ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

バースト

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

DEAD SET/バースト ◆WAWBD2hzCI



やがて烏月たちが辿り着いたのは遊園地近くの平地だった。
いくつかの民家が周囲にあるだけの特徴のない場所だったが、いまやそこは戦場だった。

初めに感じたのは轟音。
次に感じたのは威圧感と悪い予感。
最後は確信だった。
これは戦いの音であり、そして目の前にいるのは自分たちにとっての宿敵だ、と。

蛆虫の少女、と烏月たちが呼ぶ存在。
西園寺世界衛宮士郎の殺し合いは苛烈を極めていた。
共に魔導書を使役する者同士であり、無限に攻撃する手段を持つ士郎と無限に修復する世界の戦いは互角だった。
いや、僅かに消耗していく分、士郎のほうが分が悪かった。
世界は腕を吹っ飛ばされようが、即座に蛆虫が肉を作り出す。酷い見た目になろうが、もはや関係ない。

彼は味方か、と疑問に思う烏月に対して、千華留は首を振る。
深優・グリーアの情報が正しいかどうかは分からないが、士郎は電車を破壊した犯人として情報を得ている。
それに彼の外見はいかにも死闘を繰り広げてきた、と証明するようにボロボロだ。
それでも戦い続けるのは優勝を目指しているからか、それともよっぽどの向こう見ずなお人好しなのか。

周囲を見るが、それ以外に人影は無い。
桂の姿が近くにはないことを確認して、烏月は溜息を漏らす。
彼女の手がかりがないことへの失望か、それともこの死地に彼女の姿が無いことへの安堵か。

「……新手か?」

そんなときだった。
士郎が烏月たちの姿に気づいて声を上げる。
それに呼応してぎょろり、と世界の瞳が烏月と千華留の姿を捉えた。

「あ~、いたいた! 見~つけたぁ♪」

先ほどは来ヶ谷の外見が烏月に似ていたため、来ヶ谷に『見つけた』と言ってしまった。
だが、世界が捜していたのは烏月だった。
最後に別れたときに柚原このみと一緒にいた千羽烏月の姿を捜し求め、このみの代わりに殺してやろうと思っていた。
目的の人物の発見に、世界が不気味に笑った。

対して烏月は地獄蝶々を抜くと、一歩前に出る。
千華留を庇うかのような立ち位置から、背後の仲間を振り向くことなく千華留に言う。
油断をしてはならないことを誰よりも彼女は知っていた。

「千華留さん、下がるんだ」
「……分かったわ」

無理に前に出るよりも、銃を持って後方で待機する。
元より隠れるつもりはなかった。
蛆虫の少女の討伐は目的のひとつであり、彼女は絶対に倒さなければならない宿敵なのだ。

そんな彼女たちを見て世界が笑う。
あのときは宿敵のこのみがいた。今はいないことに一抹の寂しさを覚える。
それでも世界のやることは変わらない。
とりあえず皆殺し、何を差し置いても全殺し、壊して殺して餓えを満たし、欲望のままに哂うのみ。

「あはははっ!! 今すぐグチャグチャにしてや――――――」

直後、世界が爆発する。
驚きに目を見開く千華留たち。下手人は左腕を赤い布でぐるぐるに巻いた少年だ。
少女の身体は爆風に揉まれて吹き飛ぶと、地面に強く叩き付けられた。
右肩が大きく抉れていたが、失われた肉体もぐちょぐちょと音を立てて再び再生していく。
突然の奇襲を受けた世界は乱暴に起き上がると、苛立たしげに士郎を睨み付ける。

