魔法、魔人、悪魔 ◆gry038wOvE
さやかの足取りはまるで浮浪者のようであった。
魔法少女という得体の知れない存在になってまで掴んだ「正義」、「存在意義」への全否定。
彼女の心には傷というより靄として残っている。
しかしその靄はソウルジェムの濁りとして、確かに彼女を死に近づけていた。
(…………誰か、教えて…………)
自分が信じたいものへの答えを、他人に求める。
彼女の正義を崩したのは他人であったから、また第三者の意見を聞きたかったのかもしれない。
自分ひとりではどうしようもない。
世界とはどういうものなのか。己の考え方、その答えを若き彼女はまだ掴んでいない。
ただ、平等にこの世を見られる大人を捜してふらふらと歩いていく。
あれからかなり時間は経ったが、時間の経過によって晴れる靄ではなかった。
彼女のふらふらと歩く様子は、否が応でも目に留まった。
いや、彼女を目に留めた男は彼女の姿以外の何かに惹かれていた。
彼の口元が歪む。
邪悪な笑みを見せる男が近付いていることに、さやかは気づいていなかった。
「こいつは良い『材料』だ……」
溝呂木眞也。
人の心を弄ぶ卑劣漢の笑みがさやかを凝視している。
このままさやかがしばらく進んでいれば、
五代雄介という至極前向きな男と出会い、或いは三影の捻くれた持論を打ち消すこともできたかもしれない。
ただ、五代にひっそりと付きまとっていた男の存在が、さやかにとって最大の障害だったのだ。
溝呂木は笑いながら、もう一つの材料を彼女に闇を放った。
「えっ!? 何────」
本人が背後から来る「何か」の存在に振り向いた時、既にさやかの体にそれは到達しようとしていた。
それは、回避することができない「闇」という抽象的な物体だった。
さやかは一瞬、驚愕した顔を見せたが、そこで生まれた別の人格が彼女の表情を笑みへと変えた。
闇の道化師が生まれたのだ。
★ ★ ★ ★ ★
「この中で何かがあったみたいだな……」
照井はただでさえ廃れた教会に、真新しい焦げ痕が残っていることに気づいた。
いや、おそらく誰であっても気づくだろう。
まるで大砲でも発射されたかのように教会の壁や天井が吹き飛んでいる。
ティアナによるものだろうか?
確かに彼女は銃を使うし、トリガー・ドーパントにもなった。
しかし、これはあんな小さな銃の口径によるものじゃない。これは間違いなく、彼女よりも強い武器の持主がやったことだ。
少なくとも、今この惨状によりわかるのは、殺し合いに乗った人間もしくは大量破壊を厭わない危険人物は、照井が思ってい居る以上に多いということだけであった。
推理をしようにも、参加者全体に関するデータが少なく、それは難しい。大砲やそれに準ずるものを武器として持つ変身能力者がいる可能性が高くなったとして、それがこの傷跡から大雑把にしかわからないならば、対策も立てられない。
それでも現場から少しでも手がかりを得ようとする照井を心配して、ミユキが口を開いた。
「崩れたりしないでしょうか……?」
その心配や不安に満ちたミユキの顔を見て、照井も無茶をやめる。他人を心配してこの顔ができる少女の表情を少しでも変えようと思ったのだ。
それに、テッカマンに変身するたびに危険が伴う彼女を、兄との合流まで護ることができるのは仮面ライダーアクセルである自分だけなのだという責任も簡単には放棄はできない。
戦闘でもないのに無茶して死んだら世話がない。
「可能性は否定できないな。ここは離れた方がいい」
場合によっては生死が関わる質問であったためか、照井はいつもの台詞を言わず、少し未練ある現場を眺めつつミユキとともに離れていく。流石にここで「俺に質問するな」と返してしまうのは無責任だ。
ふと気にかかる点が浮かぶ。
この攻撃の痕は気にかかるが、ここで何かがあったというのなら、照井たちも気づいたっておかしくないはずだと思った。大砲に値するだけの武器で痕を作るならば、それ相応の轟音もするだろう。
と考えると、ここで何かが行われたと推定されるのは照井たちの戦闘中だ。あの戦闘から教会に向かうまでの時間は轟音をかき消す声で喋ったりはしていない。
やはりティアナは違う。それは確証に変わった。
(見たところ、死体のようなものはなかった……戦闘というより、誰かが暴れた痕か……?)
