私に持ちかけるのかしら?」

なので、この言葉がこの時口にできる彼女の精一杯であった。
言峰は予想していたのか、その質問を受け滞ることなく次の言葉を吐き出す。

「君が私の叛意に同じるというのなら私の知る全てを打ち明けよう」
「馬鹿にしないでちょうだい。そんな安易な言葉でこちら側が意思を示すと思っているの?」
「――だが、君はここに来た」

ぐ、と再び九条は口ごもる。
男は檻の中で自分は外に立っている。
だがしかし、追い詰められているのは自身であることを見透かされていると覚ったからだ。

「ふむ、……では話を簡単なものにしようか。より具体的な交渉へと――」

言いながら言峰は黒衣の襟を開き、そして顎を上げてそれを九条へと見せた。
己の首に嵌った咎人の印。囚われであることの証明。銀色に鈍く光る――首輪を。

「――これを外して欲しい。私を解放してくれれば、私は君の目的を叶える為の手段を提供する」

監視役であったはずの男の首に嵌ったそれに九条は驚き、そして納得をする。
どうしてこんな簡素な檻の中に入れられるだけで済んでいるのか。そしてこうも易々と面会することができたその理由を。
首輪が嵌っている以上、神崎はいつでも彼を殺せるし居場所を知ることもできる訳だ。
ならば、特別厳重に監禁する必要もないということになる。

「残念だけど、今は鍵を持ち合わせてはいないわ。
 それに、それは叛意を示すことと同じ。そう安々と受け入れることはできない……」

むしろ、この緩い監禁は脱走や反逆を誘っているのではないかとすら九条は思う。
自分の意に沿わない男を殺す大義名分を得るための罠ではないのかと……。

「賢明だな、シスターむつみ。
 欲に惑わされず慎重にものを計れるというのは、さすがは禁欲を続けた逃亡者であったからであろうか」

これもまた予想していたのか言峰は頑なな九条に唇の端を歪める。

「だがしかし私も即断は求めてはいない。
 君が私の力を必要だと判断した時に外すと、それだけの意思を示してくれれば十分だ。
 例えそれが、この場限りの嘘偽りであろうとも……」

さて、どうするかね……と言峰は視線で九条に問いかける。
ここに用意されているのは悪魔の誘いに違いない。だがしかし、君にそれを拒否している余裕はあるのか。
ただなすがままに運命だけを受け止める勇気があるのか――と。


 ◆ ◆ ◆


「私は、この星詠みの舞と呼ばれる儀式の中に垂らされた一滴の毒。
 幸運の女神を自称する超越者より、この儀式を失敗させるために使わされた使徒なのだ」

結局、九条は言峰から提案を受け入れ、彼の持つ力とやらを知るために彼の素性を聞きだすことにした。
勿論それが彼の術中であることを自覚しながら、しかし言葉を聞くだけならばまだ引き返すことができると言い訳を用意して。

「どうしてあなたのような人間を……その、幸運の女神とやらは用意したのかしら?」

様変わりした儀式の準備やそこに参加する者達を集めることもその幸運の女神とやらがお膳立てしたと聞き、
九条の中に当然の疑問が湧き上がる。自ら催した企画を台無しにしかねない人間をどうしてそこに放り込むのか?

「ふむ。……シスターむつみは私と棗恭介達とのやり取りを見てはいたかね?」
「モニター越しにだけど……」
「彼らとの会話は?」
「それも、首輪のマイクで拾えた分には……」

言峰が吐く言葉の意図が掴みきれないまま、九条は聞かれたことを正直に答える。
経緯は把握してはいなかったが、彼が儀式の参加者である少年少女と賭博勝負をしていたことを彼女は知っている。
勝負の最中に出てきた”首輪を賭ける”という言葉に監視モニターが反応したからだ。
それは彼女が注視すべき首輪の解除とは関係はなかったのだが、特異な状態であったためそれを彼女は終わりまで見ていた。

「あの時、少年はこういった推測を私に向かい述べて見せた。
 このゲームには全体を俯瞰する二人の”プレイヤー”が存在し、参加者は監視者も含めてその駒に過ぎないと。
 そして、駒である参加者の内から優勝者が出るという結果は”プレイヤー”の内の片方の勝利条件でしかない……と」