「っ……痛いじゃない! なに、邪魔するの?」
「……ふざけやがって」

全く効果がないことに顔をしかめる。
悪態をつく士郎は何度目か分からない弦を引き絞る。
世界も敵意ある視線で士郎の姿を上から下までじぃ、っと観察して。

「あ―――――そっか」

ふと、ひとつのことを思い出してしまった。
この島に来たばかりのことを。
とある少女のことを。その彼女から聞いた一人の少年の話を。
一人の正義の味方のことを。

「そっか……そっかそっか! あはは! 思い出したぁ! あなた、衛宮士郎でしょ!」

ぴたり、と士郎の身体が停止した。
烏月や千華留には分からないが、世界は一人興奮しながら笑い転げるかのように大笑いを始めた。
すっかり忘れていた楽しみを思い出していた。

「あはははははッ!! 正義の味方ってわけ? 聞いてたとおりの莫迦だ、あははははは!!」

士郎としては烏月たちを助けようとしたわけではない。
致命的な隙を見せた世界に容赦なく攻撃を加えただけなのだが、世界はそう受け取らなかったようだ。
ただ、そんなことは気にならなかった。
そんなことよりももっと重要なことを世界は言ってのけたのだ。

「聞いてた……とおり……?」

その言葉にどうしようもなく揺さぶられた。
この地獄の島で士郎は一度も『正義の味方』として行動していないし、吹聴した覚えもない。
知人はと言えば『ただ一人の例外』を除けばあまり交流のなかった葛木宗一郎に、敵対していた真アサシン
目の前の少女が知っている道理はない。

ただひとつの可能性。
唯一、かつての衛宮士郎が正義の味方であることを知っている、あの少女を除いて。
西園寺世界は笑う。それはもう、友人を自慢するように誇らしげに。

「うん、そう! この殺し合いが始まったばっかりのときにね、私が殺した女が教えてくれたんだよ?」
「―――――――、」

絶句した。
心臓が停止したかと思った。
驚愕だけで死んだのではないかと錯覚した。
様々な感情が入り乱れて思考の全てが処理落ちする。

「あ、でもね、安心して。ちゃんと残さず食べたから。私ね、行儀良いんだよ?」
「あ、あ……?」

得意げに語る世界の瞳が、凍りついた士郎を捉える。
そんな彼をいたぶるように世界は可憐に笑う。
心地いい空気と雰囲気、思わず笑ってしまうほどに衛宮士郎は滑稽だった。


「うふふ……私が食べちゃった桜さんが、どうしたの?」
「て、めぇぇぇええええええええっ!!!!」


思考が沸騰した。
全身の痛みも気にならないほどの怒りに震えていた。
衛宮士郎の身体が、心が、魂がその一瞬で燃えるように熱くなった。
考えないようにしていた。
誰が桜を殺したか、なんて考えないようにしていたというのに、目の前の女は残酷にも告げたのだ。

殺した。
食べた。
冷酷で残酷で無残な最期を。
全てを捨ててまで護りたかった少女の命を笑って奪った魔物が目の前にいる。
止まる理由などなかった。
止められるような憎悪ではなかった。

「うぅぅうぉおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおああああああああああああぁぁあああああっ!!!!」

獣の雄たけびが響く。
剥き出しの剣が苦しいと喚き続ける。
策などなかったし、勝算も考えなかった。
ただ突出し、誰よりも目の前の少女を殺したかった。
刀を構えて愚直に突撃する士郎を、世界は悪鬼の豪腕でアッサリと打ち倒す。

「―――――ッ!?」

ごうっ、と風を巻き込む拳が士郎を弾き飛ばす。
悲鳴もなく、苦痛の声もなく、士郎は何十メートルも吹き飛ばされて倒れた。
地面を何度もバウンドして動かなくなる。
それを満足そうに見やりながら、世界はゆっくりと口を開く。

「私は私を裏切った全てが憎い」

西園寺世界は独白する。
憎しみを食らって悪鬼という名の鬼となった少女が告げる。
正しきも間違いも関係ない、憎悪に心を囚われた少女が語りかける。

「私は私の思い通りにならない世界が憎い」

西園寺世界は独白する。
魔導書である妖蛆の秘密に精神を支配された少女が告げる。
腐食した身体に狂うことなく、魔導書の毒に心を破壊された少女が語りかける。

「だから全部、殺して壊して食べてやるのよ。全部、全部、全部、全部ッ!!」

西園寺世界は独白する。
間桐桜を食らったことにより、ついにはこの世全ての悪を宿した少女が告げる。
世界にとっての悪であれ、と願われた聖杯のように自身が悪であることに何の疑問も持たない少女が語りかける。

