変身超人大戦・開幕 ◆LuuKRM2PEg
「グゴザ、ゴンバボド……!」
闇に包まれた森林の中で、いきなり人間の姿に変わった怪人コウモリ男は奇妙な言葉を発しながら、力無く地面に膝をつけていた。その姿に先程までの殺意や凶暴性は感じられず、ただの怯える人間と何ら変わりない。
普通なら、そのような男は迷わず保護するだろう。しかし相手はアインハルト・ストラトスという心優しい少女を殺そうとした凶悪な怪人だ。そんな奴を生かすという選択は仮面ライダー1号に変身した本郷猛には存在しない。
ここで確実に仕留めなければ、犠牲者は確実に出てしまう。数え切れないほどの怪人を屠ってきた1号の選択は早かった。
「ア、ア、ア……アアアアアアアアアアアアアアアア!」
しかし一歩踏み出した直後、コウモリ男は絶叫と共に後ろに駆け出す。こちらへ振り向くことはせずに、生い茂る木々の間に消えていった。
「待て!」
「待ちなさ……!」
一号はすぐさま追跡して撃退しようとしたが、その瞬間に息も絶え絶えとなったアインハルトの声が聞こえる。振り向くと、前に出ようとした彼女は苦痛で表情を歪ませていた。その小さな身体が倒れそうになるも、鹿目まどかがすぐに支える。
一方で、コウモリ男はこの僅かな時間で闇の中に姿を消している。改造人間となって強化された視力でも、捉えることができなくなった。
「本郷さん、私に構わずあいつを倒しに行ってください……!」
「そうです! アインハルトちゃんは私が見てますから」
「いや、そうする訳にはいかない」
アインハルトとまどかの心遣いは非常に有り難かったが、それに甘える気はない。こんな状況で若い少女二人をほったらかしにするなど有り得なかった。そんなことをしては、彼女達に危険が襲いかかるだけ。
「今の状況でコウモリ男を深追いするのは危険だ! この森の中には、危険人物がまだ他にいる可能性がある。それに今は戦いの疲れを癒すことが最優先だ……わかってくれ」
何者かに洗脳されたアインハルトの仲間であるスバル・ナカジマがすぐ近くにいるかもしれなかった。それにもし、彼女を洗脳した者が手練れだったら三人とも全滅する危険がある。
悔しいが、今はこの森から抜け出して少しでも安全な場所で休憩しなければならなかった。このまま暗闇の中にいて、三影英介のような危険人物と遭遇したら元も子もない。
スバルを元に戻す手がかりも掴めない以上、これ以上長居しても仕方がなかった。
「……申し訳ありません。勝手なことを言って」
「いや、大丈夫だ。それよりも、今は急いで森から出よう。少しでも、体制を整えないとな」
少し表情が暗くなってしまったアインハルトを一号は励ます。そのまま彼女の傍らに立っていたまどかの方に振り向いた。
「まどかちゃん、ここは俺が先導する。だからアインハルトちゃんのことを、頼んでもいいか?」
「わかりました! それくらいなら、お安いご用です!」
「ありがとう」
本来ならば二人を抱えて森を抜けだしたかったが、両手の使えない状態では不測の事態に素早く対応できない。不本意ながら、アインハルトのことはまどかに任せるしかなかった。
今は一刻も早く、二人に無理をさせないペースでここから抜け出さなければならない。
(スバル……すまない、君を助けられるのはまだ先になりそうだ。どうか無事でいてくれ)
もしも巡り会う形が違っていたら、頼れる仲間になっていたであろう少女の無事を祈りながら。
一号は己の無力さを呪いたかったが、それでは今ここにいる少女達を守ることなどできない。仮面ライダーである以上、一切の弱音を吐くのは許されなかった。
◆
目障りなリント達を殺せるかと思った。
二人のクウガをこの手で潰せるかと思った。
このゲゲルに勝ち残って、自分を見くびったゴ・ガドル・バとン・ダグバ・ゼバの二人を捻り潰せるはずだった。
「ア……ア……ア……!」
しかしようやく手に入った『ン』の名を持つ究極の力は、急に使えなくなってしまう。何度も変身を繰り返したが、何も変わらない。最早リントと同じ、ただの駆られる対象でしかなかった。
ズ・ゴオマ・グの脳裏に究極の闇をもたらす者の姿が浮かび上がる。奴は同族たるグロンギ達など、蛆虫程度の弱者にしか思っていない。ダグバこそが全ての頂点に君臨する、絶対なる王者なのだ。
「グゴザ……グゴザ……グゴザ……グゴザ……!」
こんなの嘘だ。こんなの嫌だ、死にたくない。そう思ってゴオマは木々の間をひたすら走るも、周りには闇しか見えなかった。それがまるでダグバのように思えて、ゴオマの中で『恐怖』という感情が徐々に湧き上がっていく。
もしもここで誰かに見つかったら一瞬で殺される。ダグバ以外にもクウガやリントの戦士に見つかってしまえば、自分は終わる。
そんなのは嫌だ!