おぼろげに見えてきた事の真相――その輪郭に九条の身体が強張る。
知ってはいけないことを知ろうとしているのではないか。聞くだけでもう戻れなくなるのではないかと……。
だがそれを判断する間は与えられず、彼女は続く言峰の言葉に耳を塞ぐこともできなかった。

「……――正解だ。棗恭介。さすがは無間の世界で指揮を執り続けた男であったということだろうか」

あのカジノで披露された少年の推測を肯定し、言峰は敬意を持って静かに笑みを浮かべた。
そして未だ詳細に語られることのなかったその真相を目の前の九条へと、今度は自身が披露してみせる。

「二人のプレイヤー。
 これは君が知る一番地の長である神埼黎人と、そして君は全く知らない幸運の女神を自称する超越者を指す。
 そして神崎黎人の勝利条件は優勝者の出現――つまりは、儀式の正常な運行とその終了。
 逆に幸運の女神の勝利条件は儀式の失敗……その先にある結果だ」

言峰の言葉を聞き、また九条の頭の中に疑問が浮かび上がる。
神崎黎人と彼の所属する一番地の目的――勝利条件は非常に解り易い。それは今までとなんら変わる所はないからだ。
HiME……今回は擬似HiMEだが、それを最後の一人になるまで戦わせ、その一人に媛星を還させまたその力を得る。
今回は儀式の仕組みを大幅に変えることとなったが、それもシアーズが目論んでいた人口HiME計画の先を行っただけとも言えるだろう。
あくまで本質的にはこれまでの儀式と同一であった。
だが、幸運の女神とやらの目的――勝利条件とは……、儀式が失敗するということは……。

「……その女神は、媛星が地球に落ちることを目論んでいるというの?」

儀式が失敗するということは、つまりはそういうことであった。
神崎達一番地はその後の力を得る事へと目を向けているが、元々儀式は地球へと落ちてくる媛星を回避するためのものなのである。
それが失敗し媛星が地球に落ちるということは、甚大な被害を齎し地球上の生物を根絶やしにしてしまうことに他ならない。

「その通りだ。彼女はそれを望んでいる。
 さて、儀式については私よりも遥かに詳しい君に一つ尋ねるが……未だかつて媛星は地球に落ちたことがあるだろうか?」

あっさりと肯定する男とその後ろに控えた何者かに九条は怖気を感じ、背中に冷や汗を垂らす。
そして不可解な質問へと対し、当たり前のことだと答えを返した。

「……そんなことはあり得ないわ。
 もしあったとしたらその時点で人類は滅亡。……仮に生き延びたとしてもその痕跡は大きく残っているはずだもの」

そうだろうと九条からの言葉に言峰は深く頷き、そしてまた彼女にとっては不可解となる言葉を吐いた。

「幸運の女神を自称する彼女もそう言っていたよ――……」


 ――”幾千幾万を超えるあらゆる世界においても未だ姫星は一度足りとも地に落ちたことは無い”


「あらゆる、世界……?」

九条の口から漏れたそれは問いではなくただの鸚鵡返しではあったのだが、しかし言峰はお構いなしに返答する。

「そう。幸運の女神を、神を自称する彼女はそう私に教えた。彼女が渉りうるどの世界においても姫星の落下はなかったと」

大きな、大きな疑問が九条の頭の中に膨らんでくる。
この儀式に裏に潜むものが神かそれとも神を騙るにすぎないものなかは知りようがないが、しかし……。

「ふむ。シスターむつみが思い浮かべていることは解る。だから、どうなんだ――と、そう言いたいのだろう。
 がしかし、神が運命を司りまた運命と同一視されるとするならば、運命に無い事こそがその神にとっての奇跡とは言えないだろうか?」

悠久の時を過ごす神が戯れとしてこの世界であり得ないことを見たいと望む。
そんなことなのだよ、と。


言峰は九条に、この大掛かりな儀式の裏に秘められた幼稚で単純な真の目的を――暴露した。


 ◆ ◆ ◆


「悪い冗談にも程があるわ。それに……星を落としたいのなら儀式そのものを邪魔すればいい」

得体の知れぬ酩酊感に襲われつつも、九条は気力で意志を強く保ち思い浮かぶ疑問を言峰へとぶつける。
彼女の言うとおり、星が落ちるところを見たいというだけならば儀式を自分で用意する必要はないだろう。
儀式を司る人間達を始末し後はその時を待つだけで済むのだから。