或いは、これだけの砲撃を受けても生存できるような特殊な変身体質の者だったか、被害者がこの攻撃によって死体ごと消滅してしまったか……。
いや、後者ほどの威力があるのならば戦闘中でも気がついたかもしれないし、この場からは焼肉のような匂いはしない。人の体が焼けたような匂いは残っていないのだ。
とはいえ、説が複数あり、どれも証拠がない以上は詳細不明と同じ。深く考えてわかることでもないので、今はこの教会から遠ざかることを優先する。
どちらにせよ、仲間たちが此処にいないならばすぐに村へと向かう予定であったが。
(もしかしたら、この痕はテッカマンの力によるもの……?)
一方、ミユキもまた己の経験を活かして考える。
ミユキもこのように壁や天井に大穴を開けることができる能力をもつ戦士の一人だ。だから、真先に、テッカマンのことを考えた。
さらに特定するなら、テッカマンたちの究極の技、ボルテッカだ。
それを使えば確かに天井に穴を開けることなど造作もない。あれだけの威力を持つ攻撃を使えば教会ごと吹き飛ぶ可能性が高いが、ボルテッカを放つ際に威力を調整すればいいだけの話だ。
そして、威力を調整するということは、大きな破壊や殺戮を生みたくないという意思であるとも考えられる。
本気で他人を殺すつもりで撃ったなら、教会ごと破壊するだろう。
(威力を調整するっていうことは、相手を殺したくなかったっていうこと……? もしかして、これはお兄ちゃんが──)
これが兄・
相羽タカヤ──テッカマンブレードによるものならば、相手にトドメを刺さないようにボルテッカの出力を抑えることもできるのではないかと思えた。
精神支配されたテッカマンたちやラダムには容赦はないだろうが、相手が先ほどのティアナのようなドーパントであったなら多少の手加減はするかもしれない。
その他の理由でエビルやランスが手加減した可能性や、テッカマンでない者がやった可能性も否めないが、やはり一番考えたいと思う理由がミユキの思考の大半を占める。
(でも、この場所からはテッカマンの気配が残ってない……)
その考えたい理由を打ち破る理由がひとつだけできた。
テッカマン同士は互いを感知することができるのである。この付近にタカヤがいたというのなら、ミユキはその気配を感じることができるはずだ。
だが、ミユキは自分で自分自身の疑問に反論をする。
(いや、私が気配を感じられなくなった……そういう可能性もあるわ……)
不完全なテッカマンであり、能力も衰退しつつあるミユキは、自分の感知能力が衰えた可能性を考える。
だが、単純にそれだけではミユキのテッカマンたる能力は落ちないだろう。
考えられるのは、自分たちの能力に一種の制限が課せられている可能性である。
よく考えれば、先ほど1エリア跨いだ時にそれほど長くは感じなかった。そうすると、この島はさほど大きくないと考えられる。ならば、島の端から端でも、ある程度の感知はできてもおかしくないはずだ。
少なくとも自分以外に三人のテッカマンがいるというにも関わらず、その気配を一切感知きない。
だいたい、異世界の存在が跋扈する中で、タカヤとミユキ──殺し合いに乗らないであろう二人のテッカマンが合流してしまうことも主催者にとっては不利益では?
感応波やその感知能力は少なからず弱まっていると考えて良い。
そうして多少の無理を通し、タカヤの居る可能性のある場所を考察する。
本当に兄がここにいたのなら、兄は何処へ向かっただろう。
わざわざ村に向かう道路があるのに、森林側に向かうだろうか?