「グゴザ、グゴビビラデデス――ッ!」
そうやってゴオマは逃げ続けたがその足は唐突に止まり、次の瞬間には脇腹に違和感が走る。不意に目を移すと、そこには一本の剣が刺さっているのが見えた。
ゴオマから鮮血が勢いよく吹き出し、周囲に飛び散っていく。そして彼の体温が急激に下がり、激痛のあまりに膝を落とした。
「ア、ア、ア、ア……アアアアアアァァァァァァァァァァ!」
ゴオマの喉から静寂を引き裂くような悲鳴が発せられ、そのまま水溜まりのようになった血の中へと倒れていく。水が跳ねるような音が聞こえ、血生臭い鉄の匂いが嗅覚を刺激した。次の瞬間には突き刺さっていた剣が引き抜かれ、出血は更に激しくなる。
「ア、ア、ア……ア……ッ!」
いつもリントを殺すときに嗅いでいた血の臭いが、今はやけに不愉快に思える。そしてゴオマは、噴水のように溢れ出る血液を見て恐怖を抱いた。
とても寒い。
とても痛い。
とても苦しい。
とても辛い。
とても気持ち悪い。
とても怖い。
様々な感情がゴオマの脳裏から鮮血と共に溢れ、やがて瞳から涙を流す。しかしそれは血によって呆気なく飲み込まれてしまった。
もう、何が何だかわからなくなっている。今ここで何が起こっているのか、自分がどうなっているのかも。
世界が暗くなっていく。僅かながらに見えていた木々も、見えなくなっていった。
指を動かそうとしても身体が言うことを聞かない。
「ア……ア、ア、ア……ア……?」
血溜まりに沈んだゴオマの瞳は、遠くより人影が近づいてくるのを捉える。赤く染まった視界はぼやけてまともに見えないが、誰かがいるのは確かだった。
ゴオマは何とかして顔を上げようとするが、それすらもまともにできない。鼓膜に響いた足音は、すぐに止まる。
――さあ、あなたのご飯よ。たっぷり食べなさい
次に聞こえてきたのはそんな声だった。それは吹雪のように冷たくて、全てのゲゲルを取り仕切るラ・バルバ・デのような威圧感が感じられる。
闇の中から、太い植物の蔦のような何かが何十本も飛び出してきて、次の瞬間にはゴオマは全身に凄まじい圧迫感を感じた。絡みついたそれはうねうねと蠢き、皮膚や身に纏った衣類を次々と引き裂いていく。露わになった肉は噛み付かれ、そこから音を鳴らして血を啜られた。
自分は喰われているのだとゴオマは思い、藻掻こうとするが縛り付けられた全身は動いてくれない。不意に、蔦の向こう側からこちらに向けられた視線を感じる。
自分はただの獲物でしかない。そして、飢えた捕食者はその牙で自分の全てを喰らいつくす気でいるのだ。
到底耐えられない恐怖を前に、ゴオマはただ怯えるしかできない。もう泣き叫ぶこともできなかった。
しかし、そんなゴオマの視界はすぐに赤く染まって、次の瞬間には全てが漆黒に塗り潰された。もう痛みも苦しみも一切感じられず、恐怖や不安も抱くことはできない。
だが、これ以上怯えることもなくなったので、ズ・ゴオマ・グはある意味では救われたのかもしれなかった。
◆
「あらあら、そんなに勢いよく飲み込んじゃって……しょうがないわねぇ」
スバル・ナカジマの意識を浸食しているソレワターセが男の肉体を飲み尽くしたのを見て、ノーザは唇で三日月を作りながら嘲笑う。
先程、スバルや仮面ライダー一号に変身した本郷猛という男やドーパントや魔導士に変身した少女を相手に戦っていた、コウモリのような怪人。どういう理由かは知らないが変身せずに怯えながらこちらに逃げてきたので、禍々しい形状の剣を投げてそのまま命を奪った。
男の血に濡れた刀は元々、スバルが殺したシャンプーという少女に渡された支給品の一つ。どうやら、別の世界に存在するナナシ連中という怪人が持つ武器らしい。ただの刀がそこまで役に立つかどうかはわからないが、装備は多いに越したことはなかった。
コウモリ男のデイバッグを手に取りながら、ノーザはスバルの方に振り向く。
「まあ、あなた達はよく働くからこれくらいは仕方ないかしら……ねえ、マッハキャリバー?」
『その通りです、ノーザ様』
スバルの足に装着されたローラーブレードの中央に埋め込まれたクリスタル、マッハキャリバーは無機質な電子音声で答える。
ソレワターセの支配はスバルだけに留まらず、人工知能が搭載されたインテリジェントデバイスという機械にまで及んだ。その際にノーザはスバルとマッハキャリバーに関する全ての情報を引き出し、魔導士と時空管理局のある世界の存在を知った。