「……先にも言ったが、彼女の見える運命の中においてあり得ないことこそがその望みなのだ。
 故に彼女は直接的な介入はしない。
 神たる力を振るえばそれは造作もなく、奇跡ではないただの必然としかなりえないからだ」

言峰の言葉に九条の身体はズンと重くなる。
圧し掛かっていたのは絶望であった。
反乱と言う言葉に一縷の希望を見出したが、しかし星が落ちるとなれば誰も彼もが助からないのだから。

「そのための毒。失敗させるための人員があなたなのね。……でも、あなたは命が惜しくないの?」
「私はすでに死の運命に囚われた者だ。今のこの時は生と死の狭間に見る夢のようなものにすぎない」

九条は彼の言葉に小さく溜息をつく。なるほど、手応えがないわけだと。
狂信か妄信かはたまた事実なのか知る術はないが、命を惜しまないのなら話は通じないだろうと。

「……そう。でも、失敗したわね。
 あなたは今もう一人のプレイヤーである神崎によって動きを封じられている。
 そしてあなた達側の目的を聞いた以上、私は悔しくても彼の側に立たざるを得ないわ」

言峰らの目的が媛星の落下――人類の絶滅である以上、なつきを生かすことを目的とする九条とは相容れない。
となれば、例え可能性は低くとも娘が優勝することを祈るしか彼女には思いつかなかった。


だがしかし、ここまではただの前置きに過ぎない。
九条むつみが言峰綺礼より苦悩すべき問題を与えられるのはここから先の話である――


 ◆ ◆ ◆


「――それは違うなシスター。私がここに囚われているのは全て予定したとおりの行動。
 君をここに呼び寄せ取り引きを持ちかけるための策だったのだから」

絶望の帰途へと足を運びかけた九条を言峰は呼び止める。
未練か……やはり未練なのであろう、ただの強がりと思えても九条は振り向かざるを得なかった。
そして、その理由は何かとほくそえむ男へと問いかける。

「簡単なことだ。
 シスターむつみ。君こそがこの儀式を破綻させる絶対的な力の持ち主であるからに他ならない」
「……どういう意味かしら?」
「”鍵”だよシスター。
 儀式の参加者達を祭壇に挙げる生贄足らせている銀の枷。それを砕く鍵の持ち主は君以外にいない」

どこかの狂科学者が言ったように作られた物に分解できぬ物は無く、錠が存在する以上鍵もまた存在した。
儀式が滞りなく遂行されれば無用のものであったが、万が一に備えて管理責任者である九条の部屋で今は保管されている。

「……例え一番地が憎くても儀式の邪魔はできないわ。
 私は娘を助けたいだけであって、一番地や……ましてや人類を絶滅させようなどとは――」

首輪を解除すれば儀式が破綻することは九条もよく知っていたし、それ故の監視だ。
だがそれをしようと考えたことは一度足りとしてない。
仮に娘の首輪を解除し、儀式を中断させて逃げ出したとしてもそれに意味はなかったからだ。
島から離れると言っても当てはなく、また一番地の追跡から逃れられるとも思わない。
何より、繰り返されているように儀式の破綻は人類の滅亡と直結している。それは遠回しな自殺となんら変わりなかった。

「……忘れたのかねシスターむつみ。私が持ちかけていたのは取り引きだということを?」

暴露された大きな絶望に沈んでいた九条の口がはっと開く。
そう、確かに最初から取り引きをすると言っていたのだ。
そして彼らの目的が絶望的なものである以上、ここで提案される取り引きとは紛れも無く悪魔のそれだろうとも予測できる。

だがしかし、垂れてきた蜘蛛の糸に九条は手を伸ばしてしまう。
願いは叶っても必ずそれ相応の悔恨をも背負うだろうと理解していても、娘の命が救えるのならばと。


 ◆ ◆ ◆


「再び問うが……私が棗恭介に提示した”権利”について覚えているかね?」

あ――と、今度は九条の口からはっきりした声が漏れた。
それほどまでにそれは解りやすく劇的な効果を持つ救済手段だったからだ。

「……そう。参加者の一人を元の世界に帰す。これもまた偽りのない真実。
 私がこの催しに加わる際に幸運の女神からその条件として獲得した一つの権利だ」

それを娘――なつきに? と、九条の口がわななく。
もしこの時彼女が鍵を手に持っていたら、牢屋の中へと投げ込んでいたかもしれない。

「久我なつきにどうやって接触するかはともかくとして、参加者の一人を送還できれば儀式は破綻し私は役割を全うすることができる」
「……私とあなたの利害が一致するわけね。
 でも、それが真実なら何故あなたはすぐにそうしなかったの?」