逆方向に向かったならば自分たちとすれ違っているはずだし、村側に向かうに決まっている。
向かう方向はおそらく間違っていない。
ミユキはそう確信し、期待に胸を膨らませる。
できるだけ早く移動して兄に追いつきたいという気持ちであった。
そうして感情が村へと向かっていて、周囲を見ることを忘れていたミユキに照井が叫んだ。
「……危ないっ!」
ミユキはその声が聞こえた方向を見る。
と、同時に目の前で「仮面ライダーアクセルへ」と黒色の気弾がぶつかった。
一瞬、何が起こったのかはわからなかったが、自分の命が今危なかったことに気がついた。
そして、今自分を庇って深いダメージを受けたアクセルに、焦って声をかけるのが二番目の行動。
「だ、大丈夫ですか!?」
何者かに襲撃され、照井が咄嗟にアクセルへと変身して助けてくれたのだと理解したのは彼女の中では三番目の行動となった。
だとするなら、アクセルの怪我の程度はどうだろうか。
ミユキを助けたせいで、ろくな受け身もとれなかったのではないかと、心配は増していく。
「俺に質問するな」
片手にエンジンブレードを構え、それを盾としていたため、アクセル自身の体もほぼ無傷であった。
ミユキは安心するが、敵がいるだと気づくと即座に不安に見舞われた。安心して息をつくより以前にそれに気づいたせいで、変な息が漏れる。
また何者とも知れない敵が現われたのだ。
テッカマンでも、ドーパントでも、ラダムでも、仮面ライダーでもない。二人は心当たりのない相手に息を呑む。
三本の角の生えた不気味な模様の怪人。
赤と黒が左右に交互に彩られた奇怪なマークや、胸元に輝くクリスタル状のものが厭でも目を引いた。
目元に化粧をしたかのような姿は、まるでクラウンのようである。
ダークファウスト。
操り人形である闇の魔人であった。
★ ★ ★ ★ ★
溝呂木眞也は、先ほど手に入れた都合の良い操り人形で遊んでいた。
ダークファウストは本来、骸である人間が溝呂木の手によって変貌した姿である。
ゆえに、既に肉体と魂が分離されている「魔法少女」はファウストにする事に都合の良い存在であった。
溝呂木は知らないが、この場において死者の蘇生は禁じられているゆえ、溝呂木が殺した人間がファウストとなることはない。
魔法少女という特例中の特例が、この場でファウストを生み出すことを可能としたのである。
(コイツは闇に堕ちるには打ってつけの存在だった……こんなにも簡単に欲しかった物が手に入るとはな……!)
そのうえ、さやかの胸に秘めたる負の心は溝呂木が今最も求めるものだった。一体、何が理由であそこまで心がすさんでいたのかは、溝呂木が知る由もない。
思春期という特殊な時期が彼女をおかしくしたのかもしれないし、元から乱れやすい精神状態だったのかもしれない。魔法少女であることなど知らず、ただ闇に落とそうとした人間が偶然、常人でなかっただけの溝呂木は少しその辺りを気にしたが、細かいことはいい。
とにかく、闇の中にある彼女の姿は何よりも輝いて見えた。
さあ、ファウスト 見かけた人間を残らず殺せ
斎田リコがファウストになった時は、人間である時にファウストとしての記憶を亡くしていた。
この女に関しても恐らく同じだ。
だからこそ、尚更面白いと思えた。
もし彼女が自らの行動に気づいたら…………?
それを考えると面白くて仕方が無かった。
ただ、残念ながら今はあのファウストを眺め続けられそうにはなかった。
五代と凪を見逃してはならない。いずれも、溝呂木にとってはより面白い実験材料となりそうだからだ。
五代と凪、新たなるダークファウスト────二つの存在を見守ってやりたいと思ったが、二兎を追う者は一兎も得ず。彼にとっての優先順位は因縁ある凪の方が高いのである。
そのため、彼女のその後は溝呂木の中では想像に任されることとなった。
自らが生み出した魔人を放し飼いにする────溝呂木はそんな無責任な親だった。
(まあ、今はヤツが参加者を減らしてくれればそれでいい……)
ファウストは参加者を減らしてくれるだけでも充分便利だ。
どちらにせよ、孤門や凪、五代もあのようにする気だったため、さやかの元を離れる溝呂木も別に未練はない。
むしろ、さやかは闇が大きすぎて、「完成されすぎ」だったとも思えた。
最初から概ね完成しているものは、作り上げていく楽しみというものがない。
