nothing(後編) ◆7pf62HiyTE




04.nothing



「なるほど……そういう事だったか……」

 流ノ介が意識を取り戻し、3人はこれまでのいきさつや互いの事情について説明をした。

「……あんまり驚いている様に見えないですね」

 魔法や管理局、それにプリキュアに関する事を聞いているならばもう少し驚いても良いが流ノ介は至って落ち着いている。

「いや、実は自分達のいる世界とは別の世界が存在している事はこの身をもって経験している……あの時は1人ゴミばかりの世界に飛ばされ辛かった……」
『Are there such world ?(そんな世界あるんですか?)』

 少し前にガイアークと戦った事があり、その時にガイアークと戦っていたゴーオンジャーと共闘する事になった。
 その際に流ノ介達シンケンジャーの面々はそれぞれ別の世界の飛ばされた事があった。
 その為、自分達の住む世界以外にも世界がある事程度は今更驚く事でもない。

「それに通りすがりの仮面ライダーが訪れた事もあった」

 また、別の世界から通りすがりの仮面ライダーが現れた事もあった。

「あの時は源太の奴が仮面ライダーに折神を盗まれたりアヤカシが仮面ライダーになったりして大変だった……」
「それ、本当に仮面ライダーだったんですか?」
「何故か病院が写真館になったりもした」
「何故写真館なの?」
「詳しくは知らないが世界の破壊者と呼ばれていて私達の世界も破壊される所だった」
「「それの何処が破壊!?」」

 さて、仮面ライダーの話についてだがここで1つ重要な事に触れねばならない。
 あの場には本郷猛一文字隼人という2人の仮面ライダーがいた。だが、流ノ介の世界に仮面ライダーは存在しない。それ故彼等は別世界の仮面ライダーという事になるだろう。

「待てよ……」

 と言いながら名簿を確認する。

「どうしたんですか、流ノ介さん」
「いや、確か……あった、ユウスケの名前だ」
五代雄介?」
「ああ、確か仮面ライダー達の1人がユウスケと呼ばれていた覚えがある……」
「じゃあこの人がその?」
「……だが妙だな、確か後の2人の名前は無い……それに……本当にこの名前だったか?」

 何にせよ以上の経験がある為、別世界の存在についてはある程度免疫があるということだ。
 情報交換も終わったならば今後の方針を決めなければならない。普通に考えれば仲間達との合流を果たす事だろうが――

「いや、私は今すぐにでも十臓を追う。だから仲間との合流は君達に任せる、源太なら首輪の解析の力にもなってくれる筈だ」

 そう言って立ち上がろうとする。
 源太は自力でモジカラの力を解析しシンケンゴールドに変身する為のスシチェンジャーを作り上げた。
 それ故に一朝一夕とはいかないものの首輪解除において大きな力になってくれる筈、流ノ介はそう考えたのだ。

「ちょっと待ってください、応急処置はしたけどその怪我じゃまだ……」
「そんな事はわかっている! だが十臓を野放しにすれば殿や他の参加者の命が危ない!」

 万全な状態でも破れ去った以上、負傷している状態では戦いにすらならないだろう。それでも流ノ介は1人でも戦いに向かうつもりだ。

「やっぱり殺すつもりですか……」

 そんな流ノ介に対しなのはは憤りを隠すことなく口にする。

「言いたい事はわかる。だがさっきも説明したが外道衆は人々を苦しめる存在だ、奴らを野放しにしては殿のみならず君達の仲間の命が危うい」

 十臓を斬るのは殿への負担を軽減する意味合いが強い。とはいえ、人々を守る為にも外道衆を放置するわけにはいかない。

「でも殺すなんて間違っています! 殺さなくても済む方法が……」
「奴に説得など通じない! あの男は自分を止めようとした家族の魂が宿った妖刀を使い平然と人を斬り続けている真の外道、そんな奴に君の言葉など決して届かない!」
「家族が封じ込まれた妖刀!?」

 その事にいつきが驚愕しつつも流ノ介の言葉は続く。

「それに君の言い方だと筋殻アクマロ血祭ドウコクも殺すなという事になるのだろう?」
「はい! あの人達だってお話すればきっと……」
「そんな甘い事でこの世が守れるか! 君は何もわかっていない……はぐれ外道である十臓と違いあの二人は本物の外道、人々を苦しめる事など何とも思っていない奴らだ」
「でも何か大事な理由が……」
「そんなものはない! あった所で自分の欲望を満たす為だけだ、話をするだけ時間の無駄だ」
「だったら……力尽くでも言う事を聞かせます! そうすればきっと……」