一瞬の衝撃をやりすごし戻ってきた理性が疑問を呈す。
首輪の解除よりも更に安易な方法。もし本当にできるのであれば、儀式は一瞬で終わっていたはずなのだから。

「ふふふ……。
 私は神を奉じ、今はしがなくも使われる身でしかないが、個人としての目的もささやかながらに持ってはいる」

それは愉悦だよ――と、言峰は九条に明かした。
そして彼自身がその愉悦を得るため、権利を施行する際に必要であるとした条件も合わせて彼女へと明らかにする。


 一つ、送り帰される者の同意が必要。同意の無い者を無理に送り帰すことはできない。
 一つ、送り帰される者がそのことに対し迷う者であること。即座に帰りたいと願うものは帰せない。(※)

 ※二つ目の条件については、ただそれでは面白くないからと言峰が考えているだけです。


聞いてみれば確かにそうそう使う機会のない権利だと、九条は思った。
同意が必要な以上なんらかの手段で接触する必要があるし、相手の見極めも重要だ。
言峰はわざとであると言ったが、一度失敗すれば神崎に目をつけられ……最悪、処罰されてしまう。

だが、千載一遇のチャンスであるとも九条は思った。
娘を帰せば儀式は破綻し、自分だけではなく他の人間をも巻き添えにしてしまうだろう。
死ぬことに恐怖が無いとは言い切れないし、数多くの人間をも道連れにしてしまうのは心苦しい。
しかしそれでも娘を帰せるのならばと九条は思う。例え地獄に落ちようとも悔いはないと。

だが、九条むつみのこの覚悟もまだ――甘い。

何故、言峰綺礼がここまで己の手の内を見せたのか? 親切心だろうか? いや、そんなはずはなかった。
彼は迷う者であることを条件として提示した。己の愉悦のために。


そう、彼は己の愉悦のために……九条むつみを惑いの霧の中へと突き飛ばす。


 ◆ ◆ ◆


「さて、シスターむつみ。
 仮に取り引きが成立したとして君は”誰”をここから元の世界へと帰す?」

その質問に九条は一瞬固まった。
なぜならそれを問われるとは思っていなかったからだ。
事情を察しているのならば自分が選ぶのは一人だけだということが解るだろうと、そう思っていた。

「なつき……久我なつきを元の世界に帰すわ。聞かれるまでもないことよ!」

勿論、愛娘の久我なつきがその対象であった。そこには何の疑いもない。
だがそれを聞いた言峰は笑みを浮かべ、そこに繰り返し疑問を差し挟んだ。

「他に、その対象となる者は存在しないかな?」
「……? いないわ。なんでそんなことを聞かれるのかもわからない……」

薄ら寒い沈黙が檻を隔てた二人の間に漂う。
何かどこかに致命的な勘違いがある。そんな予感がその沈黙の中には含まれていた。
そして一瞬の後、言峰はその言葉を九条に向かって吐いた。


「君が――九条むつみが元の世界に帰るという選択肢も存在する」
「馬鹿を言わないで! どうしてなつきを残して……!」


検討するに値しない、そんな問題のはずなのに酷く嫌な予感が九条を襲っていた。
どこかにある掛け違い。それに自分は気付いているような、しかし気付かないふりをしているようなそんな感覚。
意思を無視して動悸が強まる胸を押さえ、不安を飲み込もうとするもしかし――


「今、この島の中で悪戦苦闘している久我なつきが果たして”君と同じ世界”から来たかどうか――……」


それが、それこそが、九条が無意識の内に除外していた可能性。
それほど熱心でないにしろ彼女も参加者の情報には一通り目を通している。
また不完全ながらも実際の参加者達がどう振舞っているのかはこの一日見てきた。

例えば、高槻やよいと菊池真。同一の世界から来たかのように見えて実際はそうでなかった二人。
そして先程言峰が口にした――”幾千幾万を超えるあらゆる世界においても未だ姫星は一度足りとも地に落ちたことは無い”という言。
そこから導き出されるのは、いわゆる平行世界という概念。
近くありながらも可能性の数だけ分岐し生まれ行く無数の世界。無数の儀式。無数のHiME。無数の久我なつき。