「桜さんたちみたいに殺して! 誠みたいに食べて! この島にいる奴らを全部壊してやるッ!!」

間桐桜や如月千早を爆殺したように。
愛する伊藤誠を一片も残さず喰らい尽くしたように。
葛木宗一郎や蘭堂りのを葬ったように。憎悪のままに、欲望のままに殺戮を続ける、と。

「死んだからって許してあげない。死体を見つけて、あの触覚女みたいに食べ散らかして、生き返らせて、また殺してやるんだから」

古河渚のように。
間桐桜のように。そして桂言葉のように。
死体を辱め、死者の尊厳を汚し、欲望と憎悪のままに混沌へと導こう、と。
そんな世界の言葉を呆然と聞いていた千華留が、次の言葉で士郎と同じように凍りつく。

「つい最近はね、りのって子を殺したの」
「……――――――!」

千華留は心臓が鷲掴みにされたかと思った。
どくり、と心臓が強く得体の知れない感情でざわめくのが感じ取れた。

「うーん、多分そんな名前だったと思うよ。蘭堂りの、だっけ。なんか周りの奴らも『りのちゃん』って言ってたし」

けらけら、と世界が笑って語る。
思い出すと憎悪が込みだしてくるが、それ以上に滑稽な逃げっぷりに頬が緩む。
ケセラセラ、クスクスクス。

「あんまり無様に逃げ回るもんだから、何度も何度も刺して刺して刺して刺して。
 すごく楽しかったなー、死に際は見れなかったけど、さっき放送で呼ばれたし、何か放送の前は寝言とか言ってたし」

西園寺世界、という少女の原型はもはやない。
異なる世界で災厄を振るう力を、それも複数もの力を脆弱な少女の身に宿したのだ。
そこに『西園寺世界』という名の少女がいるはずがない。
憎悪のままに生きる悪鬼であり、魔導書に魅入られた愚者であり、この世全ての悪を受胎した悪なのだ。

千華留たちの目の前に立つのは化け物だ。
彼女はただ『サイオンジセカイ』という元の器を擬態しているだけ。
かろうじて残った理性も悪鬼であったことによる憎しみの感情のみ、本来の少女ではない。

西園寺世界はただの女の子であるはずだ。
根は素直で思いやりもある。多少、恋のことになると自分勝手で、それでも普通の女の子であるはずなのだ。
強気な態度を取るくせに思いつめる脆い側面もある、何処にでもいる学生だったはずだ。
この殺し合いの環境に酔い、多くの異能に触れて狂ってしまった哀れな少女がそこにいるだけだ。
彼女はもはや、西園寺世界ですらない。


「あは、あはははは、ははははははははっ」


哄笑が響き渡る。
無人のリゾートエリア。周囲に隠れる場所と言えば近場の遊園地と複数の民家ぐらい。
周囲には彼らしかいない。この鬼を止められるのは自分たちしかいない。
やがて、ゆっくりと立ち上がる人影があった。
眼前の悪鬼に挑むように、応えるように、一人の少年が真っ直ぐに憎むべき怨敵を睨み付ける。

「お前が、」

ぽつり、と短く呟いた。
さっきまで動くこともできなかった少年の身体に力がみなぎる。
何の問題もない。難しいことなどない。
今以上に立ち上がらなければならない時など、二度と来ることはないだろう。

「お前が桜を殺したのか……そうか」

ゆっくりと、弓の弦を引き絞る。
一矢に己の想いを込めて。どんなことがあろうとも、目の前の女は粉砕する。
言葉は多く語らない。そんなことができるほどの余裕もない。
朴訥に、一途に、不器用に。その行動だけで衛宮士郎の方針は決定する。