スバルと戦っていたあのアインハルト・ストラトスという少女も魔導士の一人らしい。
「確かアインハルトとか言ったわね……本当にあなたは知らないの?」
「申し訳ありませんが、存じておりません」
「そう……」
どうやらあのアインハルトはスバルのことを知っているようだが、スバル自身やマッハキャリバーも知らないようだ。似ている他人と見間違えてるか、それとも遠くで見ていただけなのかも知らないが、今はそこまで気にすることではない。
ノーザは、闇に包まれた木々の間に振り向く。
「ところでいつまでそうしているつもり? 言いたいことがあるなら、出てきた方が良いわよ」
「ほっほっほっほっほ……やはり、知られてましたか」
漆黒から返ってきたのは明らかな猫なで声だった。その僅かな言葉だけでも、明らかに慇懃無礼な態度が感じられる。
そして、鋭い視線を向けているノーザの前に現れたのは紛うこと無き怪物だった。古来日本で朝廷に仕えていた公家の衣装を身に纏っていて、まるでガイアメモリによって生まれるドーパントを彷彿とさせる。能面のように無機質な表情はぴくりとも動かないが、笑っていることだけは理解できた。
「我が名は筋殻アクマロ……この度は、貴方のご活躍をとくと見させて頂きました。ノーザさん」
そして、筋殻アクマロと名乗った怪物は何の躊躇いもなく言い放つ。恐らくその口ぶりからしてスバルがシャンプーを殺したことや、ソレワターセの力を見抜かれている。
こちらと同じく戦いの一部始終を目撃していて、下手人であるスバルの戦闘力を前に堂々と姿を現した。恐らく、アクマロ自身もそれなりの修羅場を潜り抜けた猛者かもしれない。
「いやはや、あなたのようなか弱そうな女性が、まさかとてつもなく腹黒いとは……まさに外道と呼ぶに相応しいですな」
如何にも神経を逆撫でするような口調に、ノーザは思わず苛立ちを覚える。
しかしここで激情に任せて襲いかかったとしても、無駄に消耗するだけ。今のスバルに任せたとしても、消耗した状態では得体の知れない相手と戦わせるのはいい方法とは思えない。ソレワターセを投げつけたとしても避けられるし、その後に逃げられてこちらの情報を他の参加者に伝えられる可能性があった。
「……下らない自己紹介はそこまでにしなさい。アクマロと言ったわね、望みは何なの?」
だから今は感情を抑えて、アクマロとの交渉に持ち出さなければならない。わざわざ馬鹿正直に姿を現したのだから、何の考えもなく接触したとも思えなかった。
「望みですか……? そうですね、地獄をこの身で味わうことですな」
しかし返ってきた言葉は、あまりにも抽象的で理解し難い単語だった。
「何を言っているの、あなたは……?」
「言葉の通りですとも。人々の嘆きと悲鳴や苦痛……それらを鍵として、地獄へと通ずる扉を開く……そして地獄に染まったこの世を味わうことこそが、長年に渡る我が悲願なのです」
「嘆きと悲鳴?」
「左様ですとも。条件さえ整うのなら、この地で地獄への扉を開くことも可能かもしれませぬよ……?」
普通に考えればただの狂言としか思えないアクマロの言葉を、ノーザは一語一句として聞き逃さなかった。
まるで道化を演じているかのような飄々とした態度だが、一切の嘘偽りは感じられない。しかもこちらは殺気を飛ばしているにも関わらず、アクマロは平然と両腕を広げていた。
それにその動作も、一見すると隙だらけだが実際は間逆。むしろ考えなしに飛び込んだ馬鹿者を、一瞬で肉塊に変えてしまう程の実力を持っているかもしれなかった。
「私はこの戯れを進めるにおいて、ノーザさんの力になると誓いましょう……その見返りとして地獄を味わうための手伝いをして欲しいのです」
「だいたいわかったわ……でも、地獄を見せるといってもどうするの? まさか、大勢の参加者をただ倒していくって訳じゃないでしょうね?」
「いえいえ、そんな野蛮で愚かな手段などではありませぬ。我の秘儀、裏見がんどう返しの術を使うだけですとも」
「ふぅん……それはどんな技なの?」
「人の嘆き、悲痛……それらを一直線になるように複数の土地へ植え付け、この世とあの世の間となる楔を作るのです。そこを、我が同胞たる人と外道の狭間に立つ者……腑破十臓さんが裏正という刀で楔を切れば、たちまちこの世は地獄に飲み込まれます……!」