つまりは――この島にいる久我なつきが自分とは全くの無関係であるかも知れないという可能性。
逆に言えば、自分の娘は自分が元いた世界に”まだ残っている”かもしれないという可能性。


全てを曖昧模糊としてしまう無限の可能性。


かくして、九条むつきは惑いの霧の中へと迷い込む。
闇雲に進むだけは決して答えにはたどり着けないその中で、迷い、悶え、そして迷う。

性悪の神父が傍で哂っていることにも気付かず――ただただ迷う。


 ◆ ◆ ◆


そして九条むつみは監獄より自室へと戻り、ただ確信を得られることもなく迷い続ける時間を過ごしていた。

久我なつきを元の世界へと送り返すか、それとも自身である九条むつみを元の世界へと送り返すか。

この島の中にいるなつきが同じ世界から来たと確定したとすれば話は早い。
先に思ったように他の全てを犠牲にしてでも彼女を送り帰すだけだ。その際に自身の命が失われることに構いはしない。
だがしかし別世界のなつきだったならば――?
勿論そうだったとしても同じ娘であるからには救いたいと思う。救う手段があるのならばそれを厭う理由は存在しない。

だが……もし、もしも自分が来た元の世界になつきが残されているのならば。
自分が帰れば、娘との関係をも取り返せるかも知れない。
聞けば、神崎は儀式は終わったが彼は命を落としたという世界から来たと言う。そしてその世界に残ったHiMEは娘であるとも。
幾多の世界にはそのような可能性もあるのだ。
だとすれば、素性を明かし娘との暮らしを取り戻せる――そんな可能性が元の世界にないとも限らない。
この島に”別の世界から来たかもしれない娘”を残してゆくのは居た堪れないが、しかしその黄金の誘惑はあまりにも強い。

しかし……恐ろしい想像もまた別にすることができる。
自分が元の世界に戻った時、そこに娘の姿がなかったのならば――という可能性だ。
それは、最悪だろう。
娘を見殺しにしたという事実だけを背負って生きてゆかねばならぬのだから。
その悔恨は、彼女が幼い頃に目の前から姿を消してしまったこと。死んだと思わせていること以上に重く、辛い。

この島にいる娘が同じ世界から来たのかそうでないのか。
元の世界へと戻ったとしてそこに何が待ち受けているのか――確かなことは何一つ存在しない。

故に迷う。だがその迷う時間すらも刻一刻と失われていっている。

返答は後ほどで構わないと言った言峰の前から自室へと戻る途中で、九条はジョセフの死を知らされた。
それは決して事故などではなかったようである。ならば、それは”警告”なのだろうと彼女は覚った。
儀式は現在順調に推移し、運営する側にも目立ったトラブルは発生していない。
となれば技術に関する協力者などの価値は始まる前と比べれば激減しているのであろう。
少しでも叛意を気取られれば、あっけなく始末されることとなる。

今も十分に危ういと言える状態。いつ神崎やその手の者がこの部屋を訪れるのかと九条は気が気ではない。
また心配事はそれだけでなく、儀式が順調に進んでいる以上、娘がいつ死んでしまうとも限らない。
決断しなくてはならない。だが――……


「私は、どうすればいいの……?」


――彼女は未だ、深い惑いの霧の中であった。


文字通りにこの儀式の行方を左右する”鍵”。それがどこにいくのか、それはまだ誰にもわからない――……






【深夜】

【九条むつみ@舞-HiME 運命の系統樹】
 ※首輪を外すために必要な”鍵”を持っています。
 ※幽閉されている言峰と、彼が持つ”権利”と”鍵”を交換する約束をしました。

【言峰綺礼@Fate/stay night[Realta Nua]】
 ※神崎によって首輪を嵌められています。(見せしめに使われた爆薬とセンサーだけの簡易ver.)
 ※ナイアより参加者の一人を元の世界に戻す権利を得ています。(望めば他人に譲渡することも可能)
 ※その”権利”と”鍵”とを交換する約束を九条としました。

212:今、出来る事 投下順 214:団結(Ⅰ)
時系列順 215:吊り天秤は僅かに傾く
199:幕間~吹き始める波乱の風~ 言峰綺礼 232:第5回放送
九条むつみ

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