「行くぞ、悪鬼羅刹。覚悟の程は十分か」


初速、地面を踏み込んだ力は強かった。
驕る世界の隙をつき、彼女の視界から衛宮士郎という存在が消える。
驚きに目を見開く様は素人のそれと大差ない。
その好機を逃すまい、と引き絞った弦に弾かれて漆黒の刃が弾丸となりて世界の側面から襲い掛かる。

だが、いかに素人とはいえ基礎としての能力は悪鬼。
五感は鋭く、身体は頑丈になり、その腕力は向上した彼女の身体能力はヒトを超えている。
即座に反応し、士郎の攻撃を迎撃しようとする世界。
だが、その直後に銃声が響き、蛆虫に覆われた左腕が残骸どもの断末魔と共に弾けた。
驚愕に凍りつく世界はその直後、士郎の弾丸による激痛に絶叫した。

「あっ、ぐ、ぁぁぁあああああああああああっ!!!?」

拳銃の持ち主の名を源千華留
新生リトルバスターズのリーダーは、その引き金を迷うことなく引いていた。
士郎を援護するつもりはない。信憑性は分からないが、深優より赤毛の少年は危険人物だと言われている。
だが、そんなことは関係ない、と思っている。

「りのちゃんを殺したのは、あなただったのね」

不思議と言葉に憎しみは篭もらなかった。
蘭堂りのの最期の言葉。不幸の押し付け合いはもうやめよう、と彼女は最後まで訴えていた。
誰よりも、源千華留は彼女の言葉を重く受け止めなければならない。

殺し合いをするつもりはなかった。
だが、いつしか烏月の言葉を思い出す。説得もできない相手を前にしたとき、あなたはどうするか、と。
これが答えだとは言いたくなかった。この引き金は私怨で引いているかも知れなかったから。
それでも引き金を引かなければならないときがある。
仲間の仇を討つためだけじゃない。仲間を守るために銃を撃たなければならないのだ。

「なら、私たちは負けられないわ」

世の中には引き金を引けない人もいるだろう。
だけど誰よりもリトルバスターズのリーダーたらんとする源千華留は引かなければならない。
会長とは、リーダーとは誰よりも責任を持たなければならないから。

それに、彼女は憎しみのままに引き金を引くわけではない。
もう不幸の押し付け合いなど起こさないために。せめて最期の願いだけでも叶えてあげなくて、何がル・リム仮面か。
悪鬼、西園寺世界には負けられない。
暴走する彼女を止めなければならない。悪を成敗する正義の味方、それがリトルバスターズだ。


「もう、終わりにしましょう。この悲しい悲しい人形劇を」


世界が誰かを憎しみ続ける因果の糸を断ち切ろう。
千華留は続いて拳銃を撃ち続ける。
一度、二度、三度、四度。射撃の経験などほとんどないが、千華留は指に力を込める。
これで悪鬼を倒せるなどとは思えない。
頼りになるはずの拳銃でも牽制にしかならない、という現実が千華留に圧し掛かるが、『牽制が出来れば十分』すぎる。

千華留には仲間がいる。
志を同じくする同志が、こと鬼を相手にする戦いでは誰よりも経験豊富な彼女がいる。

「鬼よ、人に仇なす蛆虫の少女よ。もはや語る言葉はない」

最後の一人が独特の構えで刀を構える。
地面を爆発させるように蹴り上げ、弾丸のように世界へと肉薄した。
世界は迎え撃とうとした。
だが、ときおり士郎の放つ致命的な矢が世界を貫き、そちらの対応で手一杯となってしまっている。
そして精一杯の抵抗すらも、千華留の牽制によって封じられていた。