饒舌に語り続けるアクマロの顔は微塵にも変わらないが、その声は次第に高揚していくのを感じる。もしも人の顔面だったら、余程うっとりしていることが見て取れた。
正直、胡散臭いことこの上ない相手だが、この世界を地獄とやらに飲み込ませる術とやらは実に興味深い。それは深海の闇ボトムから生まれた怪人達にとって、喉から手が出るほど欲しい物だ。
このままスバルにアクマロを飲み込ませて、その方法を全て奪い取ることもできる。しかし共闘を持ちかけている以上、戦力をわざわざ潰すのも馬鹿馬鹿しい。それはアクマロが裏切った時でも遅くなかった。
「面白そうじゃない、あなたの望む地獄とやらは……いいわ、乗ってあげる」
「左様でございますか! 御心を満足していただいたようで、恐悦至極に存じます……!」
「それで、まずはこの会場の各地に参加者の不幸を植え付けながら、その十蔵という男を探せばいいのね? 地獄とやらを味わうには」
「そうですとも……ただ、できるなら十蔵さんと裏正……そしてもう一つ、薄皮太夫さんの作った三味線の確保を優先させとうございます。この三つが揃わなければ、我が悲願は達せられぬのですから」
「なるほどね。でも、十蔵という奴はともかく他の二つはどうするつもり?」
「恐らく、他の参加者の手に渡っているでしょう。厳しいですが、それを奪うしかありませぬな」
「そう、わかったわ」
殺し合いの会場に不幸を植え付けるのは、それほど問題ではないかもしれない。一直線どころか、もうこの島全体に悲劇が広がっているといっても過言ではなかった。
だが、最大の問題は腑破十臓という男。もしもこの男が途中で勝手に倒れたりしたら、アクマロの計画全てが水の泡となってしまう。別にそれ自体は構わないが、地獄を味わえないのは惜しい。
「なら、今はその男を探しながら会場にもっと多くの不幸を植え付けることを優先させるべきかしら? 悲しみは、多いに越したことはないから」
「でしょうな。もっとも十蔵さんとて、そう簡単にやられるお方ではありませぬ……悲しみを適度に広げながら、捜せば宜しいでしょう」
「じゃあ、まずは悲しみを植え付けることが先ね……」
そしてノーザは、アクマロが現れてもまだ無表情を貫き続けるスバルに振り向く。
「スバル、あなたが最初に仕留めたあのシャンプーとか言う小娘に変装しなさい。そしてあの本郷猛達に取り入るのよ……プリキュア達に襲われたと言ってね」
「わかりました」
淡々と答えるスバルの背中に植え付けたソレワターセから何十本もの触手が、空気を朔勢いで飛び出した。そのままスバルの全身を覆い尽くして、蠢きながら形を変えていく。するとスバルに纏わり付いたソレワターセは、ほんの一瞬でシャンプーの姿に変わった。
それによって金色の瞳は青く染まり、僅かながら生気を取り戻したように見える。しかし、人形の如く無機質なことに変わりはなかった。
「ほう! これはこれは……あの愚かな小娘に瓜二つではありませぬか。いやはや、ソレワターセは実に万能ですな」
「まあ、あの加頭という男が何かをやらかしたみたいだから、本調子じゃないけどね」
後ろに立つアクマロの驚いたような声が聞こえる。
かつてインフィニティを奪う際に桃園あゆみの姿をコピーしたときと同じように、ソレワターセの力でスバルを変装させた。本郷達に接触させるならば、こちらの方がソレワターセの触手が見えないだけ便利だった。最初は猛にも変装させようと考えていたが、加頭順が何かを施したのかそれは叶わない。
今はスバルをただのか弱い弱者だと思わせて、不意打ちを仕掛けて集団が潰れるきっかけを作る。そこから、鹿目まどかやアインハルトがどんどん壊れていく姿が見られれば最高だった。
もしも戦闘が起こったとしても、スバルの体力も回復しているだろうからそれほど問題ではない。
「ああ、ノーザさん。スバルを向かわせる前に一つだけ言い忘れていたことがあります」
「まだ何かあるの?」
「ええ、我に配られていた道具の中に一つだけ気になる物がありまして」
何事かと思ってノーザが振り向くと、アクマロはその手に籠手を抱えているのを見る。それはスバルがシャンプーの頭を潰すのに使ったリボルバーナックルというデバイスと、非常に酷似していた。
「恐らくこれはスバルが使っていた物の左手用でしょう……万が一、戦闘になったときに役に立つかと」
「確かに、二つ揃えた方がいいでしょうね……で、まだ何かあるの?」