 流ノ介の言う通り口だけの説得など届かないかもしれない。だがそれならフェイトと解り合った時の様に全力全開でぶつかりあえばきっと届くはずだ。
 なのはの頑なな姿勢を見て、恐らくどう言っても止めてくるのは明白なのは流ノ介も理解した。
 一方のいつきは殆ど黙り込んでいる。
 心情的にはなのはに賛同しているわけだが流ノ介の言い分もわかるのだ。外道衆がこの世界を脅かすのであれば倒す事もやむを得ないのは理解している。
 どちらも正しいが故に口を挟めないのだ。

「これ以上私がどういっても引くつもりは無いのだな……」
「はい! だから……」
「だが私も引くつもりはない、そうなれば君は力尽くでも私を止めるつもりだな」
「勿論です!」
「ならば私を殺すという事だな」
「ええ!?」
「どうしてそうなるんですか!? 私は誰も殺すつもりなんて……」
「言っておくが、例え君にこのショドウフォンを奪われても意見を変えるつもりはない。この身1つだけとなっても奴の所に向かうつもりだ」
「そんな怪我でしかも何の武器も無い状態で行くなんて自殺行為です」

 中立を保っていたいつきも流ノ介を止める為口を挟む。

「そんな事は百も承知だ、だが私は侍として……殿……ひいてはこの世を守らなければならないのだ……例えこの命が尽きてもだ……それでも私を止めるというのならば、君の力で私を殺すしかない」
「この力は人殺しの為にあるんじゃありません!」

 なのはにとって魔法の力は大切な人達を守る為、自分の意思を通す為の力だ、決して人を傷付ける為の力ではない。それ故に流ノ介の言葉に力強く反論する。

「君は何か勘違いをしていないか? 確かに君の……いや、我々の力は人々を守る為のものでありいたずらに人を傷付けるものではない。だが、所詮は力でしかない、使い方を誤れば簡単に人を殺せるとても危うい力だ」
「そんな事はわかっています、でも私はこの力で人を殺したりなんてしません!」
「いや、何もわかっていない! あの砲撃で誰も死なないなんて本気で思っているのか、巻き込まれる者がいないかと考えなかったのか?」

 本当ならば売り言葉に買い言葉の様な形で触れるつもりはなかったものの、なのはの行動は何れ大きな問題を引き起こす。それ故に流ノ介はあの時の砲撃について口を出した。

「大丈夫です、ちゃんと周囲は確認しました。それに説明してなかったけど私達の魔法は非殺傷設定って言って人を傷付けない風にも出来ます。だから……」
「仮にそうだとしてもむやみやたらに放って良い力ではない! それに仮に君の魔法そのものは人を傷付けないものであったとしてもそれによって起こる衝撃や風までは非殺傷には出来ないだろう」
「それは……」

 流ノ介に言われて気が付いた。確かに魔法そのものは非殺傷ではあっても巻き込まれた事で起こった崩壊までは非殺傷には出来ない。

「それにだ……いつきがここに来たのはなのはの砲撃を見たからだな」
「はい……誰かが戦っているかと思って……」
「そのお陰で私の命が助かった事については素直に感謝している。だが、殺し合いに乗った者を呼び寄せる可能性だってあったのだ。
 もしこの場に来たのがいつきではなく、アクマロやドウコクであったなら……私も君も殺されていただろうな」

 良くも悪くもなのはの砲撃はホテルでの戦いに大きな影響を与えている。流ノ介にとっては良い方向に傾いたがそれはたまたまでしかない。
 彼等の知らない所ではその影響で状況が悪く転がっている事があるのだろう。

「でも……」

 なのは自身もそれがわからないではない。それでもあの時の行動が間違っていたとは思えない。

「なのは……ボクも流ノ介さんの言う通りだと思う」
「そんな、いつきさんまで……」
「キミがそういうつもりじゃないのはわかる。だけどボクはあの砲撃で誰かが傷ついたかもしれないと思ったから急いだんだ。つぼみ達も同じ事をしていたと思う。
 知らなかったからだけど、君の砲撃が危ないものだと思ったのは確かなんだ。
 それにね……ボクも武道をやっているからわかるけど、力は使い方を間違えれば簡単に人を傷付ける事が出来るんだ。非殺傷に出来るから大丈夫って問題じゃないんだよ」
「はい……」

 武道を嗜む者にとってはその力が人を傷付ける危ないものである事は容易に理解出来る。
 心・技・体とはよくいったもので、彼等は技や体だけではなく、まずは心を養うという事なのだ。
 それ故に、幼い頃から武道を嗜んでいたいつきはその事を強く理解し、なのはに諭すのだ。
 諭されるなのはの方も元々家に道場がある関係もありそれが全く理解出来ないわけではない。

「それに……レイジングハート、聞きたいんだけど非殺傷って絶対に解除出来ないの?」
『No, it can be canceled , Mr. Itsuki.(いいえ、解除は可能です。Mr.いつき)』
「(ん、『Mr.』?)」
「レイジングハート……?」

 いつきの質問の意図が読みとれずなのはの頭に疑問符が浮かぶ。

「やっぱり……なのは、フェイトはキミと互角だって言っていたよね。もし、非殺傷の状態でなのはと同じ事をしたならば……」
「……それこそ多くの犠牲が出るだろうな、殺すつもりで撃ったならばまず間違いない。」

 なのはが答える前に流ノ介がその問いに答えた。

「そんな、さっきも言ったけどフェイトちゃんがそんな事をする筈がありません!」

 だが、いつきや流ノ介がどう言おうともなのははフェイトを信じている。いつきも危惧はするものの信じたい気持ちは汲みたい所だ。
 流ノ介もその心中は察している。それでも、

「君達が友を信じたい、戦いたくない気持ちはよくわかる。だが1つ言っておく、もしフェイトにしろゆりにしろ殿に仇なすならば私は彼女達を斬らねばならない」

 殿を守る為、最低限の事は触れておかねばならない。

「……!」
「そんな!」
「君達にとって友が大事である様に私にとっても殿が何よりも守らねばならない存在だ、君達がどう言おうとも譲るつもりはない」

 そう、なのは達に譲れぬものがある様に流ノ介にも譲れないものがあるのだ、それは誰がどう言おうとも変わるものではない。

「それにいつき、君だって私やなのはの事ばかりに構っているわけにはいかないのだろう。仲間達への合流だけではなくゆりへの説得やダークプリキュアの打倒を考えなければならないのではないか?」
「それは……」
「ちょっと待ってください! いつきさん、本気でダークプリキュアさんを殺すつもりなんですか!?」

 ここでなのはが口を挟んできた。

「え!?」
「ちょっと待て、君はいつきの話を聞いていなかったのか。ダークプリキュアは砂漠の使徒として人々を苦しめてきたんだろう。外道衆同様倒さなければならない存在じゃないのか?」

 流ノ介は半ば呆れ気味に反応する。

「違います! だってダークプリキュアさんはサバー……月影博士……ゆりさんのお父さんがゆりさんを元にして造ったんですよね?」
「そうだけど……」
「だったら、ゆりさんの妹です。そんな彼女を殺すなんて言わないでください!」
「それは……」
「だが聞く所によると、彼女はゆり……キュアムーンライトを倒す為に造られた存在ではないのか?」
「きっかけはそうだったかも知れません。それでもダークプリキュアさんを殺して良い理由にはなりません! それに……闇のプリキュアなんていう哀しい呼び名で呼ばないでちゃんと名前で呼んでください」
「いや、そもそも本名知らないし……それに他の名前があったかどうかも……」

 なのはの頑なな姿勢は既に2人も思い知っている。だが、

「何故君はそこまで彼女に肩入れするんだ。殺すなというだけならばまだわかる、だが君の言い方はまるで……」
「それは……」
『Master would Dark precure overlaid Ms. Fate.(マスターはダークプリキュアにフェイトを重ねたのでしょう)』

 口ごもるなのはに代わりレイジングハートが答えた。

「レイジングハート! それは……」
『Explanation is required.(説明は必要です)』

 本来ならばあまり人に話すべき事ではない。だが、何の説明もしなければ2人がなのはを信頼してくれなくなる。
 幾らマスターの言葉が正しいとしても状況的には流ノ介やいつきの方に分がある。
 更に散々話を聞かせてと対話を求めておきながら自分からは何も話さないのではそれこそ信頼されるわけもない。最低限の説明はするべきだろう。

「わかりました……実は……」

 そしてなのははフェイトの事情、つまり元々はプレシア・テスタロッサが失った娘であるアリシア・テスタロッサを蘇らせる為に産み出されたものだという事をおおまかに説明した。
 その事実にはいつきも驚愕し流ノ介も真剣な表情で耳を傾けている。

「なるほど、生まれ方が違っても同じ命というわけだな……だが、私は別に彼女が作られた存在だから倒しても良いと言っているわけではない」

 そもそもダークプリキュアが人間ではないから殺せ、というわけではなく彼女がこの世界を脅かす存在だから倒さなければならないと言っているに過ぎないのだ。

「でも……」
「君がダークプリキュアをどう思っていても構わない。だが、これはいつき達プリキュアの問題じゃないのか?」
「わかりました……」
「……ところで、いつきもプリキュアだったな」
「あ、はい。そうですけど」
「しかし見た所普通の……」

 そう言い切る前になのはが口を出す。

「そのデバイスで変身するんですよね、試しに変身してくれませんか?」

 言われてみれば散々プリキュアに関する事を説明したがその力がどれだけのものかは説明していない。
 それ以前にこの場に来てから一度も変身すらしていない、いざという時の為にも一度変身した方が良いかもしれない。
 ちなみに本来ならば他人には基本秘密なのだが、ブラックホールが関わっている可能性もあり、ダークプリキュアに関する説明も必要であったのでいつきは敢えて隠す様なマネはしなかったのである。

「うん……そういえば何時もだったらポプリが種を出しているんだけど……」



 おもむろに2人から距離を取りシャイニーパフュームと同時に支給されていたプリキュアの種(本来ならばいつき自身も語っている通りパートナーの精霊であるポプリが出している)を構える。

『What!?』
「服が変わっただと!?」

 と、突然いつきの服が何時ものからノースリーブのワンピースへと変化し、

「髪が伸びた!?」

 更にショートだったいつきの髪が瞬時にロングにまで伸び、

「プリキュア! オープン・マイ・ハート!」

 そう口にしプリキュアの種をシャイニーパフュームに装填しそのままパフュームを自身の躰に吹き付けていく。
 そうしていく内に吹き付けた部位が次々と変化していく。
 更に伸びた髪を両サイドで束ねていき同時に髪色も金色に変化し花の髪飾りも装着される。
 そして大体の変化も完了しパフュームは現れたココロパフュームキャリーに収納され腰へと装着され――

「陽の光浴びる一輪の花! キュアサンシャイン!!」

 キュアサンシャインへの変身を完了した――

「……あれ、2人ともどうしたの? 私……何かおかしかった……?」
「一人称まで変わっているのか……いや、服が変わるだけだと思ったからな……最早別人ではないのか……」

 何しろ、キュアサンシャインの姿は今までのいつきと180度違う姿と言っても過言ではない。それ故流ノ介の驚愕も無理からぬ話だ。
 だが、一方のなのはは石の様に固まっている。

「あれ? なのは……どうしたの?」


「えぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ホテルになのはの絶叫が響き渡った。


「まさか……」
「イツキサンッテイツキサンッテ……ソノ……ナニ?! エット……ダッテ??? ウソ?!?! エェェェェェ……」
「……やはり君達は彼女を男だと思っていたんだな」
「あぁ……」
「だって、自分の事を『ボク』って言っていたし男の制服着ているし……」

 今更な話ではあるが、いつきの服装は自身の制服、それも男子用制服を着ている。
 なのは自身『さん』付けで呼んではいたがそれはいつきが女子だと気付いていたわけではなく、性格的にしっかりしていた事や何となく『君』付けではなく『さん』付けした方が呼びやすいと無意識で感じていたからである。

「レイジングハート!?」
「Sorry , I think she is a man too.(すみません、私も彼女は男だと思っていました)」
「流ノ介さん!?」
「……私は最初からいつきが女だと気付いていたぞ」

 流ノ介自身シンケンジャーとして招集される前は歌舞伎役者をしており、女形(女性の役を演じる)も経験している。
 その関係もあり、いつきが男子制服を着ているが女の子であることを看破出来ていた。何かしらの理由があると考えていたので敢えて口は出さなかったという事だ。

『Like there was something similar in the past...(以前にも似た様な事があった様な……)』
「あー……その、大丈夫。つぼみも最初私の事を男だと思っていたから」
「それフォローになってないよー!!」



 ともかくいつきも元の姿に戻り今後の方針を再び話し合う。ちなみに既に時刻は4時を過ぎている。

「さっきも言ったが、私はこのまま十臓を捜しに向かうつもりだ」

 流ノ介の方針は変わらない。見たところある程度ならばなのはといつきでも十分戦える様だ。その為、2人と別行動を取っても問題は無いと判断した。

「……怪我の具合もそうですが、アテはあるんですか?」

 だが、いつき達としては怪我の事も考えこのまま1人行かせたくはない。また、十臓が何処にいるかもわからない現状も気になる所だ。

「十臓は殿を狙っていた。恐らくはここに向かうだろう。何故この島にあるかはわからないが……」

 と、地図のB-2にあるシンケンジャーの拠点ともいうべき志葉屋敷を指し示す。少し距離はあるが道なりに行ける分迷わず行ける筈だ。

「だから君達とはここでお別れだ、源太や殿にあったらよろしく頼……」
「だったら私も一緒に行きます!」

 と、なのはが同行を申し出た。

「ちょっと待て、それは私を止める為だろうが私は止まるつもりはない。そんな暇があるなら他の場所に向かって君達の仲間と……」
「その近くに翠屋がありますよね、そこは本当だったら私の家なんです。きっとユーノ君やフェイトちゃんはそこに向かっている筈です」

 志葉屋敷の比較的近く、C-1にはなのはの実家である翠屋があった。つまりホテルから向かうならば丁度流ノ介と進行方向は同じとなる。
 そういう理由がある以上、流ノ介になのはを止める事ができない。