「ちょっと! 三対一なんて卑怯……!?」
「お前が桂さんを害すと言うのなら、お前がこのみさんを辱めるというのなら」

西園寺世界は悪鬼へと堕ちた。そして千羽烏月は鬼を斬る者だ。
ならば、やることなど決まっている。護りたい者のために剣を取った。
地獄に放り込まれたそのときから、不器用な千羽烏月がやることなど決まっているのだ。


「千羽党が鬼切り役、千羽烏月が、千羽妙見流にてお相手いたす!」


破軍の構え、零距離の攻防。
名刀、地獄蝶々を横一文字に薙ぎ払い、続けて思いっきり彼女の腹部を蹴り付けた。
刃は世界の腕に阻まれたが、腹部を襲う蹴撃には対応できなかった。

「ぎゃっ!?」

想像以上の効力に烏月自身が驚いた。
呆気なく世界は蹴り飛ばされると、何メートルも跳ねて民家の中へと叩き込まれた。

リゾート地の周囲に点在する民家のうちのひとつだ。
烏月の脚力と言うよりは、世界が何かを嫌がって自分から建物に突っ込んだ、というほうが得心がいく。
思い出すのは蛆虫が住み着く彼女の腹部。
あまりにも頑丈な悪鬼と化した西園寺世界を打ち倒す可能性を持つ、ただ唯一の弱点とは。

しかし、思考をする時間はなかった。
衛宮士郎が愛しい人の仇を討つため、世界の突っ込んだ民家へと走り出したのだ。
生死を確認し、まだ生きているならトドメを刺すつもりなのだろう。

烏月は油断なく、千華留を背後に庇いながら事の成り行きを見守る。
そして――――――次の瞬間、信じられない光景に凍りつくこととなるのだった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



許さない。
許さない許さない許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない。

私の赤ちゃんがお腹の中に入ってるのに。
誠との赤ちゃんがお腹の中に入ってるのに蹴り付けるなんて。
信じられない、ふざけてる。
三人で寄ってたかってなんて卑怯じゃない。

殺す殺す殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

ああっ、咽が渇いた。
あの泥棒猫にバッグを盗まれなければ美味しい血液が入ってたのに。
くそっ、くそ、くそっ! ああ、腹が立つ!
あいつら、どうやって殺してやろう。考えられるなかで一番残酷な殺し方じゃなくっちゃね。

死ね死ね死ね死ね死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

んー、あれ?
あそこにあるのって私のバッグじゃない。
なんでこんな家の中にあるんだろ、ってそんなことはどうでもいいや。
中を確認すると結構物がなくなってた。
でも、一番欲しかったものはまだ残っていて、私は無我夢中で『ソレ』を飲み干した。

「あはっ……戻ってきた、戻ってきた! いただきま~すっ」

途端に身体の内側から燃えるような力が湧き上がってくる。
今まで飲んだどの飲み物よりも、濃くて、熱くて、何よりも美味で、それだけで身体の疲れが全部吹き飛んだ。
贄の血、とラベルのついた最後の一本を飲み干して。


「ふ、ふふ……あははははははははははははははははははははははッ!!!!」


もうどんな相手でも負けない気がした。
手始めに弓を構えたあの赤い布をぐるぐる巻きにした奴だ。
あいつは私を見るとギョッとした目を向けて何かに驚いている。
その顔がとてもおかしかったので、私はケラケラと笑って彼を思いっきり殴り飛ばしました。

「ぐっ、ぅうあああああぁぁあぁあああああああああああああッ!!?」

あれれ、なんか私の手が凄く変な形になってるけど。
ふと自分の姿を改めて見直すと、なんだか少し背が高くなったみたい。
身体が膨らんでて、少しショック。腰回りは細くしないと、太ってるみたいな見た目は嫌だなぁ。

でもいいや、とりあえず一人。
なんか凄く適当に殺しちゃったけど、あれ、死んでるかな? どうだろ、結構ぶっ飛んだけど。
まあ、いいや。
とりあえず、せっかく強くなったんだもん。後の二人も殺しておかないとね。

あっ、もう一人見っけ。
さっきの泥棒猫だ。
うん、じゃあ殺しちゃおう。残酷に、残酷に、グチャグチャにしてやる!


あははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははは

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね



     ◇     ◇     ◇     ◇



(ふむ……)

来ヶ谷唯湖は、先ほどまで民家のひとつで息を潜めていた。
先の戦いでまともに世界や士郎たちとは戦えない、と判断したからこそ戦いに介入はしなかった。
修羅同士の殺し合いなら、生き残ったほうや倒しやすい相手を狙う漁夫の利が有効だからだ。
彼女は自身を過大評価はしないし、相手を過小評価することもない。
合理的な理論の元に、最善の手段を選択し続ける。

まずは武装の確認だった。
世界から奪ったデイパックの中から使えるものを選んで、自分のデイパックの中に入れる。
いらないもの、と判断したものは世界のデイパックの中へ。
人の血液のサンプルや、木彫りのヒトデや、スペツナズナイフの柄などはいらないものとして分類。
奪ったデイパックから手榴弾や、拳銃……他にも半信半疑ながら鴉天狗の塗り薬を使えるもの、として分類した。

外からは狂った笑い声と轟音。
来ヶ谷はある程度の武装の強化を終え、とりあえず自分のほうのデイパックを担ぎ上げる。
さて、と殺し合いの舞台へと視線を移したそのときだった。
西園寺世界が過剰反応とばかりに吹き飛び、来ヶ谷の潜んでいた民家へと窓を突き破ってきたのだ。

「っ―――――――!!?」

行動は迅速だった。
来ヶ谷は是非を問うような余裕もなく、即座に裏手から退避。
起き上がる世界が自分を視界に収める前に民家から飛び出した。

(……む、まあ……いいか)

世界のデイパックは民家に取り残されたまま。
自分にとって有益な物は全て回収した以上、未練はほとんどなかった。
強力な銃器や治療薬などを手に入れた今では問題ない。
そのはずだった。

(なっ……!?)

何が起きたのか、退却に意識を割いていた来ヶ谷は分からなかった。
再起した世界は別人のような圧倒的な力で衛宮士郎をぶっ飛ばし、異形の怪物へと変化を遂げた。
もともと人間とはとても思えない何かはあった。
だが、今の彼女は正真正銘、人間をやめた怪物として君臨している。

(あれが彼女の正体か……? いや、今はそちらではないな)

吹っ飛ばされた人影を視線で追う。
士郎は遊園地へと続く金網に叩き付けられたようだ。
怪物と化した世界と対峙する烏月たちから離れたところで、軋む身体を引きずって戦う意思を示している。
かなり傷が重いのか、身体は不安定に揺れており、瞳は怪物と化した世界だけを見据えている。

少し前、静留と共にいたときに彼には襲われた。
つまり彼は殺し合い肯定者であることは疑いなかった。
クリスを殺す可能性のあるものなら問答無用で殺害する、それが来ヶ谷の行動の指針のひとつだ。


「さて―――――ようやく一人になったな、少年」


それこそが、来ヶ谷唯湖が待ち望んでいた好機。
彼の注意、視線、興味の全ては異形の化け物だけを見ていた。
致命的な隙としか言いようがない。
来ヶ谷はデイパックからひとつの兵器を取り出した。彼女が知りうる限り、手持ちで最強の攻撃力を誇る切り札を。


「チェックメイトだ、断罪してやろう」


肩に担ぐのは携帯用の対戦車兵器。
支倉曜子の持ち物から回収した兵器の名前は、RPG-7。
人を相手にするようなものではない凶器を構えて、来ヶ谷は万感の思いで引き金を引いた。
これより、来ヶ谷唯湖は人殺しとなる。



     ◇     ◇     ◇     ◇



(左腕が逝ったかっ……くそっ!)