「いえ、大したことではありませぬ……ただ、悪評を広めるのはあなたの敵対するプリキュアとやらだけではなく、我が望みの邪魔となるであろう志葉丈瑠、池波流ノ介、梅盛源太、血祭ドウコクの四人も加えて頂きたいのです。こやつ等を生かしておいては、後々厄介になりますので」
相当な策士と思われるアクマロがわざわざ戦力増強となる装備を見せびらかして、どんな交換条件を持ち出されるかと思ったら、単なる邪魔者の排除。それだけのために自分の首を絞めるような真似をする馬鹿とも思えなかった。
しかし、ここでアクマロの真意を暴こうとしても何も進まない。スバルの戦力を増強できるのなら、邪魔者を潰す程度はお安い御用だ。
「……そう、わかったわ。いいわねスバル?」
「仰せのままに」
「じゃあ、左手を出しなさい」
スバルは言われるがままに左腕を前に突き出し、アクマロはそこにリボルバーナックルを添える。すると掌からソレワターセの触手が飛び出て、リボルバーナックルを飲み込んだ。しかし彼女の右手はそんな痕跡を残さず、すぐに元の白さを取り戻す。
「それじゃあ、奴らを追うのよ。あなたのお芝居がどれだけ優れているのか、私達は楽しみにしているわ」
「全ては……ノーザ様のために」
シャンプーの声で答えたスバルは勢いよく地面を蹴って、猛達が向かった方向を目指すように疾走した。本来の姿ではないので速度は些か衰えているようだが、それでも追い付くには問題ない。
「あなたも中々に酷い方だ……まあ、あれがスバルの幸せなのですから止めはしないですが……!」
「あら、見たところアクマロ君も負けず劣らずに思えるけど?」
「これはこれは……お褒め頂き光栄に存じます……!」
余程愉快と思っているのかアクマロの声は歓喜に震えている。
やはりこの怪物も人の嘆きと悲しみを愉悦とする、悪意に満ちた存在だ。それもナイトメアのアラクネアやハデーニャ、エターナルのネバタコスやムカーディアのように知略にも長けている。
もしも裏見がんどう返しの術とやらを使えば、この殺し合いは一体どうなるのか? 遠ざかっていくスバルの後を追いながら、ノーザは不意にそんなことを考えていた。
◆
この殺し合いに巻き込まれてから最初に殺したシャンプーの皮を被り、木々の間を駆け抜けるスバル・ナカジマは、ふと両手に目を移す。
シャンプーの姿を真似たソレワターセの中には、二つのリボルバーナックルが潜んでいる。それを二つ揃えてから、スバルの中で正体のわからない蟠りが広がっていた。
まるで大切な誰かを裏切っているようで、心が全く晴れない。偉大なる主のノーザ様とその協力者となった筋殻アクマロが望んでいるのに、どういう訳か気が進まなかった。
(高町なのは……さん)
マッハキャリバーがノーザに情報を伝える際に呼んだその名前が、スバルは心の中で何度も反芻している。
しかしそれが一体何を意味するのかが、彼女はまるでわからなかった。
(フェイト・テスラロッサ……ユーノ・スクライア……ティアナ・ランスター……ヴィヴィオ……)
次々と名前が浮かび上がるごとに、疑問も湧き上がっていく。いつどこで、その名を知ったのかが思い出せない。
けれども、彼らと共に過ごしたことがある気がした。どうしてそう言いきれるのかはわからなかったが、みんなから大切なことをたくさん学んだこともある。
これからやろうとしていることは、そんな彼らへの裏切りだった。そう思った途端、急に胸が痛くなり、そして熱くなってくる。
『あなたのお芝居がどれだけ優れているのか、私達は楽しみにしているわ』
しかしノーザの言葉を思い出した瞬間、湧き上がってきた疑問は一気に消えた。
『あなたの力をもっと私にみせてちょうだい……それがあなたにとっての幸せなのだから』
そして背中にいるソレワターセによって、ノーザが教えてくれた至福の行いを思い出される。
シャンプーの頭を潰したときの感触に、手に付着した血の臭いと味。それらを味わった瞬間、全身に酒を浴びて酔ったような快楽が脳髄を走った。
『あなたのおかげであなたも私も幸せになれるのよ……それだけは間違いないわ』
恐怖に震える弱い相手を嬲り殺しにして、絶望のどん底に叩き落とすという行為。殺す直前、シャンプーが最後に見せた苦痛に歪む表情はこの上なく愉快だった。先程、殺し損なったあの鹿目まどかという少女も、死が間近に迫ったことで恐怖に震える。もしもあのまま殺すことに成功したらまどかは、そして周りの人間はどんな絶望を見せてくれるのか?
そう考えたスバルは無意識の内に笑みを浮かべる。ソレワターセによって無理矢理作らされたその顔は普段の彼女が作る笑顔とはあまりにも遠くて、凄惨だった。
しかしノーザの願いを叶えるために走り続けるスバルはそれに気付かない。ただ、ソレワターセの意志に任せて一つでも多くの殺戮を目指すだけだった。
◆
「すると、あなたがあの広間で加頭を前に名乗り出た仮面ライダー一号……本郷猛なのか!?」
「その通りだ……しかし、異世界を渡る仮面ライダーがいるとは」
「私も最初は驚いた。だが、あなたの他にも仮面ライダーが九人もいるのか……なら、我々の知らない仮面ライダーも他に多くいることになるのか?」
「流ノ介の話を聞く限りでは、その可能性は高そうだな」
朝日が水平線より姿を現して空に光を取り戻していく中、B―7エリアに建つホテルのロビーで本郷猛と池波流ノ介は互いに情報交換した後、驚愕の表情を浮かべている。
数多の異世界を渡る通りすがりの仮面ライダーに、数多の秘密結社が結集した悪の組織BADAN。それは限られた仮面ライダーの知識しか持たない二人を驚かせるのに、十分な威力を持っていた。
「まさか別の世界には、外道衆という組織とそれに立ち向かうシンケンジャーという集団がいるとは……争いはどの世界にもあるのか」
「……実に悲しいことだ。しかも私達が出会った若い少女達までもが、戦う世界があるなんて」
「全くだ」
猛と流ノ介の表情は沈鬱に染まり、そのまま溜息を吐く。
元々、彼らは争いを好むような性格ではない。できることならば、戦いを回避して平和的に解決することを願っていたが、悪はそれを許すような相手ではなかった。だからこそ、多くの人々を守るために戦うしかない。
今までもそうだったし、この戦場でもその方針を変えるつもりはなかった。
「まさか、この殺し合いにはそのBADANという組織が関わっている可能性があるのではないか……!? 本郷、あなたの話を聞いていると、それだけの技術力と冷酷さを併せ持つ奴らなら、こんな狂った戦いを開くのもありえるかもしれない」
「その可能性も否定できないが、まだ断定は不可能だ。今は、この戦いを止めて仲間を集めることが最優先だ」
「……そうか」
そう頷く流ノ介の身体を、猛はまじまじと見つめる。その視線に気付いた流ノ介は、思わず怪訝な表情を浮かべた。
「……どうかしたのか?」
「確か、十蔵という怪人を君は追っているんだったな。だが、見たところまだ怪我は完治していない……それで満足に戦えるのか?」
「……例えそうだとしても、こうして休んでいる間に十蔵やアクマロ……それにドウコクによって犠牲者が出るかもしれない。それを防ぐためにも、あまりのんびりしていられないんだ!」
「そうか……だが、無理をするな。君にもしものことがあっては、悲しむ人間がいるのは君だってわかっているはずだ」
「お心遣い、かたじけない。だが、例えこの身体がどうなろうとも止まるわけにはいかない……それはあなたもそうじゃないのか」
「そう言われると痛いな……」
申し訳なさそうに頭を下げる流ノ介の言葉に、猛は思わず苦笑する。それは常日頃、緊張に張りつめていた彼がたまにしか見せない笑顔だった。
本郷猛と池池波流ノ介から少し離れた場所で、四人の少女達が集まっている。普通ならば、同年代の少女が集まれば話に花が咲くかもしれないが、殺し合いという状況がそれを奪っていた。
しかしそれでも、少女達は決して絶望していない。これまで何度も困難が訪れても折れなかった強い精神と、誰かを守りたいという揺るぎない思いが彼女達の支えになっている。
四人は皆、殺し合いに巻き込まれた親しい友人達と再会するまで倒れることはできないと考えていた。
「未来の私が……管理局でたくさんの人を鍛えてるって本当なの、アインハルトさん!?」
そして今、高町なのははアインハルト・ストラトスより告げられた事実に驚きを隠せないでいる。
「はい。なのはさんは私達の時代じゃ、数々の難事件を解決したエース・オブ・エースと呼ばれるほどの魔導師です。私も、未来のなのはさんから色々なことを教わりました」
「……そうなんだ」
一三年後もの月日が流れた未来のミッドチルダよりやってきたという、アインハルト・ストラトスという年上の少女。彼女が生きている時代の自分は、フェイト・テスタロッサやユーノ・スクライアと力を合わせて多くの困難を乗り越え、更にはスバル・ナカジマやティアナ・ランスターという少女達を一人前の魔導師として鍛えたらしい。
「じゃあ、名簿に書いてあった高町ヴィヴィオって人は……私の娘で、アインハルトさんはヴィヴィオのお友達……なんですよね?」
「はい」
「……そうなんだ」