(じゃあな、ファウスト……俺の分まで働いて面白く死んでくれよ)
★ ★ ★ ★ ★
「……?」
先ほどから凪の様子がおかしいことに、五代も気がついていないわけではなかった。
何かが気にかかっているかのように、突然止まったり周囲をきょろきょろ見回したりしているのだ。
常に全身の神経を周囲への警戒に務めていて、笑顔を一瞬も見せない彼女に、五代は少し困惑しつつも問う。
「一体どうかしたんですか?」
「尾行されている気がする……勘違いかもしれないけど、念のため警戒した方がいいわ」
五代もクウガであるがゆえ感覚は鋭敏な方だが、バイオレンス・ドーパントを追うことを最優先と考えていたため、背後にはあまり気を向けなかった。
目を向ける場所がそれぞれ違う二人は、ある意味で良いコンビネーションを発揮できるかもしれないが、いずれ単独行動を強いられる時は明らかに凪の方が生存に大事なものを持っているだろう。
言われても尚、どこか緩い五代に、凪は少しだけ苛立ちを覚えた。
ナイトレイダーにも石堀や平木のようにどこか面持ちが緩い人間はいるが、彼らは任務となると高い技術を活かしてそれぞれの仕事をやってくれる。それに対して五代はそれほど切り替えが見事な性格にも見えない。
「追ってるつもりが、追われてるっていうことですね」
「あのドーパントもあなたのせいで見失ったのよ。既に追っているようには思えない」
あれからしばらく歩いているが、バイオレンス・ドーパントどころか人間の面影すら見ていない。
それは当然である。溝呂木が現在、同じように五代と凪を見張っているのだ。もし五代たちにも追っている自覚があるというなら、醜くもお互いに同じ場所をぐるぐると回ることになる。
そのうえ、本当にその「バイオレンス・ドーパント」に追われているとは彼らも思っていないのだ。
「確かに見逃したかもしれません……けど、俺はあの人がいるなら下山したあたり……地図だと教会のあたりじゃないかと思います」
とはいえ、五代は自分なりに相手がどこに行ったのかを推測しようとしていた。
見逃したならば、相手がどこに向かうのかを考えてみればいい。
凪はバイオレンス・ドーパントの行動が人間としての意思をもってのものとは思えなかったたため、少し五代の考え方には戸惑う。
「どうしてそう思うの?」
「あの人がガイアメモリの副作用に侵されているだけなら、まず人が集まりやすい場所は避けると思います。たとえば、村とか街……いくらこの島が無人だからって、村や街って言ったら人がいそうな気がするじゃないですか」
「彼がどう思うかは知らないけど、確かに人間不信や疑心暗鬼ならわざわざ人が集まるところには行かない。だけど、そういった精神状態は時折私たちに理解できない極端な行動に出るわ。
例えばだけど、逆に人間そのものを全部消そうとして人が多い場所へ向かうとか。必ずしも他人を避けるという考え方は早計ね」
「けど、わざわざこの位置からかなり距離が遠い村エリアまで行くとは思えないんですよね。彼が向かった方向も、教会の方でしたし」
「確かに、向かった方向も教会の方ね。そして私たちは見失った」
「それに、夜の森ってなんだか怖いじゃないですか。普通の人ですら、いつまでもこんなところにいたいと思わないと思います」
彼の向かった方向を考えても、途中にある道路からどこかへ去ったとも考え難い。
二人とバイオレンス・ドーパントの距離感を考えても、見渡しの良い道路にいたらすぐに気づくはずだ。
身を隠してくれる木々のある森エリアを逃げている可能性が高い。
「とにかく、教会に向かうのは私も賛成だわ。あそこは図書館からも村エリアからも離れてるから、この付近で山から降りてきた人間があそこに向かうと考えるのもわかる」
「でしょう?」
「それに、周囲に障害物がないエリアに出れば、隠れて私たちを狙う何者かも姿を現さなければならなくなる」
「確かに。けど、それって本当に俺たちの命を狙ってるのかなぁ……」
「どういう意味?」
「ほら、西条さんって結構綺麗だから」
セクハラ紛いの発言ともとれるが、五代は軽い冗談のつもりで悪意はない。その笑顔を見ればそれは確かだ。
ただ純粋に、「殺人者でなくストーカー」と追っ手のレベルを低めることによって安心感を持たせようとしただけなのだろう。
「ふざけないで」