「流ノ介さん、怪我をしている貴方やなのはを放っておく事は出来ません。ボクも貴方達と同行します」
「………………わかった」
「また『ボク』に戻ってる……」

 流石にこの流れでいつきを1人にするわけにはいかず、流ノ介は渋々ながらも同行を了承した。


「あ……志葉といえば……あの、流ノ介さん。渡したいものがあるんですが」

 と、いつきはデイパックから1つの書状を出す。流ノ介はそれを受け取り、

「これは……志葉家の家紋……何故君が?」
「ボクに支給されたものです」
「中は見たのか?」
「ええ、失礼……だとは思ったけど、何かがわからなかったので……すみません」
「いや、それは構わない……本来ならば家臣である私が勝手に見て良いものではないが……だが……」

 それは間違いなく志葉家当主である殿に宛てられたもの、それを家臣でしかない流ノ介が先に見て良いものではない。
 しかし、この状況下だ、何か重要な事が書かれていた場合それを知らなければ命取りになる。故に――

「殿……御免!」

 流ノ介はその中身を確かめる。そしてかつてない程真剣な表情で読み進めていく。

「……いつきさん、あの中には何が書かれていたんです? 読んだんですよね?」
「読んだと言えば読んだけど……ちょっとよくわからないんだ……」
「どういう事?」

 前述の通り、書状の中身はいつきも確認している。だが、書かれている内容はわかるもののそれがどういう意味を示しているかまでは完全に理解出来てはいない。
 それもその筈だ、そこに書かれている事は志葉家に関わる重要な事項、その中身だけで事情を知らない者がその意味を把握出来る道理もない。

「……! ……何だと……! 馬鹿な……この中身が事実だとしたら……!」

 流ノ介の表情が固まる。そして全てを読み終えた瞬間、思わず書状を落としてしまう。

「え、どういうこと……」

 その書状をなのはが拾い読もうとするが、

「達筆で読みにくいの……レイジングハート……」
『Please don't count on me.(私をアテにしないでください)』

 それでも何とか読み進めていくが事情を知らないなのはにはその意味が理解出来ない。
 だが、項垂れる流ノ介の様子を見る限り、彼の行動原理の根底が揺らぐ程の事が書かれている事は理解出来た。



 それでは読者諸兄に、あの書状が何かを説明しよう。
 あの書状はアクマロを撃破し正月を謳歌していた時に志葉家に届けられたものだ。
 ではその内容は如何に? それを語る前にこの時点の丈瑠以外のシンケンジャーが知らない志葉家の事情について触れねばならない。

 長きに渡りドウコク率いる外道衆とシンケンジャーの戦いが繰り広げられた。
 だが、ドウコクの力は凄まじく戦いは苛烈を極め外道衆はシンケンジャーの中心である志葉家の一族を執拗に攻撃し――
 先代シンケンレッド、つまり志葉家十七代目当主の時には志葉家の弱体化は激しく最早風前の灯火となっていた。
 それ故このままでは志葉家の断絶、この世の滅亡の危機の可能性も出てきた。。
 その為、封印の文字を習得するまで何処かに隠れる必要が出てきたがシンケンレッド抜きで外道衆との戦いが厳しいのも事実であった。
 その時先代シンケンレッドは自身は戦い抜くしかないと口にし望みを次の世代、つまりは間もなく生まれる自身の子に託そうとした。
 だが、その子が成長するまで素直に外道衆が待ってくれる道理もない。そこで――

 影武者を立てる――そしてこの時点で既に水面下で準備は進んでいた――

 先代は不完全ながらも封印の文字をドウコクに使う事でその命を懸け次の世代を守り最後の望みを託した。
 そして外道衆の目を欺く為、侍の家系ではないもののモジカラの才能のある者を影武者に選んだのだ。
 その影武者こそが丈瑠だったのだ。

 さて、後に生まれた十八代当主である薫は姫ではあったものの目眩ましには好都合であれ人知れず暮らす事が出来た。

 ところで、影武者を立てたのは封印の文字の完成の為というのもあったが、シンケンジャーの柱である志葉家の最後の一人を隠し十九代二十代へと次への柱が強く育つのを待つ目的もあった。
 それ故、本来ならば薫の世代で表に戻る予定ではなかった。事を急げばそれこそその為に命を賭した先代や丈瑠に次のシンケンレッドの役目を託し散った丈瑠の父の行為が無に帰することになる。
 それ為、影とは言えシンケンレッドとしてこの世を守り十八代目当主を全うする覚悟で丈瑠も日下部彦馬も望んでいた。

 だが、薫自身が影武者の影として生きるのは侍として卑怯とそれを良しとしなかった。
 故に死ぬ者狂いで封印の文字を習得し、ドウコクを封印する準備が整えたのだ。それは奇跡とも言うべき事である。

 では、本題に戻ろう。先の書状には本来のシンケンレッドにして志葉家の当主が丈瑠と彦馬に宛てたものだ。それを確認した2人はこう口にしている。

『にわかには信じられませぬ……本当であれば喜ぶべき事ではありますな……といってここにきて全てを明らかにするとはとても……』
『とにかくこっちで動ける事は何もない……今まで通りにしているだけだ……』
『はぁ……』
『爺……もしその時になったら……その時の事か……』

 このやりとりから真の当主である薫が封印の文字を完成させた旨が書かれていたのはおわかりだろう。
 同時にそう遠くないタイミングで外道衆と決着を着けるべく志葉家へと戻るのも容易に推測出来るだろう。
 事実としてその直後、丈瑠達にとっては早すぎるタイミングではあったが薫はシンケンレッドとして戻ってきた。

 それは同時に――丈瑠のシンケンレッドあるいは志葉家当主の影武者としての役目を終えた事を意味する――



「どういうことなの……確か封印の文字って……?」
「ドウコクを封印する為に流ノ介さんの殿……丈瑠さんしか使えないモジカラだった筈……」
『But, if certain it is written here...(しかしここに書かれている事が確かならば……)』

 流ノ介自身は2人にドウコクを倒せるのは志葉の当主、つまりは丈瑠だけが使える封印の文字だけだという事を説明していた。
 だが、この手紙に書かれている事が事実ならば封印の文字を使えるのは丈瑠ではなく本来の当主つまりは薫という事になる。
 だからこそ(何とか解読した)なのはとレイジングハート、そして予め目を通していたいつきの頭には疑問符が浮かぶ。

 ――が、それが意味しているのはそれだけではない。

 薫が封印の文字を完成させたという事は薫が本当の志葉家十八代目の当主である事を意味し、それが書状に記されている事になる。
 同時にそれは丈瑠が殿ではなく影武者である事を示している事になる。

 そう――命を懸けて殿である丈瑠を守るという流ノ介の行動方針は――根底から覆った事を意味する――

 なお、仮に同じ内容を源太や十臓、更にはアクマロやドウコクが知った所で影響は殆ど無い。
 ドウコクにとっては偽物と知った事で怒り狂うだろうがその行動が変わるわけではない。
 アクマロにとっては仮に知った所で、自身の目的に影響を及ぼすわけでもない。
 十臓が丈瑠を狙っていたのは只斬り合う為でしかなくやはり全く影響はない。
 源太がシンケンゴールドとして丈瑠の為に戦うのは丈瑠が志葉家当主だからではなく、幼き頃からの友人だから、それゆえ殿で無くなっても丈瑠の為に戦う事に変わりはない。

 だが、流ノ介だけはそうはいかない。流ノ介はシンケンジャーの中でも侍の役目に忠実である。
 その為、流ノ介にとって真に守るべき対象は殿ではなく姫という事になる。暴論ではあるが最早丈瑠を命を懸けてまで守る必要など全く無い。

 とはいえ、この地においての行動方針自体が覆るわけではない。
 どちらにせよ外道衆が斬らねばならぬ存在である事に変わりはなく、元の世界への影響を考えるならばドウコクは打倒すべきである事は明白だ。
 封印の文字が使えない以上、絶望的な状況ではあるもののそこで諦めるなど言語道断だ。侍として最後まで戦い抜くべきだろう。
 丈瑠を絶対に守らなければならないという前提が消えた、それだけの話でしかない。

「まさか……そんな……」

 そう言いながら再びなのはの持つ書状を手に取り再び確認する。
 書かれている中身が間違いであってくれ、そう願いながら再び読み進める――だが書かれている内容が変化する事はない。

 何故ここまで流ノ介は動揺しているのだろうか?
 いや、書かれている内容を必死に否定しようとしているのだろうか?
 丈瑠を守るという方針が根底から覆ったとはいえ、侍として人々を守る為に戦う部分は変化していない筈だ。

 かつて、舵木折神を釣り上げに向かった際に出会った男に指摘された事がある。

『何故侍は戦わねばならない?』
『それは代々志葉家に仕える侍は殿と共に……』
『そんなのは親に刷り込まれただけだ、侍も殿もアンタが決めた事じゃない、教科書通りに生きているとそれが崩れた時どうしようもなくなる、空しさだけが残る』

 その時、丈瑠達他のシンケンジャーのメンバーは毒にやられ、治療の為には舵木折神が必要という事で急ぎ釣り上げる必要があった。
 しかし釣り上げは難航していた。その最中、丈瑠は毒で動くのも辛い状態を押して戦いに出向こうとし流ノ介にも、

『いいか、俺は適当にお前を選んで行かせたんじゃない。お前なら出来ると思ったからだ……それまで少しでも被害を減らしておく……』

 そう伝えたのだ。そして再び釣りに戻った流ノ介に男が再び指摘したが、

『確かに親に教えられた事です。でもさっきの殿の声を聞いてはっきりわかりました。戦っているのはそれが理由じゃなかったって……
 アヤカシからこの世を守る……殿は命を懸けてそれを実行しています。強い意志と力で……初めて会った時も……
 あの殿なら命を預けて一緒に戦える……そう決めたのは自分です! 親じゃない……その戦いがどんな結果でも空しいはずがないです! 絶対に無いです!』

 そうはっきりと答えたのだ。
 だからこそ動揺しているのだ、本来ならば姫を守るのが侍として正しい選択だ。だがそれは教科書通りの答えであり流ノ介自身の答えではない。
 だが丈瑠を守り続けていたのはそうではない。命を懸けて戦おうとする丈瑠ならば命を預けられると自分の意思で決めたのだ。
それもまた決して間違っては言えないだろう。

 故に迷うのだ、今後自分はどうするべきなのかを――

 と、ここで先の悪夢の事を思いだした。

「まさか……あの夢はこれを暗示していたというのか!?」

 あの夢では丈瑠がショドウフォンを捨て裏正を持って三途の川を渡ろうとしていた。
 ショドウフォンを捨てる、これは影武者の役目を終えシンケンジャーではなくなるという意味で良いだろう。
 では何故裏正を持って三途の川を渡ろうとしたのか、これはまさしく十臓同様外道に堕ちる事を意味している。
 あの時点では只の悪い夢だと断じて深くは考えなかった。だが、今はそうは思えない。
 いつき達から聞かされた事が事実なら、丈瑠が殿の座から去っていった時期から連れて来られた可能性は十分にある。
 その時期ならば丈瑠が外道衆と戦う必要性は全く無い。だが――

「いや、だからと言って何故十臓の様に外道に堕ちなければならないのだ……!」

 そう、ずっと外道と戦い続けてきた丈瑠が外道に堕ちる理由がわからないのだ。
 直接話をしなければ納得など出来るものではない。

「どういう事……?」

 流ノ介の動揺は傍にいる2人にも伝わってくる。

「多分……丈瑠さんが殺し合いに乗っているかもしれない事に気付いたんじゃ……」
「ええっ!? だって丈瑠さんずっと外道衆と戦って来たのに……」
「あの紙に書かれている事が確かなら、丈瑠さんはずっと本当の当主の代わりに戦っていた事になるよね。でも、もしもその役目が無くなったら……」

 いつき自身、幼き頃から武道を続けていたのは病弱な兄明堂院さつきに代わって明堂院流を継ぎ兄を守る為である。言うなれば兄や家の為と言ってもよい。
 だが、ある時祖父から武道は己の生きる道を極める為だと助言を受け、さつきからもいつき自身の道を歩んで欲しいと言われたのだ。
 そうは言われたものの、いつき自身武道を取り上げられたら何が残るだろうかと本気で思い悩んだ。
 しかし、つぼみ達の助言もあった為、可愛いものが大好きだという心に素直になりファッション部に入った。
 だが、もしあの時つぼみ達の助言がなければずっと迷い苦しんでいたかもしれない。

「自分には何も無いと考えて……そうなったらどうするか……」
「そんな事ありません! 流ノ介さんの話が確かなら凄い剣の腕があるじゃないですか! それだけでも十ぶ……」

 なのはとしては全力でフォローしているだけだ。だが、それは流ノ介にとって捨て置けない言葉だった。

「剣……まさか……その為に人を斬り外道に堕ちるというのですか……とのぉ……!」

 只ひたすらに人を斬り続けて外道に堕ちた十臓という前例がいる。丈瑠が剣のみに生きようと人を斬り続ける可能性は否定出来ない。
 あの夢で裏正を持っていたのは十臓と同じ道に堕ちる事を暗示していたのだろう。

「何故だ……何故私は殿の心中に気付けなかった……」

 丈瑠の苦しみに気付けなかった自分を責める流ノ介である。

 無論、影武者である事実は外道衆に絶対に知られてはならない。それ故、例え家臣であってもそれを看破される様な言動は決して許されない。
 そういう意味では丈瑠は完璧に演じていたと言えよう――


 だが、どんなに隠そうとも完璧に隠す事は不可能だ。

 かつて通りすがりの仮面ライダーが現れた事があった。
 その仮面ライダーは仮面ライダーのいるあらゆる世界を巡り旅を続けてきた。
 しかしその仮面ライダーは世界の破壊者とも呼ばれた事もあり、彼を受け入れる世界は何処にも無かった。
 だが、シンケンジャーのいる世界には仮面ライダーの存在はなく、存在する必要も無かった。
 当然その仮面ライダーが受けいられる事もない。だが、