あっさりとアインハルトは肯定するが、なのははそれを素直に受け取ることはできなかった。
数分前、いつきからうさぎのぬいぐるみを受け取った際、この世界に連れてこられた友達の中には、別の時代から連れてこられた可能性があると聞いた。その時はまだ推測レベルの話でしかなかったが、アインハルトの存在が真実だと証明している。
アインハルト曰く、未来の自分は天涯孤独だったヴィヴィオを引き取って、養子にした際に『高町ヴィヴィオ』となったらしい。あまりにも荒唐無稽で信じがたい話だが、なのはにはアインハルトが嘘を言っているようにも見えなかった。
「未来のなのはちゃんは、そんな人になってるんだ……凄いね!」
「あ、ありがとうございます……」
そしてアインハルトの話を聞いた鹿目まどかは、羨望の眼差しを向けている。しかし今のなのはにとって全く覚えのないことなので、賞賛の言葉が妙に気恥ずかしかった。
ほんの少しだけ顔が赤くなってるなのはは、明堂院いつきが微笑んでるのを見る。その笑顔は、何やら意味有りげに思えた。
「……なんですか、いつきさん」
「なのは、もしかして照れてる?」
「照れてません!」
「はいはい、わかってるわかってる!」
「何ですか、それ!?」
「いいんだよなのはちゃん、無理しなくても」
「まどかさんまで、やめてくださいよ! もう!」
なのははムキになって反論するが、いつきとまどかはからかい続ける。明るい声がロビーに響いて穏やかな空気が生まれつつある中、アインハルトだけが沈鬱な表情を浮かべていた。
それを見たなのはの顔は、ほんの一瞬で羞恥から疑問に染まる。
「……アインハルトさん、どうかしました?」
「いえ……何でもありません。すみません、ご心配をかけて」
アインハルトはそう答えるが、どう見ても大丈夫とは思えない。明らかに落ち込んだ様子の彼女の前に、いつきが出る。彼女の顔は今さっきまで見せていた笑顔が嘘のように、ほんの少しだけ暗くなっていた。
「もしかして、スバルさんのことを考えてたの?」
「……はい」
暗い表情で俯いていたアインハルトは、蚊の鳴くような声で頷く。
彼女は数時間前、何者かに操られたスバルに襲われたらしい。その様子は普段のスバルからはとても想像できないくらいにおぞましく、まるで殺戮兵器を思わせるほどに残酷だったとアインハルトは言う。
それを聞いた時、なのはの中でやり切れない気持ちが溢れていった。本当は優しい人間であった未来の愛弟子が、誰かの悪意によってやりたくもない戦いを強いられている。それが一体どれだけ辛いことなのか……なのはには、想像することすらできなかった。
もしもスバルが自我を取り戻して自分自身の罪を知ってしまったら、きっと深い悲しみに沈んでしまうかもしれない。だから、これ以上望まない戦いをさせられてしまう前に何としてでも助けたかった。
「わかった、僕もスバルさんを助けるのに協力するよ……優しい人を無理やり戦わせるなんてこと、許せないからね」
いつきの眼差しはとても真摯で、それでいて静かな怒りが燃え上がっている。彼女の気迫は、本当に男だと思わせてしまうほどに凄味があった。
そんないつきの怒りはなのはにも大いに理解できた。
「私も、アインハルトさんやいつきさんと一緒にスバルさんを助けたいです! だって、操り人形みたいにされるなんて……酷すぎるから!」
もしももっと早く出会えたら、きっとわかりあえてたかもしれない。始めのうちは戸惑うかもしれないが、それでもこの殺し合いを止めるためにスバルと力を合わせていたはず。だからこそ、一刻も早く彼女を助けたかった。
「そうだな、それは私も同じだ」
そして池波流ノ介と本郷猛もまた、アインハルトの前に立つ。
「誰かの意思を奪って、この殺し合いの片棒を担がせる輩など私は断じて許せん……見つけ次第、この手でたたっ斬る!」
「そうだ。平和を願って得た力を悪に利用する……その意思や日々の積み重ねを踏み躙る奴を、仮面ライダーは決して許したりはしない」
彼らが握り締める拳からは、計り知れないほどの憤りと悪に対する憎しみが感じられた。恐らく、この二人はスバルを利用した者を見つけたら何の躊躇いもなく殺すだろう。
しかしそれをなのはは止めなかった。もしかしたら相手にも理由があるのかもしれないし、可能な限りなら救いたい。だけど今回の相手はあまりにもタチが悪すぎた。もしも身勝手な理由でスバルを操ったのだとするなら、悪魔になってでも止めるかもしれない。
「アインハルトちゃん、私もできる限り協力するよ……どこまでやれるのかわからないけど」
そしてまどかは優しく微笑みながら、アインハルトの両手を握り締めた。その姿はまるで、妹を思いやる姉のように暖かさに満ちている。