彼なりに何かを考えているのはよくわかったが、凪にはまだ彼という人物がはっきりと見えない。
ただ、ひたすら楽天的で、ポジティブで、緊張感がない。
そんな性格と見て取れるが、どうすればそんな性格になれるのか──それを知らないのだ。いや、知ってはならないのだろう。
厳格なナイトレイダーの副隊長は、冷酷さを捨ててはならない。
ビーストという人の常識を超えた外敵への復讐を果たすためには、人の感情を抑える必要があるのだ。
★ ★ ★ ★ ★
(結局、あいつらも教会に向かうわけか……)
物陰の溝呂木は、この奇に塗れた偶然に笑みを零した。
五代、凪、ファウスト──歩測が合えば、彼らは鉢合わせることとなるのだろう。
ファウストが教会側に向かったのは何となく見えていたし、おそらくはそのまま真っ直ぐに教会に向かっただろう。
戦いだけの空っぽな人形がランダムに歩いていくとは思えないし、彼女が真っ直ぐに向かっていった可能性は高い。おそらくは、彼らはファウストと合流することになるだろうと思えた。
そうすれば少なくとも、邪魔なクウガとファウストの戦う様を見ることが出来る。
(まあ、凪が教会に向かうのは確定というわけだ。先回りしてファウストの様子を見てみるか)
凪の向かった先がわかれば、彼らを追う必要はない。
突然行き先を変えるとも思えないし、ファウストの様子は気になった。
溝呂木は凪たちに気づかれぬよう、影に黒衣を紛らせて走っていった。
★ ★ ★ ★ ★
常人が引きずるほどのエンジンブレードを振り上げて、アクセルはファウストに向かっていった。
懐までの距離は既に十メートルもない。そこにエンジンブレードヒットが加わることで、敵に一撃を与える。
ファウストは振り上げられたエンジンブレードを腕で防ぐ。腕も体の一部なのだから、無論防御しようとダメージは大きい。しかし、あのままだと脳天に直撃していたということを考えると正しい判断だろう。
切れ味以上にその重みによって腕は軋むが、ファウストはエンジンブレードを防いでから数秒間、互いの体感時間が停止していたことに気がつき、アクセルの足元に蹴りをかます。
「ぐっ!」
ファウストはダメージらしいダメージを与えられなかったが、アクセルはそれによって少し後退した。
エンジンブレードも彼女の腕から突き放されていった。
開いた右腕は、即座にダークフラッシャーを発射した。一度突き放せばこちらのものだ、とばかりに何度かダークフラッシャーを放つ。
アクセルの肩やわき腹に命中した闇の弾丸は、彼の上半身のバランスを崩す。
彼の上半身はエンジンブレードを持つ指先がただ、必死に離すまいと握り締めるのみで、それ以外の部位はダークフラッシャーの威力に飲まれて体を震わせていた。
(前進は危険だが、避けるわけにもいかない……!)
彼の真後ろには生身のミユキがいるゆえ、真横に飛ぶわけにもいかない。
かといって、ミユキもまた動けない。ここでアクセルという盾に守られながら、彼らの戦いを見守るしかないのである。
ミユキが左右に移動すれば、敵はそれを狙ってくるだろう。この怪物と因縁があるわけでもないのに突如襲ってくるようなヤツだ。アクセルでなくても、参加者を見れば襲撃するだろう。
照井の言った通り、兄に会うまで生きろというのなら、ここから迂闊に離れるわけにはいかなかった。
(いや、『危険』を選ぶほうが少しマシだ!)
アクセルは渾身の力を振り絞って、先ほど襲撃されたときのようにエンジンブレードを縦に構える。
次に自分の体を狙ってきたダークフラッシャーはそちらに命中した。反動で後ずさりしたが、衝撃を覚悟した分、ダメージは小さい。
──Jet──
──Jet Maximum Drive──
ジェットメモリの力により、切っ先からエネルギー弾が発射され、ファウストの体に命中する。
それはダークフラッシャーの弾丸よりも遥かに速く届き、アクセルはすぐさま前方のダークフラッシャー弾を切り落とす。
悠々とダークフラッシャーを回避したアクセルに対し、予期せぬ一撃を受けたファウストは手を大きく振りながら後方に吹き飛んだ。
──Electric──
──Electric Maximum Drive──
電気エネルギーを帯びたエンジンブレードを持ったまま、アクセルはまっすぐに駆けて行く。
ファウストはそれに気づかぬまま、わざわざ狙いやすいように立ち上がってしまう。本能的に撤退しようとしたのだろう。
ファウストが懐で輝く剣に気づいたとき、彼女の身体は右肩から左腕にかけて斬りつけられていた。
アクセルのように装甲をまとっているわけではなく、まして元が肉弾戦経験の少ないファウストは、負う傷が大きかった。傷口を伝い、全身に電気エネルギーが流れる。
そもそも、ファウスト自体は魔法少女としてのさやかと比べても、弱弱しい存在なのだ……。
深いダメージを負ったファウストの身体を、アクセルは無情にも蹴り飛ばす。
ファウストの正体を知らないのだから無理もない。彼にとってファウストは、生命の有無さえ曖昧な、不可思議な存在に他ならないのだ。無論、殺害する気は無いが。
その一撃にファウストは、っまたしても後方に吹き飛ぶ。体制を整えようとするファウストに、彼は好機とばかりにマキシマムドライブを繰り出そうとしていた。
次の瞬間────
「フハハハハッ!!!!」
そんな笑い声とともに、アクセルの身体を、不意打ちのビームが吹き飛ばした。真正面からの攻撃ではなかった。
ファウストではない。真横からの不意打ちであった。
アクセルとミユキは、同時にそちらを見た。
そこには、ファウストと似通った、不気味な怪人が佇んでいる。
先回りをした溝呂木──ダークメフィストである。五代、凪の行き先が把握できた以上、わざわざ彼らの後ろをコソコソと歩いていく必要はないのである。
ファウストの行き先を確認するという意味も込めて、彼は教会に向かっていた。そして、この激戦に入り込む隙を狙っていたのだ。
「仲間がいたのかっ!!」
勝利を確信した瞬間の不意打ちに転げた体を起こしつつ、アクセルは自分の迂闊さを呪う。
つかつかと歩いてくる二人目の魔人を前に、アクセルは戦慄した。メフィストの威風堂々とした立ち振る舞いは、ファウストとは違って剛健に見える。
アクセルは己の声の限りを振り絞り、ミユキに叫ぶ。
二人同時に相手にするのは難しい。ましてや、ファウストとメフィストは遠距離型の攻撃ができるため、ミユキを守りきる自信がなかったのだ。
ミユキは一度、クリスタルを構えた。この状況で、背を向けて逃げるよりもテックセットしたほうが生存率は高いと判断したのである。
しかし、メフィストはそれを見逃さない。
「死ね!」
メフィストの腕が闇の弾丸を作り出す。
それは二つの個体に分裂し、アクセルとミユキを同時に狙った。
一直線に向かっていった二つの「それ」が、避ける暇さえ与えずに爆発する。
★ ★ ★ ★ ★
ミユキにはテッククリスタルを翳す暇さえ許されなかった。
ある意味で、それは照井が原因でもある。
彼女は他人を護るために自分の命を捨てることも厭わないほど優しい少女だった。
しかし、彼の叱咤はどこかでミユキの胸を打っていたのである。
いや、彼が相羽タカヤに似ていたのが悪かったのである。
彼の願いは、タカヤの願いに共通しているかのような……そんな感覚がミユキにはあった。
それがミユキの心に迷いを生んだ。
この時迷いがなかったとしてもテックセットする暇はなかったかもしれないし、テックセットしたとしても二人に勝つことはできなかったかもしれない。
闇の弾丸に包まれたとき、彼女はもはやそんな事など考えずに、生を諦めた。
(もうすぐ会えると思ったのに……お兄ちゃん……)
彼女は優しいから。
クリスタルを残して消えていくまでの僅かな時間を、兄を想うことだけに使ったのである。
耳に聞こえる波の音が懐かしかった。
自分を追ってくる兄の声がいとおしかった。
砂浜を踏んで走る音が忘れられなかった。
属に走馬灯と呼ばれるものである。
だが、それはミユキの頭の中にしかないお花畑の妄想でも、遠い日の思い出でもないような気がした。
だって、本当に彼女の耳にはそれが聞こえたのだから。
それでも彼女は知っていた。
兄がいつまでも自分の兄ではないことを。
兄が走っていく先に、ミユキは一人の女性としては存在しないことを。
(アキさんと幸せに────)
強いブラザー・コンプレックスを抱いていた彼女は、実の兄に対しても特別な感情を持っていた。
だが、それは許されないことだと理解していたし、兄の幸せを彼女は誰よりも願っていた。
死ぬ瞬間も、自分が兄と結ばれようなどと考えることはなかったのである。
【相羽ミユキ@宇宙の騎士テッカマンブレード 死亡】
※相羽ミユキの消失した付近には、テッククリスタルが落ちています。
※デイパックの状態に関しては不明です。
★ ★ ★ ★ ★
闇の一撃に全身を呑まれ、既に前も見えないアクセルの身体に、カギ爪が食い込んだ。
メフィストクローである。硬い装甲をも破る鋭いツメに、アクセルの中で照井が血を吐く。
続けて、メフィストが一歩後退したかと思えば、別方向からビームが飛んでくる。
「ぐああああっ!!」
アクセルはボロボロになり、反撃する暇もなかった。
気がかりなのは、ミユキがどうなったのかである。彼女が今のうちに逃げているというのなら、照井も今、やられ損ではないが、照井はまるで彼女の気配が消えたような不安を感じた。
悪い予感であってほしいのだが、それを確認する術は今、ない。
(俺自身も、無事ではすまなそうだな……)
アクセルという仮面の中で、照井の意識は朦朧とし始めていた。
もはやこの力さえも無意味なほど甚振られているのだ。
痛みを感じなくなりつつあった身体に、確かな激痛が走る。
メフィストクローが殻を破って、
照井竜の体へと突き刺さったのだ。
勝ちたい。
せめて、彼女がどうなったのかを見届けたい。
そんな思いを裏切るかのように、照井に手招きする何かがある。
『──お兄ちゃん』
──春子……──
兄という単語を聞いて、ミユキという少女の声を自らの妹と錯覚したのかと思ったが、それは間違いなく自らの妹の声であった。
甚振られ、もはや抵抗する気力さえ失い、痛みさえ感じなくなってきた頃に、その声は聞こえた。
そして、見えた。
父が、母が、春子が、照井の目の前にいた。
竜が育ったあの家の前で、そこに足りない一人を待っているかのように。
それは異世界において、同じように家族を失った仮面ライダーが見た夢に似ている。
何より温かく、一人の人間にとって何処よりも安心できる場所が、照井竜を誘惑していた。
本来ならばいずれ、照井も家庭を持っていくはずだったのだろう。
彼らはそれを見届けたいはずだった。
しかし、甚振られて傷ついていく息子を、兄を見て、「もうやすめ」と言っているようだった。
だが、そんな彼らの想いに気づいた竜は敢えてこう答える。
──ごめん、父さん、母さん、春子。俺はまだ、そっちには行けないよ……──
彼が出す答えもまた、ある仮面ライダーと同じであり、それを見送る者たちの表情をまた、その仮面ライダーの家族と同じであった。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
握力さえ失ったかのように思われたアクセルの体は、意地によって動かされていた。
エンジンブレードを地面にい突き刺すと、今度は命をかけて迎撃しようという覚悟でメモリを挿入する。
──Trial──
挑戦の記憶を宿したメモリがアクセルの体を青く染める。
既に紙細工同然とばかりに壊されていた装甲も、よりいっそう薄いものとなった。
それは死をも覚悟した行動に他ならない。先ほどまでこれを使おうとしなかったのは、その装甲に守られている方が死期が長くなる……という安心感があったのかもしれないと、この時初めて自覚した。
同じく敗北し、死ぬ未来があるというのなら、「挑戦」してみようではないか。
先ほどの小さな臨死体験は照井の心を振り切らせた。
(こいつらを倒すまでは、まだ行けない……!)
音速を超える幾度もの攻撃が、硝煙さえかき消してメフィストとファウストの体を傷つけていく。
アクセルと比べて弱弱しいとしても、速さがウリのトライアルは幾度もの攻撃を二つの体の同じ箇所に繰り返した。
――Trial maximum drive――
────しかし
蒼き流星が知覚できないスピードを見せたのはいつにも増して短い時間であった。
僅か2秒。普段の1/5、或いはそれに満たないほどの時間である。
アクセルの装甲の中で照井竜が胸に受けた傷は深かった。
青い装甲の内側は、既に致死量に近いだけの赤が充満していたのである。
メフィストは、突如として視界から消え、自らの体に謎のダメージを残し、そして眼前で倒れ付す戦士を不思議に思いながらも、彼が限界に達して、もう死ぬのだということだけは理解した。
(ゴール…………いや、途中棄権か…………)
メフィストとファウストの撃退をやり遂げることができなかった自嘲を心の中で済ませる。
(相羽ミユキ……彼女は無事か……?)