『ライダーは必要なくても、この俺門矢士は世界に必要だからな』

 と平然と言い放ちシンケンジャーの危機にかけつけた。

『士、俺はお前が破壊者だとは思っていない』
『根拠は?』
『無い………………強いて言えば侍の勘だ。世界は知らないが俺達はお前を追い出す気はない』
『折角だがこの世界につくつもりはない、何しろ俺は通りすがりの仮面ライダーだ』

 丈瑠が彼を受け入れたのは本当に侍の勘だったのだろうか?
 例えば世界から受け入れられる事の無い彼の姿に影武者であるが故に、最終的には侍の世界から離れる事になる自身を重ねたりはしなかったのだろうか?
 彼の言葉にシンケンジャーとしての自分が必要なくなっても丈瑠自身としては必要であると救われたと思わなかっただろうか?
 おそらく丈瑠自身にもわからない事だろう――


 どんなに嘆こうとも志葉家の当主、つまりは殿である丈瑠はもう何処にもいない。
 流ノ介は動けぬまま――自身の影を踏みしめていた――
 そんな彼をなのはといつきは見ている事しか出来ないでいる――
 彼女達の探している友ももういないかも知れない中――



【1日目/早朝】
【B-7/ホテル】

池波流ノ介@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:左脇腹に重度の裂傷(応急処置済み)、体力消費(中)、モヂカラ消費(小)、非常に大きな動揺
[装備]:ショドウフォン@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3、志葉家の書状@侍戦隊シンケンジャー
[思考]
基本:血祭ドウコクの撃破および、殺し合いの阻止
0:殿……
1:十臓が向かうであろう志葉屋敷に向かう。そして十臓と遭遇したなら今度こそ倒す。
2:ドウコクを倒す、だが封印の文字が無い状況で倒せるか?
3:丈瑠と会い今一度話をする。
[備考]
※参戦時期は、第四十三幕『最後一太刀』終了後(アクマロ撃破後)以降、第四十四幕『志葉家十八代目当主』までの間です。
※丈瑠が影武者である事に気が付きました。
※ドウコクの撃破を目指すのは、単純に避けられない戦いであることにくわえ、他の参加者の安全確保のためという意味合いが強いです。
 殺し合いの阻止よりも、ドウコク撃破を優先しているというわけではありません。
※参加者の時間軸の際に気付いています。

明堂院いつき@ハートキャッチプリキュア!】
[状態]:健康
[装備]:プリキュアの種&シャイニーパフューム@ハートキャッチプリキュア!
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1
[思考]
基本:殺し合いを止め、皆で助かる方法を探す
1:なのはや流ノ介と行動する
2:仲間を捜す
3:ゆりが殺し合いに乗っている場合、何とかして彼女を止める。
[備考]
※参戦時期は砂漠の使徒との決戦終了後、エピローグ前。但しDX3の出来事は経験しています。
※主催陣にブラックホールあるいはそれに匹敵・凌駕する存在がいると考えています。
※OP会場でゆりの姿を確認しその様子から彼女が殺し合いに乗っている可能性に気付いています。
※参加者の時間軸の際に気付いています。

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]:健康
[装備]:レイジングハートエクセリオン(待機状態)@魔法少女リリカルなのは、バリアジャケット
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3、ヴィヴィオのぬいぐるみ@魔法少女リリカルなのは
[思考]
基本:殺し合いを止め、皆で助かる方法を探す
1:いつきや流ノ介と行動。
2:流ノ介に同行しつつ翠屋に向かい仲間と合流。
3:フェイトちゃんが殺し合いに乗るわけなんてない。
4:絶対に目の前で人殺しはさせない。力尽くでも止める。
5:ヴィヴィオ……って私の……?
[備考]
※参戦時期はA's4話以降、デバイスにカートリッジシステムが搭載された後です。
※参加者の時間軸の際に気付いています。


【支給品解説】

志葉家の書状@侍戦隊シンケンジャー
明堂院いつきに支給、
第四十四幕にて丈瑠と彦馬の元に届けられた志葉家の家紋入りの書状。
その際の彦馬達の言動から、薫が封印の文字を完成させた事が書かれている模様。

ヴィヴィオのぬいぐるみ@魔法少女リリカルなのは
明堂院いつきに支給、
StS第12話にて聖王医療院の売店でなのはが購入しヴィヴィオにプレゼントした普通のうさぎのぬいぐるみ。
なお第17話における六課襲撃によりボロボロとなった。


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最終更新:2013年03月14日 22:38