例えるなら、泣いている自分を励ましてくれた美由希や恭也のように。
「皆さん……ありがとうございます!」
そして、アインハルトの顔に少しだけ光が戻って、感謝の言葉を告げた。それでも、まだアインハルトは笑顔を取り戻さない。
一刻も早くスバルを助けて、アインハルトと一緒に笑い合っているところを見たいとなのはは思った。
「本郷、私達もそのスバルという子を捜そう……志葉屋敷に向かう途中で見つけたら、何としてでも救ってみせる」
「そうか。なら、俺達はここでもう少し身体を休めたら君達の後を追う。どうか、気を付けるんだ」
「ああ、言われるまでもない」
猛に頷いた流ノ介はこちらに振り向いてくる。その視線を受けて、なのはといつきは荷物を持って、備え付けられた椅子から立ち上がった。その時だった。
「誰か、助けて!」
ホテルの扉が乱暴に開かれて、六人の意識がそちらに集中する。
甲高い悲鳴を響かせながらホテルのロビーに飛び込んできたのは、いつきやまどかよりも年上に見える少女だった。
腰にまで届く青い長髪はぼさぼさになっており、スタイルのいい身体に纏われている中華風の服は乱れ、ほんの少し大人っぽい表情は恐怖に染まっている。
「君、一体どうしたんだ!?」
膝が崩れ落ちて転びそうになる少女に反応したのは、猛だった。彼は少女の肩にそっと両手を置いて、ゆっくりと支える。
猛に続くように、なのは達五人も急いで駆け寄った。
「そんなに慌てて……何があったんだ!」
「た、助けて……!」
震えている少女は瞳から涙を滲ませながら、その白い手で猛が着ている上着の袖を握り締める。
「恐ろしい奴らに追われて、殺されそうになったの……!」
「殺されそうになっただと!? 一体どんな奴だ!」
「それは、それは……とても恐ろしくて卑怯な奴らだったの……! 平和のために戦うって言ってあたしの仲間みんなを騙して、殺したの……!」
「何だと……!?」
猛の表情からは少女に対する思いやりが感じられるが、それと同時に烈火のような怒りが燃え上がっていた。
それを見て、なのはは思わず固唾を呑む。
「まさか、君を襲った奴らというのはすぐ近くにいるのか?」
「うん……! みんなのおかげで何とか逃げ出せたんだけど、すぐに来るかもしれないの! みんなを殺した、プリキュアの奴らが!」
「プリキュアだって!?」
少女がそう言った瞬間、猛の横を割り込むようにいつきが目を見開きながら前に出た。
「君、それは一体どういうことなの!?」
「どういうこと……って、プリキュアの奴らがあたし達を……!」
「プリキュアがそんなことをするはずないよ! みんなを守るために戦うプリキュアが、誰かを襲うなんてありえない!」
「で、でも……あたしは確かに……!」
「お願い、教えて! 君に一体何があったのかを!」
猛から引ったくるように少女の肩を掴んで揺さぶり、必死の形相で叫ぶ。それはさっき見た冷静ないつきの表情とは大きくかけ離れていた。
そんな彼女の肩を猛はそっと叩く。動揺していたいつきは猛と目を合わせると、すぐに落ち着きを取り戻した。
「待て、落ち着くんだいつき」
「あっ……! その、ごめんなさい……本郷さん」
「いや、君の気持ちもわかる。俺だって、同じ仮面ライダーが殺し合いに乗ってると言われたら平静ではいられないかもしれない。それよりもだ……」
いつきを冷静に諭しながら少し距離を離れさせた猛は、少女の方に振り向く。その瞳には未だに優しさが感じられるも、猜疑心が混じっていた。
「話を聞かせて貰おうか。プリキュアが君達を襲ったとは、本当なのか?」
「それは……本当です! プリキュアのせいで、みんなが……!」
「だが、いつきはプリキュアがそんなことをするような存在ではないと言っている……これはどういうことだ?」
「それは、その……あたしは……嘘なんて……!」
猛の鋭い視線を前に、少女の答えはどんどんしどろもどろとなっていく。蹌踉めきながら後退る彼女は目が泳いで、次第に息も荒くなっていた。
震える吐息の音がロビーに響く中、白い肌からどんどん汗が噴き出ていく。この状況なら動揺してもおかしくないかもしれないが、それにしてはあまりにも後ろめたいように見えた。
でも、まともに話ができないほど追い詰められたのかもしれない。そう思ったなのはは話をするために一歩進んだ瞬間、少女と目があった。
「……なのは……さん?」
「えっ?」
そして唐突に名前を呼ばれたことで、なのはは思わず呆けてしまう。
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最終更新:2013年03月14日 22:42