彼は彼女が一足先に家族の下に向かったことなど知らない。
(どちらにせよ、守るという約束は果たせなかったか…………すまない)
彼はすぐに、この世への未練を悔いることさえできなくなった。
心臓も、脈も、脳も、全てが途切れ、彼は全ての人間がたどり着くゴールへと向かった。
【照井竜@仮面ライダーW 死亡】
※照井の遺体は現在アクセルの装甲に包まれていますが、数分と経たずに変身は自動解除されます。
※照井の支給品は照井の遺体の付近に放置されています。
★ ★ ★ ★ ★
ダークファウストの身体は既に限界を迎え、
美樹さやかとしての身体に戻っていた。
トライアルのマキシマムドライブが、不完全ながらファウストの戦闘能力に皹を入れたのである。
もし、彼がマキシマムドライブを果たしていたのなら、彼女は死んでいたかもしれない。
そんなさやかの身体を見て、メフィスト──いや、既に溝呂木の姿に戻っている──は、少しばかり笑みを失う。
二人始末できたのはいいが、それはファウストより溝呂木自身の功績であった。クウガやウルトラマン、アクセルなどと変身能力者の多い現場で、彼女の使い道は非常に限られる。
他の参加者と比べて能力が劣っているのである。
無論、マーダーである以上はたとえ弱くても殺しはしない。溝呂木に牙を剥かない限りは、抹殺対象とはならないのだ。それは効率的に生き残るための手段であった。
「凪たちもすぐに来る……あいつらがどういう反応をするか、コイツ自身もどういうリアクションをしてくれるか……それが見られるだけでも良しとするか」
溝呂木はすぐに教会の陰に姿を隠した。
彼はこれから、二人の参加者が死体を発見するのを待っている。
潜在意識にファウストが存在する少女が、これからどうなるのかも楽しみにしている。
そして、二つの足音が聞こえてくると、男は口元を歪ませた。
【一日目・黎明 F-3/山間部】
【五代雄介@仮面ライダークウガ】
[状態]:疲労(小)、胸部を中心として打撲多数
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3個(確認済)
[思考]
基本:出来るだけ多くの人を助け、皆でゲームを脱出する。
1:
西条凪と情報交換。
2:教会に向かう。
3:西条凪と共に協力者を集める。
4:バイオレンスドーパントを止める。
5:人間を守る。その為なら敵を倒すことを躊躇しない。
[備考]
※参戦時期は第46話、
ゴ・ガドル・バに敗れた後電気ショックを受けている最中
【西条凪@ウルトラマンネクサス】
[状態]:健康
[装備]:コルトパイソン+執行実包(6/6)、T2ガイアメモリ@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式、ガイアメモリ説明書、.357マグナム弾(執行実包×18、神経断裂弾@仮面ライダークウガ×8)
[思考]
基本:人に害を成す人外の存在を全滅させる。
1:五代雄介と情報交換。
2:教会に向かう。
3:バイオレンスドーパントを倒す。
4:孤門、石堀と合流する。
5:相手が人間であろうと向かってくる相手には容赦しない。
6:五代の事を危険な存在と判断したら殺す。
[備考]
※参戦時期はEpisode.31の後で、Episode.32の前
※所持しているメモリの種類は後続の書き手の方にお任せします。
【一日目・黎明 F-2/廃教会】
※タイガーロイドの砲撃により、廃教会の天井と一部の壁が吹き飛ばされました。
【溝呂木眞也@ウルトラマンネクサス】
[状態]:腹部にダメージ(小)
[装備]:ダークエボルバー@ウルトラマンネクサス、T2バイオレンスメモリ@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~2個(確認済)
[思考]
基本:より高きもの、より強きもの、より完璧なるものに至り、世界を思うままに操る。
1:
姫矢准からウルトラマンの力を奪う。
2:その他にも利用できる力があれば何でも手に入れる。
3:弱い人間を操り人形にして正義の味方と戦わせる。
4:西条凪を仲間にする。
5:ファウスト(さやか)の様子を見るのも面白い。
[備考]
※参戦時期は姫矢編後半、Episode.23以前。
※さやかをファウストにできたのはあくまで、彼女が「魔法少女」であったためです。本来、死者の蘇生に該当するため、ロワ内で死亡した参加者をファウスト化させることはできません。
※また、複数の参加者にファウスト化を施すことはできません。少なくともさやかが生存している間は、別の参加者に対して闇化能力を発動することは不可能です。
※ファウストとなった人間をファウスト化及び洗脳状態にできるのは推定1~2エリア以内に対象がいる場合のみです。
【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:気絶、ダメージ(極大)、疲労(極大)、ソウルジェムの濁り(大)、裏にファウストの人格があります
[装備]:ソウルジェム
[道具]:支給品一式、グリーフシード1個、ランダム支給品0~2
[思考]
※あくまで気絶前(ファウスト化前)の思考です。
基本:自分の存在意義が何なのかを教えてほしい
1:正義って……何なの?
2:この世界に、守る価値ってあるの?
[備考]
※参戦時期は8話、ホスト二人組の会話を聞く前です。
※『癒し』の魔法の効果で回復力が高まっており、ある程度ならば傷の自然回復が可能です。
※ソウルジェムが濁っていますが、この会場内で魔女化の条件を満たすと死亡します。
※正義の味方として戦う事が本当に正しいのかと、絶望を覚えています。
※まだ名簿は確認していません。
※溝呂木によってダークファウストの意思を植えつけえられました。但し、本人にその記憶はありません。
※溝呂木が一定の距離にいない場合、彼女がファウストとしての姿や意思に目覚めることはありません(推定1~2エリア程度?)。ただし、斎田リコのような妄想状態になる可能性はあります。
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最終更新:2013年08月12日 23:41