衛宮士郎は激痛の走る左腕を抑えて歯噛みする。
油断してはいなかった、と言えば嘘になる。
だが、それ以上に士郎の動きを止めたのは仇である西園寺世界の変貌だ。
もう人ではない。変わってしまった、おかしくなって笑ってしまうくらい絶望的に変わってしまっていた。

身体は醜く膨れ上がり、全体的な体つきも自然に巨体となっていく。
少女の健康的な肌を蛆虫が至る所で増殖し、健常な者ならば見ただけで気を失ってしまうほどに惨い。
何処かのホラー映画の怪物のような姿。鬼よりもさらに上位の異形の怪物。

だが、殺す。
何であろうとも殺す。
誰よりも、何よりも殺してやる、と士郎は誓った。
愛する人を殺し、しかも喰らったという世界を全身全霊を賭けて殺してやる、と。

お前がいなければ桜は死ななかった、と。
せめて安らかな死を、と願っていたその最後の願いさえも踏みにじって。
救わなければならなかった少女は最後まで救われなかった。
ただそれだけの話に士郎が強く歯を噛み締める。奥歯が砕けてしまうくらい、強く、強く、強く。

(弓はもう使えない、剣じゃあの怪物には太刀打ちできない)

さっきまでの世界なら、ひょっとしたら首を断てば殺せたかも知れない。
いかに怪物とはいえ、首輪で拘束されている状況は変わらない。
最悪、首を狙って起爆させてやればよかったのだが、どうにも五感が優れているらしく、肩や胸を抉るのが精一杯だった。

そして今、左腕が死んだ。
使えない弓は廃棄する。剣で断ち切るにしては、あまりにも彼女は巨大化してしまった。
右手だけの一撃で首を断てる保証はないし、あの腕の一撃を食らえば次こそこちらの首が折れてしまいかねない。

(決断のとき、か)

ならば、使うしかない。
最後の切り札として取っておきたかったが、ここで使えれば本望だ。
一度の投影で烏月たちを含めて三人を殺すことができるのだから。それを思えば分は悪くない。
何より、あの蛆虫の鬼だけはこの手で殺さなければ気が済まなかった。

検索、最善の宝具は『射殺す百頭』――――大学を廃墟へと変えた追尾性の宝具。
破壊力、殲滅力、確実性共に問題なし。
何もかもを纏めて吹き飛ばし、周囲一体を瓦礫の山へと変えてくれるだろう。

「投影、―――――」

身体は剣で出来ている。
この身は一振りの剣となって桜のために命を燃やす。
待ち受けているのは串刺し刑。
それでも剣は敵を殺すために己を破壊させてゆくために言霊を唱える。

だが。
たとえ業物の剣であろうとも。
近代兵器の前には粉々に撃ち砕かれて廃棄されるのみ。


「は―――――?」


結局、士郎は何が起きたのか最後まで分からなかった。
不運だったのは士郎が世界だけに集中していたことと、その魔弾の主が士郎の死角に潜んでいたことだろう。
反応は一瞬、気づいたときには手遅れだった。
傷つき過ぎた身体では回避することも、折れた左腕では迎撃することもできなかったのだ。

ならば、結果の是非など聞くまでもない。
一振りの剣を完膚なきまでに叩き折る爆音がリゾート地に響き渡る。
抵抗はできなかった。


ゴォォォォオオオオオオオオオンッ!!!


衛宮士郎の身体は爆撃に晒され、何度も地面に叩きつけられる。
決して折れることの無かった剣が粉々になる。
身体中が真っ赤に染まり、或いは爛れ、そして最終的には十メートル以上も遠くまで投げ飛ばされて停止した。
彼の身体はピクリとも動かなかった。
本当にアッサリと、衛宮士郎はこの戦いから脱落した。

218:DEAT SET/イグニッション 投下順 218:DEAD SET/エンド
時系列順
千羽烏月
源千華留
西園寺世界
来ヶ谷唯湖
衛宮士郎

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー